アスカが何やら悩んでいる。カスミはそう感じていた。
１人でいることが多くなり、授業中も上の空で考え事ばかりしている。重い溜め息をつくことも多かった。
カスミはその理由に思い当たっていた。先の第１２使徒との戦いで、虚数空間に囚われたとき、ユイの意識と触れ合ったような気がしているのである。そしてそれは、アスカも同じ様な体験をした疑いが大きかった。
カスミはアスカが母親との間に何があったかは知らない。しかし何やらトラウマを持っているらしいことは、薄々勘づいていた。アスカの元気のない姿に胸を痛めながらも、カスミはかける言葉を持たなかった。
そして決定的な事実が訪れる。シンクロ・テストで、アスカの成績がカスミを追い抜いたのだ。
ミサトを始め、コンソール・ルームの面々は呆気にとられていた。アスカが好成績を残したにも関わらず、得意げな態度もとらず淡々としていたからだ。マヤだけが不満そうにしていたのはご愛敬であるが。
（やっぱり、お母さんに逢ったんだね…）
そんな中、カスミは確信を得ていた。


「碇カスミの戦い」第拾七話　四人目の適格者
　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


カスミがいつものようにレイと手をつないでＮＥＲＶのゲートをくぐると、そこにはアスカが待ち伏せていた。
「アンタ等、これからどっか行くの？」
「ううん、帰るだけだけど…」
「そう」
アスカは胸の前で腕を組んだまま、レイに近づいた。
「ファースト、悪いんだけどさ、カスミと２人で話があるの。今日は遠慮してくんない？」
レイもカスミからある程度、話を聞かされていた。しばらくアスカを眺めていたが、やがて素直に頷いた。
「…いいわ。じゃ、先行くから。また明日」
「うん、また明日」
「悪いわね」
レイが見えなくなると、アスカは真剣な目をカスミに向ける。カスミは知らずに握りこぶしを固くしていた。
「ちょっと、ジオフロントの中歩かない？」
「うん、いいよ…」

「あれ、こんなトコにスイカ畑があるよ？」
「誰よ、こんなトコ耕してんのは？」
それが自分の憧れの男性が作っているものだとは知らずに、アスカは顔をしかめた。２人はジオフロントの中を散歩していた。
カスミはこれからの話を予想して身を固くしていた。アスカの悩みを軽くしてやりたい。そうは思うのだが、どういう言葉をかければいいのかまったく思いつかなかった。
「カスミ……」
「なっ、何？」
アスカにしても、どう話を切り出していいかわからないでいた。自分の考えがあまりに突飛だったから。しかし今日のシンクロ・テストで、アスカは確信を得ていた。
「取り敢えず、そこのベンチに座らない？」
「う、うん」
２人はスイカ畑の近くのベンチに並んで座った。しばらく２人の間に沈黙が流れる。カスミは居心地悪そうにモジモジしていた。
「カスミ…」
「なっ、何？」
「アンタ、気付いてるんでしょ…？」
「な、何を…？」
「……この前アタシ達、使徒に取り込まれちゃったわよね」
「う、うん…」
「…そのとき、誰かに逢わなかった？」
カスミの肩がピクリと震える。カスミはしばらく視線をあちこちにさまよわせていたが、意を決してアスカの方を見遣った。そこには真剣な目で見返す少女がいる。カスミは誤魔化してはいけないと感じ、決心した。
「…………逢ったよ……」
「……やっぱりね……」
カスミはそっと喉を鳴らした。アスカはこのことについてどう思っているのだろう？　不意にアスカがカスミから視線を外して、スイカ畑を眺めた。カスミも同じようにスイカ畑に視線を向ける。アスカの淡々とした告白が始まった。
「アタシのママはね、科学者だったの。でもアタシが５歳のときに死んだわ。向こうにいたころ、ママが何の研究をしていたか何回か調べたんだけど、わからなかった。……今思えば、真剣には調べてなかったかもしれない。ママのことは、アタシにとってはトラウマになってたから…」
「うん…」
「悪いけど、アンタのママのことも調べさせてもらったわ」
「私のお母さん？」
「ええ。…碇ユイ博士。実験中に命を落としたことになってるけど、やっぱり何の研究をしていたかはわからなかった……」
「うん…」
「でね、考えたの。２人はＥＶＡの研究をしてたんじゃないかって。で、どういういきさつか知らないけど、２人ともＥＶＡに魂を吸われてしまった……」
「……」
「きっとファーストの親もそうよ。だから、アタシ達がチルドレンに選ばれたんだわ。アタシ達は、自分の肉親の魂とシンクロしてたのよ」
「うん…」
「アンタ、前から知ってたでしょ？」
「えっ！？」
カスミは弾かれるようにアスカを振り返ったが、アスカは視線をスイカ畑に向けたままだった。
「アンタがシンクロ・テストでアタシを抜いたとき、アレってそういうことなんじゃないの？　あの前後、アンタ元気なかったし…」
「うん…………知ってた」
カスミはスイカ畑に視線を戻すと、リツコから聞いたことを告白した。碇ユイがＥＶＡとのシンクロ実験中、ＥＶＡに取り込まれてしまったこと。惣流・キョウコ・ツェッペリンがＥＶＡとの接触実験で魂の抜け殻になってしまったこと。そしてチルドレン選抜の経緯。それは、ほぼアスカの推理通りだった。
「やっぱりね……」
「ゴメンね、隠してて……」
「気にしなくていいわ。アタシだって未だに信じらんないもん、こんな話」
「……………惣流さんは、哀しい？」
「……アタシは今までずっと選ばれた人間だと思ってきたわ。ＥＶＡに乗ることにプライド感じて、それに縋ってた」
「うん…」
「だから、アンタもファーストも、アタシにとっては敵だった。アタシの地位を脅かすヤツは全員ね。………今までずいぶんイヤな目に遭わせたわね。悪かったわ」
アスカの素直な謝罪に、カスミは目を見開いた。
「そっ、そんなこと…」
「…でもアタシは、常に１番じゃなきゃいけなかった。………アタシね、ママに首を絞められたことがあるの」
「！！」
「実の母親に殺されそうになったのよ。……そしてアタシがＥＶＡのパイロットに選ばれた日、ママは首を吊って死んでたわ……」
「そんな……」
そのあまりの事実に、カスミは言葉を失った。全身から血の気が引くのを感じて、カスミの体が震える。
「アタシはその日から泣かない、って決めたの。大人になるんだって。そして何でも１番になるって頑張ってきたわ……」
カスミは以前レイが、アスカは何かに脅えていると話したのを思い出していた。ふと、アスカの頬に涙が流れ始めた。
「アタシ……ずっと怖かった。誰かに捨てられるのが怖かった。アタシはアンタと同じなのよ。ずっと脅えて暮らしてきたんだわ」
「惣流さん…」
アスカの声はかすれていた。細い肩が哀しげに震える。カスミは切ない気持ちに突き動かされるように、アスカの頭をその胸に抱いた。カスミの頬にも、幾筋もの涙が流れていく。
「もういい。もういいんだよ、惣流さん…」
「カスミぃ……ふっ……ううっ………うっ、うわああああぁぁぁぁぁっっ」
アスカはカスミの胸に甘えるように縋り付いて、ついに泣き出してしまった。まるで今まで泣かなかった分を取り返すように、子供のように泣きじゃくる。カスミはそんなアスカの髪を梳くように、優しくなで続けた。

「カッコ悪いトコ見せちゃったわね」
ひとしきり泣いた後、アスカは照れくさそうな笑顔を見せた。思わずカスミの頬も弛む。
「そんなことないよ。泣きたくなったらいつでも言って。私の胸を貸してあげる」
「アンタの薄い胸も役に立つのね」
「んもうっ」
「………ぷっ、くくくく」
「ふふっ、ふふふふっ」
穏やかに笑い合うカスミとアスカ。２人の心がこんなに近づいたのは、初めてのことかもしれない。２人は仲良く手をつないで帰路に就いた。
「アタシね、今は嬉しいの」
「どうして？」
「アタシの知ってるママは、魂の抜け殻だった。ママは弐号機の中で、ずっとアタシのことを見守ってくれてるんだもん。アタシ、それだけで十分だわ」
「そっか」
カスミの胸にも穏やかな気持ちが溢れていた。アスカの幸せそうな微笑みを見て、カスミはいつしか自分のＥＶＡに対するわだかまりも解けていることに気付いた。
「ファーストはこのこと、知ってるの？」
「どうかな。……こんなこと、めったに言えないモン」
レイにはもっと重大な秘密があったが、流石にアスカにそれは言えなかった。
「そう……。教えない方がいいかもね。アイツ、苦しむだろうし」
「うん…」


休日の午後、カスミはレイの腕の中で至福のときを過ごしていた。こうして肌を重ねたのは２度目である。カスミはこの状況を、多少なりとも楽しめるようになっていた。
今日はレイの部屋へ、カスミは料理を教えにきていた。昼食が済み、いつものように唇を重ねている内に、いつの間にか２人は深い求め合いに耽っていた。
気怠い情事の疲れの中、カスミはレイに髪をなでられながら、アスカとの出来事をレイに話してやっていた。
「…そう、よかったわね」
カスミが話し終わると、レイも優しげな微笑みを見せた。
「うん。私、凄く嬉しいの。惣流さんともわかり合えたような気がして。………惣流さんは綾波さんの秘密は知らないから、綾波さんがＥＶＡの秘密に気付いてないって思ってるの。それでね、内緒にしようって言ったんだよ。綾波さんが苦しむからって……」
この話には、レイも流石に目を見開いた。アスカが自分を気遣うとは思ってもいなかった。
「初め、私の心にあの人はいなかった。……でも、いつの間にかあの人の苦しむ姿を見て、私も辛いと感じるようになっていたわ……」
カスミの柔らかな肌の温もりを感じながら、レイは素直に告白した。
「綾波さん、優しいモンね」
レイは困ったような表情になった。自分が優しい人間だと思ったことはない。本当に優しいのは、自分の腕の中で甘えている少女だとレイは思っている。
「でも、綾波さんの気持ち、凄くわかるよ。誰かが喜んでたら、自分も嬉しくなるし、誰かが哀しんでたら、やっぱり自分も哀しくなるモンね」
「ヒト同士は、心でつながってるのね…」
「うんっ。心があるからヒトはヒトなんだよ、きっと」
カスミはレイの背中に回した腕に力をこめる。それはレイのすべてを肯定する言葉だった。その気持ちはレイにも伝わったのだろう。カスミを見つめる目が、優しげに細められた。
「ありがとう。…好きよ、碇さん」
そう言ってカスミの唇を啄んだ。
「…ん…」
カーテンから漏れる淡い光が満ちた部屋で、２人の少女の肢体が再び絡み合っていった。

最近、アスカの雰囲気が柔らかくなってきた。カスミの膝の上に甘えるように頭を乗せたままテレビを観ているアスカを見ながら、ミサトはそう考えていた。
何やらアスカが悩んでいたのも知っていたが、結局その理由を聞き出すことはできなかった。前より確実に仲良しになった２人を眺めて、ミサトは喜びながらも一抹の寂しさを味わっていた。
（お姉さんより友達の方が頼りになるか……）
以前カスミが苦しんでいたとき、救ったのはやはりレイだった。子供達をちゃんと支えてやれない自分がもどかしかったが、彼女達の笑顔には相好を崩さずにいられなかった。
（ま、いっか。３人が元気でいてくれるなら）


「ちょっと鈴原っ、どこ行くのっ！？」
「どこって、帰るトコやけど」
「あなた週番でしょ？　ちゃんと仕事しなさいよねっ！」
「そうやったっけ？　ま、ええがな」
「よくないわよっ！」
今週の週番はレイとトウジである。カスミはレイを手伝おうと残っていたが、言い争うヒカリとトウジを見ながらきょとんとしていた。カスミが不思議に感じたのは周りの反応だった。言い争う２人を見て、一部の女子がくすくす笑っていたのだ。

「まったく、まいったで」
「ダメだよ、鈴原君。週番の仕事はちゃんとやらないと」
カスミは思わず苦笑する。トウジが仕事を始めたのを見て、ヒカリはアスカと帰っていった。
「碇もイインチョの味方かい。……で、碇は何で残っとんねん」
「私は綾波さんを手伝おうと思って」
「何や、友達想いやなあ」
「そう言えば相田君、今日は休んでたね」
「アイツは新横須賀や。戦艦見にいっとんのやと」
「相変わらずなんだね、相田君」
カスミの笑顔が思わず引きつる。
「んじゃ、わしゴミ捨てに行くから、花瓶の水頼むわ」
「うん」
そこでプリントを受け取りに行っていたレイが戻ってきたため、カスミはレイと仕事を始めることにした。

帰ってきたアスカは渋い顔をしていた。カスミは何事かと訝る。
「カスミ、アンタあの熱血馬鹿をどう思う？」
「誰？　熱血馬鹿って？」
「ジャージ男のことよっ」
「…もしかして鈴原君のこと？」
「そうよっ」
「優しい人だと思うよ？」
「アンタもそんなこと言うわけぇっ！？」
「ごっ、ゴメンね」
アスカの大声に、カスミは咄嗟に謝ってしまった。一方、アスカは頭を抱えてしまっている。
「何でアタシの周りには男の趣味が悪い女しかいないのよぉ〜」
「何があったの？」
「ヒカリよ、ヒカリ。アイツ、あの熱血馬鹿が好きなのよ。で、どこが好きか訊いたら『優しいトコ』だって！」
「やっぱり委員長、鈴原君のこと好きだったんだ…」
「アンタも鈍いヤツね」
「うん。ここのところ、自分のことで精一杯だったから…」
「……そう言えばそうか。……それにしても悪趣味だわっ」
「そんなぁ。鈴原君、凄く優しいんだよ」
「まさかアンタも好きだとか言わないわよねっ！？」
「それはないケド…」
アスカはあからさまに安堵したような嘆息を漏らした。
今までのアスカの人生には競争相手しかしなかった。カスミとヒカリは心を許せる初めての友人なのだ。アスカは単に、友達を男に獲られるのが悔しいだけなのかもしれない。
「ただいま…」
「あっ、ミサトさん、お帰りなさい」
カスミはミサトに救いを求めようとしたが、彼女の表情を見て固まってしまった。そこには真剣な顔があったからだ。
「どっ、どうしたんですか？」
「カスミ、アスカ、２人に大事な話があるの。聞いてちょうだい」
思わずきょとんとした顔を見合わせるカスミとアスカ。３人がダイニング・テーブルに着くと、ミサトが重々しい雰囲気で語り始めた。
「今日…正確な日付は昨日なんだけど、アメリカで建造中のＥＶＡ四号機が事故を起こしたわ」
「事故？」
「ええ。謎の爆発を起こして、消えてしまったの。アメリカ第２支部ごとね」
「「！！？」」
「それでアメリカ第１支部で建造されていたＥＶＡ参号機がこちらに回されることになったわ…」
「ちょっ、ちょっと！　そんな危ないの、大丈夫なんでしょうね！？」
「それは問題ないと思う。…四号機の事故は、Ｓ２機関を搭載したのが原因だと思うし…」
「Ｓ２機関？」
「スーパー・ソレイド理論による永久機関よ。私の父が研究していたものなの。そして……使徒はそのエネルギーで動いてると言われているわ…」
「なんでそんなものを…」
「アンタ馬鹿ぁ？　内部電源で５分しか動かないＥＶＡじゃ、よその国に攻め込めないじゃん」
「！！　それって…」
「多分、アスカの考えた通りでしょうね。支部と名乗ってても、ＮＥＲＶ支部は本部と仲がいいわけではないの。支部同士もね。多分、アメリカはＥＶＡを兵器として利用しようとしたんだわ」
「非道い…」
「問題はそこじゃないの。今度、日本に参号機が来ることになって……フォース・チルドレンが選抜されたわ」
「「！！」」
カスミとアスカの頭に、ＥＶＡの真実がよぎった。これ以上、肉親の魂をＥＶＡに吸い取られてしまった子供達がいるのだろうか？
「……そして、そのフォース・チルドレンは、あなた達のよく知ってる子……鈴原トウジ君なの」
「そんなっ」
「カスミっ！？　アイツの親って…」
「そう言えば鈴原君のお父さんもお祖父さんもＮＥＲＶに勤めてるって………鈴原君もお母さんがいないって……」
「そういうことか……」
「ちょっ、ちょっと待ってよ２人とも。一体何の話をしてるの？」
いきなり意味不明な会話を始めた２人にミサトは焦った。カスミとアスカは苦い表情のままの顔を見合わせた。明らかに迷いが見える。
「あなた達、何か知ってるのね？　教えてちょうだい。私が知ってる情報もあなた達に教えるわ」
「ミサトさんの知ってる情報？」
「ええ」
ミサトは真剣な顔で頷いた。
「今日の早朝に参号機が日本に来ることになって……午後にはすでにフォース・チルドレンの選抜は終わっていたわ。タイミングが良すぎるのよ」
「確かにね」
「ある人が調べたら、マルドゥック機関は存在しなかったそうよ」
ある人とは、もちろんリョウジのことだ。ＥＶＡに、そしてＮＥＲＶに関して、あまりに謎が多すぎた。ミサトはいつしかそのすべてを手にしたいと考えるようになっていた。
「マルドゥック機関？」
「チルドレン選抜の機関のことよ。カスミ、アンタそんなのも知らないのね」
「だ、だってぇ…」
「いいから聞いて。それでその人に、マルドゥック機関の代わりにあなた達の学校を調べろと言われたわ…」
「アタシ達の学校？」
アスカは首をひねったが、カスミの顔色は真っ青になっていた。
「惣流さん………私達のクラス、両親の揃ってる子、いないの……」
「！！」
「片親なのがチルドレンの条件なの？」
カスミとアスカは真剣な顔で目配せをし、やがてゆっくりと頷き合った。
「ミサト、これからアタシ達がする話は、とても現実離れしたものかもしれないけど、信じてくれる？」
「私はリツコさんからこの話を聞きました。だから、信用できる内容だと思います」
２人の真面目な表情を見比べながら、ミサトはそっと頷いた。
「最近、アタシ達のシンクロ率が急に上がったのは知ってるわね。それには原因があるの」
「そう言えば２人とも、その前後に元気なかったわね。理由を訊いてもはぐらかされちゃったし……もしかしてそのことと関係あるの？」
「そうよ。…………アタシこの前、使徒に取り込まれたとき、ママに逢ったわ……」
「！？」
「私もです。………初号機には……私のお母さんの魂が宿ってるの」
「何ですって！？」
気付くとミサトは立ち上がっていた。呆然とした視線をカスミとアスカに投げる。その役職故、ミサトは２人の母親についての報告も聞いている。信じがたい事実。しかしそこには、説得力が確かに存在していた。何よりもカスミとアスカの真剣な眼差しは、信じる価値があるとミサトは感じた。
「チルドレンには、そんな秘密があったのね…」
「アタシ達、自分の肉親の魂とシンクロしてたのよ」
「……リツコさんの言い方では、魂の宿ってないＥＶＡとシンクロすると取り込まれてしまうみたいです。…やっぱり参号機には、鈴原君のお母さんの魂が宿らされてるんじゃないかな」
「なんてこと…」
ミサトは混乱した。あまりに残酷で非人道的な事実。しかしリツコはカスミにその真実を告げたという。
「ちょっと待って。それはおかしいわ」
そのミサトの思考を中断させたのはアスカだった。
「アメリカで建造されていたＥＶＡ参号機に、鈴原のママの魂が入ってるなんて…」
その言葉にカスミは、弾かれたような反応をした。
「じゃ、ＮＥＲＶのどこかに魂がストックされてるんだとしたら？　そして肉親の魂がストックされてる子供が壱中に集められている……チルドレン候補として」
「そんな、魂をストックするなんて…」
あまりの話にアスカが眉を寄せる。突飛な発想だが、カスミは確信を得ていた。レイの真実を知っているからである。零号機の中で触れたビジョンの中には、科学的なものだけでなく、呪術的な何かも含まれていたのだ。
「でもカスミの考えなら、話のつじつまは合うわね」
ミサトがポツリと言う。それはアスカも認めざるを得なかった。
「…で、どうするの？　ミサト」
「どうするって………どうしようもないわね」
「そんな無責任な！」
「だって決定を覆すほどの根拠は、こちらにはないもの」
「それもそうか…」
「大丈夫。カスミのときとは状況が違うわ。鈴原君は無理矢理ＥＶＡに乗せられるようなことにはならないわよ」
「……そうね」
チルドレンに対し、前ほどこだわりのなくなったアスカは、そこであっさりと納得した。
「じゃ、作戦部長さん。鈴原がアタシ達の足を引っ張らないように、ちゃんと指揮してよ」
「はいはい。あなた達も鈴原君のフォロー、できたらしてあげてね」
結局、トウジがＥＶＡに乗るかどうかは、彼次第なのだ。残酷なＥＶＡの真実はともかく、ミサトとアスカはそう考えて前に進もうする。カスミだけが１人、複雑な顔をしたままだった。


「じゃ、綾波さんも知ってるんだ、鈴原君のこと」
「ええ、赤木博士に聞いたわ」
いつもの朝の風景。カスミはいつものメンバーと一緒に登校していた。騒いでいるアスカやトウジ達から少し外れて、カスミはレイと歩いていた。
「大丈夫かな…」
「心配？」
「うん、友達だモン」
レイはカスミとつないだ手に、少し力を込めることしかできなかった。

「メシやメシや〜〜〜っ！！　これが学校生活最大の楽しみやからのぉ」
４時間目の終了と共に、トウジは喜色満面で鞄からパンを取り出した。今日は登校の途中でお昼を買ってきていたのだ。
「おい、碇。今日も屋上行くやろ？」
「うん、天気いいモンね。相田君もお昼買ってあるの？」
鞄から弁当を取り出しながら、カスミがトウジ達に振り向く。
と、そこに校内放送が入った。
『２年Ａ組の鈴原トウジ君は、至急、校長室まできてください。繰り返します………』
カスミ、レイ、アスカの３人は目配せし合った。
「おい、トウジ、今度は何やったんだ？」
「ケンスケっ！！　『今度は』とはどーゆー意味じゃ！？　わいは何もやってへんわ！」
「まあまあ。しかし校長室とは穏やかじゃないぞ？」
「う〜ん。ま、ええわ。ちょい行ってくる」
そう言うとトウジは、自分の買ったパンを名残惜しそうに眺めながら立ち上がった。お昼を一緒にするために近づいていたヒカリも、そんなトウジを不安そうに見つめていた。

トウジが校長室に呼ばれたため、屋上ではカスミ達が５人で昼食にしていた。
「鈴原、何の用かしら…」
ヒカリが誰に聞かせるわけでもなく、ポツリと呟いた。カスミの肩が少し震える。
「さあな。トウジが叱られるとしたら成績のことぐらいだもんな。だとしたら校長室には呼ばれないだろうし」
「相田、何か覚えないの？」
「う〜ん、そう言えばトウジのヤツ、この前カツアゲされかかってた小学生を助けたことがあるんだけど、その子が校長の孫だったとか？」
「熱血馬鹿らしいエピソードね」
アスカが茶々を入れる。
「そんな危ないこと……もうっ」
ヒカリは不満そうだ。
（（そういうトコ、好きになった癖に……））
思わず心の中でツッコミを入れるカスミとアスカ。しかしそこで心配してしまうのもまた、『女』なのだ。
「ところで碇さぁ…」
ケンスケが真剣な表情で声をひそめた。
「な、何？」
「アメリカで建造中のＥＶＡ四号機が事故って、知ってるか？」
「何でアンタが知ってんのよっ！？」
流石に目を丸くするカスミとアスカ。
「へへっ、まあ、色々とな」
ケンスケがハッキングまがいのことをしてるのは、このメンバーの中では公然の秘密と言ってよかった。思わず処置なしといった溜め息をつく４人。
「それで参号機が日本に回されるんだろ？　パイロットとか、もう決まっちゃったかな？」
「えっ、その、そういう話は聞いてないケド…」
「アンタ馬鹿ぁ？　今まで３人しかチルドレンが見つかってないのに、そんな急に新しいパイロットが見つかるわけないじゃん！」
しどろもどろになってしまったカスミを、慌ててアスカがフォローした。
「そうか。……ああ、俺にパイロットやらせてくんないかなぁ」
ケンスケの脳天気さに、チルドレンの３人は俯いてしまう。それを見ていたヒカリは、３人が機嫌を悪くしたのだと思いこんだ。
「相田！　危険な目に遭ってる本人の前でよくそんなこと言えるわねっ。少しはデリカシーを持ちなさいよ！」
「わ、わかったよ委員長。…すまなかったな、碇」
「う、ううん、いいよ。気にしないで」

トウジが校長室から帰ってきたのは、５時間目の最中だった。明らかにさっきまでの元気はなくなっていた。授業端末も開かずに考え事をしている。そんなトウジを、チルドレン達は複雑な表情で眺めていた。

放課後、ヒカリは生徒会室へ行っていた。近く行われる体育祭の準備のためだ。
ヒカリが教室に戻ると、トウジが１人、机に座ってパンを囓っているところだった。夕日が教室に入り込んで、机も黒板も、真っ赤に染め上げていた。
「鈴原、今日も週番でしょ？　綾波さんは？」
「アイツ、ＮＥＲＶで訓練や。碇達とすぐに帰ったで」
「そ、そうだったわね。……わ、私も手伝うから、週番サボっちゃダメよ」
ヒカリは、こんなことしか言えない自分がもどかしかった。何よりも、トウジが気のない返事しかしないのが哀しく感じられる。
「イインチョ……わし、昼メシまだやってんで。これ喰うぐらい、ええやろ？」
「う、うん。そうだったわね」
ヒカリは生徒会から配られたプリントを、ぎゅっと握り締めた。
「あっ、あのね、鈴原。私、３人姉妹なの。…お姉ちゃんはコダマで、妹はノゾミ。……それでね、みんなのお弁当、私が作ってるの」
「ふ〜ん」
トウジの返事は、どこか上の空に聞こえた。ヒカリはトウジから視線を外したまま、懸命に言葉を紡いでいく。
「それでね…ときどき、分量とか間違えて作り過ぎちゃったりするの。も、勿体ないでしょ？　……だからね…あのね…」
トウジが上の空なため、ヒカリの声は段々小さくなっていく。何故だかヒカリは、泣いてしまいそうだった。
「そら、難儀やなぁ」
「えっ！？」
ヒカリが顔を上げる。トウジが自分の話をちゃんと聞いていてくれたことに驚いたのだ。
「残飯処理なら、いつでも手伝うで」
「う、うんっ」
輝くような笑顔になるヒカリ。少し染まった頬は、夕暮れの赤に混じり合っていった。
「手伝って…」

（つづく）

後書き

何か、段々と書類がでかくなっていきますね。スマンです。
アスカ、ちょっぴり補完されました。こんなトコで補完しちゃって、この後、お話が続くのでしょうか？
ま、どっちにしろチルドレン達は本編ほど酷い目には遭わせないつもりなんで、大丈夫です。ちゃんとこの後の展開も考えてますよ。
トウジとヒカリ。加持とミサトに続いて２組目のまともな（笑）カップルですね。以前、予告したように途中退場はナシなので、本編よりも進展はある……といいな（爆）。
なんか、女とイチャついてるトウジって想像できないんですよね（＾＾；

では、次回予告。
善人ばかりの世界でも悲劇は起こる。初号機の咆吼は、平和な日常の終焉を告げた。そのときチルドレン達は……。次回、第拾八話、『命の選択を』。
これはマジの予告です（＾＾；

感謝の言葉：

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