ＮＥＲＶ本部の第７ケージ。回収された初号機から、カスミは降りようとしなかった。
発令所の面々が、カスミをなだめようと呼びかける。
「カスミちゃん、落ち着いて！」
『私は落ち着いてます…』
カスミの声は静かな怒りに満ちていた。カスミがその気になれば、初号機の内部電源が切れる前にＮＥＲＶ本部を半壊させることなどたやすいだろう。発令所に緊張が走る。
ゲンドウやコウゾウはもちろん、オペレーターの３人でさえ、カスミが怒りに震えてる姿など見るのは初めてだった。
『ダミー・システムって何なの？　何であんなもの使ったの？』
カスミが語りかけているのはゲンドウだが、そのゲンドウはいつものポーズで座ったまま、何も話そうとはしなかった。
『答えてよ、お父さん！』
「だがカスミ君、アレを使わなければ君が危なかったのだ」
「そうよ、お願い、わかってちょうだい！」
コウゾウとマヤが必死の説得を試みる。カスミの怒る姿は、発令所の面々には辛すぎた。
『そんな話してるんじゃありません！　どうしてみんな、私達に隠し事ばかりするの！？　パイロットは何も知らずに死ねっていうの！？　もう、嫌い！　みんな嫌い！　お父さんも冬月先生もマヤさんも、みんなだぁ〜いっ嫌い！！』
ばたり。

ゲンドウの後ろで何かが倒れる音が響いた。嫌いと言われてよほどショックだったのだろう、ゲンドウが振り返ると、コウゾウが仰向けで気を失っていた。マヤも顔面蒼白になっている。
（お、おい……）
（うん、余計なことは言わない方がいいな……）
アイ・コンタクトで会話するマコトとロンゲ。けっこう卑怯者である。
『お父さん、答えて！』
ゲンドウはそれに応えず、オペレーターに目を遣った。
「伊吹二尉、ＬＣＬの濃度を最大に上げろ」
「えっ！？」
「子供の駄々に付き合ってる暇はない」
「はっ、はい！」
感情的になってしまったマヤは即答する。
『マヤさん？』
「カスミちゃんが悪いんだからね！」
『え？　……きゃあっ』
マヤがコンソールを操作すると、カスミの体に強烈な衝撃が襲った。段々と意識が薄れていく。
（……ごめんなさい………ごめんなさい……）
ホワイト・アウトしていく意識の中、カスミは誰かに対して謝り続けていた。


「碇カスミの戦い」第拾九話　女の戦い（前編）
　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


「……う……？」
目を醒ますと、傍に誰かの気配を感じた。
「碇さん……？」
「悪いわね、カスミじゃなくて……」
そこにいたのはアスカだった。意識のはっきりしたレイは周りを見渡す。見覚えのある場所、そこはＮＥＲＶの病室だった。記憶をたぐり寄せて、ようやくレイは事態を把握した。
「…あれから、どうなったの？」
「参号機は使徒として処理されたわ。鈴原は左足を骨折。全治１ヶ月だって。ミサトもリツコも怪我してたけど、無事だったわ…」
「……碇さんは？」
「アイツ………命令違反をした上に初号機を占拠したのよ。それでＬＣＬ圧縮されて気を失っちゃったわ。………今頃は夢でも見てるんじゃない？」
あまりのことに、レイも流石に目を見開いた。
「何故、そんなことを………？」
「参号機の殲滅にはね、ダミー・システム、ってーのが使われたらしいのよ。そんなの作ってたなんて、アタシ等に一言も言わなかったじゃん。それでアイツ、キレちゃったのよ………」
アスカの脳裏に参号機を蹂躙する初号機の姿がよぎる。何もできなかった自分を思い出し、唇を噛んだ。そんなアスカは、ダミーの名前を聞いたレイが体を強張らせるのに気付かなかった。
「チクショウ！」
いきなりアスカが壁を殴りつけた。
「アタシ、何もできなかった！　カスミが苦しんでるのに………。アイツ、コントロールの離れた初号機を止めようと必死で………。なのに、アタシは……何も……何も…………っ！」
アスカは肩を弱々しく震わせると、嗚咽を漏らし始めた。左肩がまだ痛んだが、レイは無理矢理起きて、そんなアスカに近づいた。
「そんなに自分を責めてはダメ…」
そしてアスカの頭を胸に抱いた。
「うっ……ううっ……ファーストぉ……」
弱々しい嗚咽を繰り返すアスカ。レイはしばらくの間、そんな彼女の朱金の髪を梳くようﾉ優しくなで続けた。


「鈴原っ！！」
必死の形相でけたたましく病室に入ってきたヒカリに、トウジは目を丸くした。こんな慌てたヒカリを見るのは初めてのことかもしれない。
「どっ、どうしたんや、イインチョっ！？」
「！！　鈴原っ………！」
トウジは左足をギブスで吊っていたが、呑気に漫画本など読んでいた。その元気そうな姿に、ヒカリは言葉が出ない。思わず感極まって、涙をこぼした。
「わあ〜〜〜っ！？　何や、イインチョ！？　何や知らんけどスマン！　わしが悪かった！！」
ヒカリの涙など初めて見たトウジは、パニックになっていきなり謝りだした。それを見てヒカリは苦笑してしまう。
「馬鹿………心配したんだから……」

今日、初めてヒカリは教師から、トウジがＥＶＡのパイロットに選出されたことを聞いたのだった。そして参号機に何らかの事故が発生し、トウジが大怪我をして入院をしたと聞かされ、学校からＮＥＲＶの病院まで走って来たのだ。

ヒカリはベッドの脇の椅子に座ると、再び涙を流し始めた。しばらくヒカリが手で顔を覆って泣いていると、トウジの優しい手が頭の上に置かれた。
「あっ……？」
「ホンマにスマンな、イインチョ、心配かけてもうて。…でもこの通り、わしは元気や。安心してや」
「鈴原……」
トウジの優しげな笑みに、ヒカリは頬を赤く染めた。
ずっと前からヒカリの気持ちを知っていたような気がする。いや、さっきのヒカリの様子を見てしまったら、認めないわけにはいかないだろう。トウジは柔らかくヒカリの髪をなで続けた。

「何があったの？」
「ん、いや、わしも実はよく知らんねん。気付いたら病院にいたんや。……後でミサトさんが来て説明してくれるらしいで」
「そう…」
２人の会話を遮るように、ヒカリの後ろで空気の抜けるような音が響いた。病室のドアが開いたのだ。そこにやって来たのはミサトだった。
「ミサトさん！　どうしたんでっか！？」
トウジが目を見開いた。ミサトは右腕にギブスをしていて、それを三角巾で吊っていた。頭にも包帯をしている。
「ん、何でもないのよ。コレ、お見舞い」
そう言ってフルーツ・バスケットを差し出した。ミサトはいつものような元気なお姉さんといった感じではなく、真面目な雰囲気をまとっていた。
ヒカリがフルーツ・バスケットを受け取ると、ミサトは深々と頭を下げた。
「ミサトさん！？」
「ごめんなさい、鈴原君。あなたが危険な目に遭ったのは、すべてこちらの責任なの。なんてお詫びすればいいのか……」
「頭を上げてくださいよ、ミサトさん。わしはこの通り無事やし、そんな気にせんでも……」
「何があったんですか？」
トウジのセリフは、ヒカリの厳しい言葉に遮られてしまった。ミサトは真剣な表情のままで２人と対峙する。
「実は……鈴原君の乗ったＥＶＡが、使徒……つまり、敵に乗っ取られてしまったの」
「「！！」」
衝撃的な告白に、トウジもヒカリも顔面蒼白になった。
「もしかしてわし、アイツらと……」
「………」
ミサトが気まずそうに顔を俯かせるのを見て、トウジは血の気が引くような想いがした。
「……わしの参号機、アイツらのＥＶＡと戦うたんですね………。何てこっちゃ……」
「ごめんなさい。でも、あの娘達を責めないであげて欲しいの」
「わかっとります。これは事故なんでっしゃろ？　それより、アイツらに怪我は？」
「心配しないで。３人とも大した怪我はしてないわ」
「ちょっと待ってよ！」
さくさくと話を進めていく２人を、ヒカリが慌てたように遮った。
「鈴原、わかってるの！？　あなたは殺されそうになったのよ？　何でそんなにお人好しなの！」
ヒカリの言葉に、ミサトは唇を噛んだ。それはあまりにも重い事実だった。
トウジはいつになく怒りに燃えるヒカリに、言葉をなくしていた。ヒカリは、トウジが無事だったことに安堵した反動か、その感情の爆発を押さえられずにいた。
苦しい表情のまま、ミサトが呻くように言葉を紡ぐ。
「確かに……、私達ＮＥＲＶは鈴原君の乗ったままの参号機に攻撃命令を出したわ……」
「そんなのって………酷すぎます」
「でもカスミには、命令拒否されちゃったのよ。レイもアスカも、参号機を攻撃することは出来なかったの。………それだけは忘れないで」
「そんな……」
ヒカリは複雑な表情をしたまま、黙り込んでしまった。


「また、この天井か……」
病室のベッドで目覚めたカスミは、天井を見上げながら疲れたように呟いた。
不意にカスミの瞳がじわりと涙で滲んだ。夕べの辛い記憶が蘇る。
「私……私……ひっく……」
タオルケットを頭から被って泣いているカスミの耳に、ドアの開く音が聞こえた。
「誰？」
「私……。もう、起きてたのね……」
レイであった。レイはカスミの頬が涙で濡れてるのを見て、胸を軋ませた。ダミーシステムのことを考えると、苦い罪悪感を持たずにはいられなかった。
「綾波さん………。鈴原君、どうなったの？」
まさに死刑宣告を受ける覚悟をしたかのように、カスミは思いつめた表情をした。
「……左足を骨折。全治１ヶ月だそうよ」
トウジの怪我が思ったより軽いので、カスミは安堵したように嘆息した。何しろ、カスミは初号機が参号機を蹂躙するのを見て、トウジが殺されたと思ったぐらいなのだ。
「鈴原君もこの病院だよね？」
「え、ええ。そうだけど……」
いきなり起き上がろうとするカスミに、レイは慌てた。
「まだ、寝てなければダメ」
「もう大丈夫。鈴原君に謝らなきゃ」
カスミの真剣な眼差しを見て、レイも頷いた。
「……わかったわ。私も、一緒に行く」

壱中の制服に着替えると、カスミはレイと共に病室を後にした。その顔は蒼白と言ってもいい。レイの心がまた軋んだ。
「本当に……大丈夫？」
「えっ？」
考え事に捕われていたカスミは驚いて顔を上げた。そこにはレイの悲壮な表情がある。
ダミー・システムのことでレイが苦しんでることを知らないカスミは、少し怯んでしまった。
「あの、綾波さんの方が苦しそうだよ？」
「そう？　……そう……」
俯いてしまったレイに、カスミは胸を軋ませた。
（私……また自分だけが辛いつもりになってた……）
苦しいのはレイも同じなのだ。それが、カスミの知らない理由によるものだとしても。
「綾波さん、こっち」
「え？」
カスミはレイを、人気のない階段の踊り場へと誘った。
「何？」
不思議そうなレイに、カスミは優しく口付けた。レイは目を見開く。
「いかり、さん……」
「大丈夫。大丈夫だよ……」
何が大丈夫なのか自分でもわからないまま、カスミは呪文のようにその言葉を繰り返した。
「碇さん……」
それでレイは、自分がカスミを心配させていたのことに気がついた。そんなに自分は酷い顔をしていたのだろうか？
（そうかもしれない）
レイは思う。ダミー・システムの犯した罪は、それほどに重いものなのだから。
今度はレイが、カスミの唇を優しく奪った。互いの唇の温もりが、２人の心を暖めてくれる。そしてカスミがおずおずと舌を差し出したとき……

「カスミっ！？　レイっ！？」
突然の叫び声に２人が驚いて振り返ると、そこには目を丸くしたミサトがいた。
驚いたレイは、思わずカスミの舌を噛んでしまった。
「いひゃっ（痛っ）！」
「あっ、ごめんなさい！」
「しっ、舌までっ！？」
ミサトはさらに目を見開いた。
「みみみみ、みひゃとひゃん（ミサトさん）！？」
カスミは自分でも情けない声だと思った。
「ごごご、ごめんなさいっ！　そのっ、あのっ、ほらっ！　あのっ、エレベーター混んでたしっ。考え事しながら階段で帰ろうかなー、って思ったのよっ！　うん。だから、悪気はなかった、うん」
もはやミサトは支離滅裂である。
「でもほらっ、愛は地球を救ったり救わなかったりするわけだしっ、いっ、いいことよね、きっと。うん……多分」
混乱しているミサトに、カスミは焦った。
「ミサトさんっ、このことは誰にも…」
「いいいい、言わないっ！　言えないっ！　ってゆーか、私、何も見てないからっ、それじゃっ！」
ミサトは赤い顔で混乱したまま、その場から逃げ去ってしまった。
カスミとレイも、赤い顔をしたまま、気まずそうに顔を見合わせた。
「ど、どうしよう……？」
「…心を開かなければ、ＥＶＡは動かないわ……」
「へっ！？」
「ご、ごめんなさい。混乱してるのね、私……」
「はぁ……」
レイのいつにない慌てぶりに、カスミは微妙なツラで間抜けな返事をすることしかできなかった。

２人は気を落ち着かせると、トウジの病室へとやってきた。
ミサトに２人の関係がバレてしまったのは確かに大問題だが、今はもっとやるべきことがあったのだ。カスミは数回、深呼吸をすると、病室のドアをノックした。
「はい？」
中からヒカリの声が聞こえると、カスミとレイはさらに重苦しい想いに捕われた。意を決してドアを開けるボタンを押す。
「おおっ。碇に綾波か！　２人とも無事やったんやなぁ」
カスミとレイを見て、トウジが早速嬉しそうな笑顔になった。
「鈴原君……」
トウジの左足はギブスで固定されている。なのにトウジは２人に屈託のない笑顔を向けたままだ。事情をまだ知らされていないのだろうかとも考えたが、カスミとレイからあからさまに視線を外しているヒカリを見て、カスミは何かを悟った。
「あの……鈴原君……」
「何や碇、辛気くさい顔しとんのぉ」
カスミの内罰的な性格をよく知るトウジは、苦笑を漏らさずにはいられなかった。
「ごめんなさいっ！」
「ちょい待ち。何で碇が謝んねん」
いきなり頭を下げたカスミを咎めるようにトウジは制した。
「え……だって……」
「ミサトさんから聞いたで。お前、命令違反までしてわしを助けようとしてくれたそうやないか」
「違う、違うの。私がもっと頑張ってたら、参号機をとめられたかもしれない……。そうすれば、鈴原君は怪我をしなくても済んだかも……」
「あのなぁ、碇……」
トウジは呆れたように嘆息した。
「今度のことで、１番悪いんは誰や？」
「え？　私？」
「何でそうなんねん！？　参号機を乗っ取った使徒やないかっ！」
「でも……」
「デモもストライキもあるかいっ！　とにかく、碇はそんなこと気にすんなや！」
「鈴原君……」
カスミの胸に、暖かな想いが溢れた。何よりもカスミとレイを安堵させたのは、トウジの元気そうな笑顔だった。
「……碇さん達が止めなかったんなら、誰が鈴原と戦ったの？」
カスミ達から視線を逸らしたまま、ヒカリがポツリと呟いた。その姿に、カスミの胸は締め付けられる。
「……ダミー・システムっていうのが使われたの……」
「何や、そりゃ？」
「パイロットがいなくてもＥＶＡが動くような装置みたい。……実は私達もよく知らないケド……」
カスミの脳裏に、コントロールを離れた初号機が蘇った。その恐怖に、少し体を震わせるカスミ。
「何よ、初めからそれを使えば、鈴原が危険な目に遭わなくても済んだのに！」
「イインチョ……」
ヒカリの抗議はもっともだった。しかし大人達が何やら隠し事をしていることを知っているカスミは、何も言えなかった。そして、その『隠し事』の内容を知っているレイも。
「ゴメンね、委員長」
「何で碇さんが謝るのよっ！」
そういうヒカリは視線を逸らしたままだ。カスミの胸が再び軋む。
「だって……」
カスミの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。いきなりトウジの病室に黒服の男達が乱入してきたからである。急展開に全員の目が丸くなる。
「な、何やお前等っ！？」
男達はカスミに向き合った。
「サード・チルドレンだな。我々はＮＥＲＶ保安諜報部だ。ＮＥＲＶの規定により、君を拘束させてもらう」
「！？」
男達はトウジ達の目の前で、カスミにいきなり手錠をかけた。レイの目付きが鋭くなり、トウジは頭に血を上らせた。
「おなごに何しとんじゃわれ〜〜〜っ！？」
「この件は君達には関係ない。黙っていてもらおう」
「何やとぉ〜〜っ！？」
「気にしないで、鈴原君」
トウジを制したのは、手錠をかけられたまま笑顔のカスミだった。
「い、碇……」
「碇さん……」
もちろん、レイも不満そうだ。
「いいの。私、命令違反しちゃったから」
カスミの笑顔は、まさに透き通るようであった。
突然の展開に言葉を失っていたヒカリは、その笑顔を見て罪悪感に胸を軋ませた。

レイも黒服の男達に連れ去られたカスミを追って出ていってしまったため、病室にはトウジとヒカリの２人きりになった。
すると不意に、ヒカリが嗚咽を漏らし始めた。
「ふっ……ううっ……私、何てイヤな子なんだろ……ひっ……」
「イインチョ？」
「私……ホントはずっと碇さんに嫉妬してたの……。綺麗で、優しくて、人気があって……それに鈴原とも仲良くしてて……」
「……イインチョ……」
「私………私っ、鈴原を好きでいる資格なんかないっ！」
トウジはほっと一息つくと、手を伸ばして再びヒカリの頭をなで始めた。
「……そんな哀しいこと言うなや。イインチョが怒ったんも、碇に焼もち妬いたんも、わしのためやろ？　わし、嬉しいで？」
「鈴原……ひっく……鈴原ぁっ！」
ヒカリはついに、トウジにしがみついて泣き出した。トウジはその頭を、優しくなでたままだ。
「わしとアイツは何でもあらへん。アイツ、まだガキやしな」
そう言ってトウジは苦笑する。恋をするほど精神が熟していなかったのは、自分の方だと知っていたからかもしれない。
「イインチョ……。そういうわけやし、碇のヤツと、仲直りしてやってくれへんか？」
「鈴原……」
「わしは前にな、アイツの苦しんでるトコ見たことあんねん」
「いつ……？」
「わしが前にケンスケと一緒にシェルターから出たことあったやろ？　実はあんとき、碇の戦ってるトコ見に行ったんや」
「んもうっ、そんな危ないことっ！」
「す、スマン、イインチョ。堪忍や！」
慌てて頭を下げるトウジを見て、ヒカリは始めて笑みを漏らした。
「んもう……それで？」
「あ、ああ。そんときアイツのＥＶＡの操縦席に乗ったんや。……アイツ、臆病もんの癖に、必死んなって戦うてた。………実はな、その前の戦闘で妹のヤツが怪我したとき、碇のせいやと思ってアイツを責めてもうたんや。でも、あの姿を見たら誰も何も言えへん。誰もアイツを責める資格なんかないんや」
「鈴原……」
トウジの寂しそうな笑顔を見ながら、ヒカリは胸を詰まらせたまま黙り込んだ。


ＮＥＲＶ本部、司令執務室。
手錠をかけられたままのカスミはゲンドウ、コウゾウと対峙していた。ゲンドウはいつものポーズで執務席に座り、コウゾウもまた、いつものポーズでゲンソウの後ろに控えていた。
「何故命令を無視した？」
「……鈴原君は私の友達だよ？　お父さんは私に友達を殺せって言うの？」
「今はその話をしているわけではない」
「何でよっ！　大事な話じゃない！！」
「……カスミ、お前には失望した」
その冷たい言い様に、カスミはぐっと言葉を詰まらせた。
「私も……お父さんには失望しました」
それでも果敢に、カスミはゲンドウ達を睨み付けた。コウゾウの胃がキリキリと痛む。
「ならばいい。お前はパイロットを降りろ。前の家へ帰れ」
カスミは目を見開いた。パイロットを降りるということは、レイ達と別れることであり、あの寂しいだけだった何もない日常に帰るということだ。
「嫌っ！！　帰りません！　私はパイロットを続けます！」
「駄目だ。ここは使徒と戦うための軍隊だ。命令を聞かぬ者は必要ではない」
「そんな……非道いよお父さんっ！　無理矢理ＥＶＡに乗せといて、今度は無理矢理私からＥＶＡを奪うのっ！？」
カスミの必死の形相を見ても、ゲンドウの心は動かなかった。
「そうだ。我々には子供の駄々に付き合ってる暇などないのだ」
「嫌っ！！　私にパイロットを続けさせてっ！　みんなを、みんなを守りたいのっ！！」
そう、それこそがカスミにとって、自分の孤独を埋める唯一の手段でもあったのだから。
「連れていけ」
ゲンドウは冷徹な声で、カスミの両脇にいる男達に命じた。
「お父さんっ！　お願いしますっ！　パイロットを続けさせてっ！！」
カスミは保安諜報部員達に掴まれるともがき出した。今までまったく抵抗しなかったカスミの突然の反抗に、男達は驚く。
「早く連れていけ」
「はっ」
「お父さん！　お父さんっ！！」
結局、カスミの力が大人達に適うわけもなく、カスミは司令執務室から追い出されてしまった。

２人きりになった執務室。コウゾウが深い溜め息をついた。
「憎まれ役は辛いな……」
「……」
しかしゲンドウからの答えは返らなかった。彼も迷ったままなのだ。

野辺山の作戦中、友人のために自らの命を投げ出そうとしたカスミに２人は脅えた。いくらＥＶＡに守られてるとは言え、彼女のあの性格では、常に自らの危機を呼び込んでしまうことだろう。
カスミをパイロットから引きずり降ろすことは、２人にとって急務と言えた。保安諜報部員による脅しも、先程の冷たい態度も、カスミがパイロットから逃げ出すことを願っての演出だったのだ。残念ながら通用はしなかったが。
娘が思い通りになってくれないことに、ゲンドウは嘆息せずにはいられなかった。


ＮＥＲＶを追い出されたカスミは、レイのマンションに向かった。彼女の心は絶望感でいっぱいだった。
カスミを迎え入れたレイも、表情は冴えなかった。

レイのベッドに２人で座ると、カスミはボロボロと涙を零し始める。
「碇さん……」
「私……どうしよう？　パイロット、降ろされちゃった……」
「！　……そう…」
「ダミー・システムがあるから、私はもう用済なのかな？」
レイは自分の胸に、重苦しい固まりがつかえたような気がした。
「ごめんなさい……」
「？　何で綾波さんが謝るの？」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
レイの頬に涙が流れるのを見て、カスミは混乱した。慌ててその震える体を抱き締めた。
「綾波さん、どうしたの？　私に話して」
「ダミーの開発には……私の替わりの体が使われてるの……」
「ええっ！？」
それはあまりに衝撃的な告白であった。カスミはレイを守るように抱き締めると、その胸に怒りの炎を燃やし始めた。
「お父さん、綾波さんがヒトとして生きることを認めてくれるって言ったのに……」

ゲンドウの冷徹な顔が脳裏に浮かぶ。カスミは父に裏切られた気持ちでいっぱいになった。
「非道いよっ、まだ綾波さんの命を弄ぶのをやめてなかったなんて！！」
カスミの柔らかな頬にも、新たな涙が流れ落ちた。
「ゴメンね、私、元の家に帰されちゃうの。……もう、綾波さんの傍にいてあげられないよぉ」
「碇さん……」
２人の少女は涙を流したまま、抱き合い、互いの唇を求めあった。貪るように、慈しむように。やがて相手の温もりを求めようと、２人は体を重ねていった。
「嫌……嫌……あなたと一緒にいたい……」
「私も……私だって綾波さんと別れたくないよぉ」
カスミもレイも涙を流しながら、いつにない激しさで深い求め合いに耽っていった。壱中の制服が乱れて、２人の白い肌が少しあらわになる。
「はぁ……はぁ……碇さん……碇さん」
「綾波さん……あぅっ、はぁっ、綾波さぁん……あんっ」
互いの愛撫のひとつひとつが、心の奥に、躯中に、深く響き渡る。カスミとレイの白磁のような肌が朱に染まっていく。やがて２人は張り詰めたような官能の波に飲まれていった。
「碇さん……好き……好き」
「私も……私も……」
「ああっ」
「ひゃうっ」
神経が極限まで張り詰めていたせいだろう。２人は体を硬直させ、あっという間に深い絶頂を迎えた。
「はぁうぅ、綾波さぁん」
レイはそれでもカスミを求めるのをやめようとはしなかった。カスミもおずおずと、レイの敏感な部分へ再び手を伸ばした。
「あ……あンっ」
「はぁ……はぁ」
達したばかりの敏感な肌に、強い刺激は辛すぎたが、２人はそれでも求め合うのをやめようとはしなかった。互いの制服を剥ぎ取るように脱がせ、直接の温もりを味わい合う。気だるい午後のひととき、２人の幼い少女の肢体は、何度も妖しく絡み合っていった。


「……ん……？」
カスミが目を醒ましたのは、そろそろ太陽が昇ろうかという時間だった。自分の腕の中に穏やかに眠る蒼銀の髪の少女を見つけて、柔らかく微笑んだ。
あどけない寝顔のレイ。カスミはその髪を優しくなでていたが、自分達が裸のまま寝たことを思い出すと、顔から火が出るような思いがした。
あれから何回愛し合っただろう。ベッドで、カーペットの上で、シャワーを浴びながら。２人は飽きることなく互いを求め合った。別れの寂しさを埋めようとして、互いの傷付いた心を癒そうとして。
貪るように求め合い、慈しむように慰め合った。カスミはまだ室内に、情事の残り香が漂っているような気がした。
（あ……また……）
レイの寝顔を眺めている内、カスミは躯の芯が疼くのを感じた。濡れてるのが自分でもわかる。
「……私…………いやらしい……」
「それは、いけないこと？」
「ふぇっ！？」
レイの紅い瞳が自分を見ているのに気付いて、カスミは慌てた。
「綾波さんっ、起きてたのっ！？」
「ええ……。碇さんになでられるの、気持ちいいから。そのままにしていたの」
そう言ってレイは、カスミの敏感な部分へ指を這わせた。
「ひゃうっ！？」
「濡れてる……」
その言葉に、途端にカスミは顔を真っ赤にした。
「あっ、綾波さん！？」
レイはいきなりシーツの中に潜り込むと、カスミの脚の間へ体を入れ、その熱く濡れた部分へ口付けた。
「嫌ぁっ」
カスミの躯が大きく波打った。レイの舌が這う感触に、カスミは敏感に反応してしまう。
「ダメぇ……ダメだよぉ……」
レイは再びシーツから顔を出すと、カスミに情熱的な口付けをした。そして濡れた場所へ、今度は指を這わせる。
「ん……ふぅっ……」
「ん……ん……」
湿った音と、衣ずれの音が響く。カスミの思考はすぐに蕩けていった。切なげに腰をくねらし、快楽に身をまかせていく。
「綾波さぁん……綾波さぁん……はぅっ」
カスミの切羽詰まった表情が、舌足らずな甘い嬌声が、レイを行為に夢中にさせていく。レイはカスミの首筋から鎖骨の辺りへ丹念にキスの雨を降らせ、さらにカスミの痛い程尖った胸の先端を吸った。
「はあああぁぁっ」
カスミはあっさりと高みへ上り詰めた。切なげに寄せられたままの眉が艶っぽい。濡れた唇も、朱が差した頬も、レイの心を捕らえて離さない。
「碇さん……可愛い……」
「はぁ……はぁ……あやなみ、さん……」
今度は優しく唇を重ねた。いつの間にかカーテンが真っ赤に染まっている。太陽が昇ったのだろう。朝日を浴びながら、２人の少女は長い長い口付けを交わした。
再びレイの指が妖しく蠢く。
「あんっ……綾波さん……もう、許して」
「ダメ……あなたの躯に、私を強く刻み付けておきたいの……」
「綾波さん……」
レイの紅い瞳は、切ない輝きに満ちている。カスミはゆっくりと体中の力を抜き、目を閉じた。
朝焼けの光が満ちる穏やかな世界で、少女達は互いの華奢な躯を求め合っていった。

（つづく）

後書き

１９話、前半です。やっぱりサブタイトルは「女の戦い」になりました。
なんちゅーか………昼メロなシーンを連想させるタイトルですな（＾＾；
実は「いかスミ」って、初めは投稿するつもりで書いてたわけじゃなかったので、自分でもこんなに続くとは思っていなかったんですよ。
だからサブタイトルのことまで深く考えていなかったんですねぇ。

それと、ついにミサトに２人の関係がバレちゃいましたね（＾＾；
これで何かが変わるのでしょうか？

感謝の言葉：

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第１９話「女の戦い（後編） 」に進む。
作者のスニフさんへの感想メールはこちら（cage@hot.interq.or.jp）まで。
読者からの反響は作者のやる気を湧き出させます。
続きが読みたい人は、感想メールを送りましょうね。