カスミがサルベージされてから１週間が過ぎた。
その間、カスミは検査やリハビリなどで忙しい入院生活を送っていた。何しろサルベージされたばかりの頃は体力もなく、満足に歩くことさえできなかったくらいなのだ。
しかし別に具合が悪いわけではないので、カスミの体力は日に日に回復していった。
そしてついに、退院の日を迎えた。

「碇カスミの戦い」第弐拾壱話　ネルフ、誕生（前編）
　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


ＮＥＲＶ本部、司令執務室。
カスミは今、ゲンドウと面会していた。これはカスミから申し出たことだった。
「それで、用はなんだ？」
いつものようにゲンドウが冷たい口調で問う。しかしカスミは穏やかな笑顔をたたえたままだった。
「お父さん………私の名前、お父さんが付けてくれたんだね……」
「！？」
動揺する父を眺めて、カスミはさらに深い笑顔になった。
「私……初号機の中でお母さんに逢ったよ」
「！！　そうか……」
「全部……話してくれるよね？」
カスミの微笑みを見ながら、ゲンドウはユイを思い出していた。その弱さ故、ゲンドウは消えた妻にずっと縋っていた。すべてはそこから始まったことなのだ。
ゲンドウはしばらく考え込んでいたが、やがて決意をした。
「………わかった」
「ありがとう、お父さん」
「長い話になる。場所を変えよう」
サングラスを外して立ち上がる。このゲンドウのサングラスは、カスミを呼ぶことが決まったときに用意した物だった。初めは妻と再会するため、レイを、そして自分の娘さえ道具として利用しようとしていたゲンドウ。そのサングラスは、自分の本心を隠すための仮面だった。サングラス無しでは、自分の娘の目を直視する勇気もない憶病者だったから。

執務室の奥の応接室。ここでゲンドウは娘にすべてを話していた。
一一一子供に未来を残すために修羅の道を選び、さらには初号機の中に消えてしまった妻。
一一一それを知りながら、消えた妻に拘わってすべてを無に還そうとした弱い自分。
それは弱い男の懺悔であり、憶病者の告白だった。今この瞬間、逃げていただけの弱い父は、やっと自分の娘の元へ帰って来たのかもしれない。

すべての罪の告白を聞いても、カスミの笑顔が絶えることはなかった。セカンド・インパクトの真実は確かに衝撃であり、ミサトのことを考えると胸が重く軋んだが、それでもカスミはゲンドウ達の罪を受け入れようと決意していた。
そしてまた、ユイを失ったゲンドウがすべてから逃げ出し、娘である自分さえ道具として扱おうとしていたことさえ、カスミは許せる気持ちになっていた。
「お父さんは、弱いだけだったんだね」
カスミがポツリと呟く。
「ああ、そうだ」
「私と、同じだね」
「ああ」
「なんか……安心しちゃった」
「私を、恨んではいないのか？」
ゲンドウの言葉に苦笑を漏らすと、カスミはゆっくりと首を振った。
「ううん。だってそんなの、哀しいだけだモン」
「そうか。今まですまなかったな」
「いいよ。お父さんがいてくれたから、私は綾波さんに出逢えたんだし」
「そうか」
「……そうだ。リツコさんに聞いたんだけど、お父さんは私が心配でパイロットを降ろしたって、本当？」
「ああ」
カスミは眉をひそめた。
「私は、自分のためにＥＶＡに乗ってるんだよ？　そんなことしてもらっても嬉しくないよ」
「ああ。あの件では、赤木博士にお小言をもらってしまった……」
バツの悪そうなゲンドウに、カスミは笑顔になった。
「ふふっ。………リツコさん、ホントにお父さんのことが好きなんだね……」
「……そうか」
「でもお父さんは、お母さんに逢うために、そんなリツコまで利用したんだね……」
「……ユイを失って以来、お前に再会するまで私は狂気に囚われていた……。その１番の犠牲者が彼女なのだ。彼女が私を殺そうとしても、私は抵抗はしないつもりだ」
カスミは思わず嘆息してしまった。
「お父さん、それは度胸があるんじゃなくて、ただ逃げてるだけだよ」
「そうか、そうだな。……私は一生を賭けて、彼女に償いをしていくつもりだ」
「うん」
不器用ではあるが、ゲンドウにリツコの気持ちを受け入れるつもりがあるのを見て取り、カスミは嬉しそうに微笑んだ。

カスミの帰った後、コウゾウが司令執務室に戻って来た。実はカスミに弾劾されるのを恐れて逃げていたというのは内緒である。
「カスミ君は、大人になったのだな」
「ああ」
カスミがゲンドウ達の罪を受け入れたことで、コウゾウは心底ほっとしていた。
「そろそろ、我々も行動を起こす時期ではないのかね？」
「ああ……あの男を呼び出す」
「使えるかね？」
「ああ。あの男なら、取り引きに応じるだろう。何しろあの男が欲しがってるものは、我々の手の内にあるのだからな」
いつものポーズのゲンドウ。手で隠した口元が、ニヤリと笑った。


「どうなってるの、ここぉぉ〜〜〜〜〜〜っ！？」
葛城家に１歩踏み入れた途端、カスミは絶叫をあげた。そこはまさにゴミの山だった。
「惣流さんは平気だったの？」
「だって掃除すんの、メンド臭いんだもん」
平然と答えるアスカ。
「はぅぅ〜〜っ。綾波さんもここへ来てたんだよね？　平気だったの？」
「散らかしてたのはミサトさんと惣流さんだったから……。こっちの方が居心地がいいのかと思って、片付けるのを我慢していたの」
「そ、それはどういう種類の気の遣い方なのぉ〜〜？」
カスミは引き攣らずにはいられなかった。
退院して新居に案内されたカスミだったが、葛城家でカスミの退院祝いをやることになったので、ここへとやって来たのであった。
「惣流さん！　お料理の前にお掃除するよっ！」
「カスミ、頑張ってね」
アスカが罪のない笑顔で応える。
「惣流さんもするのっ！！」
今思えば、ミサトが強硬に退院祝いをカスミとレイの部屋でやることを主張していたのも頷けた。この惨状を見られるのが怖かったのだろう。
（どうせすぐにバレることなのに……）
結局、台所用品も、リビングのインテリアも揃ってない２人の部屋でお祝いをするのは取り止めになった。ちなみにミサトは、カスミをここまで送った後、逃げるようにＮＥＲＶへ帰ってしまっていた。
（ミサトさんが帰って来るまで、あと５時間……余裕だね）
買い物はすでに済ませてある。カスミは顔を引き締めた。
「じゃっ、やるよっ！」

「「「おめでとう！」」」
「みなさん、ありがとう！」
パーティーが始まった。葛城家のリビングは、さっきまでの惨状が信じられないほど綺麗に片付けられ、テーブルには美味しそうな料理が並べられている。退院したばかりのカスミに気を遣ったのだろう、レイだけでなくアスカも真面目に働いた結果だった。

「しっかし日向君達、よっぽどここに来たかったのねぇ。涙流してたわ」
ミサトが可笑しそうに思い出し笑いをした。
「あの２人は残業なんですもの。仕方ないわ」
リツコがそれに応じる。この場には、このマンションの住人の他にはリツコとマヤが同席しているのみである。マコトとロンゲも参加を希望したのだが、仕事が残っていたので叶わなかったのだ。
「あの２人、カスミちゃんを見る目がいやらしいです！　来なくて正解でした！」
マヤが冷たく言い放つ。
（（それはお前もだろ））
心の中で同時にツッコミを入れるミサトとリツコ。さらに、マヤの言葉を聞いたレイの目付きも険しくなっていた。しかしカスミは引き攣ったように笑うだけだった。
（大人の男の人が、私なんか相手にしないと思うケド……マヤさんって考えすぎだよね）
男について、イマイチ理解の足りないカスミだった。
「カスミちゃん、男はケダモノなんだから、簡単に気を許しちゃダメよっ！」
「は、はぁ……」
マヤのいつにない迫力に、カスミは曖昧な返事しかできなかった。
（（お前にもな））
ミサトとリツコは再び、すかさず心の中でツッコミを入れた。

それから話は、自然にカスミのいない間の学校の話題になった。
「そっかぁ。委員長、鈴原君と付き合ってるんだ。良かったね」
「まあ、あの熱血馬鹿にはヒカリは勿体なさ過ぎるけど、ヒカリが幸せそうだし、いいんじゃない？」
アスカの大人な態度に、カスミは穏やかに微笑んだ。
「ふ〜ん。アスカのことだから、友達を男に獲られたとか言って騒ぐと思ったのに」
ミサトも感慨深げに呟いた。途端にアスカの顔が赤くなる。
「アタシはそんな子供じゃないわよっ！　初めからちゃんとヒカリの応援をしてきたわっ」
（そ、そうだったかな……）
思わず心の中で突っ込むカスミ。

ゲンドウ達と和解できた安心感からか、カスミは久しぶりに楽しい時間を過ごすことができた。レイもアスカも、カスミが還ってきたせいかいつになく嬉しそうだ。ミサトとリツコは、そんな子供達の様子を満足げに眺めていた。マヤだけがカスミを妖しい目で見つめながら、カスミの料理を堪能していたのはご愛嬌であるが。
子供達が主役ということで、パーティーは早い時間でお開きとなった。

「ふぅ」
ミサトはゆっくりと体をバスタブに預けながら、大きな溜め息を漏らした。カスミが還って来たというのに、どこかそわそわした気持ちが晴れないでいた。
（カスミとレイ……今は２人きりよね……）
思わず邪な想像が頭をよぎる。
（いや、まさか、２人とも子供なんだし……）
そう考えようとしても、悶々としてしまうのは仕方ないのかもしれない。
（よく考えてみて……。私の望みは何？　あの娘達の幸せじゃないの！　……そうよ、あの２人が幸せだったら、それでいいのよ……）
ミサトは想像する。
恋人同士で暮らすとなれば、周りに迷惑をかけるような痴話げんかをしてしまうかもしれない。あるいは愛し合うことに夢中になって、学業をおろそかにしてしまうかもしれない。
（そのときこそ、私の出番だわ）
そんなとき、ちゃんと大人として２人をいい方向に導いてやらなくては、とミサトは思う。
結論らしき考えに落ち着くと、ミサトはいつの間にか心が穏やかになっている自分に気付いた。
「これでいいんだわ。……だって、あの娘達は幸せにならなくちゃいけないんだから……」
「くあ？」
ミサトの独り言に返事を返したのはペンペンだった。
「………アンタ、いつからそこにいたの？」

「はぅ……」
カスミはバスタブの中、レイに抱き締められながら熱い吐息を漏らした。
ミサトがそんな心配をしてるとは知らず、さっきまで洗い場でレイと激しく愛し合ったばかりだった。達したばかりの躯に、肌の触れ合う感触が心地いい。
「疲れさせてしまった？」
レイが心配そうに訊ねる。激しく求めたのはレイからだった。
「ちょっと。でも、大丈夫だよ」
カスミはそうレイに微笑みかけてから、少し眉を曇らせた。
「私………綾波さんに寂しい想い、させちゃったんだね」
カスミの胸が軋む。レイに激しく求められた分だけ、レイに寂しさを味わわせたのだと思った。
「ごめんなさい、違うの。私……嫉妬をしてしまったの」
「ふぇ？」
カスミは間抜けな声をあげてレイに振り返った。
「もしかして綾波さん、さっきのパーティーの話、気にしてたの？」
レイはバツが悪そうにコクリと頷いた。思わず苦笑するカスミ。
「綾波さん、あれはマヤさんの冗談だよぉ。私がそんなにモテるわけないよ」
「そんなこと、ないわ。あなたはとても魅力的な人だから……心配になってしまったの」
「綾波さん……」
カスミは思わず頬を染めた。そしてレイの紅い瞳を真直ぐに捉える。
「綾波さん……。もしそうだとしても、私が好きなのは綾波さんだけだよ？　私が一緒にいたいと願うのも、触れ合いたいと願うのも、愛し合いたいと願いのも、全部全部、綾波さんだけなんだよ？　私は、綾波さんだけのものなの。だから、心配しないでね」
「碇さん…」
蕩けたようなカスミの声に、レイの頬も桜色に染まっった。
「綾波さん……愛してる」
「私もよ、碇さん」
そして２人は、慈しみ合うような口付けを交わした。

「まさか……」
リツコは自室で１人、青ざめていた。
さっき帰ってすぐ、気分が悪くなって戻してしまったのだが、そんなに酒を飲んだ覚えはなかった。その後も度々嘔吐感に襲われてる内に、自分の生理が遅れていることを思い出したのだ。
「そんな……」
リツコは思わず下腹部を手で押さえた。
多忙を極めるリツコには、生理不順などほぼ日常であったため、気付くのが遅れてしまった。
「何もこんなときに……」
新たな不安の種に、リツコは思わず顔をしかめた。だがもしリツコの想像通りなら、新しい生命が育ち始めていることを意味するのだ。
あの男は何と言うだろう。カスミは？　思春期の少女をまた傷付けることになるかもしれない。
リツコはベッドに横たわったまま、思考の海に溺れていった。


カスミは目覚まし時計が鳴る前に目を醒ました。もう朝が早いのは習慣になってしまっているようだ。隣に眠る愛しい人の寝顔を少し眺めてから、そっとベッドから這い出た。
「そ、そっか……」
そして自分が全裸なのを思い出して真っ赤になる。結局、あの後ベッドの中でも愛し合ってから２人は寝たのであった。慌てて下着を着ける。
「…碇さん？」
「あ、おはよう。ゴメンね、起こしちゃった？」
衣ずれの音をさせてカスミが壱中の制服を着ていると、レイが起き出して来た。
「おはよう……最近、私も朝が早かったから……」
「ふ〜ん」
軽く朝のキスを済ませる。しかしレイはシーツで体を隠したままだった。それを見てカスミは柔らかく微笑む。
少しずつではあるが、レイはカスミと愛し合うようになってから、恥じらいを見せるようになっていた。自我の成長が見られるのだ。なんとなくそれは、カスミを優しい気持ちにさせていた。
「ミサトさんの家にご飯を作りに行くのね。私も手伝うわ」
「え？　あ、そうか。あの２人、お料理できないモンね。私、そこまで思い付かなかったよ。もしかして、今まで綾波さんがご飯を作ってあげてたの？」
「ええ」
「しょうがないね、あの２人」
そう言いながら、カスミは優しげに微笑んだ。
「違うわ。ミサトさんは料理ができるらしいの」
「ふ〜ん。でも、ミサトさんは忙しいモンね」
「いえ、私がミサトさんの家に行くようになったのは、惣流さんに頼まれたからなの。惣流さんは、ミサトさんの料理に脅えてるから……」
「お、脅えてる？」
「ええ」
（ど、どんなお料理なのぉ〜？）
カスミは引き攣らずにはいられなかった。

２人が朝ご飯を作ってると、アスカが起き出して来た。ミサトは遅番のため、もう少し寝ていることだろう。
「おはよう、惣流さん」
「ご飯作りに来てくれたんだ。サンキュ」
アスカは安堵したような笑みを漏らした。
「惣流さん、ミサトさんのご飯食べたんでしょ？　どうだったの？」
「お、思い出させないでよっ！！」
「ご、ゴメンねっ！？」
何気なく訊いたことに、凄い形相で怒鳴り返され、カスミは思わず怯んだ。
「アタシ、ミサトのカレーを食べてから、しばらくカレーが怖かったんだから……」
そう言うアスカの顔色は、確かに悪くなっていた。
（ど、どんなカレーだったんだろ……）

朝食を済ませると、カスミとレイは身支度するため自分達の部屋へ戻る。今日はレイがいるため、ミサトの分の弁当も作ることができた。
２人は一緒に洗面台の前に並ぶと、食後の歯磨きをし、髪をブラシで整え、最後にリップ・クリームをつける。
カスミはオーバー・ザ・レインボーでアスカに『ガキっぽい』と言われてから、少しずつ身なりを気にするようになっていた。中学生の女の子がリップ・クリームもつけたことがないというのは、自分でも情けないと思ってしまったのだ。また、レイもカスミの勧めでこの習慣を身に着けていた。
「碇さん」
「ん？」
「私のリップ・クリーム、切れてるの。貸してくれる？」
「いいよ」
と、レイに手渡そうとしてから、カスミは不意に思い付く。
「待って。私がつけてあげるよ」
そう言ってレイの顎を持ち、顔を上に向かせた。レイも抵抗せずに目を閉じる。そしてレイにリップ・クリームをつけ終わると、その唇を重ねた。
「えへへ」
「ありがとう」
２人とも首筋まで真っ赤だ。お揃いの唇は、ドキドキしたけどとても嬉しかった。
そのときドアチャイムが鳴った。アスカも身支度が終わったのだろう。２人はアスカとともに登校するため、玄関に急いだ。

「こりゃまた、手荒い歓迎ですね」
ＮＥＲＶ本部、司令執務室。ゲンドウ達の目の前には手錠をかけられたリョウジがいた。
「君には申し訳ないと思う。だが、我々にはもう残された時間がないのだよ」
コウゾウがフォローする。その老紳士然とした口調は、あくまで穏やかだった。
（どういうことだ？）
リョウジはニヤニヤと笑いながらも、２人に探るような視線を送っていた。ゲンドウ達の真意を掴みそこねているのだ。自分を消すつもりなら、この２人がわざわざこんなことをするとは思えなかった。
「我々は君と取り引きがしたい」
ゲンドウが机に座ったままの、いつものポーズで重々しく話を始めた。
「取り引き？」
「そうだ。君にはゼーレと手を切ってもらう。そして我々の手足となって働いてもらうことになるだろう」
リョウジが苦笑する。
「甘く見られたモンですね。俺がこんな脅しに乗るとでも？」
「いや、君は我々のために働かざるを得なくなると思うがな」
確信めいた口調でコウゾウが続けた。リョウジが不思議そうに目を細める。
「これから君には、すべての真実を知ってもらうつもりだからな」
コウゾウの言葉にリョウジの目が見開かれた。すでに余裕は失われている。リョウジがずっと危ない橋を渡っていたのは、すべて真実を知りたいという欲求のためだけだったのだから。
「どういう、ことです？」
リョウジが低い声で問う。その顔つきは真剣だ。魚が餌に食い付いたのを見て、ゲンドウの隠したままの口元がニヤリと笑った。
「我々が碇ユイ博士の遺志を引き継ぐには、君の力が必要になったのだよ」
コウゾウの声は、未だ余裕をたたえていた。リョウジはついに観念する。
「……話を聞きましょう」
そんなリョウジを眺めて、コウゾウはほっと安堵の溜め息を漏らした。

「碇さん、お帰り！」
「お帰り、碇さん！　碇さんがいなくて、みんな寂しかったのよ」
「碇っ！　よく帰って来たな！」
久しぶりに登校したカスミは、クラスメートにもみくちゃにされていた。
カスミが初号機に取り込まれていたのは極秘なので、パイロットを辞めて前の家に帰っていたと発表されていた。特にトウジとヒカリはそのことで胸を痛めていたので、喜びもひとしおだった。
「碇……わしのことでお前には嫌な目に遭わせてしもうたみたいやな。ほんまにスマン！」
「そんなことないよ。鈴原君、退院できてよかったね」
「碇さん……」
ヒカリの目には、うっすらと涙が光っていた。
「委員長……鈴原君と付き合ってるんだって？　惣流さんから聞いちゃった」
「んもうっ、アスカったら」
やんわりと頬を染めるヒカリ。
「よかったね」
「碇さん………」

リョウジは自分の執務室で、何をするでもなく、煙草をふかしていた。頭には様々なことがよぎる。ゲンドウ達から聞かされた内容は驚くべきものだった。
ゼーレ、ＮＥＲＶの上部組織である人類補完委員会の狙いはサード・インパクトだった。
人類もまた、１８番目の使徒だったのだ。しかし人間は単体生物である他の使徒とは違い、不完全な存在である郡体生物である。その人類を単体生物に人工進化させようというのが、人類補完計画の全貌だった。
リョウジは、人類補完計画において使徒との戦いがその前哨でしかないことは掴んでいた。しかし、その後に何が行われるかまでは知ることができなかった。そのあまりの真実に、思わず慄然とする。
確かに１人の人間は不完全な存在だ。１人では何もできもしないのに、自らの心の闇によって他人を恐れる。魂は常に欠けた存在なのだ。
だからと言って誰の許可も無く、人類をひとつにまとめようなどと、単なる独善でしかない。ゼーレは神になろうとでも言うのだろうか？
リョウジの胸にコウゾウが語った、碇ユイの生前の言葉がリフレインされた。
『私は子供達に未来を残せるなら、悪魔にも喜んで魂を売り渡しますわ』
「そういう、時代なんだな……」
ポツリと呟く。ユイはそのゼーレを利用し、ゼーレの資金と技術で使徒戦を勝ち抜き、ゼーレの野望を打ち砕こうとしていたのだ。
しかしユイは初号機に取り込まれ、帰らぬ人となった。ゲンドウとコウゾウはユイの遺志を引き継ぎ、ゼーレと戦うのだと言う。ＥＶＡの真実は、人道主義から外れた技術のオンパレードだ。それはなりふりに構っていたら、子供に未来を残すこともできなくなることを意味していた。
「子供達の未来、か……」
重い言葉だ、とリョウジは思う。しかしそのために戦うのに、何を躊躇う必要があるだろう。リョウジは肚を据えて立ち上がった。
「残りの使徒はあと３体……確かに時間はないな」
リョウジはすでに、仕事のときの顔付きになっていた。

壱中の昼休み、カスミ達はまた以前のように屋上で弁当を広げた。
「あ？」
カスミが小さく声をあげる。ヒカリがトウジに弁当を渡したからだ。ヒカリはトウジが退院して以来、トウジの分の弁当も作ってきていたのだ。
「何驚いてんのよ、馬鹿カスミぃ♪　熱々なお２人さんなんだから、お弁当くらい当然でしょ〜？」
アスカが早速イヤらしい目付きで茶々を入れる。
「惣流、お前はわし等のことからかうとき、ホンマ活き活きしとるのぉ」
トウジが赤い顔で呻いた。
「毎日作ってあげてるの？」
「え、ええ……」
「そっか」
頬を染めながら、それでも嬉しそうなヒカリに、カスミも優しい笑顔になった。
「ほぉ〜んと、モテない相田君が可哀想でなりませんわぁ♪」
アスカが大袈裟に肩をすくめてみせた。
「そんなこと言うなら、誰か俺に弁当作ってくれよ……」
ケンスケのツッコミは寂しそうだ。
「私でよかったら、作って来てあげようか？」
カスミの罪のない笑顔に、ケンスケは深く嘆息する。やはり同情されるのは哀しかった。
「違うんだよ、碇。俺が欲しいのは、愛のこもった弁当なんだ！」
「そ、そう。ゴメンね」
「大それたこと考えてんのね……」
かなり失礼なことをポツリと呟くアスカ。
「あ〜あ。ミサトさん、俺に弁当作ってくんないかなぁ」
ケンスケが再び嘆息する。やはり彼の中では、ミサトが１番大きな存在だったようだ。その言葉を聞いたアスカの目が妖しく光った。
「何よ、相田。ミサトの料理が食べたいの？」
「ああ」
「ふ〜ん。……頼んでやろっか？」
「ほっ、ホントかっ！？」
まさにヒョウタンから駒である。しかし何故かケンスケよりアスカの方が嬉しそうだった。
「ま、ミサトは忙しいから、いつになるかわかんないけどね。頼んでやるわよ」
「ありがとう、惣流！！」
まさに涙を流さんばかりに喜ぶケンスケ。カスミとレイは、その様子をドキドキしながら眺めていることしかできなかった。
「……ミサトさんの弁当なら、わしも喰うてみたいなぁ……って、いたっ」
ちなみに、そんなことを呟いたトウジが、ヒカリに尻をつねられたのはご愛嬌である。

（つづく）

後書き

今回のお話は、それぞれのキャラが自分の戦う理由を見つけて行くというものです。
おかげでちょっと長くなってしまいました。
本編のユイって、実際は何を考えていたんでしょうね。ユイが望んだ未来については描写がなかったように思います。
「いかスミ」のユイは、ただただ子供に未来を残そうとしていた、という人に設定しました。

ところでゲンドウ、子供のために戦う決意をした筈なのに、悪役にしか見えないのは何故でしょう？
やっぱニヤリ笑いかな？（＾＾；

感謝の言葉：

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