ミサトはその頃、司令執務室に呼び出されていた。ゲンドウ達に呼ばれる覚えがないため、少し緊張していた。薄暗く、無意味に広い空間は彼女にとって居心地が悪すぎた。
「葛城三佐。我々は君の働きぶりには感謝している」
「はい……」
ゲンドウの突然の言葉に、ミサトの目付きが訝しげなものに変わる。
「チルドレンの面倒もよく見てくれている。君は我々にとって重要な存在だよ」
コウゾウがその後を引き継ぐ。ミサトには話がまったく見えなかった。わざわざこの２人が、自分を呼び出してまで謝辞を述べるとは到底思えない。
「……そして君は、加持一尉とともに、我々を嗅ぎ廻っているようだな」
ゲンドウの言葉に、ミサトの鼓動が跳ねた。バレているとは思っていたが、実際に指摘されると痛い。ミサトの頭には嫌な想像が色々巡っていった。
「誤解せんでくれ給え。我々は君を糾弾するために呼んだわけではない」
コウゾウが穏やかな調子で続けた。しかしコウゾウの次の言葉は、ミサトを驚愕させるのに十分なものだった。
「我々は君に、すべての真実を知らせるために呼び出したのだよ」
「！？」

「碇カスミの戦い」第弐拾壱話　ネルフ、誕生（後編）
　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


すべての話を聞き終わったミサトは、すっかり俯いていた。両手が痛い程握り締められている。ゲンドウ達は、リョウジに話したことと同じことをミサトに伝えた。レイの真実が語られることはなかったが、それ以外の情報はすべて吐き出した。そしてゲンドウ達の真実は、罪の告白でもあった。
特にミサトに衝撃を与えたのは、セカンド・インパクトの話である。

裏死海文書。
ゼーレの教典ともなっている、人類が現れたときにはすでに存在していたとされる謎の予言書だ。
セカンド・インパクトは、その予言書によって予言されていたと言う。さらに、ゲンドウはあの南極にいた葛城調査隊のメンバーだった。しかし、セカンド・インパクトの前日に南極を離れ、難を逃れたのだ。そのゲンドウの手には、葛城調査隊の調査資料やデータが握られていたと言う。
つまり、葛城調査隊は捨て駒だったのだ。
実はセカンド・インパクトの実態は、葛城調査隊の科学者達の暴走が招いた結果だった。南極の地下に眠っていたアダムとロンギヌスの槍を散々弄り回してあの惨事を引き起こしたのだ。
だからと言って、ゲンドウ達の罪が消えるわけではない。コウゾウもまた、そのゲンドウ達の罪を知りながら、ゲンドウの補佐を勤めて来たのだ。

「我々が憎いかね？」
「当たり前でしょうっ！！」
コウゾウの言葉にミサトは激情を押さえられなかった。ミサトがＮＥＲＶで働いているのは、父親の敵討ちのためだ。使徒に対し、ずっと憎しみを持っていたのだが、実際のセカンド・インパクトは人為的なものであったとは。
「我々の命は君に預けよう。しかしもう少し待って欲しい。我々はユイとの約束を果たさねばならんのだ」
ゲンドウの言葉に、ミサトはついに応えることはなかった。

ミサトが去った後の司令執務室。
「彼女はどうするかな？」
コウゾウが呟くように問う。それは独り言であったかもしれない。
「わからん。だが、彼女もそれほど愚かではないだろう」
「そうだな……」

ミサトは自分の執務室に帰ると、頬杖をついてぼーっと時間を過ごした。その脳裏には様々なことが思い浮かぶ。そんなミサトの耳に、ドアの開く音が聞こえた。
「よっ」
「加持……」
リョウジは元気のないミサトを見て嘆息する。
「その様子じゃ、葛城も司令達に話を聞いたようだな」
「ええ」
「これから、どうするんだ？」
ミサトがＮＥＲＶにいる理由は、リョウジも知っていた。
「わかんないわ……。今さら、父さんの仇が他にいるとか言われてもね。……私は子供達を復讐の道具にしてまで戦って来たのに……」
「そうかな？」
「！？　アンタに何がわかるってーのよ！？」
穏やかな声で問いかけられ、ミサトはカッとなってしまった。しかしすぐにリョウジから視線を逸らして俯いてしまう。
「……ゴメン」
リョウジは再び溜め息を漏らした。
「俺は司令の言葉に従うことにしたよ。子供達の未来のために命を賭けるのは、悪い気分じゃないからな」
「そう」
ミサトは前に進むことを決めた恋人に、軽い嫉妬を感じてしまった。彼女には、今までチルドレン達を道具にしていたという負い目がある。簡単には割り切れなかった。
「子供達は葛城に懐いている。それは嘘じゃない。刹那的に自分に罰を与えるのもいいが、もっと素直になってもいいんじゃないか？」
「加持……」
「道具にされてる子供が、心を開いたりするかい？」

『やっぱり、ミサトさんは私のこと、復讐の道具になんかしてないよ？』

胸にカスミの言葉が蘇る。ミサトは目を見開いた。
「自分にとって大切なのは何なのか、もっとちゃんと考えるんだな」
そう言ってリョウジは退室しようとする。
「どこ行くの？」
「しばらくあちこち行かなくちゃならない。何しろ時間が無いんだ。あまり逢えなくなるな」
「そう……。気を付けて」
「ああ、葛城もな」
リョウジは男臭い笑みを残して、ドアの向こうへ消えて行った。

ミサトが玄関のドアを開けると、賑やかな声がリビングから聞こえて来た。思わず頬が緩む。子供達の笑顔は、何よりもミサトにとって元気のもとだった。
「あ、ミサト、おかえり〜」
「お帰りなさい、ミサトさん。今、ご飯温めますね」
「…お帰りなさい」
「くわっ」
３人と１匹が笑顔で迎えてくれる。ミサトがずっと欲しかった家族がそこにいた。
「ただいま」
返事を返しながら、ミサトは肩の力が抜けていくのを自覚した。カスミとレイは今朝のことと言い、２人きりの世界に閉じこもるつもりはないようだった。カスミはもちろんのこと、レイも賑やかな家に居心地良さそうにしている。カスミのいなかった１ヶ月で、彼女は何かを学んだのかもしれない。
（私が考えてるより、この２人の方がずっとしっかりしてるのかもね）
ミサトの夕食をイソイソと用意するカスミを眺めながら、そう考える。その日の夕食は、いつもより美味しかったような気がした。

「ちょっとみんなに話があるの」
台所を片付け終わったカスミとレイがリビングに戻るのを待って、ミサトは切り出した。
「何？」
「これからの私達の戦いのことよ」
「これからの？」
小首を傾げるアスカとは対照的に、カスミの表情が曇った。
「今日、私は司令に呼び出されて色々なことを教えてもらったわ。……すべての真実をね」
「……ミサトさんも聞いたんですね、セカンド・インパクトのこと……」
「ええ」
カスミも知っていたことに、ミサトは軽い驚きを覚える。
「ゴメンなさい……」
「カスミが謝ることじゃないでしょ？」
「でも……」
初号機の中でユイの意識と触れ合ったか、サルベージされてからあの大人達にすべての事情を聞いたのだろうとミサトは考えた。しかし昨日のカスミからそんな様子は感じなかった。相変わらず内罰的ではあるが、カスミは目立たないところで成長しているのだと感じた。
「ねぇ、何の話？」
アスカが焦れる。
「そうね。今から話すわ、すべての真実を。アスカにも知る権利があるんだから……」

ミサトがすべての話を終えると、カスミはすっかりうなだれていた。レイはそんなカスミを気遣うような視線を送っている。しかしアスカは小首を傾げるだけだった。
「何でカスミのパパ、そんな話をミサトにしたのかしら？　憎まれるってわかってんのに……」
アスカの言葉にミサトは目を見開いた。
（そうよ。何故、司令達は突然……）
話の内容自体の衝撃に、すっかり重要なことを失念していたミサトだった。
「そうだわ……」
ミサトは１人、納得したように呟いた。
「参号機の事件のとき、カスミが言ったことよ……」
「は？」
「私は記録映像でしか知らないけど、カスミはあのとき『パイロットは何も知らずに死ねと言うの』って、言ったのよ」
「は、はあ」
「司令は、私達にすべてを知った上で、納得づくで戦って欲しいんだわ……」
「どういうこと？」
アスカが再び小首を傾げる。
「きっと司令は、逃げるのをやめたのね」
ミサトの言葉に、カスミとレイは小さく頷いた。
ゲンドウはようやくチルドレン達を重要な存在として扱う気になったのだろう。だからこそ、チルドレンに１番近い存在のミサトを取り込もうとしているのだ。
「……ミサトさんはどうするんですか？」
カスミはそう訊かずにはいられなかった。
「ん？　何が？」
「お父さんの復讐……」
俯きながら怖ず怖ずと尋ねるカスミを見て、ミサトは穏やかに微笑んだ。
「加持君に言われたわ。自分にとって大切なのは何か、よく考えろって……」
「大切？」
「そう。確かに私がＮＥＲＶにいるのは、父さんの敵討ちのためだった。……でも、父さんには悪いけど、やっぱり私には生きてる人間のほうが大切なんだわ……」
ミサトはまるで自分の心の中を確かめるように言葉を紡いだ。
「ミサトさん……」
「今さらかもしれないけど、やっぱり私は、あなた達の笑顔が見たくて戦ってたのね……」
ミサトの言葉に、カスミは嬉しそうな笑顔になった。
「……ミサトさんがいつも私達の心配をしてくれるの、わかってましたよ？　だから、今さらなんて思いません」
「そうよっ。大体、今さら『パパの敵討ちの方が大切です』なんて言われたら、ビンタまでされたアタシの立場がないじゃない！」

『道具にされてる子供達が、心を開いたりするかい？』

（そうね、加持君……）
カスミとアスカの言葉を聞きながら、ミサトはやっと自分も前に進めるような気がしていた。
「ありがとう、２人とも」
だからミサトは、涙を滲ませながらも最高の笑顔を子供達に送った。
「さってと……」
話が落ち着いたのを見て、アスカが好戦的に指を鳴らした。
「アタシ等の本当の敵は、頭のおかしな爺さん達なのね？」
「ええ。私達は司令達がゼーレを何とかしてくれることを祈ることしかできないけど、相手は何しろ裏から世界を操っている組織よ。最悪の場合、世界中の軍隊がここに攻め込んで来るでしょうね」
４人の顔に、緊張の色が浮かんだ。
「何とか説得できればいいですね」
人間とは戦いたくないカスミが呟く。
「アタシ等が直接、爺さんどもと戦えればいいのに…」
物事を単純に割り切ろうとするアスカは、そんな感想を漏らした。
「今は司令達を信じて、私達は使徒戦を勝ち抜いていきましょう」
ミサトの言葉に、３人の少女はしっかりと頷いた。

リツコは自室で１人、溜め息を漏らした。
今日、病院で診察を受けたのだ。結果は陽性だった。リツコの胎内では、新しい命が育ち始めている。
「産みたい……」
ポツリと呟く。昨日、色々思い悩んだ結果、リツコの出した結論だった。何よりも、リツコの女の部分が悲鳴をあげていた。
「司令……カスミ……」
あの男は承知するだろうか。あの少女は祝福してくれるだろうか。
「浅ましいわね、私……」
今まで散々生命を弄んで来た自分が、人並みの幸せを手に入れたいと願っている。リツコはそのことに苦笑せずにはいられなかった。
「母さん、助けて……」
女としては憎んでいた筈の母の名を、いつの間にかリツコは呼んでいた。


「はぅぅ〜」
休日の朝、レイが洗濯を終えてキッチンへ戻ると、そこには大量のあんこの入った大鍋の前で腕組みするカスミがいた。
「碇さん？」
「どうしよう？　作りすぎちゃった……」
カスミはすでに、涙目だった。
「何を作ってるの？」
「おはぎを作ろうと思ってるの。でもこれ……何人分になるんだろう？」
考えたくもなかった。以前交わした、アスカとの約束を守ろうとしておはぎを作ることにしたカスミだったが、どうせなら友人達にも振る舞おうとして大量に小豆を煮込んでしまったのだ。グツグツと煮込まれているあんこを前に、呆然と立ち尽くすカスミだった。
「ミサトさん達に持って行けばいいわ……」
「そっか！　そうだね！」
レイの打開策に、カスミは瞳を輝かせた。ミサト達は今日は休日出勤をしている。ＭＡＧＩの定期検診の日なので、メンバーは揃っている筈だった。
それから２人は大量の餅米を炊き、ひたすらおはぎを作り続け、すべてのあんこを消費することができた。翌日の学校に持って行く分を分けると、残りのおはぎを重箱に詰める。カスミの手際もあり、２人が作業を終わらせたのは、まだ午前中のことだった。
「お父さん、冬月先生、ミサトさん、リツコさん、加持さん、オペレーターの人達、それに私達……１人４つは多いかな？　でも他にも人はいるし、大丈夫だよねっ」
そしてカスミはレイとアスカを伴い、意気揚々とＮＥＲＶを目指した。

「碇っ」
コウゾウが少し興奮した様子で、司令執務室へ駆け込んで来た。
「たった今、カスミ君たちがＮＥＲＶへやって来たそうだ」
「そうか。だが、今日はテストはない筈だが？」
「そんな悠長な場合かっ！　彼女達は重箱を持ち込んだのだぞ？」
「何っ？」
ゲンドウのサングラスの奥が怪しく光った。
「……ふっ。父に弁当を作って来たか。可愛いヤツだ」
「いや、カスミ君達の目標は赤木博士の研究室らしい」
「何っ！？　お、おのれカスミ、裏切ったな」
別に誰も裏切ってはいないが、ついにゲンドウは立ち上がっていた。そしてそのままスタスタと歩き始める。
「碇、どこへ行く？」
「赤木博士に急用だ」
「うむ。ならば私も同行しよう」
こうして困った２人組の大人達は、頬を染めて司令執務室を後にした。

「うひゃ〜、こりゃまた大量に作っちゃったもんねぇ〜」
「いいから早く食べようよ〜」
「惣流さん、もうちょっと待って。今お茶入れてるから」
カスミがおはぎを食べる場所をリツコの研究室にしたのは、ミサトの執務室が散らかっていて人の入る余地がないためだった。
「でも差し入れがもらえるなんて嬉しいわね」
リツコが目を細める。仕事を頑張った御褒美のように感じたのだ。
「いえ、却って仕事を中断させちゃってすみませんでした」
「いいのよ。みんな疲れてるから、きっと甘いものは喜ばれるわ」
カスミがお茶を入れ終わるのと同時に、リョウジがオペレーターの３人を伴って入室して来た。
「よっ。運のいいときに居合わせたよ」
リョウジは今朝まで日本政府との交渉に出ていたのだった。
「カスミちゃん、おはぎ作って来てくれたんですってね。ありがとう！」
「カスミちゃんのおはぎ、楽しみっす！」
「作りすぎちゃったんだってな。大丈夫、俺が頑張って喰うからさ」
オペレーター達は天にも昇る気持ちだった。

「……美味しい」
レイがポツリと呟いた。
「へぇ〜、意外。けっこうイケるじゃん！」
アスカも顔を輝かせた。おはぎ初体験の２人が満足してくれたことに、カスミは相好を崩した。
「しかし、おはぎを作れる中学生とはまた渋いな」
リョウジは楽しそうに笑った。
「ホント、お嫁さんにもらいたいわね」
（カスミちゃんがお嫁さんか。……いいな、それ）
（お、俺がもらうっす！　是非とももらうっす！）
（カスミちゃんの花嫁姿、きっと綺麗でしょうねぇ。そしてその隣にいるのはわ・た・し）
リツコのおどけた発言にスパークする３人組。平和な風景だった。

「あ」
「え」
「う？」
突然、リツコの研究室のドアが開くと、そこにいる人物を見て全員が目を丸くした。
ゲンドウとコウゾウである。オペレーターの３人などは、慌てて立ち上がろうとした。
「ああ、みんなそのまま休憩を続けてかまわんよ」
コウゾウが慌てて制止する。
「我々はちょっと立ち寄っただけだ」
ゲンドウも慌てたように言い訳した。
「お父さん。これ、私が作ったの。お父さんにも持って行こうと思ってたんだ。ちょうどよかった」
カスミが嬉しそうに新しい重箱を差し出す。自分達の分が別に用意されていたことを知り、ゲンドウとコウゾウは頬を染めた。
（やはりカスミ君は我々のことも忘れてなかったか……）
（ふっ）
（ホント、この男どもは……）
あまりのタイミングのよさに、リツコのこめかみが引き攣った。
ゲンドウとコウゾウが参加したため、ちょっと異様な雰囲気になってしまったが、突発的なお茶会はそのまま続けられることになった。
「うむ。旨いぞ、カスミ君」
「ありがとう、冬月先生」
「カスミ、よくやったな」
「えへへ。綾波さんにも手伝ってもらったんだよ」
「そうか。レイもよくやったな」
「はい」
思いがけずゲンドウとお茶の席を共にしたカスミは、少しはしゃいでいた。
そんなカスミ達を眺めながら、ミサトとリツコは涙が出そうだった。この親娘が、こんなに打ち解ける日が来るなんて。
（なるほど。ゼーレも恐れるあの碇司令も、この笑顔には勝てませんか）
リョウジは真実の一端を垣間見たような気がした。
（この人を『お義父さん』って呼ばなくちゃいけないのか……。試練だな）
（駆け落ちっす。駆け落ちしかないっす！）
（ＮＥＲＶの権限で、女同士の結婚も認めさせられないかしら……）
オペレーター達もそれぞれ思惑があるようだった。
（カスミには悪いけど、この２人って鬱陶しいわねぇ）
その中で、アスカだけが１人醒めていた。
（美味しい…）
ちなみにレイは、何も考えていなかった。

「うっ！？」
突然リツコが、口元を押さえて部屋を飛び出した。みんなが驚く中、カスミが心配そうな顔になる。
「……疲れてるところに、おはぎはやっぱり重かったのかな……」
「そ、そんなことないわよ。きっとリツコ、具合が悪いんじゃないかしら。昨日も同じようなことあったし……」
ミサトも、カスミのフォローをしている内に心配顔になってしまった。
「まさか先輩、つわりだったりして……」
「リツコが？　相手はいない筈だけど……」
ミサトやオペレーター達が罪のない冗談で笑う中、思わず目線を合わせるカスミとゲンドウ。事情を知るコウゾウの表情も強張っていた。
「わ、私ちょっと見て来ますっ！」
カスミは慌ててリツコの後を追った。

予想通り、リツコは手洗いから出て来るところだった。
「リツコさん……」
「あ、あらカスミ。ごめんなさい、せっかく作ってくれたのに…」
「リツコさん、どこか具合でも？」
「い、いえ、違うの…」
リツコの狼狽える姿に、カスミは何かを見たような気がした。
「じゃ、もしかして子供が……」
案の定、リツコは目を見開いた。カスミは一瞬、顔を輝かせたものの、すぐに複雑な表情になってしまった。
「えと、あの、おめでとうって言って、いいんでしょうか……？」
「……カスミは、嫌じゃないの……？」
「へっ？」
思わずきょとんとするカスミ。だがすぐに、リツコが苦しそうにしている理由に思い当たった。
「私とお父さんは、そういうんじゃないですから」
「カスミ……」
カスミには、父親を独占したいという気持ちは無かった。いくらゲンドウを身近に感じるようになれたと言っても、やはり離れている時間が長過ぎたのかもしれない。
「赤木博士……」
不意に声をかけられ、２人は驚いて振り返った。
「司令…」
「お父さん…」
いつの間にか、ゲンドウもやって来ていた。
「お父さん、リツコさん、お腹の中に赤ちゃんがいるの。……喜んで、くれるよね？」
心配そうにゲンドウを伺うカスミ。目の前の少女が、新たな命を無条件で祝福していることに、リツコの体は激しく震えてしまう。視界が滲み、鼻の奥がツンと痛くなった。
慌ててリツコは口元を押さえる。ゲンドウはその様子を静かに見守っていた。
「赤木博士………すべてを終わらせたら、私は碇の姓を手放すつもりだ。それまで、待っていて欲しい」
「し、司令……」
リツコの頬に、ついに涙が流れ落ちた。ゲンドウはその震える体を優しく抱き締める。
「子供の名前は、私が考えよう」
「……はい…………はいっ……」
ゲンドウの腕の中で、何度も頷くリツコ。いつもの冷静な科学者はそこにはいない。まるで少女のようにカスミには見えた。
（リツコさん、よかったね）
カスミはそんな２人を、滲む視界の中に収めながら優しく見守っていた。

（つづく）

後書き

リツコさん、ご懐妊です。
ついに、本編とストーリーが激しく違って来ましたね。
ミサトもわだかまりを捨てることができたみたいで、さぁてみんなで幸せになってみようか、ってなカンジになって来ました。
リツコさんの子供は、最終回に登場させる予定です。


アスカに「頭のおかしな爺さん」呼ばわりされてしまったゼーレの面々。
哀れ（＾＾；

感謝の言葉：

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第２２話「せめて人間らしく」に進む。
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読者からの反響は作者のやる気を湧き出させます。
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