「４０度２分……ずいぶん高いね。大丈夫？」
カスミが心配そうにアスカの顔を覗き込む。アスカはベッドに寝たまま、苦しそうな息を繰り返していた。
「アスカはどお？」
心配したミサトも部屋の中を覗き込んだ。
「ただの風邪だと思いますけど、だいぶ熱があるみたいで……」
「そう」
ミサトはその形のいい眉をひそめた。
「私、今日は学校を休んで惣流さんの看病しますから」
「あ、いいわ。アスカはＮＥＲＶの病院に入院させるから」
「大袈裟じゃないですか？　大丈夫ですよ、私なら」
「そうじゃないのよ。万が一の場合、このままじゃアスカ、避難できないでしょ？」
「あ、そうか。じゃっ、用意しますね」
カスミが慌てて荷物をまとめるのを横目で見ながら、ミサトはアスカの顔を覗き込んだ。顔は赤く、瞳は潤んでいる。荒い息遣いが、いかにも苦しそうだった。
「病院、行くの？」
さっきの会話を聞いていたのだろう、アスカがそう訊いてきた。熱のせいか、普段の元気はなく、声も弱々しい。
「そうよ。悪いけど、ちょっと入院しなきゃね」
「病院、ヤダ」
駄々っ子のように言う。困ったような顔で、ミサトを上目遣いに見上げる様は何だか子供のようだった。
「この前、ゲームやってて夜更かししてたでしょ？　そのバチが当たったのね」
「あぅ…」
ミサトが前髪をなでてやると、アスカは気持ちよさそうに目を閉じた。普段が普段だけに、妙に可愛らしく感じる。
「空いてる時間はずっと顔を出すようにするから、我慢してちょうだい」
「ホント？」
「ホントよ」
「放課後は私もお見舞いに行くよ、委員長も誘って」
「レイも？」
「私も行くわ」
台所で朝食の後片付けをしていた筈のレイもいつの間にかやって来ていて、すかさず答えを返した。やはりレイもアスカの様子が気になっているらしい。
「病院、行くわね？」
「あぅ」
アスカはミサトの顔を上目遣いで見つめながら、コクリと頷いた。

「碇カスミの戦い」第弐拾弐話　せめて人間らしく
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


「えっ！？　アスカが入院！？」
ヒカリが驚くほど狼狽えるのを見て、カスミは慌てた。
「あ、違うの。ただの風邪だよ。ただ、非常事態に避難できないと困るから、ミサトさんが入院させようって」
「そ、そう。じゃあ大丈夫なのね？」
「うん。ちょっと熱出しちゃったからすぐには無理だけど、２，３日で退院できるって」
「何とかは風邪ひかん言うけどなー」
トウジが呑気な茶々を入れる。途端にヒカリが眉を釣り上げた。
「鈴原っ！！」
「すっ、すまん、イインチョ！！」
慌てて謝り出すトウジ。
「なんて言うか……鈴原君、すっかりお尻に敷かれてるんだねぇ……」
思わずカスミは苦笑してしまった。
「ううっ。武士の情けやっ。碇、それは言わんといてくれっ」
「別に私は武士じゃないモン」
「それにトウジだって、武士と言うより大阪商人ってカンジだしな」
ケンスケも面白がって突っ込む。すっかり立場のないトウジだった。

アスカのお見舞いは、女の子だけで行くことになった。カスミ、レイ、ヒカリの３人が病室に入ると、アスカは待ちくたびれたのか、すっかりご機嫌ななめになっているところだった。
「カスミ、遅い」
そう言って可愛らしく唇を尖らせる。
「ゴメンね。寂しかった？」
「あぅ…」
上目遣いのまま、コクリと頷く。カスミがミサトの真似をして前髪をなでると、アスカは気持ちよさそうになすがままになっていた。
（か、可愛い…）
アスカのいつにない様子に、ヒカリは頬を染めた。アスカの弱味を見たことのあるカスミやレイはその姿を普通に受け止めていたが、何も知らないヒカリには衝撃だったようだ。
それから３人は、アスカの病室で１時間ほど過ごしてから帰ることにした。
「もう帰っちゃうの？」
帰り際、アスカに涙目でそう言われると罪悪感さえ感じてしまったが、病人を疲れさせるのもいけないと思い、３人は後ろ髪を引かれるような思いで病室を後にした。

「なんか今日のアスカ、可愛かったわねぇ」
ヒカリがすっかり感心したように言った。
「風邪で弱ってるから、きっと地が出たんだよ」
「あれがアスカの地なのかしら？」
「うん、多分ね」
夕日に照らされたカスミの笑顔は、少し哀しげだった。


アスカが入院してから３日目、その日は朝から雨だった。どんよりと曇った空からしとしとと降り続ける雨。常夏の第三新東京市では珍しい天気だった。
今日はシンクロ・テストの日だったので、カスミとレイは学校を早退してＮＥＲＶへ急いでいた。
「テストが終わったら、惣流さんのトコ顔出しに行こうね」
「ええ、きっと退屈してるわ」
「明日には退院できるって、リツコさんが言ってたよ」
「そう」

しかしシンクロ・テストは急に取り止めになってしまった。衛星軌道上に、突然使徒が現れたのだ。カスミとレイは、初号機と零号機の中でそれぞれ待機させられていた。
初号機は委員会の命があるまで凍結される筈だったが、結局その凍結期間もゲンドウの裁量に一任されていたので、カスミもこうして出撃できることになった。
「望遠の映像、出ます」
ロンゲがコンソールを操作して、モニターに使徒の姿を映した。第１５使徒は、光り輝く１対の翼のような形をしていた。鳥、あるいは天使を連想させるその姿は、見るものに神々しささえ感じさせてしまう。
「目標に変化は？」
「いえ、依然、衛星軌道上から動きません」
マコトの報告に、ミサトは小さく舌打ちした。攻撃しようにも敵が遠すぎる。
「第１０使徒のように降って来るつもりなのか、あるいはあの場所からここを破壊する能力があるのか……いずれにせよ厄介ね」
リツコは顎に手を当てたまま考え込んだ。
「あそこからここを破壊できるなら、とっくにやってるんじゃないかしら…」
「そうね」
「とにかくポジトロン・スナイパー・ライフルを用意して」
「はいっ」
「あともう１発、長距離砲があればいいんだけど…」
無い物ねだりだと知りながらも、ミサトは嘆息せずにはいられなかった。
「ポジトロン・ライフルでは射程が短かすぎるし…」
「いえ、陽電子砲を２つ用意するより、スナイパー・ライフルの方が有効だわ。ギリギリで射程外だけど、目標の手前で対消滅を起こすことができるだけで、攻撃の効果は期待できるもの」
リツコの冷静な分析に、ミサトはゆっくりと頷いた。
「なら、スナイパー・ライフルを撃った後、その砲弾を陽電子砲で狙撃する。これでいいのね？」
「ええ。今のところもっとも有効的な手段よ」
ミサトはモニターの中のカスミとレイに向き直った。
「２人とも、話は聞いていたわね」
『『はい』』
「カスミがスナイパー・ライフル、レイがポジトロン・スナイパー・ライフル。いきなり難しい作戦だけど、お互いの意識を感じ合えればイケるわ。２人ならできるわね？」
ミサトの言葉には、恋人同士である２人に対しての期待感が言外に現れていた。
『『はい』』
だからカスミとレイは、しっかりと頷いた。

ポジトロン・スナイパー・ライフルは、ヤシマ作戦のときに戦略自衛隊からＮＥＲＶが借り受けたものだった。しかしその後のゴタゴタで、結局そのまま返さずにいたものだ。今はリョウジの活躍によりＮＥＲＶと日本政府は極秘裡に和解しているので、結局この武器はＮＥＲＶのものになってしまったと言っていいだろう。
今回、この陽電子砲はヤシマ作戦のときのような大電力で撃つわけではない。その力不足を、加速時間を長くすることによって補う。カスミは照準の中の使徒を眺めながら、レイが射撃の準備を終えるのを待っていた。
「！？」
と、不意に照準モニターの中の使徒が光った。
「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ！！」

「カスミっ！！」
突然、初号機が虹色の光に包まれたのを見て、発令所に動揺が走った。
「敵の指向兵器なの！？」
「熱、電磁波、何も感知できません！」
マコトが悲鳴に近い絶叫で報告する。
『嫌ああっ、私の心を覗かないでっ！　私の中に入って来ないでぇっ！！』
「カスミっ！？」
「大変です！！　心理グラフが崩れかかってます！」
マヤの報告に、ミサトとリツコは目を剥いた。
「使徒の心理攻撃！？」
「使徒が人の心を知ろうとしてるの！？」
初号機はライフルをその場に落とすと、苦しそうにもがき始めた。
「カスミっ！！　後退してっ！！」
『嫌あああぁぁぁっ！！　嫌なこと思い出させないでぇぇっ！！』
「ダメです、聞こえてません！」
「初号機を急いで回収してっ！」
「それもできません！　初号機はどのルートの射出口からも離れてすぎてます！」
手の打ちようのない状況に、ミサトは悔しそうに唇を噛んだ。リツコはマヤの隣で光線の分析を始めたが、初めて見る武器を調べようにもまったくの五里霧中の状態だった。
そんな中、零号機のライフルが火を吹いた。陽電子の加速が終わったのだ。雲を突き抜け、使徒を目指す陽電子。しかしヤシマ作戦のときより、距離は長く、電力は小さい。陽電子ビームは使徒のＡＴフィールドに阻まれ、四散してしまった。
「ダメです、効果ありません！」
「レイ、ドグマに下りて槍を使え」
『はい』
決断を下したのはゲンドウだった。ミサトとリツコが顔を見合わせる。
「槍……委員会が騒ぐでしょうね」
「ま、あの２人に泥を被ってもらいましょ」
ミサトとリツコはそう言いながらも、気にしている様子はない。レイはリフトに掴まり、ターミナル・ドグマを目指して下りて行った。
「精神汚染、Ｙに突入しました……」
マヤが絶望的な声色で報告する。発令所に重い空気が立ちこめた。
『ふっ……ふええっ……ひっく……』
モニターの中のカスミは、胎児のように体を丸め、子供のように泣きじゃくっていた。
『行かないで、お父さん……ひっく……私を捨てないで……』
「カスミ……」
「トラウマが掘り起こされてるんだわ……」
リツコの言葉が引き金となり、強烈な殺意が発令所全体からゲンドウに降り注いだ。
（むぅ…）
背中にびっしょりと嫌な汗をかくゲンドウ。
『いい子になるから……ひっ……私を捨てないで……えぐ……お父さぁん……』




……………
………。
「カスミちゃん」
「カスミちゃん」
おじさん……おばさん……。
「ほら、カスミちゃんの勉強部屋、お庭に建てたよ。今日からここで勉強するといい」
「カスミちゃんも、もう１０歳だものね。自分の部屋が欲しいと思ったのよ」
嬉しそうなおじさんとおばさん。
その真ん中で、おじさんの家の女の子が意地悪そうに私を見て笑ってる。
わかってるよ。
私、邪魔なんだね……。
「ありがとう、おじさん、おばさん」
だから私は、にっこり笑ってお礼を言った。
「私、ちゃんと１人で勉強します」

それから私は、１人でいることが多くなった。
時々おじさんの家から楽しそうな笑い声が聞こえる。
そんなとき私は、耳を塞いで布団を頭から被った。
その中で、声を押し殺してずっと泣いていた。

ご飯とお風呂は、前のようにおじさんの家で頂いていた。
そんなある日、私はおじさんとおばさんの話を聞いてしまった。
『カスミちゃんは、愛想笑いばかり上手くなるなぁ』
『ホント、陰気で可愛げのない子ね』
『まあ、そう言うな。金はたっぷり貰ってるんだ。文句は言えんさ』
どうして？
私、頑張ったよ？
勉強も一生懸命やって、いい子にしてたよ？
やっぱり、ダメなのかなぁ。
やっぱり私は、誰にも愛してもらえないのかなぁ。


今日は夕方から雨だった。
美化委員会の仕事が伸びてしまったせいで、私は帰るのが遅くなってしまった。
本当は私は美化委員じゃない。
美化委員の子に頼まれて代わりに出ただけ。
私はよくこうして仕事を押し付けられることが多い。
でも、断ったことはない。
面倒を押し付けられてるのは知ってるけど、嬉しいから。
『お前はここにいていいよ』って、言われてる気がするから。
だから、仕事を押し付けられても、私は『いいよ』って、笑って答えるんだ。
「碇さんに頼めば？」
だからみんなも、当たり前のように私に仕事を頼んで来る。
「碇、これやっとけよ」
……男の子は偉そうに命令するから、好きじゃない。

昇降口で空を見上げる。
朝は晴れてたから、傘は持って来なかった。
昇降口では、何人かのお母さんが来ていた。
急な雨だったから、子供を迎えに来たんだね。
自分の子供を見つけて、嬉しそうに名前を呼ぶお母さん。
その子は、はにかんだような笑顔で雨合羽を着せてもらっていた。
私にお母さんはいない。
だから、その光景を見てるのがとても辛かった。
気付くと、私はその場から逃げ出していた。

雨の帰り道を私は歩いていた。
もう、濡れるのも気にならなかった。
河原に、まだ新しい自転車が捨ててあった。
まだ乗れるのに捨てられてしまった自転車。
何だかそれは、自分の姿を見ているようだった。
だから、その自転車を持って帰ろうと思った。
私が使ってあげようと思った。
大人用の自転車は大きかったから、押して帰ることにした。

でも……
「そこの君、停まりなさい」
私を呼び止めたのは、お巡りさんだった。
「その自転車は君のものかな？」
「いえ……。でも、橋の下に捨ててあったから……」
「嘘をついちゃいけないな」
「本当です、嘘じゃありません！」
「……話は署で聞こうかな」

「お名前は？」
警察に連れて行かれると、優しそうな婦警さんが私のことを色々訊いてきた。
「碇カスミ……」
「じゃあ住所は？」
「……」
何で誰も私の言うことを信じてくれないんだろうと、私は泣きたくなった。
「保護者の名前は？」
「………碇ゲンドウです」
少し考えた後、私はそう答えていた。
胸がドキドキした。
このことを知ったお父さんは、どうするのだろう？
私を叱りに来てくれるだろうか？

「カスミちゃん！」
でも警察に来たのは、おばさんだった。
「なんてことしたの！？　自転車が欲しかったなら、言ってくれればよかったのにっ！」
「違う……」
私はすでに泣いていた。
おばさんは初めから私を信じようともしてくれてない。
「そのぐらいのお金なら、お父さんから貰ってるのよっ！？」
「違う……」
違うの、おばさん。

その帰り道、私とおばさんは一言も喋らなかった。
私はおばさんの傘に入ることもなく、濡れながら歩いた。
お父さん。
こんなときでも、迎えに来てくれないんだね。
あの自転車には、盗難届けが出されていたのだそうだ。
きっと盗んだ人があそこに放置したのだろうと思った。
あの自転車は、捨てられたわけじゃなかった。
……捨てられたのは、私。
お母さん。
もしお母さんが生きてたら、迎えに来てくれた？
私のこと、信じてくれた？

お母さん………
………。




ターミナル・ドグマには、第２使徒、リリスの体が巨大な十字架に磔にされていた。初号機のオリジナルであり、レイの母体となっているものだ。
リョウジは自分の持ち込んだアダムが成長した姿だと思い込んでいたが、実際は南極の地下にアダムが眠っていたように、リリスもこの地下に初めから眠っていたのだった。
リリスの胸には、赤黒い２叉の槍が刺さっていた。ロンギヌスの槍と呼ばれるものだ。これはゲンドウとコウゾウがわざわざ南極まで行ってサルベージしてきたものだった。

レイが槍を引き抜くと、リリスの体に変化が起きた。突然、巨大な水音を立ててＬＣＬに還元したのだ。リリスのいる部屋は、ＬＣＬに満ちた湖になっている。リリスの体は、そのＬＣＬの湖の中に溶けて消えて行った。
レイはその様子にあまり感慨を持たず、槍を抱えて再びリフトに掴まった。

「使徒が現れたんですってっ！？」
発令所に走り込んで来たのは、病院のパジャマを着たままのアスカだった。
「ダメよ、アスカ！　寝てなきゃ！」
「こんなときに寝てらんないわよっ！」
そして初号機のプラグを映したモニターを見て固まる。そこには生気のない瞳で、インテリア・シートにぐったりともたれるカスミがいた。
「何よっ？　カスミはどうなってんのよっ！？」
「使徒の心理攻撃よ」
「どうやらトラウマを掘り起こされてるらしいわ」
ミサトとリツコの説明に、アスカは背筋が凍るような思いがした。その恐怖は、長い間トラウマと戦い続けていたアスカにはよく理解できたから。
「カスミっ！　カスミっ！？　返事しなさいよっ！！」
「ダメよ、アスカ。カスミには私達の声は聞こえてないの」
「そんなっ！」
『捨てないで……私を捨てないで……』
カスミのうわ言のような呟きに、アスカはすべてを理解し、灼けるような視線をゲンドウに送った。
（わ、私が悪いのか……？）
（反論の余地は無いな、碇……）
何故か心の中で会話が通じているゲンドウとコウゾウだった。
「零号機、地上に出ます！」
「レイ、急いで！　カスミにもう余裕がないわ！」
レイはミサトの言葉に静かに頷いた。
「零号機、投擲体勢に入ります。ＭＡＧＩによるカウントダウン、スタート！」
まるで槍投げ選手のようなフォームで、レイは槍を天に向かって投擲した。ロンギヌスの槍が雲を割ると、あっという間に第三新東京市の空が晴れ渡った。
不意に虹色の光線が消えた。人々の祈りを乗せたロンギヌスの槍はＡＴフィールドを破り、第１５使徒を虚空へと消し飛ばしていった。
「目標、消滅！」
ロンゲの報告に、発令所中に安堵の溜め息が漏れた。
「レイ、急いで初号機を回収して」
それだけ言うと、ミサトはリツコ、アスカとともに発令所を後にした。
「ロンギヌスの槍はどうなった？」
発令所の最上段からオペレーターに声をかけたのはコウゾウだった。
「第１宇宙速度を突破。月の軌道上まで飛んで行くものと思われます」
「回収は無理だな」
「はい。今のところ、あの質量を地上に持ち帰る手段はありません」
「ならばいい。引き続き戦後処理にあたってくれ」
「はっ」
コウゾウはカスミが無事だったことに安堵しながらも、ゼーレに何を言われるのか頭が痛かった。

ケージに帰っても、カスミは錯乱状態にあった。
「綾波さんに逢わせてっ！　綾波さんに逢わせてよぉ！」
そこへ零号機のプラグから降りたレイが駆け付けた。
「あっ、レイ！　カスミはまだ錯乱してるの。呼びかけてあげて」
「はい」
レイはカスミのもとへ駆け寄ると、その手を優しく握り締めた。
「碇さん」
「綾波さんっ、綾波さんっ」
レイの姿を認めると、切なげなカスミの頬に涙が流れた。
「大丈夫、私はここにいるわ」
「綾波さんは私のこと、捨てないよね？」
「もちろんよ。私はあなたを………愛してるもの」
「綾波さん……」
カスミは頬を染めて歓喜に満ちた笑顔になると、レイの唇を貪るように求めた。時間がとまる。
「げ」
「わ」
「なっ」
アスカ、ミサト、リツコの３人は思わず硬直した。レイもカスミの口付けに応えているのを見て、リツコはミサトを振り返った。
「ミサト、２人のこと、知っていたのね？」
「な、なははは……やっぱ不味いかしら？」

一方、カスミとレイのキスシーンは発令所にもモニターされていた。
「いっ、碇っ！　これは俺のシナリオにはないぞっ！？」
「レイっ！　私を裏切るのかっ！？」
「うっ、嘘だっ！　俺のカスミちゃんがっ！　そんなの嘘だあああぁぁぁぁっ！！」
「カスミちゃんは俺のことが好きだったんじゃないんすかあああぁぁぁぁっ！？」
「カスミちゃん！？　女の子が好きなら、この私がっ！　この私があああぁぁぁぁっ！！」
もはやパニックである。

カスミはレイの腕の中で安らかに眠ってしまった。レイはそんなカスミの髪を慈しむようになでている。その姿を眺めていたリツコは、小さく溜め息を漏らした。
「ま、２人が幸せなら、悪くはないかもね」
「そっ、そうよねっ！？」
思わぬリツコの言葉に、ミサトの表情も明るくなった。
「なるほどねぇ。どおりであの２人、ウェットな関係だと思ったのよ」
そう言ってアスカは肩をすくめながら頷いた。
「アスカ……あの２人を認めてあげるの？」
ミサトがおずおずと尋ねると、馬鹿にしたような視線を返されてしまった。
「はんっ。アタシはドイツで育ったのよ？　ゲイのカップルなんか見飽きてるわ。保守的な日本人と一緒にしないでよねっ！」
「そ、そっか。安心したわ」
「でもこの映像、発令所にも流れてるのよね。……今頃はパニックかしら？」
度胸が座ったのか、リツコは楽しそうに笑った。
「う〜、頭が痛いわ〜〜。司令、どうするかしら？」
「文句は言わせないわ、絶対に。カスミが苦しんだ末に求めたのはレイだったんですもの」
「……そうね」
レイの胸に顔をうずめて幸せそうに眠るカスミ。そのカスミを慈しむように抱き締めるレイ。
アスカ、ミサト、リツコの３人は、そんな２人を優しげな目で見守っていた。

（つづく）

後書き

はわわわわわ。ついにＮＥＲＶ中にカスミとレイの関係がバレてしまいましたねぇ。
これからが大変そうです（？）
海外では同性愛者を普通「ゲイ」と呼ぶらしいです。「レズ」や「ホモ」だと差別的な意味が含まれてしまう……と聞いた覚えがあるのですが、うろ覚えなので間違ってるかもしれません。

初めアスカが風邪、という展開に驚いた人は多いでしょう。使徒の心理攻撃を受けてしまうのはカスミになりました。そう言えばカスミの過去って、ほとんど語られていなかったんですよね（アニメ版のシンちゃんもそうなんですが）
カスミの過去の描写は、コミック３巻のエピソードをアレンジしたものです。

ところでリリス、消えちゃいましたね（＾＾；
この理由は次回でリツコ達が説明してくれることでしょう。
こんなに話を変えちゃって、収拾つくのか？＞俺

感謝の言葉：

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第２３話「涙」に進む。
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