壱中、朝の２−Ａ教室。
「何や、今日来る転校生て、お前等の知り合いかいな」
「うん。その子もチルドレンなの」
「ちょっと待ってくれよ、碇。お前、昨日は使徒を全部倒したって言ってなかったか？　それに新しいＥＶＡが本部に配備されたなんて話、聞いてないぞ？」
以前ほど強烈ではないにしろ、ケンスケはチルドレンに憧れを持っている。新たなチルドレンの存在に驚きを隠せなかった。
「だからそいつ、仕事をする前に役目が終わっちゃったってわけ」
アスカがしゃあしゃあと肩をすくめて見せた。
「ふぅ〜ん。じゃあそいつ、結局ＥＶＡには乗らなかったのか。お気の毒に」
ケンスケはそれで納得したようだった。
「相田ぁ、自分を基準に考えないで。あんたみたいに、みんながＥＶＡに乗りたがってるわけじゃないのよ？」
ヒカリが疲れたように突っ込む。
「よっしゃ、わかったで碇！」
「へ？」
突然、手を叩いて納得したトウジに、カスミは思わず間抜けな返事をしてしまった。
「さっきわし等に頼みがある言うたやろ？　つまりわし等に、その転校生と仲良くして欲しいっちゅーわけやな」
「う、うん」
カスミの性格をよく知るトウジは、その程度のことなら簡単に推理できたのだ。
「新しい環境っちゅうのはみんな不安になるモンや。碇、その頼み、快う引き受けたで！」
「ありがとう、鈴原君！」
「鈴原……」
自分の胸をどんと叩いて笑うトウジに、カスミは顔を輝かせ、ヒカリは頬を染めてうっとりとした表情になった。
「トウジがそう言うんじゃしょうがないな。俺もそいつと仲良くするよ」
「ありがとう、相田君。カヲル君ってちょっと変わってるけど、とってもいい人だから、きっといいお友達になれると思うよ」
（ちょっとどころじゃないと思うけど……アレ）
（何を根拠にいい人と……？）
カスミがカヲルを早くクラスに溶け込ませようと一生懸命根回しをする中、アスカとレイは心の中で冷めた突っ込みをしていた。


「碇カスミの戦い」第弐拾五話　世界の中心でアイを叫んだけもの（後編）
　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ

「え〜今日は昨日話した通り転校生が来ています。…渚君、入って来なさい」
担任の老教師に呼ばれてカヲルが教室に足を踏み入れると、クラスの女子から歓声があがった。
アルビノの肌に紅い瞳、銀髪。それは異様な風貌であったが、美しい顔だちとすらっとした体躯、そして何より人懐っこい笑顔が少女達の中でポイントを高くしているようだ。
（マジマジ？　すっごい美形じゃん）
（それに優しそう）
（ウチのクラスって可愛い娘多いけどさ、男はロクなのいなかったからねぇ〜）
（ついにアタシ等にも春が来たってカンジ？）
「渚君、自己紹介を」
カヲルがどんな自己紹介をするのか、少女達の期待が集まる。すでに何人かは頬を染めていた。
クラスメート達を見渡すと、カヲルは一層深い笑顔になった。少女達から溜め息のようなものが漏れる。実はカヲルは、今まで学校に通ったことがなかった。彼もまた、期待で胸を膨らませているのだ。
そしてカヲルはポケットに手を突っ込んだまま、視線を遠くに投げ出した。
「…学校はいいねぇ」
「「「「「………は？」」」」」
クラスの全員が一斉に小首を傾げる様は壮観であったと言う。


「カスミ、またアンタのことがテレビでやってるわよ？」
「わ、私のことじゃないよっ」
「アンタが決めたことなんだから、アンタのことでいいのよ」
ここ数日、大規模な難民救済が開始されたことがニュースを騒がせていた。
ＥＶＡは金喰い虫である。その開発にも建造にも、さらには運用にも莫大な予算を必要とする。補完計画が頓挫したことで、ゼーレはＥＶＡ量産機を廃棄することになり、天文学的な予算が余ることになった。
カスミが議長となった新生ゼーレの初めての仕事が、この予算を難民救済に回すことだった。ゲンドウを初めＮＥＲＶの大人達の力を借りながら、一生懸命にゼーレのトップとしての仕事をこなすカスミを、老人達は孫娘を見るかのような暖かな視線で見守っていた。
「未だに信じらんないわねぇ、アンタが世界の黒幕だなんてさ」
「はぅ〜、そんな言い方しないでぇ」
アスカのいうように、カスミは世界を意のままに操る権限を手に入れたはずである。
なのにゼーレの議会でも、カスミはおどおどした態度を取り続けていた。そのことが余計に老人達を微笑ましい気分にさせているらしい。
そしてテレビには、いつの間にか紅く染まった南極の映像が流されていた。
「南極…」
それまで黙っていたレイが、ポツリとこぼした。
「…いわゆる、死の世界ってヤツね」
「いつかここも、救えたらいいね…」
アスカとカスミも自然と声のトーンを落とす。
「みんなで力を合わせれば、いつかきっと……」
レイの呟きに、２人はしっかりと頷くのだった。


壱中の休み時間、カヲルはいつものように女子に囲まれていた。
「へぇ〜、渚君もＥＶＡのパイロットだったんだ」
「かっこいいね！」
「いや、僕は実際にはＥＶＡに乗らなかったんだ」
「ふぅ〜ん」
「だから渚君って、碇さん達と仲がいいのね」
「ねぇねぇ、もしかしてあの中の誰かと付き合ってるの？」
「いや、それはないよ。僕は何故かアスカさんと綾波さんには嫌われてるようだからね」
「え〜〜、何でだろう？」
「じゃあ碇さんは？」
「彼女は僕に優しくしてくれるさ。碇さんは繊細な心を持っているからね」
「え？　え？　じゃあやっぱり渚君は碇さんと……？」
「え〜〜〜っ！？　そんなぁ」
「だからそれはないよ。何しろ碇さんが好きなのはあや…」

どすっ。

「おふっ！？」
突如カヲルの脇腹に、アスカのショート・フックが突き刺さった。いつの間にかカヲルの側にはチルドレンの３人がやって来ていたのだ。
「カヲルぅ、ちょっと屋上まで付き合ってくんない？」
アスカは満面の笑みを浮かべながら、こめかみをピクピクと引き攣らせていた。そして地の底から響くような怒りに震える声。
『あのとき僕は、生まれて初めて恐怖というものを知ったよ』
カヲルは後にそう語ることになる。

「アンタ馬鹿ぁ！？　何カスミとレイの関係をバラそうとしてんのよっ！！」
人気のない屋上に着くと、早速アスカが喚き散らした。
「ひ、非道いよカヲル君！」
カスミも涙目だ。
「いけないことだったのかい？」
カヲルは不思議そうに小首を傾げた。
「あったりまえでしょうが！　日本人は保守的なんだから、余計なこと言ってんじゃないわよっ！！　２人の社会的生命を抹殺する気ぃ！？」
「やはりあなたは殲滅すべきね…」
レイが淡々と物騒なことを言う。
「じゃあ、僕が繊細な男の子を好きだと言うことも、みんなには隠した方がいいのかい？」
「ま、まあね…」
突然のカヲルのカミング・アウトに、アスカは引き攣らざるを得なかった。
「ふふっ」
いきなりカヲルが嬉しそうに笑う。
「何よ？」
「君は友達想いなんだね。好意に値するよ」
「コウイ？」
「好きってことさ」
「ば、ばっかじゃないの！？　男好きを宣言した後に、何アタシを口説いてんのよっ！！」
「口説いてるわけじゃないさ。心のままを言葉にしただけだよ」
「……カヲル君にも常識を教えてあげなくちゃ……」
カスミは重い溜め息をついた。
「殲滅すれば、面倒はなくなるわ…」
レイの言葉に、カスミは再び嘆息するのであった。


時は駆け足で過ぎていく。
ゼーレとの戦いから数カ月が過ぎ、カスミ達が進級の準備を始める頃…。

使徒との戦いを終えたＮＥＲＶはゲンドウの目論見により、国連直属の研究機関へとその役割りを変えるべく準備が進められていた。現在、ＮＥＲＶはＥＶＡに関する秘密など、様々なオーバー・テクノロジーを独占している状態にある。ＮＥＲＶは後々、それを民間に転用するための研究を行う機関となるだろう。
それだけではない。ＮＥＲＶが独占している技術は、人類にとって危険なものも存在する。ＮＥＲＶはその技術の流出、悪用などを監視する一方、ゼーレを牽制する力としての役割りも担っている。相変わらず彼等は多忙を極めることになりそうだった。
コウゾウはすべてを終わらせたことを機に勇退を考えていたが、次々と発生する雑務がそれを許さなかった。ゼーレの長となったカスミと接する機会が増えたことだけが彼の慰めとなっている。
ゲンドウは約束通り碇の姓を手放し、今は六分儀の姓を名乗っている。カスミだけがゼーレの長として、碇の姓を受け継いだ。
ゲンドウとリツコの婚約はＮＥＲＶに衝撃をもたらした。
「あ、あんたの趣味って…」
と、かなり失礼な言葉とともに絶句したミサトに、リツコは苦笑するだけだった。
リツコは仮面であった金髪も厚化粧もやめ、以前の面影はなくなった。服も柔らかそうなワンピースを着ることが多い。もっとも、今はマタニティ・ウエアを着用しているが。
「それでリツコ、予定日はいつなの？」
アスカはどことなく嬉しそうな表情を見せている。やはり中学生の少女にとって、他人のこととは言え、新しい生命の誕生はワクワクするような大きいイベントらしい。
「６月の初め頃よ」
「それで、男の子か女の子か、もうわかったんですか？」
カスミも嬉しそうだ。長く孤独だった少女にとって、新しい家族は歓迎すべきものなのだろう。
「ええ、この前の検査でね。…男の子だったわ」
「お父さん、名前はもう考えたんですか？」
「ふふっ、男の子か女の子かわかる前に考えてくれたの。……この子の名前はシンジ。六分儀シンジよ」
「シンジかぁ……」
「碇さんの弟なのね…」
レイも穏やかな目でリツコのお腹を見ている。
「シ〜ンジ、早く生まれて来んのよ。いっぱい遊んであげるからねっ」
そんな少女達の様子に、リツコは優しげに目を細めた。

チルドレン達は相変わらず定期的にシンクロ・テストを行っていた。
大人になれば、彼女達はＥＶＡとシンクロすることができなくなるだろう。それまでに有用なデータを採取しておく、というのが名目上の理由である。しかし実際はアスカの言葉がきっかけだった。
「アタシがシンクロするのやめちゃったら、ママが寂しがると思ってさ」
そう言うアスカの頬は少し染まっていた。


そんなある日、長い間諜報活動をしていたリョウジが帰国することになった。
久しぶりの外食から帰って来たミサト達が見たものは、留守番電話のランプが点滅しているところだった。
「ありゃ、リツコかしら？」
ミサトは深く考えずに留守番電話のメッセージを再生した。
『葛城、やっとこちらの仕事もひと段落したよ。今から帰国する。君に再会したら、８年前に言えなかった言葉を言うよ。心の準備をしておいてくれ。それじゃ』
「か、加持ぃ？」
ミサトが慌てて振り返ると、そこには固まったままのチルドレン３人がいた。
「８年前の言葉……？」
カスミがポツリと呟くと、アスカの体がピクリと震えた。
「アンタ馬鹿ぁ？　そんなのプロポーズに決まってんじゃない！！」
そしてアスカは、弾かれるように玄関から飛び出して行った。
「惣流さん！」
「惣流さん」
カスミとレイも、その後を慌てて追う。ミサトだけが苦しそうな表情で、その場に取り残されていた。
「アスカ…」

カスミとレイは、夜の公園で１人ブランコに乗るアスカを見つけた。２人の胸がチクリと痛む。その姿はあまりに寂しそうだったから。
「惣流さん…」
カスミが声をかけても、アスカの視線は足元に落とされたままだった。カスミ達はかける言葉も見つからず、しばらく立ち尽くしていたが、やがて自分達も空いてるブランコに乗った。

きぃ……きぃ……

夜の公園に、ブランコの揺れる音だけが響く。
「…アタシだってさ、わかってんのよ」
不意にアスカがポツリと漏らした。カスミとレイは、黙ったまま視線をアスカに移す。
「アタシ、まだ子供だから加持さんに相手にされるわけないって……」
「……」
「……」
「ただ、ちょっとびっくりしただけなんだ…」

きぃ……きぃ……

「だからもう、大丈夫！」
アスカはいきなり元気な顔を上げ、ブランコを勢い良く漕ぎ出した。
「惣流さん…」
「アタシ、ミサトのことも好きだもん！　喜んであげなきゃね！」
「うん…」
カスミもアスカに続いてブランコを漕ぎ出す。レイもそれに倣った。
「それにミサトももういい年なんだし、この辺で幸せにならないとねっ！」
「ふふっ、ひどいんだ」
「えへへっ」
「…ふふ」
「くすくす」

３人がマンションに帰る途中、夜道に立ち尽くすミサトがいた。
「アスカ……」
苦しそうな表情のままアスカに歩み寄る。そしてミサトが何かを言いかけたとき…
「待ってミサト、お願いだから謝ったりしないで！」
アスカがそれを制した。ミサトは物言いたげな表情のまま体を強張らせる。
「アタシにもお祝いを言わせてよ」
そう言ってにっこり笑うアスカ。その目の端には涙が光っていた。
「アスカっ！」
ミサトは切なさに駆られるように、アスカを抱き締めた。
「アスカ……ありがとう……」
「ミサトはもういい年なんだから、そろそろ幸せにならなきゃね」
「こいつぅ…」
「えへへっ」
ミサトの頬にも涙が伝う。やがてそれは、アスカの頬に伝う涙と混じり合って流れて行った。
アスカとミサトの姿はまるで本物の姉妹のように見える。カスミとレイは、そんな２人を優しげな視線でいつまでも見守っていた。

リョウジは帰国したその足でミサトにプロポーズをした。そして再び時間が動き出す。

ゲンドウとリツコは、式も挙げずにひっそりと入籍を済ませていた。
「いいの？　アンタ。結婚式なんて一生モンなんだから、やっといた方がいいんじゃない？」
「いいのよ。人並みのことをしようなんて初めから考えてなかったもの。でもこの子が生まれたら、記念写真だけは撮っておこうってゲンドウさんが……」
そう言って頬を染めるリツコに、ミサトは引き攣らざるを得なかった。
（リツコのウエディング・ドレスはいいとして……司令もタキシード着るのかしら……？）
「それに今のミサトを見てるとねぇ」
ミサトはリョウジとの結婚を控えて、現在その準備に忙殺されていた。
「ま、ね。私もこんなに大変だとは思ってなかったわ」
式場の手配から始まり、２人には招待客の席順を決めたり、披露宴の料理や引き出物を考えたりと、実にこまごまとした仕事が待っていたのだった。
「ドレスはもう選んだの？」
「まだこれからよ。今度の日曜、アスカ達と一緒に行ってくるわ」
「アスカ……引き取れることになってよかったわね」
リツコの言葉に、ミサトの頬が途端に緩んだ。
「ドイツにいた頃から知ってて……あの子はもう、私の妹みたいなモンだもんね。……加持君とのことがあるから、アスカが厭がるかと思ったんだけど…」
「そうね……、でもきっと、アスカも素直に甘えられる環境には憧れていた筈よ。あなた達、これからアスカの兄と姉としてだけでなく、父と母の役割りもしなくちゃいけないわね」
「わかってる。……そう言うリツコも大変でしょ？　いきなり３人の子持ちになったんだから」
「でもカスミもレイも家事はプロ並みなのよ。これじゃどっちが保護者なのかわからないわ」
「そ、そう言えばそうだったわね……」
リツコの言葉を受け、ミサトの脳裏に浮かんだのは、早速荒れ始めた新居の映像だった。
カスミとの同居生活があまりにも快適だったため、今ではすっかり散らかった部屋や片寄った料理に我慢できなくなっているミサトだった。
「ねぇ、リツコ。せめてどっちか１人だけでも家にくんない？」
「いやよ、あの２人を離したら恨まれちゃうもの」
アスカも家事をしないはずである。前向きな努力をしようとしないミサトに、リツコは呆れたように嘆息した。


「ミサトさん！　これこれ、これすっごく可愛いよ！」
「アンタ馬鹿ぁ？　ミサトにそんなフリフリ似合うわけないじゃん。アタシが選んだ方のが断然カッコいいってーの！」
「え〜〜〜っ、そんな胸のおっきく開いたの、下品だよぉ」
「ミサトには下品くらいがちょうどいいのよ！」
「アスカちゃん、それ、どういう意味かしらぁ……？」
「ミサトさんも、こっちの方が可愛いって思いますよね？」
「う〜〜ん、スミちゃん。悪いけど、私にはちょっと厳しいかなぁ？」
「え〜〜〜、可愛いのに……」

デパートのブライダルコーナーで騒ぐ３人……。
「やれやれ。女３人集まれば何とやら、ってね」
「……」
その姿を、少し離れた場所から眺める影が２つ。
リョウジは肩をすくめると、諦めたような嘆息を漏らした。
「でもま、女がウエディング・ドレスに目の色を変えちまうのは仕方ないよな。…っと」
そして自分の隣で手持ち無沙汰にしている少女に気付いた。
「レイちゃんはこういうの、興味なしかい？」
レイがリョウジを見上げる。
彼女の私服はすべてカスミと一緒に買いに行ったものばかりである。今日もレイは、ひらひらなデザインのノースリーブのワンピースを身につけていた。このカスミ好みの少女趣味の格好と、レイのこの場での冷めた態度は、いかにも不釣り合いだった。
「わからない…」
レイは素直に答えた。
あまり豊かな情操教育を受けたとは言えない彼女は、ウエディング・ドレスに特別な想いはかなった。それにカスミと愛し合ってる彼女としては、結婚は自分に関係ない問題にしか思えないのだろう。だから正直なところ、ウエディング・ドレスに目を輝かせているカスミを見て、少し寂しい思いを抱いていた。
「そっか……。そりゃ残念だ。カスミちゃんとレイちゃんがウエディング・ドレスを着て並んだ姿は、さぞかし可愛いと思うんだがな」
「！？」
レイの目付きが変わる。魚が餌に飛びついたのを感じ、リョウジは内心ほくそ笑んでいた。
「そんなこと……許されるの？」
「ま、世間的には許されないさ。でも記念にそんな写真を残すのも、悪いことじゃないだろ？」
レイの頬にすっと赤みが差す。カスミと共にウエディング・ドレスを着た自分のビジョンは、形ある絆として魅力的だった。
そのままフラフラとカスミに近付いて行ったレイを見て、リョウジは小さくガッツポーズを決めた。
（悪く思うなよ。これもアルバイトなのさ。何しろこっちは小遣いがいくらあっても困らない身の上だからな…）
実は『ウエディング・ドレスを着て並ぶカスミとレイの写真』は、ゲンドウ達からの密命だった。自分のアルバイト料のために、あっさりと子供達を売ることにしたリョウジだった。

「おお、こりゃまた皆さんお綺麗なことで」
ウエディング・ドレスを試着した３人、ミサト、カスミ、レイを見て、リョウジが大袈裟に感動してみせた。
「ま、まぁね」
「え、えへへ」
「……」
３人ともまんざらでもないようだ。ほんのりと頬が染まっている。
「アスカはいいのか？」
「あ、アタシ！？」
何故か慌てるアスカ。
「い、いいのよ。だって結婚の予定もないのにウエディング・ドレスを着ると、婚期が遅れるって言うじゃない！」
「そりゃまた、ずいぶん古臭いこと知ってんのね〜、アスカ」
ミサトが呆れたように目を丸くする。それはヒカリの入れ知恵だった。
「仕方ないな。そんじゃ３人さん、記念撮影といきますか」
そう言って鞄からデジカメを取り出すリョウジ。
「あら加持ぃ〜、気が利くじゃなぁ〜い♪」
「俺にぬかりはないさ」
何しろ小遣い稼ぎのためなのだ。
「あ、加持さん、アタシもカメラマンやりたい！」
こうして突発的なブライダル撮影会が始まった。


「ん…」
「ふ…」
パジャマに着替えた２人は、いつものように口付けを交わした。
ここは高級マンションの一室。ゲンドウ達の自宅となっている場所だ。カスミとレイは１部屋ずつ自室を用意されたのだが、結局同じベッドで寝ていた。当然、２人の仲はゲンドウもリツコも黙認していた。
「今日は楽しかったね」
「ええ…」
チェストの上に飾られた写真を見ながら、２人は頬を染めた。それは今日撮ってもらったばかりの、ウエディング・ドレスを着て並んだ２人の写真だった。ちなみに同じ物をゲンドウとコウゾウが持っていることを、２人はまだ知らない。
「そう言えばコレ、どうしようか？」
そう言ってカスミは、テーブルの上に載っている包みを持ち上げた。その中には２人分のウエディング・ベールだけが入っている。それはリョウジからのささやかな贖罪のための贈り物だった。流石にドレスはプレゼントできなかったらしい。
「………」
しかし、このベールを着けることは、もう２人にはないだろう。そのことがカスミには寂しく感じられていた。
「…結婚式…しちゃおっか？」
「？」
カスミの呟きに、レイは小首を傾げた。
「今、ここで。……２人だけの内緒の結婚式」
そう言ってカスミがイタズラっぽく微笑むと、レイはさっと頬を染めた。彼女にもこの提案は、とても魅力的に感じられたのだ。
「でも、どうするの？　私、よく知らないから……」
「それじゃ、私がリードするね」
そう言ってカスミは、レイにベールをかけてやった。レイもそれに倣ってカスミにベールをかける。
「ふふっ、やっぱりちょっと変だね」
パジャマにウエディング・ベールだけの姿は確かに滑稽だったが、それでも２人の胸は高鳴ってしまう。
「あ、今日は満月みたいだし、雰囲気も出そうか」
カスミはそう言うと、カーテンを開けて部屋の蛍光灯を切った。気分が乗って来たのだろう、一連の用意をいそいそと行う。レイは期待に胸を踊らせながら、その様子を微笑ましく眺めていた。
月明かりだけに照らされた室内。壁もベッドも小さな恋人達も、藍色に染め上げられている。カスミとレイは、そのかすかな明かりに浮かび上がった自分の恋人の美しさに思わず息を飲んだ。
２人はそのまま、ベッドの上にちょこんと座った。
「……それで、どうすればいいの？」
「あのね、結婚式では愛する２人が誓いをするんだよ。綾波さんは、私の真似をしてね」
「ええ、わかったわ」
カスミが胸の前で手を組んで目をつぶると、レイもそれに倣った。しばし黙とうををした後、カスミは厳かな声で宣言を始めた。
「私、碇カスミは綾波レイと共に生き、喜びも悲しみも分け合い、辛いときには支えとなり、生涯をかけて愛することを誓います…」
カスミの厳かな宣言は、深く深くレイの心に響いた。それはレイは常に求めていた言葉だったかも知れない。だからレイは、本心からこの宣言に応えたいと思った。
「…私、綾波レイは碇カスミと共に生き、喜びも悲しみも分け合い、辛いときには支えとなり、生涯をかけて愛することを誓います…」
「…………綾波さん、もういいよ」
２人が目を開けると、そこには顔を真っ赤にした愛する少女がいた。カスミもレイも、はにかんだ笑顔を相手に向ける。
「月だけが証人だね」
「ええ…」
窓の外には、天上近くに煌々と満月が輝いていた。
２人はしばらくそれを眺めていたが、やがてレイがカスミを振り返った。
「……これからどうするの？」
「ホントは指輪の交換とかするんだけど、私達持ってないモンね…」
指輪は大人っぽいアクセサリーだと考えて持っていなかったことを、カスミは残念に思った。これは遊びだとしても、２人にとっては厳かな儀式なのだ。
「そう…」
「だから後は……」
そこまで言って、カスミは頬を染めて俯いた。
「？」
「後は……誓いのキス、するの…」
「……わかったわ…」
青白い月の光に満ちた世界……その中心で、少女の影がゆっくりと重なった。
「大好きだよ…」
「私も好きよ…」
その雰囲気に心を高ぶらせていた２人は、再び互いの唇を求めた。そしてそのままベッドに倒れ込むと、深い求め合いに耽っていく。
長く孤独の中にいた少女達の愛は、涸れることを知らない泉のようだった。カスミもレイも、最愛の少女と共にいられる喜びを全身で感じていた。手を伸ばせば届く位置に、常に自分の求めていた答えが存在するのだ。
「…ふ…レイ、ちゃん……」
「カスミ……ん…」
蒼に染まった室内に、少女達の荒い息遣いと衣ずれの音だけが響く。世界の中心にいる２人の少女が、体を、そして心を何度も重ね合うのを、天上の月だけが優しく見守っていた……。

（つづく）


後書き
これで１４歳のカスミの物語は終わりになります。
次回は後日談、大人になったチルドレン達の話になる予定です。

それから外伝ももう１本書くつもりでいます。
今まで散々待たせておいて何ですが、もう少しこのお話にお付き合いくださいね。
最後の外伝では、ケンスケは本当にミサトの弁当を食べられたのか？　カスミとレイの２人暮らしの様子はどうだったのか？　など、文章量のせいで描かれなかったエピソードを書くつもりです。

感謝の言葉：

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第２６話「まごころを、君に 」に進む。
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