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”ん・・・、もう朝か・・・。”
一日の始まりは太陽が生まれ出た時であるが、別にそれは地球に限った事ではない。
当然だが、火星においても当てはまることである。だが、それはそこに住む人々に
とってはただの習慣の一部でしかなく、いつもと同じように生活を営んでゆくだけ
である。普通の市民ならばそれで良かったのかも知れない。しかし、戦いに身を投
じた者達・・・、即ちレイヴンにとっては生き延びている事の証明であり、同時に
己の実力の証明として認識されているのである。故に、彼らにとってはこの瞬間は
かなり特別なものとなっていた。ただ、それは企業からの依頼をこなすしている者
に限られる事であって、アリーナでの活動を主体とする者達にとってはさして重要
なものではないが、所謂新人の者達にとっては不安と決意の入り交じった時間とな
る。そして、それはエネ自身においても例外ではなかった。
興奮からか、いつもよりも早い時間に目覚めたようだ。さすがに２度寝する訳にも
いかないので、目を覚ます為にシャワーを浴びる事にすると、ベッドから這い出し
て脱衣所でパジャマと下着を脱いで、バスルームに入るとシャワーの栓を開いた。
適度な温度の水飛沫がエネの肩でそろえたセミロングの髪から程よく成長した身体
に流れる。心地よい感覚に目を閉じて浴びつづけるうちに、眠気と興奮から醒めて
ゆくのが感じられた。
しばらくして、部屋に戻ったエネは昨日の試験の際に支給された端末に向かうと
マニュアルを片手にセットアップを行うと、レイヴン専用のネットワークに接続
してみた。
『新着メールが届いています。』
メールが到着している旨を確認したエネは、早速届いたメールを開くと読み始めた。
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件名：新規レイヴンへ |
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差出人：エリアス＝フォールド |
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『はじめまして。この度あなたの担当となりましたエリアス＝フォールドと申します。
既にご存知の事とは思いますが、レイヴンは己の腕が資本です。お付き合いが長くな
るも短くなるも全ては貴方次第です。貴方がこの火星で飛べる事を期待しています。
さて、早速ですが明日の１１３０時にアリーナＡ区画の第３ガレージまでお越し下さい。
貴方のお使いになる機体の打ち合わせなどをしなければなりませんので。
それでは、また。』 |
”機体の打ち合わせかぁ・・・、どんな事をするんだろう？改良とかするのかな・・・？”
ひとしきり考えを巡らせた後に、現在の機体に対する要望を纏める事にすると端末の電源
を落として、朝食の準備をはじめた。トースターでパンを焼き、その間にベーコンエッグ
を作る。家中に芳ばしい香りが広がり朝食のメニューが整うと、席について食べはじめた。
「いただきます。」
朝食を食べ終えると、現在の機体に対しての要望を纏めて身支度を整える。とはいっても
これからＡＣの打ち合わせでガレージに行く訳なので後々クリーニングに困るような服装
で行く訳にもいかないし、かといってあまりラフな格好で行く訳にもいかないのでいつも
よりは少しよそ行き、くらいの服にすると少し早めに家を出て、アリーナに向かった。
「えっと、時間は・・・、１１時１０分前か・・・。」
余裕をもって出たためか、ちょうど良い時間にアリーナに到着したようだ。そのまま受付
に直行して、シドロモドロになりながら用件を伝える。
「あ、すみません。昨日、レイヴン試験に合格したエネです。エリアスさんっていう人か
ら今日、ここのＡ区画第３ガレージに来て欲しい、っていうメールを受け取って、それで
えっと・・・。」
「あ、はい。エネさんですね。エリアス様から伺っております。どうぞガレージに向かわ
れてください。」
どうやらマネージャーのエリアス＝フォールドがあらかじめ話を通しておいてくれたらし
く、エネは苦もなくガレージに向かう事が出来た。とはいえただでさえ広いアリーナであ
る。その中のＡ区画第３ガレージと言われてもすぐに辿り着ける筈もなく、案内板を頼り
になんとか到着することが出来た。
ガレージに足を踏み入れるや否や、エネはあまりの規模の大きさに、しばらく動く事も忘
れて周囲を見渡した。
「す、凄い・・・。」
作業員達が様々な作業用の機械が忙しそうに操り、ＡＣの整備を行う様子に見とれるうち
に、ふと隅の方に置かれている１機のＡＣに気が付いた。全体的にスマートなフォルムを
有しているが、漆黒のカラーリングが並ならない威圧感を放っているように感じられるＡＣ
だった。普通ならば不気味に思っても不思議ではないその機体をエネはしばし惹き込まれ
たように、見つめていた。そのため、何時の間にか人が近づいてきたのにもまったく気が
付いていなかった。
「ははは、どうした嬢ちゃん。そんなとこに突っ立ってると機械に轢かれちまうぞ」
「・・・え、あ、すいません。でも・・・。」
そこまで言ってから、エネは目の前の人物を知らない事に気が付いて、おずおずと尋ねた。
「あ、あの・・・。あなたは・・・？あ、私、エネです。」
「おう、そういや自己紹介がまだだったな。俺はガラルドってんだ。一応、ここのガレージ
の主任やってるんだ。嬢ちゃんはエネっていうのか。良い名前じゃねぇか。で、ここにいる
って事は、もう立派なレイヴンって訳だ。昨日のレイヴン試験に合格したってとこかい？」
「あ、はい。よろしくお願いします。あの、質問良いですか・・・？」
「ん？なんだい？俺に答えられる事だったらなんでも答えてやるよ。」
その言葉を聞いて安心すると、エネは改めてさっき自分が見つめていたＡＣ事を聞く事に
すると、あらためてガラルドに尋ねた。
「あの隅の黒いＡＣの事なんですけど、すごく気になってしまって・・・。よろしければ
教えていただけませんか？」
ザルグの話では、例の漆黒のＡＣは『アレフガルド』という名のレイヴンが所有する機体
で、名前は『イェーガー』という事らしかった。現在とある依頼を一手に引き受けている
為、機体は軽量２脚の形式となっているが、本来は標準２脚のＡＣである、という事だっ
た。持ち主のレイヴンに興味を持ったエネは更にガラルドに質問しようと思ったが、それ
を遮るかのように、突如横から声がかかった。
「えっと、ザルグさん。彼女に用があるんですが、そろそろ良いですかね？」
気が付くと、いつのまにかそばに背広姿の男が立っていた。見た感じ年は２０代半ば位で、
温厚そうな性格であるように思えるが、穏やかな表情の奥から妙な雰囲気を放っている点
から、レイヴンになりたてのエネでも、彼が只者ではないことを悟った。が、当の本人は
そんなことなどまるで気にもしていないように、穏やかな声でエネに話しかけた。
「エネさんですね。はじめまして、あなたのマネージャーを担当するエリアス＝フォールド
です。それじゃ、早速ですが打ち合わせ等を行いたいのですが、よろしいですか？」
そんな彼に、少し当惑しながらも、エネはかろうじて平静を保ちながら返答した。
「あ、はい。よろしくお願いします。」
「それでは、ご案内しますので、こちらにどうぞ。」
案内されたのは、さして広くはないものの照明の光は柔らかく、観葉植物も設置してあり、
十分に落ち着ける部屋であった。エリアスによれば、打ち合わせを行うにはここが最適で
あるらしく、エネもまたそう思った。
部屋の真ん中に置かれたテーブルに、互いに向かい側に座ると、早速打ち合わせが開始さ
れた。
「さて、それじゃはじめましょうか。あなたはこれからレイヴンとして活動されていく訳
なんですが、それにはＡＣが必要です。で、そのＡＣなんですがレイヴン試験に合格した
人間には、ナーヴズ・コンコード社から最低限の装備を施したＡＣが支給されます。よう
は試験にて使用したＡＣがそのまま支給される訳です。ただ、使用されてお分かりいただ
けたと思いますが、いずれも最低のレベルのものですから、このままでは活動に支障が出
て来る事になるかと思います。そこで、実際にレイヴンとして活動を開始される前にこう
して打ち合わせを行って、可能な限り機体の改良を行うわけです。ただ、限度額がありま
して、支給されたＡＣ額にＡＣと同時に支給された５０００Ｃｒを加えた額に抑えなけれ
ばなりませんので、改良といってもかなり制限されることになりますが・・・。とまぁ、
前置きはここまでにして、現在の初期状態のＡＣに対するあなたの要望をお聞かせ願えま
すか？限界はあるとはいえ、最大限に実現させていただきますので。」
「はい、それじゃ・・・」
エリアスの、「最大限に実現する」という言葉に安心したエネは纏めてきた、自分なりの
要望を述べていった。彼女が提示した要望は、概ね以下の３点に絞られていた。
１、機動力が足りない
２、ジェネレーターのエネルギーの回復が遅い
３、右手武器のリロードが長いので、リロードが短くて現在並の威力があるものが欲しい
４、機体の色は、出来れば白を主体としたものにして欲しい
彼女の要望を聞きながら、エリアスはその要望を実現する方法を考えていた。いずれもが
当然の要望ではあったが、限られた金額のなかで行うには少々難しいものであったからで
ある。ただ、手段が無いわけではなかった。彼は要望を実現するために敢えてその方法を
とる事にすると、機体の再構築に入る旨を彼女に伝えた。
「なるほど、了解いたしました。それでは、これより組み上げを行いますので、しばらく
お待ち願えますか？」
「はい。よろしくお願いいたします。」
「それでは、ガレージの見学でもしていて下さい。機体が組みあがり次第お呼び致します
ので・・・。」
ガレージに戻り、ガラルドにＡＣについていろいろ聞いて、シミュレーターでＡＣの操縦
を慣らしていると、エリアスが機体が組みあがった旨を伝えに現れた。
「エネさん、機体が組みあがりましたのでご案内いたします。付いてきて下さい。」
そう言うや否や、きびすを返して歩いていった。エネも自分の機体に胸を膨らませながら
彼のあとを追った。少し歩いたところでエリアスは立ち止まり、エネを振り返った。その
横には、白を基調としたスマートなＡＣが１機佇んでいた。
「エネさん、これがあなたの機体です。変更点は以下のようになります。」
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変更前 |
変更後 |
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HEAD |
ZHD-GE/OHR |
EHD-GARD |
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LEGS |
ZLN-XX0/TP |
ZLN-EKI/SRRT |
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BOOSTER |
EBT-GE |
EBT-GE2100 |
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GENERATER |
GPS-VA |
GR-XR/15000 |
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RADIATOR |
RPS-MER/SA |
RRX-COT-1000 |
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BACK UNIT L |
EWM-S602 |
No Equip |
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BACK UNIT R |
ZRS-554/BW |
No Equip |
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ARM UNIT R |
ZWG-RF/37 |
EWG-HG-S1 |
「依頼をこなす場合はこれでは苦しいのですが、あなたの場合はアリーナのみと聞いて
おりますので、当面はこれで十分戦えるかと思います。それではエネさん、この機体に
名前を付けて下さい。」
「名前・・・、ですか・・・。私は、お母さんが元気になってくれるためにレイヴンに
なったから、その経緯に沿って、『Pieceful Wish』にします。」
「ふむ・・・、良い名ですね。それでは、ガレージに登録しておきます。以降はＡ区画
の第４ガレージにて整備を行いますのでご注意下さい。あ、それから機体の移動は私が
行っておきますので、今日はもう帰宅して休んでください。」
さすがに慣れない事であったために、いささか疲れたエネは、エリアスの言葉に甘えて
帰宅する事にすると、もう一度自分の機体を見上げると、心の中でメッセージを送った。
”これからよろしくね。Pieceful Wish・・・。”
『第二章 Arena 〜The First Battle〜』に続く |