「地下都市なのに豪雨とは洒落にならん…
　がぁぁぁぁぁぁぁ、とっととバルブくらい閉めろぉ！！！」

　いきなり怒鳴ってしまったが、俺がそうなるのも無理もない。
　地下都市とはいえ、埃が無闇と舞い上がるのを抑えるために、
　定期的に水が散布される。　ま、人工の雨、という奴だ。

　…ところが、なんの機械の故障か、俺の住んでる地区は
　昨日から土砂降りの雨、雨、雨。

　ふざけやがってぇ！

　ここの地区でテロリストが暴れでもしたら盛大に暴れてやる…

　そんな物騒な思考に囚われた時、依頼着信のアラームが鳴った。

依頼の選択

依頼内容	報酬
テロリスト撃滅	２２０００Ｃ
砲台施設破壊	--------
作業用ＭＴ排除	１７０００Ｃ
不法占拠者再排除	１９０００Ｃ


「種が芽を出した…か」

　アイザックシティの地下下水道。
　何かあると思って、前回、通信ケーブルで送信した事実を隠蔽したが、
　その甲斐あって、テロ組織「イミネント・ストーム」が支部建設を
　始めたらしい。「テロリスト撃滅」の依頼がそれだ。
　だが、今、すぐに出て行くのは面白くない。
　地下下水道ではＡＣが最適、と判断しての依頼だろうが、テロリストの
　戦力が揃ってなければ、潰してもたいした意味はない。
　ま、すぐに手を出さなくても、それなりの戦力なら依頼は残るだろう。

　「不法占拠者再排除」は、俺を名指ししてるだけあって、
　特に他の奴らに迷惑をかけてる訳でもないらしく、放置されている。
　どれだけ根性を入れているか判断する上でも、今回も放置だ。

　攻撃力もない作業用ＭＴを破壊するだけ、という「作業用ＭＴ排除」は
　論外とすると、残りは「砲台施設破壊」くらいしかない。

　この依頼…報酬はいいんだが…。

　俺はたっぷり、１０分ほど熟考した後、その依頼を受けることにした。



依頼	砲台施設破壊		依頼主	ムラクモ・ミレニアム
前払報酬	０Ｃ		成功報酬	ＡＣ用パーツ

クロームの砲台施設破壊を依頼したい。砲台の建設地は、我がムラクモ領域との 干渉領域ギリギリに位置するため、計画発表当初から、再三中止を勧告したが、 ことごとく無視されてしまった。 クローム側は、自領域の安全確保のためなどと、見え透いた良い訳をしているが その狙いが将来の軍事侵攻にあることは自明のことだ。 こうなっては実力行使しか道はない。 なお、今回は報酬としてＡＣ用パーツを準備した。試作段階のものだが、品質は 保証しよう。レイヴンの活躍に期待する。

作戦領域	クローム社人工島砲台施設
敵戦力	砲台　　　　　　　　　×４門 飛行兵器　　　　　　×７機
報酬パーツ	レッグパーツ（試作タイプ）

成功条件	全砲台の破壊
作戦参加条件	ＡＣの機体の評価が”ＰＯＯＲ”であること


「やな依頼だな…」

　通常ＡＣならともかく、ＰＯＯＲ評価のＡＣでは、上手く回避しなくては
　砲台からの攻撃は酷い被害を受けるのは間違いない。
　長距離レーダーと大出力ビーム砲を組み合わせた迎撃システムだ。
　洒落にならん。

　それに、無人迎撃機「ファイアブランド」も、武装が機銃とはいえ、
　それなりに動きは速いし、数が多ければ脅威になる。

　今までの俺なら決して受ける依頼ではなかった。

　だが、相手は「クローム」社だ。
　前回の毒ガス騒ぎで、俺を嵌めた礼だけはきっちりやらんと気が済まん。
　報酬も悪くはない。

　　評価を落とせて性能が高いパーツならいいんだが…。

戦闘開始

　ガン、ガン、ガン

「作戦領域に到着。ＡＣを投下します」

　輸送機が作戦領域に入り、上空でホバリングして、後部ハッチを開いた。
　自動制御コンピュータの音声だけが狭苦しいコックピット内に響く。

　さっきから頻繁にくる衝撃は、やはり、砲台からの攻撃だ。
　長くは保たん。

　自由落下する中、上空にいた輸送機を見るが、練習用の的と言わんばかりに
　砲台から好き勝手に撃たれて、俺を降ろした後、すぐに墜落してしまった。

　ドゴォォォォォン

「破片も残ってない。…な、俺の言った通りにして正解だっただろ？」

　俺は、ただでさえ狭いコックピットを更に狭くしてる相手に声をかけた。

「なぜ、レイヴンが私を助けるのよ」

　眼前にある光景がまだ信じられないのか、返事も元気がない。

　彼女は、俺を乗っけてきた輸送機のパイロットだった。
　ま、いろいろ考えたんだが、どー考えても死ぬのは確実って
　状況を見過ごすことはできなかった。

「あんたみたいないい女が死ぬのは見たくないからな」

　そう。これが理由の９９％。残り１％は人としての最後の良心ってとこか。

「それ口説いているつもり？」

　キスをするような距離で囁く。
　狭いコックピットに二人もいる以上、こうなるのは仕方がない。

「これでも人道主義者なんだ、俺は」

　それに俺はテロリストにだって、存在する権利は認めてる。

「レイヴンなのに？」

「レイヴンだから正直に生きられるんだ。・・・っとそろそろ
　無駄口はお終いだ」

　上空から降下する時に見たが、四方に点在する施設に１機ずつ、
　真ん中の砲台付き施設に３機、「ファイアブランド」が待機していた。
　そのうち、真ん中の施設から俺のほうに１機、近づいてきて、
　ＦＣＳにその姿を捉えた。

　パス、パス、パス、パス、ドォォォォン

　左右の点在する施設に近づかないように気を配りながら、
　歩き、パルスライフルを連射して、撃墜した。

「…ひ…酷い乗り心地…」

「鉄の棺桶が居心地良かったら、そいつは死んでるぜ？」

　そのまま、一番近い戦闘領域隅の施設に近づき、ロックオン距離ギリギリで
　駐機中のファイアブランドがこっちを認識するのを待ち、浮遊したところを
　パルスライフルを連射して撃破した。

　　相手に援軍はない。
　　時間を催促する馬鹿もいない。
　　邪魔をする味方もいない。

　そうなれば、安全策を取るのが一番だ。

　俺は、残り３箇所、戦闘領域隅の施設に順番にのんびり歩いて接近し、
　「ファイアブランド」を撃破して回った。
　途中、中央の施設から２機の「ファイアブランド」が接近してきたが、
　若干の被弾だけで、これも順次、撃破した。

　　ま、ゆっくり浮遊しながら１機ずつ攻めてくるなら、ＡＣの敵じゃない。

「…ねぇ、あとどれくらいで終わるの」

「あと５分ってとこだな」

　こっちも揺れないように多少は注意してるが、ＡＣの乗り心地は最悪だ。
　やはり、航空機パイロットとはいえ、あまり耐えられそうにない。
　顔色があまり良くない。…が、だからといってそれに気遣う余裕はない。

　砲台は施設の四隅に設置されている。
　俺は、１つ以上から撃たれないように位置を注意して接近し、
　歩きながら、火を噴くまでパルスライフルを叩き込み続けた。

　　パス、パス、パス、パス、ドォォォン

　やはり、自動機械なせいか、単調な反応を返すだけで撃破された。
　同じ方法で残りの砲台も潰したが結局、被弾はゼロ。

　終わってみれば、たいした相手じゃなかった。

　ま、各個撃破の基本を守り、手間を惜しまず、じっくり攻めたのが
　良かったんだろう。



　　　だが、問題はまだある。


「ところであんた、体重は何キロだ？」

「？」

　おぃおぃ、そんな顔で睨むなよ。
　レディに体重を聞くのがご法度だってくらい、俺だって知ってるさ。

「装備重量込みで何キロだ？」

「・・・５０ｋｇ」

　俺が言い方を変えると、しぶしぶ、答えた。
　ふむ。俺の勘もまんざらでもない。

　シャドウボイスに堤防の縁を掴ませて、ブースターを延々と吹かし続ける。

「？」

「帰りの輸送機で機体重量が合わなかったら、余分な荷物が
　いるってバレるだろ」

　　そのまま、きっちり５０ｋｇ、推進剤を消費したところで、無駄な
　　ブースター推進を終えた。

「…」

　俺は依頼目的を終えたことを通信で伝えた。
　しばらくすれば、別の輸送機が来るだろう。

「…これで、ここの戦闘結果を知ってる奴は俺とあんただけだ。
　もう、ムラクモ社ではあんたの葬儀用に香典の準備でも
　してるだろうな。・・・これからどうする」

「別のシティで名前を変えて生きることにするわ」

「ま、妥当な線か」

　俺達は、青空の下で、のんびり、迎えの輸送機が来るのを待った。
　…たっぷり半日ほど。





　　　プシュゥー

　ガレージに入ったシャドウボイスのハッチが開いた。

「よ、ラッド…って、どっから拾って来たんだこの女性」

　　…リプトンが唖然とするのも無理はない。
　　俺の上に妙齢の女性が抱き着いているんだから。

「行きがかり上、助けることになった・・・彼女はデータ上は死んでいる」

　　沈黙が周囲を支配する。
　　無理もない。

　　仕事柄、こういうことがないわけじゃないが、やはりリスクは大きい。

「リプトン、すまんが彼女の面倒を見てくれるか」

　　何かミスをすれば犯罪者の仲間入り。
　　だから、リプトンと俺の仲でも、はっきり、答えを聞く。

「…費用はお前持ちだ、いーな」

「ＯＫ」

　やれやれ、と言わんばかりの表情で、リプトンは静かに応えた。
　淡々と進むやり取り。
　当事者なのに、話から外されている彼女が話に割り込んできた。

「そんな、悪いわ。私だって貯金くらい…」

　一人の人間を別人にするには手間も費用もかなりかかる。
　それくらいは、ま、真っ当な人生を歩んできた奴でもわかるだろう。

　…が

「死人は口座を利用しない」

「・・・」

　俺の一言で、彼女は黙った。
　社会的に死者となっている、ということは全ての過去を捨てるのと同義。
　このガレージ内はいいが、外を歩くなら監視カメラ一つにも
　気を配らなくてはならない…それが現実だ。

「それじゃ、お嬢さん。新たな旅立ちの準備をしよう。
　詳しいパーソナルデータを採取することになるが…」

「お願いするわ」

「これで、お別れだ。パイロットのお嬢さん」

「私にだってちゃんと…」
「俺はパイロットの名前は知らない」

　…彼女が目を見開いた。

「俺はパイロットの名前を知っていてはいけないんだ」

　そう。知らなければ、何かあっても、俺の口から話が漏れることはない。

　しかし、彼女は、何を思いついたのか、くるっとその場で
　回るとリプトンになんとも形容し難い笑みを浮かべたまま、
　話し掛けた。

「ねぇ、リプトンさんだっけ？　私の新しい名前って何にするつもり？」

「ちょっと待ってくれ・・・お嬢さんに近いパーソナルデータの人物で
　都合のいい子がどっかのシティに・・・いた。

　　　ミスティ・ウェインライト

　アイザックシティで半年前から行方不明になってる二級市民の女性がいる。
　お嬢さんは壱ヶ月後からミスティ・ウェインライトさんだ」

「聞いたかしら、ラッド♪」

「何を？」

　別人になれ、というのに何をそんなに喜んでるんだろうか。
　彼女は餌を眼前にした猫のように、嬉しそうに微笑んだ。

「私の名前と住む場所を聞いたわよね」

「…あぁ」

「もぅ。”会いに行くよ”くらい言ったっていいのに♪
　…さよならは言わないわよ」

　俺の頬に軽くキスをすると、…ミスティと名を変えた彼女は
　彼女は気を聞かせてハンガーから出て行こうとするリプトンの
　ほうへと走り去っていった。

「…元気でな」

　たまにはこういうのも悪くない。
　その日の酒盛りは明け方まで続いた。

収支決算

　翌日、リプトンが調査して、機体修理費を
　含めた明細書を寄越してきた。

	詳細	金額
収入金額	成功報酬	０
	特別加算	０
支出金額	弾薬清算	０
	機体修理	−４８７
	特別減算	０
合計		０
ＬＮ−ＳＳＶＴ売却		４４０００
口座残金		７９３６９


「この脚部パーツ、売るのか？　積載量はないがかなりの
　性能だぞ？」

「あぁ、売ってくれ。積載量がないのは好きじゃない」

　それは嘘だ。

　どーせ、パルスライフルくらいしか装備しないのだから、
　別にＬＮ−ＳＳＶＴで積載量オーバーになることはない。
　…が評価値が高過ぎる。
　こいつを装備してＰＯＯＲ評価にはできない。

　それに、売値が高い。

「あと、オプションパーツに、ロックオン妨害装置（ＳＰ−ＪＡＭ）と、
　エネルギー兵器連射速度強化装置（ＳＰ−ＥＨ）もつけてくれ」

「ＯＫ。　これで占有スロット数は８だ。
　もうあんまり余裕はないぞ」

「ま、そういう心配は金があまってから考えるさ」

オプションパーツ


更新前	ＳＰ−ＣＮＤ−Ｋ	２１０００　Ｃ
更新後	ＳＰ−ＪＡＭ ＳＰ−ＣＮＤ−Ｋ ＳＰ−ＥＨ	９９０００　Ｃ（＋７８０００）


　ロックオンされなければ撃たれることはない。
　連射速度が上がれば短時間で敵を殲滅できる。

　ま、これでも評価はＰＯＯＲのままだ。

　少しでも生き残りやすくしておかないと…な。

後日談

　ミッション終了後、すぐに依頼主からメールが届いていた。



発信：ムラクモ・ミレニアム 件名：礼状 　ご苦労様でした。 　速やかに事態を打開していただき、感謝 　しております。 　クローム社の横暴ぶりは日々激しくなる 　ばかりです。我々は彼らのような不当な 　力に屈することなく、戦わなければなら 　ないのです。 　では、また何かありましたら、よろしく 　お願いします。


「なんとも、手際がいいことだな」

　成功した場合も、失敗した場合もどうなるか、最初から
　想定していたのだろう。

　もっとも、牽制のつもりが、施設の壊滅になったせいか、
　内容は世間体を考えたかのような主張くらいなもんだ。

　ま、少しぐらいムラクモ社とクローム社が争ったほうが
　俺達、レイヴンにとっては都合がいい。

　リプトンから、ミスティの社会復帰も問題なく終わったと、連絡があった。

　世間は一見穏やかだが、水面下では少しずつ争いが起きる。

「…いい女がいて、適度に争いがあれば文句はない」

　俺のレイヴン人生は順調だった。

次回予告

「Ｒ」から、新たな依頼が１つ追加されたが、ラッドの選んだ依頼は
「不法占拠者排除」だった。

次回、第０８話「不法占拠者排除」、こうご期待♪

前回、更新がほぼ２年前。（笑）
ほんと、ひさしぶりに続きを書きました。

次の話も、読者の方からの反響があれば…その時に書きますね。（＾＾；）