第０１話「使徒、襲来」Ｂパート

　ピラミッド型施設に到着し、余りにも大きな造りの中、フロア表示以外に
　区別の付かない似たような部屋が続く通路を延々と歩く。

　　歩く。

　　…歩く。

　エレベーターもエスカレーターも使って、もう、どこ歩いているんだか、さっぱりわからない。
　途中、何百メートルもありそうな深い穴を渡り、様々な高さに通路が渡されている場所を通過する。
　下を見ると、脚が竦んでしまうから、真中を歩く。ちゃんと手摺はあるんだけど、やっぱり怖い。


　　…それにしても広い建物。いったい、いつ到着するのかな？
　

　　ＬＥＶＥＬ２０　３−２？

　　さっきもここ、通らなかったっけ？

「ミサトさん」

「なーに？」

「さっきから随分歩いているんですけど、まだ、父さんのところは遠いんですか？」

「もうちょっちかかるわ。ここ、広いでしょ？」

　ミサトさん、自信なげに見えるんですけど。
　まさか新入社員？　…さっきから案内図と睨めっこしてる。

　　ほんとに大丈夫？

　その時、通り過ぎたエレベーターが開き、金髪黒眉で白衣って
　特徴的な服装の女性が現れた。化粧がちょっと濃いかも。

「どこにいくの、二人とも」

　　え？　この声…

　よく見てみると、以前、会ったときとはだいぶイメージが違うけど、
　やっぱり…

「リツコさん？　リツコさんですよね？　お久しぶりです」

　ぺこりとお辞儀をする。なぜかビックリしているみたい。
　上から下までジッと観察するようにボクを見てる。
　ちょっと目付きが怖い。

「シンリくんなのね。元気にしてた？」

　リツコさんが柔らかい表情でボクに語り掛ける。
　多分、あのこと、言っている…

「はい」

　できるだけ微笑んでみる。…探るような視線。
　一応、納得してくれたみたい。

「それにしても、遅かったわね、葛城一尉。
　あんまり遅いから迎えにきたわ。時間も人もないんだから、
　グズグズしないで」

「ごめーん、迷っちゃったのよ、まだ慣れてなくって」

　弁解の言葉を無視して、ミサトさんに背を向けてる。
　…白衣の背中が、「無様ね」と言ってる。

「シンリくん、私が何をしているか知らなかったわよね？
　ここでは技術一課Ｅ計画担当…自分の専門分野を忘れるくらい
　いろんな物を作っているわ」

　リツコさんは、ちょっと屈むように顔の高さを合わせて自己紹介してくれる。
　優しいのは嬉しいんだけど、３年前と同じ扱いはちょっと恥ずかしい。
　もう、ボクだって小学生じゃないのに。

「色々ですか。ところで、さっき急いでいるって言ってましたけど。
　…どうしたんです？」

「いっしょにきて、シンリくん。お父さんに会う前に見せたいものがあるの」

「見せたいもの…ですか」

　咄嗟にそう応える。
　漠然と感じていた違和感の正体。

　　そっか。

　リツコさん、職場では父さんのこと、名前じゃ呼ばないんだ。

　前と雰囲気が違うのも職場だから？
　イメージ作ってるのかな…疲れて見えるのはそのせい？

　一緒にエレベーターで降りていくと、体育館より何十倍も広くって、
　底が見えないくらい深い水で満たされている場所「ケイジ」に到着した。

　　ケイジ…イメージ悪いネーミング。誰の命名？

　ボートに乗って移動していくと、途中、何メートルも厚さがある壁を
　紙のように撃ちぬいて１０ｍ近くもある巨大な手がはみ出てる。

　　何、あれ？

「リツコさん、あれ、何ですか？」

「エヴァンゲリオン零号機の右手。事故で壁を壊しちゃってそのまま
　放置してあるのよ」

　ボクが壁面に突き出た巨大な手を指指すと、ちょっとだけ
　可笑しそうに微笑んでリツコさんが説明してくれる。

「？」

　エヴァンゲリオン…？？
　アレが右手なら、全身はとっても大きいに違いない。



　そのまま、奥に進んで水際まで降りているタラップを登って行く。

「暗いから気をつけて」

「はい」

　リツコさんが壁面のパネルを操作すると、突然、ケイジの中が明るくなった。

　ボクの前、深くて底が見えないほど深いプールの上に巨大な顔が見える。
　でっかい顔…さっきの壁にあった手、この顔とならサイズが合うかも。

　禍禍しい顔付きの大きな顔。分厚い金属製の兜で顔を覆っているような感じ。
　なぜか目だけがヤケに生々しい。…人の目のように。

「ロボット？」

「厳密に言うと、これはロボットではないわ。人が作り出した究極の汎用人型決戦兵器。
　人造人間エヴァンゲリオン。我々、人類の最後の切り札。その初号機よ」

　兵器？　リツコさんのイメージと合わない気がする。
　今のリツコさんが言うと違和感はないけど…。

「これが父さんの仕事ですか？」




「そうだ」

　　…え？　この声、父さん！

　声のしたほう、エヴァンゲリオンの上、１０ｍくらいのところに人影が見える。
　こちらを見下ろしている赤いサングラス、髭を蓄えた顔、黒い服、とっても
　高い身長…父さん。

「…久しぶりだな」

「父さん」

　なんであんな遠くにいるの？　雰囲気作りのため？
　自分の仕事を見せたいのかな…隣にいてくれたほうが嬉しいのに。

「シンリ、私が言うことをよく聞け」

「何？」

　他人を寄せ付けない気配。一方的な口調。
　３年前、初めて会った時に似た雰囲気…。



「これに乗って、人類の敵である使徒と戦うのだ」

「戦う…ボクが？」

「そうだ」

　嫌な予感がだんだん膨らんでいく。
　聞きたくない言葉。



「なぜ、ボクなの」

「ほかの人間には無理だからだ」

　　どういうこと…



「ボクを呼んだのはそのため？　呼び寄せてくれたのはそのため？
　この兵器に乗って戦うために呼んだの？
　ボクが乗りたくないって言ったら…また、捨てるの？」

　一言、一言、一生懸命、語り掛ける。
　嘘だと言って欲しいから。
　必要がなければ呼ばなかった、と言って欲しくないから。

　戦うために必要だなんて…そんな必要なんて…



「…」

　父さんがボクから視線を外した。どこを見ているの…リツコさん？
　隣を見ると、リツコさんが辛そうな表情をしている。

「この街は使徒と戦うためだけ、それだけの為に作られた街。
　ここに住むということは常に死ぬ可能性があるの。
　だから、その覚悟をしている人達以外は住んでいないわ。
　シンリくんをこの街に呼ばなかったのは、そのほうが安全だからなの。
　捨てたわけじゃないの…わかって」

　リツコさんが悲しい顔をしている。言ってることはわかるけど。
　こんなに大きな兵器で闘うんだから、危険だってこともわかるけど。

「でも…ボクは…ボクの気持ちは…あの時と同じだよ。
　一緒にいて欲しい…父さん…それを望んじゃいけないの？」



「シンリ、乗るのならばこの街に残れ。
　乗らないのならば、ここは危険なだけだ。
　第二東京市に…」



「言わないで！」



　　…気がついたら叫んでいた。



「それ以上、言わないで。乗るから…これに乗って闘うから。
　だから…そんなこと、言わないで」

　一生懸命、父さんをみつめる。ボクの気持ちが伝わるように。

「…そうか。赤木博士、説明を頼む。私は司令室にいる」

　そう告げると、父さんは行ってしまった。


「父さん、待って」

　まだ、話したいことがいっぱいあるのに。
　ボクは父さんに近づこうとする。

　くらっ

　突然、足元がなくなってバランスを崩してしまう。
　何、何？



「シンリちゃん！」

　痛！

　後ろから突然、強い力で抑えつけられて引き戻される。

　振り返ると、いつのまにかミサトさんがボクを抱えている。
　リツコさんはびっくりしている。


　　何？


　　どうしたの？



「落ちたらどーすんのよ！」

　　え？


　　　…落ちる？


　足元を見ると、目の前に床がない。
　あと１歩踏み出せば落ちる…そんな位置。
　そう、認識した途端に足が竦んでしまう。
　さっき、足元がなくなったって思ったのは、落ちそうになったから？

「…助けてくれたんですね」

「これからは足元に注意してちょうだい。
　ここは危険な場所が多いから」

「ごめんなさい」

「…」

「あの…ミサトさん、もう大丈夫ですから」

　なかなか離してくれないミサトさんにお願いする。
　壊れ物でも扱うように、ゆっくりと手を離してくれた。

　　…なんだか心配そうな表情をしているのは気のせい？

「シンリちゃん、どうしたの、顔、真っ青じゃない」

　え…

「だ、大丈夫です、何でもないです」

　とっさに取り繕う。
　それでも、ミサトさんは手を伸ばしてボクの顔に触れようとする。


　ついいつもの癖で離れようとしてしまった。


　　がしっ


「少し休んだほうがいいみたいね。３０分休憩後に操縦システムの
　説明をするから、葛城一尉、１時間後にテストができるように
　指示、お願い」

　また落ちそうになったみたい。リツコさん、ミサトさんと
　話している間も、手を離してくれない。



「わかったわ。シンリちゃん、また後でね」

　ミサトさんはそう言うと、手を振って、ケイジの隅にあるエレベータに
　乗って去っていった。

　止まっていた時が動き出したかのように、ケイジの至るところで、
　様々な指示の声が響き、沢山の人達た工具などを手に持ち、
　働き始める。



　　　…人、いたんだ。



「まだ…駄目なの？」

　やっぱりリツコさんにはバレてるみたい。



「もう平気です」

　しばらくして、ゆっくりと手を離してくれた。


　…気持ちを切り換えなくちゃ。
　目を閉じて、少しだけ心を落ち着ける。
　大丈夫、ボクは落ち着いている。



「よろしくお願いします。リツコさん」

　ボクは今までの生活を捨てて戦闘兵器のパイロットになる道を選択した。
　選択肢は二つしかなかったけど。

親子の出会いが終わり、シンリは適格者として生活することになりました。
次はシンクロテストです。次回はレイが登場する予定です。
ミサトさん、出番が少なくなっちゃいました。
その代わりにリツコさんのシーンが１５０％増量ってところ。