第０１話「使徒、襲来」Ｄパート

　　プシュ−

　エアーの抜ける音がして、扉が開く。

　…えっと、ここでしたよね、リツコさん。

　３０分後にミィーテングルーム。間違ってないと思うんだけど。


　不思議なことにそこには誰もいなかった。

　　そう…誰もいない。

　３０人は座れそうな広い部屋には会議机と椅子が綺麗に並んでいる。
　動いた跡がないから、誰も使ってないと思う。
　椅子に座ってさっきのことを考えてみる。

　エヴァにシンクロした時に感じた心…あれは誰？
　エヴァに似ているってことは、他のエヴァを感じた？
　セカンドチルドレンはドイツにいるらしいけど、あの時間なら
　寝てるらしいから、多分、違う。
　綾波さんは病院で寝ているから、当然、違う。

　　それじゃ、誰？

　消去法で考えると、エヴァじゃない何か。
　気になるけど…なんでかな…ここまで気になるなんて。


『総員、第二種戦闘配置。繰り返す、総員、第二種戦闘配置』


　突然、館内放送が聞こえる。戦闘配置？

　　どういうこと？

　なんだか騒々しい。遠くのほうがざわざわしてる。


　　プシュー

　　…あれ？　リツコさんじゃない。

　ショートヘアでちょっと童顔な女の人が入ってきた。
　高校生くらい？　…そういえばさっきシンクロテストのとき、
　見たような気がする。ＮＥＲＶって高卒採用もあるの？

「碇シンリさん？　さっきシンクロテストのとき会ったんだけど
　覚えているかしら。私、伊吹マヤ。エヴァの専属オペレータよ。
　聞こえたかもしれないけど、今、戦闘配置の指示がでてるの」

「聞こえましたけど、何が起きたんですか？」

　　…というか、第二種戦闘配置と言われても
　　ボクには詳しい内容は全然わからない。

「今は何も起きてないわ。何も起きなければそれに越したことは
　ないんだけど…碇司令は戦闘配置が必要と判断したの」

「父さんが？」

「そうなの。だから先輩も葛城さんもしばらくは発令所に
　いる必要があってこちらにくることができないの」

「忙しいんですね」

「それで、指示があるまでの間、エヴァのシステムについて私が説明します」

「さっきの説明じゃ足りないんですか？」

　思ったように動く…確かに説明としては簡潔すぎるかも。

「シンクロするだけならそれでも十分なんだけど、エヴァは戦闘兵器
　でもあるのよ。だから覚えることは結構あるわ」

　とりあえず頷いて話を促す。

「まず覚えておいて欲しいのが射出口。ジオフロントと地上の出入り口に
　あたるところ。発進するときも後退するときも、そこにいて欲しいの。
　地図をみて。基本的に大きな通りの交差点に配置されているからね」

「はい」

「次に覚えて欲しいのはアンビリカルケーブルのある位置」

「…？なんです、それ」

「エヴァのコンセント。差し込まないと電池切れで止まっちゃうから注意してね。
　ケーブルレスで動けるのは最大５分。できれば３分以内に差し込み直して。
　ケーブルは１本５００ｍの長さがあるけど、あんまりビルに巻きつけたりしちゃ駄目よ？」

　掃除のときに椅子に絡まった掃除機のコードを思い出しちゃった。
　…なんだか急にエヴァが親しみのあるもののように感じられる。

「せめて１５分はコードレスで使えないと困りますよね」

「そうね」

　ボクが何を思い浮かべたのかわかったみたい。
　とっても可笑しそうに微笑んでる。
　兵器とか言われても、伊吹さんには全然合わない気がする。

「次に装甲ビル。簡単にいって丈夫な壁。よほどのことがない限り
　壊れないから、危ないと思ったら、装甲ビルの後ろに隠れてね」

「はい」

　携帯ディスプレイに装甲ビルが表示される。
　厚さ２０ｍもある装甲板の塊？大きなビルがたくさんあるって
　聞いてたけど、こんなものばっかりだったんだ。
　第３新東京市の人口が少ないのも当然かもしれない。
　装甲板には人は住めないもの。

「最後に覚えておいて欲しいのがシェルターよ。第３新東京市に住んでる
　人達が避難しているの。とっても丈夫にできているから、エヴァが
　体当たりしたって壊れないはずだけど、踏んだりしないように
　できるなら、そのほうがいいものね」

　シェルターのイメージ映像が表示される。

「かなり深い位置にあるんですね」

　シェルターは基本的に地下２０ｍにあって分厚い装甲に覆われている。
　直上でＮ２爆弾が爆発しても大丈夫らしい。

「安全第一なの。とりあえず覚えることはこれでお終い」

「あの…エヴァンゲリオンが使う武器とかないんですか？
　その…戦闘するための基礎知識を説明してくれているんでしょう？」

「まだできてないの」

「は、はい？」

「パレットガンもソニックグレイブもスナイパーライフルもプログレッシブナイフも
　アクティブソードもスマッシュホークもポジトロンライフルも…ぜんぶ開発中なの」

　　…よくわからないけど、武器はないみたい。

「素手で戦え、…と？」

「ごめんなさい」

　伊吹さんがすまなすまなそうに謝った。
　…なにか事情があるのかな？

「えっと、伊吹さん？」

「マヤでいいわ、シンリちゃん」

「じゃ、マヤさん。エヴァで叩くのと、爆弾でどーんとやっちゃうのと
　何が違うんですか？」

　どうもエヴァには必殺技のようなものは何にもないみたい。
　でも、ただ叩くだけならエヴァじゃなくてもいいような気がする。

「そうね…単純な打撃という意味では威力の大小はあるとしても、
　あまり変わらないでしょうね」

「それじゃ、どうしてエヴァが必要なんですか？」

「使徒はね、Ａ．Ｔ．フィールドと呼ばれるバリアが使えるの。
　そのバリアを展開している限り、人類がもつどんなに強い
　爆弾でも傷一つつけることはできないの」

「エヴァはそのバリアを突破できるんですか？」

「理論上はね。エヴァも同じＡ．Ｔ．フィールドを使うことができるはずなの。
　だから、少なくとも防御に関しては互角になれるわけね」

　せめて相手と同じくらいの守りが欲しい、それはいいとして。

「攻撃はどうするんですか？」

　攻撃手段がなかったら倒すことなんてできない。

「Ａ．Ｔ．フィールドは全てを防ぐ壁なの。展開中は使徒も攻撃することができないわ。
　だから、使徒が攻撃するのに合わせてカウンターで打撃を撃ち込めばいいのよ」

　殴り合いなんてしたことないのに、いきなりカウンターを要求？

「あの…とっても難しいことを言ってません？」

「あとは、理論上だけど、Ａ．Ｔ．フィールドを中和することや侵食することもできるらしいわ」

「壁を作ろうとするのを邪魔したり、こちらの壁で相手の壁を壊しちゃうってこと？」

「そういうこと」

「ところでさっきから気になるんですけど…なんで必ず”理論上”って注釈がつくんです？」

　そう、とっても気になっていること。だいたい理論上っていうパターンで
　よかったことなんてほとんどない。

「それはね？」

「それは？」

「観測データがないから」

「え？」

「誰も見た人がいないの。Ａ．Ｔ．フィールドの発生は確認されたことがあるけど、
　そのとき、携わってた研究者は皆、亡くなってしまってデータも残っていない。
　それに、その時は使徒が発生させたのを見ただけ。
　人類が自らの力でＡ．Ｔ．フィールドを形成できたことはないの」

「じゃ、エヴァがＡ．Ｔ．フィールドを展開するのってどうするんです？」

「これから研究することになるわ」

　なんだか先行き不安。

「それじゃ、別の質問なんですけど、使徒がＡ．Ｔ．フィールドを
　展開していないとして、エヴァの打撃は効くんですか？」

「理論上は効果があるはずよ」

　マヤさん、聞いて欲しいみたい。ま、聞いてみよっと。予想できるけど。

「どうして”理論上”なんですか？」

「それはね？」

「それは？」

「使徒を殴ったことなんてないから誰もわからないの」

「…やっぱり」

　わかっていたけど、改めて聞くと疲れちゃう。

「他に質問はある？」

「聞いちゃいけないんだと思いますけど…」

「遠慮しなくていいのよ？」

「じゃ…ズバリ。使徒に勝てると思います？」

「勝てる可能性はあると思うわ。それに失敗したって人類が滅亡して
　文句を言う人なんていなくなるから気負う必要なんてないのよ」

　勝てばここで生活できるし、負けても皆、死んじゃうだけか。
　どっちに転んでも第二東京市よりはいい。

「まぁ、それはそうですけど」

　ボクが素直に感想を言うと、ちょっとだけマヤさんの表情が曇る。
　なにか変なこと言っちゃった？

「この後の訓練の時に色々と試してみましょうね」

「はい」

　最後までマヤさんの表情はどこか曇ったままだった。

　ちょっと休憩したあと、ケイジで初号機に乗りこんでシンクロ開始。
　横のほうにあるはずの零号機のほうを見てみる…。
　やっぱり何も感じない。
　誰かがシンクロしていないと、エヴァの意志は感じられないの？

　　あ…さっきの意志だ。

『シンリくん、準備はいい？』

　リツコさんの声に注意を向けた瞬間、感じていた感覚は消えてしまった。
　かなり集中してないと感じられないみたい。

”いつでもどうぞ。”

『それじゃ、飛んだり跳ねたり走ったり好きなように動いて』

　とりあえず、歩いてみる…

　ドベシャ…ベチッ

　　い、痛い。

　覚束無い足取りで動いた初号機は、何にもない平らな
　地面に躓いて転んでしまった。

『ミーティングで言ったはずだけど、自分の感覚よりも
　反応が遅れるから、タイムラグを考えて動くのよ』

”そんなこと言っても難しいです”

『甘えてないで、どんどん動いて』

”じゃ、とりあえず準備運動します”

　初号機がラジオ体操第一を始める。
　単純に手足を動かし、身体を反らしているだけのはずだが、
　まるで酔っ払いのようにオーバーアクションで動く。

「先輩、いい感じですね、シンリちゃん」

「そうね。初めてでこれだけ動ければ十分過ぎるくらいだわ」

”リツコさーん、とりあえず準備運動、終わりましたけど。”

『じゃ、次はアンビリカルケーブルをパージして、湖まで往復してみて。
　走ってもいいけど、受身はちゃんと取るのよ？』

”はい”

　ズズズズズ、ズズズズズ

　普通に歩こうとして失敗したので、今度は摺り足で
　移動してみる。

　これなら大丈夫。

　ちょっとだけ歩いてみる…うん、今度は大丈夫。

『シンリくん。ケーブルを接続して！』

”え？”

『そろそろ電源が切れるわ』

　表示されてるカウンターを見ると、残り２分を切っている。
　電池切れが早すぎますよぉ、このロボット。

　　文句をいっても仕方ない…か。

　きたときよりちょっと早足で移動して、背中にアンビリカルケーブルを取り付ける。
　カウンター表示が無限大に変わって、下の部分に「充電中」の表示が点灯。

”リツコさん、充電ってどれくらいで終わるんですか？”

『急速充電機能を使えば１分でＯＫよ。でも電池が消耗するから
　普段は通常充電機能を使うようにして』

　なんだか、ますます家電製品のような気分。
　充電中だからケーブルは取れない。だからちょっと柔軟運動をしてみることした。

　　んしょ、んしょ

　って…エヴァって身体が硬い。
　結構、曲がるほうだけど、背中で握手できないし、頭上で手を
　合わせようとすると肩の出っ張りが邪魔しちゃう。
　関節はやわらかいみたいだけど、装甲板が邪魔みたい。

　一通り動かしたら、「充電完了」の表示に変わった。

『じゃ、湖まで往復、やってみて』

”はーい”

　ケーブルをパージ。

　　位置について、よーい、ドン。

　思いっきり蹴り込んだら、あっという間に湖に到着。
　そんなに脚が早いって思わなかったから、立ち止まれずそのまま湖に転落。

　バッシャーン、サバァァァァァァ

　　痛〜い。

　もー全身濡れ鼠。初号機はあっという間に泥だらけ。
　盛大に撒き散らした湖水で、虹ができちゃってる。

”リツコさん、ごめんさい。汚れちゃいました”

『…』

　あれ？　何も言ってくれない。
　もしかして汚したから怒ってるとか…？

”リツコさん？”

『あの、シンリちゃん。ちょっとこっち、ひどいことになっちゃってるから
　少しだけ待ってて』

　マヤさんの声が聞こえる。なんだか騒々しい感じ。

”？どうしたんですか？”

『初号機がおもいっきり、地面を蹴ったせいで揺れが酷かったのよ。
　あたたたた…』

　リツコさんの声もなんだか痛そう。

”あの、どこか怪我をしちゃったんですか？”

『気にしなくていいわ。立っていた人が倒れた程度だから』

”リツコさん、ちょっと質問。いいですか？”

『何かしら？』

”エヴァって、もしかして運動が得意？”

『そうね…同じサイズの人間と比較するなら全ての能力が１０倍以上あるわね』

　１０倍…っていうと、ボクが持てる限界…お米の袋だとして、１０袋も持てるってこと？
　でも、ちょっとボクの感覚がついていけない。
　思ってから動くまでズレがあるのに、動いたら人の１０倍の能力があるなんて…

”とりあえず、慣れるように運動します”

『そうそう、忘れるところだったわ。湖の左端のあたりに大きな板があるでしょう？』

　見てみると、エヴァくらいの大きさで厚さ５ｍくらいの板がある。
　急造らしく、後ろにある梁はかなりいい加減な作り。

”何をするんですか？”

『エヴァの戦闘能力テストよ。殴ったり蹴ったりしてみて』

”はぁ…”

　やったことないけど、大丈夫かな…。

　近くに歩いて、グーで叩いてみる。
　
　ドゴォォォン

　　痛…い。

　操縦を忘れて、自分の左手を確認してみた。
　ん、骨は折れてないみたい。
　それにしても痛かったなぁ…。

　殴りつけた途端、動きが止まってしまった初号機に全員の注目が集まっている。

『シンリくん、どうしたの？』

”…手が…痛い”

　ボクが言うと、安堵の溜息が聞こえてくる。
　もー、痛かったのに。

『握り３年とかいったわね、そういえば』

”なんです、それ？”

『空手とかで、しっかりと拳を握って、相手を殴っても自分の手が
　怪我をしないようにできるようになるまで３年はかかるって話』

”３年も訓練するんですか？”

『それは時間が掛かり過ぎるわ。掌打にしましょう』

”掌打？”

『指を揃えて、掌で叩くの。押すようなイメージでやってみて』

　掌で押す…か。
　叩くときのモーションを押すときのものに近くして、
　ちょっと早めに手を突き出してみる。

　ドゴォォォォォン

　　あれ？　…凹んじゃってる

”リツコさん、これ、凹んじゃいましたよ？”

『…質の悪い装甲版だったのかしら？』

　ちょっと掌が痛いけど、更に何回か叩いてみる。
　うーんボコボコ。ずいぶん歪んじゃった。

”リツコさん、これ蹴ってもいいんですか？”

『好きにやってちょうだい』

　ボールを蹴る要領で、蹴ってみる。
　丈夫な爪先が装甲版を大きく歪ませる。
　何回か蹴ったら、後ろの梁が耐え切れず装甲版は倒れてしまった。

”エヴァって力があるんですね。”

『兵器なんだから当然でしょう？』

”そうですね…あれ？　この感じ…？”

　お話をしている途中に、風の流れを感じるように
　心に何かが触れてきた。

『どうしたの？説明して』

　あの感じ…最初にシンクロしたときに感じた心。
　だけどさっきより近づいてきているみたい。

　エヴァをその方向に向けて意識を集中してみる

”なんだか半透明のガラスの向こう側から、どんどん近づいてくるような感じ”

『どっちのほうから、距離はどれくらい？』

”とっても遠い…方角はあっち。”

　　エヴァで指差す。ジオフロントの壁面を指しているけど、
　　ボクとしてはまっすぐ相手を指差しているつもり。

”あ…”

　パリーン

　相手との間にあったガラスが割れちゃった感じ。
　割れる前よりハッキリわかる。
　この感じ…ザワザワしてちょっと怖い。

『どうしたの、シンリくん！』

”ガラスが割れた”

『どういうこと？』

　その時、発令所から通信が割り込んできた。

『赤木博士！太平洋沖で重力震が観測されました。
　重力震発生位置を中心に強力なジャミングを確認。
　レーダー観測不能。
　赤外線、紫外線、可視光によるスキャンに切り換えます』

『…』

『スキャンは５分後に完了する予定』

『シンリくん、さっき言ってた遠いところに感じた意思だけど、
　今、どんな感じかしら？』

　意識を集中してみる。

　飢

　”お腹が減ってるところに目の前にご飯を置かれた感じ…？
　　こっちに向かってきているみたい。”

『…』

『ＵＮ軍から通信を入電。重力震発生位置付近の潜水艦が
　水深１００ｍを５０ノットで無音航行する謎の大型物体を発見』

『重力震発生位置、映像でます』

　映像が表示される。衛星からのスキャンは謎の大型物体の影しか
　捉えていないけど、それが船とかの見間違いでないことだけはわかる。
　頭のない人間のような形状でエヴァと同じくらい巨大な存在。
　泳いでいるわけでもないのに、水中をかなりの速度で移動している。

『シンリくん、あなたが感じ取ってる意思だけど、たぶん…使徒よ』

　使徒…人類の敵。
　ボクが戦う相手。倒す相手。

　急に寒気を感じて自分を抱え込む。
　なんだか嫌…この雰囲気…。

遂に使徒、登場。
本編と違いある程度、エヴァに慣れた状態ですが…さて。
次回、遂に第３使徒が第３新東京市へ侵入。
初号機に勝機はあるのか？