第０２話「知らない天井」Ｂパート
カチ…カチ…
時折、マウスのクリック音だけが響く。
ベットの隣には綾波さんが座り、単行本を読んでいる。
午後の日差しがブラインド越しに差し込んできて、ちょっとポカポカ。
携帯端末にはＨＴＭＬで書かれたホームページが表示されている。
普通のＷＷＷと違うのはＮＥＲＶ内に閉ざされた非公開サーバ上に
そのページが存在するということ。
それと、掲載されている情報は他者に読ませるために書かれたものではなく、
関係者が自分のメモ代わりに記述したもの、ということ。
書かれている内容はエヴァンゲリオンに関する内容。
記述内容は多岐に渡り、図入りで紹介されていて専門家なら
意味がわかるかもしれない、といったところ。
つまり、ボクが読んでも全然、わからない。
もちろん、日本語訳はされているし、要約だってやってくれる。
…でも基礎知識がないと外国語みたいにしか見えない。
「綾波さん、ちょっと教えてくれる？」
何度目になったかわからない問いかけ。
「…何？」
綾波さんは、嫌な顔一つせずに答えてくれる。
…表情が変わらないともいうけど。
「この…インダクションモードって何？」
「パネル操作による操縦モード変更、という項目に説明があるわ。
それと、ディスプレイ表示機能の説明に画面表示内容の紹介もあるから」
綾波さんは丁寧に答えてくれる。
…どこに説明文が掲載されているのか、ということを。
直接は教えてくれない。
答えを教えると教育にならない、ってこと？
綾波さんに言われた通りにページを読んでみると、所々に説明文書が点在している。
ちゃんとそれぞれの機能については説明がされているんだけど、
横のリンクがされていないせいで、よくわからない。
例えばキーパネルなら、その説明しか書かれていない。
ディスプレイなら、ディスプレイの表示内容のことや材質、表示形式なんかだけ。
…これ、使う人のこと考えてない。
ちょっとブルーな気持ちになったけど、考えてみれば、
使える人なんて、世界に３人しかいないんだし、
それなら、直接、専門家が教えてたほうがいいし、
マニュアルを作る手間もかからない。
まだ、マニュアルがあるだけでもマシなのかも。
ふ、と疑問が浮かぶ。
「綾波さん、インダクションモードの時って、エヴァはどう動くの？」
「…よくわからない」
ちょっと質問の仕方が悪かったみたい。
「えっと、普段の時なら、考えた通りに機体が動くよね」
「（こくん）」
頷く仕草が…可愛い。
「でも、インダクションモードだと射撃が優先されるって書いてあるんだ。
それじゃ、動こうと思ったら、エヴァはどう反応するのかなって思ったんだけど」
「…まだ、報告書ができてない」
「できてないの？」
「…えぇ」
一瞬、浮かんだのはマヤさんの説明。
まだ何も出来てない…って言ってたけど、確かにそうみたい。
「射撃って誰もやったことがない…とか？」
「…いいえ。射撃時のデータならあるわ。２ヶ月前の零号機の
戦闘シミュレーション記録に残っているはずよ」
…ちょっと戦闘記録のログを見てみる。
綾波さんが零号機で射撃訓練をしたときのデータがギッシリ。
反応値、射撃命中率、弾道特性などなど…全然、整理されてないデータの山。
一応、表形式で並べてくれてるけど。
これじゃ何にもわからない。
ピピピピ、ピピピピ
お昼を告げるアラームが鳴る。
綾波さんがスッと立ち上がると、備え付けの冷蔵庫から、
食べ物を取り出して、ボクに差し出した。
「昼食」
綾波さんの手には総合栄養食と銘打って売り出されてる固形食品が一つ。
それとやっぱり総合栄養ドリンクって売り出されてる飲み物が１パック。
ボクが受け取ると、綾波さんがバックから同じものを取り出した。
…同じ？
「綾波さんもこれ、食べるの？」
「…えぇ」
ボクと綾波さん…どう見ても同じ症状ってわけじゃないのに。
それとも、ボクに合わせてくれているのかな？
何も言わないけど、綾波さんって優しい人なのかもしれない。
「綾波さんも食事制限を受けているの？」
「…いいえ」
やっぱり。
好意は無駄にしちゃいけないよね。
「それじゃ、戴きます」
「？」
それまでと違って、表情にちょっとだけど
不思議そうって気持ちが現れた。
…何か変なこと言った？
「どうしたの？」
「…なぜ、そう言うの？」
ちょっと考えてみる。やっぱりさっきの言葉？
「戴きます、ってこと？」
「（こくん）」
合ってたみたい。
叔父夫妻の食卓はいつも無言で食事が始まり、無言のまま終わってた。
そういうところで生活してたのかな……
「確か、感謝の意味から。ご飯が食べられるのは、いろんな人が力を
合わせているから。食べ物は皆が協力して得られるものだから。
だから、感謝の気持ちを忘れないように、食べる時には、そう言うんだって」
「…そう」
とっても真剣に聞いている。
なんだか幼稚園の子みたい。
「…いただきます」
綾波さんが呟いた小さな言葉。
だけど、心が篭っていて聞いてると笑顔になる言葉。
食事は味気ないものだったけど、なんだか暖かい気がした。
一通り、ＴＯＰページから３階層くらい覗いて見て、ちょっと休憩。
ふと、ドイツいるというセカンドチルドレンの話を思い出した。
「綾波さん」
「何？」
「セカンドチルドレンってどんな子？」
「…惣流・アスカ・ラングレー。年齢１４歳。エヴァンゲリオン弐号機の専属パイロット。
５歳の時からエヴァの操縦に関する専門訓練を受けており、シンクロ率は平均７０％を
キープしている。白兵戦、射撃戦においてはＳクラスの実力を有する。
現在、ＮＥＲＶドイツ支部に所属」
すらすらと紡ぎ出される言葉。
何かを読んでいるんじゃないかって、ちょっと綾波さんの手元を覗き込んじゃった。
「会った事ある？」
「…いいえ」
外国だし、そんなに不自然なことではないかもしれない。
「話をしたことは？」
「…ないわ」
ボクを除けば、世界に二人しかいないチルドレン同士で交流がないの？
他の人にはエヴァは動かせないって言ってたのに。
情報交換が必要って思うのは、変なのかな？
「ボク、その子と話をしてみたいんだけど」
「…なぜ？」
本当に必要性を感じてないような口調だった。
興味がない、って感じ。
「ボクのシンクロ率って４０％くらいだから、コツでも教えてもらおうと思って」
「…そう。…行きましょう」
綾波さんが立ち上がって歩き出す。
「…どこに行くの？」
「弐号機パイロットと話をするのでしょう？ 秘匿通話室に行く必要があるわ」
専用の通信室があるんだ。
普通の電話で話をするのか、と思ってたんだけど、
色々、制約があるみたい。
「…ちょっと待って。今、行くから」
ベットから降りようとして、つい左手で掴まろうとしてしまう。
…バランスを崩してちょっと転げ落ちそうになる。
危ない、危ない。
力が入らないってこと、忘れてた。
慣れない右手で掴まりながら、なんとか降りる。
「それじゃ案内してくれる？」
「…えぇ」
二人揃って、ゆっくりと秘匿通話室に移動。
途中、すれ違う人達は誰もが忙しそう。
なんだか、のんびり過ごしているのが悪いみたい。
「…ここよ」
入るとき、セキュリティカード、指紋照合、網膜パターン照合を済ませる。
特に問題なし。
「綾波さん、その惣流さんの電話番号って知ってるの？」
「…いいえ」
そう言いながらも、番号を入力していく。
『現在、秘匿回線で接続中です』
目の前の大型ディスプレイにテロップが流れる。
右下を見ると、”日本語−ドイツ語”相互翻訳モードに代わっているのがわかる。
『こちらＮＥＲＶドイツ支部 受付です。ご用件をどうぞ』
「セカンドチルドレン”惣流・アスカ・ラングレー”との会話を要求します」
『要求を確認。しばらくお待ちください』
なんだかＣＧのお姉さんは固い感じ。
もうちょっと優しい感じがあってもいいと思うんだけど。
画面が切り替わって、金色の髪、青い瞳の綺麗な女の子が表示された。
服の隅々まで気を使っているようで、シンプルだけどすごく似合ってる。
「はじめまして…って、アルビノはファーストだけじゃなかったの？」
なぜかボク達の…ボクの姿を見て驚いてる。
「はじめまして、惣流・アスカ・ラングレーさん？」
「そうよ。あなたは誰なの？ ＮＥＲＶの職員ってわけないわよね」
気のせいか、よく思われていないみたい。ちょっと口調がキツい感じ。
ボクって印象悪いのかな…。
「ボクはこの前からサード・チルドレンに採用された碇シンリです。
よろしくお願いします」
「…」
あ、手元の資料と見比べてる。
「こっちの資料だと、黒髪の黄色人種ってことになってるけど」
なんだか疑惑の眼差し。
「この前、エヴァに乗ったとき、脱色されちゃったみたいで」
「だ、脱色？」
なんだかビックリしてる。…自分が乗ってるエヴァのことだから当然かも。
「うん」
「あんたも大変な目にあってんのね〜。で、隣にいるのはファースト？」
ちょっとだけ雰囲気が柔らかくなった気がする。
「…えぇ」
あれ？ ちょっと怒っている感じがする。
…どうして？
「こっちも聞きたいことは山ほどあるけどそっちが先でいいわ。
で、用件はなんなの？」
「あの、シンクロ率が高い惣流さんからコツを聞こうと思って」
「ファーストの用件は？」
「…私は碇くんの付き添いできただけ」
短い言葉。ちょっと、素っ気無い。
「あっそ。…でもコツなんて言っても説明するのは難しいわ」
綾波さんと同じこと言ってる。
「言葉で表現するのは難しいっていうのはわかるけどお願いします」
「そうね…エヴァとシンクロすると自分の身体とエヴァの身体を
同時に認識する…ここまではいい？」
「うん」
「認識できたら、後はエヴァの身体の隅々まで意識を染み渡らせるの。
あとは、知覚していって、うまく制御することを心がければいいわ」
「あの、エヴァの心とのシンクロは？」
「？ 何言ってるの？ エヴァに心なんてあるわけないじゃない？」
あれ？ 綾波さんと言ってることが違う。
ボクは初号機から心を感じたけど…？
弐号機って作りが違うのかな？
「弐号機って特別なの？ 零号機や初号機とは違うみたいだけど」
あ、聞いて欲しい時のミサトさんやリツコさんと雰囲気が似てる。
「そーよ。弐号機はね、始めての実戦タイプ、零号機や初号機で
得られたデータを元に作られた始めての運用に耐えうる機体なのよ」
なんだか嬉しそう。
だから、感じ方が違うのかな？
「強いの？」
「当然でしょ」
ピー、ピー
割込音が響いた。
「その音、何？」
「いっけない、もー訓練の時間じゃない！？
残念だけど、今はこれでお終いね。
そっちの都合でかまわないから、空いてる時間に連絡して。
私も聞きたいことがあるから」
「え？でも時差があるからズレた時間になるけど…いいの？」
「…怪我人に合わせるのは当然でしょ」
惣流さんは、少し視線を外して言い放った。
「ん、ごめんね。それと忙しいのに話に付き合ってくれてありがと」
嬉しい気持ちが伝わるように微笑む。
あれ？ なんだか惣流さん、照れてるみたい。
どうしたんだろ？
「な、仲間なんだから気にすることじゃないわ。
…最後に一つだけ教えて。使徒をどうやって倒したの？」
「…ごめんなさい。ボク、そのこと、全然覚えてないんだ」
「まさか、精神汚染！？」
ディスプレイから飛び出してくるんじゃないか、とビックリ。
「あの…お医者さんは、戦闘時のショックによる一時的なものだろうって。
いずれ思い出すだろうから、それほど気にしないでいい、って言ってたけど」
「そっか」
胸を撫で下ろしてる。自分のことのように心配してくれるなんて、
惣流さんっていい人だね。
「二人ともさっさと怪我、治しなさいよ？
いくら私が強くてもドイツから第三新東京市なんて
守れないんだから」
「うん」
「…」
「それじゃ、また後で」
ほんと、忙しいみたいで、言い終わるのと同時に画面が消える。
話を聞いたら、わからないことが増えちゃった感じ。
お日様みたいにキラキラしてる女の子…なんだか羨ましい。
…それにしても本当にあれで１４歳？
白人の子って成長が早いって実感。
つくづくプラグスーツの開発者が恨めしい。
…絶対、叔父さん趣味だと思う。
「もう、いいの？」
そう言えば、綾波さん、全然、話をしてなかった。
「とりあえず聞きたいことは聞けたからいい。
綾波さんは話すことってなかったの？」
「…特にないわ」
なんだか戸惑っているように見えるけど。
…どうして？
その後も、綾波さんは何か考え事をしているようで、
廊下を歩きながら話しかけても、反応がどこか上の空だった。
後書き
チルドレン同士の交流もちょっとだけ進みました。
アスカはちょっと自分のペースを乱されてる感じですね。
…脱色発言が効いたのかも。
白さクックリ、色柄、汚れも綺麗に…って洗濯機のＣＭみたい。
次回も教育の続きです。
それと大人の方々のお仕事風景をちょっと紹介。
いくらシンリの目から見た描写といっても、一言も触れないと
大人達が可哀想なので…。
青葉「サキエルとの戦闘シーンで異常事態の報告をしただけっす」
日向「まだいいよ、お前は。俺なんて葛城さんのセリフで名前が出た
だけだぜ？」
顔を見合わせて沈みこむ二人。
ＹＯＫＯ「どーもすみません。これ、次回の台本です。
ね？ ほら、ちゃんと出番がありますよ？」
ＹＯＫＯが風が吹けば飛ぶように薄い台本を渡す。
青葉 「…これだけ？」
日向 「葛城さんとの絡みはどこにあるんですか」
ＹＯＫＯ「登場シーンがあるだけマシと思わないと」
青葉 「マヤちゃんとの絡みは…？」
ＹＯＫＯ「がんばってアタックしてください、としか言えない。（＾＾；）」
日向 「葛城さーん、俺をもっと使ってくださ〜い」
ＹＯＫＯ「そんなこと、言わないほうがいいと思う。
あの人、エヴァＩＳの設定だと本編ほど甘くないですよ？」
日向 「…へ？」
ＹＯＫＯ「ベースは軍人ですから」
日向 「（−−；）」
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