誰の手かな…ボクの額に当てられてるひんやりとした手。
華奢だけどどこか暖かい感じがする手。
さっきまで怖かった…何が怖かったのか覚えてないけど。
意識を取り戻してから今日で二日目。
昨日は綾波さんと別れて病室に戻った後、記憶がない。
目の前が暗くなって落ちていって…そこで記憶が切れてる。
初号機でシンクロをした時と同じ感じ。
なぜだか、あの日からちょっとしたことで疲れる気がする。
目を開けてみると、綾波さんがボクの額に手を当ててる。
「…起きた？」
「うん」
パジャマが寝汗のせいでひどく湿っぽくて気持ち悪い。
…着替えなくちゃ。
「あの、綾波さん。ちょっと着替えるから部屋の外で待っていてくれる？」
ボクの言葉を不思議そうに聞いている。
「…なぜ？」
からかってるわけじゃないみたい。
「なぜって、普通、異性に着替えるところは見せたくないものだよ」
「…そう？ わからない」
綾波さんの綺麗な紅い瞳がボクをジッと見ている。
迷いのない瞳。偽りのない気持ち…。
「部屋の外で待ってて。お願いだから」
ボクを見つめる瞳。揺らぐことすらない瞳。
何を見ているの？
「…部屋の外にいればいいのね」
綾波さんは、そういって部屋の外に歩いていく。
その後姿は寂しそうに見えた。
「ありがと」
ボクの呟きが届いたのかどうか。
一人きりの部屋は冷たい雰囲気に変わっていた。
――＊――
「日向くん、皆の不満、あとどれくらいで爆発すると思う？」
発令所でのんびりとコーヒーを飲みながら話すミサトと日向。
だが、普段よりもちょっと表情は固めである。
「何らかの説明がなければ、多分、５日程度ですね」
「かなりピリピリしてたもんね〜」
ミサトが言っているのは、先ほど行われた作戦部の報告会のことである。
サキエル戦でみせたゲンドウの行動は余りにも不可解であり、
作戦部を蔑ろにするものと言えた。
自分達はそれほど信頼されていないのか？
使徒に対して手足を縛られて闘えるか！？
技術部の奴ら、他に何を隠しているんだ！？
…要約すれば、ゲンドウや技術部が気に入らないということである。
誰も予想しなかった…少なくとも作戦部はあのような結末に
なることは予想できなかった。
サキエル戦で初号機が頭部を光槍で貫通され機能喪失した後に見せた悪夢。
作戦部の知る限りではあの時点で初号機がサキエルに勝てる見込みはなかった。
だが、結果は、サキエルは消滅。
故に不満が高まっていたのである。
「日向くんの意見を聞かせてちょうだい」
「残念なことですが、現時点で最も効果的な使徒迎撃手段はエヴァの暴走です。
チルドレンに対する影響が未知数ですが、あらゆる犠牲を払ってでも
使徒を迎撃するというＮＥＲＶの存在意義から考えても選択肢として残すべきです」
「…暴走の条件についても考えた上での発言かしら？」
「はい」
「ＯＫ。合格よ。ここから後は私の仕事。
…うまく賭けが成功することを祈っていて」
「葛城さんなら大丈夫ですよ。俺、信じてますから」
「お世辞でも嬉しいわ」
ミサトは、一点の曇りもない笑顔を見せて、発令所を後にした。
プシュー
扉が閉まり、発令所には日向だけが残る。
「はぁ……、結構、気合入れたんだけどな」
日向の嘆きは扉に跳ね返された。
…努力が報われる日は遠いようである。
――＊――
ピピピピ、ピピピピ
食事の時間を告げるアラームが鳴り、携帯端末での勉強を中断する。
「昼食」
昨日と同じように綾波さんが簡易食品を差し出す。
…また、これか。味が単調なせいかもう飽きてきちゃった。
「ありがと。ところで、綾波さん、ボクが退院したら食事に招待したいんだけど、いい？」
…なぜか困惑している。
「…なぜ？」
「こういう食べ物ばかりだと飽きちゃうでしょう？ やっぱり、もう少し
歯応えがあるものとか、いろんな味付けの料理を食べたほうが
いいと思うんだけど」
「別に問題ないわ」
…問題ない？ 生きていくって意味かな？
簡易食品の食事なんて普通、続けたくないものだし…
なにか理由があるのかな…？
「もしかして好き嫌いが多くて、食べられない食品が多いの？」
「…肉は嫌い」
「他には？」
「…他は平気」
「簡易食品と普通の食事とどちらが好き？」
「…栄養摂取はどちらでも同じだわ」
好き、嫌いは別として生きるだけならどちらでも同じ。
綾波さんは嘘は言ってない…だけど、変な答え方。
簡易食品を選ぶ理由があるのかもしれない。
あれって安いし…安い？…もしかして食費を切り詰めてるとか…？
ま、それは後回し。
「どちらでもいいってことなら、ボクの料理でもいいよね？」
「…えぇ」
「早く退院したいね」
「…早く任務に戻りたいの？」
「病院の生活より、普通の生活のほうが好きだから。
ここって、やっぱり生活の場じゃないもの」
「…」
パクパク
簡易食品の食事はあっという間に終わってしまう。
ぱさぱさした感触、単調な味付け、歯応えのない脆いもの。
…やっぱり、こんなのすぐ飽きちゃうよ。
あんまり立ち入ったことを聞くのも悪い気がするけど…
今度、綾波さんの家に行ったら聞いてみよう。
工夫すれば、簡易食品より安く料理を作ることだってできるんだし。
綾波さんが痩せてるのって、食事に問題があるんじゃないかなぁ…
同じチルドレンでも惣流さんなんて…って、連絡する約束してたじゃない！？
「綾波さん、惣流さんに連絡、いつ頃したらいいと思う？」
「ドイツとの時差を考えると、昼食後、教育開始前に連絡を取る事が望ましいわ」
そんなものかな？
「それじゃ、今からお話したいんだけどいい？」
「…行きましょう」
――＊――
昨日と同じように秘匿通話室で呼び出しをかける。
５分ほどして、惣流さんが表示された。
「こんにちは、惣流さん」
「忘れないでかけてきたわね。今日は時間があるから、
じっくり話を聞かせてもらうわよ」
威圧するような強い瞳。ちょっと苦手。
「守秘義務に抵触する内容は答えられないわ」
綾波さんが事務的に告げる。
「そんなことわかってるわよ。だけど、どーせあんたたちだって
同じチルドレンに明かせないような情報なんて知らないんでしょう？
気にすることないわよ、そんなの」
まだ、ボク、そのあたりの話って教わってないんだけど。
「…綾波さん、言ってはいけないことってあるの？」
「碇くんが今知っていることで抵触する内容はないわ」
安心、安心。気にしながら話すのって疲れるもの。
「えっと、惣流さんの聞きたいことって何？」
「昨日、あのあと戦闘記録が届いてそれをみちゃったから、あんまり
直接、聞きたいことって残ってないのよね。
二人とも戦闘記録の非公開部分のこと、知らないんでしょ？」
「非公開箇所って？」
「初号機がＡ．Ｔ．フィールドを展開してから、サキエルを倒すまでのデータのことよ。
回って来たデータって、その部分が抜け落ちてるのよね」
「昨日言ったとおり、ボクは覚えてないし、綾波さんは戦闘時は病院に
いたから、質問には答えられないと思う」
綾波さんを見ると、コクンと頷いている。
「そういうことよ、だから聞きたいことは一つだけ。
Ａ．Ｔ．フィールドをどうやって使ったのか？ それが知りたいの」
「それも覚えてない…っていうか、いつ使ったのかも知らない」
「ファーストは何か知らないの？」
「…知らない」
「せっかくパイロットに直接、話が聞けてもこれじゃ得るものがないわね〜。
操縦技術も戦闘技術も、訓練を受けてる私のほうが実力、上だから
聞くことなんてないし」
「ボクが教わることなら沢山あるんだけど、ね」
「ほんとは、対使徒戦の訓練を兼ねて、エヴァ同士の模擬戦とかを
やりたいところだけど、初号機は第３新東京市で、弐号機はドイツ。
これじゃ訓練のしようがないものね」
「できないの？」
ちょっと綾波さんに聞いてみる。
「…シミュレーションだけなら可能かもしれない」
「ゲームのネット対戦みたいなもの？」
「…わからない」
「そっちだけで話をしてないでよ。その件はこっちから申請しておくけど、
そっちでもリツコに言っておいて。やっと対戦訓練ができるんだから、
やるなら早いほうがいいわ」
「惣流さん、対戦が好きなの？」
ゲームセンターで遊ぼう、と楽しそうに話をする男の子達の姿を思い出した。
「…あんたねぇ、ゲームじゃないのよ？ ま、ゲームに例えることはできるけどね。
素人のあんたにもわかるように言うと、初号機が動くまでは、
零号機は安定稼動しないこともあって、まともに運用できるのは弐号機だけだったの。
だから、エヴァサイズの兵器同士の戦闘なんて、訓練しようがなかったわけ。
ま、対人戦がやりたくても相手がいなくてＣＰＵと擬似対戦していると思えばいいわ。
ここまではいい？」
「うん」
「そこに素人だけど、対戦相手が現れた。それがあんたの立場。
ＣＰＵとの擬似戦闘なんかやってるより対人戦のほうが実力が
つくから、あんたの訓練にもなって一石二鳥ってわけよ」
…さっきから”あんた”と連発されてとちょっと嫌。
「あの、惣流さん。できれば、ボクのことは、”碇”とか、”シンリ”って呼んで
欲しいんだけど。なんだか、”あんた”って言葉の響きは好きじゃないから」
「…それじゃシンリって呼ぶことにするわ」
「ありがと、惣流さん」
「私からもお願い。惣流さんって言われてもピンとこないから、
”アスカ”って呼んで」
「アスカさん、でいい？」
「さん、はいらない。アスカっていいなさい」
「そうする」
くい、くい
「何？ 綾波さん」
「…そろそろ教育を始める時間」
時計を見てみると、結構、時間が過ぎてる。
「あの、アスカ？ そろそろ教育をしなくちゃいけないから、
今日はここまでってことにしたいんだけど、いい？」
「いいわ。毎回、時間を合わせるのも大変だから、大した用事じゃ
なければメールで済ませるようにするってことでいいわね？」
「うん」
「それじゃ、またね」
話が終わったと思ったら回線がすぐに切れちゃった。
「アスカ…かぁ。そういえば、綾波さんの呼び方も変えてもらったほうがよかったよね」
「…別に気にしてないわ」
「そ、そうなの？」
「…えぇ」
うーん、ファーストなんて呼ばれるのってあんまりいい感じしないけど。
本人がいいって言うんだし、まぁ…いいのかな…？
――＊――
その後は、病室に戻って教育を続きをやってお終い。
「病室に閉じこもってばかりで退屈だね」
「…そう？」
「そういえば、ミサトさんがジオフロントの森を散歩してもいいって言ってた。
今から行っても大丈夫だと思う？」
「まだ、陽が落ちてないから出歩かないほうがいいわ」
あ、そうだっけ。説明、聞いてたはずなのに忘れてたみたい。
「紫外線を浴びると、アルビノの人ってまずいんだったね」
「…えぇ」
「それじゃ、夜になったら散歩ってことでいい？」
「…申請するわ」
綾波さんが携帯端末から外出許可申請の手続きを行う。
…ＯＫがでたみたい。
Ver2.00 2004/4/7 YOKO
あれ？ 青葉君の出番まで書ききれなかったですね。
ほんとは、遺伝子解析の結果報告とか、作戦部の意見具申とか、
大人達のシーンを増やす予定だったんだけど…。
会話シーンって話が進まないけど、このままダラダラと続けるのも
イヤだし…ちょっと大人達のシーンは削除ですね。
暇があれば外伝風にシーンを追加するってことで。
次回は、ジオフロントの森を散歩、それと大人達のシーン描写をちょっと。
原作って神の視点でサクサクと場面を切り換えて説明してたけど、
小説で同じようにしようとすると情報量が多すぎて大変。
まぁ、ＨＴＭＬ形式の利点を生かして、複数ページの同時併記という
方法を採ることにでもしようと思います。