第０２話「知らない天井」Ｉパート

「おはようございます」

　ボクと綾波さんは一緒にミィーティングルームに入った。
　結局、昨日は夕食を作った後、綾波さんの家で一緒に食べた後、
　そのまま泊まらせてもらっちゃった。
　おかげで、朝食も一緒に食べることができたけど。
　なんだかエヴァに乗るとすごく疲れるみたい。
　今日もシミュレーションの予定だったみたいだけど、急遽、
　予定を変更して射撃と基礎体力訓練に変更された。
　疲れているのに無理して訓練しても意味がないんだって。

「…あぁ、おはよう」

　気のせいか、日向さんの顔色が悪い。

「どうしたんです？　顔色悪いですよ？」

「ちょっと気分が悪くてね。薬を飲んでおいたから大丈夫。
　午後には元気になるさ」

「…何か変なものでも食べたんですか？」


　　その一言は僅かな時間、奇妙な沈黙を生んだ。


「へ、変なものなんて食べるはずがないさ。
　雑談はお終い。今日の訓練の内容を説明するから」

「はい」

　今日は午前中は日向さんに射撃訓練を教えてもらって、
　午後はジオフロントの森を使った長距離踏破訓練。
　教官は青葉さんが勤めるって話。

　それで、日向さんの指示で武器庫から持ってきたのは
　人間サイズのパレットガン。

「これ、パレットガンですよね。こんなに小さいものが
　あるなんて知りませんでした」

「ん、これはシンリちゃん専用の訓練銃なのさ。
　弾は出ないし、反動もエヴァで使ったときに合わせて
　かなり小さくしてある。ぶるぶるって震動がくる程度だな。
　一応、レーザーサイトがついてるから照準はつけやすい。
　付属の専用ゴーグルをつけることを忘れないように。
　弾の表示はそこに行われるから」

「ほんとに銃を撃つのかと思ってたんですけど、
　違うんですね」

「撃ちたかったらいずれ撃たせてあげるけど、
　今は銃に慣れてもらうのが目的だからね。
　それに弾代も馬鹿にならないのさ。
　シミュレーションだけなら電気代だけで済むから
　どれだけ訓練しても文句は言われないって利点もある」

「はぁ。あの、実弾って１発、いくらくらいするんですか？」

「ま、物によるが１発５００円くらいだな」

「高いですね」

「そうだね。だから、最近じゃどこの軍隊もシミュレーションで済ませているんだ。
　実銃同様の反動を生み出す機構と、弾の弾道を計算し表示するゴーグル、
　それと着弾を計算するコンピュータがあって初めて成立したシステム。
　おかげで、今じゃ動かないターゲットに弾を撃ちこむなんて
　非効率な訓練はどこもやってない」

　　※そのシステムを導入できる豊かな国は、という条件はつく。

「え？　あの、マンターゲットにバンバンって撃つんじゃないんですか？」

「映画とかに出てくるのはそんなシーンが多い。確かに警察官は
　その程度の訓練しかしない。あまり撃つこともないからね。
　だけど、今の軍隊はみんな、部隊を二つに分けて撃ち合うのが
　基本なのさ。本当に弾が飛ぶわけじゃないけど、撃たれたか
　どうかはすぐにわかる。
　より実戦向きな訓練ができるようになるってことだね」

「マンターゲットに撃つのと違うんですか？」

「ん。全然、違う。例えば、マンターゲットだと当てようと思うところに
　狙いをつけて、バンって撃つ。だけど、それじゃ遅すぎるんだ。
　実戦でそんなことをしてたら、自分が敵に撃たれちゃうからね」

「はぁ」

　相槌を打つけど、なんかイメージが湧かない。

「それに、地形は千差万別だし、相手の出現するタイミングもバラバラ。
　上のほうにいたり、下のほうにいたり、体の一部しか見えてなかったりするわけだね。
　ところがマンターゲットばっかり撃ってると、臨機応変に攻撃を
　当てるのがとっても難しい。
　射撃場に慣れているせいで、周囲の地形、風速、角度なんかを
　計算に入れた射撃ができないんだ。
　だから、攻撃が当たらないし、撃つまでに狙いをつける癖があるから
　すぐに引き金を引くこともできない。
　ま、簡単に言って、実戦に役立たない訓練だったのさ」

「いまいちピンとこないです」

「ま、すぐにわかるよ。
　じゃ、訓練の方法を説明するからね。
　そこに訓練場があって、人間サイズに合わせた第三新東京のセットが置いてある。
　今回は射撃戦の訓練だけだから、電源は気にしないでいい。
　で、グループを二つに分ける。
　シンリちゃん、レイちゃん組と、俺だな。
　俺が今回は使徒の役をやるから、ばんばん撃ちこんでくれていい。
　俺の武装はハンドガンだけ。胸の中心に塗りつぶした赤い円が
　書いてあるだろ？　これが光球ってことだ。
　制限時間内に、できるだけ俺にたくさんの攻撃をＨＩＴさせること。
　光球なら、高得点だ。
　わかったかい？」

「パレットガンは本物と同じように弾切れになったら、
　銃ごと交換ですか？」

「そう。だから、セットの本物と同じ位置にパレットガンが置いてある。
　全てのパレットガンの弾を使い切ったら、１セット終了。
　それを午前中、できるだけ繰り返す。いいかい？」

「…私はスナイパーライフルで射撃をすればいいのね」

　綾波さんがぽつりと呟く。

「そのとおり。レイちゃんのライフルも反動を小さくしてある。
　弾数も実銃と同じ。予備の位置も同じだ。
　使徒の高レベルジャミングを再現するため、会話は禁止。
　だけど、身体を触れているときだけは話をしてもいい。
　これで、だいたい説明したかな」

「…Ａ．Ｔ．フィールドは？」

「いいところに気が付いたね。俺は反則気味だけど、Ａ．Ｔ．フィールドを使える。
　展開中は反撃できないし、移動もできないけど、ね。
　ゴーグルに表示される映像に擬似的にＡ．Ｔ．フィールドが表示されるから
　見ただけで展開中かどうかは判断できるはずだ。
　回数は無制限で使用中は無敵。
　至近距離でＡ．Ｔ．フィールドの展開に巻き込まれたら、ゲームオーバー。
　けっこう、ズルイ設定だとは思うが我慢してくれ」

「かなり不利なんですね」

「ま、シミュレートを甘くやってもいいことはないからね。
　それじゃ、５分後に開始だ」

「「はい」」

　それで、午前中は射撃戦闘の訓練をずっとしてた。
　銃は重いし、弾はすぐきれちゃうし、Ａ．Ｔ．フィールドで簡単に防御されちゃうし、
　日向さんの射撃は容赦なくって、どんどん撃ちこまれるし、
　綾波さんとボクがお互いに撃ち合っちゃったりするドジも多かったし、もー散々。

　訓練が終わって使った資材をぜーんぶ片付けて訓練終了。
　もうヘトヘト。動きたくなーい。

　疲れていたボクたちの疲労を取るために、日向さんが
　無重力タンクを使わせてくれた。

　比重の重い液体に満たされたお風呂で、浮力とのバランスが
　調整してあって、入ると無重力が体験できるって優れもの。
　身体に対する負荷がなくなるおかげで、１５分で８時間睡眠と
　同じくらい疲労が取れるんだけど、料金が高くて利用したことが
　なかったんだよね。

　１５分利用して、シャワーを浴びて、昼食。

「こんにちは」

　こんどは青葉さんが教官で、長距離踏破訓練。
　なんだか疲れそう…。

　　頭に浮かんだのは体育の授業で行われた長距離走。

　果てしなく気分は後ろ向きだった。

「午前中は日向にしごかれたらしいけど、大丈夫かい？
　これからの訓練は、ま、半分はリハビリを兼ねてるから
　気を楽にしていいぞ」

「あの、何をするんですか？」

「ジオフロントを散歩するだけ、さ。ちょっと条件があるけどね」

「条件？」

「例えば、今日の訓練では、ジオフロントの森に生息している
　ウサギを撮影すること。デジカメは一人、１台ずつ持つ」

「ウサギ？？？」

「もちろん、ウサギだってわかるようにある程度、近距離から
　撮影しなくちゃならない。携帯端末と無線機は自由に使って
　いい。別に二人一緒に歩かなくてもかまわない。
　制限時間内に撮影できれば、残り時間は散歩してていいよ。
　訓練時間中はジオフロントは君達しかいないから、
　何かあったら無線で救援を依頼すること」

「あの、今、昼間だからボクは外を歩いちゃいけないんですけど」

「あぁ、それなら出来上がったばかりだけど、この制服を着ればいい」

「中学校の制服、できてたんですか？」

「ん、これは試作品。紫外線防止シートしか編まれてないんだ。
　本物は、なんでもいろんなシートを編みこんでおくらしいよ。
　マヤちゃんが気合を入れて作ってたから期待していいと思うね」

「楽しみですね…でもどんなシートを編みこむんでしょう？」

「さて、防弾、防刃くらいの機能はつけるはずだけど、
　生活防水なんかも便利だしな〜」

「なんだか制服からどんどん離れていくような気がしますね」

「そうかい？　俺が今着ているＮＥＲＶの制服だって、防弾、防刃、防水くらいの
　機能はついている。ま、そのせいで替えが少ないけどね」

「物騒なんですか？」

「そういうわけじゃないけど、もしもの場合に備えた保険だよ。
　服の替えならいくらでも作れるけど、人間の替えはないからね」

「そうですね」

「それじゃ、装備はこれで全部だ。
　俺は別の仕事があるから、何かあったら連絡してくれ。
　ジオフロントの森の中には君達しかいない。
　怪我にだけは注意してくれよ」

「はい」

「レイちゃんもいいね？」

「（こくん）」

　制服に着替えて、装備とにらめっこ。
　携帯端末は知っているからいいとして、この通信機。
　今回は説明書はない。

　結局、それから１時間ほどかけて綾波さんが説明してくれた。
　実際に使ってみたりしながらだから時間がかかったけど、ね。
　
　次にウサギのことを調べてみた。
　ボクは飼育小屋で見たことがあるだけだし、綾波さんはウサギのことを
　知らなかった。けっこう、知らない人も多いから珍しいことじゃない。

「あとは捜してみる？」

「…えぇ」

　その後、ジオフロントの森をとことこ歩いた。
　たまに歩く人がいるせいか、獣道はちゃんとあって、切り開いて
　歩くようなことは少ないけど、病院近くにあった遊歩道付の森とはぜんぜん違う。
　整備されていない道、朽ちた倒木、鬱蒼と茂る草木。
　だけど、作り物でない自然は気持ちがいい。
　耳を澄ませば、鳥の囀りが聞えるし、木の上を走り回るリスもいる。
　途中、リスと綾波さんがにらめっこをしてたり、蛇にびっくりしたり、と
　いろんなことがあって、すっかり夜遅くなっちゃったけど、
　３枚、ウサギの撮影に成功。
　なんだか嬉しくて、綾波さんと二人で写真を眺めてた。

「二人とも、けっこう時間がかかったが、ちゃんと写真は取れたかい？」

「はい」

　そういってデータを渡す。ちょっと小さいけど、ウサギが跳ね回る姿が写ってる。

「よくがんばったね。今日はこれでお終いだ。
　しばらくの間は、午後はこの訓練を続けるからそのつもりで。
　無重力タンクはつかっていいよ。
　しっかりシャワーを浴びて、汚れは取っておくように。
　いいね？」

「「はい」」

　昼と同じように無重力タンクとシャワーですっきりして、
　夕食を作って、二人で食事。

「それじゃ、綾波さん、また明日」

「…おやすみなさい」

　綾波さんは自宅へ、ボクは病室へ。
　やっぱり厨房と住んでる場所が遠いのは大変。
　しばらくはリツコさんに任せたわけだし、待つしかないね。

　　けっこう、色々なことがあったな…。

　ベットに潜り込んでからもしばらくの間は今日のことを
　思い出してなかなか落ち着けなかった。
　しばらく散歩が続くのか〜。楽しみ、楽しみ。

　ミーティングルームにミサト、日向、青葉の３人。
　日向、青葉は訓練の報告書を持っている。

「報告を聞かせてちょうだい」

　その言葉に日向がまず答える。

「午前中のテストで、やはり連携、共同作業に問題があることがわかりました。
　幸い、ファーストチルドレン側から作戦の提起が行われたため、
　それなりの成果はありましたが」

「レイから？」

「…はい。ラスト１５分くらいで、ファーストチルドレン側から
　互いの射線を妨害しないようにする旨の提案がありました」

　はぁ…

　３人とも合わせたように溜息をつく。

「…青葉君のほうは？」

「森林内の散歩はリハビリ効果は高いものが期待できます。さきほど、
　日向のほうから報告があったとおり、森林内の共同作業でも、
　ファーストチルドレン側からの提案があって動いていました。
　会話ログから判断しても、サードチルドレンには、他者と共同作業を
　行う、という考え自体が欠落しているとしか考えられません」

「会話してても他の部分は普通だもんね」

「それと興味深いシーンがありました。多分、改善効果も期待できます。
　訓練の合間に、厨房を使って食事を作っていたんですが、
　一人で料理をするシンリちゃんに対して、レイが手伝いを
　申し出ました。他の作業と違って、シンリちゃんの得意分野であるせいか、
　皿を並べる程度でしたが共同作業を行えていました。
　このままいけば、一緒に料理するようになるかもしれません」

「いけそうね。…レイとシンちゃんの共同生活、効果あると思う？」

「高ジャミング下におけるエヴァ同士の意思疎通には
　ボディランゲージが効果的ですが、そのためにはある程度、
　親密な関係が必要です。
　共同生活は行動パターンの改善、作戦上も効果があるものと考えます」

「青葉君はどう思う？」

「二人暮らしっていうのはまずいと思います。親密度は増しますが、
　問題が発生した場合の仲介役がいません。
　あと、思ったんですが、シンリちゃんの場合、人より動物のほうが
　安心するようですから、ペットもいるといいかもしれません」

「ペットが同居していて、それでレイとシンちゃんが引っ越してきても
　平気な広い住居に住んでいる…けっこう条件が絞り込めるわね」

「でも、いるんですか、そんな人」

「心当たりは一人だけね、私の場合。日向君も青葉君も充てはある？」

「「いいえ」」

「わかったわ。上申書は私が作るから、明日以降も訓練、お願いね」

「「はい」」

　ミサトはチシャ猫笑いを浮かべて、去っていった。

「ありゃ、絶対、何かやりそうだよな」

「間違いない。あの笑い方をするときは、たいがい、企んでるからなぁ」

　青葉と日向はいい加減、経験則でわかってきてる笑顔の意味に
　二人して苦笑しあった。

「レイちゃんとシンリちゃんの同居か…。
　お前、一緒に住めって言われたらどうする？」

「俺の家は狭いからダメだな。だいたいレイちゃんとの生活じゃ
　間が持たないと思わないか？　さっき言ったが、言葉が要らない
　ペットは必須条件だと思うぞ」

「できれば、抱けるようなペット…犬とか猫だろーな。
　葛城さんの言ってた充てって誰だ？」

「赤木博士じゃないか？　たしか猫、飼ってただろ」

「だけど、レイちゃんに冷たい気がするんだよな、あの人」

「誰なんだろうな」

「さぁ」

　そういえば、同僚達がペットを飼っているかどうか。
　その程度のことすら、ほとんど知らないことに二人は気付いた。

　やっと作戦部のサードチルドレンの行動分析が終わりました。
　次の話で、ミサトから上申書が提出されます。
　やっと第２話も終わりが見えてきました。

　…同居から学校登校の日までが永いんですよね。
　関係者の様々な思惑によって生活環境が大幅に変わります。
　イベントが盛り沢山。（T_T）