第０２話「知らない天井」Ｊパート

「エヴァによる作戦遂行上、問題と思われる精神面の改善を図るため、
　綾波レイ、碇シンリ両名を私の家で共同生活させることを提案します」

　　翌日、ミサトは司令室に訪問すると、話を切り出した。

「…理由は何だ…」

「二人とも自己保全の認識が希薄で、精神的に強靭とも言えません。
　また碇シンリは、他者と共同作業を行うという認識が欠落しており、
　今後の作戦行動の実施に重大な問題があります。
　上申書にあるとおり、現状の改善には、両名の共同生活が効果的です。
　二人だけの共同生活には問題が多く、両者の仲裁役となる者も必要です。
　また、サードチルドレンは、動物と共にいる状態でリラックスする傾向が
　みられるため、同居するペットがいることが望ましいと考えます。
　以上の条件に該当し、二人の共同生活者の増加に耐えうる住居に
　住む上級仕官は、消去法で判断し、私以外にない、というのが結論です」

「赤木博士との同居についてはどう考えるのかね？
　今言った条件は、全て満たしていると思うが」

「赤木博士の場合、碇シンリとの関係が既に密接であり、過度の接触は
　強度の依存関係に推移する可能性が考えられます。碇シンリの
　外部に対する認識について改善するという効果を阻害する懸念があります」

「…反対する理由はない。手配については一任する。…以上だ」

「了解しました。医師と相談のうえ、住居変更の手続きを行います。
　では、失礼します」

　敬礼をするとミサトが退室した。




　ゲンドウが卓上のコンソールを操作する。

　　ピー、ピー、カチャ

「赤木です。何か御用ですか？」

「赤木博士、君のシナリオを採用することになった。
　作戦部から提出された上申書を送付しておく」

「では、２、３日中にシナリオＣ−１の実施をお願いします」

「…あぁ」

　室内に静寂が訪れる。

「シナリオＣ−１…か。赤木博士も考えたものだな」

「…」

「借金の事実を隠していたお前と、赤木君の接触回数を増加し、
　関係改善をシンリくんに印象付ける…。
　普段なら、公私混同と言って叱るところなんだが…な」

「…」

「下手な演技をしようなどと考えないことだ。お前はどうも、シンリくんの
　前ではポーカーフェイスが崩れる傾向がある」

「…あの表情、あの声で言われて平静を保てというのは酷とは
　思いませんか…」

「どうしてもユイ君を重ねてしまうか…。赤木君にうまくフォローして
　もらうのだな。シンリくんも彼女のいうことならば納得するだろう」

「…」

　ミィーティングルームにミサト、リツコ、シンリ、レイが揃っている。

「碇シンリ、綾波レイ両名の住居について説明を行います。
　疑問があったら聞いて頂戴」

「はい」

「綾波レイの現在の住居は再開発に伴い、取り壊されることになったわ。
　それで、保護者と相談の上で、同じ被保護者である碇シンリと一緒に
　生活することに決定したの」

　よかった…一緒に住んでいいんだ。
　…でも、マンションが壊れちゃったらどこに住めばいいの？

「二人は、明日以降、葛城一尉の住居で共同生活をしてもらうわ」

「…命令ですか」

「…命令じゃないんだけど、選択の余地はないのよ。
　いい？　二人とも未青年だからできれば保護者と一緒の生活が望ましい。
　これはいいわね？」

　レイの疑問にミサトが答える。

「…」

「ところが、二人の共通の保護者である碇司令はいろいろ理由があって
　一緒に住めないのよ。詳しい話は知らないんだけど」

　ちらっとリツコさんのほうを見る。
　父さんの借金はリツコさんしか知らないんだ…よかった。
　やっぱり、知られないで済むならそのほうがいいもんね。

「で、空き部屋もあるし、同居人も一匹だけの私のところで一緒に
　住むことにしたの」

「一匹？」

「温泉ペンギンを飼ってるの。興味ある？」

「はい」

「レイも興味ある？」

「（こくん）」

　綾波さんも頷いた。

「じゃ、問題ないわね。医師の許可は得たから、明日は引越し。
　何か質問はある？」

「えっと、アスカと電話ってミサトさんのところから出来ます？」

「もちろん問題ないわ。携帯端末のカメラを使うからちょっち画質は悪いけど、
　それでもリアルタイム通信できるわよ。仲良くやってるみたいね」

「色々、話すことってありますから」

「ふーん」

　ミサトさんは満足そうな笑みを浮かべた。

「あと、服なんですけど、今日、訓練でもらった服以外に昼間、
　歩ける服がないんですけどどうしたらいいんでしょう？」

「あ、それなら、マヤちゃんに出来上がった服を持ってきてもらうから大丈夫。
　３着あるから、ジオフロントとの往復は問題ないわよね」

「はい」

「レイは何か聞きたいこと、ある？」

「…いいえ」

「そ。じゃ、ミィーティングはこれでお終い。
　昨日と同じように日向君、青葉君の訓練が終わったら、
　迎えにいくから、休憩室にいてね」

「はい」
「…はい」

　ミィーティングが終わり、それぞれ別の方に歩き出した。

「リツコさん」

「何かしら？」

「さっきの話、ちょっと意外でした」

「私が保護者役でなかったことかしら？」

「…はい」

「この前の件でね…ゲンドウさんとじっくり話し合いたいの。
　それで、ちょっと他の人達の同居はしばらく遠慮して欲しいのよ」

　えっと…それって…やっぱり…その…

　耳の先まで真っ赤になってるのがわかる。

「…あの、…えっと…な、仲直り…してくださ…い。
　ボクも…そのほうが嬉しい…です」

　もーダメ。なんだか言葉がちゃんと出てこない。

「そういってくれて助かるわ。ありがとうね」

　なんだかリツコさん嬉しそう…。
　父さんとどんなやり取りがあったのかな〜。
　ちょっとだけ、気になる。

「はい。そ、それじゃ訓練に行きます」

　ギクシャクした動きで、綾波さんの方に戻る。
　…まだ、心臓がバクバク言ってる。

「…碇くん、顔が赤いわ」

「え、あ、その、なんでもないから」

　綾波さんの手が顔に触れる。
　冷たくて気持ちいい。

　綾波さんを見ていたら、なんだか少しずつ落ち着いてきた。
　顔の火照りも徐々に収まっていく。

「もう大丈夫。ありがと」

「…いい」

　…父さんとリツコさんの関係がうまくいけばいいって思ってはいたけど、
　やっぱり直接、言われるとビックリしちゃうな…。
　しばらくはリツコさんのところに行くの控えたほうがいいかも。
　邪魔はしたくないもの。

「こんにちは、アスカ」

　いつものように、昼休みはアスカとお話。
　でも、今日も誘ったけど、綾波さんは、「…用事ないから」といって
　同席はしてない。

「こんにちは。で、今日は随分、嬉しそうじゃない？なにかあったわけ？」

「うん。明日から、綾波さんと一緒に住むことになったから嬉しくて」

「ファースト？　あんたたち、似ているとは思ったけど、姉妹？」

「似てる？」

「雰囲気がかなり違うけど、かなり似てるわ。…気がつかなかったの？」

「最近まで脱色してなかったから、全然」

「違う、違う。アルビノだからってわけじゃなくって、顔の作りが似てるのよ。
　案外、親戚とかだったりするかもしれないわね。
　で、一緒に住めて何がそんなに楽しいのよ？」

「うーん、どうしてかな…。家族が増えるから、かもしれない」

「家族…か。二人だけで住むの？」

「えっとね、ミサトさんの家に厄介になることになったんだけど」

「ミ、ミサト？　悪いこと言わないから辞退したほうがいいわね。
　…まだ間に合うなら」

「どうして？」

「あの女はね？」

「？」

「生活破綻者なのよ。ミサトから軍人の部分を削ったら、多分、なーんにも
　残らないわ。それっくらい酷いの。
　シンリは家事が得意みたいだけど、案外、その辺のスキルを宛てにされていたりして…。
　あの女ならそれくらい考えてても不思議じゃないわ」

「…アスカ、ミサトさんの家に行った事あるの？」

「ドイツの宿舎だけどね。所狭しと置かれたゴミ袋の山で死にそうな場所だったわよ。
　自分の部屋をゴミ捨て場と勘違いしてるんじゃない？」

「…」

「だからね、遠慮しなさいって」

「…やることが沢山あるみたいだね」

「そういうこと」

「でも大丈夫。ボク、ちゃんと一軒家の家事、やってたから」

「…ハウスキーパーでもしてたわけ？」

「ん、そういうこと。だから平気」

「ま、いいわ。それじゃ、暇な時にミサトの家から電話してね。
　興味あるのよね〜。整理されてるミサトの家なんて。
　…無理なようなら、キッパリ断るのよ。人生捨てるのなんてまだ早いんだから」

「う、うん。それじゃ、明日は引越しだから、ミサトさんの家から連絡するね」

「じゃあね」

　いつもと同じようにあっという間にお話もお終い。
　手際良く、テキバキと用件を済ませるのが好きみたい。

　アスカって、いろいろ心配してくれて優しい。
　…でも気のせいか、同じ歳扱いされてないような気がするんだけど。

　ちょっと、アスカの姿を思い出してみる。

　　…あの体型って反則だよね、やっぱり。

　　備え付けの鏡を眺める。

　３年前からまるで成長していない自分の姿をみて…
　初めて…溜息がでた。

作戦部からの上申書も提出され、遂にシンリとレイの同居先が決定。
「人生捨てるの？」とはアスカの言葉だけど、ほんと、よく納得したもので。
次は引越し、そしてミサト宅へ突入。
同居までの話…永かったですね。

ちょっと説明ページを作りました。興味がある方は読んでみてください。
Intersexについて説明はこちら。
エヴァISにおける中性（Intersex）の扱いについて説明はこちら。