第０３話「鳴らない電話」Ｂパート

「この前の戦いでな、わいの妹は大怪我をしたんや」

　暴れる感情を無理やり抑えこもうとするかのように…静かに…
　だが吐き出すようにジャージの少年は告げた。

「「…」」

「顔に傷でも残ってみい、可哀想やろ？」

「…うん」
「…」

　その時は気付かなかったけど、綾波さんはその言葉に困惑してたらしい。

「そいで、ひさしぶりに学校に来てみたら、ロボットの
　パイロットがいるっていうやないか」

「「…」」

「一言、言っておきたくてのぉ」

「「…」」

「もう少し、まともに戦えっちゅうこっちゃ。
　街がほとんど焼け野原になったやないか？
　おまえら、敵からみんなを守るために戦っているんやろ？
　だったらもうちっと、マシな戦い方っちゅうもんがあってもいいはずや」

「…ボクは…そんなつもりで戦ったわけじゃない…」

　静まり返った室内。

「なんやて？」

「…ボクのことを好きだって…大切だって言ってくれる
　人を守るために戦っただけだよ…」

「そりゃ当たり前や。どこが違うっちゅーんや」

「…みんなはボクのこと、好きだって言ってくれないもの。
　大切だって言ってくれないもの。
　…そんな人達のために、命を賭けられるわけ…ない」

「…なら、わいらのためには戦えんちゅーことか？」

　胸倉を掴まれて、引き寄せられてしまう。
　爪先立ちになってしまって苦しい…。

　　でも言わないと。

　言葉にしないと心は通じない。

「…見捨てたりすることはできないけど…
　でも、ボクの命と引き換えに守ろうとまでは今は思えない。
　ボクは…みんな…のためになんて戦えない」

　一言、一言、目を逸らさずにはっきりと告げる。

「さよか。綾波、お前もそーなんか？」

　掴んでいた手を離して、綾波さんに問い掛ける。

　　ケホ、ケホ

　苦しい…。

「…あなたは何を怒っているの？」

　綾波さんもまた冷たい視線を向けて怒っていた。

「妹が傷ついたんや。怒って当然やろーが？」

「…妹さん…生きているんでしょう…なぜ、喜ばないの」

「なにがいいたいんや？」

「…人の命に予備はないわ」

　当たり前の事実。
　けれど、告げられた言葉の重みは教室の音を消した。

　　ピー、ピー

　レイはポケットから携帯端末を取り出した。

『レイ？使徒が太平洋上に出現したわ。
　２Ｆの直通エレベーターですぐこっちにきて』

「了解しました」

　携帯端末をポケットに入れる。

「碇くん、本部に行きましょう」

「…使徒？」

「えぇ」

　先ほどまでと明らかに異なる緊迫した雰囲気に
　トウジとケンスケは気圧されてしまう。

「て、転校生。また、戦いになるっちゅーんか？」

「…うん。だからシェルターに避難したほうがいい。
　シェルターの中にいれば、生き残れる可能性があるから」

　トウジの問いに、静かにシンリが答えた。
　正しく状況を伝えたつもりのようだが、言外に「運が悪ければ死ぬ」と
　告げているせいで、クラスメイト達に緊張が走った。

　　初めて肌で感じる現実…誰も他人事として考えられなくなっていた。

「なぁ碇…」

「何？…えっと…」

「相田ケンスケ。…今回、やばいのか？」

「…第三新東京市は前回と違ってほとんど壊れちゃってる。
　だけど、ボクはあれから、たくさんの訓練を受けている。
　だから、どうなるかわからない」

「碇くん…守秘義務に抵触する内容だわ」

「え？　そうだっけ？」

「…えぇ」

「あの、今の話、忘れてくれる？」

「…はい、忘れますっていえるわけないだろ？
　他の人には言わないよ。それで勘弁してくれないか？」

「多分、それなら大丈夫。…どう思う？」

「情報が漏洩した場合は、処分されるわ」

「言わなければ平気ってこと？」

「…えぇ。そろそろ行かないと」

「うん。それじゃ、皆、ちゃんとシェルターに入っていて。
　外にいたら、爆風に巻き込まれるだけで人なんて
　簡単に死んじゃうから」

　シンリは帽子を持つと、教室から出る前に室内にいる全員に聞こえるように…
　一人一人に言い聞かせるように告げる。

　本当にさっき、周囲に集まったクラスメイトに驚き脅えていた人物なのか？
　輝きを増す紅い瞳に見詰められたクラスメイト達は、印象のあまりの違いに、
　ただ、唖然とするばかり。

「お、おう」

　ジャージの少年…トウジだけがなんとか返事をしたが、それは直前に
　会話をしていたことで、シンリがトウジのことを永く見ていたからに過ぎない。
　それも自発的というよりは言わされた、といった感が強かった。

　シンリはレイと共に屋上へと向かう。
　二人の小さな足音が聞えなくなるまで、教室内の誰一人として
　動くものはなかった。

「二人とも行っちまったな」

　ケンスケはトウジに向かって話し掛けた。
　…だが、その言葉はトウジに、というよりトウジを含めたクラスの
　全員に話し掛けているような印象を受ける。

「…そやな」

　胸倉を掴んで吊り上げた時のシンリの軽さ。
　その時の自分の言葉に震えていた華奢で脆い印象と、
　使徒接近の通信が入ってからの見つめられるだけで
　気圧されてしまう紅い瞳の力強い印象のあまりの落差に
　どこか、心、ココにあらずといった雰囲気である。

「碇、嘘は言わなかったな。その場凌ぎの嘘だって
　言おうと思えば言えたはずなのに」

　ケンスケは全員が自分の発言に注目していることを確認しながら、
　ゆっくりと言葉を選んで話を続ける。

「…やな奴やないか」

「俺は気に入ったけどな。もちろん、見た目が、って意味じゃない。
　トウジ…、お前、会ったばっかりの奴に、”君のためなら死ねる”とか
　言うような奴がいたとして、信用できるか？」

「そんな奴、信用できるわけないやろ。けどな、あそこまで露骨に
　言わんかて、良さそうなもんやないか」

「だから、気に入ったのさ。不器用だし損な性格だとは思うけど。
　相手に嘘を言わず、印象が悪くなるとしても誤魔化さない。
　それに、碇、俺達にシェルターに入っていてくれ、死なないでくれ、って
　あれだけはっきり言ってただろ。
　俺は信用ができて自分に好意を持ってくれる子のことを嫌ったりはしないね」

「…さよか」

　トウジは気持ちの整理がつかないのか、そのまま自分の席に座りこむ。
　ケンスケはデジカメを持って、思い出したように溜息をついた。

「相田君、珍しく写真を撮らせてくれって言わなかったわね」

　ヒカリがケンスケに話し掛ける。

「みんなに囲まれたとき怯えてただろ？　そんなときに頼みにいくほど
　無神経じゃない。もっと、クラスに慣れてからゆっくり頼むつもりさ」

　ケンスケがわざとらしくオーバーアクションを交えてカメラで写す仕草をする。

「…なんだかせっかく感心して損しちゃった気分ね。たまにいいこと
　言ってたと思ったら、ちゃっかり自分の趣味のこと考えてるんだもの」

　ヒカリの声に、クラスメイトの中からも失笑が零れる。
　同時に沈んでいた空気が和んでくる。

「おい、ケンスケ、写真ができたら回してくれよな」

「始めの１枚くらいサービスしろよぉ」

　何人かがおどけて話し掛ける。

「いつもニコニコ、現金払いがモットーさ」


　構内放送が始まった。

『非常警報が発令されました。市民の皆様は速やかに
　シェルターに移動してください』

「ケンスケ、シェルターにいくで」

「…わかった」

今回は短いですけど、ここまで。
妹が怪我をしたことへの怒りをシンリに叩き付けたトウジ。
前途多難か、と思いましたが思ったよりケンスケが動いてくれて
よかった、よかった。

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自分だけだと独り善がりになりがちなので、色々と感想を
戴けると参考になります。

Ｃパートからは、第４使徒シャムシエルｖｓＮＥＲＶの展開です。