第０３話「鳴らない電話」Ｄパート

「シンちゃん、シャムシエルの到着に合わせて射出するわ」

”わかりました。”

　途中、妨害を受けることもなく、第３新東京市にシャムシエルが到着。
　それに合わせて初号機がリニアカタパルトを使って地上に射出された。

　喜

　射出口を通して地下へ伸びる意志…

”駄目！　キミが行くと皆が困るの！”

　精一杯、行って欲しくない、というイメージを思い浮かべる。

　観

　よかった…ボクのほうに意識が向いてくれた…
　後は困るってことがわかってもらわなくっちゃ。
　サードインパクト…使徒…接触…！？


　そこまで考えて、ボクは重大なことに気付いた。

”ミサトさん！”

『どうしたのシンちゃん？　接触、駄目だったの？』

”いえ、それは上手く行ったんですけど、具体的にどうして困るのか、
　どんなイメージを送ればいいのかわからないんです。”

『サードインパクトのイメージ、ジオフロントの…』

　そこまで言ってミサトは致命的な問題に気がついた。
　シンリはもちろん、ミサトすらジオフロントの地下に存在する第１使徒アダムを見たことはない。
　厳重なシールドによりアダムの気配をできるかぎり封鎖している現状では
　ターミナルドグマ下の映像を入手する手段はない。
　また…セカンドインパクトの映像記録も残っていない。
　具体的なデータなしに、明確なイメージ形成など不可能…である。

「リツコ！　ターミナルドグマ下にあるアダムのイメージ画像と、
　国連への説明のときに使ったサードインパクトのイメージ画像を初号機に送信して」

　ミサトはリツコとゲンドウを見詰める。

「それは許可できない。ジオフロント下に位置するアダムのイメージを与えれば
　シャムシエルは接触を優先する可能性がある。
　赤木博士、サードインパクトのイメージ画像だけ送信しろ」

「はい」

「手足を縛った状態で交渉なんてできるわけがありません！」

「ＮＥＲＶの目的はサードインパクトの阻止だ。仮説だけに基づいて危険な賭けに
　でるわけにはいかないのだよ」

　冬月が諭すように告げる。

　　ミサトの気配が危険な色を帯びる。引き締まる眼差し…



”…ミサトさん、どうしたらいいんでしょう？”

　そこに少しだけ焦りの色を含んだシンリからの通信が入った。

　…

　ミサトは目を閉じて深呼吸を行うと、勤めて冷静に口を開いた。

「リツコ、サードインパクトのイメージ映像を送信して」

『シンちゃん、今からサードインパクトの映像を送るから、そのイメージをベースにして、
　それが起きると困る、ってイメージしてみて』

　リツコの指示で、第３新東京市地下でサードインパクトが発生、
　周囲を飲み込む閃光、地殻を吹き飛ばし、高温に熱せられた大気が
　世界中を炎に包み込んでいく様子が伝えられた。

”…これをイメージすればいいんですね…”

　シンリは短く告げると、映像で見た爆発シーンをイメージし始めた。

　観

　しばらく意識の集中を続けるが、シャムシエルの意識に変化はない。

　わからない…違う…爆発するイメージはちゃんと観てる…
　…困るってことがわからないの？

　人々が死んでいるシーンをゆっくり正確にイメージしていく。

　観

　ちゃんとイメージは伝わってる…でも…わからない…？
　意識が変わらない…悲しいことだって、困ることなんだってわからないの？

　今度は…意識的にリツコが死んでしまうシーンをイメージしてみる。
　目の前で倒れこんでいるところを…。

　　冷たくなる身体…触れている手から体温が失われていく…

　　光を失う瞳…ボクを見ても動かず瞬きすらしない闇…

　　血に染まる白衣…広がっていく紅い痕…

　　独りきりになる孤独感…もう誰も見てくれない…

　　心が欠けてしまう喪失感…心が消えていく…

　　心が凍りつく…

　　心が闇に染まる…

「サードチルドレン、精神波に異常発生。体温低下、心拍数異常！
　このままでは生命維持に支障をきたします！」

　マヤの報告が発令所に響く。

「初号機からの影響！？」

「いえ…初号機からのパルス逆流は検出されていません」

「…マヤ…できる限り現状を維持、生命維持限界直前で、
　シンリくんの精神集中を阻害するため電気ショックを実行。
　タイミングを間違えないで…良いわね」

「…了解」

「リツコ、どういうことなの」

「イメージを行うことの影響がでているのよ。意図的な負のイメージ化に
　よる影響で体温低下、心拍数異常、精神波異常がでることはあるわ」

　シンリの閉じられた瞳から涙が流れ落ちるのが見える。

「…」

　直接、砲火を交えなくてもこれもまた戦い。
　発令所に、息苦しい空気が広がっていった。

　観

　…どうしてなの…わからない…？
　死んでしまうこと…大切な人を失うこと…悲しいこと…
　伝わっているはずなのに意識が動かない…なぜ？


　今度はリツコが消えてしまうシーンをイメージする。
　目の前にいるリツコがそのまま薄くなって消えていく様を。

　興

　消えることは理解できるの？

　悲しいこと、困ることをイメージしてみる。
　心の想いのままに。

　観

　…心が動かない…対応する心の欠片がないの？

　死をイメージしてみる。
　みんなが倒れ、動かない様を。

　観

　うごかない…死が理解できない？　知らない？　わからない？

　どうしたらいいのか…答えは思い浮かばなかった。

「ミサト…このままじゃマズイわ」

「…３０分経過…そろそろ限界ということね」

　シンリがエヴァとシンクロを行うと、極度の精神的疲弊が起こり、
　意識を失ってしまうことが何回か観測されている。
　限界はおよそ５０分。その後、１〜２時間は意識が回復しない。



　モニターに映るシンリが突然、糸が切れた人形のように倒れこむ。

「サードチルドレン、意識途絶！　電気ショックを行います」

　マヤの操作でプラグスーツを通して電気ショックが行われ、
　シンリがその都度、ピクッと身体を振るわせる。

「意識、戻りました。依然、精神波の乱れが続いています」

　もう、決断を先送りすることはできなかった。

『シンちゃん！　返事をして！』

　誰か…呼んで…る？

『シンちゃん！　返事をしなさい！』

　誰？

　向

「シャムシエル、侵攻を再開！　時速１０ｋｍの超低速で前進しています」

『シンちゃん！』

　向

　ボクを見ていない心…どこに行くの…射出口…？
　地下…

『シンちゃん！　返事をして！』

　ミサト…さん？

　え…シャムシエルは…？　動いてる…心がボクに向いてない！

　駄目！

　強く、強く、止まるイメージを行う。
　先ほどまで留まっていたシャムシエルのイメージ通りに。

　観

　…よかった…ボクを見てくれた…

『シャムシエル、侵攻を停止』

『サードチルドレン、精神波、正常に戻りました』

『シンちゃん！　答えなさい！』

”…ミサトさん…あの…ボク…どうしてました？”

『３分くらいだけど意識を失っていたわ。今、シャムシエルは停止しているけど
　何があったのか説明して』

”シャムシエルには死や悲しみ、苦しみのイメージがうまく伝わらないみたいです。
　それと、意識が戻ったとき、ボクのほうに心が向いていませんでした。
　止まるイメージを行ったら、ボクのほうに意識を向けて止まってくれました。”

『…どう思う？』

『…以前…シンリくんが起動中の弐号機の心を認識したことがあったわね…。
　それと起動していない零号機の意識が認識できないことからして…
　恐らく、シャムシエルはシンクロして稼動中でないと、エヴァを意識を持った
　他者として認識できないのよ』

『…最悪だわ。シンちゃんの今の状態からして、これ以上、長時間のシンクロは無理。
　シンクロを解除すれば、シャムシエルはエヴァがいなくなったものと判断して侵攻を再開…
　交渉は…手詰まりね』

『マヤ、シンリくんの身体状態からしてあと何分のシンクロが可能か予測して』

『はい…あと１０分が限界です』

『…仕方ない…か。現時点でコンタクトを中断し、シャムシエルの殲滅作戦を行います』

　　…ど、どうして！？

”だって、この子、何もしてないのに、ただ生きてるだけなのに殺すんですか！？”

『シンちゃんも、エヴァとシンクロを続けるのが辛いのは自覚しているでしょう！？
　シンクロ停止した初号機のことを無視してシャムシエルが侵攻を行うことが
　観測されている以上、残りの時間でシャムシエルを殲滅するしかないわ』

”この子、何も悪いことしてないのに…”

　存在しているだけで排除対象になるなんて…どうして…
　…なぜ拒絶するの…何も…悪いこと…してない…のに…

『サードインパクトが起きれば、みんな死んでしまうわ！
　…今は生き残ることだけを考えなさい』

”み…んな…死ぬ？”

『お父さんもリツコもレイも…発令所の皆も、クラスメイトもみんな死んでしまうわ。
　守るために…生きるために…今はそれだけを考えて』

”…この子は…生きていてはいけない…の…存在してちゃいけないの…？”

『…皆が生き残る方法は今はないわ…だからせめて１撃で倒してあげなさい』

”…苦しまない…ように…？”

『そうよ』

　…

　初号機がゆっくりと動き、兵装ビルからソニックグレイブを受け取り静かに構える。
　感情を押し殺し、血のように紅い瞳でミサトを見ると、静かに告げた。

”…作戦の合図を…してください。”

人類初の使徒との交渉は失敗に終わりました。
次回はガリバー作戦発動です。
ミサトさんも気苦労が絶えず、辛い立場ですね。
作戦部長として、家族として…。
でも、それも生き残ってからの話。
人類は生き残るために精一杯、がんばらなくちゃいけません。
シャムシエルは未だ、戦闘能力はまったく見せてませんし。
さてさて、どうなることか…。