第０４話「知る権利」Ｂパート

　プシュー

　玄関には靴は一つもない。
　葛城一尉はシャムシエル戦の事後処理で明日の朝まで
　ＮＥＲＶ内で指揮をしなくてはならない。
　碇くんは怪我の治療をするために入院中。
　だから、この家には誰もいない。

「…ただいま」

　”ここはレイの家なんだから、帰宅したら挨拶しないとね”
　ミサトさんがそういっていたのを思い出して、口にしてみる。

　　返事はない。

　暗い室内。物音一つしない、静かな場所。
　私がみんなより早く帰宅したときと状況は同じ。

　　だけど、何かが違う。

　自室に戻って、淡い青色のワンピースに着替える。

　”食事は生活の基本だから。”
　碇くんが言っていたことを思い出して、夕食を作る。
　最近、覚えたこと。
　圧力釜の使い方、包丁の使い方、調味料の入れ方。
　碇くんに教えてもらったように、ご飯とスープとオムレツを作ってみる。
　卵とだし汁とシャケのフレークを入れただけのシンプルなオムレツ。

　食卓に１人前の料理を盛りつける。

　”んぐ、んぐ、んぐ、ぷはー、この一杯のために生きてる
　　って感じよね〜”

　いつも目の前で嬉しそうにビールを飲むミサトさん。

　”いっつも同じこと、言ってますね、ミサトさんって。”

　”いーじゃないの、好きなんだから。”

　”クワッ”

　いつも交わされる何気ない会話。
　だけど、今は食卓にいるのは私だけ。
　前よりちょっとだけ旨くできたはずの料理がなぜか
　冷めた感じに見える。

　ガチャッ

「！？」

　驚いて、音のしたほうを見てみると、首をキョロキョロと
　振ってペンペンが周囲を見回している。

「クェ？」

「…」

「クェェ？」

「…碇くんとミサトさんは今日は帰ってこないの」

「クワッ」

　ペンペンは、勢いよく飛び上がって食卓の自分の席に
　座って私のほうを見た。

　ペンペンの前には料理がない。

「…今、作るわ」

「クェ」

　ペンペンの視線が冷蔵庫とレンジを行ったり来たり。

「…オムレツでいい？」

「クェ」

　さっきと同じようにオムレツを作る。
　刻んだキャベツとプチトマトも同じように盛りつける。

　私が食卓に料理を置くと、ペンペンが催促の仕草をする。

　…

「…いただきます」

「クェ」

　私の言葉にペンペンが応えて静かな食事の時間が始まる。
　食器と箸があたる微かな音、ペンペンのかぎ爪が皿に
　当たる音だけの静かな時間。

　さっきと同じ料理。冷めていて少し美味しさが減った料理。

　　だけど、さっきとは違う。

　目の前で温かいオムレツを相手にかぎ爪とくちばしで
　勝負を挑んでいるペンペン。
　ペンペンがオムレツを飲み込むたびに、なんだか目の前の
　料理が美味しくなっていく感じがする。

　　食卓から料理がなくなる。

「…ごちそうさま」

「クェ」

　いつもの言葉。
　答えてくれる相手がいると心が温かくなる言葉。

　少しだけの食器はすぐ洗い終わる。
　いつものように、お風呂の湯を沸かす。

　空いた時間はリビングで何をするでもなく座っている。
　目の前に置いてある携帯端末の時刻表示の進み方が
　今日は遅く感じる。

「…クェ？」

「お風呂はまだ沸いていないわ」

「…」

　ペタ、ペタ、ペタ

　私が見ていると、洗面所からペンペンがいつも使っている
　お風呂セットを抱えて戻ってきた。

「…最初に入りたいの？」

「…クゥ」

　ペタ、ペタ、ポン

　お風呂セットを脇に置いて、膝の上にペンペンが座り込む。

「…一緒に入るの？」

「クェ」

　最近、わかったこと。
　ペンペンはお風呂の時間になると、リビングにいる誰かの
　膝の上に座ることがある。
　それは一緒に入ろう、という誘いの仕草。
　不思議なことにミサトさんの膝の上に座ったことを
　見たことはない。

　”ペンペン〜、たーまには私のとこにも来なさいよ”

　　ビールを持ったミサトさんが、おいでおいでと手を振る。

　”…クェッ”

　　プイッと横を向いて、碇くんに体を擦り寄せる。

　”ほほぉ、あんたは長年、一緒に生活してきた恩に
　　そーいう態度で答えるわけね！”

　”クェッ、クェッ”

　　かぎ爪を開いて、ニギニギ。

　”こーの馬鹿ペンギン、作戦本部長の私に喧嘩を
　　売ろうってーの！？”

　”クェェェェェェェェ、クェ、クェ”

　　なぜか、わざとらしい鳴き声をあげて、ペタペタと
　　室内を逃げ回るペンペン。
　　チョコマカと走り回るペンペンに翻弄されて、クッションに
　　脚を滑らせたり、テーブルに体をぶつけたりと、
　　いいように遊ばれるミサトさん。

　”また始まっちゃったね。”

　”…えぇ。”

　昨日も起きたミサトさんとペンペンの追い駆けっこを
　思い出して室内を見てみる。
　後で碇くんと直したから騒動の跡は残っていない。

　　今日は静か。


　　ピッ、ピッ、ピッ

　湯が適温になったことを報せるタイマーが鳴る。

「…行きましょう」

「クェ」





　お風呂からあがって、火照った体を休ませるために
　しばらくの間、いつものようにリビングで休む。

「クェ」

　しばらくして、ペンペンが声をかけてきた。

「…何？」

　ペタペタと歩いていき、冷蔵庫の前まで行くとまた一声。

「クェ」

　…私の言葉を待っているペンペン。
　そう…もうそんな時間なのね。

「…お休みなさい」

「クェ」

　パタン

　冷蔵庫にペンペンが戻り、室内が静かになる。

　自分の部屋に戻り、布団を敷いて横になってみる…。

　　…

　眠れない…なぜ？
　さっきまでペンペンと一緒にいたときは忘れていた感覚。
　周囲の暗さが私の心まで暗く閉ざしていく感じ。

　　…

　枕と毛布を持って、そっとリビングに戻る。
　試しに横になってみると、自分の部屋よりはいい感じ。

「…お休みなさい」

　誰に言うわけでもなく、そっと呟く。
　
　　ここなら眠れそう…

　月明かりだけがそっと室内を照らしていた。





　ピー、ピー、ピー

　浅い眠りだったのか、すぐに目を覚ますと、テーブルの上に
　置いてあった携帯端末のスイッチを入れる。

『遅っそーい！　いつまで待たせるのよ！』

　静かだった室内に元気な少女の声が響く。

　…弐号機パイロット

「…何？」

　レイはいつものように答えたつもりだった。

『ファースト、私と話をするのがそーんなにイヤなの！？
　露骨に残念そうな顔をしちゃってさー』

「…そう？　わからない」

　レイの僅かな声の違いに何か気がついたのか、ジィィィと
　レイのことを見つめるアスカ。

『…ちょっと画面が小さくてわかりづらいけど、
　もしかして泣いてたの？　目が赤いわよ』

「私の瞳は元々、紅い色よ」

『だ・か・ら・そーじゃなくって、充血して赤くなってんじゃないか、って
　言ってんのよ！』

「…わからない」

『とにかく、状況を教えなさいよ！』

「…？」

『使徒と戦ったんでしょう？　どうなったのか教えなさい』

「…碇くんがいないの」

『へ？　行方不明ってこと？』

「入院中」

『どーしてシンリが入院すんのよ！』

「初号機からのフィードバックでエヴァと同一部位が損傷した、と
　葛城一尉が言っていたわ」

『サキエル戦の報告にあったとおり…か。で、大丈夫なんでしょ？』

「…命に別状はない、と言ってた」

『…ファースト、あんた、明日にでもシンリのお見舞いに行きなさい。
　で、状況を確認して私に報告すること。いいわね！？』

「…それは命令？」

『あのね〜、私とファーストは同じ階級なのに命令なんてできるわけが
　ないでしょ？』

「命令じゃない？」

『お願い、よ』

「…お見舞い…碇くんに問題がないか、聞けばいいのね？」

『…一応、念のために確認するけど、まさかシンリに「問題ない？」とか
　一言聞いてお終い、なんてつもりじゃないでしょうね？』

「…？　違うの？」

『どーこの誰がそんな見舞いなんてすんのよ！？』

「碇司令」

『…冗談よね？　それって』

「…？　いいえ」

『……ま、いいわ。ファーストはどう考えてんの？
　シンリの状態が気にならない？』

「…気になる」

『何か不自由なら手伝おうと思わない？』

「…思う」

『一人で病室にいたら寂しいだろうって思わない？』

「…？　それはいつものことだわ」

『お見舞いに手ぶらで行ったりしないわよね？』

「…？　何か持っていくの？」

『花とか果物とかＣＤとか相手がもらうと嬉しい、って思えるような
　ものを持っていくのよ？　普通は』

「…もらったこと…ない」

『…』

　アスカが苦虫を潰したような表情をする。

「…？」

『…とにかく明日、ファーストはシンリの病室に行って様子を
　見てきて』

　コクンと頷くレイ。

『そーいえば、ミサトはどーしてんのよ？』

「仕事で徹夜」

『で、ファーストは自宅で誰もいなくて寂しい、寂しいって
　泣いてたわけ？』

　ちょっとからかい気味の口調で話すアスカ。

「…わからない」
『何がわからないのよ？』

「ここで生活する前と同じように一人でいるだけなのに、
　部屋の中を見てると、暗い感じがする。
　…寒くないのに寒い感覚…
　ペンペンが一緒にいると少しだけ温かい…。
　私は病気なのかもしれない…」

『それが寂しいってことじゃなくて何だっていうのよ』

「…これが寂しい…そう…私…
　寂しいのね…」

　自分の心を確認するように、ぽつり、ぽつりと答えるレイの
　態度にばつが悪そうな顔をするアスカ。

『…ファースト、あんたも寂しいなら、一人で話もしないで
　いるなんてことしてちゃ駄目よ。誰かと話をするとか、
　テレビを見るとか、何か別のことをして気を紛らわせる
　ようにしなくちゃ落ち込むだけでしょ？
　で、誰か話し相手はいないの？』

「碇くんは入院中」

『それは聞いたわ』

「葛城一尉は仕事で徹夜」

『それも聞いたわ』

「ペンペンは冷蔵庫で寝てる」

『夜なんだもん当然ね』

「だからいないの」

『他に話をする相手っていないわけ？』

　こくんと頷くレイ。

『…碇司令は？　ファーストってお気に入りなんでしょ？』

　レイについて知っている数少ない情報の一つを頼りに聞いてみる。

「碇司令とは仕事の話以外はしたことがない」

『…そ、そーなの？』

　音を立てて崩れ落ちていく”零号機パイロット像”に
　しばし唖然としているアスカ。

「…えぇ」

『だったら、私に連絡しなさい。私だって話くらい付き合って
　あげるんだから、遠慮するんじゃないわよ』

「…会話が続かないからメールにしようって
　言ったのは二号機パイロットだわ」

　葛城宅にレイとシンリが引っ越して来たあと、アスカはレイに対しても
　ビジフォンで話をしたのだが会話が続かず、互いにメールの交換を
　することをアスカが言い出した、という経緯がある。

『人の揚げ足取るんじゃないの！
　とにかく、話ぐらい付き合ってあげるから、一人で
　落ち込むのは無し。いいわね！？
　優しい私が出血大サービスで言ってあげてるんだから
　ＹＥＳ以外は認めないわよ』

　ちょっとそっぽを向いて話すアスカ。

「…二号機パイロットが優しい？」
『何よ、不満があるってーの？』

「…いいえ」

『よ、アスカ。誰と話してるんだ？　また、シンリちゃんとか？』

『違うわよ、加持さん。ファーストよ、ファースト』

『綾波レイちゃん？　そっか。ま、まだ出航までしばらく時間はある。
　ゆっくり話していてもいいさ』

　軽く手を振って去って行く不精髭を生やした男の人が映る。

『それじゃまたね、加持さん…っと、別の話をしていてこっちの用事を
　忘れるところだったわ。ね、ファースト、私の服装見て、何か気がついた
　ことはない？』

　黄色のワンピースに白いジャケットというシンプルだけど洒落た服装。
　丁寧に手入れされた金髪が微風に吹かれて涼しげな雰囲気を受ける。
　ここにケンスケあたりがいれば、感激のあまり言葉を発する前に
　撮影を開始しているところだろうが、見ているのはレイであった。

「…私服を着ている」

『…他に気がついたことはないの？』

　ココロなしか、携帯端末から聞こえるアスカの声に落胆の色が伺える。

「外にいるわ」

『…周りの風景を見せてあげるから、もうちょっと
　気が利いたコメントを言いなさい』

　携帯端末を持ったアスカがゆっくり、一回転する。
　アスカが立っているのは、大型タンカーの甲板。
　先ほど弐号機を搬入し終わったばかりで、まだ
　覆いはかけられていない。
　遠くには、ＵＮ軍太平洋艦隊の艦艇がたくさん停泊している。

「港にいるのね」

『だ・か・ら・どーしてそこでコメントが終わるわけ！？』

「…？」

『ＮＥＲＶの、いえ、全世界の期待を一身に受けた弐号機と
　私がやっとドイツから日本に向けて出航しようってところなのよ？
　”あぁ、アスカ様、早く来て私達を助けてください”っとか、
　”出発の挨拶をしてくれるなんて、やさしいのね”っとか、
　”到着はいつなの？　早く会いたいわ”っとか、
　”船旅、気をつけてね”っとか、
　言うべきことは色々あるでしょう？』

「…そう？」

『そーなの』

「…こんなとき、何ていえばいいのかわからないの」

『心に浮かんだ言葉を正直に言えばいーのよ。
　素直に簡潔に、できれば相手の気持ちを考えて』

「…早く来てほしい」

『理由は何かあんの？』

「…碇くんに怪我をして欲しくない」

『あっそ』

「それと、弐号機パイロットに近くにいて欲しい」

『へ？』

「話をしていると心が暖かくなる…距離が近いともっと暖かい、
　そうミサトさんが言っていたわ」

　ボフッと音がするほど急激にアスカの顔が赤く染まる。

『…一つ聞いていい？』

「…何？」

『今、酔ってる？』

「？　お酒を飲んだことはないわ」

『素面ってこと？』

「？」

『…いい。一つだけお願いがあるわ』

「…何？」

『そーいう恥ずかしい台詞は時と場合を考えて言って。
　もー、こっちだって心の準備ってもんがあるんだから…』

「恥ずかしい？」

『そーよ』

「弐号機パイロットは心に浮かんだことを正直に言え、と言ったわ。
　心に浮かんだことを正直に言うのは恥ずかしいこと？」

　至極まじめに問い掛けるレイにアスカもどう答えていいか
　返答に困る。

『もー、いいわ。ファーストがどういう子なのか、なんとなく
　わかったから』

「…そう？」

『そうなの、この話題はこれでお終い。いいわね』

　コクンと頷くレイ。

『で、どう？　人と話をしてれば少しは気が紛れるんじゃない？』

「…そう…そうね」

『たっぷり時間はあるんだから、今日はみっちり付き合って
　あげるわ。まずは…』

　威勢良く始まったアスカの話に、ジッと聞いているレイ。
　二人の会話はまだ始まったばかりのようである。

ミサト　「ちょっと、私の出番は！？」
ＹＯＫＯ「レイの回想シーンでちょっとだけ」
ミサト　「帰宅したあと、リビングで寝ているレイを見つけて〜、って
　　　　　シーンはどーしたのよ！」
ＹＯＫＯ「キリがよかったんで、Ｃパートにしました」
ミサト　「それにぃ、なによ、いきなり加持が登場していてぇ。
　　　　　あいつがくるなんて、聞いていないわよ？」
ＹＯＫＯ「予想してしかるべきだったわ、とか後で言うんですね」
ミサト　「ふっ」
ＹＯＫＯ「なんか余裕って感じですね」
ミサト　「だって、今の感じならレイが教えてくれるわよ？」
ＹＯＫＯ「知ってどうするんです？」
ミサト　「う…」
ＹＯＫＯ「出会いが先に延ばせるわけでも回避できるわけでもなし。
　　　　　今のうちに覚悟しておくことですね、ミサトさん」
ミサト　「悪夢だわ…」

　ミサトはよろよろと危なげな足取りで去って行った。

ＹＯＫＯ「さて、今回はアスカとレイの交流も深まったし、順調、順調」
アスカ　「…話疲れて喉が痛いわ」
ＹＯＫＯ「お疲れ様。　随分、原作と違う雰囲気になったね」
アスカ　「私をいったいなんだと思ってんの？　これだけ状況が
　　　　　違うのに、”あなたがファーストチルドレンね、仲良くしましょ”
　　　　　なーんて態度を取るわけないでしょ！？」
ＹＯＫＯ「三つ子の魂、百までとか言うけど」
アスカ　「いーい？　まず原作のほうの状況をざっと説明するわよ。

　　　　　　１．加持以外の人物と接点がない状態で単身、日本にきた。
　　　　　　　　　※ミサトとは若干、交流があったけど。
　　　　　　２．他のチルドレンのことは戦闘データくらいしか知らない。
　　　　　　３．ファーストチルドレンはたいした成果もないのに、
　　　　　　　　碇司令のお気に入りって噂を聞いてる。
　　　　　　４．ファーストって人形みたいで、何考えているかわからない。
　　　　　　　　　※最初に会ったときのイメージ。

　　　　　　…と、ここまではいいわね」
ＹＯＫＯ「なんとも酷い扱いだね〜。心の拠所である加持もあまり
　　　　　アスカの近くにいてくれないから、不安だろーし」
アスカ　「まぁ…ね。で、今回の状況は次のとおりよ。

　　　　　　１．他チルドレンとの交流が活発である。
　　　　　　２．レイが始めから精神的に弱いところ、他の人からまともに
　　　　　　　　扱われていないこと、常識が疎いことなどを見せている。

　　　　　　どう？　全然、違うでしょ？」
ＹＯＫＯ「これでレイに敵対心を燃やすようなら鬼だね」
アスカ　「…ハッキリ言うわね」
ＹＯＫＯ「今の心境は？」
アスカ　「大きな妹がいきなり二人増えたって感じかな…」
ＹＯＫＯ「子分が二人の間違いじゃない？」

　ボケ

アスカ　「一言多いのよ！」
ＹＯＫＯ「…手が早いのは全然、変わってない〜。（T_T）」
アスカ　「変なことをいうほうが悪いんでしょ！　私だって別に好きで
　　　　　叩いてるわけじゃないのよ？」
ＹＯＫＯ「嘘付きは泥棒の…」

　ボカ、ドカ、ズガァァァァン

ＹＯＫＯ「ひ、ひど…い。（T_T）」
アスカ　「口は災いの元とはよく言ったものね。
　　　　　　さ、Cパートをさっさと書くのよ、YOKO」

　…返事はない。ただの屍のようだ。

アスカ　「ほんとに屍になりたい？」

　シャキーン

ＹＯＫＯ「書きます、書きます、書かせてください、アスカさん♪」
アスカ　「なんだか、先行きが心配だわ…」