作戦部の下準備はこれでお終い。
次回から、「ヤシマ作戦」スタートです。
結局、全ての副作用は無視して、”グングニルの槍”も使うことになりました。
検討した結果、なんとか「痛過ぎる」展開は回避できそう…。（＾＾；）
「痛い」のは間違いないのが、ちと困ったところです。
「 で、シンちゃんの容態は？」
「心身衰弱のため、意識不明です。緊急時ということで、
医療ポッドを使用していますがエヴァ搭乗には、
あと、２４時間は耐えられません」
遺伝子レベルの代謝速度加速によって、治療を行う医療ポッドは、先文明の超技術を
駆使するNERVでも、最近、導入されたばかりの新しい治療器具である。
通常の数倍、場合によっては数百倍にまで加速することが可能という優れものだが、
代謝速度の加速が症状の悪化に繋がることもあるため、極めて慎重に適用される
必要のある諸刃の剣と言えた。
感染症などを防止するため、治療中の被験者は完全に密閉された無菌状態の入れ物
…医療ポッド内に隔離される。
今もシンリは、医療ポッドの中で治療を受けていた。
「ラミエルの行動は変化なし？」
「はい。ポイント零をボーリングマシンで掘削中です。現在の速度から換算すると、
あと２５時間で合計２２層の装甲隔壁全てを貫通し、ジオフロントに侵入します」
「…思ったより時間があるわね」
「確かに貫通までの時間はあるわね」
掘削を開始したラミエルの行動パターンを推測するために、まずは湖側から
エヴァ１／１スケールのダミーバルーンを無人ボードで牽引して接近させたが、
銃を構えるモーションが行われても、一切の変化なし。
ダメージにならないから問題ないだろうということで、独１２式自走臼砲による
レーザー砲撃も実施したがこれもやはりA.T.フィールドの展開すら行われず、
反応を引き出すことはできなかった。
「作戦部のシミュレート結果では、エヴァによる近接戦闘前に加粒子砲の砲撃を受けてしまう。
加速された粒子の衝撃があるせいで、砲撃を受けたエヴァはその場から前進することは不可能。
下手をすると体勢を崩されて、盾を構えることもできずに一方的に攻撃を受け続ける可能性すらある…
とてもじゃないけど、まともに戦える相手じゃないわ」
「誘導火砲、爆撃による攻撃はまったく効果がありませんでした。ラミエルが攻撃を受けたと
判断して反撃してこなかったのは幸いでしたが」
ジオフロント内への加粒子砲による砲撃が開始された直後から、ミサトが停止命令を出すまでの
５秒間に、周囲に展開していたUN軍、兵装ビルから行われた総攻撃は、ミサイル、火砲、爆撃、と
既存兵力による惜しみない全力攻撃であった…のだがラミエルはその攻撃に対してまったく
反応すらしない、という寒い状態である。
「攻守に渡ってほぼ完璧の無敵空中要塞ってところね」
「白旗でも挙げますか？」
おどけた表情で告げる日向の目からはまだ、希望の光は失われてはいない。
「ナイス、アイデア。だけど、その前にちょっちやりたいことが残っているの」
「超遠距離からの狙撃か？」
「はい。高エネルギー集束体により、使徒の外部展開されるA.T.フィールドごと一点突破し、
コアを破壊します」
「勝算はどれくらいあるのかね？」
「勝率は８．７％。MAGIに試算させた中でもっとも高い数値です」
ミサトは自信たっぷりに言い放つが、その内容はかなり寒い。
「先ほど指揮権を渡した"グングニルの槍"、"SOL"を使っても勝率は高まらない、ということか？」
「その"グングニルの槍"ですが、現状で使用するのはいささか危険です。もし、使徒が移動し、
A.T.フィールドの影響圏外に着弾した場合、与えられたマッハ２５以上の運動エネルギーが
熱エネルギーに変換され、第３新東京市は余波で、ジオフロントは、セントラルドグマの
重閉鎖区域以外は壊滅的な被害を受けます。
つまり、"グングニルの槍"は使徒に必ず着弾させねばならず、超高速移動による衝撃波の影響力を
最小限に抑えるためには垂直落下させる以外になく、その破壊力がA.T.フィールドの影響力によって
削減されなくてはなりません。
また、"SOL"は所詮、小型核分裂炉を使用したレーザー砲台であり、サキエル、シャムシェルタイプの
使徒であればともかく、その能力を砲撃と防御にのみ割り振っている遠距離射撃戦に特化した
ラミエル相手では効果はありません」
ミサト達、作戦部はラミエルのこれまでの移動能力、加粒子砲の持続発射能力、恒常展開されている
A.T.フィールドの強度からある程度のラミエルの特性を絞り込んでいた。
S2機関が無限にエネルギーを供給するといっても、それは燃料補給なしに常識外の
出力を発揮し続ける、というだけであり、使徒が一度に供給できるエネルギー量は限りがある。
それが移動、攻撃、防御、索敵、再生などに転用される以上、それぞれの能力にも限界があり、
そこから能力を絞り込むことは可能なのである。
無論、現在の作戦部の分析の根拠は、サキエル、シャムシェルが実際に行使した機能と、
外部展開されたA.T.フィールドの観測結果に基づくものであり、"ラミエル"が現在、行っているような
ボーリングマシンの生成と使用、のような機能増幅については、その目的が不明である以上、
推測の粋をでるものではない。
「葛城一尉…危険は覚悟の上だ。
"グングニルの槍"…使う方向で作戦を検討できないか」
ゲンドウの低い声が静かに響く。
「…理由を教えてください。私は軍事屋に過ぎません。政治的な効果については、素人同然であり、
その効果を判断できません。しかし、必要とあればその作戦を選択する準備はあります」
ミサトがディスプレイの操作を行うと、"グングニルの槍"も行使した場合の作戦プランが表示される。
"ラミエル"の移動の有無、外部展開型A.T.フィールドの有無によって状況は大幅に変更を受け、
バクチ的要素が強くなってしまう上に、使徒が"グングニルの槍"を受け止めてくれることが前提となるため、
何らかの手段で、"ラミエル"を足止めする必要があった。…無論、そのための方法も検討されてはいるが、
ミサトも、そして作戦部も、その方法だけは回避したい、と感じていた。
「…ラミエルは恐らく君達の作戦通り、その場に留まるだろう。
"グングニルの槍"の性能は実際に把握しておかなくてはならん。攻守、どちらを考える上でも必要不可欠だ。
我々は最悪の事態に常に備えておく必要がある…。
…そういうことだ」
ゲンドウの静かな口調に込められた意味に、ミサトは背筋が一瞬、凍りついた。
指令室に重い空気が漂う。
凍りついた状況に、冬月が助け舟を出した。
「葛城一尉、エヴァが使徒を撃破しうる唯一の兵器である、という論拠の一角が崩れるが、
それについてはどう考えているのかね？」
答えやすい話題が振られたおかげで、場が動き始める。
「今回、ラミエルが外部展開するものと予想されるA.T.フィールドを貫くのに必要なエネルギー量は
最低でも一億８千万キロワット以上であり、このような大出力兵器を使徒の進行にあわせて柔軟に
運用しうる兵器システムはエヴァ以外にありません。
確かに固定火器として設置すれば使用することも可能ですが、使徒の進行方向、高度、速度が一切、
不明である以上、その仮定は無意味です。
また、大型戦艦クラスの艦艇に陽電子砲を搭載したとしても、供給エネルギーの総量が２桁も足りません。
以上の理由から、エヴァの有用性は失われるものではなく、逆に高まると判断できます」
ミサトは作戦部で何度もシミュレートした結果を思い出した。今回の狙撃で使用する予定の
陽電子ライフルは、極小とはいえ質量のある陽電子をほぼ光速にまで加速して撃ちだす、
という常識外れの武器である。
真空チャンバーの中に保持された大量の陽電子は、光速にまで到達する運動エネルギーと、
対象物質と陽電子が対消滅することによる膨大なエネルギーの放出で対象を破壊する。
質量のある物質を前方に撃ち出す以上、後方…つまりライフルには、撃ち出した際の
エネルギーに等しい反動が生まれる。
その文字通り桁違いの反動を保持できるのは、物理現象に影響力を行使しうるエヴァだけなのである。
もし、エヴァサイズの機動兵器…諜報部が集めたところによると、日本重工が主催となって建造している
J・Aという巨大人型兵器があるが、それが陽電子ライフルを撃った場合、反動を保持できないために命中率が
算出できないほど低下し、J・Aも腕部が付け根からもげてしまう、という寒い結果になることは判明している。
「ならば問題はない、ということになるな」
「エヴァの有用性という意味ではそうですが、ラミエルを足止めする方法が今回成功したとしても、
後の悪影響を考慮すると、作戦部としては選択できません」
そう告げたミサトをゲンドウの冷徹な視線が射抜いた。
「葛城一尉、ラミエルの足止めができた場合の作戦成功率は何％だ？」
「…８６．３％です」
「ならば、議論の余地はない。最も高い成功率の作戦を行いたまえ」
普段とまったく変わらない口調のまま、ゲンドウの声が方針を告げた。
「葛城くん、どんな悪影響があったとしても、サード・インパクトが起きることを防ぐためには、
甘んじてそれを受けるしかない。…どんな悪影響があろうとも、だ」
表面上、変化のない表情のまま冬月が告げる。
だが、相手の気配を暗闇でも把握できる"闇姫"ミサトが
冬月の気配の変化を捉え損ねることはない。
ミサトの視線がゲンドウを捉えるが、いつもの腕を組んだポーズと赤いサングラス越しでは、
その変化はわからない。感じられるのは、冷徹に状況を見据え、駒を動かす棋士のように
感情の見えない乾いた気配だけである。
「…上には私が話を通しておこう。
君は戦自に行き、陽電子砲を接収してきたまえ」
略式の敬礼を行い去っていくミサトを見ながら、二人は目の前の計画書に疲れた視線を落とした。
ラミエルをその場にとどめるための手段は、簡潔に文章が１行だけ記述されている。
そこには、「サードチルドレンの意思疎通による行動の抑止」とだけ書かれていた。
「以上の理由により、陽電子砲はNERVが接収いたします。
あ、可能な限り、原型をとどめて返却しますので」
ミサトが"徴発礼状"を見せると、戦略自衛隊の技術仕官は予想外の笑みを浮かべた。
「それはかまいません。使徒撃退は至上命令ですから。
しかし、それをどうやってお使いになるつもりです？ NERVが常識外の技術をお持ちでも、
我々の開発した陽電子砲の特性を把握した上で、人型決戦兵器の手持ち武器用として
組みなおすのは、いささか時間がかかると思いますが」
人のよさそうな視線とは裏腹に、不敵な笑みがNERVの窮状を正確に捉えていることを
雄弁に物語っている。
「…なにがおっしゃりたいのです？」
「我々、戦略自衛隊の陽電子砲開発チームも御一緒させていただきますよ。
お代は、陽電子砲の組み直し時の、技術者同士の交流だけで結構」
「…ご協力、感謝します」
「私にも娘がいてね…小さな子供を戦場に立たせなくてはならない実状は我慢がならなかったところです。
確かにあなた達と我々の間には様々な溝がありますが、今、この場だけは我々も感謝させていただきたい。
我々に対使徒戦闘に参加する機会を与えてくれたことを」
技術屋としての外見の裏に隠れていた父親の顔が現れ、淡々とした姿勢に人間味が加わる。
「…はい」
自然な笑みで感謝の態度を表す相手に、ミサトはただ、短くそれに答えた。
NERV本部では、日向が他組織との連携行動のための交渉と作戦部への指示に、
青葉は、日本全国の送電網の確保と実際の送電テストに追われていた。
『日向くん、そっちの準備はどう？』
「四国、九州の送電線接続が遅れていますが、なんとかジオフロント侵入前には、
準備完了します」
『青葉くん、UN軍との打ち合わせは終わった？』
「はい。"グングニルの槍"投下を考慮した軍の配備、双方向通信網の設置は
あと２時間程度で完了します」
『じゃ、問題なし、ね。こっちは、陽電子砲の接収完了、ついでに開発チームも
そっちにいくことになったから、受け入れ準備よろしく』
「葛城さん、いいんですか？」
日向の問いも当然と言える。ＮＥＲＶは日本国内にありながら治外法権を盾に日本政府の管理外に
あり、戦略自衛隊とは表面上は協力体制にありながらも、水面下では熾烈な情報戦を行う有様である。
まさに犬猿の仲と言える状態であり、普段であれば彼らをジオフロント内に入れるなど論外である。
「人の好意は受けられるときは、受けといたほうがいいのよ。
彼らだって得るものは持って帰るだろうし。
それに今回の作戦は、歴史に残る第一歩かもしれないじゃない？」
「歴史に残る？」
「NERV、UN軍、戦略自衛隊、３つの組織が共同で行動を起こす画期的な出来事。
そう後世の歴史書に書かれるかもしれない…それはそれで面白でしょ」
「…はぁ」
レーザー通信による回線網の維持により、ヘリで移動する戦自の技術者達と、NERV技術部の
交流はスムーズに進み、陽電子砲の到着と同時に、解体、改造が速やかに始められた。
それは互いに得るものの多い有意義な交流であったが、使徒到来という外的要因によって
行われたものであっただけに、関係者の想いも複雑なものがあった。
雨の降る夜…見知らぬ街…第三新東京市を歩いていたとき、警察官の人に呼び止められた。
傘をささずに…そんなものは持ってこなかったから…いたのが不審に思われたのかもしれない。
濡れた体を拭いてもらい、婦警さんに保護者の名前を聞かれた。
…ボクはそのとき、父さんの名前を…「碇ゲンドウ」とだけ告げた。
結局、父さんは来てくれなかった…そのときアメリカにいた、とは後から知った。
交番に泊めてもらい、翌朝、見たことのない女の人がボクを迎えにきた。
染めていた髪を元に戻したばかりだったのか、少し茶色かかった髪をした少しきつい感じがする人。
赤木リツコ、と名乗ったその女性は、無言のままボクを抱きしめてくれた。
父さんに置き去りにされてから、そんなことをしてくれたのはリツコさんが始めてだった。
撫でてくれる柔らかい手の感触が心地よくて、顔をそちらに向ける。
「…」
目が醒めて、ぼぉ〜っとしたまま、横を向くと、綾波さんがボクのことを見てくれていた。
「…ここは？」
「ジオフロント内の病院よ」
「…ラミエルはどうなったの？」
「ボーリングマシンで穿孔してジオフロントへの侵攻をしようとしているわ。
あと、１時間で、出撃…ごはん…食べる？」
「…ラミエル…止めてくれなかったんだ…」
「碇くんがお願いしてからは加粒子砲の攻撃は一度もしていない。
…交渉の余地はある、とミサトさんは言っていたわ」
切々と言葉を紡ぐ綾波さん。…そんなにボク、悲しい顔をしていたのかな。
「じゃ、がんばらなくちゃ。ご飯、食べるよ」
「持ってくるわ。…その間に着替えてね。これ、着替え」
ぱさっ、とビニールに包まれたプラグスーツを置いて、綾波さんが出ていった。
「…着替え、か」
バランスを崩さないように体を起こすと、かけられていた毛布が滑り落ちる感触を
肌に感じる。
肌？
外気に直接、さらされた身体が少し肌寒い。
「…ありがと…綾波さん」
静かな室内に、ビニールを破る音だけが響く。
綾波さんの扉をノックする音が聞こえたのはそれから１０分後だった。
作戦部の下準備はこれでお終い。
次回から、「ヤシマ作戦」スタートです。
結局、全ての副作用は無視して、”グングニルの槍”も使うことになりました。
検討した結果、なんとか「痛過ぎる」展開は回避できそう…。（＾＾；）
「痛い」のは間違いないのが、ちと困ったところです。