第０７話「人の造りしモノ」Ｅパート

『エヴァ零号機、ドッキング・アウト！』

　クン

　僅かな衝撃と共に、ガイドレールを滑って、零号機は高度２万メートルの空で
　切り離され、自由落下を開始し始めた。

”質量波センサー作動開始…”

　…ジェット・アロン…戦闘モードで暴走している対使徒戦用ロボット。

　重力の力だけに身を委ね、零号機は左肩の補助アームに大型シールドの
　保持を任せて、スナイパーライフルの質量波センサーと零号機の単眼を
　リンクさせると、狙撃姿勢のまま静かに１００ｋｍ以上離れた地点へと意識を集中する。

　アレが碇くんがいる会場…。

　撃ち出す弾が逸れないように、当たるようにと願いを込めて引き金を引く。

　ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン

　スナイパーライフルがレールガン特有の甲高い大気を撃ち破る発砲音が
　立て続けに響き、パレットガンの数倍の速度で弾丸が撃ち出される。
　それは、レイの願いが届いたのか、ほとんど空気の流れの影響を受けずに
　全てが正確に飛翔し、歩行を続けていたジェット・アロンの機体各所へと
　着弾し、機体を大きく揺らがせることに成功した。





「零号機、発砲を確認。予定通り、シールドによる防御姿勢に移行しました」

「Ｊ・Ａの反応は！？」

「長距離レーダー波が零号機を捕らえました。
　測定用レーザーの照射を確認。
　砲撃、開始します！」

『攻撃衛星ＳＯＬの軌道補正並びにエネルギー充填完了』

『全システム、予定通り、ＭＡＧＩの制御下へ』

　オペレータの声と同時に、全システムの制御がオペレータ優先からＭＡＧＩ優先の
　モードへと変り、広域監視システムが、超長距離射撃の姿勢へと変るために
　ジェット・アロンの動きが緩やかになる様を刻々と表示する。

　そして、自由落下中の零号機を捕らえると、蛇腹式の両腕で固定されたレーザー
　ライフルから、赤く細いレーザー光が衝突する大気を瞬時にプラズマ化させながら
　空気の層を膨大な出力で突き破って放たれた。

『零号機への着弾が始まりました。
　自由落下中の零号機を完全に追尾、６０秒で盾を貫通されます』

『ジェット・アロン、完全停止状態です。
　攻撃衛星ＳＯＬ、狙撃可能まで後、２０秒』

　腕組みをしたまま画面を見つめる日向。
　最初にジェット・アロンの状態を聞いただけで、無言のまま予定通りに
　進むジェット･アロン撃破作戦をただ、黙って見ている。

「全て予定通り…やるじゃないか」

「…相手の性能もある程度の行動パターンも予測できる。
　人間が作ったモノだから、今回は楽なモノさ。
　姿を晒した狙撃兵を撃破するのは、装備さえあれば簡単な話だろ」

「その割には、戦自の陸上軽巡洋艦、トライデントだったか？
　３隻とも、呆気なくやられたじゃないか」

　青葉の問いに日向は軽く笑顔で応える。

「だから言っただろ、”装備さえあれば”、と」

　二人が緊張を解すための会話を続ける間に、ＭＡＧＩによる補正が終わり、
　攻撃衛星ＳＯＬが設計された通りに、絞りこまれたレーザーを１秒間照射する。
　超長距離の零号機を追尾砲撃し続けるために、機体の挙動を完全に静止
　状態にしていたジェット･アロンの大型レーザーライフルに、天空から
　レーザーの光が降り注ぎ、本体とライフルを繋ぐケーブルが
　解け落ちた。

　同時に大型レーザーライフルから放たれていた輝きも消える。

『レーザーライフルの無効化を確認。
　作戦、第二ステージへ移行します』

『リニアトレイン、全システム問題ありません。
　旧東京方面のルート、全装甲隔壁をオープンします』

　地下を貫くリニアトレイン。
　エヴァの第三新東京市への移送に空路が使えない場合を想定して造られた
　超大型の地下鉄道路は、日本海側に１本、太平洋側に２本が存在する。

　直接視認不可能位置からパラシュートを開いて降りた零号機を
　収容すると、そのままリニアトレインは薄暗い路を急加速で移動し始めた。





　超長距離砲撃を開始したジェット･アロンのレーザーライフルを一筋の光が貫いた。
　それは爆発を齎すわけでもなく、ジェット･アロンを揺るがす衝撃があった
　わけでもなく、眩しいとさえ思える凄まじい光を放っていたレーザーライフルが
　その機能を失ったのは、どこか現実感が無かった。

「衛星軌道上からの超長距離狙撃とは…」

「さすが日向くん、ね」

　時田さんの呟きにミサトさんが応える。
　周りを見ると、ボク以外の人は何のことだかわかってるみたい。

「あの、ミサトさん、どのあたりが”さすが”なんです？」

「そうね…シンちゃん、Ｊ・Ａの出来る事を言ってみて」

「んっと、歩くこと、レーザーライフルを撃つこと、ミサイルを無効化すること、
　小さなレールガンで近くの相手を撃つこと、です」

「そ。戦自はともかく、エヴァにとって、そのうち驚異なのはレーザーライフルだけ。
　電磁波も小型レールガンも起動中のエヴァには何の影響も与えないから、ね。
　日向くんの作戦は、全て唯一の脅威であるレーザーライフルを無効化すること
　だけのために組まれた、ということ」

「？」

「かなり遠くでレーザーの直撃を受け続けて赤く輝いてる物体があったでしょ？」

　頷いて、話を続けてもらう。
　確かにミサトさんの言うように、レーザーの照射を受けて、流星のように輝く
　何かがあったけど。

「だいたい２０秒くらいだったと思うけど、遠い相手にずっとレーザーを当て続ける
　ために、ジェット･アロンはほとんど動きを止めていたでしょう？」

「はい。でも、なんでそんな手間をかけるんですか？
　空の上からレーザーで狙撃できるくらいなら、最初からやればいいのに」

　直上からきたレーザーの光。でも、撃ったのが何だったのか今も見えない。
　空はジェット･アロンの上だけ雲が蒸発して陽の光が降り注いでいるだけで、
　相変わらず、雲ばかりの薄暗い状況である。

「衛星軌道から狙撃するのはとても大変なことなのよ。シンリくんも狙撃訓練を
　受けてるから、普段の練習している距離の１０００倍近くも遠い、というのが
　どういうことかわかるわね？」

　リツコさんの言葉に、ボクは練習の時を思い出した。
　近くの相手なら適当に狙えば当たる。けれど何百メートルも離れたところを
　狙おうとすると、自分の心臓の鼓動さえ邪魔に思えるほど手の震えが
　着弾位置を狂わせてしまう。
　それが何百キロメートルなら…。

「つまりね、ジェット･アロンのレーザーライフルは当たると痛いから近付きたくない。
　だから、認識できないくらいの長距離から狙撃してジェット・アロンを倒したい。
　でも、ジェット･アロンは頑丈で撃破はできない。
　それなら、唯一の脅威であるレーザーライフルを使えなくすればいい。
　ただし、ジェット･アロンが動いていちゃ、撃っても必ず当たるとは限らない、と。
　だからわざと遠い位置の零号機を狙撃させることで動きを止めたのよ」

「え、零号機って？」

「あんなに長い間、照射されても壊れないのなんて、エヴァ以外にない。
　今、起動可能なのは零号機だけ。　そういうことよ」

「…大丈夫でしたよね？」

「もちろん」

　大窓から、廃墟の中に佇むジェット･アロンが見える。
　右手に持っているレーザーライフルも本体と繋がってた太いケーブルが切れてる
　以外には変ったところはなくって、直上の雲にぽっかりと穴があいて、光が
　差し込んできていることだけが、少し前の光景と違っている。
　それはまるで間違い捜しのような光景。
　だがほんの僅かな差が、確実にジェット･アロンの牙を奪っていた。





　リニアトレインの地下通路から姿を現した零号機は、右手にスマッシュホークを持ち、
　シールドに装備された巨大な二つの爪を展開し、そのまま全速力で走り、
　ジェット･アロンとの距離を詰める。

「シンちゃん、よく見ておいて」

「はい」

　ジェット・アロンの機体各所に設置されたレールガンから猛烈な勢いで
　弾丸が撃ち出されて零号機に着弾するが、表面に傷すら付かない。
　近付いた零号機をジェット･アロンの左腕に装備されたレーザーブレードが
　切り裂こうと振られる。

「！」

　それなりに速い斬撃。ボクだと避けられたか、ちょっとわからない。
　でも、零号機は軽い最小限のステップで勢いを殺さずに回避しつつ、
　シールドの爪でジェット・アロンを両腕ごと、ホールドしつつ体勢を崩し、
　そのまま、手に持っていたスマッシュホークを振り下ろし、左腕と両脚を両断した。

　ゴ・ゴォォォォォン

　凄まじい重量物の衝突する轟音が響き、ジェット・アロンがゆっくりを崩れ落ちた。
　零号機がその表面を撫でると、各所に設置されたレールガンが潰れ煙を噴く。

　接近して一太刀で全てが終わった。
　初めて見るエヴァの戦闘。エントリープラグ内から見るのとは全然違う印象を受ける。
　歩くだけで揺れる大地、大気を振るわせる轟音、スマッシュホークを振り下ろした
　だけで生まれる気圧の断層、崩れ落ちただけで舞い上がる視界を封じるほどの土煙。
　巨人同士の争いの前には、人の存在なんて塵に等しい。
　自分自身の…人の小ささを改めて認識して、表情が強張る。

「覚えておいて。エヴァは動くだけで怖い存在だと言うことを」

　いつもと同じ変らない表情のミサトさん。
　淡々と事実をあるがままに受け止めるように告げる信頼できる姿勢。

「…小さいですね、人って」

　言葉にしてみて、一層、はっきりとする感覚。
　今のこの気持ちを忘れないように…全てが終わった光景を見ながら、
　ボクはそう、思った。





　Ｊ・Ａが停止し、傍らに無傷の零号機が佇む中、階下のシェルターから
　出てきた招待客達が、最早この場所に用はないと言わんばかりの態度で
　出てくると、ある者は無言で、ある者は頭を下げる時田博士達を罵倒し、
　ヘリに乗り込み、去っていった。

「時田さん…大変残念ですが、今回の戦闘結果を見て、
　政府としては、援助再開の件についてはなかったことと
　させていただきますよ。
　…既存兵器群に対していくら強くても、対使徒戦で役に立たなければ
　意味がない…貴方の持論でしたな。
　その意味で、ＮＥＲＶの主力兵器に傷を負わせることすらできなかった
　ジェット・アロンは正にそれに該当するわけだ。
　期待していたのですが、残念です」

　政府関係者達は、そう告げると、他の招待客と同様にヘリで去っていった。
　シールドから突き出た巨大な爪に身体を押さえ付けられ、手足を切断された
　哀れなジェット・アロンと、その隣に佇む全身の外装にまったく傷すらない
　零号機が夕日を浴びて赤く染まる。
　誰もいなくなった会場の中を、無言のまま事後処理を行っている技術者達の
　姿はどこか哀愁を誘う寂しさがあった。





　ＮＥＲＶ一行は他の招待客が出てくる前に会場を後にし、今はヘリの中。
　シンリは色々と感じることがあったのか、視界から消えるまで、ジェット・アロンの
　姿をずっと、見続けていた。

「あら、リツコ、何書いてんの？」

「上申書よ。作戦部の連名があるとありがたいわ」

　先ほどからリツコが暗号回線を使ってＭＡＧＩに様々な指示を行い、
　上申書…ジェット・アロン計画の関係者並びにその関連設備類の
　日本重工グループからの委譲を要求する文面を、流れるような速度で
　作成している。

「ふ〜ん…用意のいい事ね」

　ミサトがペンでサインを入れて技術部、作戦部の連名の上申書へと
　変わった作成文書を、そのままメール送信を冬月に対して行う。



　　ピッ、ピッ、ピッ、カチャッ

『赤木です。作戦部、技術部連名の上申書を今、送りました。
　お手数ですが、日本政府との交渉をお願いします』

　冬月が読みかけの本を伏せて電話を取ると、いつものように
　簡潔な言い回しで、リツコからの連絡が入った。
　ざっ、と上申書に目を通し、予想通りの内容であることを確認する。

「招待客には不評だったようだが、役立つかね？」

　先ほど、通信回線が復旧し、ＳＰ達から送られてきた映像では
　時田博士を罵倒する招待客達の姿が映っている。

『はい』

「わかった。交渉してみよう」

『ありがとうございます』

　…二人の眼鏡に適ったか

　冬月は僅かに笑みを浮かべた。構成人材、組織評価という面から見た
　ジェット・アロン計画は、彼の目から見ても、今後のＮＥＲＶの
　運用を考えると、空中分解させるよりはそのまま手中に収めるのが
　上策、と考えていた。
　だがそれはあくまでも組織運営という観点からの認識である。
　ＮＥＲＶを動かす両輪、作戦部、技術部からの要請がないものを
　敢えて内に取り込む意味はない。
　部下達の出方まで予想した上で最小限の手を打つ。
　周囲に違和感を与えずに自然に望む状況へと推移させる術。
　それが成功したことを、冬月は詰め将棋を解いた時の愉しさに似た
　達成感を覚えつつ、身を引き締めた。

「あとは日本政府だな…」

　彼の心の将棋盤では既にジェット・アロン計画は詰んでいる。
　後は読み切った道筋に従って物事を進めればいい。
　冬月は心地よい緊張感を味わいながら、電話の短縮ボタンを操作した。





　それから数日後、Ｊ・Ａ関係者とその開発、運用設備は
　ＮＥＲＶの管轄下に置かれることになった。
　これは、技術者、資材を責任追及を理由にこの時期に凍結するのは
　対使徒戦というスタンスから見ると大きな損失となる、という
　超法規的判断によるものだが、零号機出撃費用をＮＥＲＶから請求され、
　以前のＮＥＲＶ本部施設の対人設備費用を供出させられ赤字に苦しむ
　日本政府としてはその要求の交換条件として出された冬月の譲渡案を
　飲まざるをえなかったという裏事情がある。
　無論、その背景にはＪ・Ａがエヴァ相手にまったく損傷を与える
　ことができなかった以上、保持する意味もない、という
　日本政府の打算も働いたのは言うまでもない。

「全てはシナリオ通りですか」

　セフィロトの樹が描かれた無闇に広い司令室で二人の男…
　時田博士と山岸が冬月の前に立っている。
　冬月は時田の問いに曖昧な笑みを浮かべるだけで何も語らない。

「原因不明、ただし理論上はあり得ない以上、外部からの
　データ操作による意図的なジェット・アロンの暴走…
　それが我々、計画関係者の出した結論です」

　時田が探るように告げるが、冬月は曖昧な笑みを浮かべたまま、
　何の反応もせずに、別の話に移る。

「…Ｊ・Ａは既存兵器には効果的であるものの、対使徒戦では役に
　立たない、という噂が参加者達から口伝えに広まったようだが」

「おかげで、我々は信用を失い、路頭に迷いました」

「割を食わせてしまったかな」

「…いえ、冗談ですよ。元々、私達から言い出したことですから」

　そう、ジェット・アロン計画が空中分解するのが確実だ、と判明した時点で
　内々にＮＥＲＶ本部…冬月に援助を依頼したのは事実である。
　だが、結局、何の連絡もなく披露会…最後の賭けの日を迎えたのである。
　万全の体制で臨んだはずが、蓋を開けてみれば原因不明の暴走。
　時田は、自分達のチェックを全て潜り抜けて、Ｊ・Ａのメインプログラムに
　効果的に手を加えることが出来るのは、実力的にみてＮＥＲＶ以外に
　あり得ないとは推測していたが、決定付ける証拠は何も出てこなかった。

「Ｊ・Ａ計画には見るべきモノはなかったものの、技術者のレベル、
　組織力について一定の評価をしたＮＥＲＶ本部が、格安の費用で
　それらを手に入れた…世間の評判だ。
　もっとも、死肉を食らうハイエナのようだ、等と言った
　ありがたくない風評まで貰ってしまったが、ね」

「両部長から高い評価をして頂けたのは不幸中の幸いでした」

「…私も必要なモノへの投資は惜しまんよ。
　これでも理解力のある上司を自認しているから、な」

　リツコからの上申がなければ見捨てていたであろうことは当然、口にはしないが、
　この場に居合わせる者は誰もがそれを認識している。

「ＮＥＲＶでしばらくお世話になります」

「時田博士、我々は貴方がたを心より歓迎する」

　冬月の声が司令室に静かに響く。
　会話が終わり、冬月は傍らで静かに会話を聞いていた
　山岸へと視線を移す。

「山岸二尉、１０年に及ぶＵＮ軍での勤務、ご苦労だった。
　今後は時田博士と共に技術部顧問として働いて貰う。
　すまんが、今回の件で経歴に傷がある、ということで部下を
　付けることはできんが、その分、自由に動けるはずだ。
　…これからもよろしく頼む」

「…陽の当たる生活は当分、お預けですか。
　せっかく、定住して娘との軋轢を解消しようと
　考えていたのですがね」

　どこまで本気なのか、口調からも表情からも
　山岸の真意は伺い知ることはできない。

「一度、その身を闇に染めた者は全てが終わるまでは、そこから
　抜け出すことはできないのだよ」

「…確かに」

「それに朗報もある。住所移転は当分、受理されることはない。
　なにせ、君らはＮＥＲＶが超法規的に身柄を確保していなければ、
　一方的な断罪裁判の後、刑務所暮らしが確定している身だからな。
　安心してこの街に居を構えるといい」

　冬月の人の悪そうな笑みに、山岸は糠に釘、といわんばかりに
　飄々と受け流すと、反撃の言葉を口にした。

「赤木博士と私の娘がいつでも会えるようにパスを１枚」

「…何かね？」

「個人的なお礼として戴くもの…例の約束です。
　赤木博士の猫好きは有名ですからね。まだ健康状態は問題ないが
　家で猫を飼うのは初めてということを考えると、
　専門家とのルートが在れば、それに越したことはない。
　同じ技術部ということで私としても、赤木博士と接点が増えるのは
　望ましい。…そういう訳で、お願いします」

　そこまで真面目な顔で話した山岸は、念を押すように
　意地の悪い笑顔を浮かべ「あくまでも個人的に」と駄目押しをする。

　その言葉に冬月の表情が強ばった。
　業務命令としてパスを発行するのはそれほど手間のかかることではない。
　だが…上司と部下としてではなく、冬月個人が赤木リツコに
　お願いしろ、というのだ…子猫の世話の助言を引き受けてくれ、と。

「…相変わらず君の”個人的”は意地が悪いな」

「お互い様でしょう？」

　互いに笑顔を張り付けてチクチクと応酬する山岸と冬月を見て、
　少しだけ…そう…少しだけ、時田は自分の選択を後悔していた。
　無論、そんな想いはおくびにも出さないが。

　主であるゲンドウのいない司令室。
　３人の男達がいるやけに広い室内はどこか寒かった。





　とある港湾設備。
　自家用車から出てきた技術者風の男が、目の前のビジネススーツを着て、
　夜だというのにサングラスをかけた男にデータディスクを手渡していた。

「…確かに本物のデータのようだ」

　持っていた携帯端末でデータディスクの内容を確認すると、
　男は静かにそう告げた。

「当然だ。マスターディスクからコピーしてきたんだ。
　本物に決まってる。
　そ、それより、本当に私をＥＶＡ量産機開発チームの
　責任者待遇で迎えてくれるんだな？」

「確か、Ｊ・Ａ計画の空中分解で今後の生活に不安があった。
　家族を養うためには、金が必要…でしたね」

　能面のように変化のない表情のまま、男が告げる。

「そうだ。私は時田博士のような独り身とは違う！
　養う家族もいる。こんなところでＮＥＲＶ本部に二束三文で
　我が身を売るわけにはいかないんだ！」

「…安心しなさい。家族は生活に困ることはない」

　パチン

　　男が虚空に向かって指を鳴らした。

　プシュ

　　闇から突然、圧力式注射器が出現し、唖然としている技術者の男の
　首筋にそれを押しつけ、皮下に一気に薬剤を打ち込んだ。

「ス、ステルススーツ…」

「よくご存じで。…事故を起こせ、それで終わりだ」

「了解」

　倒れ込んだ技術者への指示を行うと、ステルススーツ…液晶素材で
　表面を覆い、体表の色を変化させることで背景に溶け込む特殊部隊で
　導入している装備…を着た者は無言で頷いて、技術者の男を
　車に乗せると、そのまま発進させ、海中へと転落させた。

「我々は裏切り者は必要としない。それにこのデータがあれば
　内容の解析ができる技術者ならいくらでもいる。
　家族には保険金という形で金が支払われる…本望だろう？」

　海中に没しつつある自家用車に一瞥をくれると、男は闇の中へと消えた。
　翌朝、海中に没した自家用車が発見され、中から泥酔し、溺死した
　男が発見されよくある事故の一つとして処理されたが、その事件が
　示す意味を知る者は、今はまだＮＥＲＶ本部にはいなかった。

ふぅ…やっとＥパートもお終い。
ちょっと状況説明が長い気もしましたが、まぁちょっと
わかりづらい部分なので、削らずに掲載することにしました。

大人達のお話はこれでお終い。
次回、第７話最終パートってことで、山岸家は第三新東京市に定住も決まり、
娘さんも学校に転校してくることになりますのでお楽しみに。