後書きネタもあったんですが、今日はここまで。
次回は、ミサト達の描写からスタートです。
ビー、ビー、ビー、ビー
突然、警告音が響き、モニターが次々に異常事態を表示していく。
シンリのシンクロ率を監視する画面に先ほどまで写っていた綺麗な
波形が今ではめちゃくちゃに乱れ、それに引きずられるように、
アスカの波形にも乱れが伝播し始める。
「サード、精神安定急落！ 外界からの精神の乖離が想定されます。
セカンドのシンクロ率も大幅に低下しています！」
ギシィ、ギシィ
「各部拘束具、負荷増大！」
輸送艦全体を揺るがす巨大物体同士が奏でる重苦しい不協和音が
部屋を振動させ、室内を満たしていき、赤い警告画面の反射光によって
室内を危険な色に染める。
「弐号機からの侵食か！？」
「パルス逆流、精神汚染等、弐号機からの働きかけはありません！」
「現時点で実験を中止とする！ シンクロカット！」
技術仕官の鋭い声に部下達が速やかに処理を行おうとする。
ダーン、ダーン、ダーン
突然、響いた拳銃の発砲音に、その場にいた全員の動きが止まり、
ある者は机の下へ、あるものはしゃがみ込み、音のした方向を見る。
そこには手に護身グッズのアラームを握りしめたマヤがいた。
「シンクロカットは駄目です！ アスカちゃんのシンクロ状態が
回復するまで現状維持、その後、シンリちゃんへの働きかけを
行わせることで、安定状態へ復旧させます。
至急、オーバー・ザ・レインボウへ現状を報告をしてください」
マヤの語る内容が上司の命令と完全に反する、という事実と
銃声がアラームで行ったフェイクであった、と気が付くのが
ほぼ同時であったがゆえに、室内に行動の空白時間が生まれる。
その間も、艦全体に弐号機が拘束具を除去しようとする重苦しい
悲鳴にも似た低い音が響き渡る。
技術士官が横目で２人のチルドレンの状態を示すモニターの
状況を確認すると、鋭い視線をマヤに向ける。
「伊吹二尉！ 理由を言いたまえ。サード可愛さに判断を
鈍らせているなら、君をこの場で拘束する！」
部下達の行動を手で制して、青い瞳がマヤの心を射通さんと
するかのようんな鋭さと、視線を外すことを許さない強靭さを
もって、マヤを捕らえる。
「使徒の出現タイミングを捕らえられるのはシンリちゃんだけです。
外部からの接触ができなくても、同時にシンクロしているアスカちゃんからなら、
精神に直接働きかけることで現実世界の方向へ心を戻すことが可能です。
それ以外の方法は現時点ではありません！
それに、別世界に心を囚われている状態でシンクロを切断すれば
最悪、心が戻ってこない可能性があります。
その場合、シンリちゃんの状態がアスカちゃんに最悪の影響を
与えてしまい、使徒の迎撃を不可能にするかもしれません。
現状維持、アスカちゃんの働きかけでシンリちゃんを平常に戻す、
これが現在採れるベストな判断です」
「…全員、現状維持、セカンドの精神安定と同時に通信を行う！」
「「「了解」」」
厳しい表情のまま、技術士官が全員に告げたことで、各々が
自分の仕事を再開する。
刻々と変化するモニター上の表示に部下達が懸命に対応し始めて、
マヤが他者の視線から外れたのを見て、技術士官が身を屈めて
耳元でそっ、と呟いた。
「力を抜きなさい。部下は上司の不安を敏感に感じ取るわ。
…そのアラーム、誰からのプレゼント？」
「先輩…赤木リツコ博士です」
「そう。…リツコらしいわ、ほんと」
そう告げると、彼女はそのまま、身を正して、元の姿勢に戻る。
一瞬、目許に浮かんだ笑みと、淡い香水の香りに混乱しながらも、
マヤは強く握りしめてしまって手から離れないアラームを、
指を一本ずつ開いて取り出すと胸元にしまい込んだ。
艦を揺るがす音と振動、そして警告音に満たされ、警告画面の
赤い光で包まれた室内に、静かに緊張した空気が満ちていく。
マヤの戦いはまだ、始まったばかりであった。
ジオフロントの病室、鈴原ナツミの部屋で、白い毛並みの子猫ライが
鋭く「ニャ」と鳴いて壁に激突し、「ニャァァァァ」と恨みの篭った声をあげる。
「郷に入っては郷に従え、ってね。
マナー違反は嫌われるよ、ライ君」
「ニャァ」
なんとなく笑える光景のはずなのに、どこか不安な雰囲気が室内に降りる。
「…ナツミちゃん、どうもライ君は外に出たいようだ。
ちょっと散歩してくることにするよ。
洞木さんと山岸さんはここにいてくれるかい？」
「え？」
「すぐに戻るよ。それに何かあったとき、ここにいると連絡がとりやすい。
…山岸さん、何かあったら赤木博士に連絡するんだ。
君のパスなら連絡も通じるだろう」
「…？ 何か起きるんですか？」
「今は何も起きてないよ」
カヲルの表情にほんの僅かに感じられた焦りの表情にナツミは
なぜか、シンリのことが頭に浮かんだ。
「カヲルさん、…お願いします」
「…僕はそのためにここにいる…わかるね？
洞木さん、みんなを頼むよ」
「え？ …うん、まかせて」
カヲルはライを掴まえたまま、笑顔で応えると病室を後にした。
誰もいない廊下に出ると、表情を引き締める。
「ニャ」
「ここじゃ駄目だ。黒の月の影響を押さえつけるのは厳しい。
上に行こう。エレベーターならすぐに到着するさ」
「ニャ？」
「ん、問題ないさ。ちょっとしたお願いなら、平気だよ」
カヲルは謎の笑顔を監視カメラに向けると、そのまま
地上への直通エレベーターへと向かう。
「…それにしても、あんなのも僕達の兄姉とは…」
「ニャァァァァ」
「君は好意に値するよ、でもアレは酷いな」
「ニャ」
「同意が得られて嬉しいよ。ところで一つ、約束してくれ。
ギリギリまで手を出さない、と。リリン達のことは彼らにまかせて
部外者は手を出さないほうがいい」
「…ニャ」
ネコとスムーズに会話を続けるカヲルがエレベーターを使って、
地上へと向かっていくが、なぜかその行動を見咎める者もなく、
エレベーターは彼の操作通りに地上へと全速力で上昇していった。
怯
何なのよ、この感じ！！！
頭の中を急に襲ってきた強烈な感覚に思わず頭を抱えて
うずくまってしまい、赤いプラグスーツ越しにも、身体が
震えてくるのがわかる。
正面ディスプレイには、久しく見ることがなかった警告メッセージが
次々に表示され、急激に弐号機に対するシンクロ率が低下してきて
いる状況が伝えられていく。
…くっ！
邪魔し続ける強烈な感覚に耐えて、少しずつ意識を伸ばしていき、
弐号機の指先に至るまで、知覚し直して行く。
いつもは簡単にできる作業のはずが、なぜか素直に従わないような
感覚が付きまとうせいで、思ったよりも手間取る。
熱く、冷静にあれ
強く激しく他を圧する意識を保ちながらも、常に冷静に物事に対処する。
ドイツ支部で何度か聞かされた言葉。 困難な状況に立ち向かい、
ひるむことなく、怖じ気づくことなく、進む心。
いかなる状況でも、常に冷静に状況を見極め、最小限の行為で、
最大の効果を得ようとする行為。
まさにその言葉通りに、アスカは荒れ狂う弐号機に意識を染み渡らせていく。
…よし！
かなり時間はかかったものの、身体を二つ感じるようなシンクロ独特の
感触が戻り、精神を圧迫する嫌な感覚はいまだにあるものの、なんとか
暴走状態に陥ることは回避することに成功した。
"ねぇ、シンリ、この感覚…シンリ！？"
荒れ狂う弐号機を御するのに手一杯で周囲の事に気が回らなかったが、
シンクロもなんとか正常状態に戻して、少しだけ精神的に余裕が出た
アスカは隣にシンリがいることを思いだして、言葉を口にしたが、
それも途中で途切れてしまった。
虚空を見つめる焦点の合わない紅い瞳。
血の気を失った紙のように白い肌。
震え恐怖に凍りついた表情。
"シ…シンリ！ どうしたのよ！"
とっさにシンリの肩に手をかけて、自分のほうを向かせようとする。
嫌
"！！！！…っ"
ＬＣＬの中であるがゆえに、シンリがアスカの手を払いのける行為は
酷く緩慢だったが、信じられないほど強い力が込められていたせいで
びっくりして手を離す。
だが、そんな行為自体はさした意味はなかった。
アスカにとって重要だったのは、シンリの瞳がアスカを映すことなく
その行為を行ったことにあった。しかも同時に叩きつけられた感情、
それは明らかに拒絶、怯え、と分類されるモノだった。
"シンリ、どうしたの！？ 私、何か悪いことした？
ねぇ、応えて！ "
何がいけなかったの？ どうして拒まれたの？ どうして！？
今まで、シンリが拒むことなどなかっただけに、直接、感情を感じ取って
しまったがゆえに、アスカは混乱していた。今のシンリを見ていると、
忘れていた何かを思い出してしまいそうなのが怖かった。
『セカンド、こちらの通信が聞こえるか』
"…"
『応えろ！ 返事がなければシンクロを強制切断するぞ！！！』
強制切断！？
「アスカちゃん、ほら、ちゃんとしないとお姉ちゃんに笑われちゃうわよ？」
病室でベットに座り、手元の人形に語りかける女性。
窓からの光が逆光になって、顔がよく見えない。
「違う！ アスカは私よ！」
笑顔を浮かべたままの女性。どれだけ望んでも決して自分を
映してくれなかった蒼い瞳。
シンリとは何の関係もないはずの光景がなぜか思い浮かんでくる。
”駄目！！！”
『セカンド、私の言った言葉を覚えているか！？』
”…熱く、冷静にあれ。”
『そうだ。…これからやってもらうことがある。伊吹ニ尉の説明を受けろ』
”…はい。”
『アスカちゃん、よく聞いて。
今、シンリちゃんは心がこの世界を向いていない。
”向こう側”に意識を向けている時もそうだけど、今回はより酷くて、
通常の交流手段は反応が一切ない状態なの。
だから、同時にシンクロしているアスカちゃんに働きかけて欲しいの。
この世界に意識を向き直すように』
”…どうすればいいんですか？”
『話し掛けて。できるだけ強く』
”…作戦リミットは？”
『使徒出現、或いは体力、精神的に使徒との戦闘に問題が及ぶ、と
判断される直前まで。…今はアスカちゃんだけが頼りなの。
…がんばって』
”…大丈夫…今回は声が届くんだから…”
『…今回？』
なにが”今回”なの？ 自分が告げた言葉に疑問が浮かぶけど、
とりあえずその疑問は置いておいて、シンリのほうへ心を向けようとする。
ギシッ
少し意識が緩んだだけで拘束具が悲鳴をあげる。
『拘束具、圧力上昇！ シンクロ率、僅かに下降』
…なんかムカつく
意識を向け直して弐号機とのシンクロを再度、調整するが、やはり精神の
方向を弐号機から外すと途端に、暴れようとする。
…ピシッ
”シンリが言うように心があるなら、少しは私に協力してよ！！！！”
イラついて思わず叩き付けた言葉。それが始めて私が弐号機に話し掛けた
瞬間だったとは後から気がついた。
なぜか、そう告げた時、弐号機の気配が変わった気がしたけど、
意識を外しても暴れなくなった、という事実を得ただけで十分だった。
『拘束具、圧力正常…シンクロ率、安定しました』
虚空を見たまま何も映さない紅い瞳を見つめて語りかける。
”…シンリ”
自分でも驚くほど穏やかな口調。
静かに、とても静かに、私は言葉を紡ぎ始めた。
後書きネタもあったんですが、今日はここまで。
次回は、ミサト達の描写からスタートです。