第０８話「アスカ、来日」Ｅパート

　バギィィィ！！！

　何もなかった輸送艦の上、弐号機が立っていた位置の空間が突然、
　沈黙の悲鳴をあげて砕け散り、弐号機をそのまま一飲みできる
　ほどの巨大な口が、凄まじい勢いで喰らいつき、そのまま上へと向き直る。

　噛

　輸送艦が覆い尽くされるほど白く大きな突起物の少ない形状。
　魚類のようなしなやかさで、罅割れた空間の狭間から、半身を乗り出す。

　背に張り付いているかのように不似合いな眼窩が落ち込み、
　顔に見えなくもない仮面が見えた。

　…そう、ヤろうってーの！

　　なぜか、確信を持って襲い掛かってくる、と判る。

　喰

　半身を捻り、狭間から身を出すのすら惜しむかのように、空気の層を
　破壊しながら、一直線に弐号機目掛けて、巨大な口を開いて、
　襲い掛かってくる。

　　…ギシッ

　　自分のもつソニックグレイブがただの爪楊枝にしか見えないほどの巨体。
　　上昇の勢いも衰えていない状況で、体勢を捻り、必死に突き刺すべき
　　ポイントを一瞬の間に探す。

　　　空の上、足場がない状態で逃げ場はなし。
　　　ならば全力攻撃で活路を見出すしかないわ！

”やるからには全力攻撃！　怒りの一撃を喰らえぇぇぇぇぇ！”

　　空中で全身のバネを使って超音速にまで加速したソニックグレイブの刃先と
　　弐号機ごと飲み込み叩き潰そうとする使徒の口が交わろうとした瞬間。

　嫌

　弐号機と使徒の間に赤い宝石のように輝く結晶面が煌き、使徒は
　牙が折れ激突し、弐号機が振り下ろしたソニックグレイブは
　衝撃に耐えられずに手の中で砕け散った。

　　グヴァシャッッッッ

”！！！？何よこれ…シンリ！？”

　横を見ると、目の前の使徒を見たまま瞬きすら忘れて目を見開き、
　凍りついた表情をしているのがわかる。

　ぐっ

　左手に感じる強く握り締めるシンリの手の感触だけが辛うじて
　踏み止まっていることを伝えていた。

　体液を散らし、空間の狭間から出ていない状態で暴れたことで、
　ガギエルは体中が空間の割れ目に切り裂かれ、空を、海を不気味な色で染める。

　喰

　それでも、猛然と透き通った赤く巨大な結晶面に対してぶつかるたびに
　衝撃で大気を震わせながら、何度も、何度も噛み付いてくる。

『艦長！　援護射撃を！』

『駄目だ！！！弐号機が近過ぎる！』

　目の前で激しく激突し、噛み鳴らされる牙の乱舞。
　体中から体液を撒き散らしながら、一心不乱に襲い掛かる姿からは
　理性の輝きは感じ取れず、心が凍るほどの不気味さだけがあった。

　ドガッッッ、ドガッッ！

”シンリ！　落下に備えて！”

　　使徒が激突するたびに大きく機体が揺れる中、横を見ると、
　　衝撃に併せて苦しそうな表情をしていたシンリが、目元だけ微笑む。

　　　ボクは平気

　　言葉にならなくても、シンリがそう告げた、とわかる。

　　下方から突き上げる使徒の動きが鈍った一瞬の隙をついて、反動をつけて
　　距離を離し、しつこく追い縋る口の動きを避けて海面に落下した。





　ギィィィィ

　壊れた空間が軋み、元に戻ろうとする。
　弐号機を追うことに集中し過ぎたせいでその動きに囚われた使徒の
　白い巨体に砕けた空間が突き刺さり、そのまま閉じていき、激しく
　体液が飛び散る。

「全員衝撃に備えて！！！」

　ミサトの指示が飛び、誰もが空母よりも遥かに巨大な白い使徒が
　異世界と無理矢理繋がっていた壊れた空間に阻まれる姿を注視した。

　…だが、噛み損ねて弐号機が海中に落下するのを追おうとして
　体が空間に捕らえられそうになっていることに気がついたガギエルが
　次に取った行動は、あまりにも予想を越えていた。

　絶

　僅かな間だけ輝いた赤い光が、ガギエルの巨体を断ち切ったのである。

　　バシャッッッッッッッ

　空間に囚われていた部分を切り捨てて、巨大な水飛沫をあげ、
　ガギエルも海面下に沈んでいった。

「馬鹿な…自分の身体を斬った…だと…」

「…クレイジー…」

　艦橋内に唖然とした男達の声が響く。

　空中に出現したガギエルが空間に阻まれ己が肉体を叩き斬って脱出し、
　海面下に落下した弐号機を追うまでの時間は僅かに１０秒。
　だが、その間に、直下に位置していた輸送艦は懸命に舵を切り、
　なんとか使徒に押し潰されることだけは回避していた。
　だが、直近で数百万トンの巨体の落下に巻き込まれたことで、大きく損傷し、
　黒い噴煙を上げ始めている。

「伊吹ニ尉、状況を報告して！」

『痛たた…・こちらはまだ作戦行動は可能です！
　全艦の監視映像を確認中…確認終了！　使徒の体表には
　コアは確認できません。
　弐号機のメインカメラが捉えた映像の一部に、口中にコアらしきものを発見。
　ただし、使徒の動きが激しく断定はできません！』

「そこまで判ればＯＫよ。…艦長、弐号機の横、５０ｍの位置に
　有線誘導型魚雷をできるだけ多く撃ちこんで貰えますか？」

「全部だと！？　全艦艇からの同時発射で４０発以上だぞ！？
　何をするというのだ！？　二号機を囮に使徒を攻撃しようとでも
　いうのか？」

　　ソナーが捉える限り、ガギエルはさすがに身体を断ち斬ったのが効いたのか、
　　水中を９０ノットを越える超高速で移動しながら、周回行動をしている。
　　使徒の移動で生まれる高波のせいで、船は大きく揺れ、艦隊行動も
　　ままならない状態である。
　　サキエル、シャムシエルのデータを見る限り、魚雷がたとえ全て直撃しても
　　効果は望めそうもないのにどうしようというのか？

　意図がわからず、艦橋中の視線がミサトに集まる。

「使徒の襲撃タイミングを捉え、魚雷、弐号機、使徒の位置を調整し、
　接触する寸前に、全魚雷を同時起爆し、使徒の予想を越える機動力を
　弐号機に与え、体内に侵入、咥内のコアを撃破します」

「そんな無茶な…」

「無茶かもしれませんが、今、取りうる中でもっとも勝率のある作戦です。
　…というより、他に手が思いつかないですね。
　艦長！？」

　　艦長とミサトの視線が絡みつき…艦長が静かに息を吐いた。

「…副長、全魚雷を一斉発射、目標地点は弐号機の真横５０ｍ、
　全ての操作はこちらで制御し弐号機の突入タイミングに合わせて
　起爆させる！　全艦、起爆時の衝撃に備えておけ！」

「全艦、有線モードで魚雷発射せよ」

『『『諒解』』』

　バシュッ、バシュッ、バシュッ

　射出機から魚雷が撃ち出され、光ファイバーを曳航しながら、次々に着水し、
　アンビリカルケーブルを命綱に水中に浮かぶ弐号機の横へと集まっていった。
　近接信管を稼動させれば、すぐにでも爆発するほどの近距離に４０発を超える
　大型魚雷が隊列を整えて浮かぶ姿は、弐号機の巨体が近くにあるせいか、
　小魚の群のように見える。

「マヤちゃん、そっちで魚雷の移動と起爆の制御をお願い！」

『はい…っと、全システムリンク問題なし、準備、完了しています』

　マヤの少し驚いたような声が聞こえる。

「さっすが、手際がいいわね。
　アスカ！　話は聞こえていたかしら！？」

『聞こえてたわよ、まったくミサトらしい無茶苦茶な作戦ね』

「シンちゃん…使徒が来るタイミングをできるだけ早く、遠くで捉えて。
　…出来るわね！？」

『…は…い』





　静かに…目を閉じて、シンリが探り始めてから８分の時間が過ぎた。
　イヤな沈黙…少し前まで身体を揺らすほどの轟音と、高波が激しく
　荒れていたのに、嘘のように音がない。

　艦隊にいる誰もが耳を澄ませる中…なぜか空母のエレベーターが動き、
　１機の垂直離着陸可能な戦闘機、フォージャー改が姿を現した。

「？」

「あぁぁぁぁぁぁぁ、Ｙａｋ（ヤク）３８改！！！」

　撮影に余念がなかったケンスケだったが、1機だけ格納庫にあった
　年代モノの戦闘機を見て、口にディスクを咥えながら叫んだ。

『葛城〜、俺、届け物があるんで、先行くわァ』

　通信機から聞こえたのは、この場の緊張感にそぐわない男の声。

「へ？」

『出してくれ』

　ミサトが…艦橋にいる誰もが…いや…艦隊にいる誰もが唖然とする中
　フォージャー改はゆっくりと垂直上昇し、徐々に加速しながら、
　遠い空の彼方へと消えて行った…行ってしまった。

『じゃ、ヨロシク〜、葛城一尉〜』

「に、逃げよった」

　暢気な声を聞いて、トウジが呆れて思わず声をあげた。





”…？”

”シンリ、来たの！？”

”…違う…遠くに離れる感じ…弱くてよくわかんない…”

『加持ィ！！！　逃げたわね！！！』

　通信機越しに突然、ミサトの怒声だけが響いた。

”え？　加持さん？”

『あっんの馬鹿ぁ！！！　…あっ…と…アスカ、何でもないから』

　様々な思いが一瞬の間に過ぎったのか、ミサトがとりあえず、
　フォローしようとする。

”…なにが何でもない、よ！！！気になるでしょ！！！”

　通信機越しになにが起こったのかなど判るわけもなく、聞こえたのは
　ミサトの怒鳴り声だけ。取ってつけたような事を言われてもムカつく
　だけなのも無理はない。

『加持の奴が先にトンズラこいただけよ！！！』

　　…トンズラって何？

”…。”

　　ミサトの一言で、アスカはよくわからず怪訝そうな表情を浮かべ、
　　シンリの頬が一瞬、ピクッと動く。

『…それより使徒は？』

”…。”

　少しだけ和んだ雰囲気を引き締めるようにミサトが問いかけ、
　シンリはそれに無言で答え、深い集中を見せる。
　それから５分ほど経過し、場が動いた。

”来た！”

　　鋭い思考がイメージで直接、方向と速度と、どれだけイヤな奴か伝える。

”ミサト！　左舷９時方向！　速いわ！”

『こっちは捉えた！？』

『いえ、まだです』

　艦橋内のやり取りが行われている中、弐号機と魚雷群は推進器を動かして
　位置を変えていった。弐号機の背後に魚雷群が位置する状態。
　使徒からは魚雷群は見えない。
　もっとも、視覚に頼っているとすれば、だが。
　それに見えたとして気にするかどうかは別問題とも言える。

　　ガシャッ

　両腕のパイルバンカーのロックを外し、射出可能状態にすると、
　アイドリング状態のまま、限界ギリギリまでウォータージェットの
　出力を引き上げ、透明度の高い水中の彼方を見据える。

『使徒を発見！！！　速度…９７、９９、１００！　１００ノットを超えています！
　更に加速しつつ急速接近中！！！』

　魚類のように身体を動かすようなこともなく、如何なる推進機関によるものか、
　キャビテーション（水が圧力変化で水中で蒸発する現象）すら起こさずに
　ガギエルはふたたび弐号機に向かって突撃を開始した。

　その身が負っていたはずの傷も既に自己修復済み。
　ガギエルとの戦いはまだ、始まったばかりである。

ガギエルｖｓ弐号機戦、前半終了です。
いやぁ、アスカちゃんてば力持ち。
武器が耐え切れなくて壊れちゃいました。
ま、もし武器が耐えたら、弐号機が反動で傷つくだけでしたけど。
全てを防ぐ心の壁Ａ．Ｔ．フィールド。
なんとも、困ったモノです。（＾＾；）

次回、後半戦で対ガギエル戦はひとまずケリがつきます。

でも、実は最大の問題は別のところにあったのです。（笑）

『俺、先に行くわ〜』

　じゃないでしょ、ねぇ、加持さん。（＾＾；）
　嗚呼、原作通りに動いているのに、堕ちていく哀れな男♪