相手の発する音を拾うソナーも、ほとんど音を発することなく１００ノットを
超える超スピードで移動する使徒ガギエルの位置を捉えることができず、
巨体が海面下を移動することで生じる水面の波形から位置を概算で
辛うじて推測できる、という状況の中、アスカは緊張感を解すために
軽く、唇を噛んだ。
”…大丈夫？”
そっ、とシンリの思考が触れてくる。
”勝てるわ！ Ａ．Ｔ．フィールド越しに見た口の開閉速度、形状、
奴の移動力、僅差だけど、先に弐号機がコアを砕ける！
大丈夫よ。”
体ごと衝突してきた時に見たガギエルの牙、大きく開いた口。
弐号機が振るうソニックグレイブなど、引っかかった小骨程度にしか
気にとめず、噛み付くのと同時に容易に砕くに違いない。
だが、それはあくまでもそれはガギエルのタイミングでの話だ。
タイミングをずらし、先にコアを砕けば、力の源を失った顎は
噛み砕くだけの力を生むことはできない。
”大丈夫よ。”
言い聞かせるように、もう一度、呟いた。
『シンちゃん、こっちの機器じゃ使徒が捕らえられない。
奴が口を開いた瞬間に、合図して。
それにあわせて、魚雷群を起爆させるわ。
アスカはウォータージェットを全力運転させること。
２回目はないわ…いいわね』
”わかったわ。”
”…はい。”
ミサトの通信が会話の途切れた瞬間を狙って入ってきた。
そう…弐号機の移動、魚雷群の起爆による加速は僅かのズレも許されない。
早ければガギエルに気付かれてしまい、こちらの望んだ状況にはならない。
遅ければ弐号機は噛み砕かれてしまうのだから。
そして、ウォータージェットは恐らく、魚雷群の爆発力に耐え切ることは
できない。恒常展開フィールドの自己保全現象の影響を考慮したとしても。
つまり、ミサトのいうように、２回目はない。やりたくてもできないのだ。
狙
”…まだ…”
周囲を映すディスプレイには何も表示されていない。
しかし、シンリの思考が、アスカにガギエルの状態を刻々と伝える。
それはイメージのまま、直接、心に染み込んでいく。
例えるなら、迫り来るガギエルは漆黒の闇を落ちてくる大型旅客機。
弐号機は落下予測地点で武器を構える人のようなモノ。
全ては一瞬で決まる。
弐号機の全身に染み渡らせた精神が全ての力を解放する
タイミングを計る…。
襲
”今！”
鋭い思考が駆け巡った。
弐号機の背にある２基の巨大なウォータージェットが最大出力で唸りを上げ、
膨大な水量を凄まじい勢いで噴出し始める。
喰
遠い場所に点が現れた、と感知した次の時には、大きく開かれた口、
その奥に輝く紅いコアが見えた。
『起爆！！！』
弐号機が加速するのに合わせて、推進器を全開にすることで相対速度を
合わせていた魚雷群が同時に起爆、ｋｍ単位の海域全てを死の海と
する爆発力を持って、弐号機を前方へと推し進めた。
相対速度３００ノットを超えて一気に交わる弐号機と使徒ガギエル。
全身を振るわせる爆発の衝撃と、壊れていきながらも稼動し続けるウォータージェットの
推進力で、弐号機が口の奥へと迫り、両腕のパイルバンカーがあと僅かでコアを
捉えようとした瞬間。
歓
”駄目！ 間に合わない！！！”
シンリが感じ取った使徒の思考が、その直後に起こるであろう状況を僅かに
早くイメージで伝えた。
それは、悦び震え、歓喜の意思と共に閉ざされる巨大な口。
一瞬のうちに全身を圧壊、破砕される弐号機の姿であった。
”ちっ！！！”
ガシッッッッッッッ
そのまま攻撃しようとしていればパイルバンカーの射出直前で閉ざされていた…
先ほどとは比較にならないほど素早く閉じた口、上下から弐号機を押し潰そうとする
巨大な壁を、なんとか四肢で支え、その身が砕かれるのを防いだ。
ギリギリギリ、バキッッッ
上下からの圧力に耐えかねて背部のウォータージェットが砕け散る。
”こんちくしょう！！！”
ズガーンッッッ
天井を支えた弐号機の腕に備え付けられているパイルバンカーが撃ち出され、
使徒の肉体に突き刺さり、抉る。
悦
”い…イヤ…だ…笑ってる･･･この子…
ボク達が逃げられないって…喰えるって…
痛いのに…それでも…だからこそ…”
ガギエルの体に穿たれた穴から体液が噴出していく。しかし、閉じようとする
勢いはまったく弱まらず、徐々に弐号機の体勢を苦しいものへと変える。
”冗談じゃないわ！”
カチャッ、ズババババババーン
膝をつき前傾姿勢になった弐号機のウェポンラックが開き、鋭い錐が６本射出され、
パイルバンカーが空けた穴の周囲に突き刺さる。
だが、それでもガギエルの動きは止められない。
”私はこんなところで死ぬわけにはいかないのよ！！！”
指の先に至るまで全身、全ての肉体に精神を広げ、持てる力全てを解放させる。
…後先考えずに弐号機はこれまで計測された出力を更新するほどの力で
閉ざされようとする口を支えていた。
しかし、それでも圧されて来ている…。
このままじゃ…
『アスカ！ シンちゃん！』
通信機がミサトの切羽詰った声を伝える。
”ミサト！ なんとかしなさいよ…正直…キツイわ…。”
極度の集中状態にあって、アスカは気付いていなかったが、実は
まだ、使徒ガギエルの口内に弐号機が侵入してから２０秒ほどしか
経過していない。
『…艦隊随伴の潜水艦艦隊に例の試作型魚雷…ありますね』
『馬鹿な！？ 正気か…この状況で、アレを使うというのか』
『そうです、許可を』
『…しかし、いくらアレでも奴の体内にでも叩き込まん限り意味がないぞ』
『策は…策はあります…いいですね』
僅かに聞こえる小さなミサトの声が震えている。
『…責任は私が取る…許可しよう』
ギシ、ギシ、ギシ、バギッ
弐号機のウェポンラックが圧力に耐えきれず、粉々になる。
先ほど、撃ち出したパイルバンカーが電磁機構の働きで、
やっと引き戻され始め、ガギエルの口に刺さったパイルを
無理矢理、引き摺り出す。
”…くっ…”
『シンちゃん…できないと僅かでも思ったら言って。
…使徒の動きを止める…喰らうべき相手、アダムは
第三新東京市の地下、ジオフロントにいる…
今、喰らおうとしているのは、目的のモノじゃない、ということを
説得する……できる？』
シンリがそっ、と隣に座るアスカを見る。
懸命に襲い続ける圧力に耐えようと弐号機を操っているアスカも
通信内容に驚き、シンリを見る。
”…”
”…”
ギギギギギギギッ
”…！”
潰されていく痛みにアスカの表情が強張る。
”もう少しだけがんばって…アスカも…弐号機も…。
…やります、ミサトさん。”
静かな輝きを紅い瞳に秘めて呟く。
”シンリ！”
”…大丈夫…今度はボクがみんなを…アスカを護る…”
目を逸らすことなく紡がれた誓いの言葉。
護る
全身を軋ませる圧力の痛みがあるのに、その時、アスカは
胸の奥がキュンと音を立てるのを聞いた。
あれ…ガギエル戦、Ｇパートにまで縺れ込んじゃいました。（＾＾；）
次こそは決着がつきますから、ね。
それにしても…マズイ…。
第三新東京市に帰ったら、バランスを調整しなくては。（笑）
「…ＹＯＫＯ、話が違うわ」
ギ、ギクッ
「なぜ、弐号機パイロットと碇くんの距離が予定より近付いてるの」
「あ、あの…つまり…」
「…予定を守れないＹＯＫＯは用済み」
ビチャ
瞬間的に展開された意志でＹＯＫＯはペチャンコに潰された。
「……・」
目の前の物体を見ていた空色の髪の少女だったが、
表情一つ変えず、部屋の隅にあるパソコンを起動した。
「…続きは私が書くの」
誰もいないのに呟く。さすがにこの状況はマズそうだ、と悟ったのか？
カチャカチャ
「次パートは、第三新東京市のケージの描写なの…」
瓦礫の山と化した室内に、キーボードを打つ音だけが響く。
無茶はいけないよ、レイちゃん
…しかし、潰れた蛙の声なんか誰も聞いちゃいなかった。