さって、これで第８話はお終いです。
なんとも妙なヒキで終わりましたが。（＾＾；）
次回からは、楽しい楽しいユニゾンなお話、第９話「瞬間、心重ねて」です。
さーて、来週もサービス、サービスっと。
「…始めます」
そっ、と呟いてシンリが目を閉じる。
潰そうとする使徒の攻撃が弐号機を痛めつけ、その感覚の
フィードバックに耐えようと、アスカが歯を食い縛る。
だが、そんな状況でも、不安な表情を隠さずに時折、シンリの表情を伺う。
『シンちゃん…』
静かにミサトが話しかけるが、シンリは深い集中のせいか返事をしない。
その後、なんどか繰り返し、返事がないことを確認すると、サブモニターに
映るミサトの表情が引き締まった。
『アスカ、これから言うことはシンちゃんは聞いていない、アスカだけに
伝えておきたい内容なの、黙って聞いて頂戴』
"…早く言いなさい…よ…"
『今、シンちゃんが説得してくれてるけど、それが成功するということが前提の話。
はっきりいって、私達はそうならないとお手上げ。
いい？ シンちゃんの説得が成功すれば、使徒はめちゃくちゃな
暴走状態をやめて、交流に集中するはず。
その隙に、交流に加わっていない私達が行動を起こすわ。
アスカは使徒の口を開いて。そうしたら私達はアンビリカルケーブルの
牽引を開始、使徒の未来位置が予想可能な状態に移行させるわ』
"…それで…！？"
『魚雷を１発、使徒の口に撃ちこむから、アスカは魚雷がコアに
届く位置に行ったら速やかに使徒の上に逃げて。
もし余裕があればパイルのロックボルトを外して、上から口にむけて
パイルバンカーを撃ち放って。
今度の魚雷は通常弾頭じゃないから衝撃に注意してね』
"そんな…それじゃシンリはどうなるのよ！
説得して投降してきた犯人を射殺するようなモノだわ！"
『太平洋艦隊は戦闘の余波を受けて壊滅状態、もう手がないの。
今、人類は弐号機を失うわけにはいかない。そのパイロットも。
…わかって』
"…いいわ。今回だけは言う通りにする…
だけど、弐度とこんなことさせるんじゃないわよ！！！
指揮官のミスに付きあうなんて命がいくつあっても足りないわ。"
『…ごめん』
サブモニター上に映るミサトの表情から感情が失われているのがわかる。
勝つために取りうる策、それを考え出してしまう…感情とは関係なく、
冷徹に導き出す自分自身を呪う、そんな気配すら感じる。
それでもアスカはミサトを責めなくては気持ちの整理がつかなかった。
もう二度と失いたくない、そう想う心がアスカを突き動かしていた。
無限とも思える圧力に耐え続ける時間。
だが、突然、ガギエルの噛み砕こうという力が弱まった。
驚
"…平…気…だから…今は…今はまだ…触れないで"
目を閉じたシンリから抑揚の欠けた弱々しい思考が伝わってくる。
その言葉はアスカに向けられたものではなく、意識もこの世界には
向いていない。
『使徒、移動速度、大幅に減少！』
『アスカ！ 開けて！』
"…わかったわ！"
死力を振り絞って、ガギエルの巨大な口を開ける。
まだ、圧力は感じるが、なんとか開いた状態を維持できた。
『長波通信で連絡！ 潜水艦艦隊に試作型Ｎ２魚雷を有線モードで発射させて』
『了解』
空母オーバ・ザ・レインボウからの通信に従い、潜水艦艦隊が
一際大型の魚雷を１発だけ射出する。
それは、アンビリカルケーブルにおとなしく牽引されるガギエルの
開いた口にめがけて海中を進んでいった。
威力が大き過ぎるために有線モードでの使用は想定外のＮ２魚雷。
爆発したら、撃ちだした潜水艦は間違いなく圧壊してしまうが故に。
無論、ガギエルの移動で多大な被害を受けている太平洋艦隊も
耐えることはできない。
だが、それでも誰もミサトの指示に異を唱えずに従った。
その作戦以外に使徒を倒す手段がない、とわかっていたから。
そして、苦しむ子供達を助けるための方法がそれしかないと
感じていたから。
『目標、テンペストの下方を通過』
『アスカ！ そろそろ到着するわ…タイミング、外さないで』
"…誰に言ってるのよ"
狽
"…今なら…わかる…ね？…キミは近づいちゃ駄・・目…"
淡々と伝わってくる疲れ切った思考。
Ｎ２魚雷がアンビリカルケーブルの軸線上にのり、全速力で疾走する。
そのまま、ケーブルに牽かれたガギエルの口に侵入し、弐号機の脇を
抜けてコアへと近づく。
"！"
とっさに牙に手をかけて外に踊り出ると、そのまま反動をつけて
上から叩きつけて口を強引に閉ざし、両腕のパイルバンカーを射出！
単分子合金製の巨大なパイルがロックボルトを解除されているために、
銛のごとく放たれ、ガギエルの身体を貫き、口を縫いつけた。
カッ
光ファイバーから伝わった信号に従ってＮ２魚雷が起爆。
瞬時に一億度の火球と化して周囲の物質をプラズマ化させていく。
耐
『！』
"！"
言葉を発する時間さえない僅かな間にガギエルの身体が眩い紅い光に包まれ、
Ｓ２機関が膨大なエネルギーを生み出し、その状況を捉えたセンサー群が
悲鳴をあげる。
" 駄目！ 還って…"
抑揚の欠けたシンリの思考が響く。
縋
"還って…まだ、平気なうちに…キミを嫌ってしまう前に…"
静かに開いた目が空間を超えてガギエルを捉える。
その瞳にいつもの透明感はなく、まるでそれは闇そのもの。
紡がれた言葉は、冷たい拒絶の色に染まっていた。
怯
ゴォゴォォォォォォォン
そのまま耐えきると、誰もが絶望感に囚われたのもつかの間、
ほんの僅かな時間だけ抑えつけられただけで、ガギエルの体内で炸裂した
Ｎ２魚雷の齎した破壊の力は、周囲のあらゆる物質をプラズマ化しながら飲み込み、
発生した衝撃波が全てを凪ぎ払っていった。
ヒュルルルルウルル、ガコッ
ガギエルの身を盾にして威力を削減したものの、弐号機は爆圧に
飛ばされ、空高く舞いあげられた。
そのとき、自分と空母を繋ぐアンビリカルケーブルを引き千切る勢いで
引っ張ることで姿勢を制御し、なんとか甲板上に落下したのだった。
「ニャ！」
カヲルの隣にいる子猫のライが鋭く叫んだ。
「…なんだい？」
カリ、カリ
ライが前足でカヲルが握っていた手摺を何度か引っ掻く。
そこには、直径４ｃｍほどもある鉄柱にカヲルの握り締めた跡が残っていた。
本来ならありえるはずのない粘土細工を握り潰したかのような状態。
あってはならない状況だった。
「…はは…これはさすがにマズイね」
「ニャォ」
カヲルが握り締めて歪んだ部分を摩るとフィルムを逆転させるかのように
徐々に凹みがなくなり、何事も無かったかのように戻っていった。
「これもリリンの影響なのかな。
…ガギエル、キミは運がいい…今、目の前に姿を現したら…」
誰にも見せたことがないであろう鋭い視線を虚空に向ける。
「ニャ」
カヲルの目の高さまで昇ったライが、眼前でパクッと食べる真似を
して見せた。
「…御免、御免。悪かったよ…自重する…そう言ったのは僕だった…」
「…ニャ」
とあるビルの屋上で子猫と少年が交わした会話。
その意味を知るものはいなかった。
大きな損傷を受けた輸送艦、その中で、非常灯の明かりの中、マヤは
「リツコらしいわ」と告げた女性技術士官と並んで座っていた。
「我々、ドイツ支部の技術者は情報交換が済み次第、撤収するわ」
静かに告げられた言葉。彼女の表情はどこか寂しげにも見える。
「…急ぐんですね」
「…今から言うことは秘密よ」
マヤが頷くのを見て彼女は語り始めた。
「最初にアナタを見たときは、どうしてローティーンの女の子がくるのか、と
不思議に思ったわ。当然、その実力も疑ってかかった。
だから、試したのよ…弐号機の暴走時の判断…十分、合格レベルだったわ。
安心したから帰るの…邪魔者は去らなくちゃいけない」
「それは…」
「…アスカと１０年近くも一緒に過ごしてきたわ。
いくら人類のためとはいえ、人懐っこくて、ちょっと人見知りする、お気に入りの
猿の縫い包みと一緒にいないと不安げな表情をするような子に対して、
私達は…できるだけ感情を見せずに接触し続けたわ。
エヴァのパイロットに相応しい、エヴァ以外に頼れるモノのない、エヴァだけを
心の拠り所にするような子供に仕立て上げるために」
「！」
「知らないとは言わせないわ…ファーストチルドレン…綾波レイに対して
アナタたちがしてきた仕打ちと似たようなモノなんだから。
…精神安定剤の服用率７２％…アスカの心が変わっていくのを、何事も
ないかのように捉え接するために私達が縋ったのは偽りの平安だった。
一人の人間の心を歪めて行くようなことをして、平気でいられる人なんていない。
一見、家庭を維持しているように見えても内情はボロボロ。
ドイツ支部でアスカに関わった人はみんな、似たようなモノなのよ」
「でもそれはアスカのせいじゃない！ 私達の…せい…です」
「…そう。
そんな、いつまでも救いのない日々が続くと思ったわ…。
でも、それが突然、変わった…サードチルドレン…碇シンリが現れたことで。
私達が歪めてしまった心が、いつのまにか少しずつ癒されていた。
シンクロ率を保ったまま、アスカに笑顔が戻ってきた…それは驚くべきことだったわ」
「…」
「欠けた心がエヴァを求め、エヴァがそれに応えることで起動できる…
そんな私達の理論を吹き飛ばす現実…内心、私達は歓喜に打ち震えていた…。
でも、そこで気がついたのよ。
私達はそれを喜ぶような態度をしてもいい立場じゃないってことを」
「…だから、わざと…」
「…そう。私達、ドイツ支部の人間は感情を表さない嫌な奴らじゃなきゃ駄目なのよ。
そうでなかったら、今までアスカが受けてきた仕打ちは何のためだったのか？
やっと、穏やかな表情を見せるようになってきたアスカに、事実を告げる…！？
そんなの無理だわ…せめて…もうすこし、大人になるまでは…」
「…」
「だから私達はボロを出さないうちに帰るの。安心して任せられる人達が
ＮＥＲＶ本部にいる、とわかったから」
「…私…」
「大丈夫、アナタは私達のメガネに適ったんだから自信を持って」
「…はい」
暗い室内で語られた秘密の会話。
マヤは自分の手に渡された人々の想いの重さを自覚しそれに応えた。
その姿からは、リツコのことを頼る以前の雰囲気はなくなっていた。
空母内の病室。戦闘終了後に救出されたシンリが静かに横になっていた。
極度の疲労でドクターストップがかかっていたアスカであったが、本人の強い
希望もあり、ベットの隣でシンリの手を握っていた。
傍らにはトウジ、ケンスケ、ミサトの姿もある。
「…ん…ここは！？」
皆が注目するなか、静かにシンリが目を覚ました。
「空母オーバー・ザ・レインボウの病室よ。気分はどう？」
起きてみると、いつのまにかどこかの部屋でベットで寝ていたみたい。
ミサトさん、アスカ、鈴原くん、相田くんがいる…。
「・・どこも悪いところはない、と思います」
「そう。良かったわ。ところで、どうしてここに寝ているかわかる？」
「…？ なんでそんなことを聞くんですか？」
変なミサトさん…どこか緊張しているような気配。
「…アスカと一緒に弐号機に乗って…使徒を探して…」
探してどうしたんだっけ？ …えっと…
えっと…今、寝ているってことは途中で
気を失っちゃった…のかな？
「…気を失って、ここに連れてきてもらったんですよね？」
「覚えてるのはそれだけ？」
「？」
どうしてそんな確認をするのかな？
「よく覚えてないんですけど…泣いてるアスカを見たような…」
「え？ 覚えてるの？ シンリ！？」
「…んと、ごめんね、心配かけさせちゃったみたいで。
ボク、シンクロしてると疲れちゃってそのまま気絶しちゃう
時があるから」
「…」
僅かにアスカが悲しい表情を浮かべる。
それより…なぜか…この話題を続けたくない感じ。
…なにか…ここを出てく口実は…。
ふ、と周囲をもう一度見てみると、一人いない。
アスカの護衛、といっていた男の人。
「あの、ミサトさん、不精髭を生やした男の人…」
「加持ならいないわよ、先にＮＥＲＶ本部に行っちゃったから」
本部に…って、大変！ 早く連絡しなくちゃ。
ベットからバランスに注意しながら、そっ、と降りて部屋の外へと
歩く。
「シンちゃん、どうしたの？」
「あ…えっと…ちょっと電話をかけてきます」
「…電話？ それなら外を出て左手のところにテレフォンルームが
あるからそこですればいいわ。あと、遠くに行かないでね。
まだ検査が終わってないから」
「わかりました」
部屋を出ると、踊り場から海が見える。
ゾクッ
身体中に走る悪寒。…どうしてこんなに嫌な気分に…！？
見るだけなら平気だったはずなのに…どうして…？
ふらつきながらも、なんとか電話機の側に辿りついた。
「そう…電話をしなくちゃ」
シンリは震える手で、暗記しているナンバーを打ち込んでいく。
両手で受話器を握りしめる姿は、どこか弱々しく見えた。
余りにも広く閑散としたＮＥＲＶ司令室。
机の上に置かれた特殊トランク。開け放たれた中にはベークライトで
固められた異形のモノ…胎児のようにも見える握り拳大の物体が見える。
「人類補完計画の要ですね」
無精髭の男…加持が相手の意思を探るかのように問い掛ける。
「そうだ…最初の人間…アダムだよ」
紅いサングラスをかけた髭面長身の男、碇ゲンドウが厳かに応えた。
傍らに佇む冬月も、二人のやり取りをみつめている。
Ｐｉ、Ｐｉ、Ｐｉ
突然、呼び出しのコール音が響いた。
「…どうした……何？
…すまん…もう一度、言ってくれ。
……赤木博士が？ …葛城一尉もか…。
…そうか。
…この件については、私が処理する…
そうだ…今は休め。
……うむ」
珍しくゲンドウにしては多弁な会話が行われ、電話を終えると
ジェスチャーで冬月に、通信ログの表示を見るように促した。
「…これは…」
ゲンドウと電話の相手が交わした会話内容がディスプレイに
表示されており、冬月は、僅かに驚きの表情を浮かべる。
「…いいな」
「…任せるよ」
加持の目の前で、ポツリ、ポツリと交わされる妖しげな会話。
冬月の表情からはどこか諦めとも笑いとも取れる雰囲気が見える。
そして、冬月の応えを聞いたゲンドウが低い声で告げた。
「加持一尉…君を拘禁する」
事態の急変に加持のポーカーフェイスが崩れかかる。
「理由は何です？」
その言葉に、ゲンドウは口元に歪んだ笑みを浮かべたまま、
特殊ベークライトで固められたモノの正体を告げた時と変わらぬ
口調で告げた。
「スパイ容疑だ」
さって、これで第８話はお終いです。
なんとも妙なヒキで終わりましたが。（＾＾；）
次回からは、楽しい楽しいユニゾンなお話、第９話「瞬間、心重ねて」です。
さーて、来週もサービス、サービスっと。