第０９話「瞬間、心、重ねて」Ｄパート

　学校の授業も終わり、子供達は一路、葛城家へと向かっていた。
　アスカ、レイのいない時間は、賑やかだった分、余計に静かに感じられ、
　誰からともなく、訓練の応援に行く、という話になったのである。

「惣流も綾波も学校を休んでもう二日か」

「家ん中で同じ曲に合わせて練習ばっかりしてるんやろ？」

「うん。２人とも朝から晩まで一生懸命、やってるよ」

「熱心だねぇ、２人とも」

「３馬鹿は知らないでだろうけど、アスカも綾波さんもかなり
　努力家なのよ？　ねぇ」

「ニャン」

　子猫のライ君は、今日は洞木さんの肩の上に乗っかってる。
　さすがに、子猫だから歩くと遅いってことで、抱き上げているけど、
　山岸さんの躾のおかげか、いつもとっても素直に大人しくしてる。

「シンリさん、私達がお邪魔しても本当にいいんでしょうか？」

「？」

「渚君達は同じチルドレンですけど、私も洞木さんもNERVの
　関係者というわけではありませんし…」

　そういえば、前回のシミュレーション戦闘の見学の時も
　ちょっと山岸さんは心配してたっけ。

「ミサトさんが問題ないって言ってたから大丈夫」

「そうですか」

　そんな会話をしているうちに葛城家に到着。

　カチャッ

「ただいま」

「「「「「お邪魔します」」」」」

　少し固めの山岸さんの声。始めてだから緊張しているのかな？
　鈴原君と相田君は朝の時と同じで、とっても元気。
　今日はミサトさんがいるって話をしたせいかもしれない。



　ライ君がテレビの前でゴロゴロしていたペンペンと目があって、
　そのまま顔色を伺うようにゆっくりと近づいていく。

「クェ？」

「ニャァ♪」

　気に入ったのかな？　ペンペンの歩く後ろを、跳ねるようにライ君が
　歩いてついていってる。

「なんや、誰もおらんやないか？」

「碇、ミサトさん達は？」

「ん、皆は訓練だから隣にいるけど？」

「隣？」

「そこの廊下を通っていった先のリビングだよ」

「廊下…ずいぶん、広いと思ったら隣の家と繋がってるのね〜」

「うん。アスカの部屋もそっちにあるから」

「これだけ大きな家を持てるなんて、やっぱりNERVの部長さんを
　やってるだけのことはあるねぇ」

「渚くん、それは誤解だって。
　最初はこっちだけだったんだけど、アスカも一緒に住む事になってから
　工事して繋いだんだよ、ここ」
　
　　両方の家を繋いでいる廊下部分を指し示す。

「…綺麗ですね。言われなかったらわかりませんでした」

「うん。やっぱり監視がしっかりしてたから」

　ボクの言葉に山岸さん以外はみんな、不思議そうな顔をする。
　どうして？

「どーしたの？」

「いや、工事が綺麗に行われていることと、監視することがどうして
　繋がるのかわからなかったんだ」

　渚君の言葉にみんながうん、うんと肯いている。
　家を立てたり、改築するのってそう見るものでもないし、
　知らなくても普通…かな？

「ほら、工事業者の人達って監視がないと手を抜くでしょ？
　だから、そうされないようにチェックして、問題があったら
　その作業者を訴えて、設計通りの工事の施工と、慰謝料を
　支払わせるんだよ？　知らない？」

　　ボクの説明にもなぜか納得がいかない表情をしてる。

「山岸さんは？」

「私は知ってます。これだけ綺麗に工事されているんですから、
　シンリさんの言う通り、厳格な監視がされていたか、
　あるいは、信頼のおける懇意の業者が作業したんでしょう」

　山岸さんがそう、付け加えてくれる。
　納得してくれたかな？　と思ったけど、ちょっと皆の表情は
　すっきりしてない。

「な、碇。さっきの話だけど、なんで作業者を訴えるんだ？
　訴えるなら、業者が所属する会社のほうじゃないか？」

　あぁ、そういうこと、か。
　ボクも昔、叔父さんの家で、離れの勉強部屋を作っていた時の雰囲気とかが
　変な感じがして、後で図書館で調べたんだよね、そういえば。

「昔は違ったみたいだけど、今はどの会社も手抜き工事はしないって
　ことを約束しているから。だから、もし、手抜き作業が行われたら
　それは作業者の問題。　訴えれば、会社は当然、その人を即日解雇するし、
　再工事費用とか慰謝料は全部、その困った人からもらうことになるんだよ。
　取りたては国がやってくれるから、発注者は細かい手続きはしなくていい…
　ってこと」

「相手に現時点で支払い能力がなくても、全財産を没収して、
　その人や親族から、最悪の場合でも、臓器販売、新薬投与対象者の
　登録等をしてでも、必ず発注者にお金は支払われるから安心ですよね」

「そうそう」

　　ボク達の説明を聞いて、なぜかみんなは、溜息をついてる。

「？」

「…あ、いや、世知辛い世の中だ、と思っただけ」

「そう？　良くできたシステムだと思うけど」

「そうですね」

　そんな話をそれほど広くない廊下で６人も集まってやってたから
　ミサトさん達も気がついたみたい。

「あら、お帰りなさい。そんなところにいないで、こっちで
　お茶の時間にしましょ。あ、準備はできてるから、こっちにいらっしゃい」

「「「「「「はーい」」」」」」





　６人と２匹がリビングに入ると、ちょうど、アスカと綾波さんが
　お揃いの衣装を来て、軽快なリズムで踊っていた。

「ペ、ペアルック…」

「しまったぁぁぁぁ、カメラ、カメラ！」

「アスカ、その格好…」

「おや、お揃いの服とはやるねぇ」

「（キョロ、キョロ）」

　仮設舞台の上でレオタードを着た２人が踊っているのがインパクトが
　あったのか、みんな、吸いこまれるように２人を見てる。

　それから３分ほどして、決めポーズも鮮やかに２人のダンスが終わった。

「アスカ、それ…」

「あ、これ？　日本人は形から入るものだってミサトが言うから」

「（こくん。）」

　綾波さんもタオルで汗を拭きながら、肯いてる。

「なぜ、パラパラ…？」

「あら、相田君、よく知ってるわね。選択したのは、うちの青葉君の趣味。
　別にダンスの内容はなんでもよかったから。
　２人が合った動きをすることさえ満たしてれば、OKだったのよ」

　みんな、用意してあったお茶菓子や麦茶を飲んでテーブルの
　近くに座ったまま、小休憩を終えた２人のダンスを鑑賞している。

　　ブッブー

　ミスをしたことを示す警告音が鳴り響く。

「アスカぁ、だから合わせるのは＋−０．１秒分まで、よ」

「レイも、曲の切り替えに合わせて、動きを変える時のズレに気をつけて」

　ミサトさんが簡潔に問題点を指摘する。

　そう。曲も踊りも簡単だけど、ランダムに途中でパターンが切り替わって
　それに合わせて、切れ目なく踊り方を変えなくちゃいけない。
　しかも、手の振り、重心移動、歩幅まで合わせて。
　それを曲に合わせるのではなく、２人の動きをあわせるところが
　この訓練をとっても難しいことにしてる。

　一見、綺麗に合っているように見えるけど、MAGIとミサトさんのチェックは
　とても厳しい。なにげなく見ているようで、僅かなズレを的確に見つけてる。

　♪〜♪♪

　曲が終わり、２人が表示される点数を見る。

　　１１点

　綾波さんから、はっきりわかるほど表情が消えている。
　肌の色も運動した直後なのに、病的なほど青白く見える。

　要求される２人の動きのユニゾンは誤差０．１％までが許容範囲。
　０．１％を１００点、０．２％を０点として点数計算してるんだって。

「めちゃめちゃシビアやなぁ…こりゃアカン気がするわ」

「…」

　鈴原君の漏らした言葉に綾波さんが一瞬、身体を震わせる。
　二人とも一生懸命やってるんだけど、どうしても点数が上がらない。
　綾波さんはいつにも増して口数が減って、どこか思い詰めている感じがする。

「２人とも、ちょっち休憩してていいわ。現状のデータを作戦部で
　評価し直してみるから」

「…は…い」

　震えた声で綾波さんがポツリと応えて、足早にリビングを出ていった。
　早い動きでよく見えなかったけど、頬がちょっと光って見えた。
　…涙？

　追いかけようとしたけど、ミサトさんが視線で行かないように、と止めたから
　仕方なく、座りなおす。

「ス・ズ・ハ・ラ！！！」

　ゴゴゴゴゴゴゴゴって効果音が聞こえてきそうなほど迫力がある表情で
　洞木さんが鈴原君を睨みつける。

「…わ、わい、マズかったんか？」

「当ったり前でしょ！　女の子泣かしたのよ！！！
　責任取りなさいよ！」

　世界の理はそうなっている！　確固たる信念で洞木さんがそう怒鳴りつける。
　
　…人を悲しませるのは良くない。でも、どうして「女の子」限定なのかな？
　こういう時、不公平って気がする。

「アスカ…行ってくれる？」

　　ミサトさんがやんわりと鈴原君の動きを手で制してそう告げた。

「とーぜん！」

　洞木さんの怒鳴り声にびっくりしてたアスカも、その言葉に手早く応えて
　綾波さんを追って出ていった。





　身体…指の先に至るまで動きを合わせなくてはいけない
　曲の変化に対する反応をもっと早くしなくてはいけない
　私の動きにある無駄な部分をなくさなくてはいけない

　しなくてはいけない…できるようになりたい、ならなくてはいけないのに
　努力しても届かない。　弐号機パイロットの動きについていけない。

　追いつかなくてはいけないのに。

　　　渇望される理想、届かない現実。

　どれだけ考えても、努力しても脱出できない…思考の迷宮に
　迷いこんでしまったレイ。　…近くによってきているペンペンと
　子猫のライにも気がつかずに、虚空に視線を泳がしている。

「…ファースト！」

「…始めるのね」

　なにかに取り憑かれているかのように、感情の欠けた声で応える。
　その姿は、アスカの心を激しく揺さ振った。

　言葉は少なくても、手が痺れて動かない自分のために、手伝ってくれていた姿と
　思い詰めて堅い表情のあまりの落差。

　　このままじゃいけない、そう心が感じていた。

「ストップ！！！」

「…なに？」

「そんなんじゃ、訓練したって意味ないわ！
　目標を達成する強い信念、確信がなくちゃ成功するわけがない」

「…でも…訓練しないと…」

「…ファースト、一つ聞くわ。
　あと三日の間に今のまま訓練して目標が達成できると思う！？」

「…でも…他に方法がない…」

　考えるのよ！

　アスカはいつものように自分に言い聞かせる。

　今の状況を考えてみる。

　　自分＋ファースト　＜　イスラフェル

　式が簡単過ぎて、このままじゃ打開策が見えない。
　二人の戦闘力の低い側に合わせた合計と比較するから、値を増やすには
　ファーストの戦闘力を引き上げるって結論になる。
　でも、それは私も無理だと思う。
　私とファーストは、得意な分野も行動パターンも全然違う以上、合わせようと
　すればどこかに無理が生じる。

　…！　あれ？　この式、ちょっと違う…

　そうよ！　元々、エヴァを動かす以上、ほんとはさっきの式じゃない。

　　自分＆弐号機　＋　ファースト＆零号機　＜　イスラフェル

　今の状況はこれが正しいんだわ。

　…それなら…

「ファースト！　私が太平洋でガギエルと戦った時の報告、読んでるわよね！？」

「…？」

「私が弐号機に協力してって働きかけた後、弐号機と私のシンクロ率、
　けっこう上昇したのよね。今もそのレベルを維持できてる」

「それは知っている」

「だ・か・ら！　今、ファーストはがんばってる、それはわかるわ。
　だったら、零号機だってがんばるべきなのよ。
　もし、零号機とのシンクロ率が上昇すれば、その分、発揮される戦闘力も上昇するわ。
　ってことは、その分、弐点同時加重攻撃までのタイミングも、もっと誤差が許されるはず。
　余裕がないからタイミングがシビアになる…そうでしょ！」

「…零号機ががんばる…？」

「そうよ。エヴァには心がある…シンリが言ってたわ。
　私は心は通わせたことはないけど、確かにエヴァはただの機械じゃないと思う。
　心があるなら、ファーストと同じくらい零号機にがんばらせることだって
　できるってことよ」

　自分の理論を言っているうちに、それが正しいような気がしてきたのか？
　無意識のうちに、腰に手を当てて胸を張って、自説を強く言い放つ。

「…零号機にがんばってもらう…わかったわ。
　葛城一尉に上申してみる…」

　　アスカの言葉を聞いて僅かであっても希望の光を見たレイが静かに…
　　力強く想いを紡ぐ。紅い瞳に強い意志の輝きが宿るのを見て、
　　一瞬、アスカは吸い込まれるような感覚を覚えた。

「そうと決まればグズグズしてなんかいられないわ。
　時間はどんどん減ってるんだから！」

　アスカが差し伸べた手を、おずおずとレイは握り返す。

「…ありがとう…弐号機パイロット」

　感謝の想いが自然とレイから伝わる。
　本来なら、澄み切った控えめな笑顔を見て、純粋に嬉しいと感じるに違いない。
　…だが、その言葉を聞いてアスカはどこか違和感を感じた。

「…ごめん、もう一回、言ってくれる？」

「…？」

「いいから！」

「…ありがとう…弐号機パイロット」

　不思議そうな表情をしたまま、レイがもう一度、同じ台詞を口にした。

　　弐号機パイロット

　違和感を感じたのはこの言葉だった。
　ついさっきまで、目の前の蒼髪の少女がそう言っても別に変に感じなかった。
　でも、今は違和感を感じる。

　　弐号機パイロット

　それは私じゃない。
　少なくとも私の名前じゃない。

　わかってしまえば当然の結論だった。
　なぜ、今まで名前を呼ばれなくても平気だったんだろう？

「ファースト、今度から私のことは、アスカって呼びなさい」

「…なぜ？」

「なぜって、そのほうが自然だから、よ」

　一点の曇りもなく、堂々と言い放ったアスカを不思議そうにレイが見つめる。

「…アナタは私のことをファーストと呼んでる。
　ファースト、それは仕事上の役職。
　だから、仕事上の役職で私も呼ぶのが自然だわ」

　淀みなくレイがそう告げた。

「…う…わ、わかったわよ。
　私もこれからあんたのことは、レイって呼ぶ！
　だから、あんたも私のことは　アスカ　って呼ぶのよ。
　いいわね！？」

　　はじめに相手を役職名で呼んだのはどちらだったか。
　　事実をつきつけられて、一瞬、言葉に詰まったアスカだったが
　　恥ずかしそうな表情のまま、改めて言い直した。

「…わかったわ…アスカ」

「そう！　それでいいの！　いくわよ、レイ！」

　　レイの口から自分の名前が紡がれたのを聞いて、なぜか
　　気分が高揚してくる自分が不思議でならない。

　　も〜、どうしちゃったのよぉ私！！！

　　バクバクと暴走し続ける心臓の鼓動に動転したまま、
　　アスカはレイを引きずるようにリビングへと戻って行った。



　涙を見せたレイを追っていったはずだったのに、戻ってきてみれば
　なぜか、二人は名前で呼び合ってるし、雰囲気が全然違うし、
　未来を掴み取ろうとする勢いすら感じられる。
　おまけに、訓練を中断して、シンクロテストをやらせて欲しい、と
　レイが言い出すし、アスカも一緒になってミサトに要求してくる。

　あまりの違いに事態についていけず、目を丸くしている子供達。
　だが、ミサトは困ったような態度を取るが、どこか楽しそうに見える。

「いいわ。１時間後にシンクロテストをやってみましょ」

　そのまま、携帯端末からリツコに連絡を入れ、抗議の言葉をしっかり無視して
　シンクロテスト実施の予定をねじ込む間も、ミサトの表情はどこか誇らしげだった。

そんなわけで、ユニゾン訓練その１、でした。（＾＾）
また一歩、心の距離が近づいた二人。

アスカはどーも一人、心が暴走状態ですけど。（笑）

免疫がない分、ストレートに想いを感じてしまうと
も〜大変♪　って事でしょう。

ちょっち今回は短いですがキリがいいのでここまで。
次回はユニゾン訓練その２。
欠けたことに気がついたシンリが動きますのでお楽しみに。