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「あれ？ シンリは今日、なにしにいくの？」
「んとね、秘密」
「なによそれ？」
「あと２時間もすれば、わかるから、今は秘密」
「…ま、いいわ、後から分かるなら」
そんな会話があった翌朝。
昨日は、試験結果から概算で割り出した許容範囲のズレである２％に合わせて、
ユニゾンのための訓練を行ったのだが、今日は朝から、MAGIを使って、
シミュレーション上で、イスラフェルとの模擬戦闘を行うことになった。
『いくわよ！』
『えぇ』
レイの零号機と、アスカの弐号機が、リニアカタパルトから上空へ射出され、
ソニックグレイブを投げつけ、戦闘開始。
S２機関の出力から予想された攻撃方法ということで、今回は無難に
目の部分からの加粒子砲と、打撃力の強化ということで、爪の部分が
A.T.フィールドに覆われている、と設定されたイスラフェルが、
離れれば加粒子砲を、近づけば爪で切り裂こうと立ち振舞う。
下方から蹴り揚げて上空へと弾き飛ばしたイスラフェル甲、乙に対して
弐号機、零号機が全身のバネを最大限に発揮した飛び蹴りを放つ。
ス…
「A.T.フィールドの展開が行われました。撃破失敗です」
淡々とマヤが報告する。
最後の攻撃を叩きこんだ瞬間の僅かなズレ、それが問題だった。
攻撃が先にHITするのと同時にもう一方のイスラフェルが
位置を微妙にズラしたせいで、コアの完全撃破ができなかったのだ。
刻々と変化する２機のエヴァと２体のイスラフェルの第３新東京市内での位置。
林立する兵装・装甲ビル群が戦術の幅を広げるかわりに、自由な位置取りを阻む。
真正面からコアを砕くのであればともかく、側面、背面、上面、下面から
コアを視認しない状態で正確に攻撃するのは、３次元処理されたイスラフェルの
形状を頭に叩き込んだ状態であっても困難だった。
『別のパターンで行くわよ！』
『わかったわ』
再度、別の攻撃パターンの組み立てで連携攻撃が行われるが、
やはり、最後の詰めの部分で、コアを同時荷重攻撃で仕留めることが
できず失敗してしまった。
「２人ともちょっと休憩していいわ。
今の結果を元に、MAGIに再計算させるから」
『『了解』』
ミサトが通信を終えると、別のエントリープラグに映像を切替える。
そこには、プラグスーツを着たシンリが映っていた。
「シンちゃん、やってみた感想を聞きたいんだけど、どう？」
『…同時破壊…防ぐだけなら…それほど厳しくないです』
シンリはいつものエヴァの操縦と異なり、目を閉じているだけに見える。
実は、今回、シンリはイスラフェル甲、乙への指示を行っているのだ。
攻撃、移動、回避、といった大まかな指示をシンリが行い、
MAGIがそれに従って２体のイスラフェルを実際に稼動させる…。
１つの意志が方針を決め、２つの身体が完全連動する、という
イスラフェルの行動パターン、そして使徒のもつ常識では測れない
周囲の状況認識能力を完全に再現する仕組みであった。
もっとも、レイとアスカの意志を五感に頼らずに認識するというのは
ちょっとズルイ気がしないでもない。
「やっぱ、そうなるわけね」
『…じゃ、２時間…後に…』
シンリはそう告げると、意識を失ってしまった。
「マヤ、いまの戦闘パターンを基にMAGIに制御させるわよ」
「はい。MAGIカスパーがシンリちゃんの役を引継ぎ、先ほど同様、
MAGIバルタザール、MAGIメルキオールがそれぞれ、イスラフェル甲、乙を
担当します」
マヤの指示で、MAGIカスパーがシンリの行った指示を基に
周囲の状況認識とそれに対する対応パターンの検討し始める。
シンリが意識を取り戻すまでの２時間は、MAGIのみでアスカとレイの
相手をしなくてはならない。
そのため、技術部は当然だが、作戦部もシミュレーションルームに篭って
できるかぎりイスラフェルの再侵攻時の行動パターンを限定しようと
全力を尽くしていた。
それに、作戦部は、実戦時には零号機、弐号機の動きをカバーするべく、
兵装ビル群を使って支援攻撃、緊急展開可能な装甲シャッターを利用した
防御を的確に行えるように、オペレータ達がこの訓練に加わってる。
支援効率を僅かでも引き上げようと彼らも必死だった。
場所はかわり、休憩室。
レイとアスカはエントリープラグから出て、束の間の休憩をとっている。
だが、その表情は緊張感に満ちていて、ある種の覚悟すら感じられる。
「さっき戦ったイスラフェルだけど、何か感じなかった？」
「…多分、あれは碇くんが操っている…」
「レイもそう思ったわけね。大した動きじゃないのに、全周囲を見て
こっちの行動の先を見越したような無駄がなさ過ぎる動き。
いくらMAGIが私達の思考をトレースするって言っても、
エヴァに対する今の状況が正確に分かるわけであって、
先が分かるわけじゃないはずよ」
「（こくん。）」
「このままじゃ勝てないわね。やっぱ、シミュレーション前にミサトが
言ってたみたいに、私達がそれぞれ、自分の戦い方を伸ばす形で
戦闘を常に自分達のペースで続けて、相手の隙があれば、
いつでもコアを砕く戦術でいくしかないわ」
「…それをなるべく早くマスターする」
「わかってんじゃない。私達がマスターすんのが遅れるほど、
シンリが訓練に付き合う時間が伸びちゃうんだから。
いい？
イスラフェルが同時に２機に攻撃するなら、私達は独力でそれを
上回る戦闘能力を発揮してそれを圧倒する！
もし、どちらかに集中してくるなら、フリーになったほうが全力で
攻撃をしかけて、イスラフェルの行動を邪魔し、狙われたほうは
周囲の兵装ビルを利用してでも、それを防ぎきること」
「わかっていても回避できない状況を作り出すのね」
「そういうこと！」
２人の少女は、事前にミサトがある程度の方向性は示したものの、
具体的に何を行うべきかを自分達で考えて、それを達成しようとしている。
白兵戦では、いちいち外部の指示は仰ぐ余裕はなく、あらゆる行為は
パイロットが瞬時に判断しなくてはならない。
単なる操縦者からの脱却…２人は最初のハードルを乗り越えようとしている。
第３新東京市に残る兵装ビル、装甲ビル、緊急展開シャッターの場所を把握し、
常にエヴァ２機とイスラフェルの３次元座標と状況を捉え、常に相手を圧倒して
回避できない状態を作り出すための動きの流れ。
シンリの操る２体のイスラフェルが主旋律を響かせ、アスカの弐号機が
全体を引き締め彩る高パートを唄い、レイの零号機が全てを補って
深みを生み出す低パートを奏でる。
３人の個性、意志が折りなす三重奏。
結局、主旋律のシンリに並び立ち、圧倒できたのはそれから６時間の後であった。
葛城家に戻った子供達は、さすがに合計８時間に及ぶ特訓のせいで
疲れていることもあって、口数もそれほど多くない。
「シンリ、ミサトは？」
「今日はMAGIの最終調整をするから泊まりこみだって」
「…はい、ペンペンのご飯」
「クェ」
食事を終えると、風呂で疲れを取って寝るための準備を整える。
そして早々と布団をもって、リビングへと集まった。
「今日はミサトがいないから、私が真中か」
「そうだね」
昨日までは、シンリ、ミサト、アスカ、レイの順に布団を敷いていたが、
今日は、シンリ、アスカ、レイの順番に変わってる。
「「「おやすみ」」」「クェ」
意識が戻るたびに訓練をする、というこれまでにない過酷な状況が
かなり負担になったようで、シンリは目を開けているのも辛そうに見える。
レイとアスカも、MAGIかシンリと小休憩以外の時間はずっと
イスラフェルと戦い続けたせいで、布団があれば横になりたい。
３人は布団を敷くと、誰も合図をしていないのに、同時に就寝の言葉を口にし、
３者３要の特徴はあるものの合わせたように床についた。
本来の主がいないNERV司令室。
深夜だと言うのに、ポツンと設置された応接セットに冬月が座り込み、
詰め将棋の本を片手に将棋を打っている。
隣にはリツコが立ち、極秘の報告をしていた。
パチーン
「黒の月による空間断絶効果により、先ほどの実験で発生したＡ．Ｔ．フィールドは
ジオフロント内のセンサー以外は検出していません。
また、MAGIに該当情報については改竄させましたので、
その事実を知る者は我々と、先ほどの実験に立ち会った者だけです」
リツコは、冬月も見たであろう零号機起動実験時に、エントリープラグを中心に
発生したＡ．Ｔ．フィールドについて、報告を行っていた。
実験開始前に極秘にＭＡＧＩに行われた指示。
それは、ケイジを中心に発生するＡ．Ｔ．フィールドについて検出しても、
それをなかったものとして処理し、監視システムからの警報を出させない、というモノ。
通常であれば行われるはずのない処置である。
パチーン
「…リリスは目覚めているのかね？」
冬月の声はいつもと変わらない。何気ない態度は、まるで今晩の献立を
聞くかのように平然としている。
「いえ。あくまでも今回の発動はレイの意志によるものです。
本人が意図して発生させたものではなく、心が周囲に漏れただけと予想されます」
パチーン
「…Ａ．Ｔ．フィールドの出力は？」
上手く問題を解けたらしく、回答を見て、自分の手順と照らし合わせて
口元に笑みが浮かんでいる。だが、その目は娯楽に興じる者のソレではない。
「レイの意志力は瞬間ではありますが、零号機と拮抗しました」
リツコは記憶の中だけにある情報を口にする。
言葉にすれば、それだけ。 だがそれが示す内容は人の手に余る。
「それで漏れ出ただけ、か」
「はい」
冬月は新しい棋譜を並べ始めた。全ての事象をゼロに戻し、
別の状況から、新たな道筋を考慮するための行為。
「…３ｒｄへの移行で制御可能状態に戻せるかね？」
「恐らくは…移行自体が不可能です。
本人がソレを望むか、現在の体を破壊されない限りは」
パチーン
「破壊…か。それを可能とする手段は、エヴァ、使徒、あるいはレイが
拒絶しないであろう相手…シンリくんかアスカ君が直接、手を下すこと。
…確かに、事実上、不可能だな」
冬月の表情も、口調はあくまでも普段と変わらない。
「…」
リツコの表情が僅かに曇る。
「まぁ、いい。まだ予定の範囲内だから、な。
…それにしても、私も最近はずいぶん、甘くなったものだ…。
全人類と、チルドレンと呼ばれている３人の子供達。
どちらを選ぶかなど、考えるまでもないはずなのに、秤にかける自分がいる」
その言葉に僅かに感情の波を感じ取って、リツコの態度も和らぐ。
「そんな自分を認識することで、まだ人の心を持っていると認識できる…。
そうではありませんか？ ”冬月先生”なら」
「ソレを言ったのは碇かね？」
「そうですが？」
「ふむ…そうか。 ふむ…」
妙に納得顔でしきりに頷き、含み笑いすらしながら、詰め将棋に興じる。
「…何か？」
「なに…いずれリツコ君と将棋の勝負をしてみたい、と考えて…な」
「私は将棋はやったことはありませんわ？」
「私が保証するよ。君は詰め将棋の才能がある」
「…詰め将棋…ですか」
「そうとも」
リツコは、自分の研究室への帰路につきながら、手の中にある詰め将棋入門書…
冬月に渡されたもの…を持ち、その扱いをどうしたらいいのか、悩んでいた。
その後、リツコの部屋に、冬月から渡された本が少しずつ増えていくことに
なるのだが、それはまた別の話である。
静かに、月明かりに照らされているだけのリビング。
３人の子供達はそれぞれの布団で寝ていたのだが…。
むくっ
アスカはまぶたが空いているのかも怪しい状態のまま、ふらふらと起きて、
手洗いを済ませると、そのまま、今週、いつも寝ていた布団の位置…
今日はレイが寝ている場所…まで歩くと、そのまま、ぽてっ、と転がって寝てしまう。
毎日、寝ていた位置に無意識のうちに足が向いたのだろう…たぶん。
吐息がかかる距離に誰かを感じることなど、１０年近くなかったせいだろうか…。
身近に感じる体温に誘われたのかもしれない。アスカは懐かしい夢を見ていた。
それは、小さな頃の大切な、大切な思い出。
「もう、しょうがない子ね、アスカちゃんて。
今日だけよ？」
「ママ、大〜好き♪」
怖いテレビを見てしまい、どーしても一人で寝るのが怖くて
ママに一緒に寝てって、一生懸命、お願いした。
とっても、優しい表情で近くで微笑んでくれてるのが嬉しくて、嬉しくて
ありがとう、の気持ちを伝えたくて、とった行動。
私は、ママに身体を擦り寄せて、頬にお休みのキスをして
そのまま、抱きついたまま、怖い夢を見ることもなく
すっごく安心して眠れたの。
身体を擦り寄せると聞こえてくる胸の鼓動。
とくん、とくん
聞いていると落ち着くの…。
気配を感じ取ったのか、不意に感じられた吐息に驚いたのか
アスカが布団に入り込んできたとき、レイは僅かに目を開けていた。
目を閉じたアスカが、身体を擦り寄せてきて、微かな声で呟く。
「ママ、大好き…」
頬に口付けをすると、安心しきった寝顔を擦り寄せてきた。
「（ぱちっ、ぱちっ）」
突然の出来事に、何度も瞬きして見直してみる。
困惑の表情を浮かべたまま、胸元に頬を寄せるアスカを
ただ、ただ、そっと伺うだけの時間が過ぎていく。
「…アスカ？」
静かに、囁くように呼びかけてみるが、応えはない。
気のせいか、表情が更に柔らかく変わった気がする。
しばらくそのままにしていたが、同じ体勢は疲れるので、
身体の位置をズラそうと動く。
ギュッ
「…」
引き寄せられる感じに、胸元をみると、アスカがしっかりと
パジャマを握ってしまい、離れようとするレイをしっかりと
捕まえてしまっていた。
「…」
ふ、と天井を見上げ…レイはシンリのほうを縋るように見た。
熟睡しているようにも見えたのだが、想いが届いたのだろうか。
シンリが僅かに目を開け、ポツリと口を開く。
「…明日、大変だから…ね…」
そう、いったそばから、何事もなかったように目を閉じてしまい、
そのあと、３０分ほどレイが見続けても、変化はない。
諦めて、胸元を見ると、相変わらずパジャマを握りしめて離さず
穏やかな表情で寝ているアスカが見える。…やはり変化はない。
そのまま…天井をしばらく仰ぎ見て…隣のシンリを見る…
いつまでたっても寝つけないのか、レイはそんなことを
静まり返ったリビングで続けていた。
レイが眠りについたのは、いいかげん、精神・身体の疲れが
ピークに達した早朝…薄明かりが見えてきた頃であった。
決戦前夜はかくして過ぎていったのでした。（笑）
レイちゃん、寝不足みたいですがいーんでしょーか？（＾＾；）
次回で、第０９話は最終パート、イスラフェルとのリターンマッチ♪
みんなの努力の成果が実を結びます。
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