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第三新東京市中央の商業地区。
ここだけは、彩りの少ないこの都市において、唯一、賑わいを見せている。
休日ともなれば、たくさんの人々が集い、定期的に催し物も行われており、
市民の数少ない娯楽施設の一つとして親しまれていた。
「ラッキー、加持さんにショッピングを付合ってもらえるなんて」
「そんなに喜んで貰えるとは光栄だな」
腕組みをして頬摺りなんぞしてゴロゴロと喉を鳴らすように
笑顔を振りまくアスカに、ちょっと引き気味になりながらも、
穏やかな表情で応える加持。
親子というには年が近過ぎ、兄妹というには年が離れ過ぎている不思議な
取り合わせに、道行く人の視線も自然と集まるが、アスカはまったく
それに気がつかず、加持はそれらの人達に愛想笑いで応えていた。
だが、彼も連れて行かれた店にずらりと並ぶ商品を見て笑顔を凍り付かせた。
色とりどりのカラフルな色彩のワンピース、ビキニ、タンクトップｅｔｃが
独特の雰囲気で彼を出迎えたからである。
「なんだ？ ここ水着コーナーじゃないか」
外を歩いている時と違い、店内の女性客からは明らかに不審の彩りを添えた視線が
グサグサと加持に突き刺さり、自他共に認める頑丈かつ柔軟な心に、容赦ない
痛撃を加え続けている。時折、「あれって…」とか、「やっぱり…」とか
生半可に聞こえる非難めいた言葉も、追加ダメージを与えているようだ。
「ねぇねぇ、これなんかどう？」
赤と白のボーダー柄、ツーピースで胸元を飾りを兼ねたジッパーで止めるタイプの
水着を取り出してアスカがにこやかに問いかける。
本日、数十回目になる問いかけだが、初めて見るアスカのはしゃぎ様に加持も、
表面上は心に受けたダメージを見せずに、ソレを身に付けたアスカを想像してみる。
「いやはや、中学生にはちと早過ぎるんじゃないかな？」
「加持さん、遅っれてるぅ。今時、これくらい当ったり前よ」
ちょっと不満気な表情を見せて非難するが、気を取り直して新しい水着の
物色を始める。加持が解放されたのはそれから２時間後であった。
＊
商業施設の中にある多目的ホールで、お茶の時間を楽しむ二人。
背後では小型のＳＬが子供達を乗せて力強く小さなボディで
たくさんの車両を牽引して走っていたりする。
「ほぉ、そおなんだ」
「せっかくの修学旅行だもん、ぱーっと気分を解放しなくちゃ」
「修学旅行どこ？」
「お・き・な・わ♪ メニューにはね、スクーバダイビングも入ってるの」
「スクーバねぇ、そういやもう３年も潜ってないな。
さっきの水着はそのためかい？」
「そーなの。やっぱ成長期だから、去年の水着ってもう合わなくて」
「レイちゃんやシンリくんも今回、新調したのかな？」
「レイは最近、白いワンピースの水着を作ったばっかりだから
いらないって。シンリは…まだ、駄目なの」
それまで楽しそうだったアスカの表情が僅かに曇る。
「…例の…後遺症か」
ガギエル戦の後、記憶が欠落しているように見えるシンリの精神状態を、
戦闘時の記録と併せて分析した結果、強度の精神に対する負荷、あるいは
恐怖が、思い出すことを拒絶しているらしい、ということが判明していた。
普段、一緒にいる子供達と第一発令所のメンバー、ガードなど、シンリと
接点の多い者に、記憶のフィードバックが起きた際の緊急対処法について
通達されており、加持もそのことを知る数少ない者の一人である。
「たぶん。お風呂場くらいならね、大丈夫らしいんだけど…」
「…そうか」
ガギエル戦の後、ジオフロントの森での日常訓練時に、シンリの生体状態を
計測しているセンサーから、体温、心拍、脳波の異常が検出され、慌てた日向が
駆けつけるという事件があった。
結局、激しい恐慌状態に陥っていたものの、記憶が戻ったわけではなく、
それからは、訓練パターンを変えて、湖との距離が近づき過ぎないように
内容が修正される等の対処を行っており、表面上は、シンリも平穏を
取り戻しているように見える。
「…ところで、加持さんは修学旅行、どこ行ったの？」
「ん？ あぁ、俺達、そんなのなかったんだ」
「どうして？」
ドイツにいたときは授業以外に興味がなかったしそれ以外はＮＥＲＶでの
訓練漬けだったこともあって、学校行事に何があるかなんて覚えてなかった。
だから、日本に来て、修学旅行という同学年の生徒が揃って遠出をする
行事があるということを当たり前のように話す教師や友人達を見て、
当然、加持だってどこかに出かけたのだ、と単純に想像したのである。
「セカンドインパクトがあったからな」
僅かに寂しさを含んだ声が波紋を広げ、触れた空気の温度が下がる。
治安の行き届いた学校施設とＮＥＲＶ施設以外での生活をしたことがない
アスカであったが、それでも知識としてセカンドインパクト後は、生き地獄と
言っても言い過ぎではない過酷な生活が続いた、とは知っていた。
だが、それはあくまでも知識。
「知っている」ことと「理解している」ことは似て非なるモノ。
以前は気にしなかった他人の心の揺らめきに、その違いを自覚させられる。
加持は、コロコロと目まぐるしく変るアスカの表情を見て、
豊かに変りつつある心に対する驚きと嬉しさを、
一人歩きしつつあることへの一抹の寂しさを感じていた。
＊
その日の午後。
ジオフロントへの直通エレベーターから加持とミサトが一緒に降りる。
床に散らばった書類を集める加持を無視しつつ、外に出たミサトは
周囲を気にしながら着衣の乱れを直していた。
「もう、加持君とは何でもないんだから、こういうのは止めてくれる？」
「でも、君の唇は止めてくれ、とは云わなかったよ」
「…」
「君の唇と、君の言葉。どっちを信用したらいいのかな？」
芝居がかった口調のまま、書類を差し出す。
顔に張り付いた笑顔が憎らしい。
「…口紅の痕、とっときなさい。
みっともないたらありゃしない」
「あ？ マジか？ そりゃマズイ」
ミサトの言葉に、慌ててエレベーター内に設置されてる大きな鏡に
自分の姿を映して、唇を確認しようとする。
その態度に、ミサトは表情を変えずに、革靴をヒールで踏みつけ、
ネクタイを掴んでバランスを崩し、加持を引き寄せた。
同時に引き抜いたＨ＆ＫＰＤＷ…愛銃を顎の下から
突きつけている。
その目は、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は微塵もない。
「隠し事してると態度がお座なりになるのは変ってないわね。
…色が移らない口紅がいい…昔、言ったことくらい
覚えときなさい」
「…ご忠告、感謝するよ」
横目で鏡に映る自分の顔を見て、そこに口紅の痕などないことを確認し、
苦笑してしまう。
「今回の修学旅行、保安諜報部のメンバーが１／３も沖縄入りする理由、
この後、ケイジで初号機の捜索テスト中にでも、ゆっくり聞かせて
貰いましょうか」
「提出している資料が全て…じゃ納得できないか」
「狩りと掃除を一緒にやる…もう少し、相手のことが知りたいの。
留守を預かる以上、全体を把握する権利と義務があるわ」
「なぜ会議の場で要求しない？」
「極秘にしたそうだったから、気を利かせたの」
「…ＯＫ、後でケイジに行くよ」
僅かに目元だけ笑みを浮かべて掴んでいたネクタイを放す。
同時に滑らかな動きでホルスターに銃をしまう。
芝居がかった態度で胸元に手を当てて頭を下げる加持を
扉が閉まるまで眺めていたミサトだったが、意識の隅に
近づいてくる人影を捉えると、身体の力を抜いて
目線だけで相手を確認する。
相手が近づいてくるのに合わせて自然な動きで向き直す。
「あら？ シンちゃん、レイ、早かったわね」
「？ 時間通りだと思いますけど」
「（こくん）」
シンリとレイが二人して不思議そうな表情をする。
「え？ やっばーい、事前打ち合わせ、すっかり遅刻じゃない！
二人とも、また後でね！」
時計を見ると、既にリツコとの約束の時間を過ぎている。
時間に余裕がなかったことをさっきのことで、すっかり
忘れてしまっていたのは失策だった。
ふ、と角を生やしたリツコの姿が目に浮かぶ。
慌ててケイジに向かって走ろうと身を翻す。
「あの、ミサトさん！」
「何！？」
「シャツ、出てますよ」
シンリの視線に、慌てて後ろに手を回してみると、ぴょこんと
飛び出している部分があることがわかる…どうも
さっき、慌ててたせいで直しきれてなかったらしい。
「…恥ずかし…。ありがとね、シンちゃん」
照れ笑いを浮かべてその場を走り去る。
自分に隠し事があるせいだろうか。
シンリの紅い瞳に映った自分が酷く不自然な振る舞いを
したような気がして、トホホな気分のミサトだった。
＊
その晩。初号機による捜索テスト後に集まった子供達は
ミーティングルームで、ミサトと対峙していた。
「えぇぇぇぇ、正規パイロットは修学旅行に行っちゃ駄目ぇ？」
「そ」
突然の指示に憤然とアスカが抗議の声をあげる。
円卓に座るトウジ、ケンスケ、カヲルはその姿をのんびりと眺め、
シンリ、レイも当然のこと、と納得顔である。
「どうして？」
「戦闘待機だから」
「そんなの聞いてないわよ」
「さっき、作戦部で決定したんだもの」
「誰が許可したのよ！」
「作戦部長の私が許可したの」
わざわざ、修学旅行の日程が決まった段階で作戦部がちゃーんと準備し、
何度となく説明までしたフローチャートを、レーザーポインタで指し示して、
その決定が多くの状況から的確に判断された結論であることを認識させる。
ちなみに、アスカ達、正規パイロットが修学旅行に行ける可能性は
元々、高くなかった。シンリ＆初号機による使徒捜索で一切気配が感知されず、
沖縄の戦略自衛隊との有事対応の交渉が問題なく纏まり、数少ない垂直離着陸型
超音速戦闘機３機を常時、即時発進可能状態で待機させておけて、
なおかつ、沖縄−第三新東京市間の空路を極東ＵＮ軍が常時、ガード
し続けることを承諾すれば…というのだから。
「うぅぅぅ…あんた達、お茶なんか啜ってないで、
ちょっとなんか言ってやったらどうなの？
オ・ト・コでしょう！？」
やり場のない怒りが突然降ってきたけど、誰が考えても可能性は
限りなく０に近いと思っていたことだったせいか、鈴原君達の
反応は、静かなものだった。
「仕方ないんやないか。ワイらが沖縄行けるんは悪いとは思うとるけど」
「ふぅ…奇跡はそうは起きないってことだねぇ」
「惣流達の水着姿、やっぱ、映すのは無理かぁ」
一番、アスカや綾波さんが行くことを望んでいそうに見えた相田君も
そんな言葉を溜息混じりに口にする。
「…諦めてたって訳？」
「そりゃね。可能性は０だと思ってたし」
「情けないわね！ 飼い慣らされた男なんてサイテー」
「そういう言い方はないだろ」
男はかくあるべき、って考えがアスカは強いみたい。
でも、鈴原くんから「女子はもっとお淑やかにしとるもんや」なーんて
言われると、猛然と食ってかかるのはちょっと変。
「男ってどーしてこう馬鹿でスケベなのかしら！」…前に着替えている所を
覗き見ようとしていた男子がいたって話をしながら、そんなことを言ってた。
なんだか、都合良く「男らしく」って言われる鈴原くん達が可哀相…かな。
「気持ちはわかるけど、こればっかりは仕方ないわ。
あなた達が修学旅行に行っている間に使徒の攻撃があるかもしれないの」
「いつもいつも待機、待機、待機、待機。
いつくるかわかんない敵相手に守ることばっかり。
たまには敵の居場所を突き止めて攻めに行ったらどうなの！？」
「できる所からやってるわよ」
溜息混じりにミサトさんがスクリーン表示を切り替える。
それは、先ほど、ボクが捉えた気配の位置を３次元表示した日本列島の断面図。
半径５０ｋｍ…それでも地球的規模から言えば十分、絞り込んだ範囲…に
使徒がいる…かもしれない、と告げた位置の表示。
漠然と感じた僅かな意志。
寝ているような…以前、感じた気配に似た…以前？
そんなの…覚えてない…知らない。
微かに感じた使徒の気配。だけど、それには色がなくてまるで空気のように
周囲に溶け込んでいるかのよう。
もしかしたら、気のせいかもしれない…そう思えるような淡い雰囲気。
スクリーンに、周囲の山々で、開いている噴火口から観測機が
降ろされていく姿が映る。
「海は人類最後のフロンティアって言うけど、地球内部なんてそれより
遙かに遠い異世界って感じよね。対象空間全てをセンサーで調査したいのに
できることは、噴火口という名の回廊から垂直に観測機を降ろすだけ。
海に落ちた物を手探りで探す、ってくらい難しいらしいわ」
この席に技術部のメンバーがいないのは、地殻内観測網の整備が技術的
難易度の高さ等が理由で後回しになっていたこともあって、そちらの
支援に駆り出されてしまっているせいだった。
「ま、３人ともこれをいい機会だと思わなきゃ。
クラスのみんなが修学旅行に行っている間、少しは勉強ができるでしょ？」
ミサトさんが３枚のデータディスク…丁寧にボク達３人の名前が
ラベルに書かれているモノ…を取り出して見せる。
養育権を持つ人は子供の最新の成績データをいつでも参照できる。
そんな当たり前のことを、わざわざ自覚させようとしてるのかな？
アスカの表情からすると、ドイツでは制度が違うのかもしれない。
「私もあんまり言うつもりはないけど、弱点があってそれを克服する
道があるなら指し示さなきゃね。
レイは国語のうち、感情、精神的な洞察力が弱いでしょ。
アスカは日本語の読み書きが壊滅的ね。
シンちゃんは体育のミニバスケットボール※で、チームプレイができてない。
冬月副司令が特別メニューを準備してくれてるから、
みんな、がんばってね」
※セカンドインパクト以降、小さくなっている子供の体格を考慮し、
２０１５年現在は小学生だけだったミニバスも中学生までを
参加対象とするように変更されている。
だって、ミニバスって、合計１０人もの人が入り乱れて同時にゲームに参加してるから
気にしなくちゃいけないことが多過ぎて、頭がパンク寸前。
…どうやって補習するんだろ…？
「漢字なんて似たような記号ばっか、音読み、訓読みまであって、
なんで、こんなに種類があんのよぉ！」
「郷にいれば郷に従え、日本語にも慣れてちょうだい」
「いぃぃぃぃぃぃぃだ！」
不満一杯！って体中で表現してアスカが露骨にミサトさんに文句を言ってる。
だけど…どこかその仕草が可愛いって思えた。
＊
第３新東京空港から飛び立っていく大型ジェット旅客機。
ＪＡＮのパックツアーに参加する者がみんな貰えるバックを
肩にかけた同級生達をレイ、アスカ、シンリ、シンリの肩に
乗る子猫のライ、の３人と１匹は見送っていた。
「みんなの分、おみやげ買ってくるからね」
洞木さんが申し訳なさそうにそう告げて手を振っていたのを思い出した。
「シンリさん済みません、ライを預かってもらっちゃって…」
「気にしないで。ナツミちゃんも面倒みてくれるって言うし、
何かあったらリツコさんに相談するから」
「ニャ」
何度も何度もボクの肩に乗ってるライを見ながら
申し訳なさそうに謝ってる山岸さんが印象的だった。
「あぁ、３人とも残念だけど勘弁な」
「おまえらの分まで楽しんできたるわ。なはははははは」
「シンリくんと一緒に行けなくて残念だよ。
この穴埋めは戻ってきたらきっとするから」
…男の子３人…エヴァの予備パイロット３人と言った方がいいかも。
どこか表情や態度に違和感を感じる。…覚悟…？ ただ、旅行に
出かけるのとは何か違う緊張した雰囲気が僅かに感じられたんだけど…。
「綾波さん、鈴原くん達、どこか変じゃなかった？」
「…そう？」
「気のせい…かな…？」
「ニャーォ」
肩に乗ったライくんが小さく間延びした声で鳴くと頭に身体を擦寄せてきた。
頬に当たる子猫の柔らかい毛の肌触りが気持ちいい。
目を閉じてその感触を楽しんでいたら、「ニャ」と小さなライくんの声が
聞こえて慌てて目を開ける。
「理屈では判っても、納得できないわ！
シンリ！ レイ！ こうなったら私達も今日は遊ぶわよ！」
メラメラと燃えさかる欲求不満の炎をバックにアスカが
大声で現実逃避の宣言をしちゃった。
「え？」
「アスカ、冬月先生の特別メニューに余裕はあまりないわ」
「うぅ…いいの！ 今日は特別！
ペンペンもジオフロントにいるからちょうどいいわ！
午前中はプールでスクーバダイビングをする！
いいわね！」
「ニャ♪」
「え？」
猫って水が嫌いじゃなかったけ？
「ほら、ライも賛成してるし、ペンペンは賛成に決まってるからこれで賛成３。
あんた達が反対しても、２対３でプール行きは決定よ！」
腰に手を当てて元気よく宣言すると、意気投合したライくんを
肩に乗っけて、ボク達の手を引っ張ってジオフロントへと歩き始めた。
楽しそうに鼻唄混じりに歩くアスカを見てると、なぜか、今日は
遊ぶ日！ …そんな気がしてくるから不思議。
綾波さんも、柔らかな表情で、アスカの手を握り返して歩いてた。
ちょっと今回はシーンチェンジのところに「＊」というマークを
入れてみました。どうでしょう？
さてさて、第４話がオリジナルだったせいで使えなかった
「雨、降り出した後に」という題名。
マグマダイバー…はエヴァＩＳではできないので、ちょっと
流用してみました。（笑） 原型、留めてないですね。（＾＾；）
「制止した闇の中で」への布石もチョコチョコと。
基本的に子供達の時間は原作に近く、それ以外はエヴァＩＳ風に♪
次回Ｂパート予告：
なぜか偶然、浅間山の観測機が使徒らしき陰を捉えるが、
ミサト達、作戦部の判断は…？
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