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「うーん、操縦って言っても考えるだけだから」
「シンリくんが嘘を言ってるとは思わないけど、あのロボットが
考えたように動くって言っても、すぐに信用するのは、ちょっと…ね？」
お昼休みにマナさんとエヴァについて話をしたときに、操縦方法の話題になって、
”雷電”には、フットペダルが二つ、操縦桿が二つ、取り付けれれてるスイッチが
それぞれ７つずつで押すときの組み合わせで機能が変わるとか、それ以外にも
２０個くらい多機能スイッチがついてて、ディスプレイがいっぱいあって、
表示される情報も何十種類とある…って聞いた。
パイロットスーツも宇宙服みたいにゴツくてシートに完全固定される…なんて話も。
それで、エヴァはどうかって聞かれて、操縦桿にスイッチが１個ずつ、
それとディスプレイの機能変更用ボタンが２個だけ、パイロットスーツ…
プラグスーツは薄い生地で身体に密着する、って話をしたんだけど、
どーしても信用してくれない。
「だったら見学してもらえばいーんやないか？
ナツミ達だって許可が下りたくらいや。ミサトさんに聞いてみい」
「シンリ、それなら私の弐号機が今日、新しい武器の試射をするから、
そっちも話してみたら？ どーせ、マユミ達も見に来るんだから、
同じよ」
「うん」
携帯端末でミサトさんに聞くと、ちょうど、インテリアの機能改良試験も
するから、どっちも立ち会いを許可するわよん、って言われた。
「ＮＥＲＶって気前がいいね、戦自だったら、手続きだけで
何ヶ月かかかっちゃうと思うな♪」
マナさんが嬉しそうにそう言ったけど、その表情はなにか引っかかる…。
心と表情が合わない感じ。 望んだ通りになったのに、どうして？
「戦う人の姿、働く人の姿はできるだけ家族に見せておいたほうがいいって
ミサトさんが言ってたよ。 俺もそう思う。
やっぱり、見ないと伝わらないこともあるんじゃないかな」
ケンスケくんの言葉にみんなが頷く。
「軍事機密より家族が大事…っていうこと？」
「私のみたいな素人が見ても、何が重要なのか、機密か、なんてわからない。
でも、アスカ達が私達のために戦ってくれている…それはわかるの。
鈴原達が苦しい訓練をして、少しでも力をつけようとがんばって
くれているのがわかるの。
自分達がなんのために戦っているのか、どんなことをしてるか知って貰うことは
大事だと思う」
「そうですね。私も噂だけしか聞かなかったら、誤解してたかもしれません」
洞木さんと山岸さんがそう言ってくれるのはとても嬉しい。
ボク達のことを知ってくれる人がいる、それはとても大切なことだって
ミサトさんが言っていたけど、ボクもそう思う。
「よくわからないな…そういうの」
マナさんが少し寂しそうにポツリ、と呟いた。
＊
「アスカ、覚悟はいいかしら？」
『ちょっとリツコ、その言い方、すっごく不安を煽ってるの気がついてんの！？』
「全力で教えた体勢でしっかり構えないとエヴァが怪我をするわ。
もちろん、アスカも。 これは脅しじゃないの。
いいわね？」
『…私のほうはＯＫよ』
「全センサー、動作、問題なし、弐号機、全機能、正常動作中です」
第６実験場。
今日は、やっと、組み上がったエヴァ弐号機専用の大砲…
”エンジェルバスター”の試射試験をする日。
エヴァの２倍を越える長大な砲身、全体を覆う装甲版と、隙間から覗く
無数のパイプ、弐号機が背負っている３つのタンクから供給される
弐種類の液体装薬と液体酸素。その爆発する力でパレットガン用の
１０００倍も重い大きな砲弾を秒速７ｋｍで撃ち出す口径１２００ｍｍの大砲。
発射態勢で構えた弐号機の前には、破損した初号機、弐号機の装甲版を
１００ｍの厚さに重ねた特注の巨大な的。
全力で撃つとジオフロントが壊れるから、今日は１／３の薬室しか使わないって
言ってた。実験前で忙しそうだったから質問はしなかったけど、薬室を１／３って
どういうこと？ 装薬の量を１／３って言うのとは言い方が違うし…うーん…？
「総員、耐ショック姿勢！」
耐爆、耐熱の特別実験場から１００ｍも離れているけど、見ているボク達は
用意してもらった手摺にみんな、しがみついた。
「…発射！」
ミサトさんの静かな声が実験開始を告げる。
『行けぇ！』
ドゴォォォォォォォォォン
く…
弐号機が”エンジェルバスター”を発射した瞬間、地を振るわせる振動と
お腹に響く轟音が室内に反響して、思わず目を閉じる。
握力がない左手が手摺から離れて、ボクは揺れる室内に放り出された。
がしっ
「シンちゃん、大丈夫？」
「は、はい」
いつのまにか後ろにいたミサトさんが飛ばされたボクを片手で捕まえてくれた。
何気なく助けてくれてるけど、片手で支えるのって力持ちだと思う。
室内を見ると、みんなもかなり姿勢が崩れて大変になってた。
さすがにマナさんは大丈夫そうだけど、鈴原くんはナツミちゃんを抱えて
後ろの壁に当たるのを止めたみたい。ナツミちゃんが痛くないか、聞いてる。
こういう時、やっぱり男の子なんだな、って感じる。
「衝撃波、反響消滅」
「弐号機の状況は！？」
「現在、データリンク復旧中…再接続、成功しました。
弐号機、全機能…問題ありません。
”エンジェルバスター”は、一部、配管に亀裂発生」
巨大な砲弾を撃ち込まれたターゲットは１００ｍも厚さがあったのに
粉々になって、原型を留めてない。
撃った時の衝撃でカメラとかはみんな壊れちゃって、静かになってから
入ったカメラに写し出された弐号機は全身粉塵まみれで、”エンジェルバスター”を
構えた状態を僅かに崩した姿勢に変わっていた。
ぱっと見た感じだと、”エンジェルバスター”は問題はないようだけど、
よく見ると、細かいところに罅が一杯あって、かなり壊れている感じ。
「…そう。アスカ、気分はどうかしら？」
『もー最っ低！ 私の弐号機は埃だらけになっちゃうし、腕も肩も痛いし、
視界はぜんぜんないし、ターゲットは粉微塵で効果がわかんないじゃない！』
「…それだけ言えれば大丈夫そうね。エントリーを解除して。
救護班を向かわせるから、チェックを受けなさい」
『了〜解』
リツコさんもアスカの言葉を聞いて、やっと緊張していた表情を崩してる。
作戦部の人達も技術部の人達も、ほっとしたのもつかの間、今度は
弐号機と”エンジェルバスター”の周囲に作業車両を乗り付けて、
流れるように応急処置を行い、排出されたエントリープラグに
降車用アームを寄せて、アスカが降りるのを助けてる。
「「「「「「…」」」」」」
みんな、びっくりしたみたいで、目の前の光景を見たまま
一言も口にしない。
慌ただしい作業が続くのを眺めているだけだったけど、
髪についたＬＣＬを洗い流したアスカがタオルで水気を拭きながら
現れたおかげで、みんな、やっと一息、つくことができた。
今までのエヴァの武器が豆鉄砲に見える大砲。
詳しい話は全然、聞いてなかったから、仕事も落ち着いてきたようだし、
リツコさんにちょっと質問してみる。
「あの、リツコさん、さっきの大砲って…」
「…シンリくんは、ほんと、興味がないと固有名詞を覚えないわね。
”使徒殲滅専用砲弾位置磁力制御型多薬室式機関砲”
通称”エンジェルバスター”、せめて通称くらいは覚えてね」
リツコさんがふぅっ、と大きく溜息を一つ。
「あ、はい。 で、その、”エンジェルバスター”、今までの武器となんだか雰囲気が
違う気がするんですけど、ただ大きくした以外に何が変わってるんですか？」
ボクの問いに、リツコさんはいつものように目を輝かせて
嬉しそうに説明を始める。 やっぱり、リツコさんって、
こういう、「人に教える」ってことが似合ってる、と思う。
マナさんも熱心に聞いているけど、こういうことに興味があるのかな？
クラスの女の子で武器に興味がある子って全然いないし、やっぱり
戦自で働いてるくらいだから、相田くんみたいに、そういうのが好き…
なのかもしれない。 話をしてても、そんな風には見えなかったけど。
「合計２１基の減口径薬室を備え、燃焼室内への液体装薬の直接噴射、
液体酸素との理想的な混合比と、秒速８ｋｍを越える燃焼ガスの発生を
マイクロ秒単位の正確さで制御する電子制御技術、砲身内での
砲弾位置のズレを補正する超電導磁力コントロールによって…」
あぅぅぅぅぅ…日本語なのに、何を言われてるのかよくわかんない〜。
ボクの表情を見て、リツコさんは、コホンと一回、咳払いした後、
少しだけ考えて、説明を言い直してくれた。
「…つまり、普通の銃なら薬室が１つで、そこで装薬を燃やして、発生したガスで
弾を押し出して撃つけど、”エンジェルバスター”は、薬室が銃身の尾部に１つと
途中に等間隔に合計２０個ついていて、１つ１つが少しずつ目の前を通過する
弾をガスで押して加速することで、１つの時よりも早い速度で弾を撃ち出す砲なのよ。
装薬が液体だったり、燃やす時は薬室内に霧のように蒔くようにしたり、
薬室の出口を小さくすることで、ガスが吹き出す速度を速くしてみたり、
ちゃんと砲身の真中を弾が通過するように磁力の反発で位置の偏りを
修正することで摩擦を最小限に抑える機能付きの、ね」
…んと、なんだか考えただけで複雑な感じ。
「あの、どうしてそんな面倒なことをするんですか？
弾を勢い良く飛ばすなら、装薬の量を増やせばいいんでしょう？」
「いい質問ね。
確かにシンリくんの言う通り、無限に頑丈な材質があるならそれでＯＫね。
でも、実際には人類が作れる金属の強度には限界があるわ。
だから、壊れないように使える装薬の量は決まっているの。
でも、それじゃある程度以上、速度が上がらない。
それを打破するための方式の一つは、エヴァの装備の基本になっている
レールガンの磁力で弾を加速していく仕組みね。
装薬の爆発力で弾を飛ばすわけじゃないから銃身はそれほど丈夫じゃなくてもいいわ。
ただ、その場合、とっても電気を必要とするのよ。
今回のように、大きな弾を飛ばそうとすると、ヤシマ作戦みたいにあちらこちらから
電気を引っ張ってこなくちゃいけない。でもそれじゃ使い勝手が悪いわよね？
そこで、考えたのが弾を飛ばすときに、一度、燃焼ガスで押すだけじゃなく、
なんども押していけば少しずつ速度も上がるはず、という理論。
一度に押す力は変わらないから銃身は壊れないし、理論上は燃焼ガスの速度限界に
達するほど砲弾を加速できるってこと」
「でも、飛んで行く弾に合わせてどんどん押して、もっともっと速くするんですよね？
なんだか、後になるほどタイミングが難しいような気がするんですけど」
「その通りよ。だから、１つ１つの機構は単純でも、タイミング制御は１／１０００秒単位の
正確さが必要なの。早過ぎると前からガスで弾を止めることになって暴発するし、
遅過ぎると、弾にガスが追いつかないからタイミングは後になるほど微妙ね」
「リツコ、なんで、弾の位置なんか補正すんの？
砲身に沿って弾が進むのなんて、そんなの当然じゃないの？」
「あら、アスカもいいところに気がついたわね。
物質は、一定速度を越えると別の性質を発現し始めるわ。
例えば、戦車の弾なんかはいい例ね。 遅い弾は傾いた装甲に当たると
方向が変わって弾かれるけど、一定以上の速度の弾だと、弾と装甲の接触面で
無限に等しい摩擦力が発生することで内側（装甲側）に向かって食い込んでいくことになるの。
今回の弾の場合、最終速度は秒速７ｋｍを越えるわ。ほんの僅かでも銃身内で偏っていたら…
全体が均一の抵抗でなく、接触面の圧力にズレがあったら、その方向に向かって
弾が潜り込んで行って銃口以外のところから弾が出るか、運が悪ければ
ガスがそこで止まって暴発するのよ。
それを防ぐには、砲弾の位置を砲身中心から１／１００ミリ単位でズレを制御する
必要があったの」
「１秒で７ｋｍも飛ぶ速度で、そんなことやってんの！？」
「そうよ。 しかも、飛ばす弾の重さは５トンを越える、というおまけ付き」
簡単そうに説明してくれるけど、多分、いろいろと苦労があったんだと思う。
最近、リツコさん達、ジオフロントに泊まり込むことが多いって言ってたもん。
「とっても、とっても大変だったんですね、この大砲を作るのって」
「わかってもらえて嬉しいわ。だ・か・ら、大切に使うのよ、アスカ」
「わかってるわよ」
「棍棒代わりに殴るのは、他にどうしようもないときだけにしてちょうだい」
「あぅ…」
楽しそうに笑うリツコさんと対照的に、アスカは眉毛をハの字にして
困った顔をしてる。
「そんな顔しないでもいいわ。
怪我をしそうだったら、遠慮なく使いなさい。
愚痴を聞かせるだけで我慢しておくわよ」
「あぅ…」
この前、シミュレーションでこの大砲を使った時、ちゃんと構えてなかったせいで
反動で方向がズレて外れちゃって、対戦相手の使徒に内懐まで入られたんだけど、
その時、大砲を振り回して、使徒を叩きのめしちゃったんだよね。
最近、試作品ってことで設計図にしかなってないような武器とかを扱うことが
あるせいで、”大きな砲”くらいの認識しかその時はなかったけど。
？
いつものように、新しい武器が出たら説明してもらってるから、みんなは
普通に聞いているけど、マナさんは難しい表情をしてる。
「マナさん、どうしたの？」
「え？ あ、なんでもない、なんでもない。
ちょっと、ビックリしただけだから」
「そうだよね、こんなに長い大砲なんてボクも初めてみたもん」
「あ、そうじゃなくて、赤木博士が丁寧に説明してくれるなんて、想像して
なかったから」
「…あら、私、そんなに不愛想に見えたかしら？」
リツコさんがわざと目を細めて、マナさんに視線をぶつける。
「い、いえ、そ、そういうことじゃなくて、発射速度がどれくらいで、注意するところが
どこか、って話だけじゃなくて、発射機構の説明まであって驚いた…んです」
マナさん、すっかりカチンコチンになって声が堅くなってる。
普通、説明してくれないのかな？ どういうこと？
「貴女の”雷電”と違って、エヴァの装備はほとんどが試作品レベル、
それ一つだけだからある程度、説明しておかないと使うことはできないの。
性能表だけで見せてお終い、と言うわけにはいかないわ」
「…そうなんですか」
説明してくれるのが普通だと思ってたけど、そうじゃないのかな？
なんだか、リツコさんに聞いて、教えて貰えるってことを
感謝したい気持ちで一杯になった。
＊
弐号機の試射が終わり、アスカは大事をとって病院で精密検査をすることになり、
シンリとレイは日常の訓練に戻った。
ヒカリは夕食を作るために帰宅し、マユミは子猫のライと一緒にナツミの
リハビリに付合うために、室内プールのほうに行ってしまった。
ケンスケは、エントリープラグ内のインテリアの改装試験を行っており、マナは
その様子をリツコ達、技術部の面々がいる制御室から見学していた。
トウジとカヲルは別メニューでいつものように特訓を行っている。
「…ほんとに液体が入ってる…」
マナが見てる前で、エントリープラグ内にＬＣＬが注入され、ケンスケの
口元から、ぽこんっ、と最後の空気が出て、完全にＬＣＬだけで満たされる。
プラグスーツがピッタリと肌に密着し、以前とは違って、少し逞しさが見えてきた
ケンスケの体つきが手に取るようにわかる。
「シンクロ率１２％で安定しました」
「そう。 リンクシステムのパターン変更を始めて」
「了解。センサー配置を１０１から２００まで全パターンについて、
１０秒間隔で変更します」
マヤが操作すると、エントリープラグの内壁上に張り付いていた小さい沢山の箱が
生きているかのように滑らかに、指示に従って、位置を変える。
そのたびに、サブモニターに映る波形が微妙に変化するのだが、数多くの
波が作り出す色彩が何を意味しているのか、マナにはまったくわからない。
「見ていても何も変わらないから退屈でしょう？」
別のモニターで、ＭＡＧＩメルキオールが予定通りに状況分析を開始した表示が
出たのを確認すると、プラグ内との回線を内部から外部への一方通行に設定して、
技術者達は、一息ついた。
「いえ、そんなことありません。…あの、赤木博士、画面、見てなくても
大丈夫なんですか？」
コーヒーカップを手に持ち、すっかりくつろいでいるリツコに違和感を
覚えたようだ。
「大丈夫、というよりそうでなかったらこんなテストなんてできないわね。
さっき、聞いたと思うけど、合計１００パターン、３２個のセンサーで
脳波を捉える、それを１０秒ごとに繰り返して、最適な設置位置を
調査している…私達がどれほどがんばっても、そんなデータ、
いちいち手作業でチェックなんて出来ない、それはわかるわね？」
「大変そう、とは思います」
「だから自動化してるのよ。うちのコンピュータが全部、チェックしてるわ。
私達は、想定外の事態が起きた場合に備えて、ここにいるだけ。
納得してもらえたかしら？」
「はい」
マナは説明を聞いて、コンソールに向かう技術者達を見直すと
リラックスしているとは行っても、誰もが常に担当するモニターを
視界に収めて、緊張感を失っていないことがわかる。
『…』
無言のまま、目を閉じているケンスケ。
エントリープラグ内を映すカメラ映像も、小さな箱が壁面を移動することを
除けば、変化がなく、制御室内は、空調と機械の駆動音だけが響く
時間だけが続いている。
カチッ、カチッ
なぜか、アナログカウンターが律儀にテスト中のパターンを表示し、
きっちり１０秒おきに１つずつカウンターが変化していく。
「それにしても、随分、薄いパイロットスーツですね。
あれで身体を守れるんですか？」
「貴女には理解しにくいとは思うけど、彼が着てる服、プラグスーツは
別にパイロットの身体を護る機能はないわ。
エヴァを心で動かすのに不必要なものをできるだけ排除して、
必要な機能だけが残してあるのよ」
「必要な機能って何ですか？」
「生命維持機能よ」
「耐Ｇ機能はないんですか？ ”雷電”の場合ですけど、私が着てるスーツって
加速で偏った血液を強制的に修正するための機能がついているんですが」
「エントリープラグに入ったパイロットはそういうことは気にしないでいいのよ。
詳しいことは話してあげられないけど、そういうモノなの」
「便利…ですね」
そんな会話をしているうちに、１００パターンのテストも終わり、
エントリープラグからＬＣＬが排出され、ハッチが開いた。
「相田君、お疲れさま。いいデータが取れたわ」
リツコの言葉に、ケンスケは頭を下げて意志を伝えた。
「赤木博士、中、見てもいいですか？」
「構わないわ。 ＬＣＬが残っているから服、汚さないようにね」
「はい」
計測したデータを部下達と検証するのが忙しいのか、マナのほうを
見ることなく、リツコが応え、残りの物達も、テーブルの周囲に集まっていた。
タン、タン、タン、タン
タラップを軽い足取りで降りてマナがエントリープラグへ向かい、
開いたハッチから中を覗き込む。
ちょうど、肺からＬＣＬを出し終えたケンスケは無防備に
身を乗り出して、急接近してきたマナに、ドギマギしてしまう。
「き、霧島、そんなに乗り出したら危ないだろ！？」
ぽちゃん
「「あっ」」
マナとケンスケの視線が、マナのスカートへと吸い寄せられる。
まだ糊が効いていそうな綺麗な布地にＬＣＬが染み込んでしまっている。
下に溜まっていたＬＣＬに触れてしまったのだ。
「…」
「もう、ケンスケくん、ちょっと、そっち向いてて」
「あ…ごめん」
顔を赤らめてたケンスケは、ちょっと頬を膨らませたマナの勢いに
押されて、律儀に後ろを向いた。
その隙にマナは、ポケットから取り出した小瓶にＬＣＬを掬い取り
何事もなかったかのように、蓋を閉ざししまい込む。
「けっこう、濡れちゃった。注意されてたのに、ドジね、私って」
てへっ、と舌を出すマナに、ケンスケはぽぉ〜っとした表情で
苦笑するが、彼の視界には、マナの表情と、リップクリームが
塗られて綺麗な色合いの唇しか見えてない。
『濡れた？ ちょっと霧島さん、こっちに来て』
リツコの少し低いトーンの声に、内心、冷や汗を浮かべながらも、
マナは操作室へと戻った。
リツコは、一言断ってから濡れた部分に触れて、布の感触に表情を変えた。
「霧島さん、この服、ごく普通の布地のようね？」
突然の質問に、マナはその真意がわからず、とにかく、
努めて、冷静に応える。
「学校指定の制服ですが…？」
「…ふぅ…。マヤ、確かレイの古い制服が残っていたわね？
この子に合わせて加工し直して。 予備も含めて全部。
身体形状データは、パス発行時のものを流用すればいいわ」
「え？ あ、はい。 じゃ、マナちゃん、代えの服を用意するから着替えてくれる？
ＬＣＬって、一度、布地に染み込むと、特殊な処理をしないと取れないの。
それに制服の調整も時間がかかるから」
「…？ すみません、どういうことですか？」
なぜか、リツコからは怒りとも取れる静かな威圧感が漂い始める。
「…いい、霧島さん。 貴女は唯一、世界で３番目に巨大な機動兵器を
操れるパイロットなのよ。 これは貴女に言っても仕方がないけど、
そんな子の服に、防弾機能も付いてないなんてどうかしてるわ。
済まないけど、今日はジオフロント内に泊まっていって頂戴。
貴女の上司には私から話は通しておくわ」
「防弾…ですか？」
「マナちゃんにはちょっとわからないかもしれないけど、
ＮＥＲＶの制服って、基本的に防弾、防刃機能がついてるの。
何があるかわからないでしょう？ もしものための予防措置。
あ…でも、先輩、どこに泊まってもらいますか？
施設、いつも予約で満杯ですけど…」
連日の泊まり込み作業のせいで、ＮＥＲＶの宿泊施設はどの部屋も
常に予約で埋まってしまっているのである。
「そうね…じゃ、シンリくん達のところに一緒に泊まるしかないわね。
たしか、まだ空き部屋があったはずよ」
リツコはマナの反応を待たずに、携帯端末を取り出し、ミサトに
連絡を入れると、簡潔に状況を説明して、マナの宿泊を認めさせた。
「じゃ、マナちゃん、こっちにきて」
「は、はい」
まったく予想してなかった展開に、戸惑いながらも、
マヤについて、別室へとついていった。
ポケットに入った小瓶をそっと握りしめて。
ふぅ。今回はキリがいいのでここまでです。
前話で情報をちょこっと出してますが、葛城家は、今、ライフラインが
復旧作業中のため、みーんな、ジオフロント内で生活してます。
一人１室ずつの大きなところ。
次回は、マナを加えた葛城家の夜、です。（＾＾）
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