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狙
”させない！！！”
リニアカタパルトで地上に打ち上げられる途中で感じたのは
動きを止めた相手…”雷電”を狙おうとするマトリエルの心。
煩わしい仕事をさせようとする市民からの陳情書類を
握り潰そうとするような感覚。
そこにあるのはただ、面倒を避けようという退廃した心。
何の感慨もなく、止まった意志は、ただ機械的に物事を眺めるだけ。
一瞬、思い出されたのは第二東京市にいた人達の表情のない顔。
あの人達には言葉も想いも何も届かない…届かなかった。
…攻撃を止めるには直接、叩くしかない！
ドゴォォォォォン
射出と同時に地面を破壊させるほどの力で、初号機が足元を
蹴り込んで、一瞬で音速の壁を突破し、一直線にマトリエルへと迫る！
『弐号機、全力支援！！！』
『わかってるわよ！！！』
マトリエルが、急速接近する初号機を捕らえて、意識をこちらに向ける。
でも、ただ向けさせただけじゃ意味がない。
自分が被害を受けたりしないと、こういう相手が動くことはない。
溶
ヒュィィィィン、シュパパパパパパパパパパ
マトリエルの側面に描かれた目が初号機を指向し、生み出した雫を
どこに飛ばすか、意志の回廊が、飛翔ルートを、着弾地点を定める。
…だからそれがどこかボクにはわかる。
”そこ！”
初号機の身を滑らせて、複数の溶解液の雫が生み出す死の回廊を
走り抜ける。
ズズゥゥゥゥゥン
当たらなかった雫が兵装ビルに当たって、散弾銃に撃たれた
ターゲットのように穴だらけになって溶けて倒壊する。
長い足の奥に位置する胴体。
そこまで斬り込める…？
足の間を潜り抜けて胴体部分に右手に持っているソニックグレイブを
当てようとすると、エヴァが動ける範囲がほとんどなくなってしまう。
…でも、ボクが「狙うべき相手」だと認識させなくちゃ…。
薙
キュィィィィン、シュパパパパパパパパパ
マトリエルが再び初号機を捕らえて、弾幕を張るように溶解液の雫を
飛ばしてくる。
これじゃ、胴体に斬り込めない！
回避できる雫の間にある回廊、その一つの先にマトリエルの
足があるのを捉えた。
"胴体が駄目なら"
ズシャァァァァ！
そのままマトリエルの足を、ソニックグレイブで薙で斬って、
追随してくる溶解液の雫を長大な足が生む死角を利用して回避し、
そのまま、距離を離す。
苛
長大な足の一部についた深さ２０ｍ、長さ１００ｍほどの斬り跡。
マトリエルからすれば、ちょっぴり傷がついた程度みたい。
ボコボコと切断面の奥の方から泡立って、傷口が治り始めてる。
だけど、今までの苛立ちなんか比較にならないほど、ボクのことを
邪魔に感じている。…これならマナさんが狙われることはない。
…？
他にも２つ？
ドグォォォン、ドグォォォン
ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン
強化型バズーカの大型弾頭が次々にマトリエルに着弾し、
スナイパーライフルの超高速弾が次々に当たって、僅かに体表に
傷をつけている。
…零号機と弐号機の全力射撃だった。
でも、バズーカの弾はいつもと違って胴体近くで急に失速したかのように
勢いをなくしちゃって、変な角度で着弾するせいで、爆発したときの
威力がうまく当たってない。
苛
痛みを感じるほどじゃない。
けれど、体表に僅かとはいえ傷をつける、というのは頭にくるみたい。
しかも、放った溶解液の雫は、３機のエヴァのどれにもＨＩＴしない。
煩わしさにイライラしてすっかり”雷電”は意識から外れてる。
『シンリ、前に出過ぎよ！ 後ろに下がって』
”うん。”
『…弾道が変。下に弾が逸れるわ』
マトリエルが撃ちだす溶解液の雫を回避しながら、零号機が撃ちこむ
弾の着弾する位置を見て、確かに変だと感じた。
足にはちゃんと弾が当たるのに、胴体に向かった弾はみんな、
狙いそうもない位置…描かれた目の下に掠ってみたり、
足の付け根のずっと下に当たったり…。
零号機の射撃は沖縄までの長々距離射撃でも狙ったポイントに
正確に着弾するのに、綾波さんがあんな位置に撃ってるとは思えない。
それに、なんだか跳ねた弾にも勢いがない。
”射撃が効かない？”
『それはわからないけど、効果は薄いようね。
溶解液もやたらと威力があって、あんなに沢山、一度に撃ってくるのに
どこに飛んでくるかわかんないんじゃ初号機以外、接近戦は無理…。
シンリ！ マトリエルの意識がわたしから外れた時を教えて。
上から、ソニックグレイブを投げ込んでみるわ』
アスカの声が少し焦ってる。
確かに、雫が飛ぶ瞬間を見ても、沢山の雫がばらばらの速度、方向で
飛んで来るから、狙っている位置がわからないと避けられないと思う。
飛翔する角度はだいたい８０度くらいだけど、外輪山まで届くくらいだから
全部を大きく避けようとしたら、かなり無理をしなくちゃ駄目。
それに兵装ビルもあるから、実際にはそんなに自由な位置取りはできないし。
弐号機は、盾で雫をガードしたみたいだけど、加粒子砲で撃たれたときより
損傷がかなり酷くて、あんまり長くは耐えられそうにない。
”でも、どこへ？”
手に持ったソニックグレイブ…。エヴァの持つ白兵戦用武器の中では
一番、大きな武器なんだけど、マトリエルの巨体から比べると、爪楊枝か
一寸法師の針みたいにしか思えない。
それでも弐号機が投げるソニックグレイブの威力は、スナイパーライフルや
強化型バズーカとは比較にならないほど強い。
そういう意味では現状で放てる最大火力だった。
『足を斬り落としたって、致命傷になるとは思えない。
とーぜん、狙うのはコアよ。 ま、どこにあるかなんて
わかんないし、胴体の中心を狙うわ』
これまでの感じから、コアって直径５ｍもない小さな完全球形だと思う。
でも、マトリエルの胴体は直径３００ｍ、厚さも２００ｍくらいあって、
ソニックグレイブの投擲攻撃は基本的に銃と同じ点への攻撃。
いつものようにコアの推定位置が３次元透過映像で表示されていたとしても
コアに当てるのはもちろん、掠らせるのだって大変だと思う。
使徒の外殻の強度も判らない状態で、完全に中心位置を貫通させるのは
…かなり難しい。それにその位置にコアがあるとも限らない…。
でもこのまま射撃していても旨くいかないと思うし、他に代案もないから
頷いて、サポートに回ることに決めた。
『碇くん、あの側面の目の模様…何か意味があるの？』
マトリエルの胴体、そこにあるのは目の模様だけ。
狙うとしても、そこくらいしかない。
綾波さんも自分の撃った弾が外れるのを見て少し困ってる。
”多分、雫を飛ばす方向を決めてると思う。”
『それなら、私は目の中心に当てるわ』
”うん。”
いつもと違って、使徒の３次元映像の補正処理も、射撃時の補正も
攻撃・退避ルートの指示も、コアの推定位置情報も、兵装ビル、
他のエヴァの攻撃危険範囲の情報提供も何もない。
漫然と攻撃するだけじゃ、掠り傷しか負わせられない圧倒的な戦力差。
ミサトさん達が支援してくれてるのが、どれだけ心強いことなのか
感じてしまい、ないない尽くしの状況に漠然とした不安だけが
強くなっていった。
＊
ガコン
「…ここか」
点検口から這い出てきた大西は、ポケットから取り出した紙の地図を見て、
そこに書かれた文字と薄汚れて見難いプレート…「人工進化研究所」と
書かれた鍵のかかっていない扉を開けると中に踏み込んだ。
「使っていない…？ いや、足跡はある…」
頻繁に歩いている、というほどではないが、複数の足跡が
中央に残っており、行きも帰りもあることから、完全に
廃棄されている、というわけではなさそうだ。
もっとも、廊下を掃除する、という感覚はこの足跡の主達には
なかったらしい。
「…」
無機質な扉が延々と続く。
壊れた自動販売機、貼られたままの掲示板。
碇ゲンドウが所長となり、今のＮＥＲＶの前身となった組織。
組織が移行された際にかなり不透明な動きがあったらしいが
ＮＥＲＶ結成を機に、非公開組織化が行われ情報は途絶した。
…ここで何が行われていたのか。
足跡の主達の歩くルートはいつも決まっているらしく、それ以外の
場所への足跡はまったくない。
目指す場所は、少し奥まった位置、行き止まりにあった。
まったく足跡がついていない埃だらけの通路。
確かに見向きもされない部屋らしい。
僅かに躊躇したが、足跡からわかるのは身長、体重、歩幅、
歩行時の癖、通った日時、靴のメーカー程度であることを
思い出し、影になりそうなところを選んで先を進んだ。
それだけなら、自分が現行犯逮捕でもされない限り、
いくらでもシラを切る自信があった。
第二資料室
目の前のプレートに書かれた文字を見て、そこが目的地である
ことを確認すると、謎の男に渡された鍵を差込み、廻してみる。
カチャ
ロックが外れた音が廊下に響く。
「…」
扉を開けると、密閉されていた室内特有の匂いが漂ってきて
思わず、顔を顰める。同時に懐かしい紙の束が発する香りも
感じて目的のモノがここにあるのでは…という期待に
心が躍る。
見渡してみると、ある程度、整理されたキングファイルが
棚一杯に並んでいた。
素体の概要設計…
Ａ１０神経接続の影響…・
第７世代コンピュータシステム…
コアの変換効率向上…
関係のない見出しばかりが続き、気持ちが焦る。
Ｅ計画…
人工進化…
魂のデジタル化…
補完…
白の月…
空間断絶の可能性…
第一使徒…
なかなか、目的の見出しを持つファイルが見つからない。
セカンドインパクト…
槍…
精神接触における意志の柔軟性…
葛城調査隊報告書…
黒の月…
第二使徒…
素体−人間間インターフェイス…
「…これは…」
見出しを捲って見る。
生体場と精神状態の関係…
インターフェイス案
生体磁場センサーの活用
ＬＣＬを用いた場合の精神誘導性能向上の可能性について
「ＬＣＬ！ この資料か…！？」
更に見出しを読み進めていく。
素体の機動における加速の影響
リフティングシートの活用
ＬＣＬの加速における耐Ｇ性能の向上の可能性について
「これだ…」
目的の資料を見つけた喜びに埃塗れになりながらも
笑いがこみ上げてくる。
大西は、期待の篭った指で、ページを捲り始めた。
＊
ズシーン、ズシーン
ボク達が責めあぐねている間にも、マトリエルはゆっくりと
移動を続けていた。
地下を探る意識…体が通れるような大型通路…
メインシャフトを見つけて、そこの真上まで行こうとしてる。
ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン
綾波さんが両手で構えたスナイパーライフルを兵装ビルの
上から連続して叩き込む。
着弾位置がずれることも考慮した狙いが成功して、全ての弾が
同じポイント…胴体に描かれた目の中心に連続して当たり、
少しずつ穿って、最後の弾が外殻を貫通した。
痛
表面ではなく、内側を壊される痛みにマトリエルの意識が
全て、兵装ビルの上に立つ零号機に向く。
”アスカ！”
ガツン、ガツン、ガツーン
ボクの声に合わせて、兵装ビルを踏み台に空高く
弐号機が飛翔する。
『行けぇぇぇぇぇぇぇぇ！！！！！』
全身のバネを最大限に使い、重力加速を束ねたソニックグレイブが
一筋の光となって大気の層を破壊してマトリエルへと放たれる。
ズバァァァァァァァァン！！！！！
爪先、付け根を裾野とし膝部分を頂上に長大な足が形作る山々。
その谷間に位置する胴体部分にソニックグレイブが迫る。
…？
まるで何かが止めようとするかのように、膝の高さより
下に行くほど勢いがなくなるのが「見えた」。
それでも、エヴァの身長より長いソニックグレイブは
勢いを完全には殺されることはなく、刀身をマトリエルの身体に
深く突き刺す。
睨
マトリエルの意識が零号機、弐号機を捕らえて
自分の感じた痛みに相応しい罰を与えようと
今までよりも多くの意識の回廊を作って、溶解液の雫を
放とうとしてる。
投擲した後、重力に従って落ちる弐号機。
その落下地点、回避先にまで設置される死の罠。
…いけない！
”アスカ！ 蹴って！”
初号機を跳躍させて空中で弐号機と交差する瞬間に盾を構える。
『！』
弐号機が身を捻って初号機の盾を蹴って落下位置を強引に変えた。
同時に初号機も、反動で別の方向に飛ばされる。
ブンッ、バキィィィィィン
左右の兵装ビルに当たるように刃の振動を止めたソニックグレイブを
振り回して落下の勢いを強引に殺して地に降り立つ。
腕の中のソニックグレイブが衝撃に耐えられず壊れたけど、
そのまま落下してたら、受身が取れなかったから仕方がない。
別々の方向からも、それぞれに兵装ビルが倒壊する音が着こえる。
零号機も弐号機もなんとか、溶解液の雫を被弾することだけは
回避できたようだった。
『シンリ、大丈夫！？』
”ボクは平気。綾波さんは？”
『損害はない…だけど、それは使徒も同じ』
互いの無事を確認できたのは嬉しいけど、マトリエルに刺さっていた
ソニックグレイブも、真上にたくさん飛ばした溶解液の雫が降り注いで
溶かされて…なくなっちゃった。
綾波さんが同じ位置に着弾させて目に穿った穴も、
ボクが斬った足の傷も、アスカがつけた胴体の深い傷も、
どんどん、治っていっちゃってる。
煩
マトリエルはボク達が致命傷を与える力がないことを確信したのか、
イライラしているのは変わらないけど、悠然と移動を再開してしまった。
力が足りない。
最後の一手にしか使ってはいけないエヴァというカード。
漫然と手の内を見せることで、マトリエルは更にその力を増していた。
始めは１滴だけだった溶解液の雫が、複数に。
１方向だけだった発射する向きが、多方向に。
射撃精度も、最初は現在位置に飛ばしていたのが、
今では、複数箇所への予測攻撃までこなしている。
エヴァの活動時間は刻々と減少し、武器もなくなっていくのに
マトリエルは自己修復を行い、しばらくすれば損傷も癒えてしまう上に
学習し、能力強化まで行っている、という事実。
…状況はあまりにも不利だった。
＊
パラパラパラパラ
はやる気持ちを抑えて、懸命にページをめくり、該当個所の
文章を貪るように読み進める。
分子構成の記された表、設定温度に応じた性質の変化など、
膨大な量のデータが、他資料への引用個所も含めて、
書かれていて、読む手にも力が入る。
…だが、１５分、３０分と資料を読み進めるうちに
序々に、他の資料を漁る行為が乱雑になり、最初は
注意しておいていたファイルを無造作に積み重ね、
脂汗を流しながら目を見開いて、文字を追い出した。
「そんな、馬鹿な…」
数多くの研究資料…だが、所詮、８年も前に行われた試験の
結果であって、技術が進んだ今となっては、わかりきっている
ようなことすら、疑問、研究課題として掲示されていることもある。
しかも、ＬＣＬについて部下達に調査させた内容…それが
正しいことが証明される資料は出てくるものの、それを
上回る極秘情報…大西が望んでいるものが何一つ出てこない。
僅かに、「ＬＣＬを満たしたコックピットは加速度の
時間分散に役立つ可能性があるが、パイロットへの
呼吸を可能とする溶存酸素濃度においては、気体的
性質を発揮するため、効果は低いものと予想される」
という文章があっただけである。
「嘘だ…」
漁り尽くした資料。
ＬＣＬと記載された見出しがあった部分は全て目を通した。
斜め読みに概略だけを探ったとはいえ、大雑把な部分までは
把握したのは間違いない。
「これも…これも、これも、嘘だ…嘘に決まってる！！！」
目の前の資料。これではＮＥＲＶが最近、提供してきた情報となんら変わらない。
それなら彼らは正しい情報を惜しげもなく見せびらかしてきた、というのか？
そんなわけがない。 あれが正しいデータな訳がない。
欺瞞させるための情報だったはずだ。
計算してみても、あんなデータではエヴァを構成する性能は達成できない。
製造方法を無視して理想的な状態で考えても、物理的に不可能なのだ。
…こんなはずがない。
「ははは・・は…みんな…嘘だ…嘘っぱちだ…
俺を…俺を…はめようとする…罠だ。
はは…そうだ…そうだとも。 手の混んだ事をしやがって」
シュポ
大西の背後でオイル式ライターの着火音が響く。
誰もいなかったはずの室内。
だが、音のした距離はかなり近い。
「だ、誰だ！！！」
腐っても軍人というべきか。
胸元からベレッタＭ９２Ｆを抜き、音のした方向に構える。
ＮＥＲＶの職員達相手に発砲することも考え、タングステン弾芯を使った
対物徹甲弾に変更している。これならハイグレードの防弾服を着ていても
貫いて殺害できる、という自信がその行動を後押ししていた。
ライターの明かりに照らされた顔。
ＮＥＲＶ諜報部の内勤用の制服を着崩している態度。
不精髭を生やし、どこか不真面目さが漂う表情。
緊張感を感じさせない力の抜けた仕草。
ＮＥＲＶ本部の諜報部を束ねる男…加持リョウジだった。
＊
ノートパソコンに表示される断片的な地上の映像。
僅かしか動かない兵装ビル。
次々に行われるエヴァの攻撃、そして使徒の反撃。
第一発令所では、僅かに地上の情報を伝えるパソコンの前に
作戦部、技術部の面々が陣取っていた。
もちろん、平行してジオフロントの機能回復作業は行っており、
今、ここにいるのは、対使徒戦の支援組である。
「マズイわね…やっぱ、Ａ．Ｔ．フィールド？」
弐号機による上空からの全力投擲攻撃の威力は「グングニルの槍」…
ラミエル戦で使ったスクラムジェット推進式大型ＡＰＦＳ弾に匹敵する、
人類最強火力の一つだった。
それが効かない。
ミサトの声にも焦りに色が混じる。
マトリエルは既にメインシャフト直上まで到達し、装甲シャッターに向けて、
溶解液を生み出して、溶かすことで通路を作り出そうとしている。
ジオフロントの２２層ある特殊装甲も、メインシャフト部分は
２２枚の隔壁で閉ざされているだけであり、その守りは薄かった。
無論、その分、隔壁は強固に作られているが、あの溶解液の威力の前には
気休め程度の差しかないだろう。
…全隔壁を貫通するまでの時間は３０分程度と予想された。
「外部展開はされていない…でも現象は恒常展開フィールドに
酷似してる…次手を考えるためにも、謎解きが必要ね」
「謎解きの策はあるの？ 使徒調査用の観測施設、あと何時間かは
稼動できないんでしょ？」
「策は…あるわ。
恒常展開フィールドの特徴は加速度の減少。
それなら、使徒の身体全体にモノを落としてみればいいのよ」
「なーるほど。
じゃ、今、稼動してる兵装ビルからミサイルを発射して、
零号機にマトリエルの上で狙撃して貰う…
…どう？」
作戦部の部下達に問い掛ける。
一人が、周囲、上空はそれで調査可能だが、下部方向についても
調査すべき、と提言がでる。
「下…。
たしか、今の使徒の位置なら、日向さんがいるシェルターが
あるはずです。回線も繋がってますから、そこで試して
貰えれば…どうでしょうか？」
マヤが日向の退避先のシェルターを思い出し、案を出した。
「方針決定ね。
レイ！ 今から兵装ビルで使徒を攻撃するから、上空５００ｍくらいに
きたところで、スナイパーライフルで全部、撃ち落して」
兵装ビルのスピーカーから直接、ミサトの指示が飛ぶ。
『撃墜？』
「使徒の能力調査。 今から撃つわ。 旨く落として」
『はい』
作戦部の操作で、僅かに動く兵装ビルから大型ミサイルが一斉に放たれ、
強引に軌道を変えて、マトリエルに上から殺到する。
ドゴーン、ドゴーン、ドゴーン、ドゴーン
マトリエルの上空でミサイルが爆発飛散し、大量の破片がマトリエルの
全身に降り注ぎ…
マトリエルの４本の足が形付くるエリア…４つ膝を頂上とし、
４つの爪先を裾野とする巨大な回転楕円形的空間内に飛来した
破片がゆっくりと落ちていくのが「見えた」
また、マヤが日向に連絡し、室内で物を投げてもらったが、
通常の動きをしたことから、地下…日向がいる地下２０ｍの地点、
そこまでは影響がなさそうであることもわかった。
「これで決まりね。
マトリエルはエヴァのように体表５ｍではなく、胴体から伸びた足までの
空間全てを恒常展開フィールドの影響圏内としている。
少なく見積もっても幅２００ｍのフィールド。
…突破はまず無理ね。
攻撃するとすれば、胴体の位置から言っても−」
「下部、それも溶解液を生み出す目、そこを真下から狙うしかないわ。
そこなら恒常展開フィールドの厚さは一番薄い。
それに、溶解液が通る以上、道はあるはずよ」
リツコの言葉を受けて、ミサトが作戦方針を示した。
被弾すればエヴァのシールドですらそれほど耐えられない溶解液。
それが雨のように降り注ぐメインシャフトの下から攻撃する…。
どれだけのリスクがあるのだろうか。
…勝機は本当にあるのか。
全員の思考がフル回転するが、答えはでない。
しかし、他に代案もない。
外部との通信回線が死んでいて、使える兵装ビルはもうない。
使徒を解析する設備も停電で使えない。
エヴァに再充電する方法もない。
内蔵電池とシールド、ウェポンラックの外部電池が稼動する２０分…
すでに１５分を切っている中でケリをつけなくてはならない。
…それでも使徒殲滅はやらなくてはならないのだ。
誰からも反論がないことを確認し、ミサトはマイクを握った。
「エヴァ全機、一時退避！ 零号機、弐号機が最初に。
初号機は撤退が終わるまで使徒の意識を惹きつけて！
リニアカタパルトはエヴァがドッキングアームを掴んだら
全力下降させるわ！ 注意して」
『『『了解！』』』
ミサトの言葉を合図に、エヴァ３機は撤退行動を開始、
周囲にいた作戦部の面々はメインシャフトからの攻撃方法の検討を、
技術部の面々はそれを可能とする設備を用立てる方法の検討を始める。
圧倒的に不利な状況でも、誰も諦めるようなことはなかった。
＊
外部映像を見る以外に一切の行動が取れない”雷電”の艦橋内。
完全密閉され、ＮＢＣ兵器の使用下でも運用可能、LOSATミサイルの
直撃でもパイロットは影響を受けないのがウリの頑丈な造りだったが、
それが逆に外部への脱出を不可能なものにしていた。
もっとも、緊急脱出装置が働かない以上、手動でどうにかできる
ようなものでもない、という話はあるのだが。
そのため、マナはすっかり気持ちを切り替えて、
エヴァが戦う姿を観戦することに徹していた。
自分のほうに溶解液の雫が飛んできたら、運がなかったと諦める。
どうせ、気にしても仕方がない、と割り切れるあたりは、
本人の稀有な性格のおかげだろう。
『エヴァ全機、一時退避！ 零号機、弐号機が最初に。
初号機は撤退が終わるまで使徒の意識を惹きつけて！
リニアカタパルトはエヴァがドッキングアームを掴んだら
全力下降させるわ！ 注意して』
『『『了解！』』』
スピーカーが、第三新東京市中に響き渡るミサトの指示の声と
それに答える３体の巨人の返事を拾う。
…はぁ。情報駄々漏れ。
ビル群の通信経由機能が停止している状況下で、使徒が放つ
強烈なジャミングで無線通信もできない中での意思疎通となれば、
レーザー通信か、音波通信しかない。
中継機が死んでいて、エヴァのように連続性がない動きを
するような機体の場合、レーザーで回線を繋ぎ続けるのは至難。
それでも都市機能が生きていればそれを可能としていたけど、
今は死んでるから、当然、そんなことはできない。
だから、音波通信…つまりスピーカーで騒ぐことになる。
戦闘時の騒音が邪魔するせいで、暗号化通信なんかしてたら
再送信を繰り返すことになり兼ねない。
コンマ何秒の反応を要求されるエヴァの戦闘にそれじゃ役に立たない。
…それはわかるんだけど。
これで、声が届いた範囲内の人は、エヴァのパイロットが
「レイ」、「アスカ」、「シンリ」であることがバレちゃったわけで、
情報管理ってこれでいいのかかなり疑問。
まぁ、同級生に口止めしていた訳でもないし、その程度は
気にしてないのかもしれないけど。
…どうして初号機なのかな…？
機動力が一番劣っていて、射撃が全然駄目で、右視界が利かない。
一番、こういうシーンでの運用に不向きだと思うのに。
私なら、弐号機に撤退をアシストさせるな…
そんなことを考えてエヴァと使徒の動きに注目する。
シュパパパパパパパパパパパ
使徒から放たれる沢山の致命的な威力を持つ雫。
レーダーに映らない死の使い。
だけど、運よく初号機が移動したところには飛んでこなかった。
立っていた位置は放射状に沢山の雫が降り注ぐ真っ只中。
「あーん、もう、シンリくん、そこは危ないよ！
早く逃げなくちゃ駄目だよ！」
声が届くはずがないのに、それでも声が出てしまう。
シュパパパパパパパパパパパパ
私の願いとは裏腹に、初号機は更に使徒に不用意に接近しちゃう。
だけど、やっぱり初号機には不思議と雫は一滴も当たらなかった。
…？
今の…回避行動、なんか変。
初号機が移動した先は確かに安全な場所だった。
だけど、初号機はまるで、そこが初めから安全、とわかっている
かのように、射撃前から移動を始めていた…。
シュパパパパパパパパパパパパ
「…やっぱり」
三度、初号機は溶解液の降り注ぐ中を無傷で走りぬけた。
途中で壊した兵装ビルから取り出したパレットガンで使徒に
射撃をしていたけど、まるで被害を与えていない。
だから、射撃で使徒の攻撃を牽制した、ということはない。
見てからの行動じゃない。
初号機の動きは弐号機よりかなり無駄が多くて遅い。
だけど、そのせいでわかる。
弐号機なら放たれた瞬間に高速機動をして回避するかもしれない。
でも、それは大気の層を破壊して進む強引な力技。
初号機のそれは違う。
避けた後の状態に向かって最短の動きで無理なく進む。
それはとても自然で、そうなる必然性があるかのよう。
「まさか、予知能力とかあったりして…」
そういう、優れた洞察力を持った、ある意味、超常の力と言える
ような能力を持つ人はいる…。
だけど、シンリくんのことを思い出してみても、
学校での行動を見ても、そんな感じは全然なかった。
穏やかな雰囲気、静かな振る舞い、相手と一定距離を
取ろうとする態度。
不思議とシンリくんの紅い綺麗な瞳で見つめられると、
自分自身がどう思われているか、必要以上に気になる感じは
するけど、それはこの場合は関係ないと思う。
「初号機の能力ならシミュレートで私に付き合う必要なんてないし、
シンリくん、そーいう駆け引きなんて無理だろうし…」
口にしてみて、推論が袋小路に入ったことを自覚する。
…どう見ても、シミュレート終了後の会話を思い出しても、
初号機に予知に匹敵する機能が搭載されているようには
思えなかったから。
その後も初号機は、使徒の攻撃を回避しながら、撤退する
２機への攻撃をさせず、撤退の命令と同時に旨く移動して
放たれる雫がリニアカタパルトに当たらない位置に飛ばさせると、
次の雫が発射される前にドッキングアームを掴んで
ジオフロントへと姿を消した。
そのすぐ後に大量の雫が、さっきまでリニアカタパルトが
あった位置に降り注いだけど、既に初号機の姿はそこにはない。
「…法則性を見切ったとか…。
なんか違うなぁ〜」
シミュレート時の初号機との戦闘の手応え、シンリの性格を
考えると、あの初号機の行動が説明できない。
自分でも暢気だな、と思いながら、マナは記憶にある
シンリのことを考えながら、さっきの戦闘の分析を
自分なりに進めてみる。
いつのまにか、「今度、シンリくん達と一緒にケーキを
作るんだっけ」などと思考がズレていくあたり…
案外、将来は大物になるかもしれない。
…ただ単に移り気なだけかもしれないが。
＊
いつのまにか、資料室の壁際に加持は立っていた。
大西が資料漁りに夢中になってファイル類を乱雑に
見ていた時の混乱に乗じて入ってきたのだろうか。
いつもとの違いといえば、白い手袋をはめていることくらいだ。
大西に銃を付きつけられても、まったく気にせず、ゆっくりと
ライターの明かりを消した。
円筒形で握ると手の中に収まるサイズ、キーホルダータイプの
金属製ライター…普段は使ってないものである。
「…こんなに散らかしちゃって、どーすんです、大西二佐」
まるでおもちゃを散らかした子供に問いかけるような
静かな言葉。 そこに咎める音色は含まれていない。
敵意がないことを示すつもりか、胸の前に両手をあげて降伏の
ジェスチャーを送る。
左手には火をつけたばかりのタバコを、右手の人差し指に
ホルダーを引っ掛けてライターをぶら下げ、掌を見せて
武器を持ってないことをわざわざ見せつける。
暗闇の中、手袋の白さが一層、目立つ。
「…」
大西は自分の周りを見て、やっとこの部屋の状態を認識した。
無作為に空けられた書類ケース、散乱している報告書の数々。
これだけ荒らした以上、大西の髪の毛１本、汗の一滴、どこかに
紛れ込んでいても何ら不思議ではない。
そして、ＮＥＲＶの技術力なら、それだけで、ここを荒らした人物を
特定することなど朝飯前のことだ、というくらいのことはわかる。
だが、目の前で自分を見ている加持の傍観するような態度が
大西の心にある種の閃きを与えた。
「お、お前か。ＮＥＲＶが仕組んだんだな！！！
あの男も、この地図も、鍵も！ 全部、貴様らの自作自演だったと
いうことだな！！！
こんな停電騒ぎまで起こして、俺をはめて、何を企んでるんだ！？」
銃を握る手が怒りと困惑で震え、加持を睨む顔は青白く、
追い詰められた表情は、余裕がまるでない。
「…」
処置なし、といわんばかりに、加持は軽く溜息をついてみせた。
銃を突きつけられているにしては、まるで恐怖というものを
感じていないように見える。
「そうか、ここで俺をおとしめて、トライデントを、俺のトライデントを
労せずして手に入れようというんだろう！？
くそぉ、汚い奴らめ！ そうまでして人のモノを手に入れたいのか！？
貴様ら、国連からあれほどの金を、資材を、人を分捕っておいて
まだ足りないとでもいうのか！？」
非難すべき足がかりを閃いたことで、耳が痛くなるような大声、
エゴ丸出しの噛み付くような言葉遣いで、声高に非難の言葉を
次々に喚き散らす。
「…人は同じ状況でも見たいモノだけ選んで、自分の器でしか
それを判断しようとしない」
「…？」
「ここにはもう罪を被せる部下も同僚もいませんよ、大西二佐。
今、ここにいてＮＥＲＶの極秘資料を漁る現行犯で、
見つかった状況くらい、認めたら如何です？
…人間、引き際が肝心とも言うでしょう」
「は…」
反論しようとして、周りの散らかった資料を見て、自分が今いる
場所を思い出し、目の前にいる男がＮＥＲＶの人間だ、と思い出して、
血が凍るような恐怖に駆られた。
「…」
あくまでも威圧するでもなく、下手にでるでもなく、
加持はいつものように無害な男を演じている。
そうだ…
こいつさえ始末すればまだ、なんとかなる。
この部屋にいるのはこいつだけだ。
大西の心に短絡的な結論が走る。
追い詰められた状況、まるでこの場の状況にそぐわない加持の態度、
自分が銃をつきつけている現状、加持の手が何も持っていない状態、
銃の弾がハイグレードの防弾服すら貫通する特殊なものであること、
それらが冷静な判断力を大西から奪っていた。
「俺は終わらん、終わってたまるか！！！」
大西の目が狂気の色を帯び、銃を持った手に力が込められる。
トリガーにかかった指が引き金を引き絞り、連動したハンマーが
チャンバーに装填されたタングステン弾芯対物徹甲弾の雷管を叩く。
加持が胸を狙った銃口に手をかざして防ごうと無駄な努力をするのを
大西は嘲笑う。
ダーン
軍用拳銃の強度ギリギリまで増量された発射薬の
奏でる轟音が、資料室内に響き渡った。
ふぅ…。エヴァｖｓマトリエル前編でした。
次回、他に手がないＮＥＲＶは、取りうる中でもっとも
撃破する可能性がありそうな気がする作戦を選択します。
しかし、それは博打と言ってもいいモノ。
そして分が悪いことこの上なし。
次回、エヴァｖｓマトリエル後編をお楽しみに♪
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