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会議室に正規パイロットであるシンリ、レイ、アスカが集まった。
先日、行った「恒常展開されているＡ．Ｔ．フィールドの
広域化試験」の結果報告が行われるためである。
この場にはミサトとリツコだけが同席しているが、厳重なセキュリティ
チェックが行われており、この場で扱われる情報が極めて
極秘性の高いものであることがわかる。
「あの、リツコさん、どうして鈴原君達はいないんですか？」
「…これから話すことは極めて極秘性が高いものなの。
今すぐ、必要がない要員への情報提供は極力、避けなくては
ならない、そういった趣旨のモノ。
だから、予備パイロット３名にはこの情報は伝えられないわ。
もちろん、アナタ達も、ここで聞いた話は絶対に口外しては駄目よ。
…いいわね」
「はい」
リツコのいつになく厳粛な態度に、シンリも納得し、レイ、アスカも
無言のまま頷いて是認の意志を示した。
「まず、結論から言うと、前回の試験は半分成功。
恒常展開されているＡ．Ｔ．フィールドは最大１４０ｍにまで広がり、
その中の空間は全て、加速度の遅延が認められたことから、
広域化は為された事は疑いようはないわね」
リツコが色彩表示を加えて、実験中の画像に、広がっていくフィールドの
領域をタイムスケジュールを再現する形で示す。
「なんで、それで半分なの？ ちゃんとできてんでしょ？ コレ」
「アスカ、試験の目的は広域化、とは伝えたけど、それだけじゃないの。
最終目標は、第三新東京市全域を覆って、弐号機が全力斉射する
”エンジェルバスター”の衝撃波から都市を護ること。
だから、ただ広げただけじゃ駄目なのよ」
「でも、ミサトさん、ただ広げる…っていうことと何が
違うんですか？」
ミサトは目的は伝えたが、何を求められているのかは言ってない。
「広域展開されたＡ．Ｔ．フィールド内には沢山の人が巻き込まれることに
なるのはわかるわね？ でも、普通の人にとって、エヴァの心に触れると
いうことは、それだけで負担になるの。
最悪、正気を保てなくなる可能性すらあるわ」
リツコが慎重に言葉を選んで捕捉する。
正確ではないが、間違ってはいない情報の提示で、必要以上に恐怖心を煽る
ようなことは避ける。
「…何がいけなかったんですか」
レイがポツリ、と呟いた。
自分がどこまでも広がっていく感覚…その心地よさに心を委ねていた
ところに、懸命なシンリの心に触れた気がして、エントリープラグ内に
いる自分を再認識したら、広域化の流れは止まっていたのである。
何がいけないのか、まるでわからなかった。
「エヴァの心が広域化される、ということは２種類のパターンがあると予想されるの。
一つは、零号機が周囲の世界を感じて、それに心を重ね合わせ、認識している
世界を広げていく、というもの。
もう一つは、零号機の心が世界に広がっていく、というものよ」
「…？ リツコ、それどこが違うのよ。同じことじゃないの？」
「まったく別よ。
いい？ 私たち、人類はこの世界に属している生命体なのはわかるわね？
だから、エヴァがこの世界に合わせる形でフィールドを広げていくなら
この世界と人間の関係に変化はないわ。だから、心も影響は受けない。
でも、後者の場合、世界が零号機の心に合わせるように変化していくの。
そうなると、零号機の認識する世界、と人間の心、という今まで経験した
ことのない状態に陥るから、人は混乱してしまうの」
「えっと…それって、世界が零号機に合わせるんじゃなくて、
零号機が世界に合わせないといけない、ってことですか？」
「その通りよ」
「ま、心で物理法則すら曲げるエヴァだからこんなややこしい話になるけど、
普通なら、そんな心配なんてしなくていいわけ。
なにせ、人と世界なら、世界のほうが大きいから、世界に人が合わせる
以外に方法なんてないでしょ？
でも、エヴァは違う。世界とエヴァで比較するとその実力はエヴァが上。
だから、エヴァが合わせろ、って働きかければ世界はエヴァのほうに
合わせちゃうってこと」
ミサトが少し判りやすく、簡単に説明したことで子供達はやっと
この非常識な話を理解することができたようである。
「…私は零号機の心と一つになるように、”世界の心”と
一つになるようにすればいいんですね」
「そうね。ただし、あくまでも世界に合わせること。
…そうは言っても、そもそも”世界の心”自体が認識できるかどうかは
今後の試験次第ね」
リツコもちょっと自信なさげである。
なにせ、”世界の心”などというものに相当するのは、地球生命圏「ガイア」
くらいしか考えられない。
しかし、そんなものを直接認識した、などという話は聞いたことがなかった。
だいたい、「ガイア」説にしても仮説の域を出るものではない。
立証する手段が今のところないのだから。
「あの…リツコさん。
その”世界の心”って、ボクの初号機でも感じられるんでしょうか？」
シンリはどうも実感がない。
いつも、使徒やエヴァのように巨大な意志を感じ取っているが、
他のエヴァや使徒がいない時に探しても、別の意志…と呼べるような
ものは感じ取れたことがないからである。
「理論的には可能ね。
ただ、使徒のように個体ではなく、世界…地球全ての生命の集合としての
意志体が対象である以上、たぶん、地球全域に広がっている稀薄な意識
…といった感じになるんじゃないかしら？
そうなると、認識するにはなんらかのコツが必要かもしれない。
空気のある地上で、空気がある、ということを認識しろ、というのは
難しいでしょう？ あることが普通だから」
「えっと…例えですけど、白い紙に色のついた点を描いたものが使徒や
エヴァだとすると、その紙に薄っすらとついている色が”世界の心”って
ことですか？」
「いい例えね。そんな認識で構わないわ」
「…雲を掴むよーな話ね」
「ま、ね。だから、こればっかりは、レイにコツを掴んでもらうしかないわ。
これから、私たちもできるだけ調査していくから、いつかはできるものと
思って、気楽に考えていてちょうだい」
ミサトが明るい口調で、話を纏めた。
確かにアスカが言うように雲を掴むような話であり、今のところ、
ノウハウを持っている人間などいないのだから。
…ＮＥＲＶの情報網で探しても、世界と同化しうる
仙術を修めた者、つまり「天仙」の存在は発見できていない。
世界の危機なのだから、いるなら現れてもよさそうなものだが、
残念なことにそんな申し出は…少なくとも、実力があると立証
できるようなものは…なかった。
＊
「この件に絡む話だけど、アスカ。
自分の身体にシンクロすることで、飛躍的に体術の能力を
引き上げることできる、というのは本当かしら？」
問われたアスカがシンリ、レイを見るが２人とも首を横に振って
話していない、と態度で表した。
「２人から聞いたんじゃないわ。ミサトから聞いたの。
…できる、ということでいいわね？」
「で、何か問題あるの？」
「アスカの場合は、身体への負担が考えられるからできるだけ
自分の身体へのシンクロは控えること。それだけね。
シンリくんとレイは、エヴァで行ったようなシンクロをエヴァに
乗っていない状態で試みたことはある？」
「まだしてないです」「（こくん。）」
「それならいいわ。いい？ ２人ともエヴァに乗っていない時は
絶対に、それを試みないこと。
これはアナタ達のためなの。約束してちょうだい」
リツコのいつになく真剣な面持に子供達はちょっと気圧された。
「…その…リツコさん…どうしてですか？」
「もし、よ？ もしも、２人が生身でそれを行うことに成功したら？
アスカが成功している以上、２人とも成功しないとは言い切れないわ。
エヴァとシンクロしているなら危険な時に外部から強制切断できる。
でも、生身だったら、そんな風に止めることができないのよ。
…シンリくん。
四六時中、周囲の人達の心が感じ取れるような状態に陥って
耐えられる自信がある？」
ぶん、ぶん、と頭を横に振ってシンリが即座に否定した。
その状態を想像したせいで、顔色まで青白くなってる。
「レイも同じね。周囲の人達と心が一つになるような状態になったら、
自己を認識し続けるのは難しくなる可能性が高いわ。
だから、２人とも決して、やっては駄目。
…いいわね！？」
「はい」「…はい」
シンリとレイは、リツコの問いに素直に頷いた。
その応えにリツコもホッと胸を撫で下ろした。
…そうなる可能性は少ない。
しかし、レイの場合、冗談では済まないのである。
レイ本人はともかく、レイがいう「私の中のもう一人の私」が
周囲に働きかけたりしたら、何が起きても不思議ではなかった。
だから今の内に釘を刺しておく必要があったのである。
予定していた話も終わり、ミーティングを終えようと
ミサトが発言しかけた瞬間、それを遮るように
緊急通信が室内に飛び込んできた。
『インド洋上空、衛星軌道上に使徒が出現しました。
全職員、第一級戦闘配備についてください』
青葉の言葉にミサトの表情が引き締まった。
＊
「２分前に突然、現われました。
今、衛星を接近させて詳細データの採取を試みてます」
第一発令所に戻ったミサト、リツコに日向が簡潔に状況を報告する。
『第６サーチ、衛星軌道上へ。接触まで、あと２分』
赤外線からＸ線まで対象を詳細に調査するＮＥＲＶ所有の
調査衛星が２基、スラスターを吹かして、出現した使徒に
軌道を移して近づいていく。
「目標を映像で捕捉」
「こりゃあ、凄い」
「…常識を疑うわね」
青葉の言葉と共に現れたメインスクリーン上の映像を見て、
リツコとミサトが呆れた口調で感想を呟いた。
映ったのは、アメーバのように指が３本生えた触腕を２本、両脇に
伸ばした目玉お化け。
橙色のボディカラーに、マトリエルのように、巨大な目のマークが
でかでかと描かれている。
まるで子供の落書きのようなデザインだ。
ただ、その体躯は余りにも大きかった。
通常のカメラ距離ではフレーム内にボディが納まらないほどに。
もちろん、マトリエルとて伸ばした足の先までの距離ならば
負けないだろう。
だが、この使徒は細い棒のような手足が伸びているのではなく
融けて軟らかくなったプラスティックを滴らせたようなスタイルなのだ。
質量は、これまでの使徒とは桁がいくつか違っていた。
「目標と接触します」
『サーチ、スタート。データ送信、開始します。受信、確認』
衛星２基が指示された方法で使徒をできるだけ詳しく調査しようと
動作し始めた…が、受信開始したかどうか、というタイミングで
いきなり、別の衛星から見ていた使徒の映像に映るサーチ衛星２基の
姿が歪み始めて、紙細工のように潰されてしまった。
送られてくるはずの調査データを映すサブモニタには
砂嵐しか表示されていない。
「Ａ．Ｔ．フィールド！？」
「新しい使い方ね」
淡々とリツコがミサトの問いに答える。
推論はできる。だが、データが圧倒的に足りない。
至近からのサーチが不可能である以上、精度は悪化するが、
遠距離からの観測で、能力を捉えなくてはならない。
ミサトが下した判断は「現状維持」。
ＵＮ軍にも通達し、不用意な攻撃を控えるように命じた。
その指示に異論を挟む者は一人もいない。
発令所の誰もが何も言わなくてもわかっていたから。
…例え蟷螂の斧であろうとも、僅かでも手駒を無駄に
するわけにいかない状況である…ということを。
＊
「たいした破壊力ね。さっすが Ａ．Ｔ．フィールド」
「落下のエネルギーをも利用しています。使徒そのものが爆弾みたいなものですね」
別室のミーティングルームで、床一面に表示された映像を眺めながら、
使徒…サハクィエルの現時点に至るまでの振る舞いと、観測結果について
情報の分析を行うために発令所メンバーが全員、揃っていた。
サハクィエルから、まるで水滴が滴り落ちるように、体躯の一部が
切り離され、そのまま自由落下して地表に激突して大爆発、
巨大なクレーターを生み出した。
切り離されても身体の一部…マトリエルの時と同様、
落下した体はＡ．Ｔ．フィールドに護られたまま、
大気摩擦でも一切、質量軽減することはなかった。
そして、マヤが言ったように着弾と同時に衝撃で周囲の地面を衝撃波と
音と熱に変えて、地表を貫いて大きく穿った後、ソレは自爆した。
その爆発は、サキエルに対して使ったＮ２地雷を大きく上回っている。
…洒落にならない破壊力だった。
「とりあえず、初弾は太平洋に大ハズレ。で、２時間後の第２射がそこ。
あとは確実に誤差 修正しているわ」
海に落ちたものからもある程度、威力は推測できたが、２発目が
オーストラリアの砂漠に着弾し、大地への破壊効果をＮＥＲＶは
はっきりと知ることになった。
「学習してるってことか」
…学習…或いは進化。
大気の流れを見切って上手く目的地に落ちるための方法を学習したか、
そうでなければ、落下中に姿勢制御する術を身につけたか。
どちらにしても、命中精度が向上している、という事実は同じだった。
「現存するＮ２航空爆雷ではサハクィエルの撃破は不可能と
判断されたため、ＵＮ軍の攻撃は中止させています」
サハクィエルがいる高度では、空気密度はゼロに等しい。
つまり、Ｎ２弾の破壊効果中、もっとも効果の高い衝撃波は
まったく生み出されない、ということ。
そしてｋｍ単位の巨大使徒を超高温のみで消滅させられるか？
…小型Ｎ２弾にそれを望むのは酷である。
例え何十発も同時に撃ったとしても、だ。
「以後、使徒の消息は不明です」
命中精度の向上率から見て、次は第三新東京市に着弾させるだろう、と
予想されたため、落下してくるサハクィエルの体躯の一部…を
エヴァに迎撃させることを命じようとした時…サハクィエルは
空に溶け込むように姿を消してしまった。
だが、使徒降臨時に現れる電波攪乱状態は続いていることから、
使徒がこの世界にいることは確実。
だが、光学観測ですら見つけられない…という事態は
これまでにない状況だった。
「作戦部では次の出現時における行動も、自分の身体の落下と見てるわ。
次に落とすのが身体の一部なのか、全部なのかは推測できないけど」
全部が落ちてきたら、その時は、第三芦ノ湖の誕生？」
身体の小さな欠片ですら、第三新東京市の２２層の特殊装甲を全壊させる可能性がある。
それがあの巨体全部なら…。
想像するだけ馬鹿らしいせいか、ミサトはわざと最後の問いを
笑い混じりにリツコに振った。
「富士五湖が一つになって、太平洋と繋がるわ。本部ごと。
推定破壊力は５００ｍ級隕石の地球への直撃にほぼ等しい。
…つまり、人類がこれまで保持した最大火力…
核分裂弾、核融合弾、Ｎ２弾、それら製造したもの全てを
同時起爆した場合に等しい破壊を地球に齎すことになるわね。
当然、地球は核の冬を迎える。
セカンドインパクトで疲弊した人類がこれを乗り切る術はないわ。
…残念だけど」
リツコは頼まれてシミュレートした結果を表示しながら
如何に彼我の攻撃力の違いがあるかを示した。
この攻撃力の前には、エヴァがいようといまいと、それは誤差に過ぎない。
クレーターの直径が何％か減るかどうか、という程度だった。
「ＭＡＧＩの判断は？」
「全会一致で撤退を推奨しています」
マヤの報告に同席した全員、マヤ本人も含めて、その言葉に苦笑した。
逃げてどうにかなるなら、そもそもこんなところに迎撃都市など
作るわけもない。
今回はそれでよくても、次はＯＵＴ。
事実上、有り得ない選択肢だ、と誰もが自覚していた。
「どうするの、ミサト？」
「日本政府、各庁に通達。ネルフ権限における特別宣言Ｄ−１７。
半径５０キロ以内の全市民は、 直ちに避難。
松代には、マギのバックアップを頼んで」
「ここを放棄するんですか？」
日向はあくまでも副官として、全員にミサトの決意を知らせる役割を
担うために、わかっていることだが、言葉を求めた。
「いいえ、ただ、みんなで危ない橋を渡ることはないわ」
勝機はない、それが明白であってもミサトの目からは
諦めの印象など微塵も感じられない。
ミサトは、全員の顔を見回して、思ったとおり、一人として
希望を失ったような雰囲気は持ってなかったことを確認すると、
自分の考えを話し始めた。
＊
『政府による特別宣言Dー１７が発令されました。
市民の皆様は、速やかに 指定の場所に避難して下さい。
第６、第７ブロックを優先に、各区長の指示に従い、速やかに移動を願います』
第三新東京市に通じるあらゆる道路が全線「下り」になり、大量の乗用車、バスが
人員輸送を全力で行い始めた。それでも不足する分はＮＥＲＶの大型ヘリを
ピストン輸送して補っており、前世紀の帰省ラッシュも真っ青な大移動が
粛々とした雰囲気の中、整然と行われていた。
『市内における避難は、すべて完了』
市内は、使徒襲来時のようにビル群が戦闘形態に移行し、人っ子一人いない。
いつもは沢山の人が退避しているシェルターも人影は疎らだった。
『部内警報Ｃによる、非戦闘員、及びＤ級勤務者の退避、完了しました』
ジオフロント内も、下級職員については退避指示が徹底され、
最低限、運用に必要な要員以外は、この場には残っていない。
多くの区画が閉鎖され、対人迎撃システム”グラシャラボラス”が
監視するだけの状態へと移行していた。
＊
化粧室でリツコは、ミサトに念を押すように
静かに、想いを告げた。
「もう、後戻りはできないわよ」
「わかってるわ。この作戦に後はない。
それにイスラフェル戦のようなリターンマッチもない。
でも、これがベストだもの。
それなら、後は全力でやるだけよ」
「成功確率は算出不可能よ。
わかっているでしょうけど」
「ま、ね。でもそんなに分が悪い賭けとは思ってないわ。
成功２、失敗１、効果なし３…ね、悪くないでしょ？
私的には確率１／３で勝ち、なつもりよ」
リツコは溜息を一つついて無言で頷いた。
あの後、技術部、作戦部の総力をあげて
様々な可能性について検討してみたものの、
結局、ミサトの案以外に打つ手がなかったから。
…それでも、子供達への負担を考えると気が重かった。
嵐の前の静けさ、その１でした。（＾＾）
いやぁ、洒落にならないですね…サハクィエルって。
真面目に検討してみたら、勝負にならない強さでした。（笑）
ミサト、どーすんでしょ？
次回、サハクィエル戦（前編）をお楽しみに♪
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