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「説得して還ってもらう！？」
ミーティングルームにシンリ達を集めてミサトが作戦の説明をした途端、
アスカの呆れた雰囲気２００％増しな罵声が響き渡った。
「そ。できるだけ使徒との精神接触がスムーズに行くように
ジオフロント外にエヴァを配置し、初号機が使徒と意識を接触。
交渉して、ベストでこの世界からの退去、最低でも降下行為を
行わず現状維持って反応を引き出すこと。
零号機、弐号機は初号機のバックアップ」
もちろん、ミサトはそんな態度を予想していたので、
シレっと何事もなかったかのように、同じ説明をもう一度繰り返した。
「…」
「…」
呆れ顔のアスカと、暖簾に腕押しなミサトが僅かな間、
視線をやんわりと激突させたが、結局、アスカが折れた。
「…もし、説得が上手く行かなかったら？」
「その時はＯＵＴ。まぁ、小さい欠片が落ちてくるだけなら対処できるし、
説得にしたって、現状維持でもＯＫだから、そういう意味では
勝機はあると思ってるわ」
「作戦と言えるの、それが！？」
笑顔のままかなり厳しいことを要求するミサトに、
アスカは、不満でたっぷりトッピングした疑問を叩きつける。
「言えないわね。だから代案があれば何でも言って。
検討してみるから」
アスカに言われるまでもなく、ミサト自身が一番わかっていることなだけに
意見を求める態度は、この上なく謙虚だった。
「…エヴァを高空まで飛ばして超長距離狙撃でコアを破壊する
のでは駄目ですか？」
ミサトの窺うような視線に、レイが発言した。
これまでにも、対ジェット・アロン戦で、超長距離狙撃は成功させている。
エヴァを成層圏上層まで上げてしまえば、スナイパーライフルで
撃ちだした弾が大気摩擦で減速することもほとんどないから、基本的に
狙撃は可能なはずだった。
「ナイスアイデアね、レイの零号機なら、その方法で倒せそうじゃない！
まったくミサトもその程度のことくらい考えつきなさいよ♪」
「…それができれば苦労はしないわよ。
シャムシェルやラミエルのこと覚えてる？
コアを撃ち抜いても、ゆっくりと停止して骸は残ったわ。
そして、今の人類にあの質量を安全に地上に着陸させる力も、
外宇宙に放り出すだけの力もない。
で、リツコの話だと、アレが落ちたら衝撃で巻き上げられた
土砂のせいで、日光が遮られて植物層が壊滅的被害を受ける。
なんでも５００ｍクラスの隕石衝突に相当するらしいから。
セカンドインパクトで疲弊している今、そんなことに
なったら、今、生き残っても、何年か後に人類は確実に滅亡するわ。
だから、コアの破壊はできないの」
つまり、修理中だがスナイパーポジトロンライフルやグングニルの槍が
あったとしても、それで使徒を攻撃してもＯＵＴ、ということになる。
あの巨体を全て消滅させるような出力はないのだから。
「じゃ…そーよ、こんなときこそ、現存するＮ２弾を
ぜーんぶ叩き込んで熱処理すればいーじゃない♪
イスラフェルの時みたいに」
「それも考えてみたけど、なにせ相手の図体がでか過ぎるのよ。
現存するＮ２航空爆雷をぜーんぶぶつけても１／１００も削れない。
そんな中途半端な状態にしたら自己再生して、いまよりもっと
パワーアップしちゃうわ。だから、その案も駄目。
あと、前世紀の遺物である核融合弾をギガトン規模で使って
消滅させたりした日には、大気層は壊滅、衝撃波で半径何百キロかは
粉微塵、水平線の彼方までＥＭＰ効果で対策が施されてない電子機器はお釈迦、
おまけに世界中が放射能汚染されるから、それも駄目」
コアだけ撃ち抜いても駄目、全体を消滅させても駄目では
打つ手がない。…ミサトがお手上げというのも
わかる、というものである。
「う、うぅぅぅぅ、なんでこーいう事態を想定してないのよ！」
「あのねぇ、アスカ。そんなこと言ったらキリないの。
予算も時間も資源も人材も限られてるんだから、できることから
手をつけていく、できないことは後回し、なんて当然でしょ？
…まぁ、こんなデカイ奴なんて予想してなかったのは確かだけど」
「…大きいってことはそれだけで大変なんですね」
「まーね。シンちゃんの言う通り、あのサイズが問題なのよ。
Ａ．Ｔ．フィールドがない、やたらとでかいだけの隕石っていうなら
まだ、なんとかなるんだけど」
「えっと…そうなんですか？ 直径５００ｍの隕石って言ったら、
人類全滅の危機！って山岸さんから聞きましたよ？」
子供たちの間でセカンドインパクト巨大隕石説の話題がでて、
エヴァならそれを防げるか、などということが疑問に上がった。
結局、その時は、人類滅亡の最低レベルである５００ｍ級の
隕石ですら、Ｎ２弾に換算すれば万の単位に相当する威力だから
エヴァががんばっても防げない、という結論になったのだ。
実際にイスラフェル越しとはいえ、小型Ｎ２弾を至近距離で食らった
アスカが、そんなの出来るわけないじゃん、と一言で切り捨てたから
皆も、いくらなんでも無理、と納得したものだった。
「Ａ．Ｔ．フィールドがなければ大気摩擦でかなり燃えてなくなるし、
大気抵抗のおかげで最終速度も多少は軽減されるわ。
サハクィエル、空気抵抗、大きそうな形状してるでしょ？
だから、ま、かなり厳しいけどなんとかなるのよ。
でもまぁ、無いものねだりしても仕方ない。
…がんばってね、シンちゃん。
上手くいったら、みんなにステーキ奢るから♪」
セカンドインパクト世代にとって、ステーキ、というのは
魔法の呪文らしい。言葉を発するだけで、ミサトの表情は
嬉しさ１０％増量、って感じになったから。
「…ミサトさん、まだお肉食べるんですか？
昨日、あんなに食べてたのに」
シンリはちょっと食傷気味。
でも、ミサトの言葉に応えたのは、それが応えやすい内容だったからに過ぎない。
心はどうやってサハクィエルを説得すればいいか、還ってもらえるか、
その考えに占領されていて、表情にも固さが表れてる。
「確かにそうねぇ…じゃ、３人が食べたい料理を
なーんでも奢るわ♪」
子供たちはミサトの熱意に押されるように頷く。
「それじゃ、作戦開始は１５分後。
また、後でね」
子供たちを安心させる穏やかな笑みを浮かべたミサトが
静かに、ミーティングルームを退室した。
＊
既に日向が作戦部のメンバーと共に、青葉達、オペレーターと
一丸となって、ＵＮ軍等、外部組織との調整に入っている。
現時点で投入しうる全戦力を効果的に投入するためには
綿密な段取りが必要となる。
そのため、作戦の詳細はＭＡＧＩと技術部が詰めているが、
時間的余裕がまるでない状況下、既に火事場の如き喧騒が
第一発令所を包み込んでいる。
しかし、要となる子供達…特に使徒と心を触れ合わせるシンリが
そんなひっ迫した空気に触れても百害あって一理なしだ。
だからこそ、ミサトは一人、作戦説明を行った。
厳しい現状の「空気」は伝え、必要以上に危機感は持たせない。
…上手くできただろうか。
しかし、僅かに表面に出そうになった不安を内に沈める。
現在のＮＥＲＶの最高責任者はミサトであり、ＴＯＰが僅かにでも
自信のないところ、余裕のないところを見せれば、これほどの
危機的状況の中、モラルを維持するのは不可能だから。
…碇司令も苦労してるってことかな。
いつも司令席で冷徹な視線で部下を見ている態度。
「心配」、「不安」といった単語は不要といわんばかりの落ち着き。
けれど、ミサトは今、ゲンドウと同じ立場になってみて
組織の長たる者に求められることの重みを再認識していた。
プシュ
圧縮空気の抜ける音と共に、発令所のドアが開き、熱気が通路に入ってくる。
いつものように、リツコの隣に立ち、前方の巨大モニタに映る状況を
把握して、不敵に笑みを浮かべた。
「だいたい予定通りってとこかしら？」
「そうね。誰かさんの無理な要求に従って、技術二課以下、総出で行ってる
エンジェルバスターの起動準備作業が、若干遅れ気味で、
あと３０分はかかるということを除けば…問題なしよ」
ミサトの表情に、子供達への話は問題なく終わったことを悟ったリツコが
技術部の総意としての「不満」を混ぜて、簡潔に状況を伝える。
「粘着榴弾の弾箱のほうは？」
「弾箱なんて簡単にいうけど、１発２０トン、合計１万トンからの
重量物なのよ？ …あと２５分でリニアカタパルト直近まで
運搬できるわ」
人間が蟻のようにしか見えない巨大格納庫の中で、パルテノン神殿の
外柱のように巨大な砲弾が、ベルトに装填されてビルのような
大きさの弾箱に続々と収納されていく光景がサブモニタに映る。
その奥では全長２００ｍにも及ぶ多薬室式機関砲「エンジェルバスター」の組み立てと
その発射に必要となる大型タンクへの液体装薬と液体酸素の注入作業が急ピッチで
行われていた。
現時点でこれを使うのはあまりにもリスクが大きい。
だが、できる限りの準備は行わなくてはならない。…云わばこれは保険だった。
「上等！ こりゃ上手く行ったらボーナスもんね♪」
軽口を叩いてニマっ、と笑う。
その姿は、いつものＮＥＲＶ作戦部長「葛城ミサト」の
イメージと寸分の狂いもなかった。
＊
「おや？ どうしたんだい、山岸さん」
シェルターに非難していた人々が、作戦部の指示で、ジオフロント内に
移動を始めているのだが、その中で、係員と揉めている黒髪の少女が
いたので、カヲルは何かと思って近づいてみたのだが、その少女は
マユミだった。
「ライが、ライがいないんです。さっきまでここにいたのに」
係員が「説得してくれ」と暗に視線で頼んでいるのを見て、
慌てていて、落ち着きを失ってるマユミの目を覗き込んだ。
「落ち着いて。ゆっくり呼吸を整えて。
…その調子だ。
それで、いつ頃までここにいたんだい？」
カヲルが静かな口調で噛んで聞かせるように話し掛ける。
落ち着いた雰囲気と冷静な視線に影響されたのだろうか？
驚くほど呆気なく、マユミは少しずつ冷静さを取り戻していった。
「今から…そう、今から５分ほど前。
ジオフロントへ全市民の移動のアナウンスがあって、みんなが
慌てて一斉に動き始めて、それで少しの間、ライから視線が
離れてしまって…その後、探してもいなかったんです」
「５分前…か」
係員が「早く行ってくれ」と視線で訴えているのを見て、
素早く５分前の光景を『見て』、そこから辿るようにライの
いる場所まで『追いかけて』、何をしているのか確認した。
…が、『見つけた』途端、カヲルのほうを振り返って
小猫のライは、一声、「にゃおん」と軽く鳴いた。
その表情は、どーも何か企んでいるような雰囲気に満ちている。
「渚…くん？」
突然、目の前で宙のあらぬ方向を眺め、苦笑したのを見て
マユミは少しだけ不安そうに声をかけた。
「…あぁ、どうやら心配する必要はなさそうだね。
戦闘が終わるまで僕たちは安全な場所にいたほうがいい。
なに、心配ない。カレは十分、賢いからね。
全てが終わった後で探せば、ひょっこり見つかるよ。
”心配する必要はない。”
…いいね」
カヲルが静かに応え、ゆっくりと言い含めるように言葉を紡ぐ。
紅い瞳が僅かに輝きを増し、マユミの心にカヲルの想いが染み込んでいく。
「…そうですね、後で探せば見つかりますよね」
マユミは納得した面持でそう応えると、カヲルのリードに従って、
一緒に指定されたジオフロント内の退避施設へと歩き出した。
カヲルが振る話題に応えるマユミの態度は普段と変わらなかった。
ほんの数分前まで探していた小猫のことを、今、マユミが
まったく心配している様子がない…という一点を除いて。
しかし、そのズレに、マユミが違和感を感じることはもちろんなかった。
周囲にいた人々と同じように。
＊
シンリはこれまでにない危機的状況、そして自分自身に
課せられた責務の重さを自覚して、傍目にも心配するほど
緊張していた。
その様子を窺うアスカの視線にも気付いてないくらいだ。
アスカは、何かしたいと思いながらも、どうすればいいかわからず
行動に移せないレイのほうを向いて、殊更、明るい声で話し掛けた。
「さ、レイ！ 昨日はメイン料理が嫌いな肉だったんだから、
ミサトに奢って貰う料理は、レイが決めていいわ。
シンリもそれで構わないわよね！？」
「え…？ う、うん」
「ほら、シンリもＯＫしたわ。
レイは何が食べたい？」
シンリが自分の考えに埋没するよりも早く、更に話題を繋げる。
「食べ物…料理…好きなもの。何でもいい…」
「そーよ！ミサトも昇進したんだし、ちょっとくらい
高めのメニューだって、気にしないでも平気よ」
アスカの言葉に、シンリはちょっと苦笑した。
なにせ、ミサトは金に無頓着なこともあって、
愛車には湯水の如く資金を注ぎ込んでいたから。
ローンが沢山残ってるのよぉ、と月末になるたびに嘆き、
それでも新しいパーツがでるたびに、リボルビング払いで
購入しようかどうか真剣に悩んでたりする。
ちなみに、リボルビング払いだと、支払総額が元金の２倍に達する…
なんて実例をシンリが提示したこともあって、流石にミサトも
更なるローン設定はやってない。
「…それなら…屋台のラーメンがいい」
「えぇぇぇぇぇぇ、せっかく何でもＯＫなのにラーメン？
って、なんで屋台なのよ！？」
もちろん、アスカもラーメンは好きな料理の一つだ。
でも、アスカの中にあるイメージとしては、ラーメンは庶民の料理。
高級料理を食べよう、という想いが念頭にあったせいで、
なんだか拍子抜けしたのである。
「あ、たぶん、それ、前に夜、帰るときだけど、
大人の人たちが屋台でラーメンを食べて賑やかに
笑ってるのを見たことがあるんだけど…
ほら、ミサトさんに”深夜の道草は駄目”って
言われてたから」
レイはシンリの言葉にこくん、と頷いた。
赤い暖簾から零れる裸電球の灯り。
中で弾む会話、暖かさを加えるラーメンの匂い。
客たちの豪快に食べる音。
それらが、夜の静かな町並みの中で、まるで
別世界のように、存在感を醸し出していたものだった。
「ふーん、じゃ、今回は屋台のラーメンで決定ね」
珍しくレイの希望でもあったのでアスカはちょいと
残念そうだったが、その提案を飲むことにした。
実はアスカも帰宅する途中に、夜風に乗って漂ってくる
ラーメンの美味そうな匂いに食欲を刺激されたことは
何度もあったから。
その後も、ある意味、緊張感のない話題で会話が続き、
話題を振られるたびに話に加わっていたことで、
シンリもいつのまにか過度の気負いはなくなっていた。
＊
その後、エヴァ３機が地上に配置され、後は開始の合図待ちな状態。
ふと、昨日の深夜、ミサトさんとベランダで
星空を見ながら話したことを思い出した。
「シンちゃん、さっき、私が”南極”って言葉に嫌な顔したの、気付いたでしょ？」
「え？…はい」
そう。パーティの最中だったし、ミサトさん、ボクの視線に気付いたとき、
聞いて欲しくなさそうだったから、聞かなかったけど、気にはなってた。
「私ね、あそこで父と死に別れたの」
紡がれた事実は言葉にすれば簡素なモノ。
だけど、ミサトさんが告げる表情は、いろんな感情が混ざってとても複雑。
どんな感情を持って接すればいいのか。
ミサトさんも、まだ心の整理がついてないみたい。
「私の父はね、自分の研究、夢の中に生きる人だったわ。
そんな父を許せなかった。憎んでさえいたわ」
ボクと父さんの関係とは…違う。
ミサトさんは憎めるくらいには、自分の「父親」のことを知っているから。
ボクは何も知らない。
「母や私、家族のことなど構ってくれなかった。
…回りの人達は繊細な人だと云っていたわ。
でもホントは、心の弱い、現実から、私たち家族という現実から
逃げてばかりいた人だったのよ。…子供みたいな人だったわ。
母が父と別れた時も、すぐに賛成した。母はいつも泣いてばかりいたもの。
父はショックだったみたいだけど、そのときは自業自得だと笑ったわ」
家族。
…よくわからない言葉。
ボクが知ってる「家族」のどれとも違う、それもまた「家族」。
「けど、最後は私の身代わりになって死んだの。セカンドインパクトの時にね。
…私にはわからなくなったわ。父を憎んでいたのか、好きだったのか。
ただ一つはっきりとしているのは、セカンドインパクトを起こした使徒を倒す。
そのためにネルフへ入ったわ。
結局、私はただ、父への復讐を果たしたいだけなのかも知れない。
父の呪縛から逃れるために」
ミサトさんの家族への想い。決して果たされることがない死者への誓い。
でも、それを語る姿からは、過去に囚われている印象はあまり感じられない。
あまり触れたくない内容なのに、それでもボクに話してくれる姿勢は
上手く言えないけど…涙が零れるくらい…嬉しかった。
『エヴァ全機、システム、問題ありません』
マヤさんの声がエントリープラグ内に届いた。
…昨日のパーティの光景。
みんな、楽しそうに笑っていた賑やかな一時。
ボクには関係のない、知識の中にしかないと思った、
…心が穏やかになれる人の輪。
失いたくない。
あれで最後…というのは…悲しい。
また、何かの機会にパーティをしよう、と約束したから。
あれが最初、と思いたいから。
『シンちゃん…がんばって』
ミサトさんの柔らかい声。
そう…がんばらなくちゃ。
”接触を始めます。”
短い返答と共に、目を閉じてシンリが集中し始めた。
立ったまま、動くことのない初号機。
傍らで見守る零号機と弐号機。
派手さの欠片もない静かな、静かな作戦の始まり。
しかし、これまでにない緊張が世界を覆い、息苦しい雰囲気が
作戦に携わる者全ての肩に、ズシリと重く圧し掛かっていた。
ふぅ…。キリがいいので今回はここまで。
次回Ｆパートは間違いなく、サハクィエル戦（前編）ですので
お楽しみに♪
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