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ジュゥゥゥゥゥゥゥ♪
調理をする音が楽しそうに聞こえてくる葛城家の朝。
やはり、文化発表会、当日ということもあってか、子供達の
目が覚めるのも早かったようだ。
特に何をする、というわけではないが、ペンペンも、
ちゃんと自分の席に座って、シンリ達が朝食の準備を
している様子を律儀に眺めてる。
「「「「いただきます」」」」「クェ♪」
家族全員が揃っての朝食。これも最近は定番だ。
元気よく食事を摂る様子を見て、ミサトも自然と表情が
柔らかくなる。
「ふ〜ん、それじゃ、シンちゃんも着るの？ 制服」
やはり、シンリ達がやる喫茶店に関する話題にも触れることになり、
自然とマヤがデザインを担当したという制服のことに話が移る。
「…えっと…」
「午後に３０分だけ、カヲルと一緒に着るのよね」
「（こくん。）」
少し、言い澱んだシンリをフォローするように、アスカとレイが
話を引き継いだ。
「なんで、渚君が？」
ちょいと予想外の名前が出て来たこともあって、ミサトも
少しあ然とした表情を浮かべる。
なにせ、アスカとレイが試着した、というくらいで、
技術部の特種服製作を担当することになったメンバー達の
趣味が色濃く反映された女性限定！な制服なのである。
やはりそれを決めた当事者の意見は聞いてみたかった。
「クラスメイトの賛成多数で２人が”女装”をすることになりました」
「こういうイベントだし、ちょっと普段やらないよーなことが
あってもいいかな、って。
あと、ほら、今日、シンリのパパとリツコがくるでしょ？
そうなると…ね」
レイとアスカの説明に、ミサトはなるほど…と納得した。
イロウル戦の後、シンリ達がある程度、落ち着いて、文化発表会に
向けて心を切り替えた時を見計らったかのように、突然、
ゲンドウとリツコが文化発表会に行く、と通達してきたのである。
わざわざ喫茶店にシンリ達がいる時間を聞いた上で。
リツコだけなら、別に問題はなかった。
他の人達を考えると、訪問する可能性は想像の範疇内にあったから。
…しかし、あのゲンドウがわざわざ、中学生の文化発表会に
時間を割くなど…保安部ですら想像してなかっただけに
ＮＥＲＶ中に混乱を招いたのも当然だろう。
当然、子供達にもその情報は伝わり、嬉しさ一杯なシンリはともかく、
他の面々は、ゲンドウの放つ他人を拒絶する結界の如き威圧感を
思い出して表情を引き攣らせた。
文化発表会は目一杯楽しく！♪…と張り切っていただけに
一時とはいえ、その雰囲気を断ち切る状況をどう乗り切るか。
…頭を痛めたのである。
実際、ゲンドウ、リツコの前で営業スマイルを浮かべて
問題なく給仕できる人物となると、選択肢は残ってなかった。
もちろん、カヲルに白羽の矢が立ったのは、女生徒達の
暴走によるものであるのは言うまでもない。
「あ…そういうことな訳ね」
シンリは見ての通り…その話題になっただけで笑顔になってるくらいだから
問題ないとして、あの渚カヲルなら、目の前の相手が誰であろうと、
いつものアルカイックスマイルが僅かとて揺らぐことはないだろう。
保安上の問題もあって、第一発令所の面々が訪問する時間が
重なることはほとんどない。
「ま、３人とも今日は楽しんでらっしゃい♪
私も鈴原君達の発表会には間に合うように行くから」
内心、ゲンドウと時間が重ならなかった幸運を感謝しつつ、
ミサトは満面の笑みで子供達を送り出す。
「クェ♪」
ペンペンもそれに応えるように賑やかに鳴いた。
「あら、ペンペン、やる気十分みたいねぇ」
「当然よ！ ペンペン、水泳部の奴らになんか負けるんじゃないわよ！」
「クェ、クェ〜♪」
ミサトも、ここまでやる気を見せているペンペンを見たのは初めてだった。
詳しい経緯は知らないが、水泳部の面々を相手にペンペンが競争を
する、という話になっていた。
どうも、最初はミサトがペンギンを飼っている、という話題だったようなのだが、
温泉に入るよーなペンギンなんざ、ペンギンじゃないとか、
どーせ、室内で飼われてるペットだろ、なんてことを言われて、
アスカが相手に罵詈雑言を浴びせまくった挙句、勝負、となったらしい。
「大丈夫、ペンペンは泳ぐの、得意だもの」
レイも競争の際には、ペンペンのサポートをすることを
自分から言い出したりしてたりする。
…アスカのように相手にケンカを吹っ掛けるほどではないにせよ、
家族のことを悪く言われて、ムッとしてたのは確からしい。
レイの言葉にペンペンは更にテンションが上がったようで、
期待度１２０％な瞳でシンリのほうを見た。
「ん、ボクも応援するからね」
苦笑しつつも、シンリもレースを見に行くことをもう一度、約束する。
「クェ♪」
ペンペンの嬉しそうな鳴き声がキッチンに響き渡る。
今日の文化発表会は賑やかなモノになりそうだった。
＊
シンリ達の通う中学校を中心に警備部が厳戒態勢を敷いている状況が表示される。
秘密裏に設置されているＮＥＲＶ保安部の出張所。
加持が地下通路を上がってくると、中ではデータ監視の真っ最中。
だが…
ＭＡＧＩの支援の元、歩行者１人１人までデータ監視がされていて、
歩行姿勢、重量バランスに至るまで画像解析による分析がいつのまにか
加味されていて、要注意人物のリストに調整が加わっているのには
加持は内心、冷や汗をかいていた。
ＭＡＧＩなら不可能ではないが、特定個人だけではなく、範囲内にいる
全員を対象に詳細な分析がされている…本来、ここまで膨大な処理を
市街地全域になど、厳戒態勢下でも行われないだけに、上層部…
ゲンドウ達の保安にかける意気込みが伝わってくる。
同時に、加持自身の行動に対する束縛も。
監視対象はもちろん、警備側の人間も全て同様の精度で監視されているのだ。
この監視を行っている室内とて例外ではない。
しかも、センサー同士の相互補完機能が数段階アップしている。
これでは、偽情報を送ってＭＡＧＩを誤解させようにも、一箇所を
騙すためには、数十箇所のセンサーを同時に騙さなくてはならない。
そしてその数十箇所を騙すために、更にその数十倍のセンサーを…
無論、そんなことは不可能だ。
以前は重監視地域だけだったのに、こんな市街地までこの精度ということは
監視レベルの高い地区はどれだけの監視体制が敷かれているのだろうか。
ＭＡＧＩを騙すためにはもっと別の手段が必要になる…
加持は個人ができることの限界が見えた気がした。
＊
立体映像の老人達が囲む現実には存在しない仮想会議。
人類補完委員会のいつもの光景だが、この日は、普段と違い、
各人が現状の詳細分析情報を持ち寄り、ゲンドウから、これまでの
使徒との戦闘に関する報告書が提出され、それを基に今後の
計画について再検討を行われていた。
『時に、２０１５年。
第３使徒サキエル、襲来。
使徒に対する通常兵器の効果は認められず
国連軍は作戦の遂行を断念。
全指揮権を特務機関ネルフへ委譲』
当時の映像と共に、戦略自衛隊関東方面部隊のほぼ全戦力が
投入されていることを示すグラフも表示される。
最後にＮ２兵器が投入され、中規模都市一つが消滅したことで、
日本が受けた経済被害についても。
『同深夜、使徒、ネルフ本部直上へ到達。
当日、接収された3人目の適格者 碇シンリ 搭乗を承諾。
エヴァンゲリオン初号機 初出撃』
日本各地に点在するＵＮ軍基地から、大型攻撃機が多数、
徴発され、戦略自衛隊の関東地区以外の基地からも、
多くの戦闘攻撃機が駆り出されたのがわかる。
『ネルフ、初の実戦を経験。
第一次直上会戦。
ＵＮ軍、戦略自衛隊との連携攻撃によりコアに軽度の
損傷を与えることに成功したが、サキエルの反撃により
エヴァ初号機、頭部破損、制御不能。
完全に沈黙後、暴走』
サキエルが初号機の頭を掴み、掌から光槍を撃ち出して
頭部を貫通させた映像が映る。
その後、サキエルが穿たれた目のような窪みから１分近くも、
加粒子砲を乱射し、初号機の全装甲が大破した。
…が、
完全に沈黙したと思われた初号機が再起動し、頭部、腕部の
損傷を瞬時に回復、そのまま近接戦闘に縺れ込んだ。
第３新東京市街戦」中間報告書 責任者 作戦課長 葛城ミサト一尉
「その効果として、我の損害が極めて大なりとはいえ、未知の目標に対し、
第３使徒及び初号機における経験ゼロのパイロットが初陣に挑み、
Ａ．Ｔ．フィールドの発生を確認。
これを完遂せしめた事実。碇シンリの功績は、特筆に値するものである」
近接距離における反撃を全て回避し、打撃を加え続ける
初号機に対して、サキエルはＡ．Ｔ．フィールドを展開。
「ただ、作戦部としては更なる問題点を浮き彫りにし、多々の反省点を残す、
苦汁の戦闘であった」
直後、初号機が咆哮をあげると、サキエルを中心に展開されていた
Ａ．Ｔ．フィールドを更に包み込むように、圧倒的な強度差の
フィールドが発生。
そのまま、範囲が縮小し、
サキエルのＡ．Ｔ．フィールド、耐え切れず崩壊。
Ａ．Ｔ．フィールドの展開ができないまま、サキエルは内部から
加粒子砲、光槍の攻撃を続けるが効果はなく…
縮小し続けるフィールドに押し潰され…サキエル…消滅。
『第三新東京市迎撃施設、多数破損。エヴァ初号機、中破。
同事件における被害者の有無は公表されず』
老人の１人が操作し、先ほど、サキエルが球状のＡ．Ｔ．フィールドに
押し潰される様子がもう一度、再生表示される。
全力攻撃をしても効果がなく、支えようとした手足が圧力に
耐え切れず折れ曲がって大量の体液が噴出。
そのまま、自らの体液に浸るように納まりきれない体組織が
密閉されたＡ．Ｔ．フィールド内の全てに押し付けられていく。
そして、全包囲から収縮していくＡ．Ｔ．フィールドは
欠片すら遺さずサキエルだったものを圧し潰し続けて、
そのまま、光の点となって、消えた。
初号機が展開したＡ．Ｔ．フィールドによって、押し潰される音も、
使徒が無駄な足掻きに過ぎない攻撃をする音も、全てが遮断されているため、
聞こえてくるのは初号機の低い唸り声だけ。
…余りにも異常だった。
「…これは本当に暴走状態なのかね？」
これまで多くの人生を歩んできた老人達だが、知性ある生き物が
生きたまま、ゆっくりと押し潰されて殺されるシーンを見るのは
好みではないらしい。
疑問と嫌悪の表情が浮かんでいる。
「球状のＡ．Ｔ．フィールド展開については、推測でしかありませんが、
相手への拒絶、逃さないという意志の具現化、と考えられます」
ゲンドウの返事は淡々としている。
「通常状態でのエヴァによるこの戦闘方法の実現確率は？」
「０％です。Ａ．Ｔ．フィールドの強度が違い過ぎます。
それに…相手を決して許さず、如何なる反論も逃走も認めずに
一方的に押し潰すような精神をパイロットが持つことは危険です。
制御不能に陥るリスクは負うべきではありません」
その返事に納得したのか、報告書の表示が再開される。
『戦闘終了後に救助されたサードチルドレンは、遺伝子の変化が見られ、
人類との一致率は９９．８９％にまで低下。
また、左腕機能の大幅な低下、右目視力、右耳聴力は機能が停止。
身体面では問題が見られないことから精神的な問題が考えられる。
遺伝子変化に伴い、色素が大幅に失われており、日中の行動には
大幅に制限が加えられることとなった』
シンリの作戦開始前の映像では、黒かった髪や目も、救助後の
診断時には白金の髪、赤い瞳に変わっており、その肌の色も
異様に白いモノになっている。
「キミの子は
他のパイロットも含めて、本部全員で、猫可愛がりしているそうではないか」
ドイツ代表の老人が人の悪い笑みを浮かべて探りを入れてきた。
だが、口調とは裏腹にその目からは些かも鋭さは失われていない。
「まさか
可愛がる…というのが何を指すのかわかりませんが、現状程度の
メンテナンス程度ならば業務に支障はありませんから
”委員会から指示された”通り、パイロットの管理は継続しますよ」
ファンタジーと告げるときに、口元だけいつもの「ニヤリ」笑いを浮かべたせいで
口調は淡々としていても、嘲りの感情が含まれたことは容易に伝わった。
ちなみに、委員会から「パイロットは貴重なのだから扱いは考えろ」と
指摘された後にゲンドウが行ったことと言えば、廊下ですれ違ったときに
二言、三言、会話をしたことが数えられる程度、２分程度の短い電話が１回、
自分名義で土産を葛城家に送付させたことが１回。
親権を持つ者への報告、という意味で司令室に書類をシンリが
持っていったことがそれにプラス何回か。
…これらの行為を総合して「可愛がる」と評価するなら、世の中は可愛がる人達で
一杯、ということになろう。さぞかし世界は「愛」に満ちているに違いない。
ゲンドウの淡々とした物言いに、委員会の老人達も、そういった事実を、本部に
紛れ込ませている「鈴」達から掴んでいるだけに、応えに窮してしまった。
…ゲンドウの今の行為が「可愛がっている」と評価できるから、もう少し、
扱いを冷徹に…などといったら、どこをどう直せばいいと言うのか。
老人達でなくても、ゲンドウにかける言葉をすぐに思いつかなかったのは
仕方ないだろう。
会話が途切れたのを見計らい、冬月が老人達の探りに対して
用意していた答えを話し始めた。
「エヴァの制御をパイロットの精神そのもので行う、という特殊性、
予備パイロットの育成には膨大な時間が必要であること、
精神悪化は治療が遅れるほど必要な労力、時間が増大すること、
自我が歪んだ状態では孤立状態時に正常な判断が期待できないこと、
使徒との意志疎通に、歪んだ精神では良い結果が期待できないこと、
どの正規パイロットも精神状態に重大な問題を抱えていること、
…これらを考慮し、我々、ＮＥＲＶ本部は総力をあげてパイロットの
精神への働きかけ、治療、教育を、日々、細心の注意を払って行っています。
表面的な事柄だけを捉えて、”可愛がる”などと言われるのは些か心外です」
ゼーレの「目」と「耳」があることは知っていたし、現在のＮＥＲＶ本部が
行っている行動を客観的かつ、裏の検討部分を知らずに観察すれば、
そういった結論に容易に転ぶであろうことくらい百も承知だったからである。
無論、それがゲンドウ達の真意を探るためのブラフであって、
老人達が本心からそんな判断をしているわけがない。
「使徒と我々の戦力差がこれほどまで開いてなければ、面倒なパイロットの
メンテナンスなど行う必要もなく、精神が歪んだ状態のまま維持し、
我々の目的である”人類補完計画”への利用もできる…はずだったのです。
…予定にない状態に私達が能力を浪費していることはご理解ください」
ゲンドウの態度には些かの揺るぎもなく、事実と照らし合わせても
彼の意見にとりたてて文句をつけられるようなところもない。
ドイツ代表の老人は、不満げな表情を隠そうともせず、
会議の継続に異議がないことをジェスチャーで示した。
＊
『第４使徒シャムシェル、襲来。
当時、地対空迎撃システム稼働率１２．８％。
第３新東京市、戦闘形態への移行率９６．８％。
太平洋上にて、ＵＮ軍所属の砲撃艦”榛名”が攻撃を行うが効果なし。
使徒、第３新東京市上空へ到達』
掛け値無しの全力斉射が行われ、残弾数ゼロになるまで砲撃が続いたにも
かかわらず、シャムシェルの体表はまったく変化が見られなかった。
同時に世界地図に、同クラスの砲撃艦の配備状況が重ねて表示され、
全てに”戦力外”の文字が付与される。
ロシア代表の老人が僅かに表情を強張らせる。
伝統的に、艦砲への拘りでは一家言あるだけに、自らも
強く関与してきたパレットガン…電磁レールで弾を撃ち出す
次世代兵器、その現時点で最大火力を持つ砲が役立たず扱い
されてしまえば、それも致し方あるまい。
『第二次直上会戦。
通信途絶のアクシデントに見舞われるも──使徒、殲滅』
生き物のように乱舞する光鞭に切り刻まれる防衛施設、飛来するミサイル。
接近する初号機が盾で弾いて接近、プログレッシブナイフでコアを刺すが、
使徒も光鞭で初号機の腹部を攻撃。
そのまま、互いに攻撃を継続し、３０秒後、シャムシェルの活動が停止した。
この場にいる誰もがこうして再生映像を見ている間に勝敗が
決してしまうエヴァと使徒の戦いを複雑な思いで捉えていた。
目で追うことさえ難しく、次の軌道を読むことが困難な光鞭の乱舞は
常識を捨てたつもりになっていた者達に、認識の甘さを痛感させたのである。
「断ち切る意志の具現化ということだろうが…エヴァでもできないか？」
あの異様な切れ味をエヴァも行使できるなら対使徒戦は有利になる。
「…相手を切り裂こうとするほどの強い破壊衝動。
通常運用に支障がでる、と判断してます」
しかし、ゲンドウの応えは素っ気無い。
「その後の捜索で、シャムシェルの意志は検出されてないとのことだが」
フランス代表の老人が疑問を口にした。
「これについては、サードの報告を信じて戴く以外にありません。
人類の保持するセンサーでの検出はそもそも不可能です」
「本当に意志疎通など出来ているのかね？」
「報告にある通り、使徒の行動を見ても、サードからの干渉によって
行動パターンを変化させています。意思疎通は行われている、と
客観的に見て、判断できます」
「サードが虚偽の報告をしている可能性は？」
「そのために我々は信頼関係構築のために、多くの手間をかけています。
虚偽の報告はないと断言できます」
ゲンドウの報告は以前と変わりがないことに、僅かに落胆の色を示す。
…結局、シャムシェルとの戦闘から何度となく行われているシンリと
使徒の精神接触だが、人類の技術ではそれが検証されたことはない。
結果は出ている。
信じる、信じない、などというあやふやな概念に判断を委ねるほど
この場にいる誰も愚かではない。
しかし、人類補完委員会…ゼーレに心酔しているわけでもなく、
特定方向への思考の偏りを洗脳等の手段で固定化されているわけでもない、
年端も行かない子供に、使徒との交渉が委ねられている、という現実は
到底、納得できるものではないのも確かだ。
『ネルフ、原型を留めた使徒のサンプルを入手
だが、分析結果の最終報告は未だ提出されず 』
「碇君、キミたちが分析作業で成果を出していることは認める。
だが、最終報告はいつできるのかね？ 期間を区切らない
フリーハンドを君に与えたつもりはないよ」
「わかっています。ですが、Ｓ２機関の復元に着手するに足る分析結果は
得られたものの、安定動作させるためのデータが不足しています。
車のエンジンのように止まっているモノを見て、動作原理を
推し量るような訳には−」
「そんなことは君に言われなくとも百も承知だ」
イギリス代表の老人は、唯一の趣味である自動車のことを例に
出されたことに、幾分、気分を害したようだった。
＊
『ＮＥＲＶ本部内にて、初号機によるＡ．Ｔ．フィールド展開実験実施。
結果、初号機はＡ．Ｔ．フィールドを発生するも、その後、暴走。
同日、凍結解除された零号機によって活動停止に追い込むことに成功する』
抑えつけられたまま、身動きが取れなくなっている初号機から
エントリープラグが排出される映像が表示されている。
「…初号機が暴走に陥ったのも問題だが、それをプロトタイプの
零号機が停止させた、というのは予想外の結果だな。
Ａ．Ｔ．フィールド展開に関するデータが揃ったのはいいが、
実戦に使えないようでは意味も薄い」
重々しい口調で議長のキールが口を開いた。
「報告書にあるように、エヴァが最も得意とするフィールドは
遮蔽物の少ない平地です。
この事故の時のように、狭い通路内ではその機動力を生かす
ことができません。
それと、交戦するまでに作戦部のトラップによって、初号機の
力を殺ぎ落としたことも大きく影響していると言えます。
Ａ．Ｔ．フィールド展開方法については予測の範疇内です。
サハクィエル戦では僅かな時間ですが零号機が展開に成功してます」
ゲンドウの説明にキールは、言うべきことはない、とばかりに
他のメンバーに発言を促した。
「この件で、交通事故で命を危ぶまれたサードの怪我が
回復したのは、幸運としか言いようがない」
「左様。このような事態は二度とあってはならぬ」
老人達の言葉には微妙に納得していないニュアンスが含まれている。
…というのも、そういった事態を防ぐために敷かれた保安システムによって、
マトリエル戦の際に大量の諜報要員が行方不明になっているからだ。
無論、それについて文句を言える話ではないが、面白くないのは間違いない。
「現時点では同種の問題発生は未全に防げると確信しています。
また、日本国内における違法活動者の処分もほぼ完了しました」
追い討ちをかけるように、ことさら、不安の芽を潰したことを告げるゲンドウに
老人達の無遠慮な軽蔑の視線が集中する。
「ならばいい」
議長のキールが厳然とした口調で告げることで、各人に自重するように、との
無言の圧力が加えられ、場の浮ついた雰囲気が沈静化した。
＊
『第５使徒ラミエル、襲来。
通常戦力による総攻撃が一切通用せず、
ジオフロントの２２層の特殊装甲を僅か数秒の照射で
貫通する超出力の加粒子砲を放つ目標に対し、
葛城一尉、ヤシマ作戦を提唱、承認される』
僅かに回復していた第３新東京市周囲の軍備が１分に満たない間に
浪費され、それが効果を発揮しない事態に、誰もが表情を険しくする。
『最初の適格者、エヴァ零号機専属搭乗者の綾波レイ。
エヴァ零号機にて出撃』
応急修理を受けただけ、という状況のため、完全な整備状況からは程追い
のが一目で分かる零号機の姿は、間に合わせ、という危機的状況を
一層、強調しているように思えてしまう。
『同深夜、使徒の一部、ジオフロントへ侵入。
ネルフ、ヤシマ作戦を断行』
地球全域の監視システムの映像に切り代わり、日本の近海から、
スクラムジェット推進式ＡＰＦＳ弾、通称「グングニルの槍」の巨体が
放たれ、ロケットモーターの強引な推進力で飛翔速度を引き上げていく
様が写しだされる。
『ヤシマ作戦、完遂。
エヴァ初号機、大破。
パイロットは全治二週間の重傷を負う』
その後、真上からのグングニルの槍をＡ．Ｔ．フィールドで防御したラミエルだったが、
さすがに一瞬、防御力が緩み、そこを零号機が構えたポジトロンスナイパーライフルの
一撃が貫き、撃破。
しかし、相次ぐ超威力兵器の使用によって、大気は大きく乱れ、気温も瞬間とはいえ、
数百度の高温に達する事態に陥った。
幸い、ＮＥＲＶ職員、市民は全員、シェルター内、或いはジオフロント内にいたから
助かったものの、外にいれば、良くて全身大火傷、悪ければ衝撃波で死体すら
残らない状況に陥っていたのは間違いない。
「威力はあるが、グングニルの槍はあまりにも危険だな」
「発射から着弾までのタイムラグが有り過ぎるのが問題だよ。
第５使徒のように停止状態にない限り、使用は許可できん」
使徒に壊されるならまだしも、流れ弾で第３新東京市が壊滅しました、では
国連所属の国々の全てを納得させるのは困難だろう。
「初期加速を１０％強化した新型を現在、製造中です。
ポジトロンスナイパーライフル用の陽電子についても、
極低温真空容器内で蓄積を続けています。
どちらも、あと１ヶ月で実戦配備可能です」
ゲンドウの報告に、誰もが現状の戦力不足を痛感させられていた。
製造中、準備中、解析中…準備が完了しているものが何もない。
作る端から、僅か数十秒の交戦で、使い潰される現実。
仮想空間にある会議室であるはずなのに、出席している誰もが
会議室内の空気が一段と重さを増した…そんな気がしていた。
＊
２年Ａ組…シンリ達のクラスはまだ一般公開前だというのに
多くの生徒が集まっているせいで、なんとも騒々しい。
…というのも、給仕をしている姿を人目見ようという野次馬が
多いせいである。
「う、美味いよ、これ！」
「…そう。ゆっくりしていってね」
マフィン３種＋紅茶のセットメニューを食した生徒の１人が
嬉しそうに誉めると、レイは僅かに微笑みを浮かべて
テーブルを囲む生徒達の会話の邪魔をしない程度に
そっ、と返事を返した。
そんなレイの普段、あまり見ない態度に、男子生徒の目からは
ハートマークが浮かんできそうな雰囲気だ。
「なんか、他の女子とは違うって感じだよな」
「マジ、可愛いじゃん」
他のテーブルで応対しているアスカもそうだが、何かするたびに
客である生徒達の視線が集まるのも無理もない。
なにせ、２人ともあまりに違和感なく「メイド服」を
着こなしているのだから。
紺色で長袖のワンピースは、襟元がハイネックで細めのタイが清楚な雰囲気を与えている。
フリルのついた肩紐のあるエプロンは、幅の広い腰紐で留められていて、
後ろで大きな蝶結びをすることで綺麗なアクセントになっている。
膝下の丈のスカートは、適度にペチコートでボリュームアップされていて
柔らかなラインを見せている。
足は、ニーソックスに覆われ、靴は茶色い皮製のもので飾り紐がついてたりする。
髪を飾るカチューシャも豪華過ぎない程度にレースで飾られていた。
それでも機能性はちゃんと考慮されているので、タイト過ぎて
動きが阻害されるようなことはもちろんない。
レイとアスカの華やかな色の髪もアクセントの一つとして役立ってる。
「そろそろ、一般公開、始まるんだから、みんなも
いつまでもここで油を売ってないで戻ったら？
自由時間にまた来て下さいね♪」
営業スマイルを浮かべたアスカが窓際に鈴なりになってる生徒に
穏やかに自分のクラスや部活のほうに戻れ、と告げる。
「なんだよ〜、減るもんじゃないだろ〜」
「そうそう、お客様には愛想よく…」
笑顔の裏からひしひしと伝わってくる威圧感に、捨て台詞を
言いながらも、持ち場に戻っていくあたりが素人さんの
限界らしい。
「…アスカ御姉様♪」
…一部、下級生の女生徒達には、アスカのそんな態度も
別の意味で魅力的に見えてたりするようだ。
振り返って、キッチンの奥のほうにいるシンリに視線を向けると、
ウンザリした、とちょっとだけ表情を浮かべてみせた。
予想よりもかなり多い客足にシンリも困った表情で応える。
パシャッ
「やっぱ、惣流は絵になるよなぁ。
あ、綾波、ちょっとそのままの姿勢でいてくれ」
…熱心なのはいいが、少し暴走気味なケンスケが愛用のカメラで
先ほどから写真を撮っていたりする。
「ケンスケ君、そんなに最初から撮っていたらデータディスクが
なくなるんじゃないかい？」
「ふ、そんなミスを俺がするわけないだろ、見ろ、このディスクを！
あぁ、心配しなくていい。ちゃんと渚達も撮ってるから」
ケンスケは少し呆れ気味なカヲルの口調にも気付かないのか、
それとも、わかってて気にしない豪胆さがあるのか、
熱意が全てに優先するのか、大量のディスクを片手で見せながら、
他の生徒達を精力的に撮影して回っている。
「…今、何を言うても無駄や。
いい写真が撮れる時は他のことは皆、後回しになっとる」
諦めたようで、トウジもさっそく、マフィンを一つ、口に放り込んだ。
「美味いのぉ、ほんま」
シャク、シャク
気持ちのいい音をたてながら、小猫のライも食べるのに夢中だ。
「あったりまえじゃない♪
私たちが愛情たっぷり作ったんだから。
ありがたーく味わって食べなさいよ」
元気一杯、言い切るアスカだが、やはり褒められて嬉しいようで
笑顔を浮かべているせいか、普段より柔らかな印象を受ける。
想いが込められてる…か。
ある意味、反則だけど、確かに美味い。
そんなことを考えながら、カヲルはチラッとレイのほうを見た。
「ニャーォ」
食べるのをほんの少しだけ中断して、小声で咎めるように
小猫のライが鳴いたのを聞いて、カヲルは苦笑した。
「美味いお菓子を振舞ってもらってるのに
無粋だったね、確かに」
小猫とカヲルの妙なやりとりに頭を捻りながらも、トウジは
「ま、カヲルやからな」の一言で思考を切り替えた。
「委員長達は何しとるんや？」
「ステージ衣装を着て、舞台で最終チェックだってさ。
俺達と違って、動きにくいから、実際に着て歩いて
見るって言ってたよ」
撮影をしていたケンスケだったが、一通り、撮り終えたのか、
戻ってくると、デジカメでさっき撮影したステージ風景を
表示して見せた。
「マメだねぇ、ケンスケ君は」
小型画面を見ると、マナとヒカリとマユミがステージ上を
歩いている姿が映ってる。
涼しいから、とペンペンがステージの隅でゴロゴロと
転がってる様子まで捉えているあたり、確かに
ケンスケはちゃんと全体的に撮ってるようだ。
「ま、本番は放送部に任せるしかないのが残念だけど、
さすがに演奏しながら撮影はできないだろ。
だから、今のうちに撮れるモノは撮っておくのさ」
パチ
そう笑ったケンスケだったが、小さな撮影音に振り向くと
キッチンの影から、シンリがテーブルでの談笑の一時を
写し撮っていた。
「相田くんも撮っておかないと、ね」
そう告げたシンリも、いいタイミングで撮れたのか、
嬉しそうに笑みを浮かべると、すぐにポケットに
カメラをしまい込んで、仕事に戻っていった。
「サンキュー、碇」
ファインダーの向こう側に自分がいるのも悪くない。
ケンスケはふと、そんなことを思った。
＊
ＮＥＲＶ本部の各所に設置されているモニターには、問題個所を
ＭＡＧＩが補正をしている文化発表会の映像が中継されている。
放送部の学生達も、日頃の修練の成果か、紹介する手際は
なかなか見事なモノだ。
「あ、あれ班長の娘さんですよね？」
吹奏楽部の面々が準備をしている光景が映し出されている。
様々な楽器を準備している子供達の姿に、見ている大人達からも
自然と笑みが零れる。
「…む、公式行事用の衣装を着るとなかなか綺麗なもんだ。
ところで、君は行かなくていいのか？」
「生憎、私の周囲には中学校の文化祭に関係している人はいないんですよ。
ま、その代わり、来週、高校のほうは行きますけど」
どう見ても、まだ２０代であろう女性技術者が、ニマ〜っと
それはもう嬉しそうに微笑みをもって応えた。
今日のシフト表を見ると、分単位で休暇届が入り込んでる者が多い。
ジオフロントの職場から真上の市街地までは直通エレベーターなら
５分もあれば到着するのは、周知の事実だ。
だから、子供達の晴れの舞台に顔を出さない、なんてことは
何か特別な理由がない限りは、許されるはずもない。
一時期に訪問者が増え過ぎないように調整された
スケジュールに従って、文化祭に顔を出すことにしたのだ。
「…確か旦那が通ってるんだったっけな？」
「えぇ、まぁ、そうなんですけど…」
少し前に、高校生の旦那さんを貰った、と技術部内を騒然とさせただけに
彼女の表情もどこか遠慮がちである。
「ま、せいぜい楽しんできてくれ。
家庭内不和だけは招かないように」
仲直りするまで不機嫌なのは堪らん…とは年の功だけあって
口にはしない。
「他の男子にちやほやされて随分、楽しそうだった−なんて
言われるのがわかってるのに、行くのは気が重いんですよ、これでも。
でも、行かなかったら、やっぱり不機嫌になるに決まってるんです。
…なんか矛盾してると思いません？」
「男心ってのも複雑なんだよ。
特に美人の姉さん女房を貰うと」
などと殊勝な顔で言い聞かせるが、内心、ご馳走様だ馬鹿ヤロー！ と
思ってたりもするのは年齢ゆえか。
流石に娘の通う中学校に行ったからとて、四十路を過ぎた妻が
焼餅を焼いたりすることはない。
だいたい、不機嫌になるのは多分、彼女のほうだろう。
…クラスメイトの女の子と仲が良さそうだったとか、言って。
少しだけ、高校生をやってる旦那に同情心が芽生える。
いつもは少し重い雰囲気のあるジオフロントも、
今日ばかりは賑やかな空気が蔓延しているようだった。
さてさて、ついに無謀な２本立て脚本が始まりました。（笑）
賑やかなシーンというのもを書くのが苦手ですが、
今回ばかりは苦手と逃げられないのが辛い所ですね（＾＾；）
次パート、裏事情が明らかになる会議はガギエル、イスラフェル、マトリエルに
ついて分析を行います。子供達側は、ペンペンｖｓ水泳部員軍団♪
…いつのまにこんな話になったんでしょう？（笑）
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