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音楽発表が終わり、参加者も更衣室で制服姿に戻る。
これまでのイメージを一新したかに見えたマユミも例外ではなく、
眼鏡をかけた制服姿はいつもの通り。
１２時の鐘の音と共に魔法が解けたシンデレラのように、
いつもの見慣れた姿に戻った彼女は、人目を惹くことはない。
でも、マユミを知ってる人は少しだけ変わったことに気付いたかもしれない。
いつもは、一歩退いている感のある態度が、半歩下がったくらいには
積極的になったことに。
＊
閉会の挨拶も終わり、生徒達は祭りの跡を消していく。
たくさんの準備をして、みんなで協力して…開催したイベントも
これでお終い。
教室の机の配置を直し、並べたり貼ったりしていた展示物も
みんな綺麗に片付けて、可燃ゴミを集めて収集箱の中へと。
陽が傾く頃には、すっかり元の校舎に戻っていた。
所々に残るテープの跡だけが楽しい出来事があったことを
思い出させてくれる。
でも、生徒達は誰も帰ろうとはしていない。
疲れた様子も見せず校庭のほうを眺めてる。
そこでは、運動部の面々が木材を運んで中央に
焚き火用の櫓を組んでる。
それは、ダンス同好会が主催するキャンプファイアを
囲んで行なわれる自由参加のダンスパーティの準備♪
みんなで何かを成し遂げた、という一体感。
どうせなら、最後の最後までしっかり楽しもう。
気持ちは一緒だった。
＊
中央に組まれた櫓に火が点けられて、燃え上がる炎が周囲を照らす。
大勢の生徒達が、気恥ずかしさもあって躊躇する中、同好会の人達が率先して、
流れる音楽に合わせて踊り、一人、また一人と、誘い出して
踊りの輪を広げていく。…楽しかった文化発表会もこれが最後。
私はどうして、この場にきたんでしょうか。
ライはナツミちゃんと一緒に帰ったからここにはいない。
躊躇する私を後押しした誰かがいた訳じゃない。
夜の闇と、炎に照らされる独特の雰囲気が心を軽くするのか、
騒ぎながらも、男の子も女の子も踊る姿はとても楽しそう。
「…」
視線を感じて、そちらを見ると…シンリさんが困った表情をしてる。
その隣では笑顔のまま、惣流さん、霧島さん、渚君が互いを牽制していて、
３人から感じる無言の圧力に、鈴原君達も一歩、退いてる。
で、でも、私に助けを求められても…ぉ…
自分に集まった視線に対処できず、オロオロするだけ。
でも、救いの主は別のところから現れた。
「碇くん、踊りましょう」
誘いの言葉はとても自然に。
蒼い髪の女の子…綾波さんは他人のことなど気にせずに、
シンリさんだけを見て、手を差し出した。
「えっと…うん」
シンリさんが浮かべた表情は多分、感謝の気持ち。
なんとなく、その気持ちはわかります…
踊りの輪に加わった二人を見て、ほっ、とする自分に
ちょっとだけ自己嫌悪。
そのまま、楽しそうに踊る同級生達を眺めていて、溜息が一つ。
私、ここで何をしてるんでしょう…
前に歩き出そう、と思ったのに。
決意だけじゃ何も変わらない、という現実を認識して溜息がもう一つ。
「…ぁ」
何気なく横を向いて…偶然、相田君も私を見ていて…
意図してなかったことに、声が洩れる…。
でも、その次に言われた言葉はもっと驚いた。
「踊ろうか」
炎に照らされる相田君の表情はいつもとちょっと違ってて…
でも、誘いの言葉は他の誰でもなく、私に向けられたもので…
心に浮かんだ疑問は沢山。
迷う気持ちと、恐れに似た感情が私を後ろに招く。
でも…
「はい」
自分でも不思議に思うくらい、迷うことなく、
私は相田君の誘いを受けて、一緒に踊ることを選んでいた。
＊
ずん
何も言わないが、アスカとマナの容赦ない視線が、
「何やってんの、アンタは！！！」、「誘うのが遅いぞ！」と
トウジに重圧をかけた。
ず、ず、ず、ずん
鈍いのか、躊躇うものがあるのか、動こうとしないトウジに、
２人のストレスメーターが急激に跳ね上がり…
「委員長、ワシらも行くか」
「そ、そうよね、パーティなんだし踊らないと」
アスカとマナから受ける圧力に叩き出されるように…
それでも、覚悟を決めたのか、誘いの言葉を送り、
ヒカリも友人達の助力に内心、感謝しつつ、
トウジの手を取った。
互いに踊るつもりのなかった３人だけが残ってしまった。
不本意なこと、この上ない。
「…はぁ」
誰の目にもわかるほど、アスカはがっかりと肩を落した。
仲良く踊るレイとシンリを見て、てっきり、邪魔をした、と
文句でも言うだろう、と内心、身構えていたマナとカヲルは、
急にしょんぼりしてしまったアスカの寂しそうな姿に、
態度を決めかねて、顔を見合わせる。
両親の会話から、ぽつん、と取り残された幼子のような表情。
自分が独りぼっちになった、という漠然とした不安。
でも、２人はいつも見ている雰囲気と違う、とはわかっても、
揺れる心の理由までは、考えは届かなかった。
マナは家族も、幼い子供との触れ合いも経験したことがないし、
カヲルは、人としての人生経験は１年にも満たなかったから。
なんとも近寄りにくい雰囲気に、同級生達も、
声をかけにくいらしく、３人とは少し距離を置いている。
そこに、少し着崩したシャツ、ズレたネクタイの男、加持が近づいてきた。
わざわざ、アスカの視界に入って人の良さそうな笑みを浮かべる。
「加、加持さん」
「仕事も終わったんでね。
それにしても、アスカを誘わないなんて情けない」
殊更、周囲に注意を向けさせて、他人を意識させる。
「…はん、堂々と誘えないよーな男なんて
こっちから願い下げよ」
「そりゃまた手厳しい。
では、お嬢さん。せめて一曲、この私めと踊って戴けますか」
加持は、どこまでも自然そうに振舞い、舞台へと誘って、
少し演じるような態度で切っ掛けを与える。
「加持さんならもちろんＯＫ…って一曲？」
「さすがに中学生の輪に入るのは恥ずかしいのさ。
それに、曲が終わるたびに踊る相手を変えたほうが
祭りは楽しめるってもんだ」
進むための方向を示して、ちょっとだけ手助け。
代償行為で慰めるのではなく、自分で歩くように。
加持は何気なく振舞っているように見えるが、自然と
アスカの視線がシンリ達の姿を捉えるように、立つ位置を
変えるあたり、どこまで意識してやっているのか。
「そ、そうよね、さ、加持さん、踊りましょ♪」
さっきまでの様子が嘘のように、元気を取り戻したアスカは、
加持の手を握って、引っ張るように踊りの輪へと加わった。
「そう急かすなって」
少し慌てたように苦笑するが、加持は去り際に
残った二人にもわかるように目線で促した。
「「！」」
マナとカヲルも、そこまでされれば気付かない訳がない。
次の曲がチャ〜ンス♪
僅かな逡巡の後、両者の意識は合意をみた。
「さて、踊ろうか、僕達も」
「そーね♪ こんなとこにいたら、踊れないもん」
利害が一致した２人もダンスの輪に加わった。
テンポのいい曲に合わせて、子供達が踊る。
満天の星空と、辺りを照らす炎の周りに輪になって。
中央で燃える炎は、生き物のように常に姿を変えて周囲を照らす。
幻惑するかのように炎に浮かび上がったものは陰影が強くなり、
普段と違う印象を与え、独特の雰囲気を生み出していた。
そして…曲が終わるたびに騒ぎが起こり…
まる一日続いた祭りは賑やかな雰囲気のまま、終わりを告げた。
＊
薄暗いケイジ。
限られたメンバーのみに厳選された中で行なわれている極秘試験。
眼前には、厳重に拘束された零号機の姿がある。
「エントリープラグ０１、ダミー・システムでシンクロを開始します」
マヤの報告と共に、無人のエントリープラグが挿入され、
インテリア内に追加接続されている装置内でディスクが回り始める。
『オールナーブ・リンク終了。中枢神経素子に異常なし』
『再計算、誤差修正なし』
『チェック２５９０までリスト、クリア』
『絶対境界線まであと
２．５
１．７
１．２
信号逆流！』
グアァァァン
『全安全装置起動！ 逆流、阻止しました』
拘束具を引き千切ろうとする零号機の動きを辛うじて静止し、
全ての安全装置、電源供給遮断を行なうことで、なんとか
暴走を停止させた。
しかも、停止直前、零号機の単眼が制御室のほうを指向し、
凄まじいプレッシャーに、あのゲンドウですら、歯を噛み締める。
「…紛い物は拒絶する…残念ですが…」
沈黙を破って、Ｅ計画責任者であるリツコが結論を告げた。
できれば、偽信号を送ることでエヴァを騙す…ダミー・システムが
成功して欲しい、と誰よりも願っていただけに、落胆の気持ちは隠せない。
「ダミー・プラグに切り替えるしかないな」
ゲンドウの言葉に、室内の温度が更に冷え込んだ。
ダミー・プラグと呼ばれるエヴァを制御する機構は、名前は似ているが、
その構造、設計思想は、対極に位置するといってもいいモノである。
自分の手が血塗れになることを実感したマヤが
嫌悪感を表情に表した。
「…伊吹ニ尉、意見があれば言いたまえ。
代替案があるなら、検討しよう」
零号機を見据えたまま、ゲンドウが意見を促す。
その表情からは、何を考えているのか窺い知ることはできない。
しかし、マヤとて代替案があるわけではない。
精一杯、技術部の総力をあげて取り組んだダミー・システムが
エヴァに拒絶されたのである。
もう、引出しの中身は空っぽだった。
「…感心しないのは分かるわ。
それでも…生き残るための備えは必要なのよ。
例え、それが人の道に外れることだとしても」
リツコの声が淡々と響く。
それは、マヤだけに告げるのではなく、この場にいる全員に…
自分自身に言い聞かせている決意。
耳が痛くなるような沈黙。
その息苦しい状況を変えたのはゲンドウだった。
「ダミー・プラグの開発に比重を移す。
各自、明日までに計画案を提出したまえ。
赤木博士、詳細は任せる」
命令。
ゲンドウは必要なことだけ告げると、制御室を立ち去った。
一方的とも言える命令の通達に、誰もが軽い反発と安堵感を覚えた。
安堵感。
命令された、という形になることで部下の精神的な負担は僅かとはいえ減る。
だが、それはその分、命じた上司に負担が移るだけだ。
技術部の長でもあるリツコにはそれが痛いほどよくわかる。
それだけに、そんな配慮を感じさせないゲンドウの不器用な態度は、
リツコの心に鈍い痛みを産み出していた。
＊
その日の深夜…。
ジオフロントの最深部にあるセントラルドグマ、その最も奥、
巨大な…エヴァに匹敵する白い巨人が十字架に磔られている。
顔は７つの目を模した文様を彩られた仮面に覆われており、
掌に打ち付けられた楔と、千切れたかのような腹部から、
常に体液が滴り続けていた。
その巨躯の前に設営された作業台の上に、”槍”がある。
”ロンギヌスの槍”と呼称されるソレは、人の手を介することなく、
多くの巨大機械によって、白い巨人の胸元まで引き上げられると、
そのまま、豆腐に突き刺すように呆気なく、胸部に押し込まれた。
貫こうとする破壊の力と、自己修復する巨人の力が拮抗し、
滅びることもなく、癒えることもない状態に陥らせる。
それはゼーレの指示通りの作業。
全てが予定通りに進んでいるように見えた。
…しかし、決定的に異なる変化が既に生じていたのだ。
もし、シンリと初号機がこのセントラルドグマの結界内にいれば
その違和感を直に感じ取れたに違いない。
…そう。
磔にされた白い巨人の内に心がないことを…。
ふぅ…そんなわけで、やっと、第１４話終了です。
満つれば欠くるのが世の習い。
少しずつ、水面下の動きが影響を表し始めます。
さ、次回は第１５話シリーズ。
シンリ、レイは墓参りに、ミサトは結婚式に、アスカは不本意なデートへ。
原作通りのイベントだけど、同じようにはなりません。（＾＾）
次回もお楽しみに。更新頻度は皆さんからの声援に比例します。（＾＾；）
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