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プシュ
「んぐ、んぐ、んぐ、ぷは〜〜〜。
くぅぅぅぅぅ、やっぱ、日本人は朝風呂にビールよねぇ」
葛城家の朝は、いつも騒がしい。
今日もミサトは朝風呂を堪能した後、冷えたビールを
流し込んで、満面の笑みを浮かべている。
火照った体を冷やすために団扇で扇ぐ姿は、どーも、
妙齢の女性、というより、中年のオジサンを連想させるが、
艶のある黒髪と整った顔立ち、そして抜群のプロポーションが
危ういところで「下品」な印象を与えずに済ませていた。
パタ、パタ
シンリが、お風呂場に入ると、湯船に水を注ぎ込んで、
ちょうどいい湯加減に変えている。
「シンリも、そーいうところ、マメよね〜。
でも、そんな風に気を配ってばっかいると疲れない？」
アスカは、シンリの手際の良さに感心しながらも、
どこか、家事というより「仕事」をしているように感じた。
「まー、まー、それがシンちゃんの生き方なんだから」
手を振りながら、ミサトがビール缶を片手に仲裁するが、
どうにも、こうにも緊張感が感じられない。
「甘い！ 姿勢に真剣味が感じられないわ！
加持さんとよりが戻ったからって、何でも良いほうに考えるのやめなさいよ！」
「加持と？ ・・・私が？」
頭の上に疑問符を浮かべて悩む。
「そーよ、他にどー考えろって言うの――」
お風呂に入ることなどそっちのけで、アスカは
どこ吹く風、といわんばかりのミサトに文句をぶつけるが…
Pi、Pi、Pi
『よっ。葛城。
酒のうまい店を見つけたんだ。今晩どう？ じゃっ』
「「「…」」」
タイミングがいいのか悪いのか、留守電に加持から
誘いの言葉が入り、キッチンの場が一瞬、静かになった。
レイはといえば、味噌汁を作る動きになんら停滞はない。
アスカとミサトのやり取りなど気にしていないかのように見える。
もっとも、実際には、注意深く見ていれば、会話に合わせるように
作業が微妙に遅延していたりして、しっかり背後に意識が
向いているのがわかることだろう。
「……」
シンリは…というと、やっぱり不機嫌そうな顔をしてたりする。
個人持ちの携帯端末があるのだから、連絡ならそっちにすればいい。
なのに、わざわざ家の電話に連絡をし、なおかつ、相手が出るのを
待たないで、留守電に手短に誘いの台詞を吹き込んでいる。
それは、シンリ達、同居人に聞かせることを狙ってのことに他ならない。
どうも、既成事実を積み重ねて身動きを取れなくさせるように思えた…ようである。
「…確かに加持と会う事は多いし、一緒にいて楽しいわね。
でも…よりを戻す、というのとは、ちょっち違うの。
旨く言えないけど何かそういう感じじゃないのよ…本当に」
冷えた空気を感じて、ミサトはちょっとだけ真面目に、
自分の内面を偽りなく伝えた。
「大人の付き合いって奴ですか？」
調理作業に戻ったシンリは、背を向けたまま、
感情の篭らない問いの言葉を発する。
「友達以上だけど、恋人…には遠い。
うーん…やっぱ、よくわかんないわね」
一向に改善してる気がしない加持への態度に、苦笑しつつ、
ミサトは、それでも、ちゃんと自分の気持ちを伝えた。
「なんか複雑…。
ところでミサト、なんでわざわざそんなことまで話してくれんの？
ミサトのことだから、わざとらしく”何でもないわよ”とか
誤魔化したりすると思ったのに」
シンリがミサトの答えに納得したようだったので、
アスカは、疑問をぶつけてみることにした。
ドイツ支部にいた頃のミサトだったら、こんな風に
内心を語ることなんて、考えられなかったから。
「だってねぇ…レイ、私と加持の仲、どう思った？
今の私の話を聞く前」
アスカの表情に、何を聞きたいのか察したようで、
ミサトは、黙々と料理の盛り付けをしているレイに
話を振った。
「…二人だけでお酒を飲んで気持ちよく帰ってくる。
昔、恋仲にありながら結婚を選択せず別れた。
８年ぶりに出会い、人から隠れるように逢瀬を繰り返す二人。
一緒に住んでいる私たちにも話せない間柄。
祝福されない関係・・・だと思います」
レイは、先ほどからの会話を、しっかり話を聞いていたようで、
淡々と事実を挙げて、ポツリと妥当と思われる結論を告げる。
ミサトが「ほらねぇ」と表情でアスカに同意を求め、
アスカも、肩から力を抜いて深い、深〜い溜息をついた。
「ミサトも苦労してんのね」
「…ありがと」
言わないことは伝わらない。
誤解はなるべく早く解いておかないと後が大変。
…ミサトも学習しているようである。
「クェェ」
「あ、ごめんね、今、並べるから」
ペンペンが鉤爪をニギニギして、準備が遅〜い、と急かしたのを見て、
シンリとレイは休めていた手をまた動かし始めた。
何もないように見えて、常に変化し続ける人間関係。
やはり、労なく維持することなどできないらしい。
でも、舵を取るミサトは、とても楽しそうだった。
＊
学校に登校した子供達であったが、待ち合わせの時間に
なっても、姿を表さないカヲルのことを、トウジとケンスケが
ＮＥＲＶに問い合わせて、緊急出張で何ヶ月かは、日本に
帰ってこないことを聞いて憮然としていた。
「いくら忙しい言うたかて、一言もいわんなんて、
水臭い奴やないか」
「渚にも、何か考えがあったんだろ」
トウジの言葉に、ケンスケがフォローを入れるが、本人も
内心、割り切れないものがある所為で、口調も歯切れが悪い。
他の子…アスカとレイも含めて、カヲルが長期出張でアメリカに
行ってしまったことを始めて聞いて驚いてる。
「渚君、後で皆に連絡を入れるって言ってたよ。
少し落ち着いてから…だって」
そういえば、とシンリが伝言を口にした。
「何？ シンリ、知ってたわけ！？」
アスカの驚きに、皆も内心、うん、うんと頷く。
朝食の時も、登校時にも、そんな話題は出なかっただけに、
当惑してしまうのはレイも同じ。
ただ、アスカと違って、シンリの返事を待つ落ち着きはあった。
「うん。…とはいっても、昨日、出発前にちょっと廊下で、
偶然、会った時と、今朝、携帯端末でお話しただけだよ。
ちゃんと無事、到着したって連絡してくれるなんて、
渚君も、律儀な性格だよね」
ドタバタとした出発だっただけに、アメリカの第二支部から
カヲルが連絡をしてきたことを、シンリは純粋に喜んでいた。
知らせがないのは元気な証拠、という言葉もあるが、シンリとしては、
やはり、無事なら無事、と伝えて貰えたほうが嬉しいのである。
しかし…
「ふ〜ん、そっかぁ。渚くんも大変ね〜。
見知らぬ国に１人っきりで行くなんて、”寂しい”だろうから、
私たちのほうから、連絡してみない？」
マナは、さも心配してるんだぞ、という態度を前面に押し出して、
他の子達に、提案を投げつけた。
笑顔のまま言っているが、”連絡するわよね、というか、して！”と
目が語っている。
「マナもいいこと言うじゃない♪
そーよね、カヲルだって男だもん、自分から”離れて寂しい”なんて
言えるわけないわよね〜。
…なによ、あんた達、なんか、不服でもあんの！？」
マナの言葉を受けて、瞬時にその意図するところを察知したアスカが
更に言葉を繋いで、自分達の側につくようにサインを迫る。
特に、カヲルのある意味、涙ぐましい努力を悟ってしまったトウジとケンスケが、
躊躇するそぶりを見せたこともあって、横目で睨むアスカの目線も、
いつになく鋭い。
「そ、そやな。ま、カヲルも心の整理ッちゅ―奴が必要やろーし、
落ち着いた頃に連絡しとくわ」
「時差も考えておかないとな、トウジ」
「おう」
トウジ、ケンスケの男２人組は、友情を優先し、共同戦線を張ることにきめた。
まぁ、これくらいで妥協の手を打つあたり、アスカ達、女性陣との
力関係がわかる、というものではある。
「今度、ナツミちゃんと一緒に連絡するわ。ね、山岸さん」
「え、そ、そうですね、はい」
トウジ達が態度を決めたことで、マナ、アスカの包囲網が狭まり、
ヒカリ、マユミもまた、恭順の意を示すことになった。
「きっと、渚君も喜ぶと思うよ」
シンリは、誰も連絡することに異を唱えたりしないばかりか、
なるべく早めに連絡する方向で話がトントン拍子で決まることに
素直に笑顔を浮かべた。心の繋がりがあることの証のように思えたから。
「ニャ〜ォ」
そんなシンリの態度に、マユミの肩に乗っている子猫のライは、
間延びした声で応えると欠伸を一つしてみせた。
＊
今日も、いつものようにエヴァとのシンクロを含めた運用試験が、
リツコ達、技術部の主導で行なわれている。
子供達の精神状態は常に変動しているため、定期的な調査は
欠かせないためであった。
「Ｂ型ハーモニクステスト、問題なし」
「振動調整数値、全てクリア」
オペレータの報告を受けて、リツコが実験開始を指示した。
それとともに、エヴァとの回線接続が始まる。
「葛城さん、何だか疲れてませんか？」
日向が心配そうに声をかけた。
「…仕事もプライベートも、色々あんのよ」
「加持くん？」
リツコが明るく振舞えるであろうプライベート側の話題を振る。
仕事…渚カヲル絡みで、ＮＥＲＶアメリカ支部とのやり取りは、
直接、タッチしていないリツコでさえ、頭が痛くなるような
ものであることがわかるほど難航しているのだ。
副官たる日向とて、通常業務に上乗せして行なっている他支部との間に
横たわっている溝の調査には、苦戦しているせいか、疲れているようだ。
しかし、そちらは、今、指摘しても仕方がない事である。
「あいつだけなら、いーんだけど…
（未だにシンちゃんに嫌われてんのよ）」
ミサトは小声でリツコに愚痴をこぼした。
加持とて、アスカが慕う面も持ち合わせているわけで、
第一印象は悪くとも、いずれ見直されるだろう、と考えていた。
…いたのだが、今朝のやり取りを見ても、なぜか、やること、為す事、
マイナス方向にしか向かわない気がしてならない。
恋仲であったことでも判るように、ミサトとて、加持に対して、
プラスとマイナスでポイントを数えれば、プラスのほうが多いと思ってる。
それだけに、今の状況は頭が痛かった。
でも、リツコは軽く溜息をつくだけで話題を打ち切った。
シンリの場合、人に対する認識は、対面した時の直感が全て…。
他人の評価がどうであろうと、肩書きがなんであろうと関係ない。
少なくとも、リツコはそう捉えていたから。
親友の達観した姿勢に、ミサトも気持ちを切り替えることにした。
「どう？ 子供達の調子は」
「見て下さいよ」
マヤが、もったいぶって、手元のディスプレイが見えるように
姿勢を変える。
「どれどれ…、あら、たいしたもんねぇ」
表示されている内容を見て、目線で日向にも確認するように指示する。
ハーモニクス値はシンリがダントツに高いのはいつものことだが、
今日は、シンクロ率もシンリがアスカを追い抜いていた。
もちろん、アスカとて、シンクロ率は極めて高く、そして安定している。
レイも、僅かではあるが前回の計測値を上回っている。
その数値の持つ二つの意味がわかるだけに、日向もミサトも、
技術部のように、純粋に喜ぶことはできなかった…。
＊
深夜。ロッカールームでアスカ、レイ、マナは帰り支度をしている。
「まいっちゃったわよねぇ、あっさり抜かれちゃったじゃない」
「ここまで簡単にやられると、正直、ちょっと悔しいわよね〜。
凄い、素晴らしい、強い、強過ぎるぅ！♪」
内面に荒れ狂う感情が洩れ出ているかのように、アスカの声は
不自然な明るさと演技の過剰さに満ちていた。
「…そう？」
でも、黙々と着替えるレイは、凪の日の湖面のように
落ち着いている。
マナは…といえば、余りにも温度差のある２人に
ちょっと表情にぎこちなさが混ざっている。
「そーなのよ。なによ、さっきのあの無敵っぷりはぁ！！！
せっかくシンクロ率もあがって、少しは楽できると思ったのに、
全然、お話になんないじゃない！？
作戦の足を引っ張らないように、もっとがんばらなくちゃ――」
演説するかのよーに話していたアスカの口元に、
マナが手を出して、発言を止めた。
「――なによ」
「さっきのは、そんなに私達は悪くなかったと思うの。
それに…葛城さんは、作戦のプロなんだから、負けたからって、
そんなに意固地にならなくても――」
マナは先ほどのシュミレーション戦闘を思い出して、苦笑した。
「こっちが、２馬鹿も含めて５機のエヴァと３機の陸上軽巡まで
ひっぱり出して、な・ん・で、たった一体の使徒にボロ負け
しなくちゃなんないのよ！！！ 私達の防衛ラインが
あっけなく突破されちゃったのよ！？
悔しくないの！？ あんた達はぁ！！！」
…そう。
シンクロ率も上がって、エヴァの発揮する戦闘力も高まったから、
対使徒戦も楽になるだろう、と思っていたのだ。
ところが、ミサトの提案でやってみた模擬戦での結果は惨敗。
使徒をミサトが操り、リツコが助言する、という形式を取り、
それに対して、日向＆マヤがバックアップする形で、
現状戦力を全て使って、殲滅してみろ、ということだった。
まぁ…ラミエルの砲撃と、マトリエルの頑丈さと、イスラフェルの
回復能力と、シャムシェルの近接戦闘能力を兼ね備えている使徒、という
無茶苦茶な設定…というのが最大の敗因だった気もするのだが。
「悔しいっていうよりは、心配かな〜。
２人とも、シンクロ率が高くなったせいで、フィードバックも
強くなってるんでしょう？ …もう平気なの？」
「…」
「…今は問題ないわ」
マナの問いに、アスカはもちろん、レイも表情が少し暗くなった。
…フィードバックの強さに合わせて、傷ついた時のダメージも
強くなる…それを再現するために、後にひかない程度に
パイロットへの痛覚神経の刺激を加えていたのである。
レイですら、痛みに悲鳴があがったほどで、
仮想戦闘を終えた後、子供達は、みんな、顔色が悪かった。
シンクロ率が高まることによる戦闘力の強化。
しかし、それはフィードバックの強さも意味しており、
両刃の剣、と言えるものなのだ、と自覚させられたのである。
「言われるより、体験したほうが理解できる…ってぇ、
理性ではわかってんのよ、私だって。
でも、だからって、やられっぱなしでいられるほど、
人間できちゃーいないのよ！！！
リベンジよ、リベンジ！
あのミサトを凹ませてやるんだから！！！」
アスカの文句は止まらない。
身振り手振りを交えて話していることもあって、
いつのまにか、着替えが止まってる。
…けれど、さっさと身支度を済ませたレイが扉を開けると
振り返って、ポツリと告げた。
「…外で待ってるわ」
プシュー
圧縮空気の音とともに、廊下にレイは去っていった。
着替えかけはアスカ１人だけ。
マナは、習慣化しているせいか、やはり身支度はとっくに済ませてる。
「じゃ、私も――」
「あぁ、もぅ、待ちなさいよ！」
苦笑してるマナに文句を言いながら、慌てて着替えに専念し始める。
…どうも、最近、勢いが空回りしてる気がするアスカだった。
さてさて、特に波乱もなく始まった第１６話。
けれど、第三新東京市上空に突如、現れる新たな使徒が
平穏な日常を断ち切る。
次パート、レリエル…降臨です♪
お楽しみに（＾＾）
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