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ゾクッ
突如湧き上がった二つの巨大な意志。
零号機、弐号機のものと似てはいるがあまりの印象の違いに
それを「脅威」と感じたことを、カヲルは驚きをもって認識した。
シンクロ率の変動によって戦闘能力が変わるとはいえ、
短期間での実力Ｕｐは予想の範囲を越えている。
…本質的な問題はそこではない。
両者が発する気配が、本質的に今までと違っていることにあるのだ。
言わば「試合」だったものが「死合」に変わったようなもの。
嫌な変化に思えた。
何か、自分の認識には欠けた要素が入ったのか。
或いは、人類（リリン）の知覚レベルが低いが故の問題か。
「…」
カヲルは携帯端末を使ってみるが、第三新東京市は現在、回線を制限している。
通常の方法では、接続は無理なようだ。
…が、邪魔をしている機器はカヲルには「見える」。
Pi、Pi、Pi、Pi、Pi
『鈴原です…って、なんや、カヲルやないか？』
「少し、教えて欲しいんだけど――」
焦る気持ちを抑えて、平静さを装って話を進める。
けれど、トウジ達が松代に移動しているという事実が
カヲルの心を不安にさせていた。
＊
サハクィエル戦の際と異なり、今回はＮＥＲＶ職員の全てが松代支部へと移動した。
できる限りの移動手段が用いられたが、ＮＥＲＶ本部が保有している物資から見れば、
着の身着のままの脱出、といってもおかしくない惨状である。
松代支部の地下シェルターを兼ねた駐車場で、野外戦用の移動戦闘司令室に陣取ったミサト達は、
作戦の最終準備状態をチェックしていた。
「松代方面の戦略自衛隊が地上部隊の展開を終えたそうです。
…なんのつもりでしょうか」
「名目上は、緊急時の支援となってます」
地上部隊は土木作業のエキスパートでもある。
被災地などで救助作業に借り出されるのも頼りになるからだ。
もっとも、未曾有の危機に防衛を担う戦略自衛隊が出撃しないとは何事か！
…などという野党連合の大合唱と、与党の国防族を抑えきれなかった政府が
仕方なしに出撃命令を出した、という側面もある。
だが…困難な障害物を排斥し、大量の人員を目的地に素早く投入する能力は
当然だが、災害救助のために磨かれたものではない。
青葉の疑問に、日向がお題目を言って聞かせるが、やはりそこは専門の違い。
日向の皮肉っぽい表情の真意は、軍事に精通しているわけでない青葉には
掴みかねたようである。
「N.B.C.（※）防御付き車両のみよね？」
※核(NuClear)・生物(Biological)・化学(Chemical)兵器の総称。
実際には、内部を気密化して気圧を高めることで、汚染された空気を
内部に侵入させない機構が備わっている…程度のもの。
間違っても、核攻撃に耐えられるなどと誤解してはいけない。
「一応は。ただ、人員輸送車両が多数配備されているのが気になります」
何を考えているのか、理解に苦しむところである。
いや、推測することはできる。
「…日本は蚊帳の外か。ここの稼動状況は？」
対使徒戦用配備状況は正面モニタに常に表示されている。
敢えて聞く、というだけで日向はミサトの言葉を理解した。
「テロリスト対策チームはいますが…」
お手上げのジェスチャーをしてみせる。
第三新東京市、ジオフロント地区ならまだしも、最低限のバックアップ機能を
有するだけの松代では、どうにもならない。
もっとも、ミサトの言う通り、人類補完委員会が準備している第二作戦――
戦略級原潜からの弾道弾全力攻撃――が行なわれれば、ＮＥＲＶの作戦による
被害範囲を想定した地上部隊の展開など意味はない。
第二作戦の被害範囲は…比較することすら馬鹿らしいほど広大なのだから。
放射線で即死するか、熱で焼け死ぬか、衝撃波で消し潰されるか、
車両が無事でも中身はシェイクされて死ぬか、吹き飛んだ大量の土砂に埋もれて
圧死するか、車両が耐えたとして酸欠死するか。
運良く一命を取り留めて、後遺症に苦しむことになるか。
知らない、というのは残酷なことだ。
だが、仕方ない。
警告して撤退するまで面倒を見る義理も、意味も、権限も、余裕もない。
今は救出作戦実行が最優先なのである。
…文句は無能な外交、判断能力しか持たない日本政府、
つまり、自分達が選挙で選んだ、自分達の代表たる者達に言って欲しい。
生き残れたなら本人が。
…死亡したなら、残された者達が。
ＮＥＲＶに後から文句を言うのは筋違いというものだ。
…もっとも、責任転嫁と自己保身にかけては定評のある日本政府である。
そうなった場合の振る舞いくらい、簡単に予測はつく。
「広報部に対応を依頼しておいて」
「了解」
広報、と称されているが、実際には情報操作も含んでいる。
その権限は広く、依頼という形はとるが、保安諜報部を動かすことも
可能としているほどなのだ。
対応、つまり、ＮＥＲＶに問題がないよう計らえ、と。
安定した立場は何もせず手に入るものではない。
ＮＥＲＶ本部は、誰よりもこのことを認識していた。
＊
挑
全天を覆うレリエルの気配の一部が少しずつ薄くなっていく。
それは、ボクがさっきお願いをしたから。
元の世界と「ここ」の間に横たわるレリエルの身体。
それが、薄くなれば、もしかしたら、向こう側に心を届けられるかもしれない。
向こう側にある心を感じ取れるかもしれない。
それが打開策に繋がるかもしれない…それを祈って。
剥
レリエルは一生懸命、少しずつ、少しずつ、「向こう側」と
接している身体を薄くしてくれている。
また回廊を開けて、モノを吸い込んでしまわないギリギリのところまで。
削
”…っ”
人ならば、動脈の上に刃物を当てて、傷を深くしていくような行為。
深く斬りすぎれば、血が噴出してしまう危険な遊戯。
回廊を開けるのと違って、本来できないことを時間がないせいで、
機能強化をせずに無理にやってるから、身を斬る痛みに心が震えてる。
まさか、こんなことになるなんて…。
でも、それでもやってくれているレリエルを止めることなんてできない。
それから１０分ほどで、これ以上ないほど、レリエルの身体は薄くなった。
曇りガラス越しに見るように、僅かだけど感じられる「向こう側」。
”……！！！？”
感じれたのは、豹変した二つの気配。
よく知っている零号機、弐号機のそれに近いけど、決定的に違う。
ミサトさんから時折感じられる怖い心。
それをどうして、エヴァが発しているのか？
まるでわからない。
わからないけど、いけない気がする。
”どうして…”
懸命に心を届かせようとしても、どうしてもレリエルの薄い心が越えられない。
すぐそこに、２人がいるというのに。
”…届いて！”
鉄格子の向こう側にいる家族に触れようと懸命に手を伸ばしても、
あと一歩のところで指が届かない。
どれだけ身体が痛むのを我慢して、鉄格子に身を押し付けても。
”後少しだけ…！！”
それでも、何もせずにはいられなかった。
届かないと悟っていても。
＊
『漆黒平面に変化が現れました！！！』
突如、始まったゲートの開放。
誰もがそう思った。
作戦発動に向けて用意を終えた２機のエヴァ――レイ、アスカ――も。
回廊が開いた瞬間、レイが恒常展開フィールドを広げて突入ルートを確保。
そして、Ｎ２爆弾を満載したトライデント級陸上軽巡が中心部に移動し起爆。
弐号機が無理に抉じ開けずに済むパターンで実施しようと身構えた。
…だが、空間を分かつ漆黒平面は、薄くなっていくが
あと一歩というところで、回廊形成へと進まない。
本当にあと一歩というところで。
”どうして、開かないのよ！！！”
”…………黙って”
苛立ちを露にしたアスカの声に、レイもまた不満を混ぜて返した。
同時に、弓を引き絞り、いつでも放てるように狙う弓手のように
気を張り詰めて。
”……”
アスカもまた、意識を切り替えて眼前を睨んだ。
もしもの場合には、己が心を剣に変えて、全てを断ち切ろうと。
２機のエヴァが放つ冷徹な気配が漆黒平面を捉えた。
＊
「始まるんか…」
「…」
連結された仮設指揮車両の片隅で、手摺を握り締めたまま、
モニターをみたトウジとケンスケが身構えた。
どうしても、と願い出て、この場で作戦を見ているのだ。
自分達は見なくてはいけない。
２人とも気持ちは同じだった。
＊
漆黒平面を中心に円を描いて飛行する多数の中継機、観測機も、
全てがその瞬間を見逃すまいと、センサーを最大稼動させる。
中継されたデータを分析する各地の人々も。
「…（ゴクッ）」
最後の一隻となったトライデントαのコックピット内で
マナは、モニターに写る２機のエヴァを見ていた。
絶望と恐怖を身に纏う人類の守護者…エヴァ。
気配が自分のほうを向いていなくても心が震えてくる。
それは、マトリエルと戦った時にすら感じなかった感情。
…でも、同じくらい、心配だった。
同級生として、気の合う友人としてのレイとアスカ。
２人がここまでしなくてはならないことを。
優しいだけでは護ることはできない。
わかっていても、二人のことを思うと…悲しかった。
＊
人類補完委員会の仮想会議室。
ここもまた、作戦の光景を観ていた。
戦力を短時間のうちに大幅に移動したことによる軍事バランスの変化。
それが雪崩をうって動き始めるのを押し留めているのは、使徒の存在。
航行中の船舶も可能な限り最寄の港へと退避し、
軍用機を除く全ての航空機が飛行場で羽を休めている。
「…」
同席しているゲンドウと冬月もまた、老人達と同じように
崩壊の序曲が奏でられる瞬間を複雑な想いで見ていた。
もはや、ここに至ってはできることはなにもない。
人事は尽くしたのだ。
…後は天命を待つほかなかった。
＊
「ニャ」
鋭い声を漏らして、蒼白い毛並みの子猫が虚空を睨んだ。
いつものノンビリした気配と違う、戦いに備えたかのような鋭さ。
ライと遊んでいたナツミが不安そうな表情をしたのをみて、
マユミはそっと、その手を握った。
ヒカリも、膝の上にいるペンペンを抱えてベットの傍に寄る。
「報道管制中」の固定画像だけが映るテレビ画面に変化はない。
けれど、何かが起こりそうだと、誰もが感じていた。
＊
ギュッ
固く拳を握り締めて、カヲルもまた、その光景を「見て」いた。
人類（リリン）が選んだ道。
部外者が口を挟むべきことではない。
だが、破滅しかない方向へと歩こうとするのを傍観はできない。
最悪の事態となれば、介入するしかない。
それが、”渚カヲル”の日常を終わらせることであっても。
自分がどれだけ第三新東京市での暮らしを楽しんでいたのか。
失ってはならないこと、と感じるまでになってたのか。
その切っ掛けを与えてくれた皆のことを想い、決意を固めた。
失うよりはよい、と。
＊
焦
「…！？」
感じられたのは困惑するレリエルの心。
零号機、弐号機の心とは別に現れた二つの懐かしさを感じさせる気配に。
誰もが回廊が開くことを望み、同時に開いた結果を望まない矛盾。
その激しい想いは、繊細なレリエルには鮮烈過ぎた。
そして……ボクもまた、ソレを強く願ってしまったから。
苦
懸命に足掻くレリエルに容赦なく浴びせられる堅い意志。
唯一、助けとなれたかもしれないボクもまた、
できることなら…と無意識のうちに渇望してしまった。
心が触れ合っていたが故に。
その想いはレリエルに届いてしまった。
八方塞りの状況に心が追い詰められる。
それでも、何もなかったことにはできない。
時は戻らない。
「！？」
時間にして数分だったかもしれない。
嵐のように荒れて乱れていたレリエルの心が、突然、穏やかになった。
悩みが全て消え失せる道を見つけた、というように。
崩
レリエルは躊躇なく行動に移した。
＊
ドクン
突然、あらゆるセンサーの反応が急激にダウンし、使徒の身体が歪み始めた。
漆黒平面に罅が広がり、割れた部分から虚空に消えるように崩れ始める。
『何が起こっているというの！！！？』
『判りません！ 存在確率が急激に変動しています！！』
ドクン
上空に浮遊していた球体表面のゼブラ模様の変化が止まり、
ゆっくりと、空色の絵の具で塗り潰されるように姿を消し始める。
『まさか初号機！？』
『在り得ないわ！！！
戦闘起動のエネルギーなんて残ってないのよ！！！？』
ドクン
同時に深まっていく無色の重圧。
ドクン
裂
バリィィィィィン
重圧が最大になった、その時…空が砕けた。
見覚えのある巨大な腕。
蒼い装甲に覆われた見慣れたモノ。
ウォォォォォォォォォォォォォォォォ！！！
魂を揺さぶる咆哮と共に破壊が連鎖し、巨大な闇…虚数空間が口を開けた。
砕けた空間の破片と共に舞い降りる蒼き巨人――エヴァンゲリオン初号機――。
異空間へと飲み込まれていたモノが共に還り、世界が安定した姿へと戻り出す。
音もなく。
フィルムを逆回しするように…砕けた世界が元に戻っていった。
何もなかったかのように。
ズシィィィィィィン
轟音とともに、初号機は悠然と第三新東京市に降り立った。
何だったというのだろう？
これだけ皆が死ぬ思いをして救出作戦を敢行しようとしていたのに。
自力で還ってくるなんて…。
ググググググ、バギィ！！！ ビキッ！
全身の拘束具が内から溢れる力に悲鳴をあげる。
…誰も指先一つ動かすことができなかった。
理解を超えた存在。
怖い。
理由などない。
こわい。
そんなもの、必要ない。
コワイ。
消え去った時と同じ姿で大地に立つ初号機。
何も変わっていない。…その変化のなさが怖い。
今まで自分達は何を見ていたというのか。
理解した気でいたのか。
…こんなものが人の手で御することなど…できるのか。
…これからも。
その姿を見る全ての者が激しい恐怖を抱いた。
大人達の中では葛城ミサト、ただ１人を除いて。
子供達の中にあっては、エヴァパイロットの素質を持つ者を除いて。
ＭＡＧＩとイロウルがメインモニタに写したパイロットの状態を確認し、
矢継ぎ早に、関係者に作業を指示する。
なぜ、この場にいる自分だけが耐えうるのか。
甦った過去の記憶がミサトの判断を後押しする。
作戦能力を認められているからこそここにいる。
…しかし、それだけではない。
スピーカー越しに初号機の咆哮が聞こえる。
「悲しい声ね…」
ミサトの呟きが第一発令所に静かに響いた。
…はい。レリエル戦終了です。
あっけないと思う人も多い…かな？
「問題ない。全ては計画通りだ」
ってことで。（＾＾；）
次パートは、エピローグに当たる部分です。
シンリが休んでる病室からスタートになります。
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