☆スポンサーにも訪れてくださいね☆
間接照明だけが照らす落ち着いた雰囲気の室内。
しかし、シンリが訪れている時には暖かい感じなのに、
同じように少女と部屋主が対峙している今は、
どこか、空気が重く、寒い気配に満ちている。
「遺伝子が同じであっても、成長した双子の心は同じではない。
クローン人間も、生まれる時期が違う双子、というだけ」
「…はい」
「あの子達は外見は変わらないわ。
でも、同じではない。別人なのよ。…死ねば全てが終わるわ」
リツコが”あの”と告げた対象…。
その光景を思い出すだけで、レイの心は立ち止まってしまう。。
「でも、私はあなた達（リリン）とは違う」
造られた命、計画のための道具。
そう、教えられてきた。
変化のない日々、繰り返される実験。
水槽に浮かぶ幾人もの予備。
心の宿っていない虚ろな人形達。
鏡に写した自分だと感じていた。
「…そうね。でも、ジオフロント…黒の月の外で肉体の束縛を離れたら、
次の寄り代は、何になるかわからない。そして、もし、あの子達の
どれかに宿ったとしても、ソレは”綾波レイ”ではない。
”綾波レイ”が”綾波レイ”として存在しうるのは、記憶と経験が生みだす人格、心。
それは、あなたのその小さな頭の中にしかないわ。
”あなたの中にいるもう一人”も、”綾波レイ”と共にあることで影響は受けている。
…でも、それはけっして、等しいものではない」
アナタが死んでも代わりはいるのよ！
激しい憎しみに歪んだ女性の顔が浮かんで消えた。
その言葉に心が割れてしまうほどの衝撃を受けた…記憶。
「記憶は…心は消えてしまう…？」
記憶のバックアップ、そう聞かされてきた極秘作業。
しかし、その説明が真実を正しく伝えた訳ではない、と言う。
…ショックだった。
「知識は伝えることはできる。記憶…経験も。
でも、あくまでもそれは伝え聞いたものであって、
自分自身で体験したものではない。
いくら漫画や小説を読んで、物語の主人公に共感したとしても、
読者は、物語の主人公ではないのよ」
「……」
リツコの話した意味を、レイは理屈ではなく、感覚的に理解していた。
幼い頃の記憶…それはどこか実感のない蜃気楼のようなモノ。
それは、近頃、読み終えた多くの少女漫画の数々と代わらない印象。
疑似体験であって、客観的に見つめる自分がいる。
朝…目が覚めて、キッチンに行くと、碇くんが挨拶をしてくれる。
「おはよう、綾波さん」
ちゃんと私を見て言ってくれる嬉しい言葉。
でも、それも、今は聞いているだけでとても悲しい。
碇くんはちゃんと私を見ている。
でも、本当は、”私”を通して、碇くんの中にある”綾波レイ”を見てる。
それは、記憶を新たに移された”私”じゃない。
碇司令が私を通して、ほかの誰かを見ていたように。
偽りの暖かさ。
「あら、レイ、珍しく早起きじゃない？」
まだ眠気が取れないのか、アスカが欠伸をして話し掛けてきた。
構えるところのない力を抜いた態度。家族にしか見せないのんびりした姿。
見てるだけで、家族として認められていると感じられる時。
”綾波レイ”がそれだけで心が温かくなるのを感じたことを”私”は知っている。
「綾波さん、ミサトさんを起こしてきてくれる？」
「…えぇ」
”知っていること”に照らし合わせて、”私”は熟睡してる葛城ミサトに声をかける。
できるだけ、記憶とズレないように心がけて。
「ふあぁぁ…おはよ、レイ」
「おはようございます、葛城三佐…いえ…ミサト…さん」
”今の私”に、特別な認識がないせいで、”綾波レイ”と違う言葉を無意識に
選んでしまった。…わずかに葛城ミサトの表情が翳る…が、すぐに笑顔を作り、
”私”の頭を撫でると、キッチンへと歩いていった。
”綾波レイ”を気遣っての仕草。
心が痛い。
「「「「いただきます」」」」「クェ」
みんな、揃って食べる朝食の風景。
それが気持ちを落ち着かせてくれる素敵な時間だと”知っている”。
心が痛い。
「どうしたの？ 綾波さん」
碇くんが心配そうに”私”を見てくれる。
でも、”今の私”が見えてない。
暖かさを知らなければ、寒いと気づくこともなかったのに。
”綾波レイ”が碇司令だけを信じ…信じようと自分の心に嘘をついて、
偽りの優しさが自分の表面を素通りしていくことに、縋っていた頃のように。
でも、”私”はそれは違うことだとわかる。
どれだけ”綾波レイ”に心が向けられようと、”私”には届かない。
…誰も”私”を見ていないのだから。
記憶にある”綾波レイ”が涙を流した。
もう、大切な人たちとともに歩むことができないと悟って。
自分の時間が終わったことを認めて。
”私”の悲しい気持ちは誰にも届かない。
誰も”私”を見てはいないから。
”私”の時間が動き始めることは………ない。
人に代わりなどいない。
…死は悲しいこと…それが今なら理解できた。
”新しい私”がどれだけ努力しても…消えた命は戻らない。
どれだけ記憶にある”綾波レイ”になろうと努めても。
それはよく似た誰か…なのだ、と。
深く自分という存在を認識し、死に向かい合ったレイが声を押し殺して
泣いているのをリツコは、ただ黙って見守り続けた。
落ち着きを取り戻して、会話ができるようになるまで辛抱強く。
レイが涙を拭いて、顔を上げたのを受けて、リツコは静かに…道を示した。
「生きなさい。世界の理がそれを拒むのなら、それを壊そうとも」
知らない、ということがどれほど重い枷となるか理解する者ならば、
心に染み込んだ言葉を理解したレイが見せた眼差しに、
恐怖を覚えないわけにはいかなかったことだろう。
過去、アメリカ大陸では、ヨーロッパ人が襲来するまで”車輪”は存在しなかった。
モノを運ぶ上で、誰でも思いつきそうな技術だと、短絡的に考える者もいるだろう。
数字の「０（ゼロ）」が発明されたのは古代インドであり、それが伝播することで
世界中に広がったが、隔絶した地域では、その概念は生まれることはなかった。
知らなくても、思いつかなくても、存続し続けることができたから。
そう、説明できるかもしれない。
しかし、知っていることと、知らないことの格差は余りにも大きい。
…そしてレイは知ってしまった。
「…なぜ、今、それを私に？」
ゲンドウが過去に言ってきた内容、そして自分の存在意義。
それらが根底から崩れてしまう…なのに、なぜ？
レイにはリツコの真意がわからなかった。
「正当化する理由なら、いろいろ思いつくわ。
でも、そうね…未来を見てみたくなったから、
…かもしれないわね」
「未来…？」
知っている単語。時系列を表す概念の一つ。
でも、リツコの口から出た想いには、温かさがあった。
「誰が欠けても、笑顔は消えてしまう。
笑顔がない未来は…選びたくないのよ」
リツコが浮かべたのは自嘲気味な笑み。
シンリと同居する前、自分がこんな言葉を言うなんて夢に描くことすらなかった。
その頃は、ゲンドウへの憎悪と、それでもすがる自分への絶望と、
仕事で気を紛らわす行為の無意味さで、心が乾いていた。
殺し、殺される末路が訪れることだけを確信していたのに。
「……」
レイにはリツコの表情の意味も、その心のうちもわからなかった。
ただ、自分の持つ可能性については理解した。
その意味も。
人類が施した戒めの鎖がまたひとつ、切れた。
＊
続々と運び込まれてくる大量のＮ２弾。
その一つずつを詳細に調査し、同時起爆のための設定をしている。
その最終工程にあって、技術部員の１人が見慣れぬモノを見つけた。
「その部品は…？」
「さて…ＭＡＧＩが自動生成工場で作った同期回路だ、と
俺は聞いているが、ね」
小箱に入っているのは極薄のＩＣ回路…のようなものだった。
ちゃんと、９８２枚、用意されている。
「…制御装置内に貼り付ければいい？
なんですか、この指示！？」
周囲に聞こえないように小声で抗議の声をあげた。
添付のシールで貼り付けろ、装置内ならどこでもいい。
…意味がわからなかった。
「知らんよ。…赤木博士も承認している」
班長は目線だけで語った。アレ絡みだ、と。
「まさか…」
脳裏に浮かんだのは、地下の水槽に浮かぶ輝く球体。
…手の中にある回路を放り出して叫びたい衝動に駆られた。
「そこまでにしておこう。
…人間、知らないほうがいいこともある」
「…」
いつのまにか、闇に囚われてしまったような錯覚。
技術部員は、周囲にある無数の機械に、底知れぬ恐怖を感じていた。
＊
ケイジへと向かう通路。
ジオフロントから戻ってきたアスカは、途中でレイを見つけて
特に話をするでもなく歩いていた。
２人とも進むべき方向を見出したこともあって、
足取りに迷いはない。…が、今後の作戦を考えていたせいで
周囲への注意力は散漫になってた。
「２人とも…いいみたいね」
通路の反対側から歩いていていたミサトに声をかけられ、
２人はやっと、いることに気付いた。
ゆったりと落ち着いた雰囲気。
レイとアスカが辿り着いたゴールがどこにあろうと、
その判断を尊重しようという温かさ。
目の前にいるのは、指揮官としてのミサトではなく、
家族の、葛城家の大黒柱たるミサトだった。
何をしろ、と命じず、ただ、結果を受け入れる。
言葉にせずとも、態度が、２人を信頼していることを示していた。
「はい」
「…まぁね」
２人とも母という存在を知らない。
レイはその存在を持たないが故に。
アスカは、心が壊れないようにと、記憶とともに捨てたが故に。
それでもミサトに、母のイメージを感じていた。
…が、安心したせいか、２人ともやっと、ミサトの姿に違和感を覚えた。
作戦部の制服を着ているのは当然だが、手に缶詰やら、酒のツマミやらを
詰め込んだ袋を抱えている。
ミサトも２人の視線に気付いた。
「２人とも一緒にくる？」
ちょっち散歩でもしよう、と言った誘い。
レイもアスカも、そこがどこかすぐに判った。
袋の中にあるのは全部、ペンペンの好物だったから。
「クゥ？」
ＮＥＲＶ食堂が誇る巨大冷蔵庫の中でペンペンは、
予期せぬ訪問者を迎えて、キョロキョロを辺りを見回した。
ミサト、レイ、アスカ。
１人足りない。
「ん、シンちゃんはちょっち遠くにいるの。
作戦が終わったら迎えに行くから、ヒカリちゃんと一緒に
行ってくれる？」
ペンペンを抱えあげて、ゆっくりと話し掛けた。
黒い円らな瞳が、ミサト、レイ、アスカと順に追う。
「クェ」
力強い了承の返事。
成鳥としての自負が空気を読んだのだろうか。
そこに、庇護される者のか弱さはない。
「…戻りましょう。絶対に」
ミサトの落ち着いた声が庫内に響いた。
＊
太平洋を深度２００ｍで航行するオハイオ級原子力潜水艦。
セカンドインパクト前から就航しており、現時点でも、
最新鋭な艦齢３５年にもなる御祖母さんは、一路、第三新東京市を
目指して、最大船速で向かっていた。
しかし、艦橋内ではいつになく、渋い顔をした副官が
先ほど送信されてきた命令書の内容を見て呆れていた。
「いつから、我が艦が誇るトライデントⅡミサイルは、
サンダーバーズ（※）やブルーエンジェルス（※）所属になったんです？」
※どちらもアメリカ空軍所属の曲芸飛行チーム
「知るか！ 設定を間違えるなよ？
こんなイカれたデータ、一つ狂えば作戦はお釈迦だ」
髭面の艦長がふて腐れた返事を投げる。
設定制限を取り払う解除キーと、各弾頭の突入ポイントと、
各ミサイルの発射タイミング、弾道を決める値が送信されてきた。
各ミサイルが発生させるソニックブームによって、相互干渉が
起きないように厳密に計算された発射タイミングと弾道。
僅か直径６００ｍ程度の仮想球面上に、ほぼ同時に全弾頭を落下させて、
全てを同時起爆させるという”イカれたデータ”である。
「イエッサー！」
とばっちりはごめんだ。…部下は殊更、馬鹿丁寧に返答した。
タイミングがズレると、先に起爆した水爆の熱線、γ線によって
電子回路が破壊されてしまい、残りは不発になってしまう。
しかし、弾頭は想定ポイントの指定高度で起爆する、という機能しかない。
トライデントのように原子時計からの信号で同時起爆させるのではなく、
全弾頭を同時に、それぞれに設定した爆発高度に投入することで、
同時起爆させるのである。
再突入機能を持つトライデントⅡの弾頭ではあっても、着弾誤差は１０ｍ近い。
都市一つを消滅させる水爆に、それ以上の精度は必要なかったのだ。
並の判断力を持つ者なら、誰でも”机上の空論”と言うに違いない。
「作戦が成功すればいいんだが…」
「失敗した時のために我々は準備をしているのでは？」
彼らが言う”作戦”とは、ＮＥＲＶ準備している使徒攻撃のことに他ならない。
「ま、その通り。…だがまぁ、死亡保険みたいなもんだ。
読んだろ？ 連中がやろうとしてる作戦内容を」
「空間歪曲が発生するため、通常方法での破壊は困難…ですか。
本当でしょうか？」
「だろうな。少なくとも連中はそう考えてる。
だからこそ、この艦にも、最悪の場合の尻拭いが命じられてる訳だ」
艦長は、露骨に顔を顰めて見せた。
「歪曲空間外からの水爆による同時攻撃…。
しかし、全弾頭となれば、１基１２個、それを２４発同時発射、
合計２８８個も２メガトン級水爆を同時爆発させることになります。
そこまでする必要があるんでしょうか？」
広島型原爆なら、１００発分にも相当する水爆を、３００個近くも
同時起爆させようというのだ…。
今、行なわれようとしているＮ２弾の同時起爆など微風以下。
それほどの大火力である。第三新東京市を中心に、大気層を僅かな間とはいえ、
全て払い除けて、数百万度の超巨大火球が出現し、排斥された空気の壁は
鋼鉄のような固さをもって、周囲を消し飛ばしてしまう。
…人類史上、行なわれたことのない暴挙である。
無論、全地球規模で放射能汚染、太陽光遮蔽が発生することにも繋がる。
核の冬…その到来である。
「ま、ローストチキンを作るために、声も届かんほど離れた場所に
ヒーターを並べようっていうんだ。数が多くなけりゃ生焼けになる」
艦長は苦笑しておどけてみせた。
理論は単純だ。歪曲空間内に入ると機械が壊れるというなら、
その外で起爆させればいい。
内部にも、熱や光、爆風などは届くのだから。
距離が遠くなることで不足する威力は、数で補えばいい。
…とてもシンプルだ。
周囲…地球に与える被害が桁違いに上がることさえ除けば、
使徒に叩き込める威力という点では申し分ない。
「…マイホーム、まだ購入しただけで住んでないんですが」
「俺はこの前の長期休暇中に、外壁のペンキ塗りをしたばかりだよ」
潜水艦の艦橋内に、なんとも言えぬムードが漂った。
ｉｆの世界…誰もがそんなことを実感する。
本当に仕事が回ってきたなら、それは滅びへの序曲になるのだから。
＊
戦術級兵器群を満載し、あらゆる状況に対応する多機能ホバー戦闘艦。
核兵器＋弾道ミサイルという組み合わせを、憲法上も、国民の感情的にも
選択することができない日本が考えた苦肉の策。
…事実上、侵略を試みる可能性がある他国軍隊を完全に制止しうる
戦闘力を秘めた国家防衛の要。
しかし、どうだろう。
今、目の前で通常の増設ポイントだけでは足りず、急造の搭載ポイントを
呆れるほど追加されて、倍以上に膨れ上がったトライデント級陸上軽巡。
設計段階に考えられていた用途からかけ離れた姿だった。
感傷とは判っていても、マナには、目の前の船が幸せそうには見えなかった。
「霧島、どうした？ トライデントαの発進準備はそろそろ終わるぞ」
整備のＴＯＰである明石が、マナの態度を咎めた。
しかし、寂しそうな姿を気遣ってか、口調はどこか優しい。
「…この船は幸せだったんでしょうか」
ポツリ、と想いが洩れた。
マナはもう着ないと思っていたパイロットスーツに視線を落して
父親、というより祖父と呼べるほど年の離れた男を見た。
この整備施設も、作戦が実施されれば消えてなくなる。
だから、松代の待機指定場所にトライデントα…最後の一隻を使って
整備機材などを含めて運搬する必要がでてきたのである。
イレギュラーな運用のため有人操作せざるを得ない。
ただ…出発前に、それだけは聞いておきたかった。
「こいつらは、人を殺し、物を壊すためだけに生まれてきた。
兵器なんてもんは、本来の目的通りに使われないほうが幸せだろう。
…だから、不運かもしれんが、不幸ではなかった。
俺達はそう思う」
自沈する、ただそのための最後の出撃に備えて整備される。
だからこそ、整備班の者達は精一杯、全力を尽くす。
何年もの間、この計画に皆、携わってきたのだ。
…悲しくないわけがない。
けれど、どの顔にも、不満はなかった。
「…」
マナは、明石の言葉を黙って聞いた。
任務として訓練を積んできた中には、敵部隊殲滅などもある。
本当に、トライデント級が、想定した戦闘を行なうことになっていれば、
下手をすると万単位の人間を殺すことにもなる。
破壊される戦車の中や、艦船の中にいる沢山の敵………人。
記号化された「目標」が自分とおなじ「人」を含む。
そのことにまで意識が届くようになった今なら、
…マナにも、明石の言う言葉の意味がわかった。
「それに、モノが壊れたなら、また作り直せばいい。
…人ではそうはいかんからなぁ」
そう言った班長の眼差しは、どこか悲しそうだった。
＊
パイロット両名の状態を確認し、行なわれたエヴァの起動試験。
もう、トライデントβへのＮ２弾搭載も半分近く終わっている。
関係者全員が、その正否を固唾を飲んで見守っていた。
エントリープラグに乗り込んだアスカはとても落ち着いていた。
…前回、起動に失敗した時のように重圧に心が乱れていたのと違い、
とても静かで…そして、瞳に強い光が宿っている。
『わたしは、いつまでも、どこまでも一緒よ。
もう、迷わないわ。だから……ついてきて』
アスカが弐号機に話し掛けた言葉、それは神聖な誓い。
子供ゆえの無意識のうちの甘え…それを感じさせない決意。
歩むべき道筋は示された。
ヴゥン
弐号機が発する気配が豹変した。これまでとは明らかに違う異質な迫力。
それは…研ぎ澄まされた日本刀が見せる死の誘惑。
対峙する者が死の影を感じずにはいられない威圧感。
モニター越しに光景を見ている者達ですら、
本能が発する警告に心が締め付けられてしまう。
第一発令所において、ミサトだけがその圧力に抗い、
零号機の起動を命じるまで、誰も動けずにいた。
…誰もが心の奥底から、その指示に縋った。
何かしてなくては耐えられない。
激しい戦場を渡り歩いた作戦部の人間ですら、例外ではなかった。
蒼いカラーリングを施された零号機。
作戦説明直後の起動には、普段との違いはなかった。
…しかし、誰もが、シンクロさせたくない、と感じていた。
眼前にあるガソリン満載のドラム缶に火をつけるとしても、
これほどの躊躇はしないだろう。
だが、レイの「始めます」という淡々とした言葉を
拒むことは誰にもできなかった。
『…シンクロスタート』
静かに始まったレイと零号機のシンクロ。
弐号機のような直接的な圧力の高まりは感じられない。
だが、零号機の心、レイの心、レイの中にいる”もう一人”の心が
寄り添い、一つに交じり合うことで、これまでにない変化が訪れた。
私に代わりはいない。
レイが言う”心の中にいるもう一人の私”との間にあった認識のズレが取り払らわれたが故に。
今までは心を一つにしても、自分に対する認識に違いがあった。
だから、どこまで互いに擦り寄ろうとも、それ以上近寄れない溝があった。
”心の中にいるもう一人の私”…その存在にとって、自己とは唯一にして全て。
それは、零号機の中にある心にとっても、同じこと。
レイだけが、予備がある、と違う認識に立っていたのだ。
満
今までにない異質な気配が強まる。
…それは例えるなら、隠し事ができない母親に溺愛され、
抱擁され逃れられない…漆黒に染まった心地好い恐怖。
零号機の起動も成功した。
戦略自衛隊の技術者達がエヴァを指して言った。「化け物」と。
エヴァは人類の守護者たるべく生み出された存在のはず。
だが、本当にそうなのだろうか。
発令所にいる者は誰もが感じていた。
作戦が成功するかもしれない、という希望を。
…だが同時にもう一つの拭い切れない思いを抱いていた。
越えてはならない一線を、越えてしまったのではないか…と。
2003/02/19 Ver1.50 ＹＯＫＯ
さて…かくして、人類側の準備が終わりました。
人々の運命は…そして未来は…。
次回をお楽しみに。
っとぉ、シリアスな話ばかり書いていて疲れた私は
頭に届いた怪しい電波に従って、後書き馬鹿話を作っちゃいました。
ネルフ管轄病院における出来事
これまでにもあった後書きのものと同様、本編とは関係ない…はずです（笑）
ちょっと第１６話とイメージがズレ過ぎているので別ページにしました。
ま、馬鹿話と思って気楽に読んでみてください。
あと、８角形の説明について説明文を快く提供して下さったYanaganさん、感謝です。
☆スポンサーにも訪れてくださいね☆