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セントラルドグマに眠る使徒と、その抑制に使われる槍。
最後にその様子を見たキールは、一分の隙も見せずに
周囲を警戒するガード達に囲まれて、ＮＥＲＶ専用空港へと戻った。
タラップの直前で長身、髭面、赤眼鏡の男――ゲンドウ――が出迎える。
人を寄せ付けぬ威圧感はそのままに、キールに対し、
ゲンドウは静かに礼をする。
「…碇、停まった時を動かしたのは、あの子か…？」
隣で立ち止まったキールが落ち着いた口調で問いを放った。
まるで、明日の天気を話題にするかのように。
「…」
沈黙を持って答えるゲンドウに、外見上の変化はない。
周囲に立つガード達も、何も感じられなかったことだろう。
だが、常人ならば見過ごすであろう身に纏った闇の気配の僅かな差異。
それに気付かぬほど鈍くはないと、言葉の刃が抉る。
…それでも、ゲンドウは微かにさえ、表情を崩すことはなかった。
「まぁ、いい。今日のことは私の胸に留め置く。
人類補完計画、最早、タイムスケジュールは限界が近い。
…期待しておるぞ」
「全てはゼーレのシナリオのままに」
矍鑠とした足取りで去っていくキールに対して、
ゲンドウは慇懃な態度で見送った。
＊
「………」
ＮＥＲＶ専用空港を見下ろせる丘の上で、加持は飛び立っていく
キール専用機を眺めていた。
自然さを装うが、視線に険しさが混ざる。
肺の奥まで煙草の煙を吸い込むが、なんとも苦々しく感じた。
煙草を、持っていた携帯灰皿を開けて押し消す。
マナーもあるが、存在した、という証拠を残さない習慣だ。
携帯灰皿を見て、加持はシンリの眼差しを思い出した。
健康を害するとわかってて、大人が吸うのだから、
他人に迷惑にならないなら、どうぞ、好きなだけご自由に。
そんな区別意識が垣間見えた。
同時に、アスカのやり場のない困った表情も。
煙草といえば、セカンドインパクトの地獄の中にあっては、
ある種、大人としてのステータス的なところがあった。
生意気なガキの頃に精一杯、背伸びして吸ったものだ。
だが、それも遠い遠い過去のことになってしまったらしい。
区別意識と憐れみの視線を向けられるようになったのだから。
そこまで考えて…加持は自分がいつのまにか変わっていることを悟った。
キールの専用機を見て過去に向いた心。
しかし、気付けば、心は現在を見て、苦笑している。
昔は、思い出そうとしなくても、心は重く沈み込み、
楽しい一時を過ごしている最中でさえ、どこか冷めた自分がいた。
…変えたのは誰か。
深く考えずとも答えは出てる。…相手にその気がなくとも。
・
・
・
随分、長く考え込んでいたらしい。
部下の１人が迎えにきた。
…そういえば、こいつも久しく煙草を吸ってない。
「なぁ…、煙草を吸う姿は格好悪く見えるものだろうか？」
加持の過ごした時代、その姿は大人の代名詞だった。
どこか悪っぽい雰囲気もあって、明確に線引きできる”大人の世界”。
その象徴だった。
…が、部下はなんとも複雑な表情をした。
「誘わんでください。せっかく禁煙したのに、
吸ったら元の木阿弥です」
表情が”貴方の言うことは判るが、私はもう決別したんだ”と
雄弁に物語っている。未練たらたらに。
一瞬、心に過る”禁煙”の二文字。
もはや何が心を過ぎっても驚くまい。
いつのまにか、心を過去に縛り付ける鎖は砕けていたのだ。
…劇的な出来事が何かあったわけでもないのに。
不意に心の奥底から笑いが込み上げてくる。
「？」
突然、笑い出したのを見て、部下が不思議そうな顔をする。
よほど変に見えてるに違いない。
…それでも、笑える自分が嬉しかった。
＊
キールと、ガードの面々は座席につくと、服と座席をケーブルで繋いだ。
服の繊維に織り込まれている無数のセンサーが捕らえたデータから、
ジオフロント内の３次元データと、対人レーダーの位置情報が生成される。
また、キールのバイザーが捉えた光景は画像処理され、全てがチェックされる。
大型機材搬入用であり、マトリエルの溶解液で崩壊しかけたままのゲート、
地下深くにあり、仮復旧したばかりのリニアトレイン、ジオフロント内の森、
天井都市部まで続く大規模構造の補修状態、”槍”による使徒の不活性化状況、etc、etc。
せっかくきたのだから、ということで様々な場所を案内させたのも
現場視察、という以上の意味がある。
視界内にいた人物はもとより、小物ひとつ、物音ひとつ、
床についた傷跡はもちろん、温度、湿度、僅かな匂いに至るまで、
あらゆる情報を多面的にチェックしていくのだ。
無論、解析は専門のスタッフ達が行ない、キールは報告を基に
判断を下せばよい。これまでと同様に。
「………」
窓の外から見えた第三新東京市の夜景。
当初の予定ではそろそろ整備計画も最終段階に入り、完成間近と
いうことになっていたが、現実は目も当てられないほど酷い有様だ。
戦闘態勢となれば、今、眼下に見えるビル群は収納されるが、
代わりに出てくるはずの戦闘ビル群は全滅している。
素早くエヴァを任意の位置に配備することを可能としていたリニアカタパルトも
ほとんどの経路が修理中か、或いは通過速度を制限しなくてはならず、
エヴァに電力を供給するはずのポイントも残っていない。
外輪山にあった迎撃設備も無残に、瓦礫の山となって屍を晒している。
街の至るところで、強力な照明が輝きを放っているが、
それは修理作業中の工事現場を照らしているだけだ。
活気に満ちている…とも言えるが。
実態は寒い限りである。
「…到着１０分前には起こしてくれ」
シートを水平にし、添乗員から毛布を受け取った。
彼らも手馴れたものだ。照明を暗くし、自然に待機場所へと戻る。
最後に目元からバイザーを外し、眠りについた。
厳つい顔をしたガード達も、外見に似合わぬ繊細さで、
主を仰ぐ人の眠りを妨げないように、気を配る。
重要人物だから、仕事だから…それは理由の一つ。
だが、それ以上に、この老人に対して敬愛の念を持っているからに他ならない。
自然に平伏してしまう主としての風格、恐ろしいほどの懐の深さ。
…だが、自分自身には余りにも無頓着に思えた。
遠くを見据える目を得た代わりに、手元が見えないかのように。
だからこそ、手を貸さずにはいられない。
この方には自分が必要なのだ…そう思わせる抗い難い確信。
誰からともなく、苦笑してしまい、機内の空気は
僅かな時間だけれど、静かに和んでいた。
＊
予定を大幅に超過したキールが帰路についたその夜。
余りにも広過ぎる司令室にいるのは２人だけ。
嵐が過ぎ去った後の空のように…そこは静かだった。
「…結局、表面上は何もなかった…な」
冬月は吐き出すように告げるとシートに沈み込んだ。
学者肌の悪い癖だ。
立場上、自分の土俵に引き摺りこんで主導権を握れない分、
キールの思わせ振りな発言、振る舞いに、思考だけが
１０倍も、２０倍も振り回されることに陥った。
頭の回転が速いのも考え物だろう。
裏の裏まで考えが暴走してしまい、しかし表面上は
そんなことなど、僅かとて見せることはできない。
キールの視線がバイザーで完全に封じられていることも
冬月の心の迷走に一役買っていた。
どこを見ているのかすらわからない。
表情もゲンドウに輪をかけて読みにくい。
緊張が解けた分、疲労がどっと噴出した。
「…シンリの言葉に、何を見たのか」
ゲンドウとて、様々な憶測はしている。
誰も実行したことがなく、理論的に、漠然とした未来しか推測することのない、
…やり直しのきかない…それが人類補完計画。
だが結論はわかっている。
キールが明言したからだ。
推進せよ、と。
計画の詳細まで知っている二人にとってはそれで十分。
…明確な意志表示だった。
だが、同床異夢と自嘲しているように、議長達が言う計画と、
ゲンドウ達が進めている計画は、最後の一点で道を違える。
「随分、探られてしまったが」
冬月は気を取り直して、話題を変えた。
実務的な部分であれば対策も自ずと決まる。
キールが歩いたルートからシミュレートすれば、
知られた内容もまた、見えてくる、というものだ。
それに、不本意ではあるが、そういった不確定要素満載の推測ゲームを
この上なく好む居候がＮＥＲＶ本部の奥底で油を売っている。
「それは問題ない。
…情報を掴んでいると判れば、手の打ちようはある」
ゲンドウは、そう言い切った。
実力に裏付けられた自信を乗せて。
そして、２人とも、意識して触れなかったが、言葉にせずともわかっていた。
最早、自分達の計画が修復不可能なほど予定から外れていることを。
そして、不思議と………その事実は、後悔に繋がることはなかった。
＊
葛城家の広間。
ミサトは風呂にのんびり入っているため、リビングでは
子供達とペンペンだけで寛いでいた。
いつものように、レイは小説を読んでいるし、
アスカとペンペンはホワイトボードを相手になにやら格闘中。
シンリは、手馴れた手付きで業務記録を入力してる。
Pi、Pi、Pi
「はい、シンリです…って、渚君？」
『やぁ…突然、済まない。
なんだか、急にシンリくんと話がしたくなってね』
「ん。今、起きたとこ？」
シンリは気を使って、音声モードに限定して、小声で話をしてる。
アスカとレイの邪魔をしないように、と。
でも、夜遅くに小声で会話をしてると、囁きあっているような雰囲気。
しかも、その相手がカヲルとなれば…。
アスカは目をキラーンと輝かせて、ペンペンに合図を送った。
「クゥ？」
鉤爪で握っていた水性マジックに蓋をするが、
きょろきょろとお風呂セットと風呂場を見て首を傾げる。
まだ、今はミサトが風呂に入っている。
ちっ
使えない奴〜っ、という視線を浴びせられたペンペンは
ぷいっ、と横を向くと、ペタペタとレイのほうへと去っていく。
少しだけ考え込んでいたアスカだったが、
悩むよりも動けといわんばかりに、シンリに話し掛けた。
「シンリ〜、何、話してるの？」
暇だから私も混ぜなさいっ、と声に色を加える。
「えっと、朝からハムエッグトーストにコーラの組み合わせは
あんまりじゃないかっ、てお話だけど？」
シンリは、携帯端末を操作して、多人数参加用にマイクを切り替え、
テーブルの上に、アスカもカメラに映るように置き直した。
「何よそれ？ 趣味悪っ！」
『やぁ、アスカくん。
相変わらず、忌憚の無い意見を聞かせてくれるね。
できれば、君に代わって欲しいくらいだよ。
話には聞いていたけど、こっちの食習慣は――』
露骨に邪魔が入ったことへの文句を表情に一瞬だけ表すが、
それでも、話をすること自体に文句はないらしい。
カヲルは、すっかり日本食に慣れた身にはヘビィな朝食について、
いかに大変な目にあっているか、話始めた。
レイはというと、アスカから不条理な扱いを受けて
不満がありそうなペンペンになにやら小声で伝えてる。
どちらにしても、そろそろ部外者ではいられなくなりそうだ。
「へぇ〜、それはそれは御可哀想に。
ねぇ、レイ。うちは今朝、何を食べたっけ？」
アスカに招かれて、レイもペンペンと共に
カヲルとのＴＶ電話に加わることになった。
「今朝は、チーズを入れたスクランブルエッグ、
胚芽パン、スープ、それと茹でたアスパラを混ぜたサラダ」
「そうそう、モッツァレラチーズとほうれん草が
卵といい感じに混ざって、美味しいのよね〜」
わかっててやっているのか、レイが淡々とメニューを告げて、
よせばいいのに、アスカが１品ずつ説明を加えていく。
話している間に、食べた時のことを思い出すのか、
アスカの表情もなんとも幸せそうだ。
その中に…同情心にコーティングされている
優越感に浸った笑みが含まれていたが。
「アスカもそんなに細かく説明しなくても…」
シンリが控えめに窘めるが、そんなので止まるわけもない。
それに、なんだかんだといっても、電話向こうのカヲルも
そんな話の流れを楽しんでいるようでもある。
少なくともシンリの気遣う視線に、少しだけ癒されていることだろう。
いつものように、夜にちょっとだけ行なわれた会話。
和やかな雰囲気に触れたくなったのは、何か予感があったからだろうか。
結局、カヲルは話題を切り出さなかった。
今日、四号機はテストを行なう。
人類補完委員会―― ゼーレ ――の定めたタイムスケジュール通りに。
計画表にはこう書かれていた。
Ｓ２機関稼動試験………と。
またまた、更新が遅くなってしまいごめんなさい（T_T）
…なんか最近、ごめんなさい、ばかり。
今回はちと短かったのですが、キリがいいのでここまでです。
穏やかな時間は断ち切られ、運命は激流となって流れ出す…。
Dパートをお楽しみに…。
＜ソレと、まだ製作中ですが＞
外伝３「加持と煙草とプレゼント」を現在、鋭意、執筆中。
そう、今回のパートで触れた内容です。
子供達はもちろん、大人達まで巻き込んだ一大騒動。
プロバイダ変更に伴うメールアドレス変更のお知らせと共に
ＵＲＬをこれまで感想をくださった方にメールにてお知らせします（予定）
気長にお待ちください（＾＾）
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