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感じたのは漆黒の気配。
けれど、懐かしい…忘れることのない雰囲気も混ざってる。
ボクのことを”好き”と言ってくれた存在。
宵
ボクの気持ちに合わせるように、様々な感情…
会えて嬉しい、渚君ではなさそうな存在だったことへの失望感、
険しい感情への反射的な恐れ、前回との違和感への疑問、
渚君を探さなくちゃ、という脅迫概念に似た気持ち、
それらが早送りのように、そのまま、流れた。
擁
乱れた気持ち、方向性の定まらない激しい感情の変化、
その根底にある大きな喪失感…
それでも、ボクから流れ伝わったたくさんの気持ちを受けると、
わずかの間に心を律して、気配の主は…そっと、ボクに応えてくれた。
”…えっ！？？？”
強く感じた違和感…疑問…謎。
伝わってきた想いから呼び起こされた記憶…それは捜し求めている少年のイメージ。
再会できたことを喜ぶ心、帰る、という決意。
心を触れ合えたことで向かう方向を明確に認識できたことへの感謝。
日常、という時間へと戻ることへの安堵にも似た気持ち。
心同士が重なり合う…心地好さに満たされた時間。
心にある言葉。
言い回し、話し方の間の取り方、伝わってくる気配。
それが最初から感じられたなら、何も疑問を抱くことはなかったはず。
けれど、それを伝えてきた相手は、”向こう側”にいて、ボクに”好き”という
想いをもってくれた………使徒。
どうして…？？？
深い心の重ね合わせの中でボクから伝わった思考。
…互いに僅かだけど反発する想いが生じた。
パチッ
制
軽く一歩、下がった気持ち。
それは、触れ合う距離から少しだけ離れた心の隔たり。
”…ぁ…ごめんなさい！！！”
ボクも慌てて少しだけ離れる。
僅かな”距離”を置いて伝わってくる想いはまるで万華鏡のよう。
透明な色と、闇の色、それに暖かい想いと、怒り、不安、疑惑のような感情。
…残念に思う気持ち、…それに………自己嫌悪？
還
控えめに、伝わってきた明確な想いはひとつ。
「帰る場所、ホームがあるというのは幸せだよ」
捜していた少年が告げた言葉が、心の中に浮かんでくる。
約束。
ボクは………その想いを感じて、それまでの緊張感が一気に抜けた。
安心したのかもしれない。
それが、矛盾する認識と、明確な事実を突きつけたとしても。
春先の穏やかな日差しに包まれたような…
今は、そんな心地好さに浸っていたかった。
＊
深い集中を続けていたシンリが一転して、慌てて謝罪の言葉を告げてから
そろそろ１０分ほど経過しようとしている。
先ほどまでの危うさは見られない。
恐らくカヲルを見つけたのだろう、と第一発令所の面々はひとまず安堵した。
同時に、「救出」という無理難題をどうすべきか、心を痛ませながら。
一つ所に留まらず、言語化されない思考が続いているため、
明確な発言はそれ以上は現れず、ミサト達は声をかけていいものか、
気を揉んでいた。
それから数分後。
『…きます』
僅かに目を開いたシンリが神託を告げるように、ぽつりと呟いた。
次に起こるであろうことを察知したＭＡＧＩが捜索網の情報を
再優先表示に切り替える。
ビシッ･･･パリーン
「太平洋上空で空間破壊を確認！
グアム島沖北北東８０ｋｍの地点です！」
メインモニタが警告状態に変わり、瞬時に太平洋方面の問題の場所が映し出された。
ただし、衛星軌道上からの俯瞰図なので、広範囲が表示されている。
「目標地点、最大ズーム…巨大な水柱があがりました。
ＭＡＧＩの推測では、落下対象はエヴァ四号機！！」
瞬時の反応を要求される際にオペレータがいちいち指示をしていては
期を逸してしまう。そのため、ＭＡＧＩは事前に手順をある程度、指示されれば
自分で判断して、様々な作業を人には真似のできない速度で行う。
今の対象地点の割り出しと望遠映像の表示も、次々にＭＡＧＩが
独自の判断で進めている。
「信号は！？」
巨大な主モニタの片隅には、全信号のスキャン状態もわかりやすく、
概略で表示されてはいる。
しかし、各オペレータの手元のモニタには、より詳細な情報が現れる。
こういう時こそ、専門家が情報を簡潔に報告する意味があった。
「お待ちください…救難信号です！
エントリープラグからの信号を受信。
着水前に射出されたものと予想されます」
同時に、子供達には伝えるのが望ましくないと思われる情報として
主モニターに重ねるように、次の文字が表示されていた。
「プラグ内部のモニタ機能は不通。
生命反応その他、一切、トレース不能」
救難信号はあらゆる通信機能の中で最も堅牢に作られており、
例え、エントリープラグ全体の機能が停止していたとしても、
自立電源によって通信するように設計されている。
…例え、バラバラに砕けようとも消滅でもしない限り、届く信号だった。
『『………』』
レイ、アスカが神妙な面持ちで指示を待っていた。
動かず待機をする、というのはそれだけで神経が擦り減る。
「グアム島のＵＮ軍に救助を依頼して。
レイ、アスカ、シンちゃん、お疲れ様。
後は私たちの仕事よ」
『…（こくん）』
シンリが小さく肯くが、辛うじて踏み留まっていた緊張の糸が切れたらしい。
そのまま、意識が落ちてしまい、シンクロがパイロット側から強制切断された。
ガシッ
『碇くん！』
『！ シンリ！』
零号機と弐号機が慌てて倒れこむ初号機を支える。
「…大丈夫、疲労が酷いけど命に別状はないわ」
リツコが場を締めくくる言葉を告げて、レイとアスカを安堵させる。
表面上は、単にエヴァ３機が第三新東京市で立っていただけ、
その後、初号機は調子が悪いのか倒れたように見えた捜索作戦は終わった。
多くの人々の心に消えることのない波紋を残して。
＊
それからしばらくして、海面上を漂うエントリープラグをＵＮ軍が発見。
疲労が激しいものの、外傷もなく、５ｔｈチルドレン 渚カヲルを救出した。
帰還時の現象を解析した結果、太平洋へと沈み込んだのはエヴァ四号機のみと断定されたが、
水深３０００ｍを超える深海へと沈んでいったエヴァを速やかに引き上げる術は人類にはない。
近くの潜水艇を派遣して、着底しているであろうエヴァ四号機の状態を
確認するだけでも、数週間かかるであろうし、引き上げとなれば、
更に数ヶ月、場合によっては年単位でかかるだろう。
引き上げるかどうかは、今後の調査、検討の結果に委ねられる。
「…んで、回収されたエントリープラグ内の電装系は全部お釈迦。
蓄積データも全部、吹っ飛んでて一切の情報は収集できず。
こっちに”還って”きた時、着水までの１分程度で、”偶然”、
エントリープラグが射出され、その方向が”偶然”、上空方向で、
更に”幸運”にも、パラシュートが開いたおかげで助かった、と」
リツコの研究室でミサトは丸めた報告書をぽんぽんと叩きながら
疑問を軽い口調で話し出した。
「それを言えば、更に不可解な点があるわ。
…空間を破壊した一撃。今までの使徒はガラス板を大型ハンマーで
叩き壊した時のように広範囲を一度に粉々にしていたのに、
今回は、鋭い錐か、弾丸で一点を撃ち抜いたかのように破壊した結果、
周囲の空間もそれに引き摺られて崩壊した」
部屋の主も、今回はいろいろ考えさせられることがあるようで
わかっている現象をひとつずつ、挙げていく。
「例のパターン？ 強度は？」
「パターンの相似率は７８％、強度は２００％増しね」
”例の”とは、第４使徒シャムシェルと、第５使徒ラミエルが
降臨する合間に計測された”謎”の超強度Ａ．Ｔ．フィールドのこと。
様々な研究、情報分析が行われた結果、それまでの使徒とは
明確に違う点が見出されている。
それは「極めて強度が強いもの影響範囲は狭い」というもの。
エネルギー総量は小さいが、小さく絞り込まれているために
その強度は第５使徒ラミエルすら超えるのだ。
「…もし。
…もしもよ？ 使徒が自分が使えるエネルギー量の大半を、
特定の機能、例えば”攻撃”に割り振ったとしたら、
その威力は跳ね上がるのかしら？」
「それは…そうなるでしょうね。
でも、それはなんの副作用も生まないわけじゃない。
各能力を支える機能を改変するのに時間がかかることは
イスラフェルでも証明済みよ。
単純に今の能力のままで、エネルギー配分だけを変更したなら、
ニトロを混ぜた燃料を使ったエンジンのように、
過負荷で身体が壊れるか、或いは調子が悪くなるはず」
二人とも固有名詞を避けて、会話を続けている。
…そう、これはあくまでも仮定の話、ｉｆの議論なのだ。
けれど互いの共通認識としておかなくてはならない。
漠然とした想像と、否定する要素のない現実がそれを支える。
「………やっぱり、そうよね」
ミサトは深い溜息交じりに、言葉をなんとか吐き出した。
その視線は、どこか疲れが混じっている。
其の姿を見るリツコも同じように。
「…そうなるわね」
暗い室内で、リツコの眼鏡に、ディスプレイの映像が映る。
そこには、無機質な病室内で死んだように眠る銀髪の少年の姿があった。
＊
午後の日差しが感じられるぽかぽかした時間。
ジオフロント内の病院では、ベットで体を起こしているシンリと、
付き添いでいるレイとアスカが携帯端末の画面を覗き込んでいた。
通信先はグアム島ＵＮ軍基地の病院施設。
『…………』
小さな画面に映ったパジャマ姿の銀髪の少年は、安堵の表情を浮かべたものの、
なんと言葉をかけるべきか、珍しく思いつかないらしい。
「…お帰りなさい、渚君」
穏やかな表情でシンリは呟いた。
それだけが大切なこと、という想いを乗せて。
『…ただいま』
シンリの澄んだ赤い瞳は、カヲルの心を落ち着かせたらしい。
照れたように、遠慮がちに挨拶をかえした。
互いに相手の姿を見て安堵した表情を浮かべている。
再会の時間に心を委ねる静けさがそこにはあった。
「へぇ、思ったより元気そうね」
「…よかったわね」
しかし、この場にはあと二人、同席している少女がいる。
二人とも安心したようだが、どうもそれだけではないようだ。
金色の髪の少女は、病室の空気を壊さない程度に
威勢のいい声で、シンリとカヲルの間の雰囲気に割り込む。
蒼い髪の少女も、どうもシンリがカヲルに向けた表情に
何か、そのまま傍観したくない想いを持ったらしい。
言葉とは裏腹に、少し素っ気無さが混ざってる。
『シンリくん、何もない場所でキミの心と触れた時、
僕は闇から解放された。……道を示してくれたんだ。
還れたのはキミのおかげだよ。
今の僕には何もないけれど、この想いだけは伝えておきたい。
…ありがとう』
いつものアルカイックスマイルではなく、少し緊張した面持ちで
カヲルは、自らの想いを言葉に乗せて伝えた。
…まるで恋心を告白するかのように。
「…え、えっと…………うん」
何を思い出したのか、シンリは少し視線を泳がせたまま、
それでも、カヲルの気持ちに応えるために頷いた。
ちょっとだけ頬が赤い。
ぴくっ
「シンリ〜…何かあったのね！？
あの馬鹿カヲルとぉ！！！」
「…教えて」
堪忍袋の緒が切れたー！！！っと言わんばかりに、アスカが
妙な笑顔を貼り付けたまま、シンリに詰め寄る。
同時に、”ギン！！！”と画面のカヲルに鋭い視線を向けて。
レイも、なんだか不安が増えたようで、少し寂しそうな目線で
シンリに話すように圧力をかける。
「な、何にもないよ、ね、渚君！」
シンリが慌てて取り繕うがどうにも、その場逃れにしか聞こえない。
『シンリくん、僕は一生、この記憶を忘れないよ。
僕達の大切な想い出のひとつとして』
…火災にダイナマイト。
「あー！！！ こんの馬鹿カヲル、何よ、その満面の笑みは！？」
「…碇くん」
怒りの向けどころがないアスカの罵声が室内に響き渡り、
レイの切々とした声がシンリを追い詰める。
「ふ、二人とも落ち着こうよ、ね、ね！？」
シンリが宥めようとするが、そう簡単に嵐は収まりそうにない。
しっちゃかめっちゃか、荒れ果てる事態に子供達は右往左往し、
…そんなやりとりを通して、日常生活が戻ってきたことを喜んでいた。
だから、騒ぎに巻き込まれていたけど、シンリは内心、安堵していた。
想いを口にせずに済んだから…。
お帰りなさい。
それと………はじめまして。
久しぶりに、短いスパンで次のパートを掲載できました♪
次もこうありたいところですが、さてさて（＾＾；）
表面上は平穏無事に…でも水面下では変化のうねりは
少しずつ、少しずつ大きくなっていきます。
そして…。
次回もお楽しみに♪
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