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『エヴァキャリアー３より、ＮＥＲＶ本部へ。
前方に積乱雲を確認した』
３号機を載せたエヴァキャリアーから通信が入った。
事前サーチでは飛行経路に気象の乱れは予想されなかっただけに
その声にも疑問が含まれる。
もっとも、気象予測に「絶対」はない。
地球シミュレータが稼動しているとは言っても、観測を行う
人工衛星のほうがロートルばかりでは、それも仕方がないことだ。
『こちらでも今、気象レーダーで補足した。
影響は極めて軽微。直進されたし』
上昇気流の強さ、帯電状況などを分析すると、緊急回避せねば
ならないようなものではない。
エヴァキャリアは、本来なら空輸が難しい超重量物たるエヴァを
辛うじて運ぶことを可能としただけで、空中における機動性能は劣悪で、
よほどのことがない限り、飛行経路の変更は避けなくてはならなかった。
『了解』
パイロットは管制官の指示に従い、経路を維持した。
気流の乱れも気にかけるほどでもない。
それはすぐに忘れ去られる出来事の一つ。
誰もがそうして、小さな、小さな予兆を聞き逃した。
運命の女神はとても小声で囁く。
…終わりの時が訪れたことを。
＊
大型トレーラー並の巨大車両の群れが松代支部に向けて走り出した。
最低限の人員、機材とはいえ、本部と同等の試験を松代で行うとなれば、
大所帯になるのは避けられない。
そして、本来なら松代支部がＮＥＲＶ本部のバックアップ機能を
有していなければならないのに、それができていないことの証でもある。
崩壊寸前の第三新東京市の復旧作業に傾注した影響で、
松代支部の整備作業がかなり遅延していたのである。
ギィィ
「な〜んか、夜逃げみたいな光景よねぇ〜」
座席を傾けて、ミサトは後列に続く多くの車両を眺めて呆れた。
「これでも最小限の編成にしたのよ？
スケジュールに合う範囲内で、ね」
リツコがちょっと欠伸をしながらそれに応える。
「済まないわね、いつも無理言って」
作戦部とてできうる限り、余裕を持たせたかったのである。
ただ、それが許される状況ではなかったというだけで。
それでも無理を通して、松代支部で起動試験をするように手配するしかなかった。
エヴァという確率論を無視した存在が絡む場合、考え過ぎということはない。
「…あら、今まで無理を言わなかった時なんてあったかしら？」
グサッ
ぽつりと告げられた問いかけ。
それはミサトの鋼の心臓を貫いた。
＊
ジオフロント地区内、エアカーテンで区切られている喫煙室。
数人の技術者達が、松代にくる３号機のことを話題にしていた。
「今度くる３号機は次世代コア搭載だが、エヴァも癖がないんだと」
「なら、テストもずいぶん、楽になるな〜」
かなり性格付けが強い零号機、初号機、弐号機が絡むと
なかなか、開発作業というのは難しい。
どれだけ汎用コアとケンスケの組み合わせでうまくテストが進んでも、
本物のエヴァが３機とも、個性がばらばらでは、意味ある結果を
引き出すのはなかなか骨が折れるものなのだ。
エヴァ３号機はそういう意味では、棚ボタのように思えたのだろう。
「このまま行けば、まぁ、すぐには無理だが、
エヴァの無人運転だってできるようになるさ」
「無人運転？ まずは大人が乗れるようにするのが先だろ？」
「そりゃそうだ。エヴァは気難しいからな」
「「言えてる」」
周りの面々も笑いながら、同意した。
連日の激務、気分が暗くなる崩壊寸前の第三新東京市、
壊滅している迎撃システム、エヴァを支援する設備、それに
エヴァ用の武装、エヴァそのもの…それらが抱える不具合の数々。
そんな中で、数少ない明るい話題なのだ。
将来への展望が少しでもあるだけあって、雑談をする者達も、
現実から少しだけ意識を外して、遠い未来に想いを馳せる。
「シンリ！ 何してるの？」
遠くから金色の髪の少女が大きな声で呼びかけた。
何事か、と喫煙室の面々も、そちらの方向に顔を向ける。
すぐに、喫煙室からは死角になっていた廊下から、
両手で荷物を抱えた、白金の髪、長袖の制服を着た子供が
慌てて出てくると、ぱたぱたを少女のほうに走り去った。
その姿を見た技術部員が首を傾げた。
同僚がその顔に疑問を持つ。
「どうした？」
「ん、あぁ…なんか、シンリちゃん、悲しそうな表情を
してるように見えたからさ？」
先ほど、見かけた時は、友達の復帰を祝うパーティの準備をするということで、
楽しそうな雰囲気だっただけに、落差が少し気になった。
「おおかた、何かヘマでもしたんじゃないか？」
「…ま、そんなところかな」
あれくらいの年頃は、感情の変化が激しいものだから。
それほど気にすることでもないだろう、と職員は判断した。
＊
ＮＥＲＶ本部が所有する専用空港へ、エヴァ３号機を収納した
超大型全翼機エヴァキャリアー３が着陸態勢に入った。
「私をここまで待たせる男なんて始めてだわ」
腕組みをしたミサトが不機嫌そうに漆黒の翼にケチをつける。
途中、積乱雲の中を突っ切ることになり、その際にエンジン不調が
発生した関係で、到着時刻が大幅に遅延していた。
「いつも、すぐに帰っちゃってただけでしょ、貴女は」
努めて冷静にリツコは答える。
しかし、ここまでケチがつく搬送も珍しい。
本部引き取りに至る経緯、松代支部への受け取り場所の変更、
到着時刻の大幅な遅延。
心に一瞬過ぎるのは、イロウル降臨で中断されたエヴァの遠隔シンクロ試験。
気に入らなかった。
＊
葛城家で行われることになったカヲルの復帰記念パーティ。
しかし、主賓の到着がなぜか遅れていた。
「私をここまで待たせる男なんて始めてね」
葛城家の玄関先に仁王立ちになり、アスカは憮然として呟く。
「のんびり待つなんてことしないもんな、惣流は」
ケンスケが突っ込みを入れるが、ジャガイモでも見るように
アスカの視線は冷たい。
しかし、アスカのそんな態度も、皆はなんとな〜くだけど
内心、微笑ましい気分で見ていたりする。
日頃、やかましく衝突することが多いが、そのカヲルが
戻ってくるなら歓迎会をしよう、と言い出したのは
アスカだったから。
こうして玄関先で訪問を待つ姿も、帰りの遅い夫を待つ角を生やした妻というよりは
約束の時間を過ぎても帰ってこない父親を待つ幼子、といった雰囲気だ。
精一杯、「怒ってるんだぞ」とポーズをつけているが
身振り手振りが、心配だ、心配だ、と騒いでた。
キッチンでは、シンリ、ヒカリ、マユミの３人が
食後に出すデザートの確認をしている。
「クェ〜」
「ニャ」
ペンギンと子猫は今日も仲良し。
ナツミはといえば、マナから、「渚カヲル全裸事件」について
脚色過多に、あること、あること、伝えられて、頭から
湯気を出しながらも熱心に話を聞いている。
…皆、のんびり流れる時間を楽しんでいた。
＊
ベランダから下の道路を見て、トウジは溜息をつく。
「カヲルの奴、何しとんのや？」
主賓が遅れてどないすんねん、と不平不満たらたらである。
いい匂いがキッチンから流れてきているのも、それに
一役買っているのだろう。
そこにレイが近づき、トウジの様子をひとしきり眺めた後、
ポツリと告げた。
「…もう平気なの？」
その問いに、トウジは困ったように苦笑した。
「考えるの性に合わんわ。
すまんなぁ、綾波にまで心配かけてしもうて」
自分ひとりで悩んでいるつもりだったが、どうも、
周りにもいろいろ迷惑を与えていたらしい。
「そう…よかったわね」
微妙に引っかかる口調でレイはそれに答えた。
…｢綾波にまで」、という部分がちょっと。
真意を理解しようと悩むレイの視線を浴びて、
トウジは、果てしない居心地の悪さに視線を外して逃げた。
「…遅いのぉ、カヲルの奴」
女心はようわからん…トウジの偽らざる心境だった。
＊
松代支部ケイジ。
「エヴァ３号機のクリーニング並びに第一次調査完了です」
技術部員が作業結果のデータを提示する。
「問題は？」
報告書をざっと見た限り、妙な箇所はない。
「いえ、特には」
「…そう。お疲れ様」
考え過ぎだろうか。
エヴァキャリアー３のエンジントラブルは、積乱雲通過時に
氷塊が入ったことによる破損であることが判明した。
特に説明のできない事態は起きていない。
何も問題がないのだから安心できるはず。
…なのに、心の中の暗雲は晴れることはなかった。
＊
今回はカヲルの体調が完全復帰には程遠いこともあって、
量の少なめな料理を複数種類、楽しむ形式となった。
量が足りなーい、という人には追加料理を。
皆が手際よく持ち寄った料理を出して、歓迎パーティは
楽しい雰囲気のまま解散の時と迎えた。
「気をつけて帰れよ」
保護者代わりにきた加持と入れ替わるように、
３馬鹿トリオ…トウジ、ケンスケ、カヲルは玄関に移る。
今日は女の子達がお泊りする、ということになっていたため、
男の子達は、退散することにしたのだ。
「それじゃ退散しようか、僕達は」
「わかってますよ、加持さん」
「すまんです、ナツミのことお願いします」
３者３様に挨拶をすると、帰っていった。
＊
物が少ないレイの部屋に、順番にお風呂に入って、女の子達が
パジャマ姿で、集まっていた。
どことなーく、片付けの後も気になることがある雰囲気のヒカリ。
その原因がどーもレイにあるらしいと察知したアスカが
レイが入浴するために席を外したのを見計らって、話を切り出す。
「何、悩んでんの？ …鈴原のことでしょ？」
「え、ええ………わかる？」
「見え見えよ。
わかんないのはあの三バカトリオくらいのもんね」
ごめんなさい、多分、わからないのはお兄ちゃんとヒカリお姉ちゃんだけ。
…そう、思いながらもナツミは周りに合わせて頷いた。
「でも、渚君って、けっこうナイーブそうだけど」
「あれは鈍感、っていうか馬鹿よ。
人の付き合い知らないもの」
「そう」
先ほどのパーティでも、シンリとの距離の置き方に本当に困って
いたようで、不自然なやり取りが目についた。
それはそれ。今は鈴原の問題である。
アスカは話を進めるように促した。
「…鈴原の好きな娘って、綾波さんかもしれない」
「鈴原がぁ！？ レイのことを！？」
いったいどうしたらそんな話になるの？とナツミがマユミを見るが
マユミも、半ば諦めたように苦笑するのみ。
「さっきも、仲良さそうだったし…」
ヒカリは真剣そのものに、苦しい胸のうちを明かした。
…けれど、あれでそう思われるなら私はどうなるのかな〜？と
マナはちょっとヒカリの視界から隠れるように位置をずらす。
アスカもマナの動きを見て、「そう、少し引っ込んでて。
マナが絡むと話がややこしくなるわ」と視線だけで同意し、
ヒカリのほうに向き直った。
「安心して、ヒカリ！
それはないわ！！」
ズバーーーーン！！！
見事に一言で斬って捨てた。
そのあまりの断言ぶりに、ヒカリも、そこまで言うのならと心が動く。
「……」
さぁ、続きを、と期待の篭った眼差しで伝えてきたりしてる。
「レイが好きって言ってるのは、シンリだもの」
…まぁ、レイの「好き」は、ミサトにもアスカにも
似たようなレベルで言っているものではあったりするのだが。
少なくとも、奪って独占したい、という意味での「好き」とは違う。
だからこそ、アスカも焦ることはなかった。
「そう？」
ヒカリはどうも半信半疑だ。
レイがシンリに向ける感情と、今、問題としている感情は
すこーし違うのでは、と薄々感じているからかもしれない。
「そう！」
アスカはそんな疑念を払拭するように、言い切った。
その程度で気にするなら、今、そこでケーキを食べてる子猫に
レイが向ける好意にだって、同じように心配しなくちゃいけない。
…その程度のことだ、と。
「一つ、聞いていい？」
「何？」
アスカがずずずん、と身を乗り出して小声でこそこそ。
思わず、ヒカリも小声で応える。
「あの熱血男の何処が良いわけ？」
アスカの感性からするとどうしても、それが理解できない。
異性の友達としてなら、…まぁ悪くないとは思ってる。
これは、妹のナツミが同席しているから、どいうのではなく正直に。
けれどそれが恋人としてどうか、というと話は変わる。
もっともそれは、マユミがケンスケのことを好しと思ったように
人によって異なる部分だ。
ヒカリは子猫まで顔を上げて注目する中、床にのの字を書きながら
恥ずかしさ一杯、嬉しそうにポツリと告げた。
「…優しいところ」
ピシッ
３人…アスカ、マナ、ナツミの表情が一瞬、固まった。
アスカ、マナは以前、マユミに延々と――自分達が話せ、と求めたのだが――
惚気話を聞かされたことがあり、多大な精神的ダメージを負わされたことがある。
その時に魂に刻み込まれた記憶が、警告を発していた。
ナツミはといえば…好ましいものとは思いつつも、自分の兄に対して
こうも好意一杯な態度を持たれると…どう反応していいか困ってしまう。
家族であれば、良い面も悪い面も見えてしまうのは仕方のないところだから。
でもやはり例外はいる。
「…そうですよね〜」
人当たりのいい笑顔を浮かべて、マユミはのんびりと同意した。
ケンスケといれば、自然と少し引いた位置から、皆の関係を眺めることになり、
そうなると、けっこう、ヒカリが言う「優しいところ」も見えてくる。
ススー
襖が開き、レイがパジャマ姿で戻ってきた。
皆が円く輪になって何やら楽しい話をしているように見える。
「今、鈴原君の優しいところについて、洞木さんから
お話を伺っていたところなんですけど、綾波さんも聞きません？」
ニコニコと、マユミが誘いの言葉を贈る。
「そ、そんな、改めて言うようなことじゃ…」
ヒカリはとりあえず辞退しようとするが…
レイは自分のバックから手帳とペンを取り出して座った。
話をして、と視線が告げている。
「そ、それじゃ―――」
レイのそんな態度を見て話すことにしたらしい。
…もっとも、半分くらい言いたい気持ちが元々あったようだが。
ヒカリはトウジとの間にあったことを話し始めた。
「「「………」」」
アスカ、マナ、ナツミの恨みがましい視線がマユミに注がれるが、
周囲に展開しているピンク色の絶対領域がそれを弾く。
暖簾に腕圧し、糠に釘。
夜は長くなりそうだった。
第１８話編、開始です…。
楽しい雰囲気はあるものの、這い寄る不吉な影が…。
次パートは、シンリにカメラ位置が移ります。
お楽しみに♪
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