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「もう一度、手順１０８からやり直せ」
「はい！」
ゲンドウ指揮の下、ケイジでは懸命にダミープラグを初号機に
セットするための作業が行われていた。
今は、ＭＡＧＩを使い、エヴァに制御信号を送って、
なんとか現状を打開しようと悪戦苦闘している。
だが、結果は芳しくなかった。
「…？」
ゲンドウは作業者達を見回すように、ケイジの中に目を配り、
整備用通路から白金色の髪をした子供を抱えた二人の男がくるのを見つけた。
先頭にいるのが黒服のガード。
抱えられているのがシンリ、両手で抱えているのが加持だ。
「なぜ、ここにいる…」
ダミープラグをセットしようと苦戦している技術部の者達に
ゲンドウは短く「続けろ」とだけ告げると、タラップを降りていった。
本来ならいないはずの者がここにいる。
ゲンドウの放つ鋭い目線に、周囲の技術部員達が震え上がる。
「私の独断です。処分は受けます」
そっとシンリを降ろして立てることを確認すると、加持は穏やかな声で応えた。
「…！！！」
なぜそんなことを言うのか困惑してシンリが注意を惹こうと袖を掴む。
「いいんだ、自分でやりたくてやったことだ。
それに俺ができるのはここまでだ。
…みんなを護ってくれ」
一緒にベランダから空を見上げた時と同じ真摯な表情。
取り繕った部分のない想いに何も言えず、ゆっくりと…手を離した。
そのまま加持から離れると、ゲンドウの傍へと近づいていく。
ゴゴゴォォォォォォォン
「…ぁ」
激しい揺れがケイジ全体を襲い、人々は手近なものに捕まった。
しかし、覚束ない足取りで歩いていたシンリはバランスを崩して
倒れてしまった。
零号機が撃ちだしたＮ２弾が起爆した瞬間だった。
ギシ…ギシ…ギシ…ガンゴーーン
誰もが我が目を疑った。
ちょうど、ケイジの天井を支える梁が妙な音を立てて…
重さ１００ｋｇを軽く超える鉄骨がゆっくりと落ち始めた。
「いかん！」
加持よりも早く…ガードより早く飛び出したのはゲンドウだった。
走り寄って、倒れているシンリを抱え頭上を見上げる。
逃げる方向は…
しかし、逃げる場所などなく、視界を覆うように長大な鉄骨が二人に迫った。
咄嗟にシンリを両手で抱き締めて鉄骨に背を向ける。
ザバーーーーーーーン…コン………ドボーン
水しぶきと共に持ち上げられた指だけで何メートルもある巨大な手が
人々を守るように持ち上がり、鉄骨は間の抜けた音を立てて弾かれて、
ケイジ内のプールに落ちた。
初号機の腕だった。
腕のあちこちにケイジに備え付けられている拘束具の成れの果てが
残っている。…一瞬のうちに引き千切っていた。
頭上を覆う巨大な腕。
「………」
ゲンドウは、あくまで自らの意志でのみ動く初号機を睨みつけた。
＊
加持はプラグすら挿入していないエヴァが行動したのを
目の当たりにして唖然としていた。
そう…技術部の人々やガード、ケイジにいる皆と同じように。
本来なら、それはあり得ない…あってはいけない現象なのだから。
シンリが聞いた初号機の呼びかけといい、今、自律的に助けたことといい…
目覚めるのか…
表面上は同じだが、その心のうちは他の職員とは違っていた。
報告しなければならない、と告げるスパイとしての自分。
この現象は既にＮＥＲＶ本部のみで処理できるものではない。
…だが、心は迷い、揺れていた。
倒れているシンリを真っ先に助けた…碇ゲンドウ。
どう、この件を処理するつもりなのか。
この男は…何を考えている…？
……俺は
…どうする？
繰り返される自問自答。
それは大きな矛盾。
彼に雇い主が求めたのは、問題を警告する鈴としての役割。
しかし、どう振舞うか考える鈴など、もはや鈴ではない。
真実を得る…それは、もうとっくに何の意味もなくなっていた。
漠然と見えてきていた自分の求めるもの。
心を覆っていた靄が晴れるように…加持はそれに…やっと…気付いた。
＊
ジリ………ジリ……
擦り足で近づきつつ、内に力を貯めて、弐号機が意識を極限まで高める。
一刀をゼルエルの身体に叩きこむ、ただそれのみに全てを集中し、
回避も防御も迷いも捨てて。
ヴ………ン
弐号機の構えるアクティブソードに変化が現れた。
気勢が上がるにつれて、陽炎のように刀身が赤く輝き始めたのである。
刀身を覆うＡ．Ｔ．フィールド
それは、眼前の敵を斬ることに純化した、弐号機の…アスカの心の輝きだった。
慌
『ラムジェット式艦対艦ミサイル群、視界内に侵入開始』
ＭＡＧＩの報告通り、太平洋にいた砲撃艦ハルナを中心とする
打撃艦隊から放たれた高速ミサイル群がゼルエルのいる場所めがけて
殺到し始めた。
その方位は、零号機、弐号機を捉えた加粒子砲の射界外。
有視界内にそれらが出現した瞬間、ゼルエルの左目が
人の目にはわからぬほどの短い間隔で低出力の加粒子砲を
放ち始めた。
ズババババババババババババババババ
目の前方１０ｍほどに発生した空間歪曲に撃ちこまれた攻撃は
そのまま、偏向されて、飛翔するミサイルのほうへと
光のシャワーと化して、ばら蒔かれていく。
ドン……ドン、ドン…ドン
しかし、命中率はかなり悪い。
そのまま撃てば当たるのにまるでわざと外しているかのように。
焦
ばらまき続ける左目に加えて、右目までが同じように
低出力加粒子砲を秒間数百発という異様な速度で
撃ち始めた。
少しずつ命中率が上がるが、必中とはならない。
更に成層圏から飛来する弾道弾が落下コースに入りだした。
「かかった！ ライフルにエネルギー供給！ レイ、アスカ、攻撃準備！」
ミサトの鋭い声が、遂に終わりの始まりを告げた。
ＮＥＲＶ本部の核融合炉３基と、ジェット・アロンの核融合炉１基が
膨大な電力を超電導ケーブルへと束ねて送りだす。
迷
両目から低出力加粒子砲をばら撒きながらも、ゼルエルは
零号機を指向したまま、微動だにしない。
いや…できなかった。
『射撃可能まであと２秒』
「弐号機、突撃！」
グォォォン！
極限まで高めた力を解き放って、弐号機が再び音速突撃を敢行する。
一歩、一歩、踏み出す力が更なる加速を与えて、一筋の流星と化して
ゼルエルを目指す。
『射撃準備あと１秒』
これまでと比較にならないほどのエネルギーを抱えている零号機。
音速突撃で急速接近してくる弐号機。
零号機に叩きこまれたＮ２弾と同じようなミサイルが降り注ぐ状況。
ゼルエルは遂にミサイル迎撃のペースを落とした。
『スナイパーポジトロンライフル発砲可能』
「発射！」
ドシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
ピキィィィィィン
零号機の発砲と同時にゼルエルが前方にＡ．Ｔ．フィールドを展開して、これを防いだ。
ラミエルへの射撃に匹敵するエネルギーを辛うじて受けきるがすぐに消してしまう。
いや…意図的に消したのではなく、維持できなかったのだ。
「ライフルへのエネルギー再充填！」
ミサトの命令で、再び４基の核融合炉がエネルギーを放出し始める。
既に撃ちだす陽電子の弾はない、しかし、日向ももうわかっていた。
ミサトが徹底的に判断に迷う状況を作りだそうとしていることに。
『うぉぉーーーーーーーー！！！！』
烈迫の気合と共にＡ．Ｔ．フィールドに覆われたアクティブソードを振り被り
触れる物全てを叩き斬ろうと降ろされた。
戦いの場にあって、それはほんの一呼吸分にも満たない迷い。
全力防御すら揺るがした零号機の射撃。
その射撃と同等のエネルギーを再び高めつつある状況。
刀身にＡ．Ｔ．フィールドを纏って襲いかかる弐号機。
天空から秒速数キロにも達する速度で迫る、Ｎ２弾よりも大きなミサイル群。
停
左腕が先ほどのように引きあがって弐号機の刃へと向かう。
最初の時よりも明らかに出遅れた迎撃。
簡単に脅威の優越を付け難い状況が判断を鈍らせていた。
しかも、先ほどと違って先端の赤い輝きが高まらない！
スナイパーポジトロンライフルの射撃を防いだ影響だった。
キン
アクティブソードとゼルエルの左腕が拮抗したのは一瞬…
ズバババババァァァァァァァァァ
薄い腕を斬り裂き、勢いを止められることもなく、
弐号機はアクティブソードを地面まで振り抜ききった。
…バキッ
振り降ろした姿勢のまま、動きが止まった弐号機。
…その手に持つアクティブソードは……刀身が折れてなくなっていた。
ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥーーーー
ゼルエルの強固なボディを肩口から絶った巨大な切り口から
噴水のように体液が飛び散り、浮遊体勢が崩れ、地に落ちる。
ズズゥゥゥゥゥン
身体を二つに分けようとするかのような太刀筋。
しかし、コアに届く前に、アクティブソードは負荷に耐えられず
刀身が折れてしまっていた。
シュル…ズシャァァァァ
緩慢な動きで、右腕の先端がボディに食い込んでいる刀身を包み、
引き抜いて捨てる。
ズズゥゥゥン
「弐号機パイロット、脳波微弱！
シンクロが維持できず解除されました。
生命維持装置活動レベル最大！」
弐号機が攻撃に使ったＡ．Ｔ．フィールドの刃…それは弐号機とアスカの心そのものだった。
ゼルエルのＡ．Ｔ．フィールドと激突し、それを打ち破った時
…刀身の赤い輝きも、蝋燭の炎が吹き消えるように失せた。
エントリープラグ内のアスカは糸の切れた人形のように
身動き一つせず、生命力に溢れていた蒼い瞳は輝きを失っていた。
＊
ドォン、ドォン、ドォン、ドォン
終端誘導を持たない弾道弾が次々に戦闘地域に落下して爆発する。
遅れてきた巡航ミサイルも、フィナーレを告げるように哀れな爆発音を奏でる。
どれも零号機が放った弾丸のようにゼルエルに向けてホーミングはしなかった。
それどころか、着弾位置もばらばら、威力など無に等しい。
…人類最後の奇策も、種が割れてしまった。
撃
ドゴォォォォン
ゼルエルの右目が輝き、撃つ弾がないままスナイパーポジトロンライフルを
構えていた…もはやその場から動くこともできなかった零号機の胸を狙って
撃ち倒した。
ズズゥゥゥゥゥゥン
「零号機、活動停止！
パイロットの生命活動、危険域です！！！」
受身すら取れず、零号機は背から崩れ落ちた。
発令所に表示される管理ウィンドウは既に赤い機能停止を示す表示より酷く、
零号機のほとんどの部位が反応なし――制御信号すらこないほどの破損――に
陥ったことを示している。
マヤの報告も、もはや悲鳴に近かった。
人類の守護神たるエヴァは２機とも動くことはなく、
二人のパイロットも命の灯火を繋ぎ止めることすら危うい。
それほどの犠牲を払ったにも関わらず、ゼルエルは大きな打撃を受けたものの、
コアを壊すどころか、傷つけることもできなかった。
高空を飛行していた爆撃機部隊も加粒子砲の雨の前に
破片を撒き散らして、空に散った。
…第３新東京市も、ジオフロントも正常動作している機能がほとんどない。
異常を示す警告表示がモニター群を埋め尽くしていた。
「初号機をダミープラグで起動させて。
戦線に投入し、使徒を撃破します」
使徒を眼前にして、動くかどうかも分からぬモノを使え、と命じる。
それは、Ｏ９システムと言われたエヴァ初号機を迎撃に持ちだした
サキエル戦の再来とも呼べる状況。
ミサトはかつてのゲンドウと同じように、
厳然とした口調で次にやるべきことを告げた。
…けれど、その言葉を聞いた者はもうわかっていた。
初号機は決して、ダミープラグでは起動しないだろうことを…。
＊
『零号機、弐号機共に行動不能。
救急作業班は救助の準備を行ってください』
ＭＡＧＩの声がケイジに響き渡る。
『初号機をダミープラグで起動！急いで！』
携帯モニターにリツコの切迫した顔が映る。
多大な被害を与えた今、畳み掛けなければ復活してしまう。
なにより、自分に被害を与えたエヴァ２機を見逃すとも思えない。
「し、しかし、まだダミープラグを初号機が受け付けません。
それに……既にケイジに初号機パイロットが到着しています」
『なんですって！！！？』
技術部員の言葉に、リツコは画面に背を向けた。
ミサトにその事実を伝え、判断を求めて。
シンリが、ゲンドウの襟元を掴んで近づくように求めた。
何か話しかけようとしている。
喉を怪我したままのシンリの声はとても小さく聞き取りにくい。
けれど、激しい振動と、騒音の中、その言葉は確かに届いた。
…ゲンドウの心に。
「ボクはまだ…初号機のパイロットだよ…ね？」
どれだけの想いが込められた言葉だっただろう…
凍りついたゲンドウの顔。
抱えている腕が緊張に固まった。
＊
不規則な振動と騒音が渦巻く中、初号機出撃のために
技術部員達が作業機械を操って、懸命に作業を進める。
「碇司令！」
技術部員の騒音に負けじと呼びかける大声が
現実に注意を向けさせた。
既に初号機をケイジに縛り付けていた拘束具が撤去され、
後はどちらのプラグをつけて運ぶか…という状況だった。
通常のエントリープラグと、完全密閉されている
ダミープラグが用意されている。
凍りついたゲンドウの表情が壊れた機械のように
ゆっくりとぎこちなく動いた。
「初号機…出撃だ」
抱きかかえたまま運び、エントリープラグにシンリを横たえる。
技術部員達が忙しなくセット作業を進めた。
「…我侭言って…ごめんなさい」
ハッチが閉まる寸前、ゲンドウは確かにその言葉を聞いた…。
ゼルエル戦その３、終了です。
次回をお楽しみに…。
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