第１９話「大切な人のために」Ｆパート

　少年は銀色の髪をかきあげながら、停電で何も映さない監視カメラに
　いつものアルカイックスマイルのまま、話し掛けた。

「使徒（ぼくたち）にも得手、不得手はある。
　不意打ちの時は１２層、くると判ってＡ．Ｔ．フィールドを
　展開しても、１０層を撃ち抜かれたのがその証拠さ」

　部屋を覆う微弱な気配の変化を感じて
　カヲルは相手がその意見に同意したと判断する。

「ゼルエルはリリンの手に余るかもしれない。
　いや、２機のエヴァが敗れた以上、その可能性は高い。
　キミの隠遁生活もこれまでになく脅かされているわけだ。
　それは僕にとっても好ましくはない。
　そこで提案だが、…この後の行動に目を閉ざして欲しい」

　　詳

「僕もキミに倣って、共同作業をしてみるつもりだ。
　これほどの難敵だ。彼とて参加するだろう。
　なんと言っても、彼はご主人様が大好きだからね」

　心底、嬉しそうな口調で揶揄する。
　もちろん、侮蔑するつもりはない。
　自分の行動とて、根は同じなのだから。



　　…部屋を覆っていた微弱な妨害の力が全て消え去った。


「さすが、唯一、共存を選択しただけのことはある。
　話が早くて助かったよ…」


　　カヲルの赤い瞳に力が灯る。
　　今まで隠蔽していた内なる力…。

　　愕

　それはイロウルがこれまで観測したどの時よりも
　遥かに力強いものだった。

「少しばかり強化したこの程度の力に慌てて欲しくないな？
　バルディエルのときはキミの妨害に止められたが、
　…自己修復だけであんなに長期間、弱ってたわけじゃない。
　どう能力を進化させるか、迷っていたのさ」

　マナに確認してもらい、自信を深めた新たな能力の方向性。
　単なる物理的な能力ではなく、考え方の切り替え…。
　それは、単体である使徒にとっては、進化と呼ぶに相応しい
　ものだった。

「さて、では行くよ。
　…そして、キミは僕の行為を見て驚く」

　カヲルは予言めいた言い回しをすると、
　周囲を見まわし、鼻歌交じりに一歩踏み出し…消えた。


　　慌


　支配下にある全センサーが彼を見失い、
　戦闘領域の上空に、忽然と何の前触れもなく、
　最初からそこにあったかのように佇むカヲルを発見した。
　肩に、なんとも不機嫌そうな白い小猫を乗せて。　

　
　３基のＭＡＧＩから、機能不全に陥ったのか、
　問い合わせを受けている。

　らしくもなく…思考の空白に陥ったこと気付いて、
　更に思考が空回りする。

　…カヲルの言葉通り、確かに「驚いた」ようだった。

　壊れ果てたケイジにできるだけリニアカパタルトの搭載台を近づけて
　初号機を起動させる…いざというとき、すぐ射出できるように。
　…しかし、ゼルエルの新たな狙撃はなかった。

　　緊急発進は初号機への負担になるが…なぜ？

　ミサトの脳裏に疑問が生まれる。

「ミサトさん…上にあげてください。
　説得はしますが…駄目なら倒します」

　起動してからわずか数秒…それで何がわかったというのか。
　シンリの声には、説得を諦める音色が含まれていた。

「シンちゃん……！？」

　自分に向けられた疑惑の問い掛けに苦笑した。

「…二人が弱らせた今なら、ボクでもなんとかなります」

　数秒間、感知したゼルエルの心、その移り変わり。
　それを言葉にするだけで、多くの時間が必要に思えた。
　そして、今、その時間が惜しい…。

　どう説明していいのか言葉に迷った末に
　ミサトが知りたいであろうことだけ言葉に変えた。




　　…大言壮語をするような子ではない。


　それに、手負いのゼルエルを放置できるわけもない。
　作戦部の操作で、リニアカタパルトが打ち上げられ、
　初号機は地上へと降り立った。

　シンリは無造作に初号機を前に進めた。
　…ゼルエルから伝わってくる気配が、初号機のことを
　攻撃対象として認識することすら値しないと判断して
　いることを示していたから…。

　ゼルエルは、ゆっくりと浮上、弐号機から距離を離し自己修復中。
　もっともその心は常に倒れた２機のエヴァから離れない。
　何かあればすぐにでも、そうでなくても自己修復が終われば
　攻撃するつもりのようだった。



『キミは強いね…今まで現れたどの使徒よりも』

　　零号機と弐号機の連携攻撃でも倒せなかった、という事実の確認。
　　戦闘中なのに気配が感じ取れない２機のエヴァを見て、瞳が哀しみに染まる。



　偉

　　難敵を屠った、という達成感に酔いしれているのか。
　　シンリの心に褒め称える気配がまるでなかったことに
　　気付くことはなかった。



『でも身体は誰よりも強いのに…心は弱い…誰よりも』


　　シンリから送られる触れるだけで消え去りそうなレリエルの繊細なイメージ。
　　しかしそれでも、よくわからない相手に興味を向けて
　　手元に取り寄せてみよう、という前向きな意志があった。

　尊

　　返って来た反応は、内に篭って出てこれずに自分の身体を捨てた存在と
　　比較され、劣っていると断じられたことへの強い不満。
　　そして、自らへの絶対的な自信、疑念すら発しない…柔軟性のない心。



『本当に強いなら…少し強い他者がいても放置できるはず。
　なのに、キミは排除することしか考えない。
　他者がいることに耐えられない…不安になるから…
　だからキミの心は…弱い』



　剛

　覇気を強め、周囲に倒れる強者達の中で自分のみが
　動いていると、己を鼓舞する。



『見て……君の周りには誰も残らない。
　君のやり方じゃ、誰とも仲良くはなれないんだよ』



　正

　同じ光景を見ても、感じることがこれほどまでに違う。
　…示された頑な意志に、シンリは嘆息する。



『還って…できればキミを殺したくない』



　蔑

　伝えた意志はよほど滑稽に感じられたようだった。



『…キミが言うように傷ついた初号機もボクも
　戦う気が起きないくらい弱いね』

　妙

　　自分の強さを理解しているのに全く敗北を考えない…
　　それが無理解や、何度かやられたブラフでないことを
　　感じたゼルエルは初めて疑問を抱いた。



　　　この相手は何か変だ…と。



『でもね、…それでもキミは殺せるよ』

　　　　両者の間を沈黙が通り過ぎる。

　　　シンリは、ゼルエルにもはや望むものはなにもなく、
　　　期待することもなく、ただ、ただ、その振るまいを見ている。


　　　その様子はそれまでの相手とまるで違っていた。

　　　敵意を剥き出しにしているわけでもなく、
　　　恐れているわけでもなく、逃げているわけでもなく、
　　　ただ、そこにあって、揺るぎなき確信をもって告げる。

　　　「キミを殺せる」…と。


　　　先ほどの弱った零号機より、更に小さな力。
　　　なのに、負ける、という想いなど片鱗とてない。


　　　　　　弱いのに。



　　　　　弱いはずなのに。



　　　　　弱い…はずなのに。



　構


　傷ついた身体を修復するのを完全にやめて、更にＳ２機関の出力を高める。
　…ゼルエルが戦いを選択した瞬間だった。

　シンリは告げた…キミは弱い、と。
　ぼろぼろに傷ついた初号機など、身体を大きく切り裂かれた今のゼルエルと
　比べても、それでも、やはり性能面でいえば、かなり弱い。

　なのに、そんなものが目の前にいるだけで…
　恐れを抱かずに立たれるだけで、耐えられなくなる心。
　攻撃し消してしまうことを選択してしまう…それこそが弱い。


　初号機を通して感じ取る脅威、それが己が心の投影された姿だと…
　…その程度のことにすら気付けずに。


　強大無比と思われた鎧も切り裂かれた。
　守りをもたず、対峙した…その時。


　喉の渇きに襲われた者が水を求めるように、心が安全を求めた。
　身に降りかかる…可能性すら全て排したい、と。



　消

　　　ズキュゥゥゥゥン


　　右目から今の初号機を消し去るに十分な威力の加粒子砲が放たれた。
　　今まで誰も避けることのできなかった自信の一手。

　　しかし、半身になって回避しつつ初号機は踏み込んできた。



　焦

　　　バリィィィィィン、ズキュゥゥゥゥゥン

　　右目から再び加粒子砲が放たれるが、直前にコアに対して
　　初号機が放った前蹴りのせいで姿勢が崩れ、射撃は外れてしまった。

　　　２機のエヴァと戦った時には無かった１発目と２発目の間。
　　　圧倒的な火力を持つ加粒子砲を３連射できた時ならば、
　　　例え、初号機が１発目を回避しても、２発目が胸を撃ち、
　　　３発目がダメ押しの一撃を加えていたはず。

　　しかし、半身が動かないほどの損害を抱えているせいで、
　　２発目を撃つ前に、致命的な溜めの時間が生まれてしまった。

　　初号機が前蹴りを放つのに十分な時間が…。



　　　バラバラバラ…

　　シャッターが陶器のようにあっけなく砕け散り、
　　赤いコアが剥き出しにされてしまう。

　　　Ｎ２弾の直撃と、シャッターに弐号機の斬撃が
　　　入れていたかすかな罅割れで強度が落ちていた。



　怖

　　　ピキィィィィィィィィィン

　　反射的に、Ａ．Ｔ．フィールドを展開する。
　　弐号機の突進すら止めた絶対防御…しかし、初号機は
　　体勢を崩されることもなく、発生したフィールドに手を当てて
　　押される勢いに逆らわなかった。



　　絶対防御の向こうから、様子を窺う初号機の姿。
　　弱いはずなのに倒すどころか、傷つけることもできない。


　　　…弱いのは誰か


　恐


　　　ピキィィィィィィィィィン


　　力の配分すら考慮せずに、Ａ．Ｔ．フィールドの強度を更に強める。
　　強めずにはいられなかった。

『還って…』

　　深い哀しみの心が拒絶の壁をすり抜けて直接届く。



　　　どうしてキミは…弱い相手は見逃す…そこまで考えられたのに
　　　少し強い相手でも様子を見る…それができないの？


　　　　わからない相手をそのまま放置できない…の？



　　…シンリの問い掛けは、今、展開しているＡ．Ｔ．フィールドでは防げない。
　　意識を逸らせず、初号機の振る舞いを知ろうとする心がある限り。
　　そして…傷すら負わせられない不可解な難敵を前に、心を内に向けて
　　外界を完全に拒絶するなどという…そんな恐ろしいことができるはずもなかった。




　燥


　　高めたＡ．Ｔ．フィールドのせいで少しずつ余裕が失われていく。
　　傷ついた身でこれほどの強さを維持し続けることは無理があった…。
　　しかし、強度を弱める、という選択肢は…無かった。






　　　時間だけが無情にも過ぎていく。


　　目の前の初号機は現れた時と同じ姿で隙を窺っている。
　　絶対防御を展開しているはずなのに追い詰められている。



　　　いずれ尽きるであろう己が力。


　　外部展開しているＡ．Ｔ．フィールドを維持できなくなるほど
　　力が弱まってからでは、もはや何もできずにやられてしまう。



　　　弐号機を迎え撃った時のように。



　　僅かに弱まっただけだったはず…なのに、あと一歩で滅びるところだった。
　　切り裂かれた左半身はまったく動かすことができない。



　　　焦る意志が手詰まりになる道を拒絶した。




　嘆


　　　ヒュン！

　　展開していたＡ．Ｔ．フィールドを解除した瞬間、
　　残りの力を全て振り絞って右腕を持ち上げて、初号機を切り裂こうとする。


　　　しかし、その先端に輝く刃の光は鈍い。


　　守りに気を取られて、ただでさえ弱まっている力が
　　更に目減りして刃となったために。


　　　腰が引けた攻撃だった。


　しかも、Ａ．Ｔ．フィールド解除から攻撃に移るまでの動きも
　最初にＮ２弾を受けた時はもちろん、ポジトロンスナイパーライフルを防いだ時よりも、
　更に…致命的に初動が遅れている。

　　　　グッ、ドゴォォォォォォォン

　　加粒子砲を避けた時のように自然に前に踏み出しつつ回避し、
　　全身の勢いを伝えた掌底がコアに叩き込まれた。





　　　　バキバキバキィィィ…ズズゥゥゥゥゥン


　　赤いコアに太い亀裂が走り、浮遊状態すら維持できなくなり
　　再び、ゼルエルは地に落ちた。





　　　カシャン



　　ウェポンラックが開き、複雑なギミックが稼動して
　　内蔵されているプログレッシブナイフを飛び出させる。



　　　初号機の右手がソレを引き抜くと、刃が高周波振動を始めた。



　　その形状から…用途は、ゼルエルとてわかっていた。
　　あの弐号機が振りかざしたモノと同じように…
　　…相手を斬り裂くためものだと…




『さようなら』

　　哀しい想いを乗せて、刃が振り下ろされた。






　喪


　　………しかし、滅びの瞬間は訪れなかった。
　　拒む心がＡ．Ｔ．フィールドを作る…それすらできる力は残ってなかった。
　　あの刃が止まるはずがなかった。




　　　ゼルエルの意識が外へと向かう。



　そこには、コアの寸前でナイフを止めたままの初号機の姿があった。
　身体を斬り裂く攻撃を放った姿勢のまま、彫像と化している弐号機のように。




　　戦場から音が消えていた…。

ゼルエル戦その４、終了です。

ちと、一念発起しまして、エヴァＩＳ第１話Ａ〜Ｇパートを
全体的に手を入れてみました。やはり作品の入り口なので、
最低限の体裁くらいは整えようと考えました。
第１９話終了後は、ちと、残りについても同程度の補正を
していこうと思います。
あんまり品質が低いと、読む気が失せますからね…（＾＾；）

次回をお楽しみに…。