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すっかり生活感漂う雰囲気になったケイジの制御室。
ほとんど缶詰状態で仕事に没頭してきた技術部の精鋭達が
モニターに映るＭＡＧＩのシミュレート結果を見て、
安堵の溜息をついた。
自然と、室内にいる者の視線が一人に集まる。
トレードマークのひとつである金髪に染めた髪も、
この一ヶ月ほどで伸びて、根元の２ｃｍほどが
元々の黒髪になっている女性…リツコである。
化粧っ気のない顔は以前よりやつれたように見える。
「全員、３時間の仮眠を命じます。
明日は本番よ。…成功させましょう」
「「「はい」」」
…まだ計画ができただけで、やり直しのきかない本番が待っている。
しかし、一ヶ月前には形にすらなるのか、という不安すらあった中で
なんとか、成功への道筋が明確になったのは感慨深いものがあった。
礼をして出て行った部下達を見て、リツコも少しだけ微笑んだ。
まだ残っているマヤが手渡してきたコーヒーカップを持ち、
椅子に深々と座り込む。
「なんとか一ヶ月でできましたね」
それまでの勤務よりも更に密度の濃かった一ヶ月。
平均睡眠時間も２時間を切る激務はかなり堪えていた。
「１０年前の実験済みデータがなければ
とても形にはならなかったわ」
目元を揉んでいたリツコは、コンソール卓を操作して、
暗記するほど読んだ資料を表示させる。
「エヴァの開発中にあった…ことですか」
「まだ、ここの入る前のことよ。
母さんは立ち会ったらしいけど、私もデータしか知らないわ」
当時のことを知る者は技術部でもごく僅か。
先ほどまでこの場にいた部下達がその大半を占める。
意識して、そのデータが示す意味を考えないようにしてきた。
そんなことに悩む時間などないし、深く考えてしまえば、
心に暗い影を落とすことはわかりきっていたのだから。
「サルベージ計画の要綱」
二人が見ている過去のデータ。
エヴァの試験機を使い、人類史上、初めて行われたシンクロ試験。
参加したのは、ゲンドウの妻でありシンリの母親である女性…碇ユイ。
技術のほとんどが手探り状態の中にあった過去。
結果は、シンクロ値を維持できず暴走…シンクロ率は上昇し続けて…
シンクロ率４００％
エントリープラグ内に実験開始時に座っていた女性の姿はなく…
シンリの場合と違い、完全に溶けて消えてしまっていた。
ＮＥＲＶの前組織であるゲヒルン、その所長でもあったゲンドウは
ユイは死んだのではなく、エヴァに取り込まれただけだ、として
サルベージ計画を立ち上げた。
人体イメージを再構成し、ユイの意識を定着させて心を呼び戻す。
夢物語のような…それでも当時の理論上からも、成功確率をゼロとは
言い切れない…そんな計画だった。
…そこに書かれていた最終結果。
それは失敗を示していた。
――＊――
ジオフロント内、食堂内のキッチン。
その一角で、二人の少女が切り終えた材料を確認していた。
「ごはん、ネギ、ニンジン、卵、ハム、と。
塩、コショウ、醤油、お酒も準備よし。
マナ、鍋のほうはどう？」
すぐ取れる位置に置いたものをレシピを見ながら確認。
「少し煙が出てきたからＯＫ」
家庭用のコンロでは出ない火力で熱せられた中華鍋は
表面の空気が揺らぐぐらいになってきてる。
油を鍋肌に馴染ませて、余分な量は戻して準備完了。
「じゃ、調理開始！」
アスカが手際よく卵を入れて、半熟手前くらいに。
ジュー、ジュー
「次、ご飯を入れて手早く炒める！」
ガコ、ガコ、ガコ、ガコ
入れたご飯を、お玉で崩し、火力にモノを言わせて
１粒、１粒をばらして卵でコーティングするように
すばやく混ぜ合わせる！
ここまでまだ３０秒！
その後、ネギを入れて更に炒め、香りが出てきたのを
確認して、塩を一振り。
「ハムとニンジンを入れてぇ！」
ガコ、ガコ、ガコ、ガコ
焼きムラが出ないように、鍋を振って、炒める面を変えて
一気にラストスパート！
まだ２分と経過していない！
「醤油、お酒を鍋肌から入れて、
コショウをさささっ♪」
香りが移る程度、ということで、醤油とお酒は隠し味。
コショウを全体にさっ、と振りかけて、全体を一混ぜ。
ジュ〜〜〜〜
「で、盛り付けて…完成♪」
中華鍋を片手で持ち上げて、お玉で掬いだして
二つのお皿に、ホカホカと暖かいチャーハンが出現♪
鍋にすぐ水を入れて洗い、火を止めて調理終了。
二人はカウンターに料理を持っていった。
「「いただきます」」
訓練が終わった後の僅かな時間で料理が完成。
それは、育ち盛りの二人にはありがたいことだった。
「お疲れ様、アスカ。
でも、なんで中華？」
スプーンで一口。口の中でぱらぱらと分かれるご飯は
１粒ずつ卵味がちゃんとして、食感もいい感じ。
「煮込み料理も好きなんだけど、ほら、中華料理って
材料を揃え終わったら、あっという間にできるじゃない？
なんか、気持ちいいのよね！ 調理してても」
荒れ狂う炎を御して、短時間で火を通す調理法は
アスカの感性にかなりマッチしているようだ。
そのまま食べるが、アスカは視線で、出来がどうか
言え、言え、とプレッシャーをかける。
「ん、いい感じだと思うよ、私は。
最初は、炒め過ぎて焦げてたけど、
今はちょうどいいもん」
笑顔で空っぽになったお皿を前にしていれば、
その言葉にも説得力がある。
「しょ、しょうがないじゃない！
ミサトの家のとは火力が違うんだから」
そう、アスカは家庭用コンロでしか調理をしてことがなかった。
そのせいで、初日は、それはもう火が通り過ぎて、炭のような
酷いものができたのである。
目標達成、ということもあって、二人の視線は
自然とカレンダーへと向かう。
ある日付に蛍光ペンでマークがつけてある。
シンリが在宅治療を許されて帰ってくる、とリツコが告げた日だった。
――＊――
円形に１２の漆黒の石版が浮かぶ仮想会議室。
触れた生物を進化させるという正確に１対４対９の比率の物質…
鈍く輝く赤い文字が記され、１２枚の石版には番号が付与されていることがわかる。
秘密結社ゼーレ。
その円卓会議の場だった。
「０１」と描かれた石版が言葉を流す。
「３ｒｄのサルベージは目処が立ったようだ」
声の主はキールだった。
「だが、１０年前の計画をベースにしているというではないか」
「溶けだしたものを集めて固めれば元に戻る。
…人間がそんなに都合のいいものとは思えんがね」
「サルベージが失敗した場合は新たなパイロットを選出となろうが。
…成功したとして、それが元の３ｒｄだとどう判断する？」
「調査する者達が、相手が３ｒｄだと判断するならば、
それを３ｒｄと認識するしかあるまい」
「チューリングテストかね、随分、古めかしいものを」
「だが、かと言って、神に神託を求める訳にもいくまい？」
神…その言葉に場の空気が淀む。
「５分から無限大。現出してしまった神は
我らの意志に沿う動きをしてくれるのか？」
己の意志で動き、外部との交流を一切必要とせず、
存在し続ける圧倒的な力を保有した存在。
それは理性を超えた部分に激しい恐怖を与えていた。
「０１」と書かれたモノリスが厳然とした声で割り込む。
「古来より神は、常に我らの手の届く世界の外にいた。
”世界”が地中海周辺までと考えられていた頃はその外に、
山脈、海原で人の行く手が遮られたらその先へ、
決して届かぬ空の彼方にいる、と信じられた。
世界が”地球”になった時は、取り巻く宇宙の先へと去り、
人類が活動の場を宇宙へと僅かに広げた際には、
物理的な距離ではなく、存在する空間、次元が違うとされた。
…理論的に、宇宙誕生に神の存在が必要でなくなった今では
神は、多くの世界が生まれ消える、その大元となる仕組み、
それを作られた、とされ、遥かに遠い存在へと姿を変えた。
…触れられる神など、神ではない。
少なくとも、”我らの”神ではない」
古来、どの宗教においても、神は遠く、そして身近な存在だった。
猫の額ほどのちっぽけな土地を”約束の地”と称してみたり、
預言者を通じて意志を伝えようとしてみたり、と
手段は様々だが、２０１５年現在、考えられているような世界を創造する神、
それに比べると、なんとも庶民的な感じが漂っている。
今日、記録的な災害が発生しても、それを神の仕業と恐れる者は少ない。
小さな一地方にとっては突然の災いでも、地球規模の観測網があるから
それは、予想される災いなのだ。
偶然の重なる様を、神の意志、と言うのは否定しようもないが、
そこにある種の意志体による介在があるとすれば、
それは随分と暇な存在なのだろう、とは言える。
宇宙はこれほど広く、１０００億を超える銀河があり、銀河は何千億もの恒星の集まり。
そして、その恒星の周囲には大小、様々な惑星が周回しており、
銀河だけでも、惑星級天体の総数は砂漠の砂粒ほどに多い。
そのような中、ひとつの惑星の表面上を這いずることしかできない生物群の中で、
更にその１個体の行動に関与しよう、などとは。
深海で熱水の噴出するチムニーに群がり、その周囲１０ｍほどの閉じた環境で
生き続ける貝類のことを人類は笑うことはできまい。
人類は、この広い宇宙の中で、ひとつの惑星にしがみ付いて、
そこの中だけで辛うじて生きていくことができているのだから。
人間にとって大きな力を持つ相手だろうと、
大宇宙から比べれば、塵みたいなものだ。
キールの言葉で出席者達は落ち着きを取り戻し始めた。
そう。
これは、非常に限定された、ローカルな話なのだ。
わざわざ”世界を創造する神”にお出まし願うような話ではない。
「あと一週間もすれば、零号機、弐号機の配備も再開される。
我らは、我らの計画を進めるとしよう」
「では、配備再開をもって、極東地域への戦力偏重は解除。
…それでよろしいですな」
エヴァがなくとも、使徒を迎撃できるように。
使徒に効果があると思われる大型兵器類のみを
極東地域に移動させていた特例措置も終わる。
軍事バランスの急激な変更は、かなり危うい兆候を生み出していたのだ。
独立を願い、現状に憂う輩にとっては、使徒の襲来など関係ない。
…いつまでも未来が続くなどと信仰しているが故に。
できるだけ速やかに軍事バランスは回復しなければならない。
参加者達は、その意見に賛同の意を示した。
――＊――
地底湖の見えるジオフロントの森の丘。
レイは独り、波一つない湖面を眺めていた。
昨日、退院したが、包帯に覆われた姿は痛々しい。
それでも、表情からは不調は感じられなかった。
周囲が、何の前触れもなく急に深夜よりも暗く代わった。
「………無粋ね」
ぽつりと、背後に投げかけた言葉。
しかし、唇は動いていない。
力ある言葉を相手へと送る…それは人にはできぬ技。
月明かりに照らされている木陰から白銀の髪の少年が現れた。
力の行使を示す赤い瞳に宿る、内より溢れる僅かな光。
「邪魔をして悪いと思っているよ。
ただ、二人きりで話がしたかったんでね。
時間に干渉させてもらった」
カヲルは何でもないことのように非礼を詫びた。
足元の落ち葉を踏んだ音は、まだ数ｃｍしか進んでいない。
半径５ｍ…カヲルを中心とした空間だけが異質。
時間は、カヲルの力の影響で、ゆっくりと流れていた。
この場で自由に動けるのは同じように”世界”に干渉できる者だけ。
「…明日、シンリくんのサルベージ計画が行われる。
僕達、チルドレンには秘密にされているが、
君も知っているのだろう？ そのことを」
「…えぇ」
「僕達のことを考えての情報隠蔽。
でも、それはよりよい選択だろうか。
少なくとも、僕は不愉快だ。
重要なことを隠され、庇護される。
けれど、僕達は…他人がどう思おうと当事者だ。
知る権利はある。…他の誰よりも」
カヲルの言葉に色濃く表れた不信感。
少年らしい潔癖な心が生んだ若い考えと笑うだろうか。
「個人が寄り添い、形作られる集団。
集まることで生まれる全体としての意志。
それが、リリンの心。
脳細胞の一つの動きを見ても心は見えてこない。
けれど、人としてみた場合、確かに心はある。
…同じことだわ」
少し方向性を変えた答え。
レイは、漠然と感じた感触から、カヲルの言うことが
特定の誰かを指しているのではないと思い、
その考えに釘を刺した。
「限定された意思疎通、限られた認識能力。
勝手気ままに動く個体、協調性のない群体。
僕にはわからないよ。
…リリンが何を考えているのか」
知れば知るほど、不可解な存在。
自分が”単一”存在だからこそ感じる疑問なのだろうか。
それすら、カヲルにはわからなかった。
初めてこの世界に来た時、ゼーレの行いを愚かに思った。
高みに立つ者にしか見えない視点から考えれば、
叶わぬ願いを抱いているように感じられたから。
けれど、今、同じ状況で同じことを言えるだろうか。
あれは無知故に言えた台詞だったのかもしれない。
「貴方は”渚カヲル”よ」
大切なのはそれだけ。
「君は…綾波レイなんだね。
僕よりもよほど完璧に」
羨望すら混じる言葉。
純粋で揺ぎ無い意志に惹かれる少年らしい想い。
自分はそうはなれない、と感じる直感。
「私は…望まない結果は認めない。
覆す方法があるなら…躊躇わないわ」
背を向けたままのレイの呟き。
…表情の見えないカヲルにはわからなかった。
レイが、どれだけの覚悟を持って、
その道を選ぼうとしていたのか。
サイト管理用ファイルの破損などもありまして、
更新がだいぶ滞りましたこと、お詫びします。
サイトの維持、管理もやってるならやっているなりに、
やらないなら、やらないで他に、することを見つけるもので。
気がつけば一ヶ月もあっという間に経過してました。
昔のように、忙しいと理由をつけて半年とか放置しかねないので
ちょい、気合を入れ直してみたんですよ（＾＾）
やはり人間、時間があっても、やるとは限らないものです。
逆にやる気があれば、時間がなくても、やりくりしてなんとかしちゃう。
不思議ですよね。
さて、第２０話ですが、残すところあと２パート。
２パート。見直しをかけてみたら、どうしてもあと２パート必要と
いうことが判明しました。Ｈパートがサルベージ実行部分、
Ｉパートが後日談、の予定です。
では、次パートもお楽しみに。
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