☆スポンサーにも訪れてくださいね☆
ミサトの自室。
そこに珍しく黒服の諜報部員が２名来ていた。
廊下には、更に２名が控えている。
「…拉致されたって、副司令が…！？」
「今より２時間前です。西の第８管区を最後に消息を断っています」
「うちの所内じゃない、あなたたち保安諜報部は何やってたの！？」
「身内に内報および先導した者がいます。
その人物に裏をかかれました」
ゼルエル戦の被害で、第三新東京市は手酷い被害を受けている。
仮復旧箇所の多くでは、システムの冗長性が失われている。
それは、相互補完能力の機能低下を意味していた。
「諜報２課を煙に巻ける奴？ ――まさか！！？」
「加持リョウジ。
この事件の首謀者と目される人物です」
同行していた加持、それと副数名のガードも一緒に行方不明だ。
救援を求める間もなく拉致された、と考えるよりは、
ガードの中に、或いはガード全員が内通者だった可能性が高いと
考えるほうが無理がなかった。
「…で、私のところにも来たわけね」
「ご理解が早く、助かります」
ミサトが差し出した銃とナイフを受け取る。
「作戦部長を疑うのは、同じ職場の人間として心苦しいのですが
これも仕事ですので」
「彼と私の経歴を考えれば、当然の処置でしょうね」
「ご協力感謝します。お連れしろ」
廊下に待機していたガード２名がミサトに先行して歩き出す。
あくまでも任意同行なのだ…というか、もしミサトが共犯と
本気で疑うなら、背など恐ろしくて向けられるはずもない。
これが彼らのできる精一杯の信頼の証だった。
――＊――
手摺りからそっと、手を離して、１歩ずつ慎重に。
ちょっと予定外だったけど、シンリさんがきてくれたから
一ヶ月の歩行訓練成果のお披露目中。
シンリさんの左手が微妙に上がりかけては、止まる。
できるだけ、手を出さないでおこうという優しさ。
それがちょっとだけわたしに力をくれる。
「…っ」
がんばれ、わたしの脚！
よろけそうになるのを抑えて、一歩ずつ。
「…ゴール♪」
最後まで歩けた瞬間、微笑んでくれた。
背中がくすぐったくなるような素敵な気分。
で、気が緩んだら、脚まで気が抜けちゃった。
姿勢が急にふらつく…。
ばふっ
「っ！ だ、大丈夫！？」
上を見上げれば、心配そうなシンリさんの表情。
わたしを掴み損ねて、宙を泳いだ左手。
でも、そのまま踏み込んで、腕全体で抱えて、
姿勢を戻してくれた。
結果として、わたしはぎゅっと抱きしめられているわけで〜
「気、気が抜けちゃって！
駄目ですね、これじゃ」
ちょっと頭を寄せて、包まれた感覚を満喫〜♪
「そんなことないよ。歩けたんだもん。
焦って、急がないで、ね」
心に静かに降り積もる言葉。
どきどき響く胸の鼓動がバレないか、とっても心配。
…二人揃って倒れこまないように、今まで手を抜いてたかと
思うくらい、脚はしっかり体を支えてる。
どっから沸いてきたのか、ちょっとだけ不思議な力。
時の流れを忘れるくらい素敵な時間だった。
ガチャ
「ナツミ、見舞いにきたで……って、何しとんねん？」
部屋にぞろぞろと入ってくる人達の足音。
馬鹿兄貴！
…っとは思ったけど、ちょっと薄目を開けて誰がきたかチェック。
馬鹿兄貴とヒカリお姉ちゃん。
後ろにいるのはケンスケお兄ちゃんと、カヲルさん。
ギュッ
僅かにシンリさんの体に緊張が走るのを感じた。
名残惜しいけど、手摺りに掴まって、もう平気、と伝える。
息苦しい沈黙。
そっと壊れ物を扱うように戸惑いがちに動く紅い瞳。
記憶の姿をなぞるように、お兄ちゃんの姿を見てる。
…ヒカリお姉ちゃんから少し離れようとするお兄ちゃんの姿が見苦しい。
ほら、不機嫌そうな顔になったじゃない！
「えっと…」
なんて声をかけようか迷う音色。
お兄ちゃんだけを見て戸惑ってる。
その態度が、余計に割り込みずらい空気を感じさせた。
「…元気そうだね」
伝えたい想いを言葉に乗せて。
吸い込まれそうな微笑みと一緒に。
「あれから！ あれから一ヶ月や。元気にもなるで」
見てるこっちがハラハラするくらい調子のズレた返事。
ヒカリお姉ちゃんがいるのに、何、ほっぺた赤くしてのぉ！
シンリさんは友達として言ってんのよ！
どこか踏み込みづらい二人の雰囲気に、空気が軋む。
ピキッ
今、はっきりと、ヒカリお姉ちゃんとの間が罅割れたのが見えた。
「ヒカリお姉ちゃん」
「え？」
「ちょっとお手洗いに行きたいの。
一緒に行ってくれる？」
「え、うん。じゃ、行きましょ」
急に話を振られて、それでも、この中で女の子は自分だけと気づいて
慌てて、私のほうに駆け寄ってくれた。お兄ちゃんの手を離す手付きに棘がある。
焼き餅焼きなのが玉に瑕。
でも、ここは妹のわたしががんばらなくっちゃ！
「そんなにかからないから、座っててくださいね」
カヲルさんもいるし、外向けに笑顔、笑顔。
ケンスケお兄ちゃんを見ると、任せとけ、って顔をしてる。
さすが、話が早い♪
なんだかわからないって顔の馬鹿兄貴。
戻ってくるまでに、その間抜け面、直しとけ！
ギュッ！
通りすがりに、手の甲を目一杯抓って、睨み付けた。
――＊――
「何すんねん！」
閉まった扉を叩く小さな罵声。
まぁ、閉まった後、それに小声で言うあたり、自制が効いている。
ケンスケの表情から、なんか、問題があったらしい、とは悟っていた。
もっとも、その原因が理解できてないのは、始末に悪い。
ケンスケは、シンリとトウジの注目を集めてから話を切り出した。
「…二人とも相手を意識し過ぎだよ。
いつまでもそんなだと、周りが誤解するぜ？」
呆れた、と手でジェスチャーまで混ぜて。
「誤解？」
シンリはまったくわからず、きょとん、と聞き返した。
「女の嫉妬は怖〜いんだよ、わかるだろ？」
ケンスケは深い、深〜い溜息交じりに同意を求めた。
トウジは、ぐっ、と言葉に詰まる…どうやら心当たりがあるらしい。
「えっと…洞木さん…？」
考え込んだシンリは、簡単な消去法でヒカリの名をあげた。
でも、その口調は同意には程遠い。
ケンスケはそのズレた問いに一瞬、頭が痛くなったが、
ここ一ヶ月、治療のためにシンリは音信不通だったことを
思い出して、やっと納得のいく結論を得た。
「碇は、トウジと委員長の熱々な仲をまだ知らなかったのか。
入院してた一ヶ月の間に育まれた二人の恋！
後で、写真、見せてやるよ」
「写真やて！？ あかん！ あないな恥ずかしいもん、絶対、あかんで！」
トウジは茹蛸のような顔で、目一杯、体全体で拒否の意思を示した。
「…恥ずかしいって…」
シンリのケンスケを見る視線に僅かに嫌悪の色が混ざる。
「委員長も承認済み、２人で仲良く歩いてたりする時の写真とか。
いつもの面子で見てないのは、碇だけさ。 な、トウジ！？」
精一杯、顔中で笑顔を作り、トウジに同意を求める。
しかし、目に宿る光が、「誤解されるようなことを口にしたら
委員長にあること、あることバラすぞ、ゴルァ！」と…
有無を言わせぬ意志を叩き付けた。
「お、おぅ！ ケンスケの言うとおり、べ、別にやましいことはあらへん。
ただ、わいはあーいうもんは見せびらかすもんやない、と思っとるだけや」
これぞ阿吽の呼吸というべきか。
…まぁ、いい加減、学習効果が働いたのかもしれない。
認識のズレは初期のうちに修正しておかないと痛い目に遭う。
この一ヶ月で、ヒカリからずいぶんと念入りに学ばされたのだった。
「…そう。後で見せてね」
表面上、納得したような口調だが、どうみても判断保留といったところ。
「もちろん」
走馬灯も真っ青の速度で、許可済み写真の数々を思い出し、
”誤解”を招くようなものが含まれていないことを確認して
満面の笑みで、身の潔白を宣言した。
――＊――
「…どうしたんだ、カヲル？」
これだけの騒ぎの中、ずっと会話に入らない態度を不審に思い、声をかける。
「いや…。
シンリくん、もう体調のほうはいいのかい？」
カヲルは、極めて慎重に…言葉を選んで問い掛けた。
どこか…不安を押し隠すような表情で。
「ん、前よりは調子いいよ。どうして？」
そんなに不健康そうに見えるのかな…といった雰囲気。
質問の真意を掴みかねたようだ。
「早く、外出許可が出るといいな、ってね。
上手く自転車に乗れるようになったから、
サイクリングに誘いたいんだ」
「でも、ボク、自転車は乗れな――」
「酷いな、シンリくん。
僕の運転は、マナくんの折り紙付なのに。
あ、昔の話じゃなくて、ここ一ヶ月くらいの話で、だよ」
この前、試したことをシンリは知らない。
すかさずフォローして、笑顔で誘う。
そして、それまでの沈黙が嘘のように、カヲルは饒舌にシンリと話を続けた。
…漠然として捕らえようのない寒気に似た感触を、勘違いだと己に言い聞かせて。
――＊――
周囲に漆黒の石板が浮かぶ薄暗い室内。
「ひさしぶりです。…全く手荒な歓迎ですな」
中央の椅子に後ろ手に縛られた状態で冬月が口を開いた。
「０１」と表示されている石板が見当たらないことを不審に思いつつ。
『非礼を詫びる必要はない。
君とゆっくり話をするためには当然の処置だよ』
自分の為すことに疑問を抱くことのない者の声。
「…ふむ。議長の命令ではなく、皆さんの独断ですか。
相変わらずですね。私の都合は関係なしとは」
溜息が零れる。
『このような瑣末なことで、議長のお手を煩わせるまでもない』
『課題としている問題が急務なので、ね。やむなくの措置だ』
『判ってくれたまえ』
「委員会でなく、ゼーレのお出ましとは…」
秘密結社ゼーレはあくまでも裏から操るのを良しとするはず。
それが表立って動きだす、ということは行動の迅速化には寄与するが
裏にいることの利点を失うことにも繋がる。
それがわからぬほど愚鈍とは思えないが…。
『我々は新たな神を作るつもりはないのだ』
ゼーレが一枚岩でないことの証。
恐らく、この場に臨席するメンバー達は、永久機関を手に入れた初号機に
心底、恐怖しているのだろう。キール議長と違って。
あの御仁ならば、第一使徒アダムの分析データを元にコピーした
人造の「使徒」であるエヴァを指して「神」などとは称さないだろう。
その初号機とて、元の設計より、Ｓ２機関が１つ増えただけだ。
無補給で活動するＳ２機関、自己修復とエネルギーの物質化によって
メンテナンスなしに維持される身体、時の流れに負担を感じない強固な心。
だが、それが何だというのだろう？
それが！ その程度が神！？
多少、丈夫で長時間稼動できるというだけの存在ではないか。
だが、この場にいる者達は、たかが２０００年程度の歴史しかない
新興宗教を信仰し、それに疑問を抱かぬような輩だ。
「神」の定義について、ここで、議論をしかけても意味はあるまい。
そう考えて、肩の力を抜いた。
『ご協力を願いますよ、冬月先生』
「冬月先生…か…」
薄っぺらに感じる物言い。
対象に認識証をつける程度の想いしかないから感じる軽さ。
これがもし、他の者が言ったならどうだろう…。
碇ユイ、ゲンドウ
最近で言えば、シンリ、レイ。
彼らに「先生」と呼ばれたなら、自然とその呼称に相応しい対応をしようと、
背筋が伸びる。ある種の尊敬と、期待が、言葉に込められているからだ。
キール議長から言われたなら、自らを奮い立たせようとする気持ちが
沸いてくることだろう。あの御仁に「先生」と言われたのなら、
それに全力で応えねばならない、と心が踊る。僅かな恐怖と共に。
自分を囲む石板…その向こうにはゼーレの円卓会議に
席を連ねる者がいるはず。…だがＮｏ．２と言える者はいない。
現世にしがみつく俗物の臭いがぷんぷんしてくる。
だが、だからこそ、ある種の安心感もある。
人知の及ばぬ状況に置かれようとした時、やっと這いあがって
たどり着いた地から、再び地獄に落とされようという時に
…そして、そこから救われる道がある、と悪魔が囁いた時。
どう動くか、手に取るようにわかる…。
冬月は、そんなことに想いを巡らせつつ、石板達の言葉を分析していた。
その姿は、椅子に縛り付けられていてもなお、瞑想をしているかのようだった。
かくして、事態は急変し、冬月は囚われの身に。
次は昔話になります。セカンドインパクト前、冬月が助教授だった頃から
ＮＥＲＶが成立するまで。
では、次パートもお楽しみに♪
☆スポンサーにも訪れてくださいね☆