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神の元へと辿り着こうと、天まで届く塔を作り始めた人間に対して、
神は、分不相応な欲望を抱いた代償として、罰を与えたという。
人々は互いの言葉を乱された。
意志疎通の困難になった人々は天まで届く塔の建造という共同作業を継続することができず、
建設途上だった塔は放棄され、街の維持すらできず、四方へと散り散りになって去っていくことになった。
使徒と呼称された存在もまた、同様の方法をもって人々の結束に罅を入れた。
「無線による通信」という現代の言葉は、その意味を失った。
人類は危うい均衡によって、辛うじてセカンドインパクト前の文明レベルを保っているのだ、と。
…危険性を指摘する声がなかったわけではない。
セカンドインパクトによる壊滅的な被害から復興した、俄か作りの楽園「都市」は脆弱だった。
狭い路地、燃え易い家屋、容易に寸断されてしまう脆弱なライフラインである電気、ガス、上下水道、通信回線。
食料備蓄は十分とは言えず、孤立した地域の生存能力はセカンドインパクト前より絶望的に低い。
地球の温暖化に伴う海面上昇で、人類の生活圏は大幅に縮小した。
人口は激減したが、水没を免れた都市もまた少なく、難民を受け入れるほどの余裕はなかった。
当然、溢れた人々は内陸部の都市周囲にスラム街を形成することになる。
無計画に急造されたバラック街にインフラ整備が追いつくはずもない。
人種、宗教、習慣……そんなものを持ち出すまでもなく、火種は常に燻っていたのだ。
汚染された環境、不足する食料、劣悪な住環境、戦時下での積み重なる心身への疲労。
そんな中、秩序を維持していたのが意志を統一する「無線技術」。
ＴＶ放送、ラジオ放送、データ放送、etc、etc。
人々が正しい情報を共有することによって、無用な衝突が回避され、
目標に向かって団結して、対応することができていた……これまでは。
また、殆どの人類にとって、今までの使徒戦は短時間で済むことが多く、無線が使えずとも、
使徒との戦いは、遥か彼方で行われるＴＶ画面の向こう側の「お話」に過ぎなかった。
唯一の例外はサハクィエルだったが、それにしても大気圏外から灼熱の塊と化して
落下してくる光景を目に焼き付けた地域は、地球全域からすれば僅かだった。
……しかし、使徒アラエルは先入観を打ち砕いた。
意思疎通を封じられた人々は、空から降り注いだ謎の光によって、傍観者の立場から引き摺り下ろされた。
しかも、誰も「ソレ」が何であるか、正しく理解できず、しかし、誰もが考えずにはいられなかった。
直接的に破壊する加粒子砲による攻撃のほうがマシだったかもしれない。
静かに……十分に考える時間が与えられた末に始まった航空機の墜落や船舶の衝突。
被害の全体状況を把握することもできず。
同時に起こる破壊の前には、救難活動を担う力はあまりにも非力。
使徒による人類への無差別攻撃が始まった
都市にいたら殺されるぞ
港は火の海と化して、逃げ道は陸路しかない
山間部に機影が消えた後、爆発音が聞こえた……飛行機はダメだ
否定するには情報が不足し……肯定するだけの情報もない。
しかし、闇夜を滅びの炎が照らし、放送機能が死んでしまっている状況では
人々は生き残るために、それぞれが判断するしかなかった。
電話回線は集中し過ぎた通話でパンクして機能不全に陥っていた。
……そんな意志の断絶が更なる悲劇を生むことになる。
狭い道路に殺到する車両、徒歩で移動する人々。
限度を超えた集中は、人々の統制をも失わせてしまう。
重量限界を超えた橋が崩れ、将棋倒しが起きた。
クラクションが大声を競り合い、怒号も悲鳴も意味を伝えない。
秩序を無くした道路に埋め尽くされた車両。
それは大火を起こした地域からの導火線に等しかった……。
身動きの取れない車両は次々に引火し、狭い空間を灼熱地獄に変える。
消火作業をする車両は出払っているか、道路が渋滞し身動きが取れない。
耐火構造の不充分な周囲の家屋までもが燃え上がり、火の勢いが限界を超える。
熱さから逃れようと川に飛び込んだ人々は後から飛び込んでくる者達によって押し潰され、
そして、水中に逃げ込めなかった者は、炎によって焼き死んだ。
惨状に対して何もできない警察へは、容易に憎悪の刃が向く。
どこそこで、誰かが、××人に殺された
△△教徒が火を放った
警官達はその光景を見てみぬふりをした
警察は重要な情報を隠している
……そんな、裏づけのない怒りが声となって、苛立ち騒ぐ人々を扇動する。
伝染する狂気、歯止めの利かない暴力。
何の関係もない商店もまた、襲撃対象となった。
沢山の商品が並ぶのに、お金がなくて買えない……それが現実。
日本で大地震が起きた際の人々の動きで世界を驚かせたことの一つに暴行、略奪の奇跡的な少なさがある。
それは島国という閉鎖環境、ＧＤＰ世界第２位の豊かさ、頻繁に起きる天災に対する共通意識、
一般市民が銃器を持たない社会システムがあるからこそ起こった現象だった。
しかし、２０世紀末には、不法入国者の増加、市民間の交流希薄化により陰りが見えていた。
…そして、セカンドインパクト。
地獄と呼ばれた暗黒の時代は、「豊かな記憶」など消し去った。
飽食と貧困が共存した２０世紀末が人類の歴史上、異常だったとも言える。
今は非常時だ！
我々には助かる権利がある。
警官達は見ていない。
ほら、誰かが取っていったじゃないか。
なぜ、我慢する必要がある！？
助かるためには、必要なものを確保しろ！
一旦、崩れ始めたモラルは、圧し留めようとしても不可能……。
劣勢な者が、あるいは強引に望みを果たそうとする者が銃に手を伸ばした。
一発目の銃声が響けば、後はもう、坂道を転げ落ちるように事態は悪化していった。
止めるための組織であるはずの警察が、暴徒を止めるために発砲せざるを得ず、
それがまた、秩序の崩壊を生んでいく。
最初の航空機の墜落や、船舶の衝突だけ、そして通信機能が正常に働いていれば、
或いは、人類は被害を最小限に抑えることができたかもしれない。
しかし……
群体が意志疎通の手段を失ったら……それは無秩序と混乱を招いてしまう。
人類は……人類であるが故に、楽園を自ら壊し、地獄へと変えてしまった。
――＊――
アメリカ合衆国は、セカンドインパクト前からケーブルＴＶ網が発達していたこともあり、
使徒による電波撹乱下にあっても、マスメディアは停止してはいない。
無論、広過ぎる国土は、航空機による移動を封じられた状況にあっては
各州単位で孤立しているのに等しいわけだが、それでも流れる情報は貴重だ。
ハイウェイを疾走するトラック群も情報の運搬をするがそれはあまりに遅い。
人々は使徒が空を飛び回る中、外出することもできず、自然とＴＶをつけた。
そこでは、ある極端な全体主義と揶揄される議員が演説をしていた。
『皆さん、私は問いたい。
我が国が使徒の攻撃に晒される状況を座視したまま、
護らなければならない何が第三新東京市にあるのか、と』
国連に回された大量の資金がＮＥＲＶに流れていくことに対する政府答弁の映像がそれに応える。
使徒は、第三新東京市を目指す性質があり、そこを叩くためにもＮＥＲＶへの供出が必要なのだ、と。
『使徒を呼び寄せていたシステムが何であるのか。その内容は、問題ではない。
今、我々の頭上を我が物顔で飛びまわる使徒は第三新東京市に呼び寄せされているか！？
それが問題なのだ！』
超望遠で撮影された複数の写真から合成された使徒アラエルの形状予想図と、
勝手気ままに飛翔する様子、それと手の付けられない規模で燃えさかる港の火災現場が表示される。
『もはや、政府の言う前提条件は崩れた。
我々が見据えるべきは過去ではない。
これまでの使徒がどうであろうと、今、頭上にいる使徒に対して、
我々はあまりにも無防備である！
兼ねてより私が主張し続けてきた全土防衛体制の整備！
それこそが急務なのだ』
議場で、多くの議員から冷笑を浴びながらも、出され続けた法案、
それを確固とした信念を持って制限時間一杯語り続ける過去映像が流れる。
『今、我らの同朋はあまりにも少ない。
だが、使徒に脅かされている今ならば、人々は正しい判断をするものと信じる。
ならば、正しい判断をする議員諸君は、我らが同朋である！』
『我々は国民を護るための法案を提出する！
政府が！ 議会が！ どうそれに応えるのか！
ぜひ、見ていただきたい！
我々は勝利する！ 我々は使徒に対して団結せねばならない！』
歯切れのよい口調と、断定的な物言いは、不満のある層には受けがいい。
未曾有の危機を乗りきるためには、国民は一致団結すべきであり、
人々を束ね導く役は、以前から国防の重要性を訴え続けてきた我々こそが
担うべきだ、という論調である。
昔から、この国は危機にあっては、大統領の元で集結し、難事に当たることをよしとしてきた。
しかし、セカンドインパクトという地獄の時代からすでに１５年目……窮乏の時代が続けば
不平不満は鬱積していくのも仕方なきことである。そこに使徒アラエルの襲来。
被害を食いとめようとする人々も多い。
だが、同じくらいに、次の選挙にどう響くのか計算し、動く輩もいるのだ。
予想される惨事を防げなかったのは人災だ、という主張はよく響く。
現在の政府、大統領に対する支持率は急速に悪化し始めていた。
――＊――
この世には存在しない仮想会議室。
既に、以前の会議では欠席していたイギリス代表を含めて、人類補完委員会の面々が揃っていた。
ゲンドウは悠然と座ると、議長に軽く礼をする。
「使徒迎撃が君の仕事のはずだが、これはどういうことかね！？」
「ＮＥＲＶが使徒の暴虐に何もせずにいては、示しがつかんぞ」
「既に人類の輸送能力は３０％にまで低下している。
このままいけば、致命的な事態にまで推移するだろう」
堰をきって、次々に各代表が口火を切る。
「……では、我々にどうしろと？」
ゲンドウは矢継ぎ早に繰り出された非難を受流し、簡潔に結論を求めた。
その突き放したような物言いに、老人達は怒りも露にさらに語調を強める。
「使徒を第三新東京市に誘い迎撃する、それが君の仕事だろう！」
「このままでは計画にも重大な支障をきたしかねないぞ」
「左様。既に使徒との戦いに傾注する体制維持すら危うい」
ゲンドウは目に侮蔑の色を混ぜて口を開いた。
「話になりませんな」
そのまま、視線をキールへと投げた。
まさか、こんな愚痴に付き合せるために呼んだのか、と。
キールは全員の注意が集まるのを待って、口を開いた。
「僅か４時間程度、使徒が暴れただけで、我々ゼーレの基盤は揺らぎつつある。
こうして、人類補完委員会のメンバーだけで緊急会議を開催しているのも――」
そこで一旦、言葉を切り、メンバーの全員に視線を向ける。
何を次に語ろうとしているのか察知した者達が向ける困惑の顔に、釘を刺すために。
「人類を支える動脈たる海運、空輸が痛手を受けたためだ。
ゼーレ幹部の多くが、その対策に追われ、会議にすら集まれん」
キールの重い言葉に、ゲンドウは僅かに肯いた。
「碇、率直に聞く。打つ手はないのか」
眼光がゲンドウの心に深く切り込む。
「……あの使徒は倒せません」
答えは簡潔だった。
サキエル襲来時に、戦自の司令官は聞いた。
「我々の戦力はあの敵には無力だった。それは認めよう。
だが、君たちならそれができるというのかね！？」
それに対するゲンドウの答えは自信に満ち溢れたものだった。
「そのためのＮＥＲＶです」
裏打ちされた計算、それがあるからこそ生まれる説得力。
人類の直面する現実を叩きつけられた老人達は、顔色を失った。
――＊――
――ＮＥＲＶ広報室。
事務作業部屋と違い、実際の業務を行う情報システムの操作コンソール群が並んだ部屋は
発令所の開けた空間と違い、軍艦のＣＩＣ（戦闘指揮室）を思わせる息苦しさが感じられる。
「生中継しようとして、輻輳が起きてますね。
ダウンロードサイトのほうも、随分、盛況です」
―輻輳（ふくそう）―
回線が集中する接続によって渋滞を起こし、データが一層流れにくくなる状況のこと。
「例のアレか？ ”徹底討論、使徒とは異星人の乗るＵＦＯなのか！？”って奴」
「プラズマだのと説明されるよりはマシだが、今時、陰謀説もなぁ……」
「実はフリーメーソンの陰謀だった、曰く、セブンシスターズの陰謀だった、
アメリカ政府は宇宙人と取引している、ってか」
「……使徒が取引してくれるって言うんなら、俺は大歓迎だね」
「同感」
「シンリちゃんの苦労もわかりますよ。
……取引って概念を持たない、というか他者って概念を持たない自己完結存在、
そのまま宇宙空間に放置しといたって、太陽系消滅まで眺めてられそうな相手に、
どう教育するんです？」
「そりゃ、お前」
「？」
「ＬＯＶＥ＆ＰＥＡＣＥって奴だろ」
「……はい、はい」
インターネットを通じた放送は行動を活発化していた。
使徒の電波撹乱も、有線接続されたケーブル通信までは阻害していない。
『では、アレは古代火星人のＵＦＯだと？』
『何も火星人とは断言しない。
しかし、あれほどの大型物体をスペースシャトル並の加速で飛行させる技術は
我々人類にはない。しかも、あの高速移動が反動推進に寄らないことは
各国の観測網から得たデータが指し示す通りである。
それこそが、人類の手ではない超文明の産物であることを意味するのです』
ここで反動推進について簡単な説明テロップが入る。
後方に物体を打ち出すと、それと逆方向に同等の推進力が生まれる。
ロケットは内蔵された推進剤を燃焼させて勢いよく吹きだすことで、上昇する。
ただし、推進剤はどんどん減っていき、その推進力は短時間で枯渇してしまう。
宇宙空間へ僅か数トンの荷物を打ち出すためにその数千倍の燃料を
１０分に満たない時間、爆発的に燃焼させることで地球の外に放り出す。
それがロケット、人類の持つ最強の運搬手段である。
その加速はスペースシャトルの場合、３Ｇ／秒に達する。
…しかし、使徒はそれと同じことを推進剤を噴出することなくやっている。
技術格差は歴然としていた。
『では、次に電波天文台による使徒との交信に関する極秘プロジェクトについて――』
放送内では、極秘写真などといって、連行される宇宙人グレイなどのような
陳腐な映像は出てこない。なにせ、上には万の反論を黙らせる「本物」がいるのだ。
だが、侵略説、裏取引説、キャトルミューテーション、誘拐説などといった
これまで過去に触れられてきた宇宙人像とはまったく別モノとして扱われていた。
当然だ。
使徒と、お茶の間を賑わせてきた宇宙人に接点などないのだから。
報道の自由を信奉する者達が、政府による治安維持を名目とした情報統制もまた、
なにか裏があるのだろうと勘繰るには十分だった。
ディスプレイに映る放送を眺めていた広報部の職員が上司に問いかけた。
「どうしますか、これ。対抗情報操作は簡単ですが」
「やめておけ。どうせ、不安な気持ちは誰もが持っている。
ソレを潰したところで、いくらでも沸いてくるのがオチだ。
それに――」
「それに？」
「大衆には娯楽が必要だろ」
「確かに」
彼らはＭＡＧＩという絶大な支援を受けて、ネットワークに介入を続ける。
平和のために、無用な争いを避けるために、ＮＥＲＶの活動を邪魔させないために。
自らを「正しい」と定義する集団は恐ろしい。
なぜなら、彼らの正義は、彼ら自身が保証しているからだ。
自己循環する弁論……
人々は自らの心が導くままに歩き続けていた。
それこそがよりよい道と、己が心に言い聞かせて。
――＊――
実際のところ、光が照射された結果、地獄絵図と化した都市はそれほど多くはなかった。
港を有する臨海部の都市や、空港近隣の都市以外は、直接的な被害はない。
だが、拠点同士を線で結ぶ鉄道は、セカンドインパクトの痛手から立ち直っていない。
航空機や船舶は、拠点間の整備が不要だからこそ復旧が早かったのだ。
地球温暖化により、干ばつと洪水に二極化した水害。
辛うじて乗り切ってきたのは、地域を結ぶ物流機構のおかげだった。
……そこが壊滅的な被害を受けた。
僅かに流れる情報が、惨状を断片的に伝える。
そうでなくても、闇夜の炎は、昼間の黒煙は遠く離れた地からも見える。
人の口に戸は立てられない。
もし、緘口令が成功しても、情報を知った人々の行動によって、
間接的に、情報というのは漏れていってしまう。
自給自足体制の整わない地域に住む人々は、環境の変化にただでさえ敏感だった。
恵まれた地域にあっても、セカンドインパクト後に経験した飢餓の記憶が失せたわけではない。
木の皮を齧り、泥水を啜り、終いには死肉にすら手をだすしかなかった地獄を忘れられるはずがない。
港が一時的に機能不能になったのなら、まだ耐えられよう。
だが、船舶の、航空機の大半が稼動不能となった……そう予感させる事態は恐怖に拍車をかける。
備蓄した食料は、飲み水は数ヶ月分はある、と行政担当者は言うかもしれない。
だが、その先は？
そして、運ぶ手段は回復するのか……
拡声器がどれだけ平静を人々に呼びかけようと動揺を留められるはずもなく……
都市間のネットワークもまた軋んで、耳障りな不協和音を奏でていた。
――＊――
仮想会議室では、老人達が矢継ぎ早に問い正していた。
「零号機の遠距離射撃ならば攻撃は当たるのではないか？」
「使徒の機動力は圧倒的です。多少、弾道が曲がる程度では誘導しきれません。
あの誘導性能は対固定目標、低速移動目標だからこそ効果があるのです。
それに、撃破するだけの威力にも足りません」
「ならば、弐号機の砲撃ならばどうか？」
「使徒は陽電子砲の発射タイミングにすら合わせてＡ．Ｔ．フィールドを展開します。
何十秒も着弾までかかる砲撃を、あの機動力を有していながら、受けるとは思えません。
威力は十分ですが、コアを撃ち抜かない限り、意味はありません。
それに砲撃に２度目もないでしょう」
秒速７．９ｋｍで砲弾を撃ち出す、ということは１０ｋｍ先の使徒にすら１秒以上着弾に時間がかかるということ。
それではあまりにも遅過ぎる。テレホンパンチどころではない。
使徒アラエルは現時点ですら３Ｇ／秒の加速を行えることが判明している。
静止状態からでも１秒後には１５ｍ近く移動している、ということだ。
直径５ｍ程度のコアを、砲弾の直撃コースから外すこと程度、造作もないことに違いない。
しかも、その加速は身体の向きに関係なく全方向に自由に行える。
……これがどれだけ理不尽なことかわかるだろうか。
ジェット戦闘機は、エンジンの推力をほぼ真後ろにしか向けられない。
僅かにＦ２２が二次元推力偏向ノズルで上下に±２０°の角度変更を行えるのみだ。
その程度ですら、ベクタースラストを駆使する運動性能は圧倒的と称される。
―ベクタースラスト―
通常、航空機は主にラダー（方向舵）を使い、方向変更を行うが、Ｆ２２はエンジン推力偏向を併用することで
通常よりも小さい半径で旋回することを可能とする。これをベクタースラストと言う。
ただし、万能というわけでもなく、使用タイミングは通常はコンピュータ制御される。
車両に比べて、航空機は自在に空を駆ける、と思われる人もいるだろうが、
実際には空力抵抗に縛られ、ループを描いて曲がるのが精一杯なのだ。
そして、機体に対する推力は、Ｆ１５ですら１Ｇを僅かに超える程度。
使徒はあの巨体でありながら、姿勢制御用スラスターのように主推力を好き勝手に使うのだ。
そして、防御能力は数百ｍもの厚さがあるジオフロントの２２層の装甲にすら匹敵し、
攻撃力は都市を一瞬で廃墟に変えるほどのものを自在に行使する。
極めつけは、自己修復能力と機能強化、それに学習能力も有する。
おまけに無補給で活動できて、陸海空宇宙、どこでも不自由しない。
何かの間違いか、悪い冗談のような性能だ。
老人達はなおも食い下がった。
「ジェット・アロンのレーザーライフルならば着弾させることも可能であろう？」
レーザーの弾速は光速であるため、どれだけ機動力があろうと動きを追尾して命中させ続けることはたやすい。
使えるはずなのに隠匿しておくな、という意味もある。
「ジェット・アロンはジオフロント内に固定配備し、現在、エネルギー供給の５０％近くを担っています。
外せば基地機能の維持すら困難です。また、搬入時に使ったメインシャフトは２１層までが
マトリエルの溶解液攻撃で破壊され、復旧の目処すら立たないことは議長が確認された通りです。
そして、レーザーライフルですがあのような大出力に耐える超電導ケーブルは、修復できていません。
これは、今述べた２つの問題解決後でなければ無意味であるため、作業を止めていることによります」
要は使えない、ということだった。
どこかにあり借りてくる、転用するというのなら話は早い。
だが、世界広しといえども、ジェット・アロンが持つレーザーライフルの超電導ケーブルは
他にそれほどの大出力用のものは存在しない。非常に特殊な限定品なのである。
スナイパーポジトロンライフル用の超電導ケーブルは転用も不可能ではなかった。
だが、超電導ケーブルは僅かな傷も付かないように慎重にケーブル状にされた超電導セラミックスを、
液体窒素で包み、更にその外側を真空の断熱層で包んだ繊細な構造だった。
ゼルエル戦で、Ｎ２爆弾の衝撃を受け、加粒子砲の衝撃で吹き飛ばされた零号機によって、
超電導ケーブルもまた引き伸ばされ、叩きつけられ、傷つけられた。
…まともに使える箇所など残っているはずもない。
結果として、ほぼゼロから作るしかない。
開発スタッフをほぼＮＥＲＶに引き抜いたとはいっても、彼らとて遊んでいるわけではない。
多くの優先順位の高い作業に時間を割いた結果、そこまで手が回っていないだけだ。
「ほ、本当に手はないのかね！？
そ、そうだ、サードに説得させればどうだ！？
サハクィエルの時はそれで成功したではないか」
老人の言葉に、ゲンドウは一瞬、嘲笑を浮かべて、すぐに表情を正した。
「……失礼。
あれほどサードの交流能力に懐疑的であった皆さんから
そのような言葉を聞くとは、想像していなかったものですから」
「Impossible n'est pas francais.（不可能という語はフランス語にはない）だよ。
どうなのだ！？ サハクィエルのように退かせるのは無理かもしれんが……」
「それにあの機動力、ただ殲滅するには惜しい」
ポロリと老人達の本音がこぼれた。
「……確かに、あの非常識な機動性能があれば、１００トン、１０００トン程度の荷物を
地上から軌道上に運ぶことなど容易でしょう。核融合弾を４、５０発使えれば
”最後の審判”とて軌道を変えられるやもしれませんな」
冬月が場をとりなすように発言をした。
この会議の場で、誰がイニシアチブを握っているのか、がわかる。
夢想と言うかもしれない。人類に都合の良過ぎる話と失笑されるかもしれない。
だが、それでも、人類の持つ機材を１００トン、１０００トンという量で軌道上に運べれば
小惑星の軌道を変える、というのも夢物語ではなくなる……。
「だが、我々は最悪の事態にも備えなくてはならん」
キールが落ち着いた声を響かせる。
それは楽観論に逃げようとする心を打ち砕くに十分過ぎる静かな一撃。
「意志疎通が不調に終わった時、あるいは我々が耐え得る時間を超えた時、
使徒が攻撃を開始した時、いずれにせよその際には速やかに事態を
終息させねばなりません」
ゲンドウが殊更、慇懃に話をまとめた。
老人達の手が震えていた。
そうなったらどうするのか。ゼーレの他のメンバーはこの場にいない。
いくら権限を与えられているからとて、人類の行く末に致命的な影響を与える方針を
人類補完委員会が、単独で決めてよいものか。
それに、自分の発言がどれほどの意味を持つのか知るだけに。
…自然と身体が拒否反応を起こしていた。
「交渉が長期間に及ぶとしても、強引に殲滅するために手持ちの核融合弾を
Ｎ２航宙爆雷のように大量投入するとしても、装備開発により撃破可能となるまで
使徒の行動を放置するとしても、かなりの被害は避けられません」
ゲンドウは目で、老人達に、その程度の計算は既に終えているのだろう？ と確認する。
老人達の憎悪とも呼べる眼光が、雄弁に答えを語っていた。
「……碇。”槍”は検討したのか」
「議長！？」
キール議長の言葉に、老人達は反射的に非難の声を浴びせた。
何を言いだすというのか。アレこそが人類補完計画の要、何よりも大切な希望。
それを…
「ＮＥＲＶの一存では行使できませんが、推測は立てました。
最悪の場合、サードインパクト、最良の場合で使徒は消滅。
ただし、実際のところ、初号機と槍を接触させたことで
どうなるのかはまったく予想できません」
「サードに制御可能か否か、それが鍵……か」
「はい。ですが、私は槍の使用は避けるべきと判断します。
目的のために、最も効果的な手段を捨てるべきではありません」
老人達の気配が更に険悪なものに代わった。
貴様こそが「槍」を厄介払いしたいだろうに、初号機を用いた人類補完計画で
妻ユイとの再会だけを望んでいるだろうに、そんな貴様が、槍を捨てるな、だと！
老人達の感情を知ってか、知らずか、ゲンドウは更にゼーレの正論を続ける。
「使徒を倒すのが一ヶ月単位で遅延するだけで数千万人が人間同士の争いで
死んでいくことになろうとも、その数十倍の人々が難民として流浪することになろうとも。
人類補完計画の発動こそが我々に残された唯一の希望。
有る程度の犠牲はこの際、許容するしか――」
「碇」
キールが短く制した。
「――出過ぎた発言をしました。
私見ですが、交渉決裂の可能性は低いでしょう。
ですが、方針決定を先伸ばしする意味もありません。
倒せない、という現実は変わらないのです。
できる限り速やかな結論を希望します」
ゲンドウは最前線で戦う組織の長として、人類補完計画を推進する責任者として判断を求めた。
確かにその態度は正しい、お前の答えは模範回答モノだ、と老人は苦々しい顔を隠さなかった。
「冬月先生、一つ聞きたい」
キール議長は、教えを請う生徒のように問い掛けた。
「なんでしょうか」
冬月もまた、背筋を伸ばし誠意を持って応える。
内心の緊張など一切外見には表さない。
「情報がどれほど失われると、計画実行後の存在は”人類”的な特徴を失うか」
疑問点は明確だった。
何人の死、死によって情報が失われることが許容されるか、である。
冬月は学者としての落ち着きをもって、手早くシミュレートし、口を開いた。
「情報はジグソーパズルのようなものであり、ピースがかけるほど規模は縮小します。
そして、基礎的知識の損失、分野間を繋ぐ概念の欠落といったことが起これば、
全体としての知識は歪なものになり、最も低いレベルで安定しようとするでしょう。
……生産力に余裕がなくなれば文化に割く余裕は失われるでしょうし、
研究に専念する科学者、技術者を養えなくなれば、活力が失われます。
その問いは、どの時点の人類を基準にするかで代わります」
「ならば、セカンドインパクト直前の世界レベル、と定義したならばどうか」
「億単位の死者が出たならば、多くの情報損失は避けられないでしょう。
現時点での被害状況、そして予想される混乱は最小限にすべきです」
冬月は学者のもつ公平さをもって、理想的な状況を述べた。
「わかった。ひとまずこの場は一時休会とする。
碇、お前に与えた権限内で最善を尽くせ」
「仰せのままに」
ゲンドウは静かに一礼すると姿を消した。
――＊――
各国の軍隊もまた、緊張を高めていた。
空軍、海軍戦力がほぼ活動停止に陥り、無線通信を封じられてしまえば
戦力を持たないレーダー基地、通信拠点は無防備に変わる。
それがどれだけ魅惑的な事態か想像できるだろうか。
無線連絡を受けて急行してきた武装ヘリが地上掃射を行い、
重力加速と、機体の移動速度を加えられた銃弾の雨が地上を襲う。
そんな劣勢にさらされてきた各地の武装勢力にとって、
この状況は、起死回生のチャンスに映ってしまった。
ＧＰＳ誘導爆弾も使えず、レーダーも使えず、通信管制すらなく。
そんな中、強引に爆撃機と飛ばしたとしてもどれほどの戦果があろうか。
低空飛行すれば、数は多くないが、歩兵の持つ肩撃ちミサイルにやられる危険性がある。
しかし、高空から無誘導爆弾を落とせば目標を外れる可能性が高くなる。
逆に味方すら巻き込んで、吹き飛ばすかもしれない。
レーザー誘導爆弾は高価であり、あまり普及していない。
刻々と変わる戦況が伝わらない間接攻撃部隊に何か意味があろうか。
正確な位置もわからず撃ち続けるほどの砲弾とてない。
幾多の使徒戦によって、大量の爆薬、燃料、補給機材等は第三新東京市に飲み込まれたのだ。
だから、多くの武装勢力は襲撃のための準備を始めた。
使徒があっさり倒されたら、無線が、レーダーが回復してしまう。
そうなれば、劣勢な兵力など蹴散らされるのは明らかだ。
だが……この使徒はこれまでの奴らとは違う。
彼らはそう確信していた。
空を飛ぶ武装ヘリに対して、対空ミサイルがなければ歩兵はあまりに無力。
それなら、宇宙空間を舞う使徒に、届くミサイルなんてものがあるのか？
届いたとして当たるのか？ そして当たって効果があるのか？
師団級の陸上兵力が使徒に傷すら負わせられなかった事実は万人が知っている。
Ｎ２爆弾ですら、表面を軽く炙るだけに過ぎなかった、ということも。
紛争地域にいる人々で、状況変化に鈍い輩などいない。
だから……一見、平穏に見える地域もまた、混乱の芽が成長を始めていた。
これまでにないほどの速さと規模で。
――＊――
一時休会となったはずの仮想会議室。
しかし、キール、ゲンドウ、冬月が去った後も老人達は残っていた。
「……なぜ、今、”槍”なのだ……！？」
「破壊力だけであれば絶対的、現時点ですぐ使える対抗手段の最有力候補だからであろうな」
「だが、あれは計画の要ではないか」
人類補完計画……狂気の産物とも陰口を叩かれている唯一の希望。
老人達はどうしても判断に迷っていた。そして即断するキールに恐怖を抱いていた。
必要とあらば、同じ口調で「ではヨーロッパを、アメリカを捨てよう」と決断し兼ねない。
ゲンドウもまた、レストランでメニューを選ぶかのように、同意するだろう。
「他のメンバーに速やかに連絡を取るべきだ」
「確かに。これは非常に重要な事態だよ」
「……議長の真意、見極めねばならん」
”槍”がなくなれば、人類補完計画の成功率はかなり落ちると予想されている。
相次ぐ使徒との戦いによって、そもそも人類の使徒化による存続自体に
魅力が失われつつあるのは確かだが、それでも唯一の希望であることに変わりはない。
今回の輸送手段への壊滅的な被害もあり、エヴァ量産機９機の製造は大幅な遅延は避けられない。
なにより、同時９機製造による新たなリスクも抱えているのだから。
「場合によっては……」
「あの島は半要塞化されている。半端なことでは……」
「だが、強攻策も検討せねば――」
老人達は慎重に言葉を選んで意見を交換し、合意を得ると仮想会議室から消えた。
人類の行く末を担う、と自負する人々。
その思考もまた錯綜し、それぞれが己の信じる道を突き進む。
自他に厳格過ぎるキールの意志もまた、ゼーレという組織に亀裂を生むことになっていった。
――＊――
そして、死と破壊に人々の感覚が麻痺した混乱の地にあって。
平時にあっては、理性という鎖が縛っていた獣の心もまた解き放たれた。
女性を惹きつける外見、知恵、財力etc……それらを持たない、しかし努力もしない男達。
彼らに睨みを利かせる警察はこない。
それどころか、助けを求めても混乱の中、聞こえるわけでもない。
極限状態にあって、アドレナリンが大量分泌し興奮の極みにある男に
例え、護身術の覚えがあったとしても、女の力でどれほど対抗できるだろうか。
事実、護身術の世界において、女性が最初に考えるようにきつく言われるのは
「逃げる」ということなのだ。
女子供、という言い方を耳にすることは多いだろう。
それはどういうことか。
小学生程度の小柄な子供と、女性に大差はない。
腕力という点では、それが現実である。同体重で比較すれば筋力量では
女性は男性の６割程度しか持たないのだから。
小学生相手に殴り負ける成人男性なんてのは非常に稀である。
逆に手加減したつもりの殴打で子供の鼓膜が破れたり、後遺症が残るほど
手酷い傷を負ってしまったりする。体格差、腕力差はそれほどの差を生むのだ。
だから、興奮して手加減のない成人男性が集団を為して暴走を始めたら。
……半端な抵抗をすれば、顔の形がわからなくなるほど殴られ、
抵抗しなかったとしても数時間もすれば、身も心もボロボロにされ。
生き残ることのできたとしても、多くが証拠隠滅のために殺され。
炎の中に、瓦礫の中に放り込めばそれでお終い。
すぐ殺すのが惜しい、と思われたりしたら連れ去られ……
陵辱の果てに、生ゴミと化して捨てられるのが典型的な末路。
各地でそうした悲惨な蛮行が行われてしまった。
対象とされたのは成人女性だけではない。自分たちより弱々しい
幼い子供達もまた、理性をなくしたケダモノ達にとっては獲物に過ぎなかった。
治安の悪かった地域ほど酷く……そしてそんな地域には元々、警察力も不足していた。
場合によっては、非合法な武装勢力が、集団で誘拐を行うことで
数百人といった単位で、商品価値のある人々が闇に消えた。
少女は性欲処理の対象として、少年は使い捨ての兵士として商品価値がある。
庇護されるべき弱い存在であるが故に、限界を超えた暴力の前には無力。
徹底した暴力と獣欲に曝されることで幼い心は簡単に折れてしまう。
後世、使徒アラエルは「最悪」と称された。
それはなぜか。
淡い光によって、白日の元に晒したからだ。
人間の持つ闇の顔を。
――＊――
地中海の小島、そこにある別荘。
仮想会議室とのアクセスに使う小部屋から出てきた屋敷の主は
ルームチェアに深々と腰掛けて外に目を向けた。
太陽の眩しい輝きによって、大地は命に満ち溢れている。
海はコバルトブルーに輝き、潮の香りもまた心地よい。
柱時計の静かに時を刻む音もまた、空気を穏やかにしてくれる。
「……手は打てますが？」
影から聞こえた男の声には僅かだが不満の音色が混ざっている。
「好きなようにやらせておけばよい。
私は彼らの同志ではあっても、導師ではない」
バイザーを目から外し、隣のテーブルに置く。
どこか楽しそうに笑うが、ふと思い出したように目を向けた。
「ところで、最近、鼠はきたか？」
「いえ、それらしい動きは特には」
影はそれが当然と言うように答えを返す。
「……そうか」
どこか残念そうに呟くと、そのまま目を閉じる。
静かな波の音に耳を傾けて、彼は睡魔の誘いに身を委ねた。
――＊――
――第二発令所。
正面の大型モニタには、３機のエヴァのエントリープラグ内映像が映っている。
会議から戻ったゲンドウと冬月は、作戦部、技術部を交えて方針を伝えた。
使徒アラエルに対して、サードと初号機による接触を行うように、と。
その際、綿密に交渉の流れは吟味された。
使徒にどこまで情報を渡すのか、隠すのか。
サードには何を念頭に置いて接触させるのか。
出たとこ勝負などというわけにはいかない。
検討は２時間近くにも及んだ。
無論、その間、ＮＥＲＶから使徒への働きかけはない。
使徒アラエルはソレまでと同様に、丁寧に謎の光を浴びせ続けていた。
ＮＥＲＶが各国に指示できたことは、それぞれの地域に使徒が飛来する推定時刻の通知。
まるで、陽光で灰と化してしまう闇の生き物のように、アラエルの視界から隠れるしかない。
救難ヘリを飛ばすことすら大幅に制限される中、各地の被害は更に拡大していった……。
各地から集まる情報の中で明らかになったことがひとつあった。
照射された地域で、たまたま地下室にいて照射を逃れた住民から報告で、
光を浴びた人々は重度の心神喪失状態に陥っているらしい、と。
そして、慎重に吟味された情報が子供達、特にシンリに伝えられた。
光を照射されると、人は活動不能になってしまい、それが事故に繋がること。
このまま続けば、物の流れが完全に止まり、生活に困窮する地域が増えること。
照射をやめて欲しい、ということ。
微妙な判断の際には必ず発令所に意見を仰ぐこと。
「シンちゃん、準備はいいかしら？」
ミサトは落ち着いた声で、様子を伺う。
久しぶりに初号機とシンクロしたシンリに気負いの様子は見られない。
『平気です、ミサトさん』
隣に映るレイとアスカもまた、落ち着いて初号機を見ている。
リツコが、センサーの情報からも、問題はない旨を伝えた。
「じゃ、シンちゃんよろしく。接触開始」
ミサトの指示に頷くと、シンリは静かに目を閉じる。
耳の痛い沈黙の時間が５分ほど過ぎて。
シンリが少し言いにくそうな顔をしてミサトを見た。
『…えっと、その、感触は悪くないです』
発令所に安堵の声が漏れる。
だが、安心はできない。
それだけではシンリの表情は説明がつかない。
「どんな感じなのかしら？」
ミサトは慎重に言葉を選んだ。
断定的でないように、思考を誘導してしまわないように。
『あの、多分、同じ職業の人は似た感じだと思うんですけど、
一人しか知らないから、性格が、っていうわけじゃなくて、
えっと、なんとなく雰囲気というか、状況というか……』
シンリは懸命に心象を伝えようとしているようなのだが、
肝心のところをなかなか言わないせいで、何が言いたいのかわからない。
「シンちゃん、ちょっとまって」
『は、はい』
ミサトは声を強めることなく、そっと話を止めさせた。
そして、情報を得るために少しだけ導く。
「最初に、頭に浮かんだ印象、イメージから教えてくれる？
その後に、違うところを話してちょうだい」
大体のイメージがあれば、そこから相違点だけ削っていくほうが簡単。
…まぁ、そう考えるのも無理のないところであろう。
それに、シンリの言う印象は、これまで生きてきた中で接点のあった人々の記憶や、
映画のシーン、実在しない漠然とした知識としての概念など、多岐に渡る。
例えば、イスラフェルなんて、「山に篭って修行するボクサー」だ。
これなんて映画の１シーンから受けた雰囲気そのままである。
だから先入観を持たないように、鵜呑みにしないように常に注意していた。
『わかりました。あの、誤解はしないでくださいね？』
なんだか、いつにも増して慎重というか、くどい。
ちらっとミサトの隣に立つ金髪黒眉の女性を伺ったりしてて怪しい。
「大丈夫よ、こっちだって情報を扱うプロなんだから」
ミサトは精一杯、安心させる笑みを浮かべて先を促す。
その姿勢に押されて、シンリはやっと、印象を告げた。
『ピンセットをもって、嬉しそうに顕微鏡を覗きながら、
シャーレを弄ってる……リツコさん』
……ミサトは笑みを浮かべたまま石像と化した。
かくして、使徒アラエルがなぜ「最悪」なのか。
その謎解きのお話でした。
実は、暴徒に撃ち殺される老婆とか、殺到する人々に踏み殺された子供とか、
火と暴力が支配する町中、電話ボックスから警察に連絡しても見捨てられる女性とか、
いろいろ、細かく描写してみようかとも思いましたが、焦点がボケるので破棄としました。
具体的な描写より、淡々と状況を伝えるほうが真意が伝わると思ったのですがどうでしょう？
次からは使徒アラエルとの交流開始です（＾＾）
次回もお楽しみに♪
……あと、2005/10/18に公開した内容は誤字、脱字、誤った内容を含んでいたため修正しました。（2005/10/19）
３Ｇ加速で１秒後に３０ｍ移動って何さ…。それなら５階から手を離したリンゴは１秒後に地面に叩き付けられるって？（泣）
指摘してくれた読者の皆さん、ありがとうございます。一応読み直したつもりでしたが、１日経過してから
見てみると、恥ずかしいやら隠れたいやら…。
☆スポンサーにも訪れてくださいね☆