Ｍｉｓｓｉｏｎ：１５　「Ｄｉｒｔ」

「……何で私に持ってくるわけ？」

レイヴンズ・ネストからの直接の依頼……なんだが、なんとなくイヤな感じね。

『当方で貴女の実績を見て判断した結果です。また、諮問機関からの推薦も受けました。』

諮問機関？またいやんなるほどアヤシい言葉ねぇ。
通信端末越しの会話だから無視して切ってもいいんだろうけど……

「いいわ。受けるか受けないかは聞いてからでもいいんでしょ？内容、聞かせて。」

『はい…………』


『……で、お引き受けいただけますか？』

「…………他にいなかったの、引き受ける人？」

『いえ、まず貴女にお願いしています。』

「高く買ってくれる事……いいわ。受けるわ………もうちょっと詳しい資料とかくれるんでしょうね？」

承諾の意を伝えた直後、向こうはようやく安心したのか、声に明るさが加わっていた。

『はい、後程送信しておきます。報酬の方ですが、４００００Ｃでよろしいでしょうか？』

「ええ、いいわ。じゃ、入金と資料、急いでね。確認次第、準備に掛かるから。」

『承知しました。では、よろしくお願いします。』

通信を切る。
イヤな仕事だ。
『脱走者処分』……ある企業の施設から、そこにいた人物がＡＣを奪って逃走、それを仕留める事。機密保持の為だか何だか知らないが、人の命を何とも思ってない依頼だ。
確かに、レイヴンがする仕事の中には、堂々と人に言えない様な物だってある。それにしたって、この依頼は最低だ。そして、それを解ってて受ける私も……最低だ。
だけど、こんな腐れ仕事、他にやるヤツ幾らでもいるだろうに、何で私に最初に持ちかけたんだろう？
もしかして、相手は………レイヴンか？いや、そうなんだろう。依頼主がネストで在る以上、間違いない。
派遣していたレイヴンが依頼者の邪魔をしたか、邪魔になったか……何にせよ、そのレイヴンが生きていては、依頼者にもネストにも困った事になる。
それを秘密裏に消せと言うんだろう、この依頼は。
プライド、体面、評判、信頼………は、馬鹿らしい。そんな物の為の生贄だってか。
ま、いいさ…………汚れ仕事なんて慣れてる。
今更、人の命を尊重したって、レイヴンをやってる以上意味が無いしね。
ただ……そいつの最後の言葉くらいは聞いてやるさ。


届いた資料に目を通す。
潜伏先は廃港エリア……ＡＣは陽炎のカスタムタイプ、か。装甲に新素材を利用した機動性を失わずに防御面を高めたタイプ。結構やりにくい相手ね。
手持ちはパルスライフルと対ＡＣ用強化金属のヒートブレード……物理型の接近戦武器ねぇ。斬り合うのはパスかな、これは。
搭乗者に関する情報？……って、強化してるってこと？プラス？あーそうですか、そう言う事ですか。もう何でもアリって気がしてきたわ。
こっちのアドバンテージは、事前に相手の装備を知る事が出来ることと、それに対する準備が出来る事、ね。
何か胸の奥に苦いものを感じて、最悪の気分ながら、端末で連絡する。

『おや、マリィさん……どうかしましたか？』

「ちょっとね、緊急で依頼受けたの。悪いんだけど、Ｄパーツで機体組んでくれないかしら？ジェフ。」

『特別なオーダーはありますか？』

「左手、ＭＯＯＮＬＩＧＨＴにしておいてくれる？それと、右肩にＲＺＴ−３３３。後は任せるわ。なるべく急いでね。」

『いいですよ。いつ頃来られます。』

「そうね、３時間後……ユーリには内緒にして欲しいんだけど？」

『………訳ありのようですね。分かりました。依頼内容は聞きません。データは編集してから下さい。』

「……ありがと、ジェフ………後、我が儘ばかりでゴメンね。」

『別に気にしてませんよ。今、貴女に辞められる方が困りますしね。』

ジェフの言葉に、彼なりの気遣いが感じられた。
何となく嬉しいわね、あんな依頼内容聞いた後だと特に。

「……じゃ、よろしくね。」

そう言って通信を切る。
全ての照明を切り、私はそのままソファの上で膝を抱えた。

「…………今回は、最初から昔の私に戻らないとダメかもね………」

イヤな気分だ…………思い出したくない物を思い出さなくてはいけない。
人の血を流す事で生きてきた頃を…………


３時間後きっかりに、いつもの施設に顔を出す。

「お疲れ様です、ＡＣの方、組み上がってますよ。」

「………」

無言のまま軽く会釈だけして声をかけてきた研究員の脇を通り過ぎる。
我ながら、良くない態度だとは思うけど、ここでいつもの自分に戻ると、後がキツい。
行き会う誰とも口を開くことなく擦れ違い、私はＡＣの駐機場へ向かった。


両脚を前後に開いた状態で私の目の前に佇む真紅のＡＣ────過去を忘れない為に付けた忌まわしい名を持つ、私の分身………

「…………」

「御要望通り、Ｄパーツに対するアセンブリをしておきましたよ。」

黙ってＡＣを見上げていた私に、ジェフが声をかけてきた。

「……そう、ありがと。」

「とりあえず、使用したパーツの説明、いりますか？」

「コードだけで良いわ。」

「分かりました。要求のあった左腕と右肩を除いて、ですね。」

ジェフが用意してくれたのは以下のパーツ。
腕はＡＮ−２５、頭部はＨＤ−Ｈ１０、左肩はＷＭ−ＳＭＳＳ２４・垂直発射式中型ミサイル、ＦＣＳにＦＢＭＢ−１８Ｘを選択してくれた。

「ジェフ、これは？」

右手武装に聞き慣れないコードを聞き取り、視線をブラッドウィドウの右手に向ける。
黄色く塗られたエネルギー系の銃器……グリップ側より銃身の方が太くなっている。

「ＷＧ−ＸＷ１１………最近発表された、軽量のレーザーライフルです。二条の光線を発射するタイプですが、弾数は７０発しかありません。また、射程もあまり長くないので注意が必要ですね。」

「火力は？」

「光線の１発でもＷＧ−ＸＰ２０００を上回ります。２発同時にヒットさせる事が出来れば、ＷＧ−ＸＦｗＰＰｋにも比肩しうるほどですね。」

手元のデータパッドを弄りながら説明するジェフ。まぁ、二連射というのなら、動きながら撃つのには向いているだろう。

「そう、分かったわ。じゃあ、暫く出てくるわね。」

そう言って、私は更衣室に向かう。


コアのハッチからコクピットに体を滑り込ませると、次々と機械的にスイッチを入れていく。
計器やランプに灯りが点り、真っ暗だったコクピットが、次第に明るくなってくる。

「それじゃあ、ね。」

『マリィさん。』

「何？ジェフ。」

『………戻ってきたら、食事にでも行きませんか？』

「…………考えとく。」

それだけ言うと、私は通信機を切って機体を走らせ始めた。


ネストから派遣された輸送車両に乗って廃港の近くで降ろされる。

『ここからはお一人でお願いします。』

「了解。」

短く答えると、ブラッドウィドウを既に壊れかけた倉庫に近付ける。

「ここからは、レーダーが頼りか……」

出来るだけ視界を狭めない様に動く。
４脚での移動だから、どうしてもある程度広いエリアが必要になる所為もあるのだが、それよりはむしろ…………

「………まだ、出てこないか………」

引きつけられて出てくれば手っ取り早く済むのだが…………

『……貴様もレイヴンか……』

……期待に答えてくれる。

「だとしたら？」

『……まあいい、誰であろうと、追っ手なら倒すのみだ。』

「こっちも依頼として受けてきてる。悪いけど、クリアさせて貰うわ。」

レーダーに写る光点は………遠い。
ジェフの言った通り、手持ち火器の射程は短め……確実にダメージを与える気なら、かなり近付かないとダメだ。
ただし、捉えた以上は手はある。
火器管制をミサイルに切り替え、小刻みに機体を動かしつつ軌道を変えて２、３発ずつ撃ち込んでいく。

『こんなに障害物が多い所では常套手段かも知れないが、あまり甘く見ないで貰おうか。』

まぁ、そうだろう。
私もこれだけで倒せるとも大ダメージを出せるとも思っていない。
只でさえ反応がよい陽炎に、乗ってるのがプラスでは、ね。
あまり飛び回ってくれなかったのはちょっと計算と外れるが、その分はこっちが動いて稼げばいい。
障害物に近付く度に、ＭＯＯＮＬＩＧＨＴの青白い軌跡で壁を崩していく。
そして、ミサイルが空になる頃には…………

『派手にやったものだな………瓦礫の山か。』

陽炎をサイトの隅に捉えた。

「そうね……ただ、丸見えよ、貴方。」

『………わざと、か。』

視界に写るのは瓦礫の山。崩れかけていた倉庫や事務所はミサイルやブレード、向こうの攻撃の影響もあって、ほとんどが骨組みだけとなり、身を隠す所など１つしか残っていない。

「時間が勿体ない。さっさと終わらせてあげる。」

『甘く見るなと忠告したはずだがな？』

「戯れ言はいいから、掛かってきなさい。」

そう言って、私はウィドウを滑らせる。
陽炎は覚悟を決めたのか、右肩に装備されたブレードを抜いた………左手で。

『慢心しすぎだな、貴様は。』

そう言いながら右手に持っていたパルスライフルを向けて撃ってくる。

「……さて、ね？」

機体を大きく左にブーストで動かす。
追ってくる射撃。それでも、この機体の動きなら、追いかけては当てられない。
適度に距離を調整しつつ、こちらも散発的にレーザーライフルを撃つ。
その間、少しずつ機体をある方向に向けて走らせる。その先には………

『……自分から死を選ぶか。いいだろう……爆死しろ！』

陽炎の銃口が廃船に向き、数発の光が吸い込まれていく。
亀裂が走り、内部に溜まったガスに引火して…………爆炎が辺りを包み、紅蓮の華が咲いた。

『案外、期待倒れだったな……』

「そう思ってるなら、こっちこそ期待外れと言うしかないわね。」

爆炎を潜って、ブースト全開で一気に陽炎に向けてウィドウを突っ込ませる。
今のウィドウは、４脚から２脚に切り替えている。

『馬鹿な?貴様、正気か？』

そう言いながら、陽炎のパルスライフルは止まらない。

「戦術は一つじゃないし、戦況は常に移り変わる……自分が有利になった所で、相手の反撃を予想出来ないようじゃ、死ぬしかないわね、貴方。」

最初の勢いを失うことなく、ウィドウを上下左右、小刻みにブースターで操作し、アッという間に懐に飛び込んでいく。

『ま、『舞い』だと?………そんな事が出来るなんて………』

「……さよなら。」

驚愕で動きを止めてしまった陽炎。そんな的など、倒すのは容易い。
ブレードが届かないギリギリの距離で地面を蹴ると、もう一度ブースターを噴かす。
限界ギリギリの距離でのブースタージャンプからの斬撃。

『がぁあぁぁぁぁぁっ！』

繰り出された、青白い光の刃は、陽炎のコアを完全に断ち割っていた。
そのまま通り過ぎると、振り返り様にライフルを放つ。

『………ネストの……飼い犬がぁっ！………』

「言いたい事なら、しっかり言いなさいよ。遺言くらい聞いてあげるから。」

『……ふっ………いずれ、貴様も……同じように消されるさ…………』

「そうかもね……でも、私は死ぬ気はないから、全て撃退してやるわ。」

『自信家………だな……』

それだけ言うと、陽炎が爆発する。
ウィドウを止めて、ハッチを開けてその煙を見つめる。

「自信なんて無いわよ………ただ、生き汚いだけ…………」

『終わりましたか、ミス・マリィ。』

通信機から、ネストのオペレータの声がする。

「このタイミングで連絡してきたって事は、済んだって分かってるんでしょ？」

不機嫌なままに答える。

『いえ、その………』

まぁ、事情は知らないんだろう、一介のオペレータでは。
苛めるのはこのくらいで良いか。

「ミッションは無事終了。機体を回収して頂戴。」

『は、はい、直ぐに向かいます。』

溜息をついて、コクピットに戻ってハッチを閉じる。
今日はもう誰にも会いたくないな………


とは言っても、彼と顔会わさないわけには行かなかったんだよねぇ。

「お疲れ様でした、マリィさん。」

「ん、お疲れ……待たせちゃったかしら？」

「いいえ、こんなものじゃないですかね。」

ジェフはいつもと変わらない様子で迎えてくれた。
私がいつもと違うってことくらいは、初対面の相手でもない限り分かるだろう。
そのくらい、今の私の態度はおかしかったらしい。
それでも、彼は変わらない態度だった。
パッパとチェックと修理の指示を出していく。
私は、それをボンヤリと見ていた。
すると、データパッドをパタンと閉じてジェフが明るく言う。

「さて、お約束通り、軽く食事でもしましょう。」

「え？あ………そう、だっけ？」

確か、考えとくとか答えた様な…………

「とは言っても、この時間だと飲み屋ぐらいしかないですね。そうだ、最初にお話ししたバーはどうです？」

「あー、うん、いいけど……」

ジェフにしては結構饒舌だし、積極的な……ま、いいやね。
折角だから一緒に行こうか。


「では、乾杯しましょう。」

「何に？」

「そうですねぇ………プロジェクトがある程度進行してますし、順調に進んでいる事を祝してって事で。」

「ま、いいか……そんじゃ、乾杯。」

「乾杯。」

二人でグラスを合わせると、済んだチーンと云う音が聞こえる。
口に運んだ中身は………ストレートのジン（合成物だけど）。
ちなみに、ジェフのグラスにはソフトドリンク……あまり強くないのは知ってるから、別にいいんだけどね。

「近い内にですねぇ………」

「何？」

「試験機の試乗をお願いしたいんですが、いいですか？」

「ん………いいけど。」

ほんの僅かの間に、私のグラスに注がれたジンは、もう６杯目になる。
いい加減、目が据わってきた私に対して、ジェフはいつも通り、まったく素直に普通に話しかけてきた。
逆に、私は、それが煩わしくて生返事を返す。

「マリィさん。」

「ん？」

「明日からも、よろしくお願いしますね。」

「………分かったわ。」

私の答えを聞くと、ジェフはレシートを手に席を立った。

「帰るの？」

「ええ。明日も早いですから。それじゃ、あまり飲み過ぎないうちに帰って下さいね。」

「へぇい。」

やる気無く片手を上げて応える。
ジェフの背を見送って、私も腰を上げた。
………気持ちを切り替えるか。明日は、またいつもの私に戻ろう。
そうすれば、少しは、この血で汚れた『自分』を忘れていられるかな………

今回はあまり書く事のない、ＡＢＣです。
タイトルは「Ｄｉｒｔ」、意味は「汚れ」………今回の仕事は、あまり表に出せない様な仕事、「ＤｉｒｔｙＷｏｒｋ」裏の仕事と云うヤツです。
文中でマリィさんも言ってますが、レイヴンである以上、どうしても後味の悪い仕事を避け続けるわけにはいきません。
実際、ゲーム中で依頼文を見てると、たまに嫌な気分になります。
確かに、依頼者側にとっては依頼者なりの正論なんでしょうけどね。よくもこう、我が儘な事言ってるなぁって。
…………ちょっと脱線してますね。この辺で止めましょうか。
さて、またいずれ、お会いしましょう。

依頼者の我侭。
ほんと、ＡＣ３ＳＬをやっていても、そう思います。
レイヴンと一緒に仕事をすることがあっても。

「もっと仲良くやろーよ（＾＾；）」

なんて、画面の前でぼやくこともしばしば。

これもまたレイヴンの仕事。
死と破壊を司る存在であることを認識しました。

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