Ｍｉｓｓｉｏｎ：１６　「Ｐａｓｔ」

そこは、暗い闇と金属の僅かな照り返しが支配する静寂………私の他に人の気配は無い。
そこへ、やや重めのスピーカー越しの声…………

『…………辞める、と言うのかね？』
　
「ええ、そう………悪いけど、ね。」
　
『……君の部下はどうするのだ？』
　
「みんな好きにするでしょう？一人前の大人なんだし………いつまでも１０代の小娘に従うのも嫌だろうし、ね。」
　
『…………Ｂｌｏｏｄ・Ｃｒｕｓａｄｅは君の為の部隊だ。君が辞めるなら、解散しかないな……だが、君はどうやって生きていく？』
　
「………人の命を食らって生きる“毒蜘蛛”には、それ以外の生き方は出来ないわ。そう“造られた”のだから………貴方達に、ね。」
　
『……そうか、そうだったな…………それなら、もう私から言う事は無い。餞別代わりに、新しい戸籍を用意しよう。』
　
「ご親切な事で。でも、ありがたく戴いておくわ。」
　
『忘れないで欲しい。他の“連中”はどうかは知らんが、私は、君の親代わりだと自負している。私にとって、君は大事な“娘”なのだ。』
　
「……なら、私はさぞかし親不孝な娘ね。さよなら、『�ｂQ』……もう、逢う事は無いでしょうから。」
　
『………誰も、宿命からは逃れられない。分かっているだろう？』
　
「………機械の貴方が言う言葉じゃないわね。」
　
『我々は作業の潤滑化の為に仮想人格を割り当てられている。それを構成する知識が言わせているのさ。』
　
「宿命、ね。もしそんな物があるとしても、私は囚われるつもりは無いわ。貴方達が与えた“牙”で、喰い千切ってあげる。」
　
『………ここを出る時に、新しい“君”を受け取って行くといい。また、いずれ、此処で逢える事を願っているよ………』
　
「私は、望まないわ。」
　
『それでも、さ。では、行きたまえ。君の新しい人生に幸大からん事を。そして、いずれ、我等の元へ帰って来てくれ…………』
　
　
「………っ！」
　
半身を起こすと、慌てて周囲を見回す。
消えた照明の替わりに窓から月明かりが部屋を照らす。
放り投げたままのジャケット、空になった数本の缶ビール、付けっぱなしの端末………どこからみても、私の部屋だ。
夢、か………イヤな事は立て続けに起こるもんだって云うけど…………つまんないモン、思い出しちゃったわね………飲み直して寝よう。
　
　
「おはようございます、マリィさん。」
　
「ん、おはよ、ユーリ。」
　
寝不足だけど、仕事を放棄するわけには行かない。
怠い体をおして実験場に来たのはいいんだが………
　
「なんか、気分悪そうですね……大丈夫ですか？」
　
「別に、昨夜はちょっと寝付きが悪かっただけよ。機体テストはちゃんとやるから、気にしないで。」
　
なんて、笑顔を取り繕っては見るものの、多分、ぎこちないだろうな。
　
「……今日は止めましょう。主任には私から言っておきますから。」
　
ホントに心配そうな顔で見てる。
しゃーない、大人しく言う事聞くか………調子悪いのは事実だしね。
　
「ん、分かったわ。じゃあ、今日は家で大人しくしてるから……」
　
「それじゃあ、後でお見舞いに行きますね。」
　
「忙しいでしょ？来なくて良いわよ。」
　
「マリィさん、一人暮らしでしょう？具合悪いと大変じゃないですか。絶対に行きますから、本当に大人しくしていて下さいよ。」
　
「…………りょーかい。」
　
………どーも、この子が相手だと今一つ押し切れないなぁ。相性ってあるんだなぁ……
あ、余計な事考えると頭痛くなってきた。
マジで大人しく帰ろうっと。
　
　
むぅ………本気で調子悪い……もう、体中怠い………もしかして、風邪でもひいたかな？
うー、寝よ。
服、脱ぐのも面倒くさいなぁ…………
　
　
「マリィさん、大丈夫ですか？」
　
「んんん………あ、ユーリ？」
　
むぅぅぅぅ、どうも家に着くなり気が抜けて眠ってしまった様だ。
しかし、ユーリが来るまで気付かないとは………かなりヤバいか？
　
「顔、赤いですよ？もしかして、熱あります？」
　
「かも知んない……」
　
なんて言うと、ユーリが額に手を当ててくる。
　
「うわっ、マリィさん、かなり熱高いですよ?」
　
「そう？そうかも……」
　
「もう、いいから寝てください！」
　
いや、無理矢理ベッドに寝かされてもねぇ………一度目が覚めると、そう簡単には寝付けないよ。
まぁ、横になるのは構わないけどねぇ。
　
「取り敢えず、精の付くものを作りますね。」
　
「つーても、家の冷蔵庫には何も無いわよ。」
　
「ちゃんと買ってきてます。」
　
そう言うと、ユーリは床に置いていた袋を持ち上げた。
確かに、食料みたいだけど…………
　
「何人前よ、それ……」
　
「え？今夜の分だけですけど？」
　
………なんて分量だよ、全く………私１人だったら１週間は保つよ。
　
「さって、と。メニューは後のお楽しみですよ。」
　
そう言って、ユーリはキッチンに入っていった。
しゃーない。大人しく待つしかない、か。
　
　
「マリィさん、起きてください。」
　
「う、ん…………あ、また寝てたか。」
　
あー、意識がボンヤリする。
かなりヤバいなぁ。
　
「……まだ具合悪そうですね。」
　
「ん………そうね。」
　
ユーリに支えて貰いながら上体だけ起こす。
あ、何かいい匂いする。
　
「予定とちょっと変えて、雑炊を作ってみました。熱いですから気を付けて下さいね。」
　
「あんがと………いただきます。」
　
器に盛られた物を見る。
　
「ねぇ、“ゾウスイ”って言ったっけ、これ？どんな料理？」
　
「え？えーと……お野菜なんかを入れて作ったお粥……ってお粥も分からないですよね。」
　
「うん。」
　
あ、考え込んでる。いい説明が思いつかないんだな。
　
「………お米のスープとでも思って下さい。」
　
「……そんな乱暴な……」
　
「いいじゃないですか、細かい事は。冷めないうちにどうぞ。味は保証しますから。」
　
「んじゃ、いただきます………」
　
むぅ、ちょっと怖いけど一口………ん、塩味が効いてる。柔らかくって、呑み込みやすい。
　
「何入ってるの？」
　
「今日は、鳥肉、椎茸、大根、三ツ葉、卵です。お味、どうですか？」
　
「うん、美味しい。ありがとね。」
　
料理って、見た目じゃないわね。これなら結構食べやすい。
　
「いっぱい作ったんですから、いっぱい食べて下さいね。」
　
嬉しそうに笑って、まぁ。
　
「人に食べさせるだけじゃなくて、自分でも食べなさいよ。」
　
「食べてますよ。」
　
確かに、たまに口に運んでるけどね。
ま、いいや。私はもう一杯くらい食べようかな。
　
　
「おーい、大丈夫ぅ？」
　
「もー、飲めまへ〜ん………」
　
全く、人の家に来たら缶ビール空けちゃって。
完全に酔いつぶれて………取り敢えず毛布でも掛けといてやるか。
私も、今日はこれ以上起きてるの辛いわ。
薬も効いてきたし、お休み。
　
　
うーん、いい朝だ。
昨日より大分体も軽いし。
　
「ユーリ、起きなさい。」
　
「う〜ん、後５分……」
　
「寝惚けるなぁ！」
　
ベッドから枕を投げつける。
　
ボスッ！
　
やや軽めの音を立てて、枕がユーリの頭に直撃………うむ、我ながらコントロール抜群ね。
　
「いったぁい……マリィさん、非道いぃ。」
　
目に涙を浮かべてこっちを睨んでるけど、悪いのはそっちだ。
　
「私はいいんだけどさ、出勤、間に合うの？」
　
そう言って、私は壁の端末を指す。
ディスプレイには、大きく、“０８：３１”と表示されてる。
確か…………
　
「事務所までここから２０分はあったよね。」
　
「あぅ、マズいです……あ、じゃあ、私行きますから。マリィさんはどうするんですか？」
　
「んー、悪いけど今日もちょっと休ませて貰うわ。」
　
「分かりました。主任には伝えておきますから。」
　
そんだけ言って、ユーリは足早に出ていった。
さて、もう一眠りするかな。
時には、休息も仕事の内ってね。
　
　
うーむ、結局数日休んじゃったな…………さて、久々にアリーナでも行くかね。
早退した日から５日……いい加減、ネストの事務局にも顔出さないとね。
　
　
着いてみたのはいいが………今日の対戦カードは何かな？
え、っと………逆間接オンリーの１位決定戦にフリーが４つ……うーん、あんまし見ても面白く無さそうだなぁ。
ん？あれ？もう一つあるね………ハンディキャップ・マッチ、か。ブルー・ペタル、レッド・ペタル組対……ティグレ？
２対１って、結構大変だよ。しかも、アリーナ・ドームって、逆間接にとってはかなりやりやすいんじゃなかったっけ？
ふむ、これは見るかな。
っと、その前に事務局言って来ようっと。
　
　
「お久しぶり。何か出場オファーとかある？」
　
「いえ？特にありませんが。」
　
「そう？んじゃ、何かあったらまた連絡頂戴ね。」
　
「了解しました。」
　
顔馴染みの事務員と簡単にスケジュールを確認した……けど、案の定、何も無いでやんの。
よし、例の試合、見てくるか。
　
　
……見なきゃ良かった……胸がムカムカする。
機能停止した１機に向かって、あそこまで攻撃を続けるか？
くそ、“アレ”は“私達”の“やり方”じゃないか！
アイツだ……あの乗り手は私が知ってるヤツだ…………控室に、自然と足が向いていた。
　
「………いる？」
　
「………いるわよ？誰？」
　
中にいたのは長い黒髪の女………既にパイロットスーツを脱ぎ、ちょっと変わった衣装に身を包んでいる。
こちらに振り向いた顔…………攻撃的な目つき、いわゆる、肉食獣の様な顔立ち。
特徴的なのはその左頬に走った二条の傷痕………
　
「…………紅虎（ホンフー）………やっぱりアンタか。」
　
「あら？久しぶりですねぇ、隊長殿。」
　
ニヤリと口の端を歪めて笑う。
まったく、気に障る事ばかりする。
　
「いつ、レイヴンになった。」
　
「なったのはずっと前……一応、今は企業の子飼いですけどね。」
　
「………そう……それはいいわ。それより、さっきのは何？」
　
私がそう言うと、ちょっと考えてから答える。
　
「さっき？ああ、さっきの試合ね。何か変だった？」
　
「いつまで特殊部隊のつもりでいるのかって訊いてるのよ。」
　
私は自分では押さえてるつもりだった…………でも、どうやら怒気は押さえきれなかったらしい。
　
「怖い顔しないでよ、隊長。あたしは、貴女が教えた通りにやっただけじゃないの。『一度戦場に臨んだからには、眼に付くモノは全て消去しろ。』って言われた通りにね。」
　
「人前でやるようなことか！」
　
「人目を気にするなんて、随分と丸くなったのねぇ……貴女の部下だった頃は、そんな事一度だって言った事無いでしょ？『全て消去すれば関係ない。』なんて言ってたはずよね？」
　
クックッと喉の奥を鳴らす様に笑う紅虎。
　
「それに、レイヴンのやり方だって同じじゃない。あたし達の昔と今、何も変わってないわ。違うのは、貴女が上にいないだけ。」
　
「………今度は私が相手しようか？」
　
「それは無理。今日のは会社が決めたデモンストレーションみたいなものだもの。基本的にはあたしはアリーナには出られないのよ。」
　
「………戦場で私の前に立ったなら、覚悟するのね………その根性、叩き直してやるから。」
　
「そうね…………一応気に留めておくわ。敵とは限らないでしょうけど。」
　
そう言い残すと、紅虎は笑い声を残したまま控室を出ていった。
私は、壁を思い切り叩く。
　
「………馬鹿野郎………」
　
思わず口をついて出たその言葉………直接聞かせてやるべきだったか。
やりきれない気分のまま、私はその場を後にした。
　
　
あれから１週間………どうも気分の悪いまま過ごしていた私は、周りにかなり怖がられていたらしい。
試験中も、ジェフ以外は近付いてこなかったからなぁ。
今日も遠巻きに見てる………ダメだなぁ、ちょっと反省。
ってことで休憩してると、ジェフがいつものようにノンビリした感じでやってくる。
　
「ジェフ、試験モデルってまだなの？」
　
「今ユーリ君に最終調整を行って貰ってます。もう３ヶ月くらいでしょうね。」
　
「３ヶ月ゥ〜?マジでぇ〜?」
　
「何かあったんですか？焦ってもいい事はありませんよ。」
　
そりゃそうだけどさぁ。
あんだけ思わせぶりに言っといてそれかよぉ。
　
「そりゃ分かるんだけどねぇ。」
　
「その時はお願いするって決めてるんですから、気を楽にして待ってて下さい。」
　
「……りょーかい。」
　
しゃーない。
契約を交わしてる以上は、仰る通りにしましょうか。
　
「んじゃ、次の試験始めようか。次は何？」
　
「そうですね……マリィさんは気分良くないでしょうけど、被弾耐久テストに行きましょう。」
　
「うげぇ〜、やだなぁ………しゃーない、始めましょ。」
　
うう、機体が揺れるのはイヤなんだよねぇ………でも、耐えるのも仕事だよね…………
いつか、時が来る……その時は………

お久しぶりです。貧乏暇無しＡＢＣです。
さくさくっとこの後書きをば書きませうか。
今回のお題、「ＰＡＳＴ」で御座いますが、この意味は、「過去」。単純な意味ですねぇ。
特に捻りも何もなく、ただ、マリィの過去の柵（しがらみ）を書いた話です。
今回登場した元部下、紅虎（ホンフー）。
名前から分かる通り、中国系の人間です。いわゆる、女暗殺者的なイメージですね。
彼女とマリィさんの対決は何時なんでしょうね？
　
さて、この後はどうしましょうかねぇ。
今後も、見放されてないのでしたら、気長にお待ち下さい。

いままで歩んできた道があるからこそ、今の自分がいる。

わかってはいても、なかなか割り切れないものなのでしょうね。
いずれ、交わる人の運命の糸。

そこに血と硝煙の匂いがついて回るのはレイヴンの宿命でしょうか…。

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