まえがき
外伝は、本編（『想いを受け継ぐ者』）の途中に入る、番外編です。
今回の外伝：第壱話は、本編の第六話と第七話の間に入ります。
まずは、その事を踏まえてお読み下さい。
その日は、ユウカが精密検査から帰ってくる日だった。
「……ユウカさん……」
誰も居ない葛城家の食卓。
ペンペンは冷蔵庫から出てこない。
レイは、１人で冷めたお茶を飲んでいた。
ミサトのルノーの助手席には、制服姿のユウカが座っていた。
「……ユウカちゃん、なんかとっても眠そうだけど、大丈夫？」
「ふぇ？平気です、ミサトさん。ウチに帰って寝れば……」
と言いつつ、欠伸を一つ。
ミサトはクスリと笑った。
「着くまで寝てていいわよ」
「……それじゃ、少し寝ます……」
そう言って、ユウカは寝入ってしまった。
ミサトは、視線を一瞬だけユウカの方に向けた……それは、とても優しげなものだった。
「ただいま〜」
「お帰りなさい……」
ミサトの声に、レイが玄関まで迎えに出る。
そこには、完全に熟睡しているユウカを肩に乗せているミサトの姿があった。
「レイ、悪いんだけど……部屋のドア開けといてくんない？あと、ついでにユウカちゃんの布団敷いてあげて」
「分かりました」
そう言うと、レイは足早に自分達の部屋に戻り、ユウカの分の布団を敷いた。
「どうぞ……」
それを聞いて、ミサトは玄関からユウカ達の部屋に行き、ユウカを布団に下ろして靴を脱がせた。
「んじゃ、レイ。あと、よろしく」
そう言って、ミサトは靴を持って玄関の方に去っていった。
レイは、制服のまま熟睡しているユウカの横に立って、その寝顔を見下ろしていた。
「お帰りなさい、ユウカさん……」
ポツリと呟くと、レイは自分の布団を敷き始めた……
外伝：第壱話 ある、一日
「おっはよ〜、レイ。ユウカちゃんは？」
「……まだ眠ってます」
「そっか〜。じゃ、アタシ行って来るから、留守番お願いね」
ミサトは、そう言い残してネルフ本部に出かけていった。
レイは、ミサトが出ていったのを確認すると、部屋に戻った。
スヤスヤと眠り続けるユウカの寝顔を見るために、枕元に座り込んで見る。
寝息が安定しているので、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「ん……ふぁぁぁぁ……あ、レイさん。おはよ……」
その瞬間、ユウカが突然眼を覚ました。
「うん、レイさん、やっぱり笑ってる方がいいね……」
ユウカは、レイの表情が微かに笑みを帯びているのに気付いた。
そんなことを言われたレイは、頬を染めながら顔を背ける。
「ユウカさん、大丈夫なの？」
ユウカの顔を見ないようにして、レイが話しかける。
「そうだね……もう平気だと思うけど……」
そう言いながら、ユウカは上半身を起こす。
「お腹空いたね。何か作ろうか？」
そのまま起き上がろうとするが、ユウカはバランスを崩す。
倒れそうになるのを、レイが支える。
「あ、ありがと、レイさん」
「ううん、大したことしてないから……」
レイに手伝って貰い、もう一度布団に座る。
（うーん、まだ体の方がついてこないな……どうしようかなぁ……）
そんな風に考えてると、レイが立って部屋を出ようとしている。
「レイさん？」
「……何か、飲む物でも持ってくるわ。待ってて」
レイはそう言って、部屋からキッチンに向かった。
キッチンで、冷蔵庫から冷えたジュースを取り出すと、それをコップにあける。
（ユウカさん、まだ具合悪そう……私のせいだ……約束、守れなかったから……守るって言ったのに……）
不意に、胸に暗い気持ちが浮かんでくる。
「レイさん？どうしたの？」
急に声をかけられ、レイは振り返った。
そこには、昨夜の制服のままのユウカが立っていた。
まだ怠そうに柱に寄りかかっているが……
「ユウカさん……」
慌てて、レイが近寄っていく。
「休んでいなくて平気？」
「私は大したこと無いから。それより、レイさん、何か考え事でもしてたの？」
ユウカは、自分の体より、そこにいる友達のことを心配していた。
それが、レイには辛くて苦しいことだった。
「……ユウカさん、何か食べる？」
「うーん、適当に作ろうか。レイさん、朝食べた？」
フルフルと横に首を振るレイ。
ユウカは大きく頷くと、冷蔵庫を開けた。
久々ながら、鮮やかな手並みで朝食を作っていくユウカ。
「さぁ、出来たよぉ」
テーブルの上には、コンガリとキツネ色に焼けたトーストと、ほうれん草のソテー、フレンチエッグが２人分載っていた。
「いっただっきまぁす」
「いただきます」
２人は向かい合って食事を始める。
ユウカが、とても楽しそうに食べるのを見て、レイの気持ちも少しばかり軽くなった。
「あ。そうだ、レイさん。休んでた間のノート写してもいい？」
レイはコクンと頷く。
それを確認したユウカは、また、美味しそうにテーブルの上を片付けていった。
２人は、部屋で小さなテーブルを出して勉強していた。
時折、ユウカが質問して、レイが答えるのが繰り返されていた。
だが、今は脱線して、学校で起きた事を尋ねていた。
「ふーん、そんなことあったんだぁ……あ、今日休ませちゃってゴメンね」
「ううん、いいわ。分からないことがあっても、本部で暇な人に聞けばいいもの」
「暇な人？」
「誰か１人くらいはいるわ」
レイはあっさりとそう言った。
「そうなの？」
「副司令なんて、割と空いているわ」
「えー、そんな事言ったら冬月さんに悪いよぉ」
そう言いながら、ユウカは笑っていた。
昼食の後、ユウカはイスに座って、ウトウトしていた。
レイは、隣のイスに座って、ユウカのことを見つめていた。
戦いの終わった時も、さっきも、ユウカは自分の事を責めたりしなかった。
その優しさが、今のレイには負担になっていた。
（私が守らなければいけなかったのに……そうしないと、ユウカさんとの絆が……）
レイの心には、焦りと後悔の気持ちだけが渦巻いていた。
（ユウカさん……私のこと、どう思っているの？）
レイは、ずっとユウカのことを見つめ続けていた。
「んん……レイさん……」
名前を呼ばれたレイは、ハッとして、ユウカの様子を伺う。
だが、ユウカが起きた様子はない……寝言の様だ。
「レイさん……大丈夫だよぉ……ふにゅ……」
どんな夢か分からないが、ユウカは自分の出ている夢をみているようだ。
レイは、少し気恥ずかしくなって、頬が朱に染まった。
「ユウカさん……」
思わず、そっと手を伸ばしてユウカの頬に触れたレイだった。
ＥＰＩＳＯＤＥ：ＥＸ１ Ｏｎｅ Ｄａｙ
２人は、夕方近くになって、少し離れた所まで歩いた。
そこは、ミサトに連れてこられた、あの、丘の上の公園だった。
２人の見てる前で、ビルの谷間に夕日が沈んでいく……
「やっぱり綺麗だなぁ」
ユウカはそう呟いた。
レイも並んでその光景を見つめていた。
家に戻ると、ミサトから留守電が入っていた。
どうやら、帰りは真夜中になるらしいとの事だった。
ユウカは、夕食を作り２人で食べる。
その後、部屋で考え込んでいたレイに、ユウカが声をかける。
「ね、レイさん……ちょっと五月蝿くするけどいいかな？」
「何をするの？」
「チェロ……ちょっと弾いてみたくって……」
「……どうぞ」
ユウカは、ケースからチェロを取り出すと、何曲か弾いて、感じを確認していたようだった。
「レイさん……」
レイは自分の名を呼ばれてハッとした。
ユウカは、まだチェロを抱えている。
「悩んでることや気になることがあったら、私で良かったら聞いてあげるから……１人で抱え込んじゃダメだよ」
そう言って、ユウカは柔らかな笑みを浮かべた。
「人間って、１人じゃ生きていけないんだよね……だから、助け合おうよ。同じ女の子同士……ね」
そして、ユウカはチェロを置いて、レイに右手を差し出す。
「私、あの時、レイさんが私のことかばってくれたの……凄い嬉しかったの。今まで、誰も私のことかばってくれやしなかったもの……」
急に淋しげな表情を浮かべるユウカ。
レイは、そっとその右手を両の掌で包み込んだ。
「ユウカさん、私、ユウカさんの傍にいる。これからずっと……」
「ただいま……って、起きてる訳無いか……」
ミサトは、玄関をくぐるなり、１人呟いた。
そして、思い立って、ユウカ達の部屋を覗く。
布団を寄せて、手を握りあって寝ているユウカとレイの姿が見えた。
２人の表情は、なんとなく幸せそうに、ミサトには思えた。
「おやすみ……」
そっと、優しい微笑みを浮かべながら、ミサトはドアを閉じた……
あとがき
ちょっとだけ、レイのフォローしておこうかな？なんてつもりで始めたのですが、結局はユウカと２人分のお話になってしまいましたね。
内容としては、退院して帰ってきたユウカと待っていたレイの、退院の翌日の様子を淡々と綴っただけのモノです。
２人きり、２人だけの一日……この２人、仲良くさせていいですよね？
この、外伝シリーズは、思いついたときに書くので、もしかするとこれで終わりかも知れないし、早い内にもう１本くらい書くかも知れません。
では、お目を汚したことをお詫びしつつ、今宵はこの辺で……
作成日付：２００１／０１／１３
改稿日付：２００１／０２／０５
感謝の言葉：
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第０７話「人の造りしモノ」に進む。
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