まえがき
外伝は、本編（『想いを受け継ぐ者』）の途中に入る、番外編です。
今回の外伝：第参話は、本編の第拾壱話と第拾弐話の間に入ります。
まずは、その事を踏まえてお読み下さい。
「うっわぁ〜、ひっろぉい」
「ホント、広いねぇ」
アスカとユウカが歓声を上げる。
温泉旅館・近江屋……浅間山近くの宿。
浅間山火口にて使徒を殲滅した後、ミサトは、スタッフを慰労する意味で、一泊することを決めた。
ユウカ達、パイロット３人は、一足早く露天風呂に入りに来たのだった。
「ユウカ？何でアンタはタオル巻いてるのよ」
「え？だって、恥ずかしいじゃん……ねぇ、レイさ……」
ユウカが後ろにいるはずのレイを振り返ると、レイもアスカ同様に、タオルで隠すことなく裸のままでいた。
絶句するユウカを、レイは不思議そうに見る。
「ユウカさん、どうしたの？」
「ううっ……２人とも、スタイルいい……」
アスカもレイも、隠さないだけあって、かなり綺麗である。
ユウカは、コンプレックスに苛まれた。
いじけるユウカの足元にペンペンが来て、ポンポンと羽根で慰めるようにユウカの足を叩いた。
「ペンペン……一緒に隅っこ行こうね……」
ユウカはペンペンを抱き上げて、露天風呂の奥へ行ってしまった。
「ユウカさん、どうしたのかしら？」
「さぁ……分かんないわね。ま、ゆーっくり温まりましょ」
アスカはそう言って、自然石で作られた湯船に入る。
レイも、端っこに腰を下ろした。
岩陰で、ペンペンが泳ぐのを見ながら、ユウカはのんびりしていた。
「ふぁ〜……気持ちいいなぁ……」
体が温まってきたので、洗うために湯船を出ようとした……その時、アスカがこっそりと後ろから近付いていた。
「ユ・ウ・カ。お姉さんが成長具合を見てあげるわ♪」
そう言って、アスカはユウカの背中から抱きつき、胸に触る。
「キャアアアアアアアア！」
けたたましい悲鳴を上げるユウカ。
アスカは、予想以上にふくよかで柔らかい感触に、とまどいの表情を浮かべた。
「ア、ア、ア、ア、アスカぁ！変な事しないでよ！」
胸を隠すようにしながら叫ぶユウカ。
「あ、うん……悪かったわ」
ポツリと呟くアスカの態度に、ユウカの方が不信な顔をする。
「ね、ねぇ、アスカ？あの……怒った？ビックリしたからつい大きい声出しちゃったけど、ねぇ、アスカってばぁ……」
「え……と。ゴメン……そんなに驚くなんて思ってなかったから」
逆にすまなそうな顔のユウカに、アスカは謝罪の言葉を告げる。
「あ、じゃ、わ、私、先に上がるね」
そう言って、ユウカは慌てて風呂場を出ていった。
ペンペンが後を追いかけていく。
アスカは、ユウカの胸に触れた自分の掌をまざまざと見つめる。
「……おっきい……負けたかも……」
レイは、アスカの後ろに近付いて、冷水で一杯のタライをアスカの頭の上で傾けようとしていた。
外伝：第参話 湯煙の果てに
「ミサトさ〜ん、お風呂上がりました」
ユウカは、ペンペンを連れて一足先に部屋に戻ってきた。
部屋割は、ユウカ達パイロットとミサト、リツコとマヤに加えて女性スタッフ２名、日向他、男性スタッフ３名である。
他の人間は、機材等の片付けついでに帰ってしまっていた。
そんなわけでユウカが部屋に戻ると、ミサトの姿は無かった。
「どこ行ったんだろ？入れ違っちゃったのかな？」
仕方なしに、ユウカは座ってお茶を淹れ始めた。
一口啜って、呟く。
「はぁ〜、美味しい……幸せだなぁ」
その頃、ネルフ本部。
青葉は１人、発令所で溜息を付いていた。
「はぁ……俺も温泉行きたかったなぁ……」
呟くと、イヤそうに自分の仕事に戻った。
近江屋の駐車場。
ネルフ所属の指揮車輌……１４式大型移動指揮車の中で、ミサトはリツコと話していた。
「折角許可が下りたんだし、アンタも久々にゆっくり出来そうね、リツコ」
「……その代わり、戻ってからが忙しいのよ。分かってる、ミサト？」
「はいはい……リツコセンセってば、お堅いわねぇ」
「貴女が気楽すぎるのよ、ミサト」
そんなことを言いながら、２人は車を降りて旅館に向かう。
「それにしても、あの子達のために一泊なんて、少しは保護者らしい所見せたいのかしら？」
「そんなんじゃないって……大体、それが理由じゃ公私混同だって言うでしょうが、アンタ」
「私だって、いつもいつも杓子定規じゃないわよ……たまには、お風呂でゆっくりするのもいいかもね」
「おんや？やけに話が分かるわねぇ？ま、いいか……そんじゃ、宴会場でね」
「来る前に飲み過ぎないでね」
リツコは、キツい釘を刺した。
「あ、ミサト。どこ行ってたのよ？」
部屋に戻ってきたミサトに、アスカが声をかけた。
テーブル傍でお茶を飲んでいたユウカとレイも、その声に入り口の方を向く。
「チョッチ、打ち合わせしてたのよ。お風呂、楽しんできた？」
「それなりにね」
複雑そうな顔をするアスカ。
ユウカは苦笑いを浮かべているし、レイはいつもと変わらない。
「あらま、淡白ねぇ……そんじゃ、お姉さんも軽く汗を流してこようかしらん」
そんなことを言って、ミサトは露天風呂の方へと姿を消す。
「行っちゃったわね」
「そうね」
アスカとレイが淡々と話す。
ユウカは、静かにお茶を啜っていた。
「ねぇ、ユウカ。もう一回お風呂行かない？」
アスカがユウカの横に来て言う。
「うーん、今はいいわ。御飯食べた後にする」
「そう？そんじゃ、アタシもそうしよっかな？」
そう言って、アスカは退屈そうに伸びをする。
レイは、その間、ペンペンにお茶請けのお菓子を上げていた。
「いや〜、生き返るわねぇ」
「ミサト、年寄り臭いわよ」
湯船に漬かって気持ちよさそうにしているミサトに、リツコが突っ込みを入れる。
「あによぅ、リツコ……いい気分なんだから、茶々入れないでよね」
「リラックスするのは良いけど、程々にね」
そう言いながら、リツコも湯船に身を沈める。
「あら、ホントに良い湯加減ね」
「でっしょ〜ぉ。ノンビリしちゃうわぁ」
機嫌が直って、笑顔を振りまくミサト。
リツコは、その様子を見て微笑んだ。
ＥＰＩＳＯＤＥ：ＥＸ３ Ｐａｎｉｃ ｉｎ Ｓｐｒｉｎｇ
夜、６時半。
小宴会場で、夕食が始まった。
ユウカ達にはジュース、他の人にはビールが注がれ、ミサトが立ち上がり音頭を取る。
「えーっと、みなさん、今日はご苦労様でした。日頃の労働を労うための宴会ですんで、今日は無礼講です。ってわけで、乾杯の音頭を取らせていただきます……みんな、コップ持った？いいわね？……そんじゃ、乾杯！」
ミサトの号令に合わせて、乾杯の声が挙がる。
その後は、楽しい食事の時間だ。
「ユウカさん？美味しくないの？」
レイが、なかなか箸を動かさないユウカを見て尋ねる。
「ううん、美味しいよ……自分で作らなくて良いって幸せを噛みしめてたの」
「そうなの？」
ユウカの答えに、よく分からないながらも、レイは話を締めた。
「あーお腹いっぱい……でも、ちょっと好みじゃなかったわね」
「アスカ、それって我が儘」
アスカの言葉を、ユウカが窘める。
「あのさ……アタシの舌が肥えたの誰の所為だと思ってるの？」
アスカがユウカに詰め寄る。
「へ？……私の所為？」
「そーよ！アンタがいつも美味しいもん作るからよ！」
「それって屁理屈だよぉ」
苦笑しながら、ユウカは答えた。
「ユウカさん、戻りましょう」
レイがユウカに声をかけた。
「あ、そうだね。アスカぁ、部屋に帰ろうよ」
「何で？」
アスカが問いかける。
ユウカは、苦笑しながら答える。
「だって……このままここにいると、地獄だよ」
言われて、アスカは周囲を見渡す。
宴会開始からすでに１時間半……大人達は、ほろ酔い加減である。
「……そうね、帰ろっか」
アスカも納得し、３人のパイロットはソーッと部屋を後にした。
「あーっ、卓球台！」
部屋に戻る途中でアスカが発見したのは、手入れの行き届いた卓球台だった。
「やーっぱり日本の旅館といったら卓球台よねぇ」
納得げに頷くアスカ。
ユウカは苦笑しながら、レイは無表情に顔を見合わせる。
「って訳で、ユウカ、勝負よっ！」
「何が勝負なのよ？」
「いいから！ラケットとボール借りてくるから、待ってなさいよ！」
アスカはそう言い残してフロントの方へ走っていく。
ユウカは、溜息を付いた。
「いっくよぉーっ！」
「よぉーっし、来い！」
ユウカが気合いの入ったサーブを打つ。
アスカは、それを強引に打ち返す。
ラリーの応酬が続く。
レイは、ボンヤリとユウカを見ていた。
「いよっしゃーっ！」
「うーっ……」
アスカの痛烈なスマッシュが決まった。
「……アスカ、１５ポイント。アスカの勝ち」
ポツリとレイが呟いた。
「勝っちぃ〜」
「ふにゃぁ……アスカ強いねぇ」
息を切らせながらユウカがアスカに賛辞を送る。
「アンタも悪くなかったわよ。ね、もう一勝負しない？」
「ふぇ？……うーん、いいけど、レイさんやる？」
レイは首を横に振る。
「そぅねぇ……何か賭けよっか？うーん、そうだ！」
「何？アスカ」
「お風呂で背中流して貰うってのはどう？」
アスカは、本当にいいことを思いついたような顔だ。
「むぅ……よし、受けた！」
「私もやる……」
「「へ？」」
レイの突然の発言に、ユウカとアスカが呆気にとられた顔をする。
「早くしましょう？」
レイは表情も態度も変わらないが、その言葉には、思いっ切りやる気が見え隠れしていた。
「ふにゅ〜む……」
「約束なんだから、ちゃんと背中流してよね、ユウカ」
「分かったよぅ」
結局、アスカが一人勝ちであった。
レイは一勝一敗……ユウカは完全に敗北を喫し、アスカとレイの背中を流すこととなったのだ。
一旦部屋に戻ってお風呂の準備を整えると、３人は大浴場に向かう。
その途中で、マヤと会った。
「あら、あなた達お風呂？」
「あ、伊吹さん……そうなんです。ところで、宴会はどうなったんですか？」
ユウカが尋ねる。
マヤは苦笑しながら答えた。
「もう大変よ。私はあまりお酒強くないから抜けてきたんだけど……先輩と葛城さんが強くてね、みんな酔いつぶれてるんじゃないかしら」
「はぁ……」
呆れた顔をするユウカとアスカ。
「それじゃ、私部屋に戻るから」
マヤは、そう言い残して去っていった。
「行きましょ、お風呂」
レイが２人を促す。
ユウカとアスカも気を取り直して浴場へ向かっていった。
「お客さん、どーですか？」
「んー、なかなか上手ねぇ……眠っちゃいそう」
ユウカが戯けて声をかけると、アスカも調子に乗って返事する。
「はーい、お湯かけますよぉ」
「どーぞー」
ザッパーン！
勢いよくお湯をかけるユウカ。
「ユウカさん……」
「あ、ゴメン、レイさん。今そっち行くから」
ユウカは、今度はレイの背中を流すために、そっちへ歩いていく。
「どうかな？」
「……うん」
レイの背中を流すユウカ。
レイは気持ちよさそうにしている。
「レイさん、気持ちいい？」
「うん……」
どことなくボーっとした感じのレイ。
ユウカは優しく背中を洗ってあげた。
ほんのりと桜色に染まったユウカ達は、部屋に戻った。
途中で宴会場を覗いたのだが、ミサトは気分良さそうに飲み続けていた。
仕方なしに放っておいて、ユウカ達は布団の上に横たわる。
「んーっ、気持ち良かったぁ」
ユウカは仰向けになって手足を伸ばす。
隣の布団にレイが横になる。
「ねぇ、ユウカ……トランプしない？」
突然、アスカがそんなことを言いだした。
「トランプって……どこから出したの？」
「外出用のバッグの中に入れてあるのよ」
「ま、いいか……で、何するの？」
ユウカはアスカの方に転がっていく。
アスカはトランプをきりながら考え込む。
「そうねぇ……レイ、アンタ何か知ってる？」
「知らない」
レイは首を横に振って答える。
ユウカは思いついたままに口にする。
「そんじゃ、ババ抜きでもする？」
「……分かりやすくていいか……レイ、アンタでもババ抜きくらい分かるでしょ。こっち来なさい」
レイもゆっくりと近付く。
「ところで、アスカが言い出す以上、また賭けようとか言うんじゃないの？」
「負けた人は後の２人をマッサージってとこね」
ユウカの問いに、アスカはあっさりと答えた。
「良い？レイさん」
「了解……」
ユウカに訊かれて、レイは素直に頷く。
そして、ババ抜きが始まった。
「ユウカ、アンタ勝負事に徹底的に弱いんじゃない？」
「あぅぅぅぅ……そうかも」
情けない声を出しながら、ユウカはアスカの肩を揉んでいた。
レイは済まなそうな顔で見ている。
「あー、でも、ユウカに肩揉んで貰うのって気持ちいいなぁ」
「そうで御座いますか？で、お客さん、他にこってる所は無いですか？」
「んー、そうね……アタシはいいから、レイの方やってあげなさいよ」
「はいはい」
ユウカはレイの方に近付いていく。
「レイさん、お待たせ……さ、こっちに背中向けて」
レイは、コクンと頷いて、座ったままユウカに背中を向ける。
ユウカは、レイの肩に手を置いて、揉み始めた。
「どう、気持ちいい？レイさん」
「うん、気持ちいい……」
レイは陶酔した表情で答える。
ユウカは、ちょっと引いてしまったが、それでも約束通りに肩を揉んでいる。
いつしか、静かになったと思ったユウカは、安らかな寝息を立てているレイとアスカに気付いた。
「むぅ、しょうがないなぁ……」
そう言って、ユウカはレイとアスカをキチンと敷布団に寝かせ、掛布団を掛けてやる。
そして、窓を開けて星空を見上げる。
「うわぁ〜、綺麗な空……うん、明日も頑張ろっと」
ユウカの呟きは、美しい星降る夜空に吸い込まれていった。
あとがき
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第１１話「灼熱の底へ」に進む。
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