前線より１０キロメートルほど離れたところに、「連合企業軍最前線司令部
通称トレイディシティ」がある。たいがいの前線部隊はここが本部となり住居と
なるわけだが、ここは都市なのでその広さは広く、作戦司令施設から公衆トイレまで、
それにミサイル迎撃システム、全対応レーダーなども１２０パーセント配備されている。
最前線が落ちる＝敗北といった状況なのだから無理もない。人口は４万人、
現在ここには民間人も住んでおりその数はおよそ８千人である。
そのほとんどがなんらかの形で軍と関係を持っているといったのが現状だ。
ここには当然ＡＣ用ガレージも完備されていていつでも好きなようにアセンブルできる。
費用も国持ちなので貧乏レイブンでも問題ないというわけだ。なお軍隊なので
カラーリングは統率されている。指揮官機などによって多少の違いはあるものの
ボルボテック側が主に緑貴重で、連合企業軍側は白貴重とされている。
悲惨なことにここ前線地帯ではＡＣの数にリグや輸送機の数がついていけず、
ほとんどのＡＣが徒歩で出撃する。ザックス第五小隊もその１つである。
シティ南の隠し帰還口から４機のＡＣが格納庫へと入ってきた。
「あ〜疲れたぜ、これで少しの間は、命令は下らねぇだろう。みんなゆっくりせいや。
俺は帰還報告しておくからよ。先行っていいぞ。あ、ロイドはそこで待っとけよ。」
ザックスは３人から離れて戦果報告へ向かった。
「んじゃ、私はガレージに行くから。また」
「俺もガレージに行く。ロイド君、まぁがんばるんだな」
プリューヌとシーマットは人ごみのなか消えていった。
「そんなぁ、俺、酒は弱いのになぁ」
ザックス小隊では一回の出撃ごとに隊長が隊員のだれかといっしょに
飲むことになっていた。もちろん隊長の独断なのだが、最近ではその対象が
ロイドばっかりになってきた。ザックスも女性と飲むのには抵抗があるのだろう。
それにまじめなシーマットとも飲むことを嫌っているようだ。
「おっしロイド、今日は飲みつぶれるぞ」
パイロット基本規定により、最前線配備パイロットの飲酒は１日１時間以内と
されているが、そんなことは無視するのがザックスという男だ。
嫌がるそぶりをみせるロイドには見もくれず、ＡＣ乗りがよく利用する
バー「ランカー」へ向かった。
バー「ランカー」は士官クラス（といってもそのほとんどがＡＣパイロットなのだが）の
軍人がよく利用するバーである。ここトレイディシティには他に将官専用バーなど
がある。「ランカー」には主に前線で働く８個小隊の隊長や隊員が利用していた。
「おぅ！シグルド、なんとか無事帰ってきたわ！ っとマスター！いつものやつを、
ロイドにもな」
現在連合企業軍のＡＣの数は６４機（ボルボテックは７６機）である。ここ前線には
常に８個小隊が哨戒態勢にあらなければならないことになっている。
さらにトレイディシティには４個小隊が常に待機状態であらなければならない。
つまりいまトレイディシティには３２機のＡＣが存在することになる。
しかしそのほとんどが訓練したてのパイロットで構成されているＡＣばかりで、
実質のところ実戦を経験していない者も多く存在する。
現在の配備状況を見てみよう。連合企業国側は前線で戦闘中なのがマシュー、
ランパオ、ハイデッカー、ハワード、グリムゾン、カムラス、レドルラック、
ルーブルザントの各ＡＣ小隊、それにＭＴ・戦闘車両混成部隊が２４、
補給部隊が４といった状況だ。
そして本部に待機状態にあるのがルイス、唯一の女性隊長であるリリィ、
帰還直後のザックスとシグルドのＡＣ小隊に、ＭＴ・戦闘車両混成部隊が６、
補給部隊が１だ。
前線以外の武装としては宇宙にミサイル衛星多数（うち核ミサイル衛星を４）、
衛星基地多数だ。ボルボテック側からのミサイル攻撃などは衛星基地の
ミサイルやミサイル衛星が迎撃している。ボルボテック側はというと、ＡＣは
そのほとんどが雇用ＡＣなのだが中には戦争開始後に訓練をうけ
パイロットとして搭乗している者もいる。
先ほどのスパイトフル・改などに乗っているものがそれにあたる。
それら軍用ＡＣと雇用ＡＣの混成小隊が１７個あり、それ以外に「スクリーマー」が１だ。
それ以外についてはほぼ連合企業軍側と変わりは無い。そして両軍には宇宙のみの
装備として宇宙機動艦隊があった。といっても巨大艦艇は地上では簡単にＡＣに
撃沈されてしまうので、ＡＣが満足に動作できない宇宙での活動が主であった。
これらが現在の両軍の状況である。誰かがこの戦乱の世に終止符を
打たなければならないのであった・・・。
ザックスとロイドの２人はシグルドとその部下のいるテーブルへとついた。
時代は進んでもバーの風景は変わらない。昔と違うのは、店の片隅に
アルコール急分解システムがあることと警備兵がいることくらいだろう。
「今回の相手はザコだったからな、下っ端を倒したところで戦況はかわりゃあしねえや」
ザックスの言うことはもっともであった。ボルボテック側は次々に兵を訓練し前線に
おくりこんでいる。連合企業とボルボテックの戦力の差は開く一方で、
「量、質ともにそなえたボルボテック」と言われていた。
「スクリーマーでも倒さないと戦況はかわらねぇな」
「しかしなるべくスクリーマーとは遇いたくないけどな、強化人間とは言え強すぎる」
ウェイターがウィスキーを運んできた。ザックスはすぐさま口にはこぶ。
「そういえばシグルドさんは一回スクリーマーと戦ったことがあるんですよね、
その時の話聞かせてもらえませんか？」
ウィスキーに一度も手を出してないロイドが興味本位に言った。
「おいロイド、その話は止めろ。シグルドは・・・」
「いや、いいんだザックス。話そう・・・あの時の話か・・・あれはまさに恐怖そのものだった・・・」
「おぃ！何機生きてる！？戦える奴は何機だ！？」
ＡＣ１個中隊（３個小隊）で行われた連合企業側初の全面攻撃作戦「名も無き河作戦」、
その作戦はわずか４機のＡＣによって阻止された。そもそもこの作戦は、敵の攻撃部隊が
名も無き河に集結していると情報受けた指令部が敵勢力の一網打尽を行うために
考案したものだ。しかしそれはボルボテック側の罠であった。
シグルド・シモンはその時の部隊の隊長である。ちなみに副長はリコース・シモン、
シグルドの弟であった。
「隊長、隊長と自分を含めて４機、いや・・・３機になりました・・・」
副隊長リコースが答える。当たり前のことだが軍隊生活ではたとえ家族でも呼称、
口調には気をかけなければならない。
「くそっ！１２機もいた選りすぐりのＡＣ部隊もいまや３機か・・・
今回はもうだめかもしれんな・・・相手が悪すぎたのか・・・」
「中隊長！あきらめないでくださいよ！・・・・・・来た！８番機回避して！」
爆音ともにまた一機のＡＣパイロットが散った。河を挟んで向かい側から
無数のレーザーが飛来する。
「神よ！我々を救いたまえ！うわぁぁぁぁぁ！！！」
最後までがんばったＡＣはコクピット部分を８本のレーザーに貫かれ、
ＡＣとしての機能を停止した・・・。
「さっきあきらめないでって言ったけどさ、やっぱ無理だね、逃げない？」
実際もう彼らのＡＣは弾数も底つき、敵地での戦闘ということもあって
強力なジャミングによって通信も不可能という状況であった。
もはや自己判断による撤退か死しか残された道はない。
「逃げたいところだがそうもいかないようだな、敵の攻撃がとまらん・・・・・・来たっ！」
河の向こうの森林から一機のＡＣが飛び出してきた。肩には漆黒の翼
「６連ミサイル」を装備、スクリーマーの中でも唯一の女性パイロットである
「ヒルダ」の乗っている、いや乗っていると思われる「コカトリス」であった。
実際のところパイロットが誰かと言うのは噂であって正確なことはわからない。
どっちにしろその赤き鳥が牙をむいて来たのだ。
その鳥は河を渡ったかと思うとすぐさまリコースにとりついた。
「っく！こんなとこでっ死んでたまるかよぉぉぉ！」
ヒルダのサーベルによる突きをかろうじて避けながらも
反撃のチャンスをうかがうリコース。
「リコース！くそ！２対１ならっ！」
シグルドもすぐさまリコースの援護に入る。その間ヒルダの突きは
何発行われたであろう、ＡＣとは思えない速度でヒルダは突きを繰り返す。
まるでフェンシングのようだ。
「くらいやがれっ！」
シグルドは弾の尽きたライフルを投げつけ、同時にブレードで斬りかかった。
リコースも斬りかかるが、ヒルダは一本のブレードで二本のブレードを
受け止めてしまった。ヒルダはすぐさま身をひるがえし、リコースの正面に立った。
「・・・・」
コカトリスから６つのミサイルが発射された。０距離射程からの六連ミサイルは
リコースＡＣの胸部に直撃する。
「・・・！！こんなことって！・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ！！！！」
ヒルダはミサイル発射直後にブレードをリコースＡＣの胸元へと突き刺した。
ヒルダの放った突きは正確にコクピットを貫いた・・・。リコースのＡＣは
しばらく静止した後、炎上の後に爆発した。
「リコーーーーーーーーース！！」
その後コカトリスは目くらましを放ち、森の中へと消えて行った。なぜヒルダが
シグルドを倒さなかったのだろうか、せめてもの情けだろうか。
その日の河は連合企業軍御用達のエルカナ企業産のオイルで
茶色に染まってしまったという・・・。
「その時のＡＣはみんなコクピットを正確に打ちぬかれていてパイロットは俺以外
誰も生きてはいなかった。責任を取ったのは誤報に躍らされた上層部で
俺は降格されなかった。いまはパイロット不足だからだろうな」
「そんなことがあったんですか・・・・・・、すいません・・・そんな記憶を甦らせてしまって・・・」
その話を聞いていてしばらくの間呆けていたロイドが我に帰って言った。
「いや、この記憶は俺の中からは絶対に消えないよ、いや消さない、消してやるものか。
同時に散っていった戦友達のためにも、もちろんリコースのためにも。
俺はヒルダを倒さなくちゃならない」
「お前ならやれるさ、あの赤い鳥を二度と飛べなくしてやろうぜ」
ザックスもまたスクリーマーと手合わせの経験のある人間だ。彼の戦った相手は
ヴァーミリオンの駆るＡＣ「ケルベロス」、その圧倒的な強さにザックスも
手も足も出なかった。ザックスはこの過去をシグルドにだけ話していた。
彼らは共通の敵を持っているのだ。
「そうだな、おっともう待機時間終了だ。すまないな、今日はこんな話だけで失礼するよ」
シグルドが立ちあがった店を出た。彼の部下もそれのあとに続いた。
店内はにわかに静かになる。
「・・・・・・ロイドよぉ・・・お前聞いたことあるか？もうすぐ全面攻撃作戦が発動されるらしい」
「いえ、初耳です」
「同じことは繰り返したくないよなぁ？」
「・・・・・・」
ロイドは返答を探せずにいたが、すぐにザックスは無言のままに立ちあがりロイドも
その後に続いた。