『連合企業附属ハイデッカー・クォーリンゲンＡＣ技術専門学校』通称ハイデッカー学院、
そこには太陽系各地から、ＡＣパイロットとなるべく多くのパイロット志願者が集まってくる。
一般教養七種、ＡＣ理論三種、ＡＣ実技二種の１２種目が存在する三年制のこの学院は、
創始者である『ハイデッカー・クォーリンゲン』の名前からこう名づけられた。
そしてその２１番校は木星軌道上のコロニーに存在する。
「ＡＣ実技Ⅲ科の試験は運動場にて行います。生徒皆さんは至急各々のＡＣ格納庫へ
集合してください。その後の指示は担任の教員に仰いでください。繰り返します……」
今、ハイデッカー学院は二学期末試験真っ最中。生徒達は一般教養及びＡＣ理論の
筆記試験を終えた後、ＡＣ実技試験を受けることとなっている。三回生のラムダベート・カイハイセン、
通称ラムダと、同じく三回生のレオナード・レルラーも共に実技試験と受けることになっていた。
「よし、最終試験だな。俺は大丈夫だがお前はここで点数稼がないといけないんだろ？」
「あぁ～そうさ、お前と違って筆記試験はてんで話しにならないからな」
「試験内容は……無人ＭＴ二機の撃破タイムだったか」
生徒は次々にＡＣに搭乗、そのままカタパルトから宇宙空間に射出されて行く。
そう、運動場は宇宙空間そのものである。光線で区切られたそれぞれのクラス集合ポイントには、
それぞれのクラスの担当教員がＡＣに搭乗して待機していた。
「よぉ～し、これで期末テストも終了だからな、気合入れて行けよ！お前ら！」
生徒を激励していた教員はラムダのクラス担任ホマード・ラッカル教育中佐だった。
彼は元々ＡＣ部隊の隊長を務めていたが、連合企業教育局に転属、教員として
ハイデッカー学院２１番校に配属された。こう書くと特殊なケースに思えるが、
実際には学院のほとんどの教員がホマードと同じような経歴である。
「試験内容は二人一組、宇宙空間での無人ＭＴ『ドワンゴ』４機と５分間の
制限時間付き実戦である」
「やっぱりな、情報通りだ。ドワンゴなら余裕だな」
コクピットの中でうっすらと笑みを浮かべるラムダ。
「……」
コクピットの中で静かに肯くレオナード。
「よぉ～し、さっそく試験を開始する。いつも通りあの信号が青になったら試験開始だ。
移動時間もタイムに含まれるから注意しろ」
そう言うとホマードは前方に浮かぶ信号を指差した。
「試験はＡ組からＤ組まで四つの宙域で行われるからな。他クラスの流れ弾に当たって
やられるようなことはないようにしろ。それでは試験開始だ、健闘を祈る」
「１番、試験宙域に向かいます」
「同じく２番、試験宙域に向かいます」
ラムダ達のクラス、Ｃ組の名簿１及び２の二人が戦闘宙域に向かった。二機が
見えなくなって数秒、光と爆発と青い信号が試験開始を告げた。
「ま、余裕ってところか」
レオナードが遠くに広がる爆発の光で頬に影を作りながらつぶやく。
「あぁ、そうだな」
試験は順調に進んで言った。訓練を積んだ生徒たちにとってこのような試験は朝飯
前であった。逆間接型無人兵器ドワンゴの残骸が宇宙で積み重ねられて行く。
「３７及び３８番、所要時間４分４０秒。これでＡ、Ｂ、Ｄ組の試験は終了します。
Ｃ組の、３９番及び４０番の生徒は戦闘宙域に向かってください。なおＡ、Ｂ、Ｄ組
でＣ組の試験の見学を希望する生徒は、すみやかに観客席へと移動してください」
とうとうラムダとレオナードの順番が回ってきた。二人はゆっくりとＡＣを前に出した。
「よ～し、お前らで最後だ。天才のお手並みを拝見し様じゃないか」
ホマードが少し皮肉ぶった口調でそう言った。
「C組３９番ラムダベート・カイハイセン、行きます！」
「C組４０番レオナード・レルラー、行きます！」
二機のブースターに光が一瞬集まったかと思うと、けたたましい爆音（それぞれの
コクピットに響く音）を上げ、一点の光となった。
「ラムダ！敵が一点集中している内に叩くぞ！」
「おうよ！」
一つの光は二つに分かれ、それぞれからさらに無数の光が打ち出される。
「Ｏｎｅ！」
レオナードのラインビームガンがドワンゴ二機を急襲する。ドワンゴも負けじと
腕に内蔵されている実弾マシンガンで応戦するもレオナードの先読みさせない
軽がるとしたステップ（宇宙）の前には足止めさえならなかった。
「Ｔｗｏ！」
ハイデッカー学院の練習用ＡＣであることを思わせない動きでレオナードは
ドワンゴとの距離を３００まで詰めた。レオナードは眼前に存在する二機のドワンゴの内、
右側のドワンゴに胸部内蔵の四連マシンガンとラインビームガンの集中砲火を浴びせた。
「Ｔｈｒｅｅ！」
レオナードはすぐさま機体を翻し、左腕内蔵のＬＳ－ＵＥ－０１のエネルギーを全開、
もう一機のドワンゴの胸部を腕ごと断ち切った。
「でたっ！レオナードのステップ３だ！」
すでに試験を終えた生徒達が一斉に歓声を上げる。そのあまりに綺麗なフォームに
女生徒は見とれてしまっている状況だ。一方ラムダは……
「うらぁ！」
いきなりドワンゴに蹴りでつっこんでいくラムダ。一機を跳ね飛ばしている間にも
あいている腕でもう一機のドワンゴに的確に砲火を浴びせ掛ける。
「盾になってもらおうかっ！」
まさにドワンゴの実弾マシンガンがラムダの機体に向けて発射されたとき、もう一機の蹴りで
バランスの崩れたドワンゴの後ろに回りこみ、後ろからドワンゴの両腕を
つかんで身動きできないようにした。本来ラムダが受けるはずだったダメージは全て
ドワンゴが一手に引き受けることとなった。
「スーパーカノン弾丸装填、発射準備完了」
ラムダはドワンゴを抱えたまま肩のスーパーカノンの発射態勢を整え、微妙なブースト噴射で
標的をロックオンする。
「だめだ！カノンだと避けられるぞ！」
とっさに生徒の一人が叫んだが、そんなことはおかまいなしにラムダはコクピット
内のトリガーを引いた。発射時の反動はブーストパワーによりを相殺され、
スーパーカノンの弾は摩擦を受けずに超高速で飛んで行く。
「いっちょあがりぃ～っと」
ドワンゴは予想通りに弾を回避するが、スーパーカノンはドワンゴに向けて発射さ
れたのではなかった。ドワンゴ後方に位置していた小惑星にスーパーカノン砲は直撃した。
小惑星は一瞬にしてこなごなにされ、その破片は四方八方に超高速で飛び散った。
「小惑星を使うとは……いかん！！」
ホマード教官がそう叫んだ頃にはすでに生徒達は防御体制に入っていた。こなごな
に砕け散った小惑星の破片はドワンゴを背中から貫き、生徒達が待機しているあたり
にまで飛来してくる。だが間一髪前方の観客席用大型ビームシールドによりなんなく
防御される。言うまでもなくラムダとレオナードも無傷であった。
「無茶なやり方だ！まったく……だが合格は合格だ。所要時間は３２秒！今学期試験の
トップ成績である！」
試験担当官の発表に生徒達は一斉に涌きあがった。レオナードとラムダも満足そう
に生徒達への元へと帰ってきた。しかしそのときすでに新たなる危険がせまっていた
ことをこの中の誰が気付いていただろうか。
「どうでした？ホマード教育中佐」
ラムダがホマードにどう話し掛けたとき、いきなり通信回線にオペレーターの
割り込み通信が入った。
「緊急連絡！当コロニー（第３５宇宙コロニー）に向けての正体不明砲撃を確認！
展開中の全戦闘部隊は第一種戦闘配置！繰り返す！第一種戦闘配置！」
ラムダ達の学院があるのが第３５宇宙コロニー。そこへの何者かの攻撃が始まった
のだ。しばらくして戦艦の主砲並のエネルギー弾がラムダ達のすぐそばを駆け抜けた。
「あれは…ドレッドノート級の主砲！」
一人の軍事マニアが予想した通り、砲撃はすでに標準戦艦として各地に配備されて
いるドレッドノート級戦艦（ジャスティスは装備していない）、フェニックスであった。
これの戦艦は量産化も進み、民間の手に渡ることもさほど珍しいことではなかった。
「全校生徒に告ぎます。担任の指導の元、落ち着いてドックに帰還してください」
学院専用回線からの避難命令がひっきりなしに通信回線に入ってくるが、すでに
試験宙域は戦闘宙域に指定されていた。正規軍のＡＣが連隊クラスで生徒達の護衛に当たる。
「落ち着いて避難して！落ち着い…わぁぁぁぁ！」
最前方で誘導していた連合企業ＡＣがいくつもの光線に貫かれて爆発した。その爆
発光の中からいくつものＡＣが飛び出してきた。
「ひゃほぉぉぉ！よりどりみどりってとこかぁ！？」
統率の取れたＡＣ数機が試験宙域である戦闘宙域に侵入したのだ。
「俺達は海賊団『レッド・ヘッド（Ｒ・Ｈ）』だ！お前ら連合企業のやつらは死んでもらう」
隊長機と思われる頭部だけが赤いＡＣがそう通信する。すでにＲ・ＨのＡＣと
連合企業のＡＣ連隊との戦闘が始まっていた。
「全員いるかぁ！？脱出するぞ！」
すでに大半のクラスがドックに帰還していたが、Ｃ組だけは試験が最後まで続いて
いたこともあって、まだ全員が集合しきっていなかった。一人の生徒が戦闘宙域で
慌てふためいているのがホマードの肉眼で確認できた。
「まだです先生！パッタが！」
パッタ・ラメロットはまわりを海賊ＡＣに囲まれ、かろうじてＵＥＡＣに守られて
いるものの、非常に危険な状態だった。
「ぐはぁぁぁ！」
一機の連合企業ＡＣが海賊からレーザートマホークを食らい、コクピット部分を
真っ二つにされた。他の連合企業ＡＣも必死で応戦するが、海賊ＡＣの方が個人能力に
しても連係能力にしても、はるかに優れていた。
「まずいな……よし、ラムダ！いくぞ！」
そう叫んだのはレオナードだった。彼はラムダの了解を得ないままベータのところへ
すっとんでいった。
「ベータを助けるんだな！よしっ！」
ラムダもまた全速力でレオナードの後を追う。それから二人は、連合企業正規兵が
給料ドロボーになりかねないほどのすばらしいテクニックで次々にレッド・ヘッドの
ＡＣを沈めていった。
「っく…正規軍にならともかくただのガキに負けるとは…未熟ものどもめ！」
前線部隊のあまりに無様な姿にしびれをきらした隊長がラムダとレオナードの前に
踊りでた。
「誰が出てきても無駄なことを教えてやろう。ステップ３で沈…」
レオナードがステップ３を発動しようとした時、斜め前方からの大出力レーザーが彼
ら３機を襲った。
「そのもの達に手を出すのではない。お前のかなう相手ではないようだ」
声の主はレッド・ヘッド頭目であるジャムルル・スカーレットであった。
ジャムルルは３強レイブンと呼ばれる中に名を連ね（ちなみに他の二人は
ジークフリード・オピニオンとリン・ホウの二人、また３強パイロットと言えば
連合企業軍内の最強三人のこと）、ＡＣ操作力は折り紙着きで、
繊細と大胆を併せ持つその赤い悪魔は連合企業から『紅将軍』として怖れられていた。
「く…紅将軍…なぜこいつが…」
レオナードは思わず唾を飲み込んだ。レオナードも一歩引くほどの実力の持ち主、
歴史に詳しいものはジャムルルのことを１４０年ほど前の企業全面戦争で猛威を振る
ったヒルダのコカトリスのようであると言う。
「ここは私に免じてこいつを見逃してはもらえないかな」
「見逃すだぁ？あんたらが先に仕掛けてきたのによ」
思わず反論してしまったラムダ。しかしジャムルルは冷静に答える。
「見逃しておいた方が良い。こいつはともかく私に逆らうのは少々危険な遊びと言う
ものだよ」
「何を！」
「止めろ！ラムダ！」
ブレードを振りかぶろうとするラムダを必死にレオナードが阻止する。
「ぐずぐずはしていられない。我々もまた戦場で合間見えることもあるだろう。
だがその時には確実に死んでもらうよ」
連合企業の応援部隊に気付いたジャムルルは愛機『クリムゾン』の四つある
ブーストを最大出力に、部下と共にフェニックスへ帰還した。
「レオナード！あいつを倒せば一生遊んで暮らせるだけの金が手に入ったんだぜ！
俺達二人がかりならなんとか…」
「ラムダ、俺達は強い。だが力を過信するんじゃない。二人がかりでも紅将軍には
勝てないさ」
近場のコロニーからの増援部隊が到着した頃にはすでに戦闘は終わっていた。
結果は連合企業軍の惨敗と言ったところであろうか、出撃ＡＣ２８の内、
未帰還ＡＣは１４にまで登った。
運命はレオナードとラムダと言う名の歯車でゆっくりと回りだしたのであった……。