ハイデッカー学院も三学期に突入し、卒業試験まで残すところあと一週間というところまで
迫ってきた。生徒達は卒業試験に備えてこの一週間で自機をフルチェーンアップする。
学院附属ハンガーは生徒達でごったがえしていた。
「おい!それ俺んだろ!パクるな、コラ」
「あんだとぉ?これは俺のだっての」
こういう具合に口論となるのは日常茶飯事で、ACでの決闘に雪崩れ込む・・・場合は
さすがにないが、ハンガーにはある種危険な雰囲気が漂っていた。
「お〜い、ラムダ〜、これ使えるかな?」
気さくにラムダに話し掛けてきたのは、あの一件以来ラムダと仲良くなったパッタであった。
「それかぁ、そのブレード、光波が自動発射されるからね。
接近戦には向かないんじゃないかな」
ラムダの近くにはレオナードあり、と言われるほどのレオナードは姿が見えない。
というのも、数ヶ月前に行われたAC技術評価大会の決勝戦において、
ラムダはレオナードにこてんぱんにやられてしまった。それ以来ラムダの方がレオナードを
避けるようになり、レオナードも無理に仲を戻そうとはしていなかった。
『すべては予言どおり・・・か・・・しかし・・・』
愛機の整備中、ふと腰掛けてめずらしく考え込んでいるレオナード。
「おい、レオナード?」
独り言を言っていたレオナードに近くの生徒が話し掛けた。レオナードはとっさに
立ち上がり、頭上にあった棒に頭をぶつけてしまった。
「!!」
「おいおい、レオナードらしくないな。まぁ卒験ではこんなことないように頼むぜ」
そして5日の月日が矢のように流れていった。
「みんなに集まってもらったのはほかでもない、卒業試験についてだ。つい一時間前、
ミッション内容が明かされた。地球に拠点を置くテロリスト"アース・ジム"の完全破壊だ。
テロリスト撃滅と言うのはある程度予想していたが、
まさか有重力戦闘がメインとなるとは思っても見なかったところである」
ミッションルームには全生徒が集められ、教師抜きの作戦がレオナードによって
進められている。レオナードは昨日の司令官投票で見事一位になったからである。
ちなみに副司令官は事務能力から選ばれたウェット・ショムジだった。
「テロリスト"アース・ジム"は50年ほど前から地球を拠点に活動を繰り返している
テロリストで、その歴史はUEとも争うほどだ。しかもメンバーはみな地球出身者で、
その数は80人ほど。いつでもつぶせる小規模団だが、
このたびは私達が請け負うことになった。メイン武装は数十年前のポンコツACやMTで、
そう恐れることはないだろう。しかし奴らに地の利があることを忘れてはいけない」
地球はすでに忘れ去られた星になりかけている。人類の活動の場が宇宙に移動するにつれ、
地球の人口は減っていき、今はせいぜい4億人ほどしか住んではいない。
そのほとんどが貧困層の人達で、UEに反する輩が次々に集まっていってテロリストになる。
今回のアース・ジムもそんな例に当てはまる集団だった。
団長は特にAC操縦技術に秀でているわけでもない男で、中の上と言ったところだ。
ちなみに生徒達の平均操縦技術は中の上だ。
「これより私の考えた作戦を説明する。自分の意見がある人はどんどん手を上げて欲しい」
レオナードのあげた作戦はどうということはない、アース・ジムの拠点となっている
旧市街地の地形図から最良の作戦を考えただけだ。総合戦力的にもさほど難しいミッション
には思われなかったが、いかんせん地上戦をあまり体験したことの無い生徒がほとんどの
ため、レオナードはそこの人選で苦悩していた。
「ウェット君の提示した総ミッション費用からしてもこれが最高の作戦だと思う。
意義はないかな?・・・よし、では本格的な部隊分けだ」
レオナードは、生徒達を大きく6つに分けた。地上から3部隊(A、B、C部隊)、
空から2部隊(D、E部隊)、そして旧都市と外部との接触を(外部への増援要求阻止、
そして増援部隊が来たときにはそれを撃破する)阻止する部隊を1部隊(F部隊)。
さらにその1部隊1部隊を、5人構成の5小隊に分ける。そして補給部隊を2部隊とった
(G、H部隊)。さらに本部として、
情報通達(本部)などにはウェットら数人が抜擢された。こうなればもう立派な軍隊である。
「私は総司令としてA部隊隊長を務める。これよりB〜H部隊の隊長を任命する。
B部隊隊長にユングラー、C部隊隊長にワーケン・・・・・・・・・・・
H部隊隊長にルワンダ。以上だ」
「!!」
生徒全員が我が耳を疑った。恐らくこの学校No.2であろうラムダがどの大隊の
隊長にも任命されなかったからである。
「続いて各部隊副隊長と小隊長の任命。A部隊副隊長にカイハイセン」
「!!!」
一同はさらに驚いた。まさか最近仲が芳しくないラムダを自分の片腕に任命するとは、
意外も意外である。しかし当然そんなことに異論を立てられるものなどいるはずも無く、
副隊長任命は続けられた。
「・・・以上の配置でミッションは進められる。これにて本日の作戦説明会は終了する。
作戦の詳しい内容については各自ダウンロードしてくれ」生徒達が立ち上がろうとしたとき、
ラムダがさっと右手を上げた。一瞬緊迫した空気が部屋全体を包み込んだ。
「・・・・・・ミッションネームは」
「ジム・・・だから"道場破り"でいこう」
一瞬会場から苦笑いが漏れる。
『おいおい、なんてネーミングセンスだ。レオナード最近変わっちまったんじゃないか?』
『道場破りぃ!? これなら単純に地球作戦とかの方が良かったぜ』
反対意見こそ無かったが、レオナードのネーミングセンスが疑われる一件であった。
「おほん、生徒諸君、今日は待ちに待った卒業試験実地日である!すでに君達はACに
乗り込み、出撃の命をいまかいまかと待ち望んでいることであろう」
校長の言葉とは裏腹に、当たり前のごとく生徒達は緊張していた。しかしここまで訓練を
乗り切ってきた彼らの中に泣き言をいうものは一人もいなかった。パッタでさえ
ライフルを構えて、カタパルトにどっしり機体を据え付けている。
「今日、この一日で君達の今までの全成果が試されるのである。全力を持って、
"アース・ジム"を撃滅して欲しい。一年生、二年生、そして教師一同君達が吉報を
齎してくれるであろうことを心から待ち望んでいる!それでは9時00分・・・・・・
卒業試験の開始を宣言する!!!!!!!!!」
カタパルトにレーザーライトが灯された。その光は死へと誘う光なのか、それとも希望
の光なのか、まだ誰にもわからない。しかしこの光は生徒達にとっての人生最大の山場
を示していたことは確かだった。
「A、B、C部隊は0900時全機出撃。D、E隊は0905時全機出撃。
G隊はA、B、C部隊と同時行動、H部隊はD、E部隊と同時行動だ!」
本部からの通達が入る。そしてレオナードはそれに呼応した。
「こちらレオナード、A、B、C、G部隊 発進!」
ワァァァァァーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!
カタパルトから次々にACが射出されていく――。約100機ものAC団が隊列を
組んで、一路地球へと向かった。
それは学院からすぐに見えなくなり、続いてD、H部隊の面々も出撃体勢に入る。
「全機出撃!」
けたたましい爆音とともに、地上爆撃用AC数十機も出撃した。地上爆撃用ACとは、
滞空時間を数十倍にのばし、かつ爆弾を搭載したACである。
しかしもとより通常のACとは構造そのものが違うため、B(omb)ACとして
区別されることが多い。爆撃機でいいんじゃないか、と思われるが、パイロットの人命を
最優先して、装甲の厚いACに実用化の道が開かれたのだ。ちなみに地上での
移動スピードはほぼ皆無で、接近戦も不可能に近い。
一向は途中で大気圏降下用大型ポッドに乗り込み(学院には大気圏降下装備は配備
されていない)、航行しつづけること4時間、とうとう赤い地球が見えてきた。
「これが地球・・・誰だ・・・地球は青かった、なんて言ったの」
「そりゃガガーリンだろ?違ったっけ? ま、とにかく、大破壊とその後の風化で
地球の緑はことごとく失われたからな。少しは人工緑地があるようだが」
「どっちにしろ再生は無理な星か」
生徒達は地球を見るのは初めてだった。一般の家庭に育った子なら観光で地球を
訪れることも珍しいことではないのだが。
「でも母なる地球なんだぜ、暖かみの一つでも感じるべきだな」
「おしゃべりはそこまでだ。これより降下体勢に入る。全員何かにしがみついておけ!」
レオナードが回線で呼ぶかけると、すぐにポッドは大気圏降下を始めた。
「☆▼@φ◆#&γ%!」
あまりの振動で言葉にならない悲鳴が続くものの、
あっと言う間に全ポッド大気圏を抜けた。
「各員、大丈夫だろうな。これより地上に降下する」
『ったく、レオナードはやっぱり冷めてるやろうだ。
ドライアイスだってあいつには勝てないぜ』
ポッドの底面部が開き、生徒達はまさに種子のように地面にばら撒かれた。
位置は・・・言うならばユーラシア大陸南東部付近。ここは過激なテロリストが
存在しない地域として有名で、山や緑も多めに残っていることから、
機体を隠すには持ってこいの場所だった。
「ここは・・・企業全面戦争が行われた地だな」
レオナードが静かに零した。
「へぇ〜ここがか・・・ACを使用した史上最大の戦争ですね」
ちょっと歴史に詳しいものじゃなくても知っている企業全面戦争。
「He is the legend of the ground.とまで言われた
ロイド・ケルビム旧連合企業少尉だろ、やっぱ」
「あぁ、涙の騎士サイコーだぜ。一人で悪の親玉殺っちまったんだからな」
ロイド・ケルビム旧連合企業少尉はあの後ある程度の記録をレポートとして提出し、
すぐに姿を消した。その後どうなったかは人の知るところではない。
「おい、それは違うぞ。ロイド・ケルビムは仲間の助けが合ったから、
ゼセーナンに打ち勝つことができたんだ」
「どうしたんだよレオナード、お前が雑談に割り込んでくるなんて珍しいじゃないか」
レオナードはその後何もしゃべらなかった。彼はいったい何を考えているのだろうか・・・。
一行はキャンプ予定地に到着した。
「今日はここでキャンプだ。見張り番は気を引き締めることないように。
あと近くに一軒酒場があるらしい。自由行動時間は酒場に行ってもいいぞ。
といっても酒は飲めんがな」
「何言ってるんすか、あの涙の騎士だって未成年なのに酒飲んだらしいんスよ」
「困るのは総司令の俺だからな」
やんややんや、と笑いがこぼれる。その時ラムダは・・・
「酒場・・・なぜかそこに行かなければいけないような気がする・・・
なんだ、この思い・・・」
「ラムダ?」
パッタが話し掛けるもラムダはそれが聞こえてない。
ラムダは何かにひきつけられるかの様に歩き出した。
「???」
二人は少しばかり歩いて、一軒の酒場にやって来た。彼らが一番乗りだったのか、
店内にマスター以外に人がいる様子は無い。看板には"あの涙の騎士が寄った店 ランカー"
と書いてある。
「いらっしゃい」
「・・・・・・」
ラムダが何も言わず、何かに引き寄せられるかのようにとある椅子に座った。
「お、あんた涙の騎士マニアかい?」
「なんです?」
ラムダの変わりにパッタが聞き返す。
「ここは涙の騎士ロイド・ケルビムが寄った店なんだ。
そしてそこの席こそ彼が座った席なのさ」
ラムダはそっと机の上を見下ろした。そこには次のように彫られていた。
『この言葉を仲間達に送る ザックス隊長、シーマットさん、プリューヌさん、
そしてみんなへ』
その次に何か彫られていたようだが、なぜか上からぐちゃぐちゃに彫られていて
読むことができない。
「なんて書いてあるんだろ、これ」
パッタも覗き込む。
「さぁね、何しろ300年も前の話だから。今となっちゃ伝説さ」
その時バーの扉が開いた。
「"ありがとう"」
その声の主はレオナードだった。
「だ。俺の聞いた話じゃな」
レオナードはラムダの横に座り込んだ。
「ロイド・ケルビム・・・俺の一番尊敬する人物さ」
「あ・・・ぁ・・・」
おろおろした様子のパッタだが、ラムダは思ったより冷静に応対した。
「お前は英雄になれる。俺が保証するよ」
「はは、そうか。俺も・・・英雄には当然なる気でいる」
レオナードの予想外の答えにパッタもラムダも答えを失った。
「英雄になると断言して英雄になった奴は少ないんだぜ」
「俺はなる」
レオナードは机を覗き込んだ。
「なんてな」
そう言うとレオナードは立ち上がって店から出ようとした。
「お、おい」
ラムダも立ち上がって後を追おうとしたが、一瞬何かにつかまれたような気がしたかと
思って後ろを振り返る。
「パッタ、今、俺の肩を掴んだか?」
「いや、掴んでないけど?」
ラムダは気のせいかと思い、再び歩き出そうとした。しかし・・・
「な・・・なんだ、この気持ち・・・
何か、何か熱いものが胸の中からこみ上げてくる!?」
「どうしたの!?ラムダ!」
レオナードはそのラムダの異変にドアの外で気づいていたが、店へ戻ろうとはしなかった。
「ここは俺たちの場所だ」
「っがは!なんなんだ・・・」
ラムダはそのまま机をなぎ倒すように倒れこんだ。
「ラムダ、ラムダ!!!!!!!!!!!!!!!!」